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ヨシャパテ - 主の祝福が留まり続ける人のたしなみ(2歴代誌17章)
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アサは最初は主に従う王であったが、最終的に驕り高ぶってしまい、足の病によって死んでしまった。

17:1 アサの子ヨシャパテがアサに代って王となり、イスラエルに向かって自分を強くし、
17:2 ユダのすべての堅固な町々に軍隊を置き、またユダの地およびその父アサが取ったエフライムの町々に守備隊を置いた。

アサの子ヨシャパテは、良い王として記録されており、歴代誌では4章に渡ってその行いが記されている。
彼が歩んだ道は、私達に大いに示唆を与えてくれる。

17:3 主はヨシャパテと共におられた。彼がその父ダビデの最初の道に歩んで、バアルに求めず、
17:4 その父の神に求めて、その戒めに歩み、イスラエルの行いにならわなかったからである。
17:5 それゆえ、主は国を彼の手に堅く立てられ、またユダの人々は皆ヨシャパテに贈り物を持ってきた。彼は大いなる富と誉とを得た。

なぜ主がヨシャパテと共におられたのか。その理由がこれらの節の中に込められている。
すなわち、彼がダビデの最初の道に歩み、バアルに求めず、父の神に求め、その戒めに歩み、イスラエルの行いにならわなかった、からだ。

主が共におられた人は、聖書の中に幾つか見られるが、共通する事は、彼らは全て、主を敬い、主を第一としていた点である。
ヤコブの子ヨセフはそうだった。

創世記39:1 さてヨセフは連れられてエジプトに下ったが、パロの役人で侍衛長であったエジプトびとポテパルは、彼をそこに連れ下ったイシマエルびとらの手から買い取った。
 39:2 主がヨセフと共におられたので、彼は幸運な者となり、その主人エジプトびとの家におった。
 39:3 その主人は主が彼とともにおられることと、主が彼の手のすることをすべて栄えさせられるのを見た。

ヨセフは、兄弟達の悪意に対して悪を返すことをせず、ポティファルの妻に陥れられ牢に入れられても、その先々で権威に忠実に従うスタンスを捨てたりしなかった。
彼はいつでも「神は」が口ぐせで、どんな事があっても自分の手柄にはしなかった。
そのヨセフの性質の故に、神が彼を守り、彼の敵に神が弓を射返し(詩篇64篇)、流れのほとりに植えられた木のように、時が来た時には垣根を越えて広がる程の、豊かな実を結ばせるに至ったのだ。
私達も、イスラエルの岩なる牧者・イエスキリストに拠り頼む事によって、あらゆる悪から守られる。

17:6 そこで彼は主の道に心を励まし、さらに高き所とアシラ像とをユダから除いた。

この、自分達の中から主に忌み嫌われるものを取り除く、という行為は、私達が周囲から恐れられ、高められる、という事をもたらず。(後述)

17:7 彼はまたその治世の三年に、つかさたちベネハイル、オバデヤ、ゼカリヤ、ネタンエルおよびミカヤをつかわしてユダの町々で教えさせ、
17:8 また彼らと共にレビびとのうちからシマヤ、ネタニヤ、ゼバデヤ、アサヘル、セミラモテ、ヨナタン、アドニヤ、トビヤ、トバドニヤをつかわし、またこれらのレビびとと共に祭司エリシャマとヨラムをもつかわした。
17:9 彼らは主の律法の書を携えて、ユダで教をなし、またユダの町々をことごとく巡回して、民の間に教をなした。

ヨシャパテは、主の道に歩むことで祝福され、ますます主を愛する心が奮い立ち、主の道を町々に教えた。
主を恐れることを配下の人々に教える、これは祝福が倍増する秘訣である。
例えばヨシャパテの教育の結果、配下に百万の主に従う人が育ったとしたなら、主に祈る人が百万倍になり、主に愛され主から守られる人が百万倍に増える、という事になるからだ。

17:10 そこでユダの周囲の国々は皆主を恐れ、ヨシャパテと戦うことをしなかった。
17:11 また、ペリシテびとのうちで贈り物や、みつぎの銀をヨシャパテの所に持ってくる者があり、またアラビヤびとは雄羊七千七百頭、雄やぎ七千七百頭を彼に持ってきた。

主を恐れるなら、周囲の主を知らない者達から恐れられる。
ヤコブがまさにそうだった。

創世記35:1 ときに神はヤコブに言われた、「あなたは立ってベテルに上り、そこに住んで、あなたがさきに兄エサウの顔を避けてのがれる時、あなたに現れた神に祭壇を造りなさい」。
35:2 ヤコブは、その家族および共にいるすべての者に言った、「あなたがたのうちにある異なる神々を捨て、身を清めて着物を着替えなさい。
35:3 われわれは立ってベテルに上り、その所でわたしの苦難の日にわたしにこたえ、かつわたしの行く道で共におられた神に祭壇を造ろう」。
35:4 そこで彼らは持っている異なる神々と、耳につけている耳輪をことごとくヤコブに与えたので、ヤコブはこれをシケムのほとりにあるテレビンの木の下に埋めた。
35:5 そして彼らは、いで立ったが、大いなる恐れが周囲の町々に起ったので、ヤコブの子らのあとを追う者はなかった。

主の恐れが、ヤコブの周辺に及んだ。それは、ヤコブが「異なる神々を捨て、身を清めて着物を着替え」、主が最初に現れてくださったベテルへ戻り、主を礼拝する志を確立させたからだ。
このように、主に忌み嫌われるものと主以外に頼りとするものとを捨て去り、身をきれいにして生き方を改め、そして、主を礼拝する志を確立させるなら、主はその道を守るために、周囲に恐れを送られる。

2歴代誌17:12 こうしてヨシャパテはますます大いになり、ユダに要害および倉の町を建て、
17:13 ユダの町々に多くの軍需品を持ち、またエルサレムに大勇士である軍人たちを持っていた。

私達も、主を敬い、主を第一とし続けるなら、その間、主の祝福がいつも留まり続けるのである。

どんな密室で言った言葉も、翼ある者が聞いており記録されている(マタイ12:33-37)
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マタイ12:33 木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければ、その実も悪いとせよ。木はその実でわかるからである。
12:34 まむしの子らよ。あなたがたは悪い者であるのに、どうして良いことを語ることができようか。おおよそ、心からあふれることを、口が語るものである。
12:35 善人はよい倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。
12:36 あなたがたに言うが、審判の日には、人はその語る無益な言葉に対して、言い開きをしなければならないであろう。
12:37 あなたは、自分の言葉によって正しいとされ、また自分の言葉によって罪ありとされるからである」。

創世記4:6 そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。
4:7 正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。
4:8 カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。
4:9 主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。

伝道者の書10:20 あなたは心のうちでも王をのろってはならない、また寝室でも富める者をのろってはならない。空の鳥はあなたの声を伝え、翼のあるものは事を告げるからである。

エペソ2:2 かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。

詩篇17:1 ダビデの祈
主よ、正しい訴えを聞き、わたしの叫びにみ心をとめ、偽りのないくちびるから出るわたしの祈に/耳を傾けてください。
17:2 どうかわたしについての宣告がみ前から出て、あなたの目が公平をみられるように。
17:3 あなたがわたしの心をためし、夜、わたしに臨み、わたしを試みられても、わたしのうちに/なんの悪い思いをも見いだされないでしょう。わたしの口も罪を犯しません。
17:4 人のおこないの事をいえば、あなたのくちびるの言葉によって、わたしは不法な者の道を避けました。
17:5 わたしの歩みはあなたの道に堅く立ち、わたしの足はすべることがなかったのです。

詩篇12:1 主よ、お助けください。神を敬う人は絶え、忠信な者は人の子らのなかから消えうせました。
12:2 人はみなその隣り人に偽りを語り、へつらいのくちびると、ふたごころとをもって語る。
12:3 主はすべてのへつらいのくちびると、大きな事を語る舌とを断たれるように。
12:4 彼らは言う、「わたしたちは舌をもって勝を得よう、わたしたちのくちびるはわたしたちのものだ、だれがわたしたちの主人であるか」と。
12:5 主は言われる、「貧しい者がかすめられ、乏しい者が嘆くゆえに、わたしはいま立ちあがって、彼らをその慕い求める安全な所に置こう」と。
12:6 主のことばは清き言葉である。地に設けた炉で練り、七たびきよめた銀のようである。
12:7 主よ、われらを保ち、とこしえにこの人々から免れさせてください。
12:8 卑しい事が人の子のなかにあがめられている時、悪しき者はいたる所でほしいままに歩いています。

言葉の振動によって世界をつくる神と私達(詩篇19篇)」
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週報/メッセージ(説教)概要

 前回、天を揺り動かして祝福をふるい落とそう、という事が語られた。良い木を揺り動かしたら良い果物が落ちて来るように、今年は私達も、天を揺り動かし、良いものを振るい落として拾い集めよう、という事が語られた。ではどうやって天を揺り動かす事ができるのか。それは、御言葉を声で発する事によって、である。

言葉は、振動である。喉を触りながら言葉を発すると声帯が震えているのが分かるが、その震えが空気を伝わって相手の耳に届き、耳の鼓膜を振動させ、言葉が伝達する。この「振動」はとても興味深い。ある周波数の音は人を癒し、ある音は不快にする。ある内容の言葉は人を生かし、ある言葉は人を死へと導く。
音叉を水面に立ててその音叉を鳴らせる時、固有の波紋が生じるのだが、音叉が出す周波数によって、波紋の形が、花の形そのものになったり、ある周波数では巻き貝の模様そのものになったり、あるいは台風の渦や、銀河の渦そのものの形になったりする。
全被造物は、神のことばによって創造された。周波数と振動があることばのとどろきによって。ことばによらずに出来たものは、宇宙に一つも無い。(ヨハネ1:1-3) 宇宙が創造された時、宇宙は歌で満ちていた。
『かの時には明けの星は相共に歌い、神の子たちはみな喜び呼ばわった。』(ヨブ記38:7) この宇宙はその歌が今なお残って広がっている。そしてやがて、神の言葉のとどろきによって滅ぼされる。『主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。』(2ペテロ3:10 ) 全宇宙は、今なお「神の言葉の振動」で満ちており、「ことば(ロゴス:”理”)」をもって定めた諸々の法則をもって、万物を保たたせているのだ。
『もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。』(詩篇19:1-6)

神は唯一、人を、神の似姿として創られた。人が他の被造物と違う点は、ことばを話す、という点である。
だから、私達が言葉を発して空気を震え動かし、天をゆり動かす事によって、世界の諸々の事象に変化を加える事が出来るのである。アダムとエバは、神の言葉に逆らい、神から離れた自分勝手な善悪判断を、くちびるから発するようになり、自分自身は呪われ、そして全被造物は呪われてしまった。(ローマ8:22)
彼らは「目が開け」、言葉によってでなく見えるものによって一喜一憂するようになった。(申命記28:34) 
この呪いを、唯一打ち消すのは、世界を創造された神のことばを信じ、口から発する事によって、である。
 『悪人はくちびるのとがによって、わなに陥る、しかし正しい人は悩みをのがれる。人はその口の実によって、幸福に満ち足り、人の手のわざは、その人の身に帰る。』(箴言12:13-14)  悪人がこうむる災いは、くちびるから発した悪い言葉が、空気を振動させ、霊の世界に伝達し、悪霊たちを惹きつけさせ、災いが振りかかる。ちょうどやまびこのように、言葉は遠くまで伝達して行った後、自分自身に跳ね返って来るのだ。
「霊」はギリシア語でπνεῦμα(ニューマ)、風、息、動く空気の事である。(ヨハネ3:5-8) 言葉は空気を震えさせるだけだと思ってはならない。霊の世界に伝達し、そしてかつ、全て記録されているのだ。『審判の日には、人はその語る無益な言葉に対して、言い開きをしなければならないであろう。』(マタイ12:36)
だから、私達はこの口から出る言葉を、よく注意し管理するべきだ。良い言葉すなわち神の御言葉を信仰じて発するなら、良き主人が良い実を落として下さる。しかし悪い事を言ったら、空中の悪い主人が悪い実を振り落とさせてくる。 『人は自分の言葉の結ぶ実によって、満ち足り、そのくちびるの産物によって自ら飽きる。死と生とは舌に支配される、これを愛する者はその実を食べる。』(箴言18:20)

以上のように、言葉を声として発する事には、霊を揺り動かし宇宙をも動かす力がある。
この教会は奇しくも「天声教会」という名である。この新しい年、信仰を混ぜた御言葉宣言により、天の声をもって世界を揺り動かし、自分の家に、人生に、家族に、職場に、たくさん祝福を振るい落としていくみなさんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

「傲慢」という敵によって負かされてしまったアサ王(2歴代誌16章)
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アサは、主の目に適った良い王として記され、当時はその名声が鳴り響いた。
しかし、成功し栄えた人生を暫く送った時、誰にも例外なく忍び寄ってくる敵が現れる。
それは、私達の内に潜む「傲慢」という罪だ。
この「傲慢」という敵を対処しなかった故に、せっかく大成功したのに、大きく落ちぶれてしまった王達、牧師達もまた数多いる。
アサも、その例にもれなかった。

16:1 アサの治世の三十六年にイスラエルの王バアシャはユダに攻め上り、ユダの王アサの所にだれをも出入りさせないためにラマを築いた。

彼の治世は41年だったので、36年目は、彼の治世が終わる5年前である。
その時に、事が起きた。
ラマは要所であり、そこを敵に封鎖されるなら、南ユダにとってかなり不利な事になる。

16:2 そこでアサは主の宮と王の家の宝蔵から金銀を取り出し、ダマスコに住んでいるスリヤの王ベネハダデに贈って言った、
16:3 「わたしの父とあなたの父の間のように、わたしとあなたの間に同盟を結びましょう。わたしはあなたに金銀を贈ります。行って、あなたとイスラエルの王バアシャとの同盟を破り、彼をわたしから撤退させてください」。
16:4 ベネハダデはアサ王の言うことを聞き、自分の軍勢の長たちをつかわしてイスラエルの町々を攻め、イヨンとダンとアベル・マイムおよびナフタリのすべての倉の町を撃った。
16:5 バアシャはこれを聞いて、ラマを築くことをやめ、その工事を廃した。
16:6 そこでアサ王はユダの全国の人々を引き連れ、バアシャがラマを建てるために用いた石と木材を運んでこさせ、それをもってゲバとミヅパを建てた。

一見すると、ある脅威に対して外交的手腕を働かせ、それが功を奏し、以前よりも良くなった状態になった、かのように見えるが、実はこの解決方法に既に問題があった。
アサは、かつてのように主に伺ったり寄り頼んだりする事ではなく、持てる資産や手腕を用いて解決しようとした。
それも、ひと度「主のもの」として聖別したはずの金銀の宝物を、主の宮から持ちだし、それを異邦の王、ベン・ハダデに贈って、外交交渉をしたのだ。
主の民は、主に依り頼むべきであって、世のものに自分の宝を明け渡すべきでない。
私達は王族として、世のものを支配する権威が与えられた。世のものが頭をもたげて来ようとした時、踏みつけるべきである。

アサは、一度主に捧げられ、もう自分の手から離れ、主のものとして聖別された宝を、世に媚びて、世に貢いでしまった事について、主から警告を受ける。

16:7 そのころ先見者ハナニがユダの王アサのもとに来て言った、「あなたがスリヤの王に寄り頼んで、あなたの神、主に寄り頼まなかったので、スリヤ王の軍勢はあなたの手からのがれてしまった。
16:8 かのエチオピヤびとと、リビアびとは大軍で、その戦車と騎兵は、はなはだ多かったではないか。しかしあなたが主に寄り頼んだので、主は彼らをあなたの手に渡された。
16:9 主の目はあまねく全地を行きめぐり、自分に向かって心を全うする者のために力をあらわされる。今度の事では、あなたは愚かな事をした。ゆえにこの後、あなたに戦争が臨むであろう」。

彼は主に聖別し捧げたはずのものを、取って、異邦の王に手渡してしまった。
それまで主が守り、祝福を注いでくださった、その源を取って、他のおうに手渡してしまう。
そうするなら、その面において主からの守りが除かれ、自分の手でやりくりし戦い続けなくてはならなくなってしまうのだ。

彼の父祖ダビデは、預言者からの警告を受けた時、素直に自分が罪を犯した事を認め赦しを乞うた。
その本気度は、詩篇51篇を見れば分かる。
アサはどう対応したか。

16:10 するとアサはその先見者を怒って、獄屋に入れた。この事のために激しく彼を怒ったからである。アサはまたそのころ民のある者をしえたげた。

彼は自分を省みるのでなく、その先見者に対して怒りを燃やして、彼に「足かせ」を課した。
のみならず、その時、民のある者達を踏みにじった。
その結果、3章にわたって記されていたアサについてのストーリーは、突然、エンディングへと突入してしまう。

16:11 見よ、アサの始終の行為は、ユダとイスラエルの列王の書にしるされている。
16:12 アサはその治世の三十九年に足を病み、その病は激しくなったが、その病の時にも、主を求めないで医者を求めた。

病気になったら医者に頼るのは当然と思われるかもしれないが、この時ばかりは、そうではない。
主の言葉を届けに来た人に怒りを燃やし、「足かせ」をした結果、「足」の病が激しくなった。
これは、あからさまな主からのサインである。

そうであるなら、これは主からの警告である事は明確であり、主の前に出て、自らの罪を悔い改め、赦しを乞うべきなのに、逆に頑なになって、偶然の一致だ、これは普通に病気になったのだ、とばかりに、あくまで自分の非を認めようとせず、医者に助けを求めたのだ。
しかしそれを続けた結果、二年後に、その病が元で死んでしまう。

16:13 アサは先祖たちと共に眠り、その治世の四十一年に死んだ。
16:14 人々は彼が自分のためにダビデの町に掘っておいた墓に葬り、製香の術をもって造った様々の香料を満たした床に横たえ、彼のためにおびただしく香をたいた。

心が主から離れている人が、いかにむなしくなってしまうか、エレミヤ書に次のように記されている。
『主はこう言われる、「おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる。彼は荒野に育つ小さい木のように、何も良いことの来るのを見ない。荒野の、干上がった所に住み、人の住まない塩地にいる。』(エレミヤ17:5-6)

医者に頼るとか、外交手腕に頼むとかが、問題なのではない。
問題は「心が主から離れている事」であり、その状態であるなら、主はその人にサインを送られる。
アサのように、足で罪を犯したなら、足に病を送られる、など。
この方面で、このタイミングで、この災が起こったなら、主からのサインを見極めるべきである。
それを、見て見ぬふりをし、強引に自分の非を認めない方向で行くなら、とても残念な結果が待っている。

主に依り頼んで行くなら、アサの前半人生のように祝福されるだろう。
しかし、祝福された後こそ、心して、傲慢の罪にこそ対処するべきである。

詩篇19:12 だれが自分のあやまちを知ることができましようか。どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
19:13 また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。

この祈りが、いつでも私達の祈りとなり続けるべきである。
特に、主に依り頼んで成功した時こそ、そうである。

アサ - 御言葉に従う事の莫大な報酬(2歴代誌15章)
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主に頼って戦いに勝利したアサに、主は預言者を遣わして御心を示される。

2歴代誌15:1 時に神の霊がオデデの子アザリヤに臨んだので、
15:2 彼は出ていってアサを迎え、これに言った、「アサおよびユダとベニヤミンの人々よ、わたしに聞きなさい。あなたがたが主と共におる間は、主もあなたがたと共におられます。あなたがたが、もし彼を求めるならば、彼に会うでしょう。しかし、彼を捨てるならば、彼もあなたがたを捨てられるでしょう。

主が人の味方になるか、敵対者になるかは、結局、本人次第なのである。

2歴代誌15:3 そもそも、イスラエルには長い間、まことの神がなく、教をなす祭司もなく、律法もなかった。

このように書いてあるものの、主が「存在しなかった」わけではなく、律法すなわち御言葉が存在しなかったわけではない。
主は、有りて在られるお方であり、御言葉は世が終わった後も残るものである。
ただ、3節にあるとおり、本人自身に主を求める心が無いなら、本人自身の中に、その家庭に、その職場に、その国に、主がいないかのようになってしまうのだ。
本人自身が御言葉を無視し、全く信仰を働かせずに歩むなら、御言葉が存在しないかのようになってしまう。
あたかも、家の中には多くの札束があるのに、それを使わず、あたかもお金が全く無いかのように生きたまま、寿命が尽きてしまうように。

それは、まことにもったいない事だ。

2歴代誌15:4 しかし、悩みの時、彼らがイスラエルの神、主に立ち返り、彼を求めたので彼に会った。
15:5 そのころは、出る者にも入る者にも、平安がなく、大いなる騒乱が国々のすべての住民を悩ました。

平安がなく、騒乱と悩みがある。それは、御言葉に従わない事の報いである。
その逆は喜びと楽しさ、平安であるが、それらは、御言葉の知恵を求める人に与えられる報酬だ。

箴言3:13 知恵を求めて得る人、悟りを得る人はさいわいである。
3:14 知恵によって得るものは、銀によって得るものにまさり、その利益は精金よりも良いからである。
3:15 知恵は宝石よりも尊く、あなたの望む何物も、これと比べるに足りない。
3:16 その右の手には長寿があり、左の手には富と、誉がある。
3:17 その道は楽しい道であり、その道筋はみな平安である。

2歴代誌15:6 国は国に、町は町に撃ち砕かれた。神がもろもろの悩みをもって彼らを苦しめられたからです。

主を恐れ敬わない期間は、根拠不明な恐怖や不安に悩まされ、やる事なす事全て失敗し、敵にかすめ奪われてしまうものである。
そして、根拠不明な怒りや憎しみが沸き起こるゆえに、味方同士・身内同士で必要の無い争いや喧嘩があって、いらないエネルギーロスがあり、消耗し合い、共に砕かれてしまう。
『あなたがたのうちで生き残る者にも、彼らが敵の国にいる間、彼らの心の中におくびょうを送り込む。吹き散らされる木の葉の音にさえ彼らは追い立てられ、剣からのがれる者のように逃げ、追いかける者もいないのに倒れる。追いかける者もいないのに、剣からのがれるように折り重なって、つまずき倒れる。あなたがたは敵の前に立つこともできない。』(レビ記26:36-37)
それまではそういう時代だった。

15:7 しかしあなたがたは勇気を出しなさい。手を弱くしてはならない。あなたがたのわざには報いがあるからです」。

繰り返すが、御言葉を守り行う事には、大きな報いがある。

詩篇19:7 主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。
19:9 主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。
19:10 これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
19:11 あなたのしもべは、これらによって戒めをうける。これらを守れば、大いなる報いがある。

書いてある通り、主の御言葉は、魂を生きかえらせ、賢くされ、心を喜ばせ、眼を明らかにする。
御言葉は慕わしく、甘く、いましめを受け、そして守るなら、大きな報いがある。

2歴代誌15:8 アサはこれらの言葉すなわちオデデの子アザリヤの預言を聞いて勇気を得、憎むべき偶像をユダとベニヤミンの全地から除き、また彼がエフライムの山地で得た町々から除き、主の宮の廊の前にあった主の祭壇を再興した。
15:9 彼はまたユダとベニヤミンの人々およびエフライム、マナセ、シメオンから来て、彼らの間に寄留していた者を集めた。その神、主がアサと共におられるのを見て、イスラエルからアサのもとに下った者が多くあったからである。

御言葉を守り行う事によって祝福されるなら、人々が集まって来る。

15:12 そして彼らは契約を結び、心をつくし、精神をつくして先祖の神、主を求めることと、
15:13 すべてイスラエルの神、主を求めない者は老幼男女の別なく殺さるべきことを約した。
15:14 そして彼らは大声をあげて叫び、ラッパを吹き、角笛を鳴らして、主に誓いを立てた。
15:15 ユダは皆その誓いを喜んだ。彼らは心をつくして誓いを立て、精神をつくして主を求めたので、主は彼らに会い、四方で彼らに安息を賜わった。

主を求めない者は老幼男女の別なく殺さる、一見きびしい契約に見えるが、しかし人々は、それを「喜んだ」とある。喜んだ、のだ。
なぜなら主に従う事が、こんなにも大きな報いがもたらされるのだ、と、彼らは経験したからであり、従わなかった今までがいかに損であったのかが分かったからである。

15:16 アサ王の母マアカがアシラのために憎むべき像を造ったので、アサは彼女をおとして太后とせず、その憎むべき像を切り倒して粉々に砕き、キデロン川でそれを焼いた。

アサは、母であろうと、退ける事に躊躇しなかった。

15:17 ただし高き所はイスラエルから除かなかったが、アサの心は一生の間、正しかった。
15:18 彼はまた、その父のささげた物および自分のささげた物、すなわち銀、金並びに器物などを主の宮に携え入れた。
15:19 そしてアサの治世の三十五年までは再び戦争がなかった。

このように、主と主の言葉に従う事には喜び、楽しみ、祝福の報いがある。
しかし従わない事には、災が、呪いがある。
一体どちらの道が得な道だろうか。

アサ - 主から助けをいただける人の性質とは(2歴代誌14章)
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14:1 アビヤはその先祖たちと共に眠って、ダビデの町に葬られ、その子アサが代って王となった。アサの治世に国は十年の間、穏やかであった。
14:2 アサはその神、主の目に良しと見え、また正しと見えることを行った。

アサは、ソロモン以降初めての「良い王」である。
良い王とは、主を恐れ敬い、主に聞き従い、努めて主に喜ばれる事を行う王である。

14:3 彼は異なる祭壇と、もろもろの高き所を取り除き、石柱をこわし、アシラ像を切り倒し、
14:4 ユダに命じてその先祖たちの神、主を求めさせ、おきてと戒めとを行わせ、
14:5 ユダのすべての町々から、高き所と香の祭壇とを取り除いた。そして国は彼のもとに穏やかであった。

祝福の条件は、まず、主に忌み嫌われるもの、事を除き去る所から、である。
先代のアビヤは確かに主に求めて戦いに勝利したが、あいにく神殿男娼を取り除かないままだった。
男と男が汚らわしい事を行うようなものを取り除かなかったままに、戦いに出て、一時的に主に求めて勝利を得たアビヤだったが、相変わらず忌み嫌われるものを残したままだった故に、彼は王になってから3年目にして死んでしまい、次の代に王権を譲らなければならなかった。
私達も、酒とか、怒り癖とか、努めて忌み嫌い、除き去るべきである。

イザヤ55:6 あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ。
55:7 悪しき者はその道を捨て、正しからぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。そうすれば、主は彼にあわれみを施される。われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる。

努力をして主に求める時、アサ王の時のように、主は助けてくださり、そして豊かな繁栄を返して下さるのだ。

14:6 彼は国が穏やかであったので、要害の町数個をユダに建てた。また主が彼に平安を賜わったので、この年ごろ戦争がなかった。
14:7 彼はユダに言った、「われわれはこれらの町を建て、その周囲に石がきを築き、やぐらを建て、門と貫の木を設けよう。われわれがわれわれの神、主を求めたので、この国はなおわれわれのものであり、われわれが彼を求めたので、四方において、われわれに平安を賜わった」。こうして彼らは滞りなく建て終った。
14:8 アサの軍隊はユダから出た者三十万人あって、盾とやりをとり、ベニヤミンから出た者二十八万人あって、小盾をとり、弓を引いた。これはみな大勇士であった。

主に嫌われるものを取り除き、主に喜ばれる事を選択して行うなら、平安が与えられる。
そうするとゆとりが生まれ、さらに生活の防備を固められるのだ。

14:9 エチオピヤびとゼラが、百万の軍隊と三百の戦車を率いて、マレシャまで攻めてきた。
14:10 アサは出て、これを迎え、マレシャのゼパタの谷に戦いの備えをした。

ここに戦いが起こるが、兵力も装備もユダが不利な戦いである。

14:11 時にアサはその神、主に向かって呼ばわって言った、「主よ、力のある者を助けることも、力のない者を助けることも、あなたにおいては異なることはありません。われわれの神、主よ、われわれをお助けください。われわれはあなたに寄り頼み、あなたの名によってこの大軍に当ります。主よ、あなたはわれわれの神です。どうぞ人をあなたに勝たせないでください」。

アサは、主を呼び求めた。
主を呼び求める事、それは霊の世界を揺り動かし、真理の世界を揺り動かし、結果、現実世界が揺り動く。

14:12 そこで主はアサの前とユダの前でエチオピヤびとを撃ち敗られたので、エチオピヤびとは逃げ去った。
14:13 アサと彼に従う民は彼らをゲラルまで追撃したので、エチオピヤびとは倒れて、生き残った者はひとりもなかった。主と主の軍勢の前に撃ち破られたからである。ユダの人々の得たぶんどり物は非常に多かった。
14:14 彼らはまた、ゲラルの周囲の町々をことごとく撃ち破った。主の恐れが彼らの上に臨んだからである。そして彼らはそのすべての町をかすめ奪った。その内に多くの物があったからである。
14:15 また家畜をもっている者の天幕を襲い、多くの羊とらくだを奪い取って、エルサレムに帰った。

主に聞き従う者が、主に助けを求めるなら、主は答えてくださる。
聖書の中に、例外は無い。

ダビデがアビメレクの前で狂ったさまをよそおい、追われて出ていったときの歌
34:1 わたしは常に主をほめまつる。そのさんびはわたしの口に絶えない。
34:2 わが魂は主によって誇る。苦しむ者はこれを聞いて喜ぶであろう。
34:3 わたしと共に主をあがめよ、われらは共にみ名をほめたたえよう。
34:4 わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、すべての恐れからわたしを助け出された。
34:5 主を仰ぎ見て、光を得よ、そうすれば、あなたがたは、恥じて顔を赤くすることはない。
34:6 この苦しむ者が呼ばわったとき、主は聞いて、すべての悩みから救い出された。

神のことばの振動によって成り立った世界と、ことばの振動の実によって生きる私達(ヘブル12:25-29)
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 ヘブル12:18 あなたがたが近づいているのは、手で触れることができ、火が燃え、黒雲や暗やみやあらしにつつまれ、
12:19 また、ラッパの響や、聞いた者たちがそれ以上、耳にしたくないと願ったような言葉がひびいてきた山ではない。
12:20 そこでは、彼らは、「けものであっても、山に触れたら、石で打ち殺されてしまえ」という命令の言葉に、耐えることができなかったのである。
12:21 その光景が恐ろしかったのでモーセさえも、
「わたしは恐ろしさのあまり、おののいている
と言ったほどである。

2ペテロ3:9 ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。
3:10 しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。
3:11 このように、これらはみなくずれ落ちていくものであるから、神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなたがたは、
3:12 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。
3:13 しかし、わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。
3:14 愛する者たちよ。それだから、この日を待っているあなたがたは、しみもなくきずもなく、安らかな心で、神のみまえに出られるように励みなさい。

ヘブル12:22 しかしあなたがたが近づいているのは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の天使の祝会、
12:23 天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者なる神、全うされた義人の霊、
12:24 新しい契約の仲保者イエス、ならびに、アベルの血よりも力強く語るそそがれた血である。

ヨブ記38:4 わたしが地の基をすえた時、どこにいたか。もしあなたが知っているなら言え。
38:5 あなたがもし知っているなら、/だれがその度量を定めたか。だれが測りなわを地の上に張ったか。
38:6 その土台は何の上に置かれたか。その隅の石はだれがすえたか。
38:7 かの時には明けの星は相共に歌い、
/神の子たちはみな喜び呼ばわった


詩篇19:1 もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。
19:2 この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる
19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。
神は日のために幕屋を天に設けられた。
19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。
19:7 主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。
19:9 主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。
19:10 これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
19:11 あなたのしもべは、これらによって戒めをうける。これらを守れば、大いなる報いがある。

19:12 だれが自分のあやまちを知ることができましようか。どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
19:13 また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。
19:14 わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが/あなたの前に喜ばれますように。

ヘブル12:25 あなたがたは、語っておられるかたを拒むことがないように、注意しなさい。もし地上で御旨を告げた者を拒んだ人々が、罰をのがれることができなかったなら、天から告げ示すかたを退けるわたしたちは、なおさらそうなるのではないか。
12:26 あの時には、御声が地を震わせた。しかし今は、約束して言われた、「わたしはもう一度、地ばかりでなく天をも
震わそう」。
12:27 この「もう一度」という言葉は、震われないものが残るために、震われるものが、造られたものとして取り除かれることを示している。
12:28 このように、わたしたちは震われない国を受けているのだから、感謝をしようではないか。そして感謝しつつ、恐れかしこみ、神に喜ばれるように、仕えていこう。
12:29 わたしたちの神は、実に、焼きつくす火である。


ヨハネ1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は初めに神と共にあった。
1:3 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった

箴言12:13 悪人はくちびるのとがによって、わなに陥る、しかし正しい人は悩みをのがれる。
12:14 人はその口の実によって、幸福に満ち足り、人の手のわざは、その人の身に帰る。

ヨハネ3:8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。

2コリント4:18 わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。

創世記3:7 すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。

申命記28:34  あなたは、目に見ることで気を狂わされる

1サムエル記15:22 サムエルは言った、/「主はそのみ言葉に聞き従う事を喜ばれるように、/燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、従うことは犠牲にまさり、/聞くことは雄羊の脂肪にまさる。
15:23 そむくことは占いの罪に等しく、/強情は偶像礼拝の罪に等しいからである。あなたが主のことばを捨てたので、/主もまたあなたを捨てて、王の位から退けられた」。

箴言18:20 人は自分の言葉の結ぶ実によって、満ち足り、そのくちびるの産物によって自ら飽きる。
18:21 死と生とは舌に支配される、これを愛する者はその実を食べる。

ローマ8:18 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。
8:19 被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。
8:20 なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、
8:21 かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。
8:22 実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。
8:23 それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。
8:24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。
8:25 もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。

箴言13:1 知恵ある子は父の教訓をきく、あざける者は、懲らしめをきかない。
13:2 善良な人はその口の実によって、幸福を得る、不信実な者の願いは、暴虐である。
13:3 口を守る者はその命を守る、くちびるを大きく開く者には滅びが来る。
 

戦争の時だけ主の御名を持ちだして大義名分を主張する者(2歴代誌13章)
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2歴代誌13:1 ヤラベアム王の第十八年にアビヤがユダの王となった。
13:2 彼は三年の間エルサレムで世を治めた。彼の母はギベアのウリエルの娘で、名をミカヤといった。

レハブアムの子アビヤ。彼の統治は3年、列王記における評価は「悪い王」であった。
しかし歴代誌では、彼の良い面、すなわち、主に依り頼んで戦いに勝利した事を記している。

13:3 ここにアビヤとヤラベアムとの間に戦争が起り、アビヤは四十万の精兵から成る勇敢な軍勢をもって戦いにいで、ヤラベアムも大勇士から成る八十万の精兵をもって、これに向かって戦いの備えをした。

戦いを仕掛けたのは、彼の側であった。
それに対して迎え出たヤロブアムの側は、こちら側の二倍の戦力、不利な戦いとなりそうな所を、アビヤの側が舌戦を開く。

13:4 時にアビヤはエフライムの山地にあるゼマライム山の上に立って言った、「ヤラベアムおよびイスラエルの人々よ皆聞け。
13:5 あなたがたはイスラエルの神、主が塩の契約をもってイスラエルの国をながくダビデとその子孫に賜わったことを知らないのか。

塩の契約とはレビ記2:13で規定されている、穀物の捧げ物においては塩を欠かせてはならない、という規定である。
自分達の側こそ主に従っている、という事を、御言葉で引用するなら、もっと他にもあったであろうにとも思える。

13:6 ところがダビデの子ソロモンの家来であるネバテの子ヤラベアムが起って、その主君にそむき、
13:7 また卑しい無頼のともがらが集まって彼にくみし、ソロモンの子レハベアムに敵したが、レハベアムは若く、かつ意志が弱くてこれに当ることができなかった。
13:8 今また、あなたがたは大軍をたのみ、またヤラベアムが造って、あなたがたの神とした金の子牛をたのんで、ダビデの子孫の手にある主の国に敵対しようとしている。
13:9 またあなたがたはアロンの子孫である主の祭司とレビびととを追いだして、他の国々の民がするように祭司を立てたではないか。すなわちだれでも若い雄牛一頭、雄羊七頭を携えてきて、自分を聖別する者は皆あの神でない者の祭司とすることができた。

アビヤは、ヤロブアムが主に従っていない、という事を痛烈に批判する。
ヤロブアムが卑しい無頼のともがらが集まって来たかどうかはともかくとして、金の子牛をたのみ、アロンの子孫でない者であっても、若い雄牛一頭、雄羊七頭で祭司になれるような、御言葉に反する事をしてきた事は、主の御前に反論の余地は無い。

13:10 しかしわれわれにおいては、主がわれわれの神であって、われわれは彼を捨てない。また主に仕える祭司はアロンの子孫であり、働きをなす者はレビびとである。
13:11 彼らは朝ごと夕ごとに主に燔祭と、こうばしい香をささげ、供えのパンを純金の机の上に供え、また金の燭台とそのともしび皿を整えて、夕ごとにともすのである。このようにわれわれはわれわれの神、主の務を守っているが、あなたがたは彼を捨てた。
13:12 見よ、神はみずからわれわれと共におられて、われわれのかしらとなられ、また、その祭司たちはラッパを吹きならして、あなたがたを攻める。イスラエルの人々よ、あなたがたの先祖の神、主に敵して戦ってはならない。あなたがたは成功しない」。

アビヤは、自分達には正当な祭司がおりレビ人がいる、彼らは朝ごと夕ごとに主に仕えて、これこれの事をしている、それに引き換えあなた方は祭司はいない、それら主の規定を守り行っていない、と言っているが、あいにくアビヤ自身が主に従っているというわけではなさそうだ。

1列王記15:1 ネバテの子ヤラベアム王の第十八年にアビヤムがユダの王となり、
15:2 エルサレムで三年世を治めた。その母の名はマアカといって、アブサロムの娘であった。
15:3 彼はその父が先に行ったもろもろの罪をおこない、その心は父ダビデの心のようにその神、主に対して全く真実ではなかった。
15:4 それにもかかわらず、その神、主はダビデのために、エルサレムにおいて彼に一つのともしびを与え、その子を彼のあとに立てて、エルサレムを固められた。
15:5 それはダビデがヘテびとウリヤの事のほか、一生の間、主の目にかなう事を行い、主が命じられたすべての事に、そむかなかったからである。

アビヤは、その父が先に行ったもろもろの罪をおこない、その心は父ダビデの心のようにその神、主に対して全く真実ではなかった、という事は、アビヤは、主に従う面のあるけれど、同時にレハブアムが行ったような偶像礼拝も同時に行うような事を行っていたのだろう。
あるときには主の御名を呼ぶ、でも一難去ったら別の神にも拝む、ような。

そんな南ユダを主があわれんだのは、ひとえにダビデのゆえであった。ダビデのために、エルサレムにおいて彼に一つのともしびを与え、その子を彼のあとに立てて、エルサレムを固められた、と書いてある通りである。

ヤロブアムはアビヤの言葉に対し、何も答えず、兵をまわした。

2歴代誌13:13 ヤラベアムは伏兵を彼らのうしろに回らせたので、彼の軍隊はユダの前にあり、伏兵は彼らのうしろにあった。
13:14 ユダはうしろを見ると、敵が前とうしろとにあったので、主に向かって呼ばわり、祭司たちはラッパを吹いた。
13:15 そこでユダの人々はときの声をあげた。ユダの人々がときの声をあげると、神はヤラベアムとイスラエルの人々をアビヤとユダの前に打ち敗られたので、
13:16 イスラエルの人々はユダの前から逃げた。神が彼らをユダの手に渡されたので、
13:17 アビヤとその民は、彼らをおびただしく撃ち殺した。イスラエルの殺されて倒れた者は五十万人、皆精兵であった。
13:18 このように、この時イスラエルの人々は打ち負かされ、ユダの人々は勝を得た。彼らがその先祖の神、主を頼んだからである。

兵力的にも戦略的にも劣っていたアビヤが、主を呼び求めた時、主は答えてくださり、大いなる助けを与えてくださった。
いかに、主に対してまっすぐでない者であっても、いかに付け焼き刃的に御言葉を盾にとっても、相手が明らかに御言葉に従わず、また主の御名を呼ぶなら、主は救いを与えてくださる。

13:19 アビヤはヤラベアムを追撃して数個の町を彼から取った。すなわちベテルとその村里、エシャナとその村里、エフロンとその村里である。
13:20 ヤラベアムは、アビヤの世には再び力を得ることができず、主に撃たれて死んだ。
13:21 しかしアビヤは強くなり、妻十四人をめとり、むすこ二十二人、むすめ十六人をもうけた。
13:22 アビヤのその他の行為すなわちその行動と言葉は、預言者イドの注釈にしるされている。

確かに主の御名を呼ぶなら、主は救いを与えてくださる。
しかし、彼の統治はわずか3年で、死んでしまった。
彼は悪い王であったと列王記には記されている。
もし彼が、あの大勝利の後、なお主に従う良い王へとなっていたなら、もっと統治は長かったであろうが、そうではなかった。

結局彼は、戦争の時だけ主の御名を持ちだして大義名分を主張する者だったのだ。
戦争の時だけ「神」を持ち出し、自分達に大義名分があるかのようにアピールする者は昔も今もいるが、そのような時だけ御言葉を持ち出し、主の御名を持ち出すのではなく、普段から、御言葉を「行う」人こそ、主は祝福し守り、統治を長くして下さるのだ。

御言葉の宣言によって天から祝福を振るい落とせ(申命記6:4-19)
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週報/メッセージ(説教)概要

 本日は、年が改まってから最初の主日礼拝である。本日は、イスラエルでは最も大切とされている言葉は「イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。」(申命記6:4) であり、ユダヤ人の聖書では、一日のはじまりと終わりに宣言する。そして、赤ちゃんが人生で一番最初に覚えさせられる言葉でもある。
本日は、このユダヤ人にとって「はじまりの言葉」から続く、イスラエルで最も重要な命令を見ていきたい。
この一文は、声を出して宣言しなさいという事で、ユダヤ人は一日の最初と最後にこれを宣言する。声に出すとは、心の中に閉じこもっている「ことば」を、声帯を振動させ、世界を揺り動かして具現化し、自分は御言葉を信じており、神は確かに生きておられるという事を内外に示し、霊的世界を振動させる行為だ。

『あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。』(5節)
これはイエス様も命じた、最も大切な命令である。そして、御言葉を口ずさむ際に、大事な事がある。
『きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に「留め(ハヤー)」』(6節) ハヤーはヘブライ語のbe動詞であるが、このハヤーは単に「存在させる」のみならず、「溢れさせる」ところまでの意味がある。
『努めてこれをあなたの子らに教え(シャナン:シャープにする、研ぎ石などで鋭くする、コツコツ刺激を与える)、あなたが家に座している時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時も、これについて語らなければならない(ダバル:論じ合う)。』(7節) 御言葉を声に出し、脳と心を震わせ、世界をも震わせ、打ち込むのだ。
『またあなたはこれをあなたの手につけて(カシャール、結合、連盟、同盟する)印とし、あなたの目の間に置いて(ハヤー)覚えとし』(8節) 手は諸々の行いやわざをする部位である。つまり御言葉を本人の手と結託させ行いへ連動させよ、という事であり、また、いつも御言葉を目の間に存在させよ、という事である。
『またあなたの家の入口の柱(メズーザー)と、あなたの門とに書きしるさなければならない。』(9節)
すなわち、御言葉を家の門と出入り口のしるしとする事によって、この家は、御言葉が土台の家であり、御言葉によって出入りする一家であり、御言葉によって守られた家である、と、内外に示すのだ。
家の入り口の柱(メズーザー)は、過越祭ではほふられた小羊の血を塗る場所である。(出エジプト12:7)
傷の無い小羊の血を門に塗るのは、この家は血の代価によって買い戻された家である事を示すためである。キリスト者は、小羊イエス様の血によっていのちが買い戻され、滅びの災いは過ぎ去った者達なのだ。

神の民がこれらの御言葉を信仰を混ぜつつ宣言し、その通りに行っていく時、主は必ず祝福して下さる。
主は10-11節で『あなたが建てたものでない大きな美しい町々を得させ、あなたが満たしたものでないもろもろの良い物を満たした家を得させ、あなたが掘ったものでない掘り井戸を得させ、あなたが植えたものでないぶどう畑とオリブの畑とを得させられるであろう。あなたは食べて飽きるであろう。』と約束しておられる。
なぜ主は、あなたが「**しなかった」と強調しておられるか。それは、あなたが将来得るあらゆる良きものは、あなたが努力したり働いたりした結実ではない、だから驕り高ぶってはならない、と強調するためだ。
だから12節以降で警告が為されている。あなたは元々、悪しき者の奴隷状態だった。それを主は、小羊の血潮の代価をもって救って下さった事を、忘れてはならない、と(12-13節)。また、世の何者をも、神以上に神としてはならない事を。そうでないと、主のねたみが燃え上がって滅ぼし尽くされてしまう(14-15節)。
また「主を試みる事」もしてはならない(16節)。イスラエルはマサで水が無かった時、主を試みたが、主はモーセに命じ、岩から水を出させた。それを見、実際に飲んでおきながら、主に対して何の感謝もなく学ばない人々は、さらに図に乗って、次には肉を出せと言って主を試みた。だから主は「怒って、彼らをわたしの安息にはいらせることはしない、と誓った」のである。(ヘブル3:7-11)
『あなたは主が見て正しいとし、良いとされることを行わなければならない。』(18節) すなわち私達は、言われた事だけ嫌々ながら行い、それ以上の事をしない「霊的アルバイト」であってはならないという事だ。
自分から率先して、何が主に喜ばれる事なのか、御言葉をひもといて調べてみよう、とする人に、主は豊かに幸いを得させ、敵を追い払って下さるという祝福を、約束しておられる。(19節)
ユダヤ人は一日のはじめと終わりを、御言葉を宣言して、空気を振るい動かし、世界を揺り動かして、祝福を振るい落としている。神は御言葉を宣言する人々に御国を受け継がせるために、「ことば」で世界を揺り動かされる(ヘブル12:26-29)。この新しい年、御言葉宣言によって世界を揺り動かし、自身の家に、人生に、祝福をたくさん振るい落としていくみなさんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

わずか5年でダビデ・ソロモンの蓄えた富を台無しにしてしまったレハブアム(2歴代誌12章)
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レハブアムは主の御声に従い、3年間、主に従い祝福されたが、4年目以降、そうでなかった。

2歴代誌12:1 レハベアムはその国が堅く立ち、強くなるに及んで、主のおきてを捨てた。イスラエルも皆彼にならった。
12:2 彼らがこのように主に向かって罪を犯したので、レハベアム王の五年にエジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上ってきた。

「主に向かって罪を犯した(マアール)」、このマアールの元々の意味は「覆いかぶせる」、主な意味は、罪だと知りながらにして罪を犯す、である。覆い隠しは、それが罪だと「知って」いないならしない行為である。
レハブアムは、罪だと知りながらにして犯した。それに対する主の側の回答は「災い」という形で早く訪れた。

12:3 その戦車は一千二百、騎兵は六万、また彼に従ってエジプトから来た民、すなわちリビアびと、スキびと、エチオピヤびとは無数であった。
12:4 シシャクはユダの要害の町々を取り、エルサレムに迫って来た。

前回の箇所でせっかくレハブアムが固めた防備の町々は、いともあっさりと攻め落とされ、しかもエルサレムという堅固な町までも迫って来られてしまった。
神の民は、兵器や力を蓄える事には、救いは無い。主に従う事こそ、最も堅固な防備となるのだ。
詩篇127:1 主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
 127:2 あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。

12:5 そこで預言者シマヤは、レハベアムおよびシシャクのゆえに、エルサレムに集まったユダのつかさたちのもとにきて言った、「主はこう仰せられる、『あなたがたはわたしを捨てたので、わたしもあなたがたを捨ててシシャクにわたした』と」。
12:6 そこでイスラエルのつかさたち、および王はへりくだって、「主は正しい」と言った。

自らの罪ゆえに災いを被った時、最も賢明な対応は、主の前にへりくだる事、悔い改める事である。
彼は、それをした。
それに対する主の側の回答もまた、早い。

12:7 主は彼らのへりくだるのを見られたので、主の言葉がシマヤにのぞんで言った、「彼らがへりくだったから、わたしは彼らを滅ぼさないで、間もなく救を施す。わたしはシシャクの手によって、怒りをエルサレムに注ぐことをしない。
12:8 しかし彼らはシシャクのしもべになる。これは彼らがわたしに仕えることと、国々の王たちに仕えることとの相違を知るためである」。

人は、主の前に悔い改めて立ち返るなら、確かに主はその罪を赦してくださるが、その、本人が犯した罪の刈り取りは本人自身がしなくてはならない。
それも、主に仕える事と、人間の王に仕える事との違いを、思い知るためである。

12:9 エジプトの王シシャクはエルサレムに攻めのぼって、主の宮の宝物と、王の家の宝物とを奪い去った。すなわちそれらをことごとく奪い去り、またソロモンの造った金の盾をも奪い去った。
12:10 それでレハベアム王は、その代りに青銅の盾を造って、王の家の門を守る侍衛長たちの手に渡した。
12:11 王が主の宮にはいるごとに侍衛は来て、これを負い、またこれを侍衛のへやへ持って帰った。

こうして、ソロモンがせっかく南方貿易をして、年月と多くの苦労をして蓄えた多くの金は、わずか5年にしてあっさりエジプトに奪い去られてしまった。

12:12 レハベアムがへりくだったので主の怒りは彼を離れ、彼をことごとく滅ぼそうとはされなかった。またユダの事情もよくなった。
12:13 レハベアム王はエルサレムで自分の地位を確立し、世を治めた。すなわちレハベアムは四十一歳のとき位につき、十七年の間エルサレムで世を治めた。エルサレムは主がその名を置くためにイスラエルのすべての部族のうちから選ばれた町である。彼の母はアンモンの女で、名をナアマといった。

レハブアムの母は、アンモン人である、と記されている。
ソロモンがイスラエルで王であった期間は四十年、その子レハブアムは四十一歳で王になった、という事は、ソロモンは王になって間もない時期にアモン人の妻をめとり、レハブアムが産まれたという事であろう。もしかすると、長男だったのかもしれない。
しかし、アモン人は主の集会に加わってはならない、と定められている。(申命記23:3)
ダビデの曾祖母はモアブ人ルツだったが、それとは全く趣きが違う。ルツはイスラエルの神、主を自分の神として、何もかも捨ててイスラエルに来たのだが、ソロモンは、ただ女を快楽の対象として、信仰の動機は一切なかった。
どうして、よりによって、アモン人との間に生まれた者を、王として継がせなくてはならなかったったのか、それは書いていないが、ソロモンが「わなのような女は死よりも苦い」(伝道者の書7:26)事を書いており、また、自分の財産を後に来る者に継がせなくてはならない事を絶望している(伝道者の書2:18-21)事からすると、もしかしたら彼は、アモン人の女に何かしらの形で心縛られ、その子供に王権を継がせなくてはならなくなってしまったのかもしれない。
ソロモン自身、異邦の女について、以下のように箴言で勧告している。

箴言5:3 遊女のくちびるは蜜をしたたらせ、その言葉は油よりもなめらかである。
5:4 しかしついには、彼女はにがよもぎのように苦く、もろ刃のつるぎのように鋭くなる。
5:5 その足は死に下り、その歩みは陰府の道におもむく。
5:6 彼女はいのちの道に心をとめず、その道は人を迷わすが、彼女はそれを知らない。
5:7 子供らよ、今わたしの言うことを聞け、わたしの口の言葉から、離れ去ってはならない。
5:8 あなたの道を彼女から遠く離し、その家の門に近づいてはならない。
5:9 おそらくはあなたの誉を他人にわたし、あなたの年を無慈悲な者にわたすに至る。
5:10 おそらくは他人があなたの資産によって満たされ、あなたの労苦は他人の家に行く。
5:11 そしてあなたの終りが来て、あなたの身と、からだが滅びるとき、泣き悲しんで、
5:12 言うであろう、「わたしは教訓をいとい、心に戒めを軽んじ、
5:13 教師の声に聞き従わず、わたしを教える者に耳を傾けず、
5:14 集まりの中、会衆のうちにあって、わたしは、破滅に陥りかけた」と。

皮肉にもソロモンは、まさに、この箴言の通りになってしまった。

12:14 レハベアムは主を求めることに心を傾けないで、悪い事を行った。
12:15 レハベアムの始終の行為は、預言者シマヤおよび先見者イドの書にしるされているではないか。レハベアムとヤラベアムとの間には絶えず戦争があった。
12:16 レハベアムはその先祖たちと共に眠って、ダビデの町に葬られ、その子アビヤが彼に代って王となった。

レハブアムは、ダビデの孫である。
ダビデからわずか3代目で、こんなにも早く、こんなにも落ちぶれてしまうものか、と思うかもしれない。
そうである。
親がいかに、信仰において優れていても、その子が主を敬わず、主の忌み嫌われる事を続けるなら、あっという間にその人の財は奪われ、落ちぶれてしまうのだ。
だから、御言葉教育が大事なのである。
いかにダビデのような信仰者であれ、御言葉教育をしないと、たった3代で一族が落ちぶれてしまうのは、現代のクリスチャン界を見れば一目瞭然である。

主は、子供に御言葉教育を伝授して行く事を命じておられる。
『努めてこれをあなたの子らに教え(シャナン:シャープにする、研ぎ石などで鋭くする、コツコツと刺激を与える)、あなたが家に座している時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時も、これについて語らなければならない(ダバール:論じ合う)。またあなたはこれをあなたの手につけて(カシャール、結合、連盟、同盟する)印とし、あなたの目の間に置いて(ハヤー)覚えとし』(申命記6:7-8)
主の御旨は、神のいのちを持った神の子が、生んで増えて満ちて行く事である。だからこれらの事を命じられたのだ。
こうしていつも御言葉に浸され、馴染んでいる内に、御言葉と一体化して行く事で、天地を創造した神の言葉による再創造が、その人の中に構築されて生き、神のかたちが出来上がっていくのだ。
 

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