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その他の諸部族の系図 - 祝福を受け継ぐ人と、吐き出されてしまう人(1歴代誌6:48-81)
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第一歴代誌7章は、その他の部族の簡略化された系図や特記事項が記されている。
7章の系図に記されるのは、大勇士であったり、信仰において積極的に進み出る者であったり、あるいは、一方的に幸いを得たような人達である。

7:1 イッサカルの子らはトラ、プワ、ヤシュブ、シムロムの四人。
7:2 トラの子らはウジ、レパヤ、エリエル、ヤマイ、エブサム、サムエル。これは皆トラの子で、その氏族の長である。その子孫の大勇士たる者はダビデの世にはその数二万二千六百人であった。
7:3 ウジの子はイズラヒヤ、イズラヒヤの子らはミカエル、オバデヤ、ヨエル、イシアの五人で、みな長たる者であった。

このイッサカル族で、特に名が記されたのは、大勇士の長達であり、ダビデの時代にその部族から何人の軍隊を擁したか、その人数が記されている。

7:6 ベニヤミンの子らはベラ、ベケル、エデアエルの三人。
7:7 ベラの子らはエヅボン、ウジ、ウジエル、エレモテ、イリの五人で、皆その氏族の長である。その系図によって数えられた大勇士は二万二千三十四人あった。

ベニヤミン族についても、勇士たちの長の名と数が記されている。
さらにベニヤミン族は8章においてサウルに至る系図が詳細に記される。

7:13 ナフタリの子らはヤハジエル、グニ、エゼル、シャルムで皆ビルハの産んだ子である。

ナフタリ族については、わずかこの1節に記されているのみである。
1節でも記されるなら、まだいいかもしれない。ゼブルン族とダン族は、記載さえされていたいのだから。
なぜある部族は詳細に記されるのに、別の部族は1節しか、あるいは全く記されないのか。

この歴代誌全体を流れるテーマは、捕囚後のイスラエルの民がいかに歩むべきかの指標を示すものであり、そこには祝福と呪いがあり、祝福の元は、神を恐れ、神の宮を敬い、礼拝を重んじる事であるが、呪いの元はその逆、神を恐れず、神の宮を軽んじ、礼拝しない事である。
だから、信仰において大いなる事をした者、神の国に貢献した者は載せられ、あるいはその逆に、特に呪われるべき事をした者もまた、載せられている。
だから、この歴代誌における系図が簡略化されてしまった、あるいは全く載せられないという事は、そのどちらでもない、それらの部族は、熱くもなく冷たくもなく、という事だったのかもしれない。

神の国とは、そういう所である。
熱くもなく冷たくもない者は、吐き出されてしまうのである。(黙示録3:16)

7:14 マナセの子らはそのそばめであるスリヤの女の産んだアスリエル。彼女はまたギレアデの父マキルを産んだ。
7:15 マキルはホパムとシュパムの妹マアカという者を妻にめとった。二番目の子はゼロペハデという。ゼロペハデには女の子だけがあった。

マナセ系図で特記されているゼロペハデの女の子たちは、民数記において信仰ある行動を取った。
ツェロフハデには5人の娘がいたが、男の子がいなかった。それで彼女達は、男性の相続者がいないという事で、相続地がもらえなのではと憂慮し、モーセや祭司達、全会衆を前にして、以下の事を主張したのだ。
「わたしたちの父は荒野で死にました。彼は、コラの仲間となって主に逆らった者どもの仲間のうちには加わりませんでした。彼は自分の罪によって死んだのですが、男の子がありませんでした。男の子がないからといって、どうしてわたしたちの父の名がその氏族のうちから削られなければならないのでしょうか。わたしたちの父の兄弟と同じように、わたしたちにも所有地を与えてください。」(民数記27:3-4)

主は、彼女たちの訴えを「もっとも」とされた。なぜなら彼女たちの主張は、御言葉に叶っているからである。(申命記25:6)
主は、御言葉に叶った訴えは、正面から受け止めてくださる。

彼女たちのようなケースは、イスラエルの中には他に多くあっただろう。五人の子供がいる家庭で、五人全員が女の子である確率は、三十二の家庭に一つある。
イスラエルの六十万もの家庭の中で、女の子供しか生まれなかった家庭は、かなりの数あっただろうが、このツェロフハデと娘たちの名が、永遠の書物・聖書に記されたのは、彼女たちは信仰を持って進み出て、主に期待したからであり、その他多くは、期待もせず、勇気をもって訴え出もしなかったのだ。

マタイ11:12 バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている。
天の御国は、積極的に奪い取る者のものとなる。だから、「主から頂けない」などと言って泣き寝入りしてはならない。
主はどうせ聞いて下さらない、主は蒔かない所から刈り取りをなさる方だなどと、ねじ曲がった神観を持ってはならない。
期待しない事、ねじまがった神観を持つ事は、罪であり、主はそのような人の持っているものを取り上げ、信仰をもって進み出る人に与えられる。(マタイ25:14-30)

7:20 エフライムの子はシュテラ、その子はベレデ、その子はタハテ、その子はエラダ、その子はタハテ、
7:21 その子はザバデ、その子はシュテラである。エゼルとエレアデはガテの土人らに殺された。これは彼らが下って行ってその家畜を奪おうとしたからである。
7:22 父エフライムが日久しくこのために悲しんだので、その兄弟たちが来て彼を慰めた。
7:23 そののち、エフライムは妻のところにはいった。妻ははらんで男の子を産み、その名をベリアと名づけた。その家に災があったからである。

ベリアは、災の中、という意味がある。
エフライムが悲しみと災の中で生まれた子供をそのように名付けたが、祈りと愛情の中育まれた子は、その子孫に、あの信仰の大勇士、ヌンの子ヨシュアが生まれている。(27節)

7:30 アセルの子らはイムナ、イシワ、エスイ、ベリアおよびその姉妹セラ。
7:31 ベリアの子らはヘベルとマルキエル。マルキエルはビルザヒテの父である。
・・・
7:40 これらは皆アセルの子孫であって、その氏族の長、えりぬきの大勇士、つかさたちのかしらであった。その系図によって数えられた者で、いくさに出てよく戦う者の数は二万六千人であった。

アシェルの名の意味は「幸せ」であり、モーセから最大の祝福を受けている。

申命記33:24 アセルについては言った、/「アセルは他の子らにまさって祝福される。彼はその兄弟たちに愛せられ、/その足を油にひたすことができるように。
33:25 あなたの貫の木は鉄と青銅、/あなたの力はあなたの年と共に続くであろう」。

アシェルは兄弟の喜びとなる。アシェルに会うと、兄弟たちが幸せになり、アシェルが来ると、色々ことがうまくすすむ。
だから、アシェルは幸せになっても、妬みを受けない。
「その足を油にひたすことができるように」これは、物質の祝福である。
カルメル山の後ろの地、レバノンの国境が見える平野で、彼が足踏んだ所全部、油が滴っていた。まさに財の祝福を受けたのだ。
「あなたの貫の木は鉄と青銅」すなわち主がアシェルのかんぬきとなっておられ、彼を害する者は誰も入ってこれない。
「あなたの力はあなたの年と共に続くであろう」、すなわち生涯の間、神の力、神の奇跡が、つきものである。

このアシェルの幸いを手に入れるためのコツが、詩篇1篇である。
詩篇1:1 悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人は「さいわい(アシェル)」である。
1:2 このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。

すなわち、「歩まず」「たたず」「座らない」という、3つの「しない」を旨とする人、そして、主の御言葉を昼も夜も口ずさむ人が、アシェルの幸いに入る。

歴代誌7章には、大勇士であったり、信仰において積極的に進み出る者であったり、あるいは、一方的に幸いを得たような人達が、系図に名が記された。
しかし、熱くもなく冷たくもない者は、吐き出されてしまうのである。(黙示録3:16)
私達は、神に対し、御国に対し、御言葉に対して熱く、そして、罪に対し、サタンに対し、悪霊に対しては徹底的に冷たい者であるべきだ。

ヨシュアのように、ツェロフハデの娘達のように、積極的に神の国を勝ち取り、アシェルのように祝福を勝ち取る皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

総理大臣になる器とは(創世記50:22-26)
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どんな悪巧みの中にさえも最善を織り込ませる主(創世記50:15-21)
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週報/メッセージ(説教)概要

 天地創造から始まる創世記の終盤は、イスラエル民族の父祖ヤコブの子、ヨセフの歩みが詳細に記されている。彼はエジプトの宰相となって、父ヤコブと12人の家族を一つの国家へと成長させる重要な役割を主から任された。その全ての発端となった出来事が、彼がエジプトに奴隷として売られてしまう事件だった。
彼が父から寵愛を受けているのを、兄達は妬み、彼をエジプトへ奴隷として売るよう企んだのだ。

ヨセフは奴隷生活を経、牢の中の囚人も経たが、最終的に彼はエジプトの宰相にまで引き上げられた。
彼は正直で、柔和で、怒らず、つぶやかず、何事も神を第一にし、自分を低くする性質だったので、神に愛され、どんな人がどんな不当に扱おうと、彼は神の特別扱いを受け、結局彼がする事は全て祝福された。
それに対し兄達は、後悔と悲しさの日々を送り、一家全体は暗かった。主と共に歩んでいる人が、いかに不当な扱いを受けようとも、神がその人を癒やし、慰め、引き上げ、労苦を忘れさせてくださる。しかし怒りやねたみ、暴力など悪い力によって身を立てて来た人は、怯えながらの底辺生活を続けなくてはならない。
底辺生活を続けてきた兄達は、祝福されたヨセフと再会して以来、ずっと彼を恐れ続け、父ヤコブが死んだ時、自分達は殺されるかもしれない、と恐れた(15節)。ところがヨセフのほうは、とっくの昔に忘れていた。
兄が自分にした悪も、心の傷もトラウマも、苦労した日々さえも(41:51)。私達も、親しい誰かからひどい目に遭わされ、傷を受けるとしても、神と共に歩み続けるなら、神が私達を慰め、忘れさせ、栄えさせて下さる。

ヨセフは兄達に「わたしが神に代ることができましょうか」と言った(19節)。もしヨセフが兄達をずっと恨んでいて、父が死んだ機会に兄もその家族も殺してしまうとするなら…そのような人は世の中にごまんといて、世界史はその繰り返しだったが…、もしそのような矮小な器なら、神ははじめからヨセフを用いていない。
神のご計画は最初から、イスラエル家族をエジプトのゴシェンの地に移し、わずか70名の一家を「一国」へ成長させる事だった。この遠大なる計画を、どうして一人の人間の私怨ごときで覆す事が許されるだろう。
ところが多くの人は、自分の私怨や私利私欲ごときで、神様の遠大なるご計画を平気で覆そうとする。
だから神に用いられる器とは、ヨセフのように柔和で怒らず、自分の思いより御心を優先させる人なのだ。

『あなた方はわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを「良きに変らせて(ハシャバ・レトバー)」、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。』(20節) ここが創世記の結論であり、全歴史の結論である。
ここのハシャブは「織り込む、染み込む」の意味で、トーブは「良し」という意味である。たとえ何者かが私達の人生に悪を企み、罪の奴隷や絶望の牢へ投げ込もうとも、神のトーブがそこに織り込まれ染み込まれる。
ヨセフの兄達が弟ヨセフを奴隷に売った事は、ひどい悪である。しかし神はその悪を用い、売った兄や、父さえエジプトのゴシェンの地で養い、一つの国家へと仕立てて行くという、絶大なトーブに変えてくださった。
神の名は「有りて在る」であり、創造の6日に6回トーブを宣言された方だ。いかにサタンの企みにより、奴隷にさせられても、そこにトーブを「在らせ」、織り込ませ、癒やし、忘れさせ、引き上げ、栄えさせて下さる。
トーブはヘブライ語のテット、ヴァヴ、ヴェートの三文字だが、最初のテットは蛇の意味、次のヴァヴは釘、最後のヴェートは家の意味がある。つまり、ヘビ(サタン)によって罪の奴隷に陥らされても、イエス様の十字架の釘によって永遠の家・天国に迎え入れられる、という意味が、このヘブライ語に込められているのだ。
つまり、トーブの単語そのものの中に、神は、神を愛する人達に働いて、万事を益とし、御子のかたちにしようと永遠の計画の中にあらかじめ定めおられた、という、ローマ8:28-29の意味が込められていたのだ。
ヨセフの兄は、ヨセフに悪い事を謀ったが、神は神と共に歩む彼を通してイスラエルの全家を救いへ導いた。同じように、神は、蛇(サタン)に妬まれ、陥れられ、罪と死の牢獄状態になってしまった人をも、イエス様の十字架を通して、永遠の神の家に花嫁として迎え入れられるという「トーブ」へと塗り替えられるのだ。
私達の中にも、ヨセフのあの頃のように、不当に牢に閉じ込められ奴隷のような状況を通らされる事があるかもしれない。先が見えず、いつまでこの状況が続くのか分からないかもそれないが、忘れてはならない。
神はその中にトーブを織り込み、染み込ませ、その状況さえも働かせて益とする事がおできになる事を。
悪を悪で返さず、平和で、正直で、神を第一に歩んできたヨセフが、癒され、傷も人のした悪も忘れさせられ、大いに祝福されたように、私達もこの時代、彼のように歩み、大いに用いられる者でありたい。

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
創世記と全歴史の最終結論「トーヴ」(創世記50:15-21)
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レビ人に対する割り当ての放牧地群が系図に挿入された理由(1歴代誌6:48-81)
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本日の箇所が、歴代誌系図の他の箇所と違う所は、レビ族に割り当てられた放牧地のリストによって結構な紙面が割かれている所である。
その放牧地の内訳は、ダンからベエル・シェバに至るまでのイスラエル全土から、まんべんなく、である。
なぜ、系図ではなくレビ族に与えられた土地のリストが唐突に挿入されているのか。
それは、バビロン捕囚を経験して戻ってきたイスラエルにおいて、霊的に重要な意味を持つからである。

6:48 彼らの兄弟であるレビびとたちは、神の宮の幕屋のもろもろの務に任じられた。
6:49 アロンとその子らは燔祭の壇と香の祭壇の上にささげることをなし、また至聖所のすべてのわざをなし、かつイスラエルのためにあがないをなした。すべて神のしもべモーセの命じたとおりである。

アロンの子孫は祭司の一族として、そしてレビ族はそのサポートとして、イスラエル12部族の中で重要な役割を担っている。
特にアロン直系の大祭司の家系は、至聖所における全イスラエルの贖いのつとめを担っている。
彼らは世の仕事をする事なく、もっぱら神の宮における奉仕が、神によって割り当てられている。

6:50 アロンの子孫は次のとおりである。アロンの子はエレアザル、その子はピネハス、その子はアビシュア、
6:51 その子はブッキ、その子はウジ、その子はゼラヒヤ、
6:52 その子はメラヨテ、その子はアマリヤ、その子はアヒトブ、
6:53 その子はザドク、その子はアヒマアズである。

再びアロンの子孫が、ここに簡潔に記されている。
それはツァドクへ至る系図であり、サムエルの時代に罪を犯したホフニやピネハス、その父のエリの系図ではない。彼らは捧げものの事で罪を犯したため、除外されている。

6:54 アロンの子孫の住む所はその境のうちにある宿営によっていえば次のとおりである。まずコハテびとの氏族がくじによって得たところ、
6:55 すなわち彼らが与えられたところは、ユダの地にあるヘブロンとその周囲の放牧地である。
6:56 ただし、その町の田畑とその村々は、エフンネの子カレブに与えられた。

ヨシュア記に、カレブがヘブロンの山地を45年もあこがれて遂に彼が85歳の時に巨人たちを打ち負かして勝ち取った記事が記されている。
ヘブロンは彼らの先祖アブラハムゆかりの特別な地である。
そこの放牧地がアロンの子孫に割り当てられた。

6:57 そしてアロンの子孫に与えられたものは、のがれの町であるヘブロンおよびリブナとその放牧地、ヤッテルおよびエシテモアとその放牧地、
6:58 ヒレンとその放牧地、デビルとその放牧地、
6:59 アシャンとその放牧地、ベテシメシとその放牧地である。
6:60 またベニヤミンの部族のうちからはゲバとその放牧地、アレメテとその放牧地、アナトテとその放牧地を与えられた。彼らの町は、すべてその氏族のうちに十三あった。

以降、記されている事は、レビ族のそれぞれの子孫に対し、イスラエル12部族から、全国各地からまんべんなく放牧地が割り当てられられている事である。
レビ人が住むための町を、それぞれの部族が提供しなくてはならない事は、民数記35章に定められている。
大きい部族も、小さい部族も、必ず主の奉仕者に捧げるべきであると主は命じており、それは、富めるも貧しきも、必ず、罪のためのいけにえを捧げなくてはならないのと同じである。

レビ族には「相続地」ではなく「割り当て地」が、それも、「農地」ではなく「放牧地」が割り当てられている点に着目すべきである。
彼らは、世の仕事をするのではなく、もっぱら神の宮に関する奉仕をするよう定められており、他のイスラエルの部族が祭司やレビ族を通して主に捧げられる捧げものによって、彼らの生活は成り立っているからだ。

なぜわざわざ系図の記されている中に、レビ人への割り当て地が、詳細に挿入されたのか。
それは、レビ人や祭司は、100%、一般の会衆が主に捧げる捧げ物によって、生活が成り立っており、もし、民が捧げる事を止めてしまうと、レビ人達は主の宮を手放して、自分達の農地に逃げるしかなくなり、神の宮はおろそかにされ、民全体が祝福を受けられなくなってしまう。

ネヘミヤ記13:10 わたしはまたレビびとがその受くべき分を与えられていなかったことを知った。これがためにその務をなすレビびとおよび歌うたう者たちは、おのおの自分の畑に逃げ帰った。
13:11 それでわたしはつかさたちを責めて言った、「なぜ神の宮を捨てさせたのか」。そしてレビびとを招き集めて、その持ち場に復帰させた。
13:12 そこでユダの人々は皆、穀物、ぶどう酒、油の十分の一を倉に携えてきた。

バビロン捕囚から帰ってきた後の時代を生きたネヘミヤは、レビ人がなおざりにされて、「畑」に逃げ帰って、レビ人が世の仕事をしている事を重く受け止め、人々に叱咤し、レビ人に元の奉仕に戻らせた。
これは、現代を生きる私達に重要な示唆を示している。

日本のクリスチャンは、どういうわけか献金をタブー視し、牧師先生の中でも、世の仕事をしなくては生活が成り立たない人も多い。
また、牧師先生の中にも、献金はしなくてもいいんですよ、と、変に気を遣ってしまっている人もいるが、とんでもない。
献金は、人や組織を存続させるカンパではなく、神への捧げものである。
捧げる人には、幸いと祝福が増し加わり、捧げない人は、わずかな刈り取りしか出来ない事は、昔も今も変わりないのだ。
かつてイスラエルは、捧げものをおろそかにし、祭司やレビ人など主の働き人が世の仕事へ逃げてしまい、礼拝が衰退し、国全体が呪いの道へ突き進んで行ってしまったが、現代の私達はそれを戒めとして受け止め、主への捧げものと、主の働き人を助ける事をやめてはならない。

マラキ3:8 人は神の物を盗むことをするだろうか。しかしあなたがたは、わたしの物を盗んでいる。あなたがたはまた『どうしてわれわれは、あなたの物を盗んでいるのか』と言う。十分の一と、ささげ物をもってである。
3:9 あなたがたは、のろいをもって、のろわれる。あなたがたすべての国民は、わたしの物を盗んでいるからである。
3:10 わたしの宮に食物のあるように、十分の一全部をわたしの倉に携えてきなさい。これをもってわたしを試み、わたしが天の窓を開いて、あふるる恵みを、あなたがたに注ぐか否かを見なさいと、万軍の主は言われる。
3:11 わたしは食い滅ぼす者を、あなたがたのためにおさえて、あなたがたの地の産物を、滅ぼさないようにしよう。また、あなたがたのぶどうの木が、その熟する前に、その実を畑に落すことのないようにしようと、万軍の主は言われる。
3:12 こうして万国の人は、あなたがたを祝福された者ととなえるであろう。あなたがたは楽しい地となるからであると、万軍の主は言われる。
 

自己満足するのではなく、神と人との前に好意と聡明を得よ(箴言3:1-12)
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ルカによる福音書 講解説教メッセージ
女から産まれた中で最も優れた人・バプテスマのヨハネと、彼よりも優れた御国の子(ルカ7:18-35)
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イザヤ書 講解説教メッセージ
悲しみの代わりに喜びが実る主に植えられた枝(イザヤ61:1-3)
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賛美奉仕者の系図(1歴代誌6:31-47)
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モーセの時代、主は礼拝における奉仕を定め、レビ族の子孫、ゲルショム、ケハテ、メラリ族それぞれに、幕屋を運んだり、設営したり、解体したりする奉仕者を定められ、幕屋の奉仕や聖所での奉仕が定められた。
しかしダビデの時代以降、レビ族の奉仕の形態は変わり、神殿において主に向かって賛美の歌を捧げる歌うたいや門衛、また、人々に律法を教える役割を担うようになった。

6:31 契約の箱を安置したのち、ダビデが主の宮で歌をうたう事をつかさどらせた人々は次のとおりである。
6:32 彼らは会見の幕屋の前で歌をもって仕えたが、ソロモンがエルサレムに主の宮を建ててからは、一定の秩序に従って務を行った。

モーセ律法では、もっぱら動物を主に捧げるいけにえについては記されていたが、賛美については記されていない。
せいぜい出エジプト記で、主がエジプトの軍勢を海に沈めた時に、モーセやミリヤム、イスラエルの会衆が主に賛美の歌を歌ったくらいであるが、規定として賛美を捧げるようには、記されていない。
しかし、主に賛美を捧げる事は、御胸にかなった事である。

ヘブル13:15 だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、彼の御名をたたえるくちびるの実を、たえず神にささげようではないか。

今、この時代、イエス様がただ一度、まことの聖所に入り、真に傷のない小羊として捧げられた事により、もはや旧約のような動物のいけにえを捧げる事は不要となった事がヘブル書に記されている。
そして今、私達はそのイエス様ゆえに、このからだを、きよい、生きた供え物として捧げる事、そして、世と妥協せず、心を新たにし、主に捧げられた者として聖なる生活をして行くことが私達・神の民の生き方である。

ローマ12:1 兄弟たちよ。そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。
 12:2 あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。

天においてはもはや犠牲のいけにえは存在せず、常に、絶えず、永遠に、賛美が主に捧げられている有様が、黙示録に記されている。
だから神の宮において賛美が捧げられる事は非常に理に適った事であり、ダビデは心から主に賛美を捧げる聖歌隊を組織し、ダビデ自ら主に捧げる詩篇を記したのだろう。

神殿において賛美が捧げられていた時代、その奉仕者はレビ人と定められていた。
まずは詩篇でも登場する、賛美を中心的に導いたヘマンの系図である。

6:33 その務をしたもの、およびその子らは次のとおりである。コハテびとの子らのうちヘマンは歌をうたう者、ヘマンはヨエルの子、ヨエルはサムエルの子、
6:34 サムエルはエルカナの子、エルカナはエロハムの子、エロハムはエリエルの子、エリエルはトアの子、
6:35 トアはヅフの子、ヅフはエルカナの子、エルカナはマハテの子、マハテはアマサイの子、
6:36 アマサイはエルカナの子、エルカナはヨエルの子、ヨエルはアザリヤの子、アザリヤはゼパニヤの子、
6:37 ゼパニヤはタハテの子、タハテはアシルの子、アシルはエビアサフの子、エビアサフはコラの子、
6:38 コラはイヅハルの子、イヅハルはコハテの子、コハテはレビの子、レビはイスラエルの子である。

この中に、サムエルがおり、コラがいる。そして、ヘマンはケハテ族の一族である事が、この系図で明らかにされている。
さらに、ヘマンの右に立ってサポートするアサフと、左に立つエタンの系図とが、39節以降に記されている。
それによると、アサフはゲルション族、エタンはメラリ族である事が系図に記されており、こうして、当時の賛美奉仕者がレビの一族、ゲルショム、ケハテ、メラリ族の子孫である事がここに明記されている。
かつては何々族であるかが奉仕者として大事であったが、今や、全てイエス様にあって召し出された者すべてが、主を賛美し、主の奉仕者となり、主にあって祭司のつとめをする事が求められている。

1ペテロ2:5 この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより、神によろこばれる霊のいけにえを、ささげなさい。
2:6 聖書にこう書いてある、/「見よ、わたしはシオンに、/選ばれた尊い石、隅のかしら石を置く。それにより頼む者は、/決して、失望に終ることがない」。
2:7 この石は、より頼んでいるあなたがたには尊いものであるが、不信仰な人々には「家造りらの捨てた石で、隅のかしら石となったもの」、
2:8 また「つまずきの石、妨げの岩」である。しかし、彼らがつまずくのは、御言に従わないからであって、彼らは、実は、そうなるように定められていたのである。
2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。
2:10 あなたがたは、以前は神の民でなかったが、いまは神の民であり、以前は、あわれみを受けたことのない者であったが、いまは、あわれみを受けた者となっている。
2:11 愛する者たちよ。あなたがたに勧める。あなたがたは、この世の旅人であり寄留者であるから、たましいに戦いをいどむ肉の欲を避けなさい。

レビの系図 - 主の奉仕者として登録される人と、登録されない者の違い(1歴代誌6:1-30)
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第一歴代誌の系図の第一の主人公は王族であるユダ族であったが、第二の主人公は、神の御前に仕える事を主に定められたレビ族である。それが6章に詳細に記されている。

6:1 レビの子らはゲルション、コハテ、メラリ。
6:2 コハテの子らはアムラム、イヅハル、ヘブロン、ウジエル。
6:3 アムラムの子らはアロン、モーセ、ミリアム。アロンの子らはナダブ、アビウ、エレアザル、イタマル。
6:4 エレアザルはピネハスを生み、ピネハスはアビシュアを生み、
・・・
6:10 ヨナハンはアザリヤを生んだ。このアザリヤはソロモンがエルサレムに建てた宮で祭司の務をした者である。
・・・
6:15 ヨザダクは主がネブカデネザルの手によってユダとエルサレムの人を捕え移された時に捕えられて行った。

1−15節で、族長レビからモーセ・アロンの時代、ソロモン神殿の時代、そしてバビロン捕囚の時代へとつながった。
アロンやモーセに関しては、彼らが為した事からすれば他の誰よりも文面を割くべきと思うかもしれないが、ここでは、名前が列挙されているだけである。
トーラ(モーセ五書)を暗唱するユダヤ人にとって、彼らは書くまでもない存在であり、これら僅かな節の名前の列挙を見るだけで、モーセ五書に記された祭司一族が一瞬で走馬灯のように頭によぎるのである。

6:16 レビの子らはゲルション、コハテおよびメラリ。
6:17 ゲルションの子らの名はリブニとシメイ。
6:18 コハテの子らはアムラム、イヅハル、ヘブロン、ウジエルである。
6:19 メラリの子らはマヘリとムシ。これらはレビびとのその家筋による氏族である。

16節以降は、レビの3人の子達の簡単な系図である。
この3人の子孫達は、神を礼拝する所である幕屋において、いかなる奉仕をするのか。その明確な役割分担や、その人数、また、彼らはどこに住むべきか、民数記3章において、詳細に定められている。

ゲルション族で登録された人は七千五百人で、奉仕内容は主に幕屋の布製品に関わる奉仕が割り当てられており、ケハテ族で数えられた人は八千六百人で、奉仕内容は主に幕屋内の祭具や調度品に関わる奉仕が割り当てられており、メラリ族で登録された人は六千二百人で、奉仕内容は主に、幕屋の板や土台などの骨格部分に関わる奉仕が割り当てられた。

そして、神の幕屋の正面、すなわち、東側に住まう事が出来るのは、モーセとアロン、その子たちのみである。
『また幕屋の前、その東の方、すなわち、会見の幕屋の東の方に宿営する者は、モーセとアロン、およびアロンの子たちであって、イスラエルの人々の務に代って、聖所の務を守るものである。ほかの人で近づく者は殺されるであろう。』(民数記3:38)

主の御そば近くに住まう特権が与えられている人とは、主に捧げている人である。
レビ族が神の幕屋の近くに住まう特権が与えられたのは、前回も見たように、親や兄弟姉妹、友人に逆らってでも、御言葉に従い通したからであり、それ程の主に対するコミットがあったからこそ、その栄誉にあずかったのだ。

教会に住み込みたい、という人がいるが、教会に住めば聖くなるというものではない。
聖なる所にはいたいけれど、俗なる事も手放したくない、という人が、聖なる所に居続けるなら、彼の言動によってその「聖なる空間を食いつぶす」という罪を、増し加える事になってしまう。
モーセやアロンの子達の「ほかの人で近づく者は殺される」と戒められている通りである。
主に捧げる心を育てる人でなければ、教会に何年住み込んだ所で何の変わりは無い。
しかし、「主に捧げられた心」を持つ人は、たとい牢に何年も閉じ込められ、教会通いができなくても主は共におられ、ますます聖められて行くのだ。

『モーセとアロンとが、主の言葉にしたがって数えたレビびとで、その氏族によって数えられた者、一か月以上の男子は、合わせて二万二千人であった。』(民数記3:39)
レビ族として登録された人は、合わせて22000人、と記されているが、実は、22,28,34節で示されているゲルション、コハテ、メラリの数を合計すると、22300人で、この合計数のほうが、上記で記されている数より、なぜか300人多い。

実は、「数えられる」と訳されている言葉には二種類ある。
一つは「mispar」で、ただ単に数字を数える意味、もう一つは「paqad」で、数える事の他に、登録する、コミットするという意味である。
ゲルション族、メラリ族は「paqad(登録する、コミットする)」が用いられ、39節の合計数もそれが用いられているが、ケハテ族(28節)に限ってはそれは使われておらず、ただ「mispar(数えた)」としか記されていない。
つまり、コハテ族は、8600人「数えられた」けれど、神の奉仕者として登録されたのは8300人、という事になるのだろう。
コハテ族の300人がなぜ登録されなかったのか、それは記されていないので分からない。

民数記16章でモーセに反逆したコラも、コハテ族であった。
彼らはレビの務めが与えられているのに祭司の職を要求し、イスラエル全体を扇動してモーセとアロンに逆らったため、彼は家族や天幕もろとも地に飲み込まれてしまった。
いかに神の民として数えられようと、いかに神の働き人として数えられようとも、主から「登録」されない人もあり、そして、主が立てた権威に逆らうのであれば、災いが下されてしまうという事も忘れてはならない。

歴代誌の系図の中に、知られた名前もちらほら登場するが、その名前の中に、聖書それぞれの場面のドラマがある。

6:22 コハテの子はアミナダブ、その子はコラ、その子はアシル、
・・・
6:27 その子はエリアブ、その子はエロハム、その子はエルカナ。
6:28 サムエルの子らは、長子はヨエル、次はアビヤ。

コラは、レビ族で重要な役割を担っておりながら、神が定めた指導者モーセに逆らい、神が定めた大祭司アロンの職を奪おうと、著名な有力者を大勢従えて反乱を起こした。
しかし彼らが人々の前で尋常ならざる死に方をする事によって、神の定められた指導者や祭司に逆らうとはいかなる事かを、神は示された。

しかしながら、そのコラの子孫からは、あの有名な預言者でありキングメーカーであるサムエルが生まれ、さらには、コラの子達は素晴らしい詩篇の数々を生み出した。
結局大切なのは、どのように生まれついたのかではなく、また、どこに住んでいるのかでもなく、その人がいかに主に従順し、主が定められた指導者に従順し、そしていかに心に主を住まわせているか、である。

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