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ヨシヤ王 - 南ユダ王国最後の良い王(2列王記22:1-20)
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22:1 ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年の間、世を治めた。母はボヅカテのアダヤの娘で、名をエデダといった。
22:2 ヨシヤは主の目にかなう事を行い、先祖ダビデの道に歩んで右にも左にも曲らなかった。

ヨシヤは、南ユダ王国最後の「良い王」に数えられた王であり、彼以降は悪い王が続いて、バビロン捕囚への道をまっしぐらに進んでしまう。
彼は8歳で王になった。彼の父アモンが謀反にあって殺されたからであるが、彼は十六歳の若い時から既に主の目に叶う統治をしようと心がけている有様が、2歴代誌に記されている。

2歴代誌34:3 彼はまだ若かったが、その治世の第八年に父ダビデの神を求めることを始め、その十二年には高き所、アシラ像、刻んだ像、鋳た像などを除いて、ユダとエルサレムを清めることを始め、
34:4 もろもろのバアルの祭壇を、自分の前で打ちこわさせ、その上に立っていた香の祭壇を切り倒し、アシラ像、刻んだ像、鋳た像を打ち砕いて粉々にし、これらの像に犠牲をささげた者どもの墓の上にそれをまき散らし、
34:5 祭司らの骨をそのもろもろの祭壇の上で焼き、こうしてユダとエルサレムを清めた。
34:6 またマナセ、エフライム、シメオンおよびナフタリの荒れた町々にもこのようにし、
34:7 もろもろの祭壇をこわし、アシラ像およびもろもろの刻んだ像を粉々に打ち砕き、イスラエル全国の香の祭壇をことごとく切り倒して、エルサレムに帰った。

彼は若い頃から自ら率先して主に喜ばれる道を歩もう、とした。
そうして、彼の父たちの代で汚されてしまった主の宮をきよめている最中に、彼はあるものを発見する。

22:8 その時大祭司ヒルキヤは書記官シャパンに言った、「わたしは主の宮で律法の書を見つけました」。そしてヒルキヤがその書物をシャパンに渡したので、彼はそれを読んだ。
22:9 書記官シャパンは王のもとへ行き、王に報告して言った、「しもべどもは宮にあった銀を皆出して、それを工事をつかさどる主の宮の監督者の手に渡しました」。
22:10 書記官シャパンはまた王に告げて「祭司ヒルキヤはわたしに一つの書物を渡しました」と言い、それを王の前で読んだ。
22:11 王はその律法の書の言葉を聞くと、その衣を裂いた。

この、神殿の中に古く眠っていた書、それは、モーセの律法の書であった。
そして、その内容を知った時のヨシヤの対応は、衣を裂いて、悔い、へりくだり、泣いた事だった。(19節)
それまでヨシヤやその時代の人々は、久しく、モーセの律法の内容を知らず、ただ、預言者の言葉から主の意図を知り、預言がない時は、なんとなく過ごして来たのである。
主の御言葉を知らず、主の基準を知らずに罪を犯して来るという事は、ある。しかし、主の御言葉を知り、基準を知った後に、どう行動するか。それこそ最も大事である。

モーセの律法には、書いてある。主に聞き従って歩む人がいかに幸いであるか、いかに特別扱いを受けて祝福されるか。
それと同時に、主の御声に聞き従わないなら、どんなに災いに遭うか、その災いはどの程度か、それでも聞き従わないなら最終的にはどうされてしまうのか。

実際、ヨシヤは見た。北イスラエル王国が、主の御声に聞き従わない事を続けた結果、彼らは災いに遭い、律法に書いてある通りに、母親が自分の子の肉を食べるほどの飢饉にも遭い、そしてついにはアッシリヤによって滅ぼされ、捕囚として連れて行かれてしまったのを。
御言葉に書いてある事を知り、そして実際にその通りになっている人を見た時、私達も、ヨシヤのように恐れおののきつつ、御声に聞き従う対応を取るべきである。
それでも主を恐れず、聞き従わない事を続けたらどうなったか、ヨシヤはその父アモンがそうだったのを見た。それで彼は、御言葉に対する恐れがあった。

22:12 そして王は祭司ヒルキヤと、シャパンの子アヒカムと、ミカヤの子アクボルと、書記官シャパンと、王の大臣アサヤとに命じて言った、
22:13 「あなたがたは行って、この見つかった書物の言葉について、わたしのため、民のため、またユダ全国のために主に尋ねなさい。われわれの先祖たちがこの書物の言葉に聞き従わず、すべてわれわれについてしるされている事を行わなかったために、主はわれわれにむかって、大いなる怒りを発しておられるからです」。

ヨシヤは御言葉を知って恐れおののき、早速、主の御心を伺おうとして預言者へと人を遣わした。

22:14 そこで祭司ヒルキヤ、アヒカム、アクボル、シャパンおよびアサヤはシャルムの妻である女預言者ホルダのもとへ行った。シャルムはハルハスの子であるテクワの子で、衣装べやを守る者であった。その時ホルダはエルサレムの下町に住んでいた。彼らがホルダに告げたので、
22:15 ホルダは彼らに言った、「イスラエルの神、主はこう仰せられます、『あなたがたをわたしにつかわした人に言いなさい。
22:16 主はこう言われます、見よ、わたしはユダの王が読んだあの書物のすべての言葉にしたがって、災をこの所と、ここに住んでいる民に下そうとしている。
22:17 彼らがわたしを捨てて他の神々に香をたき、自分たちの手で作ったもろもろの物をもって、わたしを怒らせたからである。それゆえ、わたしはこの所にむかって怒りの火を発する。これは消えることがないであろう』。

ヨシヤがそれまで主に対して示してきた忠実は、確かにあったかもしれない。しかし主が言われた事は、手厳しいものだった。
その内容はヨシヤにではなく、主を怒らせた者達に対して、すなわち、イスラエルに対してのものだった。
イスラエルの歴代の王達や人々は、律法に照らせば災いを受ける他はないことばかりして来たからだ。しかし主は、悔い改める人には憐れみを注がれる。

22:18 ただし主に尋ねるために、あなたがたをつかわしたユダの王にはこう言いなさい、『あなたが聞いた言葉についてイスラエルの神、主はこう仰せられます、
22:19 あなたは、わたしがこの所と、ここに住んでいる民にむかって、これは荒れ地となり、のろいとなるであろうと言うのを聞いた時、心に悔い、主の前にへりくだり、衣を裂いてわたしの前に泣いたゆえ、わたしもまたあなたの言うことを聞いたのであると主は言われる。
22:20 それゆえ、見よ、わたしはあなたを先祖たちのもとに集める。あなたは安らかに墓に集められ、わたしがこの所に下すもろもろの災を目に見ることはないであろう』」。彼らはこの言葉を王に持ち帰った。

主は、悔い改めて御言葉を守り行う本人には、憐れみを注いで下さる。
肝心なのは、御言葉を聞いた後である。
ヒゼキヤは、災いが自分の代に降される事はないと思った時、「その言葉はありがたい」と、他人事のようにして、悔い改める事をしなかった。それで彼の子マナセという非常に悪い王を育ててしまった。
ヨシヤは、悔い改めに相応しい行動をした。
私達は、御言葉が示された時、どう応答するだろうか。
御言葉を聞いて、知ってもなお主の目に悪とみなされてしまう道を改めないなら、通常の人が受けないような災いに遭う事は、ヨシヤが聞いた律法に書いてある。

申命記29:22 後の代の人、すなわちあなたがたののちに起るあなたがたの子孫および遠い国から来る外国人は、この地の災を見、主がこの地にくだされた病気を見て言うであろう。
29:23 ――全地は硫黄となり、塩となり、焼け土となって、種もまかれず、実も結ばず、なんの草も生じなくなって、むかし主が怒りと憤りをもって滅ぼされたソドム、ゴモラ、アデマ、ゼボイムの破滅のようである。――
29:24 すなわち、もろもろの国民は言うであろう、『なぜ、主はこの地にこのようなことをされたのか。この激しい大いなる怒りは何ゆえか』。
29:25 そのとき人々は言うであろう、『彼らはその先祖の神、主がエジプトの国から彼らを導き出して彼らと結ばれた契約をすて、
29:26 行って彼らの知らない、また授からない、ほかの神々に仕えて、それを拝んだからである。
29:27 それゆえ主はこの地にむかって怒りを発し、この書物にしるされたもろもろののろいをこれにくだし、
29:28 そして主は怒りと、はげしい怒りと大いなる憤りとをもって彼らをこの地から抜き取って、ほかの国に投げやられた。今日見るとおりである』。

主の民は、確かに特別扱いを受ける。
御言葉に聞き従う事への幸いは、尋常ならぬ幸いだが、御言葉にあえて反する災いもまた、尋常ならぬ災いである。
私達は、どちらを受けたいだろうか。
そして、次の主の言葉はとても重要である。

29:29 隠れた事はわれわれの神、主に属するものである。しかし表わされたことは長くわれわれとわれわれの子孫に属し、われわれにこの律法のすべての言葉を行わせるのである。

御言葉の中に、隠された内容と、明らかにされた内容がある。
私達は、御言葉を全て知っている者ではない。わからない御言葉も、意味が隠された御言葉も、ある。
しかし、人生の時々に応じて、理解の光が当てられ示される御言葉があり、それは、まさに我々のものである。
まだ明かされていない事については、私達は知らないゆえに、十字架の主の憐れみを受ける事ができる。
しかし、知って、理解したならば、それは「長くわれわれとわれわれの子孫に属し、われわれにこの律法のすべての言葉を行わせる」ものである。

ヨシヤは、人生の前半、御言葉が隠されていた。
しかし、それが見つけ出され、明らかにされ、その内容を理解した以上、これから彼らが御言葉に対してどうするかによって、幸いに入るか、呪いに入るかは、彼ら次第である。
私達も、御言葉はすぐちかくにある。
私達は御言葉を恐れ敬い、守り行い、あらゆる事に主から特別扱いを受け、祝福の王道を踏み外さずに歩んでいくものでありたい。

災いに遭って悔い改めたマナセの後半人生と、一切の悔い改めをしなかったアモン(2列王記21:1-15)
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マナセは数々の罪を主の御前で犯した。
彼は父ヒゼキヤがせっかくイスラエルの中から取り除いた悪習を、再び復活させ、また主の宮に偶像を配置したり、預言者の言葉を退けたりした。
そればかりではない。

2列王記21:16 マナセはまた主の目の前に悪を行って、ユダに罪を犯させたその罪のほかに、罪なき者の血を多く流して、エルサレムのこの果から、かの果にまで満たした。
21:17 マナセのその他の事績と、彼がおこなったすべての事およびその犯した罪は、ユダの王の歴代志の書にしるされているではないか。

マナセは「罪なき者の血を多く流して、エルサレムのこの果から、かの果にまで満たした。」
きっとマナセに耳の痛い忠言をくれる預言者や、彼の気に入らない人を、そこがエルサレムの端であろうと中心であろうと、かまわず次々と殺して行ったのだろう。
それほどの悪を行ったマナセには、主の直接のさばきが降った事が歴代誌には記されている。

2歴代誌33:10 主はマナセおよびその民に告げられたが、彼らは心に留めなかった。
33:11 それゆえ、主はアッスリヤの王の軍勢の諸将をこれに攻めこさせられたので、彼らはマナセをかぎで捕え、青銅のかせにつないで、バビロンに引いて行った。

彼は、アッシリヤによって捕らえられ、青銅のかせに引きずられ、バビロンに連れて行かれたのだ。
まさに主が預言者の口を通して語られた通り、全くもって改めない彼にはアハブ(北イスラエル王国)と同じ秤で量られ、北イスラエル王国がアッシリヤによって滅ぼされ捕囚されてしまったのと、全く同じさばきにかけられたのだ。
もはや全くの絶望の状況に陥ってしまった彼だが、そのどん底の中から、マナセは主の前に悔い改めた。

33:12 彼は悩みにあうに及んで、その神、主に願い求め、その先祖の神の前に大いに身を低くして、
33:13 神に祈ったので、神はその祈を受けいれ、その願いを聞き、彼をエルサレムに連れ帰って、再び国に臨ませられた。これによってマナセは主こそ、まことに神にいますことを知った。

主はなんと憐れみに満ちたお方であろうか。
あれほどの罪を犯して来た彼なのに、主に悔い改めた事で、彼はいのちを長らえたばかりでなく、エルサレムに戻され、元の王の地位へと戻されたのだ。
それはまさに奇跡である。

33:14 この後、彼はダビデの町の外の石がきをギホンの西の方の谷のうちに築き、魚の門の入口にまで及ぼし、またオペルに石がきをめぐらして、非常に高くこれを築き上げ、ユダのすべての堅固な町に軍長を置き、
33:15 また主の宮から、異邦の神々および偶像を取り除き、主の宮の山とエルサレムに自分で築いたすべての祭壇を取り除いて、町の外に投げ捨て、
33:16 主の祭壇を築き直して、酬恩祭および感謝の犠牲を、その上にささげ、ユダに命じてイスラエルの神、主に仕えさせた。

彼は、悔い改めに相応しい実を結んだ。
このように、彼は口先ではなく心底悔いて、そして、改めた心を主はご覧になられたから、彼を元通りの地位に戻し、そして彼が悔い改めに相応しい実を結ぶ事によって、主に心から立ち返るものには全てこのように恵みを施して下さるお方だと知らせるために、そのようにされたのだ。

エゼキエル18:31 あなたがたがわたしに対しておこなったすべてのとがを捨て去り、新しい心と、新しい霊とを得よ。イスラエルの家よ、あなたがたはどうして死んでよかろうか。
18:32 わたしは何人の死をも喜ばないのであると、主なる神は言われる。それゆえ、あなたがたは翻って生きよ」。

主は、誰が滅ぶのも望んでおられず、悔い改めて命を得る事を望んでおられる。
しかし、彼の子アモンはそうではなかった。

2列王記21:19 アモンは王となった時二十二歳であって、エルサレムで二年の間、世を治めた。母はヨテバのハルツの娘で、名をメシュレメテといった。
21:20 アモンはその父マナセのおこなったように、主の目の前に悪を行った。
21:21 すなわち彼はすべてその父の歩んだ道に歩み、父の仕えた偶像に仕えて、これを拝み、
21:22 先祖たちの神、主を捨てて、主の道に歩まなかった。
21:23 アモンの家来たちはついに彼に敵して徒党を結び、王をその家で殺したが、
21:24 国の民は、アモン王に敵して徒党を結んだ者をことごとく撃ち殺した。そして国の民はアモンの子ヨシヤを王としてアモンに代らせた。

彼の統治は、たった2年だった。
北イスラエル王国のアハブもそうだった。彼は最後、悔い改めたが、彼の子アハズヤはそうではなく、主の前に悪を貫いたため、その統治はアモンと同じ、たった2年であった。

2歴代誌33:22 彼はその父マナセのしたように主の前に悪を行った。すなわちアモンはその父マナセが造ったもろもろの刻んだ像に犠牲をささげて、これに仕え、
33:23 その父マナセが身を低くしたように主の前に身を低くしなかった。かえってこのアモンは、いよいよそのとがを増した。
33:24 その家来たちは党を結んで彼にそむき、彼をその家で殺した。

アモンは、主の御前にへりくだらず、悔い改めず、なおもそのとがを増し加えた、と書いてある。
アモンは父王の悪い所も、良い所も見たはずである。父王が悪い事をした結果いかに災いに覆われたか、そして、その悪から立ち返って主に悔い改めたら、いかに奇跡的に幸いを施して下さったかも、見た。
それにもかかわらず、アモンは主に立ち返らなかった。
主は、一切の隠れた所と、人の心の奥底を、ご存知である。その人がその後悔い改める余地があるか無いかも、全て含めて。
彼の心には、主に心翻す余地が一切無かったのだろう。それで主は、彼をわずか2年で王位から取り除き、この世から取り去ったのだ。

ヤコブ4:6 しかし神は、いや増しに恵みを賜う。であるから、「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」とある。
4:7 そういうわけだから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。
4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。罪人どもよ、手をきよめよ。二心の者どもよ、心を清くせよ。
4:9 苦しめ、悲しめ、泣け。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えよ。
4:10 主のみまえにへりくだれ。そうすれば、主は、あなたがたを高くして下さるであろう。

主は、へりくだる者に、近くおられる。
罪の楽しみを楽しんでいる人が、その楽しみを「罪をしない」という苦しみ・悲しみに変えるなら、主は高めてくださる。
ちょうど、悔いてへりくだったマナセを、再び王座へと戻してくださったように。

結婚後に堕落したシンデレラ、それでもなおあきらめなかった花婿(エゼキエル16章)
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「男性と女性」という点から見る聖書(創世記1:1-5)
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週報/メッセージ(説教)概要

 ヘブライ言語はヨーロッパ言語のように、名詞や動詞に「性」の概念がある。創世記1:1-2の名詞や動詞を「性」という面から見ると、神と被造物との間が、男女の人格的なやりとりであるかのように見えてくる。
『はじめ(女)に神(男)は天(男)と地(女)とを創造(男)された。地(女)は形なく(男)、虚しく(男)なってしまい、闇(男)が淵(女)の面(男)にあり、神(男)の霊が水の面(男)を覆って(男)いた。』(創世記1:1-2)
このように「性」という面にスポットライトを当てると、この箇所は、ある男女が織りなすストーリーに見えてくる。
すなわち、ある男性が、ある女性を見初め、一つの家庭を構築しようとした。けれども女性は、別の男に破壊され、虚しくされ、闇の淵に落とされてしまった。それでもかの男性は、女性を覆っていた…というような。

聖書はまさに、そういう内容だ。人は本来、神と共に歩み、神の愛の交わりの中で、幸せに永遠に生きていくはずだったが、人はサタンにそそのかされ、神を裏切って虚しくなり、死の淵に落ち込んで、「呪い」と「滅び」という借金地獄に陥ってしまった。聖書の一つ一つの出来事の裏に、多くのうめきと悲しみがある。
裏切られてしまった「神(男性)」の側のうめき悲しみと、裏切ってしまった「人(女性)」の側のうめきが。
全被造物(女性)は、うめいている。全能の神(男性)によって、贖われる事を求めて。(ロマ8:19-23)
それで神は全ての人に「贖い(買い戻し)」の衣を広げ、今なお一人一人を贖い出そうとし続けておられる。
買い戻されて覆われる事こそ、全被造物の切実な願いである。ちょうどルツが、自分を買い戻す責任のある男性、ボアズに願い出たように。『わたしはあなたのはしためルツです。あなたのすそで、はしためをおおってください。あなたは「最も近い親戚(ガアル:家を絶やさない責任のある者)」です。』(ルツ3:9)

主はホセア書を通しても、裏切った女(イスラエル)に対するうめきを表現し、同時に「贖い」を宣言しておられる。主は預言者ホセアに、「姦淫の女をめとれ」と命じ、ホセアはその通りに実行するのだが、その女は、姦淫するために出て行ってしまった。夫に愛され、夫の子を産んでいるというのに。そこで主は言われる。
『「あなたは再び行って、イスラエルの人々が他の神々に転じて、干ぶどうの菓子を愛するにもかかわらず、主がこれを愛せられるように、姦夫に愛せられる女、姦淫を行う女を愛せよ」と。そこで私は銀十五シケルと大麦一ホメル半とをもって彼女を買い取った。私は彼女に言った、「あなたは長く私の所にとどまって、淫行をなさず、また他の人のものとなってはならない。私もまた、あなたにそうしよう」と。』(ホセア3:1-3)
律法に照らすなら死刑のはずの、姦淫で裏切った女に、やさしく声をかけ、買い戻し、「もう他の所に行くな、いつまでもわたしの所にとどまれ」と言う。これはまさに、イエス様と私達の関係と全く同じだ。
ホセアとイエス様の名前は共に「救い」という意味であり、ホセアは全人類を買い戻すイエス様の雛形だ。
私達の主イエス様は、罪に裏切ってしまった私達人間にやさしく声をかけ、本来私達が受けるべき罪の刑罰を、十字架の上で、身代わりに受け、「神の子の命」という大きな代価をもって買い戻して下さった。
虚しくなってしまった全被造物を買い戻される、唯一のキーパーソンは、まことの光なるイエス様である。

創世記1:2において、虚しくなってしまった地(女)を、神は覆っておられたが、ある時、神は宣言される。
『神は「光あれ」と言われた。すると光があった。神はその光を「見て」、「良し(トブ)」とされた。神はその光とやみとを分けられた。』(創世記1:3) 神はそれまで闇だった世界に光を宣言し、光を見て「よし」とされた。
神は創造のわざを進めて行かれる度に、それを見て「よし」と言われる。主の目に「よしとされる」事こそ、私達の目標だ。神が「ことば」によって創造された全ての御業は、全て「よし」である。いかに滅びの運命を背負ってしまっている人間でも、神と共に歩み、御言葉の通りに行って行くなら「よし」になって行くのだ。
神のご性質は光であって、闇ではない。神の御業は秩序であって、混沌ではない。神は人間と全被造物の秩序を回復させ、人が健全に住めるよう、丁寧に再構築して行く、というのが、全聖書の内容である。
そして聖書の最後・黙示録は、まことの花婿であるキリストと、その花嫁・教会との結婚で締めくくられ、神と人とが永遠に共に生きる事で終わっている。永遠のいのちは存在するし、永遠のさばきも存在する。
私達は、永遠のいのちに入るために、そして今生きているこの人生を、秩序と神の「よし」で満たすために、私達を命がけで愛して下さったイエス・キリストを愛し、彼の御言葉どおりに生きて行くべきだ。それこそ真に理に適った、永遠に至る充実した人生なのだから。その人生を歩んでいく皆さんでありますように!

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
人の側のアーメンによって真に意味を発揮する御言葉(詩篇23:6)
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マナセ - 南ユダ王国最悪の王(2列王記21:1-15)
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ヒゼキヤは良い王として記されている。しかし、彼が主から死を宣告された時、彼は祈って、主は彼の命を15年伸ばして下さったが、その15年は、良いものではなかった。
彼は、バビロンから来た使者に、宝物庫を見せ、武器庫を見せ、彼が主からいただいた栄光の品々をことごとくひけらかしてしまった。
それによって、将来、バビロンに見せた全てがバビロンによって奪われてしまう日が来る、と、イザヤから警告されたのに、ヒゼキヤは、自分の代には災いは降らないとたかをくくり、適当な返事をして悔い改めなかった。

彼は、15年命が引き伸ばされた事によって、たかをくくるような事をしたが、人は、知らないほうが良いことがある。
もし、アブラハムが召し出されたばかりの時、最初から神が立てておられた先々の事も教えておられたら、どうだっただろう。彼は将来、100歳になってからやっと子供が与えられ、その子は神に捧げなくてはならず、また、彼が生きている間は、マクペラの畑にある洞穴しか土地が与えられない、と、全行程が最初に示されていたら、彼もまた、カランから出ないままだったかもしれない。

会社や政治は、何も隠し立てせず全てを晒すべきだ、という人もいるが、私達は、神のご計画を何もかも知る必要は無い。
神は、なぜ、事を知らせない事のほうが多いのか。なぜ、物事を隠されるのか。
それは、人が「知る」事によって、罪を犯すという事をさせないためである。そして正しい道に歩ませるためである。
ヒゼキヤは、いのちの尽きる日を「知って」しまった故に、好き放題な事をし、また、バビロンに全て手の内を「知らせて」しまった故に、それらは将来奪われてしまう事になってしまった。

ヒゼキヤは、伸ばされた15年の3年目に、マナセが生まれた。

21:1 マナセは十二歳で王となり、五十五年の間、エルサレムで世を治めた。母の名はヘフジバといった。
21:2 マナセは主がイスラエルの人々の前から追い払われた国々の民の憎むべきおこないにならって、主の目の前に悪をおこなった。
21:3 彼は父ヒゼキヤがこわした高き所を建て直し、またイスラエルの王アハブがしたようにバアルのために祭壇を築き、アシラ像を造り、かつ天の万象を拝んで、これに仕えた。

マナセは、父ヒゼキヤがせっかく断ち切ったあらゆる悪しき習慣や偶像を、ことごとく復活させてしまった。
主は、見えないお方である。彼は主はいないと思って悪を行ったのかもしれないが、しかし2節にある通り「主の目の前に悪をおこなった」のだ。
私達はいつも主の眼差しを意識するべきである。

21:4 また主の宮のうちに数個の祭壇を築いた。これは主が「わたしの名をエルサレムに置こう」と言われたその宮である。

主の宮には、主の御名が置かれている。
その、主の面前に、彼は主が忌み嫌われるものを、恐れなく、平然と置いたのだ。
なぜ、こんな王が生まれてしまったのか。
彼は12歳で王になったが、きっと彼はその12年間、御言葉によって戒められる事なく甘やかされて育てられてしまったのだろう。

21:5 彼はまた主の宮の二つの庭に天の万象のために祭壇を築いた。
21:6 またその子を火に焼いてささげ物とし、占いをし、魔術を行い、口寄せと魔法使を用い、主の目の前に多くの悪を行って、主の怒りを引き起した。

再び「主の目の前に」多くの悪を行ったと記されている。
主の眼差しを無視し、自分の欲望を満足させるためには、自分の子さえも焼いてしまう。
マナセはそこまで、欲望に忠実に、そして主に対して不忠実な事をしてしまった。

21:7 彼はまたアシラの彫像を作って主の宮に置いた。主はこの宮についてダビデとその子ソロモンに言われたことがある、「わたしはこの宮と、わたしがイスラエルのすべての部族のうちから選んだエルサレムとに、わたしの名を永遠に置く。
21:8 もし、彼らがわたしが命じたすべての事、およびわたしのしもべモーセが命じたすべての律法を守り行うならば、イスラエルの足を、わたしが彼らの先祖たちに与えた地から、重ねて迷い出させないであろう」。

主の宮は、主を礼拝する場所である。主の面前である事を特に意識する場所である。
そこに、彼は異教の像を置いた。
私達も、礼拝という主を意識し主に捧げるべき時間、場所において、思いの中に「異教」を置いて罪を犯していないだろうか。
体だけは礼拝に参加し、思いの中は別の考え、別の教えを意識し、贖い主イエス様よりも、そちらのほうを頼りとし主体としているなら、マナセと同じ事をしている。

21:9 しかし彼らは聞きいれなかった。マナセが人々をいざなって悪を行ったことは、主がイスラエルの人々の前に滅ぼされた国々の民よりもはなはだしかった。
21:10 そこで主はそのしもべである預言者たちによって言われた、
21:11 「ユダの王マナセがこれらの憎むべき事を行い、彼の先にあったアモリびとの行ったすべての事よりも悪い事を行い、またその偶像をもってユダに罪を犯させたので、

マナセは、主から、カナンの先住民よりも悪辣だと評価されている。
カナンの先住民は確かに邪悪な事を行っていたが、主の御言葉を知らず、主の道を知らなかった。
しかしマナセは、主の民であり、主の御言葉は知っていたはずなのに、それでも敢えて主の道に反したのだ。
その罪は、非常に重い。

21:12 イスラエルの神、主はこう仰せられる、見よ、わたしはエルサレムとユダに災をくだそうとしている。これを聞く者は、その耳が二つながら鳴るであろう。
21:13 わたしはサマリヤをはかった測りなわと、アハブの家に用いた下げ振りをエルサレムにほどこし、人が皿をぬぐい、これをぬぐって伏せるように、エルサレムをぬぐい去る。
21:14 わたしは、わたしの嗣業の民の残りを捨て、彼らを敵の手に渡す。彼らはもろもろの敵のえじきとなり、略奪にあうであろう。
21:15 これは彼らの先祖たちがエジプトを出た日から今日に至るまで、彼らがわたしの目の前に悪を行って、わたしを怒らせたためである」。

これは、今までの王達に対しては無かった警告である。
「サマリヤをはかった測りなわと、アハブの家に用いた下げ振りをエルサレムにほどこ」す。
つまり、エルサレムさえも、主に対する反逆を続けて行くなら、サマリヤがそうなったのと同じく破壊され、捕囚され、散り散りにされてしまう。
それも、彼らを「アハブの家」と同列にして、主は評価している。

私達はこれを歴史の一出来事としてではなく、自分に対する戒めとして受けるべきである。
主からいただいた恵み、憐れみ、ゆるしを軽んじ、ないがしろにし続けて行くなら、やがて、アハブの家に起こされたのと同じように、また、南ユダ王国がバビロンによって破壊し尽くされてしまったのと同じように、されてしまうのだ。

マナセは、これらの預言者の言葉にどう対応したか。
16節には、彼は罪なき者の血を多く流して、エルサレムのあちら、こちらに満たした、と記されている。
きっと彼は、自分の意にそぐわない者、気に食わない者を、所かまわず、次々と殺したのだろう。
そして彼は、主が警告を与えるために遣わした預言者たちの血を、多く流したのだろう。

主の恵みの秤は、確かに、私達に向けられている。
しかしその秤には限度があり、その恵みの秤の分量を使い果たしてしまう時、滅びの災いに追いつかれてしまうのだ。

エデンの園の外側でいのちの木を得る方法:テフィリン(創世記3:22-24)
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ルカによる福音書 講解説教メッセージ
罪のゆるし、そして、病のいやしを得るためには(ルカ5:12-26)
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イザヤ書 講解説教メッセージ
くちびるの実を創造したお方(イザヤ57:14-21)
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延ばされた15年の命を「高ぶり」に用いたヒゼキヤ(2列王記20:1-31)
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20:1 そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。アモツの子預言者イザヤは彼のところにきて言った、「主はこう仰せられます、『家の人に遺言をなさい。あなたは死にます。生きながらえることはできません』」。

ヒゼキヤが死の病にあったのは、18:2から逆算すると、彼が39-40歳の時だった。
まだ先があるし、そして20:6からすると、アッシリヤの脅威が厳然と目の前にあった時期だ。
なぜまだ若いのに、なぜまだ為すべき事が多く、守らなくてはならない人々がいるのに、この世を去らなくてはならないのか。
そのような時、私達は祈るが、ヒゼキヤも祈った。

20:2 そこでヒゼキヤは顔を壁に向けて主に祈って言った、
20:3 「ああ主よ、わたしが真実を真心をもってあなたの前に歩み、あなたの目にかなうことをおこなったのをどうぞ思い起してください」。そしてヒゼキヤは激しく泣いた。
20:4 イザヤがまだ中庭を出ないうちに主の言葉が彼に臨んだ、
20:5a 「引き返して、わたしの民の君ヒゼキヤに言いなさい、

ヒゼキヤは言葉が与えられたら、すみやかに主に対して祈ったが、その祈りへの答えは、非常に早かった。

20:5b 『あなたの父ダビデの神、主はこう仰せられる、わたしはあなたの祈を聞き、あなたの涙を見た。見よ、わたしはあなたをいやす。三日目にはあなたは主の宮に上るであろう。
20:6 かつ、わたしはあなたのよわいを十五年増す。わたしはあなたと、この町とをアッスリヤの王の手から救い、わたしの名のため、またわたしのしもべダビデのためにこの町を守るであろう』」。

主は、イスラエルの主の民と、ダビデの家に目をとどめておられる。
主は「”わたしの民の君”ヒゼキヤ」「あなたの父ダビデの神」と5節で言っておられるし、また「わたしの名のため、またわたしのしもべダビデのために」と言っておられる。
主は確かにヒゼキヤの祈りに答えられたのだが、ヒゼキヤのためというより、主の民のために、という色合いが濃い。

20:8 ヒゼキヤはイザヤに言った、「主がわたしをいやされる事と、三日目にわたしが主の家に上ることについて、どんなしるしがありましょうか」。

ヒゼキヤはしるしを求めた。彼の父アハズは、同じ預言者イザヤから「しるしを求めなさい」と言われても「求めません」などと言って、かえって別の神々の偶像を据える罪を犯したが、ヒゼキヤは積極的にしるしを求めた。
すると主は、宇宙規模のしるしを与えられる。

20:9 イザヤは言った、「主が約束されたことを行われることについては、主からこのしるしを得られるでしょう。すなわち日影が十度進むか、あるいは十度退くかです」。
20:10 ヒゼキヤは答えた、「日影が十度進むことはたやすい事です。むしろ日影を十度退かせてください」。
20:11 そこで預言者イザヤが主に呼ばわると、アハズの日時計の上に進んだ日影を、十度退かせられた。

この出来事は、NASAの科学者達によって、実証されている。
人工衛星を打ち上げるにあたり、過去や未来の太陽・月・惑星などの位置を計算するのだが、太陽や地球が一日の例外もなく、普通に回って来た事を前提として計算すると、どうしても、計算が合わなくなってしまうのだ。
そこで、科学者の一人が、聖書のヨシュア記とこの箇所に基いて計算に代入した所、全てのつじつまがぴったり合って、衛生を飛ばすことが出来たというのだ。

こうして、主から恵みを得たヒゼキヤだが、その与えられた恵みを、彼は、悪い事に用いてしまう。
2歴代誌32:24 そのころ、ヒゼキヤは病んで死ぬばかりであったが、主に祈ったので、主はこれに答えて、しるしを賜わった。
 32:25 しかしヒゼキヤはその受けた恵みに報いることをせず、その心が高ぶったので、怒りが彼とユダおよびエルサレムに臨もうとしたが、
 32:26 ヒゼキヤはその心の高ぶりを悔いてへりくだり、またエルサレムの住民も同様にしたので、主の怒りは、ヒゼキヤの世には彼らに臨まなかった。

彼は、高ぶった、と書いてある。
私達は、危機的状況に陥った時は、よく祈る。しかし、祈って主からの憐れみを受けたなら、その後こそ、気をつけるべきである。
ヒゼキヤは、後のイスラエルに壊滅的な破壊をもたらすきっかけをつくってしまう。

20:12 そのころ、バラダンの子であるバビロンの王メロダクバラダンは、手紙と贈り物を持たせて使節をヒゼキヤにつかわした。これはヒゼキヤが病んでいることを聞いたからである。
20:13 ヒゼキヤは彼らを喜び迎えて、宝物の蔵、金銀、香料、貴重な油および武器倉、ならびにその倉庫にあるすべての物を彼らに見せた。家にある物も、国にある物も、ヒゼキヤが彼らに見せない物は一つもなかった。

バビロンは当時はまだ小国で、アッシリヤに対抗する国であった
彼らは手紙と贈りものを携えていた。という事は、ヒゼキヤと協力関係を結んでアッシリヤに対抗する意図があったと考えられるが、しかしヒゼキヤは、余計な事をしてしまった。
彼は親切心のような心から、自分の手の内を明かしたのかもしれないが、将来、このことが仇となってしまう。

20:14 その時、預言者イザヤはヒゼキヤ王のもとにきて言った、「あの人々は何を言いましたか。どこからきたのですか」。ヒゼキヤは言った、「彼らは遠い国から、バビロンからきたのです」。
20:15 イザヤは言った、「彼らはあなたの家で何を見ましたか」。ヒゼキヤは答えて言った、「わたしの家にある物を皆見ました。わたしの倉庫のうちには、わたしが彼らに見せない物は一つもありません」。
20:16 そこでイザヤはヒゼキヤに言った、「主の言葉を聞きなさい、
20:17 『主は言われる、見よ、すべてあなたの家にある物、および、あなたの先祖たちが今日までに積みたくわえた物の、バビロンに運び去られる日が来る。何も残るものはないであろう。
20:18 また、あなたの身から出るあなたの子たちも連れ去られ、バビロンの王の宮殿で宦官となるであろう』」。

親しくもない、しかも、主を敬うことをしない、外国の使者に、不用意に自分の手の内すべてを見せるなど、とんでもない事である。
私達は主に対してはすべてを明かすべきであるが、外に対して、特に、主を敬わない者達に、自分の手の内を、明かすべきではない。
箴言5:15 あなたは自分の水ためから水を飲み、自分の井戸から、わき出す水を飲むがよい。
5:16 あなたの泉を、外にまきちらし、水の流れを、ちまたに流してよかろうか。
5:17 それを自分だけのものとし、他人を共にあずからせてはならない。

ヒゼキヤは主から与えられた健康や富、名声、栄誉を全部ひけらかしたが、それらは全て主から与えられたものだ。
主がいかなるお方であるかを開示すべきであって、主から与えられたモノを自慢するべきではない。

20:19 ヒゼキヤはイザヤに言った、「あなたが言われた主の言葉は結構です」。彼は「せめて自分が世にあるあいだ、平和と安全があれば良いことではなかろうか」と思ったからである。

彼は、イザヤから言われた言葉に心おののかせるのではなく、自分が世にいる間は平和と安全があれば良い、と思った。
ここに彼の傲慢が垣間見られる。2歴代誌32:25に書いてある通りである。
彼はその傲慢な心持ちで、残りの15年をどうすごしたか。

20:21 ヒゼキヤはその先祖たちと共に眠って、その子マナセが代って王となった。

この、マナセという王は12歳で王になった。すなわち、病が癒やされてから3年後である。
既に傲慢な心になってしまったヒゼキヤがいかにマナセを育てたのか、それはマナセが王になった時の統治の内容で伺い知れるが、マナセは主を敬わない悪い王で、しかもヒゼキヤがして来た良い事をことごとくひっくり返す事をした。
彼はヒゼキヤがせっかく打ち壊した偶像を建てなおす事をした。(21:3)

こうしてヒゼキヤは、与えられた15年を使って、色々の面で主に嫌われる事を行った。
しかし彼は悔い改めたので、災いがその代に降る事は無かった。(2歴代誌32:26)

私達は、主から与えられた祝福を、ひけらかしたりする事なく、ただキリストの花嫁として、イエス様に対しては開かれた者、それ以外の者には閉じられた者でありたい。
 

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