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雪です

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礼拝メッセージ説教音声配信 » パスター日記
執筆 : 
pastor 2011-2-15 16:20

昨晩、横浜は結構雪が降り、積もっていました。

それを見たある姉妹は、皆が早天礼拝に妨げ無く来れるために、止みますように、と祈っていました。

私は、雪が積もっているのを皆が見ても、礼拝に行く心が妨げられず、かえって隠れていた思いと信仰が実体化する機会となるように、と祈りました。

結局、雪は雨に変わり、道路の雪は大方溶け、いつものメンバーは皆、休まずに来て下さいました。

寒く雨で来づらい中、礼拝に対する思いと信仰を実体化して見せた彼らを、主が豊かに報いて下さいますように

礼拝説教メッセージ音声:悔い改め、聖霊をいただく(使徒2:36-41):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

ペテロのメッセージは、神がキリストとし主とされたイエス様を、「あなたたちが十字架につけた」と宣言して終わる。
そこにいた人達は、色々な国出身で、イエス様が十字架に架かったその時、むしろイスラエルにいなかった者の方が多かったはずである。
それなのに何故「あなた達が十字架につけた」と言ったのか。
イエス様を十字架につけた者とは、イエス様が王様になって欲しくない者、自分の好き勝手に生きたいと願う者の事であり、それは私達にも当てはまる。
3千人ほどの者達はそのメッセージで心抉られ、「どうしたら良いか」とペテロ達に聞いた時、与えられた言葉は「悔い改めなさい」であった。

「悔い改め」の原語「メタノイヤー」は人生を180度方向転換する「回心」の意味だが、ルカやマタイがこの言葉を使う場合、「悔いる」というニュアンスを同時に込める事も

多い。
イエス様の十字架を聞く時、心抉られ、悔いる体験は、深く感覚として主を知るために貴重な経験である。
ヨハネは水でバプテスマを授けたが、それは今までの自分を死に明け渡し、キリストへと道を整える役割を果たしていた。
イエス・キリストの名へのバプテスマは、新しいいのちに生まれ変わり、イエス様と同様、死に束縛される事は無く、罪の赦しに至り、そして賜物として聖霊をいただくバプ

テスマである。

ペテロは「この曲がった時代から救われなさい」と薦めた。
生まれながらの人として、この世の霊から邪悪な影響を受けていた者達が、その束縛から解放され、イエス様の愛のご支配へと移る事が出来るのだ。
この古い創造は悪しき者の手に委ねられており、全ての富も悪しき者の支配下にあるが、新しく生まれ変わった者は、新しいいのちの君なるキリストの支配下に置かれる為、

悪しき者は手を触れる事ができない。

さて、この時3千人が悔い改めたが、必ずしもこのように大成功するとは限らず、悔い改めとは逆の反応を示す者達もいる。(使徒4:16,17)
ステパノは、素晴らしいメッセージをしたにもかかわらず、誰一人、悔い改めに至らないどころか、憎悪し、ステパノは命を奪われる事になる。
しかし、彼は御使いのように輝いた表情で、自分に向かって石を投げる群集を執り成しつつ、眠りに入った。
そのように、状況とは全く裏腹の安らかな眠りに入ったのは、聖霊に満たされていた故である。
イエス・キリストの名へのバプテスマは、賜物として聖霊をいただく事ができ、死の恐怖や他人の罪からも解放されるのである。

聖霊に導かれる私達は、どのような人生となるのか、どのような最後を遂げるのかは心配するには及ばない。
状況如何に関わらず、安らかに導かれ、安らかに眠りに入るからである。
私達は頑なになる者ではなく、打ち砕かれ、悔い改め、信じる者としてキリストの内にバプテスマされ(浸し込まれ)、邪悪な世代から救い出され、聖霊を頂いて安らかに導

かれていく者達である。
そのような皆さんでありますように、イエスの名によって祝福します!

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

礼拝説教メッセージ音声:死に束縛されない主(使徒2:25-35):右クリックで保存

韓国語通訳有 한국어예배

ペンテコステのペテロ説教の前半は、起きている出来事についてヨエル書から説き明かし、そして今日の箇所である説教後半部分は、イエスは死に束縛されない、永遠に生きておられるお方である事を、詩篇を元に説き明かしている。

主は天に上げられて以来、神様の右の座に着座された。
ダビデはいつも主を目の前に置いていたため、心は楽しみ、喜び、希望のうちに生きていた。
彼は預言者であったため、彼の子孫をとこしえに王座に着かせる事を示されていた。
私たちも同じように、既に挙げられ御父の右の座から統べ治めておられる主の守りの内に、楽しみ、喜び、希望の内に生きていくのである。

「主はわが主に言われた、『私の右に座せ、私がお前の敵をお前の足下に据えるまで』」(使徒2:34)
この箇所は詩篇110編からの引用である。

なぜダビデは、その子孫であるキリストを主と呼んでいるか。
それはキリストこそダビデよりはるかに優れて偉大な王であり、メルギゼデクに等しい永遠の祭司であり、死に束縛されない、とこしえに生きておられるお方だからである。

キリストは敵であるサタンも、死をも、永遠に足の下に踏みつける事になる。
ダビデは死に、私たちもいずれ第一の死が訪れるが、キリストは死とハデスを滅ぼし、硫黄の燃える池に投げ込まれる。
これが第2の死であるが、キリストにある私たちには、第2の死はむしろ救いの時である。
信仰の子孫である私たちも、ダビデやキリストとともに王座に着座し、とこしえに統べ治めるのである。

ペテロは福音を告げ知らせる者となり、それを聞いた者達はそれを世界中に告げ知らせ、そして後には、私たちにも届いた。
福音とは、勝利のよき知らせである。
何に対しての勝利か?
それは死に対して、サタンに対してである。
私たちも、死に対し、サタンに対しての勝利を告げ知らせる者達である。

ペテロように勝利の良き知らせを伝え、死に、サタンに勝利した者として相応しく、多くの分捕りをして行く皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

念願のノートPCを買いました。

ThinkPadで赤いデザインが気に入っています。

かつてIBMに5年ほど出向していましたが、IBM製品は確かに頑強でしたね。

ノートPCをハイヒールで踏んでも壊れなかったというエピソードもあります。(でも踏まないで下さい。)

レノボになった今はどうか分かりませんけれど、、、ThinkPADを選んだ理由はそれです。


これでどこからでもメッセージ準備をしたりコンテンツを更新したりできます。

礼拝説教メッセージ音声 御心とは(ヨハネ6:26-35) :右クリックで保存

受験や就職、結婚など、人生の節目節目でクリスチャンは御心を仰ぐ。
今、自分が最も気になっているこの事は、はたして成功するだろうか失敗するだろうか、あの道を進むべきか、それともこの道にするべきか、一体何が御心なのだろうか、と。
一体、御心とは何だろうか。

目先の事について、何が御心であるのか分からない時は、何であれ、ベストを尽すべきである。
例えパンを川に流すような事であっても後に見出すかもしれないし、風向きを気にすれば種は蒔けない。
「妊婦の胎内で霊や骨組がどの様になるのかも分からないのに、すべてのことを成し遂げられる神の業が分かるわけはない。朝、種を蒔け、夜にも手を休めるな。実を結ぶのはあれかこれか、それとも両方なのか、分からないのだから。」(コヘレト(伝道者)11:1-6)
御心を探るとは、口を開けてじっと木の下で待っている事ではなく、積極的に求め行動するべきものである。

主が求める御心については、御言葉に明快に書いてある。
実に、神の御心は、あなたがたが聖なる者となることです。(1テサロニケ4:3)
「聖なる者となる」とはἁγιασμός(ハギーアスモス)、清める、不純物を除く、という意味がある。

また、主イエス様が5千人以上にパンを与える奇跡を行った後、イエスを追いかけて来た群集が「神の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか」と聞いた時、彼は答えて言われた。
「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」(ヨハネ6:29,30)

また主は、「わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」(ヨハネ6:39,40)と言われた。
人が「神の業を行うにはどうすれば良いか」と聞く時はきっと、大いなる事、難しそうな事を考えるかもしれないが、答えは実にシンプルで、「神がお遣わしになった者を信じること」である。

以上の事から、主の御心とは「私達が聖なる者となる事」で、そのためには、「神がお遣わしになった者を信じること」、その結果、信じる者が皆永遠の命を得、終りの日に復活する事が、御心である。
そういうわけで、人生の節目節目において進路を仰ぐ際、どちらがより聖なる者となれる道か、どちらがより清められる道か、どちらがより不純物を除かれる道か、どちらが主の栄光となり、人がよりいのちを得る道であるか、という基準で見れば、御心に添った道が見えてくる。

しかし神様抜きで生きてきた人は、御心の道が示されると、その道は損をするような気がするものである。
聖なる道や清い道、不純物がより除かれる道というのは分かるのだけれど、イコール、損したり貧乏になったり、不名誉になったりすると思うもので、だから、自分で考え出した道を神様に示し「この通り進ませて下さい」という祈りをしては、答えられずに失敗を繰り返すクリスチャンは多い。
主に委ね切れず、自分が時折茶々を入れるような、中途半端なクリスチャンは、苦労が尽きないものである。

御心どおり行っていれば、実は良い事づくしなのだ。我々は、損な人生から脱出するべきである。
「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると、主は言われる。天が地を高く超えているように、わたしの道は、あなたたちの道を、わたしの思いは、あなたたちの思いを、高く超えている。」(イザヤ55:8-13)

しかし主の御言葉は、天からの雨が必ず地を潤して物を生えさせ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与えるように、決して空振りする事は無く、私達は喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。

例えパンを水の上に投げるような事であっても、後の日にそれを見出す。
(コヘレト11.1)

私達には何が最善か分からないが、全てをご存知であるお方に、委ねていれば良い。(詩篇139:2-18)

私達が座るのも立つのも知り、遠くから私達の計らいを悟っておられ、暗闇に隠れた所も、私達が胎児であった時さえも、見つめておられた主に、一切を明け渡して、ラクになる皆さんでありますように!

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

金曜夜の祈祷会で「御心って何なのか、詳しく知りたい」という要望がありました。

御心という言葉をクリスチャンは良く使いますが、いざ「御心って何なの?」と聞かれると、結構分かりづらいものですね。
そういうわけで、今回、御心についてのメッセージを準備させていただきました。

尚、準備した内容と,語った内容は結構違います。(御言葉はそのまま同じです)

準備した内容は週報の説教概要を、語った内容は以下メール本文をご覧下さい。
週報PDF(パソコンで見れます):
http://voh.plala.jp/media/2011/WeeklyNews/Syuho/110213s_mikokorotoha.pdf

礼拝説教メッセージ音声:主との兄弟関係(ヘブル2:10-13):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

(以下概要は、2/9水曜礼拝メッセージ前半部)

主イエス様は、人を罪と死から救い出すために降りて来られた。
人となり数々の苦しみを受けられ、十字架の死にいたるまで、忠実に御父に従われた。
キリストが十字架に磔にされたのは実に、人を死から勝利へ導くため、罪を処罰し、栄光へと導くためであり(10節)、一人一人を聖なる者とされるためである。(12節)

私達がイエス様と兄弟の関係になるには、順番がある。
まず人は、イエス様と対面し、イエス様を知る所から始めなくてはならない。

ヨハネ13:12-17においては、イエス様と弟子達の関係は、先生と生徒、主人と僕の関係であった。

先生は生徒に模範を示し、人はそれに従わなくてはならない。(15節)
主が示された事はその時理解できないかもしれないが、その通りにしていれば、じき、主の御思いが分かるようになってくる。
その時「師と弟子」という関係ではあるが、なんと主は、弟子の足を洗ってくださる。
なぜなら主は、弟子達をこの上なく愛しておられる(13:1)からである。

先生と生徒という関係から一歩進むと「友」という関係になる。(ヨハネ15:11-17)

僕は主人の思いを知る事は出来ないが、友の関係は、お互いの心の内を知る事が出来る。
主と「友」の関係となるには、「わたしの命じる事を行うならば、あなたがたは友である」(14節)
イエス様が命じられる事とは「わたしがあなたがたを愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。」(12節)である。

主人と僕の関係だった頃は、わけもわからず、ただ命じられる事を守り行うだけであったが、守り行っている内に、御心が分かるようになってくる。
そして友の関係になれば、ただ命じられて行うというのではなく、友である主の望んでおられる事を汲み取り、心からその事をしたい、と思うようになるのである。
そしてそういう者は、豊かに実を結ぶ事が出来るようになり、父の名によって求めるものは、何でも与えられるようになる。

さらに優れた関係は「兄弟」の関係である。(ヨハネ20:17)
兄弟という関係は、同じ血、同じ肉、同じ源を持っている。

兄弟の関係になるには、ヨハネ15章と20章の間の出来事、すなわち十字架の経験が必要である。
私達は、アダムから産まれたそのままのいのちでは、御国を受け継ぐ事が出来ない。
死んだのに動いているゾンビのようなもので、ただ赴くまま、破壊活動したり兄弟姉妹を喰い合ったりするだけである。
ゾンビとしては一度死に、イエス様にあった新しい永遠のいのちに生まれ直す必要がある。
そうすれば、イエス様の兄弟となる事が出来るのである。

主にある新しいいのちは、主イエス様と同じ、聖なる栄光のいのちである。
万物は御子のために創られた。その御子と同じいのちとは、どれほど栄光に富んでいるだろうか。

この聖なる栄光のいのちを、さらに知って行く皆さんでありますように。
主イエスの名によって祝福します!

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

 

最近夜の祈祷会は、プライベート過ぎたりコアな内容過ぎたりで、公にできない内容となる事が多いため、メッセージ音声を公開出来ない事が多くなっております。

昨晩も、思わぬ所から互いが心の内を言い表す場となり、もはや、私一人のメッセージというより、参加する兄弟姉妹一人一人がメッセージを流し出すようになって来ました。

人が定めたプログラム通りの交わりではなく、主が御心のまま存分に支配して下さる交わりは、思いを越えて、何と楽しい事でしょう。

礼拝説教メッセージ音声:あのペテロさえも(使徒2:12-24):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

聖霊のみわざを見た大勢の人達が驚き惑っていたところ、ペテロが立ち上がり、大胆に語り始めた。

いつも一言多かったり、とんちんかんな事を言ったり、素晴らしい告白をしたすぐ後に「サタン」呼ばわりされたり、裏切らないと言ったその日に裏切ったりした、あのペテ

ロが、大勢の前で、堂々と、御言葉を引用して説教し、人々を悔い改めに導いたのだ。
バルヨナ(人の子)シモンには、とうていありえないわざである。

彼は霊に促された(14節)からこそ、このような事ができたのだ。
霊に促されてしまったら、人間業ではないわざを、せざるを得ない形でしてしまうのである。

見ていた人達の中には、あざ笑って、酒に酔っているのだ言った者もいたが、ペテロは朝だから酒に酔っているのではないと釈明した。
そもそも、起こった出来事を見れば酒を飲んでではない事は明らかである。
彼らは風の大音響のために集まったのだし、色々な国の言葉を一瞬で身に付ける事も出来ないし、神様のおおいなるみわざは酔っ払って話せる事ではない。
ペテロはむりそ、大いなる奇跡よりも、ナザレ人イエスというお方について時間を割いて丁寧にメッセージしている。

ペテロはまず、預言者ヨエルの言葉を引用し、この出来事は今の終りの日に神が全ての人達に霊を注いだ結果だと語った。

あらゆる世代の者達も、身分の高い低いも問わず、霊が注がれる。
息子や娘達、つまり、当時は数にも数えてもらえなかったような幼い者達さえ、神の言葉を預かる者となる。
若者達は霊が注がれれば幻を見、希望とビジョンを持って行動する事ができる。
また老人さえ夢を見、歳をとっても将来に対する夢と希望が持てるようになる。

ヨエル書では続いて、天における大いなる徴について記されており、主題は「主の名を呼ぶ者は全て救われる」という事である。
すなわち、ペテロの説教の主題は、その「主」イエスである。
主は数々のしるしを伴って、ご自身が神の子である事を示されたのだ。

今の時代、ヨエル書に出てくるようなしるしが多く現れているが、私達が伝えるべきは、こうした天のしるしではなく「主イエス」である。

主は確かに生きておられ、あの臆病でそそっかしいペテロも大胆な説教者に変えられた。
「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうし

て聖霊を下さらないことがありましょう。」(ルカ11:13)
この終りの時代、聖霊が豊かに与えられ、イエスというお方を大いに伝える皆さんでありますように、イエスの名前によって祝福します!

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

昨日は静岡に行き、終電まで兄弟姉妹と交わって来ました。
沢山の祝福をいただきました。
いつも感謝されるのですが、むしろ行った私達のほうが、導きと沢山の祝福をいただくので、きっと天から見れば、感謝の投げ合いにみたいになっているのでしょうね。

全ての祝福と栄光の源は、主イエス様です。
栄光がとこしえにありますように!

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