メッセージ - 最新エントリー

昨日も姪に会いに行ったのですが、黄疸の治療のため、抱く事はできませんでした。
でも、久しぶりにお会いした兄の義理の母と、父と、兄夫婦と、楽しいひと時を過ごせました。
父は今、私の家に宿泊しているのですが、どうやら私の家が気に入ったようです。
その家も奇跡的に与えられているのですが、、、それについてはいずれまた。。。

礼拝説教メッセージ音声:聖霊を受ける理由(使徒1:3-8):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

主は復活の後、十字架に釘付けられた跡をお示しになり、共に食事をされ、40日にわたり、ご自身が生きておられる事を弟子達に示され、神の王国に関する事を語った。
そして、聖霊によってバプテスマを受けるまでエルサレムから離れないでいる事を命じられた。

福音の根幹とは、主イエス様が罪の為に死なれ、十字架につけられ、葬られ、3日目によみがえられた事であり、それは主を信じる者が、死と罪から救われるためである。

弟子達は、今こそイスラエルのために王国を復興されるのですか、と、彼ら

が切に願っている事を聞いたが、主は、その事は知る権利は無いと言われる。
彼らが望んでいた事は、支配される側から支配する側になり、権力を振るう事であったが、天の父が望んでおられる事ははるかに優れ良い事であった。
救いとは、この世において成功や富の獲得、権威を受けるといった事ではな

く「イエス様の名による罪の悔い改め」である。

例えこの世の支配者となり、全世界を手に入れる事ができたとしても、明日

死んでしまってはどうしようもないし、罪を持ったまま全世界を支配する事になったとしたら、全世界こそ災いである。
だから、死と蘇りと、罪の赦しが必要なのである。

イエス様はエルサレムから離れないで、父の約束を待つように言われた。
父の約束とは、聖霊によってバプテスマを受ける(聖霊の内に浸し込まれる)事。
聖霊に浸しこまれる時、力を受け、エルサレムから始まり、ユダヤ、サマリ

ヤ、さらには地の果てまで「イエス様の証人」となる。

私達が聖霊に満たして下さいと願うのは、なぜだろうか?
されに力を得て人々に力を誇示したいからだろうか。
あるいは、この世でさらに良い地位を得たり、お金に困らないようになりたいからだろうか?
否、イエス様の証人となるためである。

弟子達も主と一緒にイスラエルを復興して支配者になる事を願ったが、私達が聖霊によって力を得るのは、イエス様の証人となる事が動機となるべきである。
自分が主体のまま富や力を得ても、人を蹴落とすだけであるが、イエス様が主体となったなら、人を救う。
私達が伝えるべき福音の根幹は、イエスが生きておられるという事、罪が赦される事、新しい永遠のいのちが与えられる事であり、私達が聖霊によって力を得るのは、全て創られたものに対してイエス様の証人となるためである。
そのような皆さんでありますように、イエス様の名前によって祝福します!

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

昨日は礼拝後、教会で、ファミレスで交わりし、その後寝不足だったので仮眠してからミザリーという映画を観ました。
人気作家が事故に遭い、ある狂信的なファンの家に閉じ込められる恐怖体験を描く映画ですが、実にコワかった。

誰か人間を狂信的に執着したら、悲劇しか生み出さないですね。
どうせ執着するのなら、イエス様にして欲しいです。

礼拝説教メッセージ音声 安息に入るには(ルカ14:1-6) :右クリックで保存

ファリサイ派の人達が見ていた事(ルカ14:1-6)
ある安息日、イエス様がファリサイ派の家に入った時、人々は彼をじっと見ていた(ルカ14:1)
彼らは、そこにいる水腫を患っている人を癒すか、癒さないかを注視し、病人さえイエス様を訴えるネタとして用いようとし、その病人に対する憐れみの心は、全くなかった。
パリサイ人たちは、働いてはならないという事に固執し、歩くのは何歩以上は良く何歩以上はダメ、といった細かい決まり事を制定し、いのちを救う、救わないではなく「する」「しない」を強烈にこだわっている。

そこで、安息日の主であるイエス様は言われる。
「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか?命を救うことか、殺すことか?」(マルコ3:4)
主が求めるのは、あわれみであっていけにえではないし、善悪の行いではなく、いのちを救う事である。

安息日とは?
安息日の制定は、十戒の第4戒においてである。(出エジプト20:8−11)
主が真っ先に言われているのは「安息日を心に留め、これを聖別せよ」である。
つまり、主の創造の仕事が完成した事を祝い、その時の主の満足を満足し、主の安息を共に安息するべきであって、「働かない」「動かない」といった2次的な事に心奪われるのは、本末転倒である。
創造のみわざが完成した次第は、創世記2:1−3 に書かれてある。
ご自分の仕事が終り、全ての創造のみわざが完成し、休まれた日が、安息日である。
私達も、仕事が終わった後は、休んで安息し、あれやこれやと仕事をする事はしない。

完成された被造物を壊すもの
ところが、完全だった創造の御技はサタンによって破壊され、アダムの過ちにより罪と死が入ってしまった。
完全な美しい調和が保たれていた世界は混沌となってしまったのは、神様以外の者が介入したからだ。
安息日とはああだこうだ、御言葉とはああだこうだ、と言って、御技も御言葉もさも不完全であるかのような、さも自分達が主の御言葉を完成させるかのような振る舞いは、創造のみわざを壊す事である。

壊された被造物を贖う主
水腫の人は、その病によって、本来あるべきはずの完全さが破壊され、長らく安息できなかった。
ファリサイ人のネタにされている事に甘んじ、何も言わず、ただ主の御前に出て行った。
そんな彼に、主は御技をなす事によって、彼がそれまで心底欲していた安息が復活させられたのである。
病によって破壊された体は癒されなくてはならなず、不完全な状態は完全にされなくてはならない。
破壊された状態から回復するには、どうすれば良いのか。
「イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。」(使徒3:16)
完全な状態に復帰されるには、安息日のマスターである主、イエス様を信じ、御前に出て行く事である。

信仰によって安息に入る
創造のみわざは完成されたが、サタンによって、人の罪にって台無しにされてしまった。
それを主イエスが十字架の死によって罪を罰し、死から蘇った事によって、死と病と貧しさに勝利し、彼を信じる信仰によって、台無しの状態から完全な状態へと復活し、そして安息できる。それが福音である。
安息日の休みは、神の民に残されている。なぜなら、神の安息にあずかった者は、自分のわざを終え休み、神の用意された安息に入るからである。(ヘブル4:9、10)
この神様の安息への招待状を、信仰によって受け取り、みわざの完成にただ入る皆さんでありますように、イエス様の名前によって祝福します!

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

本日、両親が初めて私の教会の主日礼拝に参加しました。

幼かった頃、家族揃って礼拝に参加していた日々を思い起こし、不思議な気持ちになりました。
社会人として20,30代を過ごして来たので、まさか自分が講壇に立ち、親が会衆席にいるような日が来るとは、思ってもみませんでした。

今更ですが、主は私達の思いもしない所へと導くものですね。

 

礼拝説教メッセージ音声:何ゆえに人をこれほどまで(ヘブル2:5-9):右クリックで保存

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偉大な被造物を見るにつけ、人間は本当にちっぽけだと実感する。

万物は御子のために創られており、御子キリストは教会のかしらであり、教会(召しだされた者達)とは私達である。(コロサイ1:15-20)
という事は、万物は私達のために存在する。
そこまで特別扱いされる人間とは、一体何者なのだろうか。

人間は、万物の源なる御子イエス様の、結婚相手である。
人は元々、結婚相手の花嫁として創られ、万物はその結婚生活をするための王子の宮殿、愛の巣として創られたのである。

しかし万物はアダムとエバの過ちによって呪われ、人は霊において死に、ゾンビのように腐乱臭を撒き散らしながら、愛の巣であるはずの素晴らしい世界を好き放題に破壊活動するようになってしまった。

神はゾンビをそのまま滅ぼす事はなさらず、御子の花嫁として生き返らせるために、御子自身の身代わりの血によって買戻し、そうして私達人間はこの御子にあって、新しい永遠のいのちが与えられ、神と和解させられた。

万物はいまだに贖われる事を切に望んで、御国の子達の表れを待ち望み、海の苦しみをしている。(ローマ8:18)
また私達も、この肉体において、魂において、贖われる事を切に待ち望んでいる。

生まれながらの私達は、霊・肉・魂において希望を持つ事はできない。
まことのぶどうの木である御子イエスに繋がっていなければ、私達は何も出来ないが、御子イエスに繋がっていれば、主のわざを成す事が出来、豊かな実を結ぶ事が出来る。

被造物は御子のあらわれを切に待ち望んでおり、私達贖われた者達のあらわれを待ち望まれている。
それ故私達は、御子にあって、被造物を支配しなくてはならない。
その資格を得るには、一度死ぬ必要がある。
ゾンビとしてのいのちには死に、イエスにあって新しく生まれ直す必要がある。

イエス様が栄誉を受けたのは、十字架の死に至るまで従順だったからである。(ピリピ2:6-11)
私達もキリストにならって、自分の好き勝手に生きたいという、生まれながらのいのちは十字架の死に明け渡し、御子イエスのご支配にお委ねするべきである。
その時、私達は創られた目的に添って生きる事が出来、エデンの園におけるように全ての必要は満たされ、世を正しく支配する事ができるのである。

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

姪と初対面

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » パスター日記
執筆 : 
pastor 2011-2-5 6:40

今日、義理の姉が入院している産婦人科へ行き、姪と対面しました。
赤ちゃんは私の指一本を、あたかもバットを握るみたいに手全体で握っていました。
どうしてあんなに、小さくかわいく創られているのでしょう!
あれではお父さんもおかあさんも、いのちを投げ出して守り育てるしか無いですね。

そのように、愛する子は大切に守り育てたいという衝動が起こるように人間が創られているのは、まことの親と子の愛を、表現する為なのでしょう。
そして、御子のいのちを身代わりにしてまで人を救うとは、どれほど大きな愛でしょう。
考えれば考えるほど、その総計が大きすぎて分からなくなります。

礼拝説教メッセージ音声:テオフィロスとルカと私達(使徒1:1-2):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

使徒行伝の書き出しは、ルカ福音書と同様、テオフィロスへの献辞で始まる。
つまり、使徒行伝の著者は、ルカである。
ルカ福音書は、イエスキリストと弟子達、およびその周辺に関する出来事を、詳細に調べ、テオフィロスに順を追って報告する形式で書かれている。
彼は既に記されている文献を調べ、色々な人に聞き込み調査をし、福音とイエス様に関わる事を、イエスの誕生から死、復活と昇天に至るまで順を追ってルカの福音書を編纂し、昇天以降の出来事を使徒行伝として記した。

コロサイ4:14によると、ルカはパウロに愛された医者である事が分かる。
ルカの書き方は、パウロが第2伝道旅行に行くあたりから違って来る。
それまで弟子達やパウロを、第3者の他人として書いていたものが、16章10節以降は「私達は」と、あたかもルカ自身もパウロの伝道旅行に自ら参加しているような書き方に変わる。
それまでテオフィロスに報告する立場として、客観的にキリスト者集団と関わってきたのが、途中から自ら、福音の伝道旅行にパウロの専属医として同行し、苦楽を共にして、ついにはキリストの魅力にのめり込んでしまったようである。
後にパウロが殉教する直前、2テモテ書簡の最後のほうに、デマスや他の弟子達は離れて行ったがルカだけが共にいた、という事を書いている。
ほかの弟子達はパウロを見捨てて行く中、あくまでパウロの傍を離れないほど、ルカはパウロを慕うようになったという事である。

ルカは医者である。
処女が身篭ったとか、死人が蘇ったとか、病人が手を置いたら癒されたとか、医学会から追放されてもおかしくない事を堂々と書いたのは、彼自身がイエスキリストの名における様々な徴を見、その力を体験し、実際に生きておられるイエス様ご自身と出会ってしまったからである。

今日本においてはペ・ヨンジュンが人気であり、彼のファンは北海道にも九州にもいて、彼に関する事であればすぐに意気投合するであろうが、ヨン様とイエス様の決定的な違いは、ヨン様は日本各地のファン一人一人の事は知らないが、イエス様は日本各地どころか全世界、あらゆる時代の一人一人の事を知っており、愛しており、命を投げ出した事である。
だから、北海道でも九州でも、全世界でも過去でも未来でも、私達の大好きなイエス様が愛された兄弟姉妹という事でつながる事が出来るし、私達の大好きなイエス様がその人のためにもいのちを投げ出してくださったという事で、例え一度も会った事が無いとしても、私達も彼らを愛し、病気であれば祈り、不幸があれば共に泣き、栄誉を受ければ共に喜ぶのである。

ルカもイエス様にあって兄弟姉妹と関わる内に、彼らだけでなく自分自身さえも愛して下さったキリストの魅力に取り付かれ、キリスト気違いになり、パウロと苦難を共にして、彼の処刑される直前まで共にいるほどになったのである。

この書物はテオフィロスへの献辞で始まる。
彼がどんな人物であるか色々な憶測はあるが、どんな人物であっても私達には関係が無い。
テオフィロスの名前の意味は「神の友」である。
私達信じる者も、神の友である。
つまり、ルカが記したのは、テオフィロスという一人の人物ばかりでなく「神の友」である我々にも記しているのである。

この物語を読む皆さんも、パウロ達と苦楽を共にし、伝道に参加し、現代を生きる使徒として、福音の働きを完成する手伝いをする者でありますように、イエス様の名前によって祝福します!

横浜天声キリスト教会 copyright 2011

昨日、兄から連絡があり、娘が無事誕生したとの事でした。
写真を見ると、兄の赤ちゃんだった頃にそっくりです。
人は歳を取り、歴史は変遷して行っても、同じいのちは受け継がれていくのだなあと、しみじみ思いました。

娘が生まれた事で思い出すのは、「部屋とYシャツと私」のPVです。
http://www.youtube.com/watch?v=re3PzspwEWo
結構、泣けます。

余談ですが、本日のバイブルメッセージから、使徒の働きに入りました。

聖書の学び会音声

カテゴリ : 
その他音声
執筆 : 
pastor 2011-2-4 0:23

豊川兄弟による聖書の学び会 第7回です。

第7回音声

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