メッセージ - 201810のエントリ

主の敵に勝利させ、栄えさせて下さった事への感謝の詩(詩篇21篇)
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詩篇21 聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌

この詩もダビデが創り、聖歌隊に歌わせた歌である。
20篇は、ダビデが臣下の人達にダビデのために執り成しをさせた内容であったが、この21篇は、主がその祈りに答えて下さり、ダビデ王に祝福を与え、彼の敵に勝利させ、高めて下さった事への感謝の賛美である。

21:1 主よ、王はあなたの力によって喜び、あなたの助けによって、いかに大きな喜びをもつことでしょう。
21:2 あなたは彼の心の願いをゆるし、そのくちびるの求めをいなまれなかった。〔セラ

主がダビデの心の願いをゆるし、くちびるの求める事を否まれなかったのは、1節で宣言したとおり、彼が主の力を喜び、主の助けに大きな喜びを持つ心をいつも持っていたからだ。
主は全て主を喜びとする者の、心の願いも、また口で求めた事も共にかなえて下さるのだ。

主を喜ぶ事こそ、まさに私達の力である。(ネヘミヤ8:10)
主は全て彼を拠り所とする者、主に助けを求める者達の願いを聞いて下さり、大いに喜ばせて下さるのみならず、その人達に、冠をかぶらせてくださる。

21:3 あなたは大いなる恵みをもって彼を迎え、そのかしらに純金の冠をいただかせられる。

主はダビデに純金の冠をいただかせて下さったが、私達・主の現れを心から待ち望む全ての人には、義の冠をいただかせて下さる。

2テモテ4:8 今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。

21:4 彼がいのちを求めると、あなたはそれを彼にさずけ、世々限りなくそのよわいを長くされた。

ダビデは主にいのちを求めた。すると主は、ダビデに、世々限り無く続く家を建てる約束を与えて下さり、「世々限りなくそのよわいを長くされた」と彼が宣言したとおり、永遠のいのちの望みをも与えて下さった。

神は人類すべてに、永遠のいのちを与えるために、独り子イエス・キリストを世に贈られた。
それは、御子を信じる者が一人として滅びる事なく、永遠のいのちを持つためである。

21:5 あなたの助けによって彼の栄光は大きい。あなたは誉と威厳とを彼に与えられる。
21:6 まことに、あなたは彼をとこしえに恵まれた者とし、み前に喜びをもって楽しませられる。

クリスチャンとして正しい心を持った聖徒なら、主に礼拝を捧げる時、大きな喜びがある。
ダビデが宣言しているとおり、主の御前においては、喜び楽しみがあるからであり、また、御前に歩む聖徒たちには誉と威厳を与えて下さるからだ。
やがて私達・信仰者が受け継ぐ天国において、そこで永遠に主を喜ぶ事ができるのは、何という幸いだろう。

21:7 王は主に信頼するゆえ、いと高き者のいつくしみ(ヘセド)をこうむって、動かされることはない。

結局、主がダビデにこれら諸々の幸いを与えて下さったのは、彼が主に信頼したからだ。
信仰は、主に向かって登って行く。主はそれに対し、いつくしみ(ヘセド:恵み)を天から降らせ、信仰と恵みが合致する時、主の奇跡のわざが起きる。
主に信頼する者は、永遠に動かされる事は無いのだ。

続く箇所においては、主の敵に対して注がれる御怒りについて、ダビデの宣言が記されている。

21:8 あなたの手はもろもろの敵を尋ね出し、あなたの右の手はあなたを憎む者を/尋ね出すであろう。

ここで取り上げているのは、ダビデの敵ではなく「あなたの敵」「あなたを憎む者」、すなわち、主の敵であるサタンと、その勢力全般である。
それにしても、敵を探り出すのは「主の目」ではなく、「主の手」「右手」である、というのは興味深い。

全地は、主の御手のわざであり、まさに「主の御手の中」にある。
その主の御手は、私達・主を恐れ敬う者達には「救いの御手」、「身を寄せる陰」である。
しかし、主の敵どもは、いかに闇の中で粋がって悪を企もうとも、所詮、主の大きな御手の中で駆け回る小猿に過ぎないのだ。

21:9 あなたが怒る時、彼らを燃える炉のようにするであろう。主はみ怒りによって彼らをのみつくされる。火は彼らを食いつくすであろう。
21:10 あなたは彼らのすえを地から断ち、彼らの種を人の子らの中から滅ぼすであろう。

主は、全ての主の敵に対して、燃える火のさばきを降し、それに類する者達を絶ち滅ぼされる。

黙示録20:7 千年の期間が終ると、サタンはその獄から解放される。
 20:8 そして、出て行き、地の四方にいる諸国民、すなわちゴグ、マゴグを惑わし、彼らを戦いのために召集する。その数は、海の砂のように多い。
 20:9 彼らは地上の広い所に上ってきて、聖徒たちの陣営と愛されていた都とを包囲した。すると、天から火が下ってきて、彼らを焼き尽した。
 20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。そこには、獣もにせ預言者もいて、彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである。

サタンは1000年も獄に閉じ込められていたのに、その間、一切反省する事なく、解放されたとたん、人々を惑わし、聖徒たちとその陣営、神に愛された都を包囲する。
そうであるからには、もはや彼らの罪は明らかとなり、永遠の炎によるさばきについて何の申し開きもできない。
そして、この悪魔サタンに同調する者達やそれに類する者達も、皆、同様である。

21:11 たとい彼らがあなたにむかって悪い事を企て、悪いはかりごとを思いめぐらしても、なし遂げることはできない。
21:12 あなたは彼らを逃げ走らせ、あなたの弓弦を張って、彼らの顔をねらうであろう。

主の敵は悪を企てても、それは成功せず、かえって背を見せて逃げる事になる。
そして面白い事に、主が張った弓は、彼らの背中にではなく、顔面に命中するという。
それは、主の御手は前にも後ろにもあるからだ。

詩篇139:5 あなたは後から、前からわたしを囲み、わたしの上にみ手をおかれます。
139:6 このような知識はあまりに不思議で、わたしには思いも及びません。これは高くて達することはできません。

主は、主を敬う人を前から後ろから取り囲み、御手を置いて祝福の道へと導いて下さる。

しかし主の敵に対しては、主は前から後ろから取り囲んで、背を見せて逃げたとしても、顔面にヒットするよう矢を放たれる。
主は、どうしても悔い改めず、主の民に悪を行う事を止めなかったアハブ王に、そのようにされた。
彼は変装して戦争に出て行き、よろいも身に着けていたが、ある兵士が何気なく放った矢が、見事、彼のよろいの間を射抜き、致命傷を与えた。
主の陣営をなぶったゴリヤテも、ダビデが放った一発の石が、ゴリヤテの兜の細い間を縫って、見事急所にヒットさせた。

主は、主を敬う者が放った石や投資を、見事ヒットさせてくださるお方だ。
それ故ダビデは、賛美によってこの詩を閉じている。

21:13 主よ、力をあらわして、みずからを高くしてください。われらはあなたの大能をうたい、かつほめたたえるでしょう。

この素晴らしい主を助けとし、より頼み、その御手の内に守られ、祝福され、ダビデのように大いに主をほめたたえる皆さんでありますように。
イエス様のお名前によって祝福します!

ダビデが臣下の人々に、王のための執りを教えた詩篇(詩篇20篇)
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詩篇20 聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌

この詩はダビデが創って聖歌隊に歌わせた歌であるが、その内容は、臣下の人達に王であるダビデのための執り成しをさせる内容である。
すなわち、ダビデが主に助けられ、祝福されるように。主が、ダビデの願いと祈りを、聞き入れて下さいますように、と。

臣民が王のために祈るのは、まことに理に適った事である。
なぜなら、王が祝福される事はすなわちその国が祝福され、ひいては、臣民が祝福される事につながるからだ。

1節から5節まで「あなた」という言葉が何度も出て来るが、その「あなた」とは、臣民の目線で見たダビデ王である。

20:1 主が悩みの日にあなたに答え、ヤコブの神のみ名があなたを守られるように。
20:2 主が聖所から助けをあなたにおくり、シオンからあなたをささえ、
20:3 あなたのもろもろの供え物をみ心にとめ、あなたの燔祭をうけられるように。〔セラ

ここは、民の口からダビデを執り成す祈りであるが、現代の私達は、この箇所の「あなた」に、自分の教会の名前や指導者の名前を入れて祈る時、素晴らしい執り成しの祈りとなる。

20:4 主があなたの心の願いをゆるし、あなたのはかりごとを/ことごとく遂げさせられるように。
20:5 われらがあなたの勝利を喜びうたい、われらの神のみ名によって旗を揚げるように。主があなたの求めをすべて遂げさせられるように。

イエス様も言われた。
マタイ6:9 だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
6:10 御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。

天の「御国(バシレイア)」とは、主の心のままの統治が行われる領域の事である。
御国を求める事は、すなわち、主の統治が成就することを求める事なのだ。
私達は自分の生活に、人生に、夫婦関係や親子関係に、主の統治が来るよう、祈るべきだ。

20:6 今わたしは知る、主はその油そそがれた者を助けられることを。主はその右の手による大いなる勝利をもって/その聖なる天から彼に答えられるであろう。

「油注がれた者」は、ヘブライ語でマシアハ(メシア)、それはギリシア語で「クリストス(キリスト)」に相当する語である。

イザヤ61:1 主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、
61:2 主の恵みの年と/われわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、
61:3 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために/植えられた者ととなえられる。

これは、新約においてイエス様が会堂で教えられ(ルカ4:18-19)、そして「この日、この御言葉があなたの耳の中で成就した」(ルカ4:21原意)と言われた箇所である。
キリストの言葉が私達の耳の中に入るなら、この御言葉は私達の中でも成就し、キリストと同じわざを為していく事ができる。
なぜなら、キリストは私達教会のかしらであり、そのかしらにそそがれた油が、私達にも流れ滴って来るからである。

詩篇133:1 見よ、兄弟が和合して共におるのは/いかに麗しく楽しいことであろう。
133:2 それはこうべに注がれた尊い油がひげに流れ、アロンのひげに流れ、その衣のえりにまで流れくだるようだ。
133:3 またヘルモンの露がシオンの山に下るようだ。これは主がかしこに祝福を命じ、とこしえに命を与えられたからである。

ここに出てくるアロンは大祭司であるが、私達の大祭司はキリストであり、そして私達もキリストに繋がるなら祭司であり、かしらなるキリストに注がれた油を私達も得る時、私達も油注がれた者としての働きをする。
すなわち、貧しい者に福音を宣べ伝える事を委ねられ、心痛む人を癒やし、捕われ人に放免を、縛られている者に解放を告げ、主の恵みの年と神の報復の日とを告げさせ、全ての悲しむ人を慰め、主の民の中の悲しむ人に喜びを与え、灰に代えて冠を、悲しみに代えて喜びの油を与え、憂いの心に代えて賛美の衣を与えさせるのである。
「こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために/植えられた者ととなえられる。」
まさにイザヤ61章で告げられている通りだ。

20:7 ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る。しかしわれらは、われらの神、主のみ名を「誇る(ザカール:覚える、記念とする)」。
20:8 彼らはかがみ、また倒れる。しかしわれらは起きて、まっすぐに立つ。
20:9 主よ、王に勝利をおさずけください。われらが呼ばわる時、われらにお答えください。

世の人は、戦車などの武力を誇り、それをもって支配しようとする。
しかし、あらゆる武器を造るのも、そしてそれを壊すのも、われらの神、主である。
ただ神の民がザカールする(覚え、記念とする)べきは、主の御名なのだ。
同じ言葉が、詩篇33篇にも記されている。

33:13 主は天から見おろされ、すべての人の子らを見、
33:14 そのおられる所から/地に住むすべての人をながめられる。
33:15 主はすべて彼らの心を造り、そのすべてのわざに心をとめられる。
33:16 王はその軍勢の多きによって救を得ない。勇士はその力の大いなるによって助けを得ない。
33:17 馬は勝利に頼みとならない。その大いなる力も人を助けることはできない。
33:18 見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、そのいつくしみを望む者の上にある。
33:19 これは主が彼らの魂を死から救い、ききんの時にも生きながらえさせるためである。

ここに書いてあるとおり、主は、全地をあまねく見渡し、一人一人を、その心までもご覧になられ、心が主に一つとなっている人を、探し求められる。
主は、多くの人々の中から、少年ダビデを見出した。彼がまだ羊飼いの少年で、誰にも見向きされない時から。
それは彼が、羊飼いの時から、彼の心が全く主と一つとなっていたからだ。

サウルと彼の配下の兵士たちは、ゴリヤテの装備や兵器、力強さに震えおののいたが、ダビデは主を恐れ、主を頼みとした故に、主に見出され、そして事実、彼が信じ、また口で宣言した通りに、主の陣営をなぶったゴリヤテの頭と胴体を切り離し、ペリシテ人の死体を野の獣のものとした。

主は全地を見渡し、このような者を探し求めておられる。
馬の力や戦車など世的な力を頼みとするのではなく、われらの神である主を頼みとし、不信仰の世において、ひときわ輝く神のわざを為す皆さんでありますように。イエス様のお名前によって祝福します!

ルカによる福音書 講解説教 水曜夕礼拝
軽薄なシモン(ルカ22:54-55)
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エレミヤ書 講解説教 水曜昼礼拝
主に従わない者が、こっぴどい災いを受ける事で、主が栄光をお受けになる場合(エレミヤ22:1-12)
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罪の賠償をきっちりしなくてはならなくなってしまったダビデ(2サムエル記12:1-14)
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12:1 主はナタンをダビデにつかわされたので、彼はダビデの所にきて言った、「ある町にふたりの人があって、ひとりは富み、ひとりは貧しかった。
12:2 富んでいる人は非常に多くの羊と牛を持っていたが、
12:3 貧しい人は自分が買った一頭の小さい雌の小羊のほかは何も持っていなかった。彼がそれを育てたので、その小羊は彼および彼の子供たちと共に成長し、彼の食物を食べ、彼のわんから飲み、彼のふところで寝て、彼にとっては娘のようであった。
12:4 時に、ひとりの旅びとが、その富んでいる人のもとにきたが、自分の羊または牛のうちから一頭を取って、自分の所にきた旅びとのために調理することを惜しみ、その貧しい人の小羊を取って、これを自分の所にきた人のために調理した」。

ヨブ記1:7 主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。

12:5 ダビデはその人の事をひじょうに怒ってナタンに言った、「主は生きておられる。この事をしたその人は死ぬべきである。
12:6 かつその人はこの事をしたため、またあわれまなかったため、その小羊を四倍にして償わなければならない」。

出エジプト記22:1 もし人が牛または羊を盗んで、これを殺し、あるいはこれを売るならば、彼は一頭の牛のために五頭の牛をもって、一頭の羊のために四頭の羊をもって償わなければならない。
ローマ2:1 だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである。
2:2 わたしたちは、神のさばきが、このような事を行う者どもの上に正しく下ることを、知っている。
2:3 ああ、このような事を行う者どもをさばきながら、しかも自ら同じことを行う人よ。あなたは、神のさばきをのがれうると思うのか。
2:4 それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。
2:5 あなたのかたくなな、悔改めのない心のゆえに、あなたは、神の正しいさばきの現れる怒りの日のために神の怒りを、自分の身に積んでいるのである。
2:6 神は、おのおのに、そのわざにしたがって報いられる。

12:7 ナタンはダビデに言った、「あなたがその人です。イスラエルの神、主はこう仰せられる、『わたしはあなたに油を注いでイスラエルの王とし、あなたをサウルの手から救いだし、
12:8 あなたに主人の家を与え、主人の妻たちをあなたのふところに与え、またイスラエルとユダの家をあなたに与えた。もし少なかったならば、わたしはもっと多くのものをあなたに増し加えたであろう。
12:9 どうしてあなたは主の言葉を軽んじ、その目の前に悪事をおこなったのですか。あなたはつるぎをもってヘテびとウリヤを殺し、その妻をとって自分の妻とした。すなわちアンモンの人々のつるぎをもって彼を殺した。

創世記4:10 主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。
4:11 今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。
出エジプト記3:7 主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。

12:10 あなたがわたしを軽んじてヘテびとウリヤの妻をとり、自分の妻としたので、つるぎはいつまでもあなたの家を離れないであろう』。
12:11 主はこう仰せられる、『見よ、わたしはあなたの家からあなたの上に災を起すであろう。わたしはあなたの目の前であなたの妻たちを取って、隣びとに与えるであろう。その人はこの太陽の前で妻たちと一緒に寝るであろう。
12:12 あなたはひそかにそれをしたが、わたしは全イスラエルの前と、太陽の前にこの事をするのである』」。
12:13 ダビデはナタンに言った、「わたしは主に罪をおかしました」。ナタンはダビデに言った、「主もまたあなたの罪を除かれました。あなたは死ぬことはないでしょう。
12:14 しかしあなたはこの行いによって大いに主を侮ったので、あなたに生れる子供はかならず死ぬでしょう」。

詩篇51 聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌、これはダビデがバテセバに通った後預言者ナタンがきたときによんだもの
51:1 神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
51:2 わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。
51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。
51:6 見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。
51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。
51:8 わたしに喜びと楽しみとを満たし、あなたが砕いた骨を喜ばせてください。
51:9 み顔をわたしの罪から隠し、わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください。
51:10 神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。
51:11 わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。
51:12 あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。
51:13 そうすればわたしは、とがを犯した者に/あなたの道を教え、罪びとはあなたに帰ってくるでしょう。
51:14 神よ、わが救の神よ、血を流した罪からわたしを助け出してください。わたしの舌は声高らかにあなたの義を歌うでしょう。
51:15 主よ、わたしのくちびるを開いてください。わたしの口はあなたの誉をあらわすでしょう。
51:16 あなたはいけにえを好まれません。たといわたしが燔祭をささげても/あなたは喜ばれないでしょう。
51:17 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心を/かろしめられません。
51:18 あなたのみこころにしたがってシオンに恵みを施し、エルサレムの城壁を築きなおしてください。
51:19 その時あなたは義のいけにえと燔祭と、全き燔祭とを喜ばれるでしょう。その時あなたの祭壇に雄牛がささげられるでしょう。

怖じ気付いたモーセをフォローし偉大な指導者へと導かれる主(出エジプト記5:1-9)
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出エジプト記5:1 その後、モーセとアロンは行ってパロに言った、「イスラエルの神、主はこう言われる、『わたしの民を去らせ、荒野で、わたしのために祭をさせなさい』と」。

1テモテ4:1 神のみまえと、生きている者と死んだ者とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、キリストの出現とその御国とを思い、おごそかに命じる。
4:2 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。

5:2 パロは言った、「主とはいったい何者か。わたしがその声に聞き従ってイスラエルを去らせなければならないのか。わたしは主を知らない。またイスラエルを去らせはしない」。
5:3 彼らは言った、「ヘブルびとの神がわたしたちに現れました。どうか、わたしたちを三日の道のりほど荒野に行かせ、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。そうしなければ主は疫病か、つるぎをもって、わたしたちを悩まされるからです」。

出エジプト記4:22 あなたはパロに言いなさい、『主はこう仰せられる。イスラエルはわたしの子、わたしの長子である。
4:23 わたしはあなたに言う。わたしの子を去らせて、わたしに仕えさせなさい。もし彼を去らせるのを拒むならば、わたしはあなたの子、あなたの長子を殺すであろう』と」。

創世記1:28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。

出エジプト記5:4 エジプトの王は彼らに言った、「モーセとアロンよ、あなたがたは、なぜ民に働きをやめさせようとするのか。自分の労役につくがよい」。
5:5 パロはまた言った、「見よ、今や土民の数は多い。しかも、あなたがたは彼らに労役を休ませようとするのか」。
5:6 その日、パロは民を追い使う者と、民のかしらたちに命じて言った、
5:7 「あなたがたは、れんがを作るためのわらを、もはや、今までのように、この民に与えてはならない。彼らに自分で行って、わらを集めさせなさい。
5:8 また前に作っていた、れんがの数どおりに彼らに作らせ、それを減らしてはならない。彼らはなまけ者だ。それだから、彼らは叫んで、『行ってわたしたちの神に犠牲をささげさせよ』と言うのだ。
5:9 この人々の労役を重くして、働かせ、偽りの言葉に心を寄せさせぬようにしなさい」。

1ヨハネ5:9 わたしたちは人間のあかしを受けいれるが、しかし、神のあかしはさらにまさっている。神のあかしというのは、すなわち、御子について立てられたあかしである。
 5:10 神の子を信じる者は、自分のうちにこのあかしを持っている。神を信じない者は、神を偽り者とする。神が御子についてあかしせられたそのあかしを、信じていないからである。

出エジプト記7:8 主はモーセとアロンに言われた、
7:9 「パロがあなたがたに、『不思議をおこなって証拠を示せ』と言う時、あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを取って、パロの前に投げなさい』と。するとそれはへびになるであろう」。
7:10 それで、モーセとアロンはパロのところに行き、主の命じられたとおりにおこなった。すなわちアロンはそのつえを、パロとその家来たちの前に投げると、それはへびになった。

御言葉によって神の「良し」へと再創造される私達(詩篇19:1-6)
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詩篇19篇の中盤、7節から9節には、主(エホバ)の御名が1節に2つづつ、合計6回登場し、主エホバの御言葉と交わる事の素晴らしい効用がリストアップされている。

19:7a 主の「おきて(トーラー)」は完全であって、魂を「生きかえらせ(シューブ)」

ユダヤ人は「テフィリン教育」すなわち御言葉の暗唱教育をしており、そのため、世界的な天才を多く排出し、富においても支配権においても大きな力を持っている。
この、御言葉暗唱の効用の第一が、「たましいを生き返らせる」事である。
暗唱の過程で、御言葉を1節1節繰り返して宣言して行くごとに、罪と肉に埋もれた人間の魂は、息を吹き返し、耳が、脳が、心が、霊が、蘇生して行くのだ。

主エホバの「おきて(トーラー)」は完全である。
トーラーは主の御言葉であり、そして主の御言葉は、世界を創造した。
主が「光よあれ」と言えば、光が出来、主の言葉によって全宇宙も全被造物も、全生物も、そして私達人間も創造され、そして存続している。
主は、創造したそれら全てを見て「はなはだ良し」と宣言された。(創世記1:31)

その、完全なる主の御言葉が、テフィリンによって私達の中に刻み込められて行く時、魂の生き返り(シューブ)が行われ、罪によってぼろぼろになってしまった私達の人生の中に、主のトーブ(良し)が息吹かれ、再構築されて行くのだ。
シューブとは「帰る」という意味であるが、つまり、主の最初の創造のトーブから離れてしまった私達の中に、主の御言葉が浸透して行く事によって、当初のトーブへと、どんどん「帰る」のである。

19:7b 主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。

私達がテフィリンをするべきもう一つの理由は、賢くなるからである。
主の御言葉が入っていけば行くほど、知恵が高められて行く。
ユダヤ人が頭脳が優れているのは、テフィリン教育によって育てられたからだ。

19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。

主のさとし(ピクド:定められた法令、戒め、教訓)は、正しく、それを聞けば、心は喜びを覚える。
御言葉をテフィリンする人は、どんどん喜びが増し加わっていき、表情が良くなって行き、目に輝きが増していく。
ユダヤ人女性は美女が多い、と言われているが、それは、まさにテフィリン教育のためであり、御言葉を取り入れる事こそ、最高のエステであると言って良い。

19:9 主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。

きよくなる事を目指す人は多いが、「主を恐れる事」なしには、あり得ない。
御言葉が入ると、正しく恐れるべきお方が分かるようになる。
そして、正しい真理に立つ事によって、キリストにある私達は、悪魔サタンを少しも恐れる必要が無い、という事も分かるようになって行く。

詩篇19篇の後半では、これら、主エホバの御言葉の素晴らしさが、結論として示されている。

19:10 これらは金よりも、多くの純金よりも「慕わしく(カゥマド)」、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
19:11 あなたのしもべは、これらによって戒めをうける。これらを守れば、大いなる報いがある。

「慕わしく(カゥマド)」するべきは、御言葉である。
カゥマドしてはならないもの、すなわち、手出ししてはならないものが、十戒で定められている。それはすなわち、隣人の妻や家、隣人の持ち物である。(申命記5:21)
また、主の忌み嫌われる、滅ぼし尽くすべきものもカゥマドしてはならない。
アカンは、聖絶すべきものを「欲しがって(カゥマド)」、自分のみならず、家族をも滅ぼしてしまった。(ヨシュア記7:21)
御言葉こそカゥマドすべきものであり、これは知れば知るほど、また味わえば味わうほどに甘く、麗しく、望ましいものになってゆく。

19:12 だれが自分のあやまちを知ることができましようか。どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
19:13 また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。
19:14 わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが/あなたの前に喜ばれますように。

人は意外と、自分のあやまちを知らない・気づきにくいものであるが、御言葉は、自分が気づかなかった「とが」を知る事が出来、そして、そこから離れる事が出来る手助けをしてくれる。
あるテフィリンを続けた人の体験談として、それまで、Aの物事に対しては無意識的にBで対応して来ていた人が、テフィリンをするようになると、Aで来た事に今までBで返そうとする直前、テフィリンで蓄えてきた御言葉が、その人の心にストップをかけ、さらに、今までBで返してきた事によって人を傷つけ、人から嫌われ、今まで見えていなかったBの行い故に自分が災いを被ってきた数々が思い出され、結果、Bはもはや止めて、御言葉に適ったCの方法で返すようになった、という。
テフィリンした人は、このような御言葉による無意識的・自動的な「矯正体験」を幾つも持っていて、人生つまづく要素がどんどん減って行った、という。

御言葉が入ると、その人の中の罪の性質は拭い去られ、それまで見えなかった、きよい道が見えるようになる。
そして、今まで見えていなかった自分の汚れた所も見えるようになり、恥じ入り、悲しみ、それを心底、投げ捨てる事が出来るようになっていくのだ。
偉大なわざをなすのは、主の御言葉である。

主日礼拝

隷属して生きる「くせ」に勝利するために(出エジプト記3章)

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週報/メッセージ(説教)概要

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 人は子供から大人へと成長していく過程で、色々な制限をかけられながら育って行く。あれをしなさい、これをしてはだめだ、と、周りから言われながら。時には心に傷を受けるほどの激しい言動を受けながら。
そうして自分の中に壁が構築されて行く。それは、無知な子供時代には、その人を防護するものであったかもしれないが、大人になってからその壁が健全に生きる事を阻む壁になってしまっている事がある。
大人になって家庭を持つにあたり、大胆に世界を駆け巡って、神様が用意して下さった祝福のあらゆる良いものを、自分の人生に取り入れ、それを家族や子供達に提供し、自分の家庭をますます富ませて行くのは健全な姿であるが、もし、構築された壁のために、主にあって進んで行くべき所に進めず、狭く貧しい「井の中の蛙」の状態で恐々として生きていかなくてはならないとするなら、それは除かれるべきものである。
エジプトで430年、奴隷として過ごして来たイスラエルの民は、まさにそういう状態だった。彼らは生まれた時から追い使う者の怒号や鞭の恐怖の下、隷属して生きる「くせ」がついてしまい、人生のために戦う事や、新しい未知の領域へ踏み込んで行く事を「するな」と言われて育ってしまった。これを、奴隷根性という。
天地を創造し、あの大空を創られ、全ての生き物に良いものを提供して下さった主は、天に属するお方。
健全で、気前良く、富んでおられ、スカッと晴れ渡った秋の大空よりも広くてすがすがしいお方である。
その主が仰せられた。『わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。』(出エジプト記3:7) 主がモーセに現れたのは、彼らを奴隷としてこき使うエジプトから救い出し、彼らを良い広い地、乳と蜜の流れる地、先祖アブラハムに約束して下さった地、邪悪なカナン人達が占拠してしまっている地に、導き上るためだった。
主は言われる。今、イスラエルの人々の叫びが届き、エジプト人が彼らを虐げるそのしえたげを見た、と。
そしてモーセに言われる。『さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう』(10節) モーセはエジプトで育ち、エジプトの威力を知っており、散々な目に遭って、逃げて来た。強烈な恐れという壁が、モーセの中にあり、そんなエジプトの王へと使わされていくなど、とんでもない、と思っていた。しかしモーセは、再びエジプトへと戻って行く。奴隷として苦しみ、その不健全な束縛の中にある人々を救い出すために、そして、パロと主にあって対決するために。
彼はどうして、彼の中の壁を打ち破って戻って行く事が出来たのだろう。その根拠は何か?
彼が戻って行くことができたまず第一の根拠は、「主が共におられる」というしるし故である。『神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。』(12節)
次に、全てのものを存在させ、存続させるお方が、彼を遣わされた故、である。『イスラエルの人々にこう言いなさい、「わたしは有る」という方が、わたしをあなた方の所へつかわされました、と。」(14節)
そして、その全存在の根源なるお方が、直々に手を延べ、エジプトを打って下さる故である(20節)。
私達も、私達を不当に奴隷にして来たサタン由来の「追い使う者」に、10の災いが降りかかるよう祈るのだ。
さらに主は、モーセに、奴隷として使われた430年分、溜まりに溜まった未払い賃金をごっそりと剥ぎ取らなければならない、と言って下さった(21-22節)。それらの期待ゆえ、モーセは行く事が出来たのである。

私達は、奴隷根性の怖じ気付いた霊を取り除いて下さい、と祈り、自らも追い出す「攻撃」をするべきだ。
主が約束して下さった御言葉を握り、祈りの中に込めて宣言し、その通り行うなら、いかに奴隷の性質が染み付いてしまった人でも、主は解放させてくださるのみならず、この時代のモーセとして用いて下さる。
私達も、この国にはびこる暗闇の勢力、男の子をナイルに投げ込んだエジプト由来の霊、自殺者を年間3万人も出させているこの国の空中の霊に、10の災いを宣言し、奴隷として苦しんでいる人々を解放するモーセのような働き人となる事を目指し、また、そのような指導者を、御言葉教育によって育てるべきだ。 
人生を狭い所で縮こませる「壁」や、エジプトが強いてきた奴隷根性、主の働きを「できません」と言って縮こませる思考パターン、ケチケチ精神など、全て押し付けられて来た束縛を、拒否し、投げ捨てるのだ。
主にある健全ないのちを束縛する不安や恐れに、雹が降る災い、蝿にたかられる災い、蛙にまみれる災いや、その他、エジプトに主が降らせた10の災いが降り、へし折られ、紅海の海に沈んで、二度と来なくなるよう宣言するのだ。そして自分の家族や事業に対しては、祝福を宣言し、今の時代のモーセとして用いられていく皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
父なる神が真に人に与えたかったまことのパンと、分からないでつまづく人達(ヨハネ6:28-51)
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賛美する地球、太陽、星々と、全宇宙の石たち(詩篇19:1-6)
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聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌
19:1a もろもろの天(ハ・シャマイム)は神の栄光をあらわし(サファール)、

この詩は、単なる詩的表現の羅列ではなく全宇宙的な真理の実体が記されている。

もろもろの天(ハ・シャマイム)とは、私達が空を見上げて見える青い空、白い雲のあの空のみならず、その向こう側の宇宙も、さらにその向こう側の天国も含めた「天たち」である。
それらは、神の栄光をあらわす。
この「あらわす」のヘブライ語はサファール、刻みつけ、あるいは刻印して語り告げる意味で、宇宙は、地球は、太陽は、そして天体の全星々は、神様が創世記1章で創造(バラ:創造する、秩序を立てる、秩序や存在を維持させ続ける)以来、ずっと神の栄光を刻みつけつつ回転し、軌道を巡り続けているのだ。

宇宙の星々は、実際、歌っている。
物体は歌う口はないし、宇宙空間は空気が無いので空気振動である声や歌は聞こえない、と思われがちだが、近年NASAによって、そうではない事が分かったのだ。
地球は回転しながら、電磁振動によって音を発しているし、宇宙空間は電磁バーストや電磁パルス、太陽風、荷電粒子などの振動があちこちに満ちている。
それらの振動は、人の耳では聞こえないが、それらを耳で聞こえる音に変換した所、なんと、美しい歌のように、あるいはどんな音楽にも合うようなメロディのように、どんな音楽にも合う伴奏のように聞こえるのだ。

「もろもろの天は神の栄光をあらわし」ている、というのは、詩的表現ではなく、実際にそうなのである。
イエス様も「石が叫ぶ」と言われた。
弟子達も、幼子たちも、「天には平和、いと高きところには栄光あれ」と、御使い達も賛美する賛美をもって喜びほめたたえた。
パリサイ人たちはそれを不服とし、叱るようにイエス様に求めたが、しかしイエス様は、もし彼らが賛美を止めるなら、石が賛美する、と言った。
事実、地球という大きな石は、詩篇にあるとおりに主を賛美しており、そして、地球にある、いや、全宇宙にある小さな石さえ、主を賛美しているのである。

宇宙広しといえども、神が、神の似姿に創られた主の栄光を称える存在とされたのは、この、地球に住んでいる人間だけである。
もし、私達人間が神を賛美しないなら、賛美する権利は、石に、星に、奪われてしまい、その人は、石もに劣る人間なのである。

19:1b 大空(ラキア)はみ手のわざをしめす(ナガド)。

大空(ラキア)は私達が空を見上げて見える、あの空である。1節の前半が、大気圏の外側の宇宙を言うなら、後半は、大気圏の内側を言う。
そこにおいては、御手のわざが示されている(ナガド)。
このナガドとは、明確に表明するという意味である。
この大気圏の内側においては、緑の自然の中を諸々の動植物が生き、海においても多くの生物が生きかい、空には鳥が飛んでおり、それらの全ては、神の栄光をあらわしている。

ローマ1:20 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。

人は、この自然世界を見る時に、神の永遠の力と神性を明らかに認めており、これを見ておきながら「神はいない」と言うなら、それは不義をもって真理をはばもうとする人間であり、その、あらゆる不信心と不義とに対して、神の怒りが天から啓示される。(ローマ1:18)

19:2a この日は言葉をかの日につたえ、

ここでは、日(昼)は、また次の日に伝えるものがある。太陽がのぼると、地上の植物や動物はその光に輝き照らしだされ、伸びてゆき、育っていく。

日本や韓国などは、日ごとに太陽が登って沈むが、アラスカはアラスカなりに白夜と極夜による月単位の「昼と夜」がある。
それぞれの土地土地に適した太陽の登り方と沈み方をしているが、一年トータルで、日本もアラスカも太陽の時間は一緒である。
そしてそれぞれの地に群生している動物植物は、それぞれが適した所で育つ。
そして、そのトータルで、それぞれの神の栄光を褒め称えている。

19:2b この夜は知識をかの夜につげる。

ここでは、夜は知識を伝えるものだ、と書いてある。
人や動植物は、昼の間に動いて崩れてしまったバランスを、神が元々創造したプログラム(知識)を伝えて、修復する。
全被造物は、形状記憶合金のように、本来ある姿を記憶しており、その記憶を、夜が伝えて、本来ある姿から離れた所から、元の姿へと戻すのである。
だから、夜は休むべきなのだ。このように、神がプログラムして下さった昼の働きと夜の休みの営みを、逆転させてしまっている人は、体調や心に変調を来しやすいのはそのためである。

19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、

神の栄光と神の法則を、昼から昼へ、夜から夜へと伝える声や音も、宇宙が賛美する声同様、我々には聞こえないけれども、しかし確かにそれは存在し、全ての地へ伝えている。
この、神の栄光の伝令は、信仰の耳が与えられているクリスチャンには分かり、聞こえないけれどもその旋律を理解する。
それが全地にあまねく響き渡っている事を。

19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。

全地は神の栄光の音楽を、オーケストラのハーモニーをもって奏でているのだ。
地球も、太陽も、そして全宇宙にある星々も、その中にある一つ一つのちいさな石も。

19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。
 

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