メッセージ - 201810のエントリ

ルカによる福音書 講解説教 水曜夕礼拝
軽薄なシモン(ルカ22:54-55)
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エレミヤ書 講解説教 水曜昼礼拝
主に従わない者が、こっぴどい災いを受ける事で、主が栄光をお受けになる場合(エレミヤ22:1-12)
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罪の賠償をきっちりしなくてはならなくなってしまったダビデ(2サムエル記12:1-14)
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12:1 主はナタンをダビデにつかわされたので、彼はダビデの所にきて言った、「ある町にふたりの人があって、ひとりは富み、ひとりは貧しかった。
12:2 富んでいる人は非常に多くの羊と牛を持っていたが、
12:3 貧しい人は自分が買った一頭の小さい雌の小羊のほかは何も持っていなかった。彼がそれを育てたので、その小羊は彼および彼の子供たちと共に成長し、彼の食物を食べ、彼のわんから飲み、彼のふところで寝て、彼にとっては娘のようであった。
12:4 時に、ひとりの旅びとが、その富んでいる人のもとにきたが、自分の羊または牛のうちから一頭を取って、自分の所にきた旅びとのために調理することを惜しみ、その貧しい人の小羊を取って、これを自分の所にきた人のために調理した」。

ヨブ記1:7 主は言われた、「あなたはどこから来たか」。サタンは主に答えて言った、「地を行きめぐり、あちらこちら歩いてきました」。

12:5 ダビデはその人の事をひじょうに怒ってナタンに言った、「主は生きておられる。この事をしたその人は死ぬべきである。
12:6 かつその人はこの事をしたため、またあわれまなかったため、その小羊を四倍にして償わなければならない」。

出エジプト記22:1 もし人が牛または羊を盗んで、これを殺し、あるいはこれを売るならば、彼は一頭の牛のために五頭の牛をもって、一頭の羊のために四頭の羊をもって償わなければならない。
ローマ2:1 だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである。
2:2 わたしたちは、神のさばきが、このような事を行う者どもの上に正しく下ることを、知っている。
2:3 ああ、このような事を行う者どもをさばきながら、しかも自ら同じことを行う人よ。あなたは、神のさばきをのがれうると思うのか。
2:4 それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。
2:5 あなたのかたくなな、悔改めのない心のゆえに、あなたは、神の正しいさばきの現れる怒りの日のために神の怒りを、自分の身に積んでいるのである。
2:6 神は、おのおのに、そのわざにしたがって報いられる。

12:7 ナタンはダビデに言った、「あなたがその人です。イスラエルの神、主はこう仰せられる、『わたしはあなたに油を注いでイスラエルの王とし、あなたをサウルの手から救いだし、
12:8 あなたに主人の家を与え、主人の妻たちをあなたのふところに与え、またイスラエルとユダの家をあなたに与えた。もし少なかったならば、わたしはもっと多くのものをあなたに増し加えたであろう。
12:9 どうしてあなたは主の言葉を軽んじ、その目の前に悪事をおこなったのですか。あなたはつるぎをもってヘテびとウリヤを殺し、その妻をとって自分の妻とした。すなわちアンモンの人々のつるぎをもって彼を殺した。

創世記4:10 主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。
4:11 今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。
出エジプト記3:7 主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。

12:10 あなたがわたしを軽んじてヘテびとウリヤの妻をとり、自分の妻としたので、つるぎはいつまでもあなたの家を離れないであろう』。
12:11 主はこう仰せられる、『見よ、わたしはあなたの家からあなたの上に災を起すであろう。わたしはあなたの目の前であなたの妻たちを取って、隣びとに与えるであろう。その人はこの太陽の前で妻たちと一緒に寝るであろう。
12:12 あなたはひそかにそれをしたが、わたしは全イスラエルの前と、太陽の前にこの事をするのである』」。
12:13 ダビデはナタンに言った、「わたしは主に罪をおかしました」。ナタンはダビデに言った、「主もまたあなたの罪を除かれました。あなたは死ぬことはないでしょう。
12:14 しかしあなたはこの行いによって大いに主を侮ったので、あなたに生れる子供はかならず死ぬでしょう」。

詩篇51 聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌、これはダビデがバテセバに通った後預言者ナタンがきたときによんだもの
51:1 神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
51:2 わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。
51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。
51:6 見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。
51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。
51:8 わたしに喜びと楽しみとを満たし、あなたが砕いた骨を喜ばせてください。
51:9 み顔をわたしの罪から隠し、わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください。
51:10 神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。
51:11 わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。
51:12 あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。
51:13 そうすればわたしは、とがを犯した者に/あなたの道を教え、罪びとはあなたに帰ってくるでしょう。
51:14 神よ、わが救の神よ、血を流した罪からわたしを助け出してください。わたしの舌は声高らかにあなたの義を歌うでしょう。
51:15 主よ、わたしのくちびるを開いてください。わたしの口はあなたの誉をあらわすでしょう。
51:16 あなたはいけにえを好まれません。たといわたしが燔祭をささげても/あなたは喜ばれないでしょう。
51:17 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心を/かろしめられません。
51:18 あなたのみこころにしたがってシオンに恵みを施し、エルサレムの城壁を築きなおしてください。
51:19 その時あなたは義のいけにえと燔祭と、全き燔祭とを喜ばれるでしょう。その時あなたの祭壇に雄牛がささげられるでしょう。

怖じ気付いたモーセをフォローし偉大な指導者へと導かれる主(出エジプト記5:1-9)
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出エジプト記5:1 その後、モーセとアロンは行ってパロに言った、「イスラエルの神、主はこう言われる、『わたしの民を去らせ、荒野で、わたしのために祭をさせなさい』と」。

1テモテ4:1 神のみまえと、生きている者と死んだ者とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、キリストの出現とその御国とを思い、おごそかに命じる。
4:2 御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。

5:2 パロは言った、「主とはいったい何者か。わたしがその声に聞き従ってイスラエルを去らせなければならないのか。わたしは主を知らない。またイスラエルを去らせはしない」。
5:3 彼らは言った、「ヘブルびとの神がわたしたちに現れました。どうか、わたしたちを三日の道のりほど荒野に行かせ、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。そうしなければ主は疫病か、つるぎをもって、わたしたちを悩まされるからです」。

出エジプト記4:22 あなたはパロに言いなさい、『主はこう仰せられる。イスラエルはわたしの子、わたしの長子である。
4:23 わたしはあなたに言う。わたしの子を去らせて、わたしに仕えさせなさい。もし彼を去らせるのを拒むならば、わたしはあなたの子、あなたの長子を殺すであろう』と」。

創世記1:28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。

出エジプト記5:4 エジプトの王は彼らに言った、「モーセとアロンよ、あなたがたは、なぜ民に働きをやめさせようとするのか。自分の労役につくがよい」。
5:5 パロはまた言った、「見よ、今や土民の数は多い。しかも、あなたがたは彼らに労役を休ませようとするのか」。
5:6 その日、パロは民を追い使う者と、民のかしらたちに命じて言った、
5:7 「あなたがたは、れんがを作るためのわらを、もはや、今までのように、この民に与えてはならない。彼らに自分で行って、わらを集めさせなさい。
5:8 また前に作っていた、れんがの数どおりに彼らに作らせ、それを減らしてはならない。彼らはなまけ者だ。それだから、彼らは叫んで、『行ってわたしたちの神に犠牲をささげさせよ』と言うのだ。
5:9 この人々の労役を重くして、働かせ、偽りの言葉に心を寄せさせぬようにしなさい」。

1ヨハネ5:9 わたしたちは人間のあかしを受けいれるが、しかし、神のあかしはさらにまさっている。神のあかしというのは、すなわち、御子について立てられたあかしである。
 5:10 神の子を信じる者は、自分のうちにこのあかしを持っている。神を信じない者は、神を偽り者とする。神が御子についてあかしせられたそのあかしを、信じていないからである。

出エジプト記7:8 主はモーセとアロンに言われた、
7:9 「パロがあなたがたに、『不思議をおこなって証拠を示せ』と言う時、あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを取って、パロの前に投げなさい』と。するとそれはへびになるであろう」。
7:10 それで、モーセとアロンはパロのところに行き、主の命じられたとおりにおこなった。すなわちアロンはそのつえを、パロとその家来たちの前に投げると、それはへびになった。

御言葉によって神の「良し」へと再創造される私達(詩篇19:1-6)
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詩篇19篇の中盤、7節から9節には、主(エホバ)の御名が1節に2つづつ、合計6回登場し、主エホバの御言葉と交わる事の素晴らしい効用がリストアップされている。

19:7a 主の「おきて(トーラー)」は完全であって、魂を「生きかえらせ(シューブ)」

ユダヤ人は「テフィリン教育」すなわち御言葉の暗唱教育をしており、そのため、世界的な天才を多く排出し、富においても支配権においても大きな力を持っている。
この、御言葉暗唱の効用の第一が、「たましいを生き返らせる」事である。
暗唱の過程で、御言葉を1節1節繰り返して宣言して行くごとに、罪と肉に埋もれた人間の魂は、息を吹き返し、耳が、脳が、心が、霊が、蘇生して行くのだ。

主エホバの「おきて(トーラー)」は完全である。
トーラーは主の御言葉であり、そして主の御言葉は、世界を創造した。
主が「光よあれ」と言えば、光が出来、主の言葉によって全宇宙も全被造物も、全生物も、そして私達人間も創造され、そして存続している。
主は、創造したそれら全てを見て「はなはだ良し」と宣言された。(創世記1:31)

その、完全なる主の御言葉が、テフィリンによって私達の中に刻み込められて行く時、魂の生き返り(シューブ)が行われ、罪によってぼろぼろになってしまった私達の人生の中に、主のトーブ(良し)が息吹かれ、再構築されて行くのだ。
シューブとは「帰る」という意味であるが、つまり、主の最初の創造のトーブから離れてしまった私達の中に、主の御言葉が浸透して行く事によって、当初のトーブへと、どんどん「帰る」のである。

19:7b 主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。

私達がテフィリンをするべきもう一つの理由は、賢くなるからである。
主の御言葉が入っていけば行くほど、知恵が高められて行く。
ユダヤ人が頭脳が優れているのは、テフィリン教育によって育てられたからだ。

19:8 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、主の戒めはまじりなくて、眼を明らかにする。

主のさとし(ピクド:定められた法令、戒め、教訓)は、正しく、それを聞けば、心は喜びを覚える。
御言葉をテフィリンする人は、どんどん喜びが増し加わっていき、表情が良くなって行き、目に輝きが増していく。
ユダヤ人女性は美女が多い、と言われているが、それは、まさにテフィリン教育のためであり、御言葉を取り入れる事こそ、最高のエステであると言って良い。

19:9 主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。

きよくなる事を目指す人は多いが、「主を恐れる事」なしには、あり得ない。
御言葉が入ると、正しく恐れるべきお方が分かるようになる。
そして、正しい真理に立つ事によって、キリストにある私達は、悪魔サタンを少しも恐れる必要が無い、という事も分かるようになって行く。

詩篇19篇の後半では、これら、主エホバの御言葉の素晴らしさが、結論として示されている。

19:10 これらは金よりも、多くの純金よりも「慕わしく(カゥマド)」、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
19:11 あなたのしもべは、これらによって戒めをうける。これらを守れば、大いなる報いがある。

「慕わしく(カゥマド)」するべきは、御言葉である。
カゥマドしてはならないもの、すなわち、手出ししてはならないものが、十戒で定められている。それはすなわち、隣人の妻や家、隣人の持ち物である。(申命記5:21)
また、主の忌み嫌われる、滅ぼし尽くすべきものもカゥマドしてはならない。
アカンは、聖絶すべきものを「欲しがって(カゥマド)」、自分のみならず、家族をも滅ぼしてしまった。(ヨシュア記7:21)
御言葉こそカゥマドすべきものであり、これは知れば知るほど、また味わえば味わうほどに甘く、麗しく、望ましいものになってゆく。

19:12 だれが自分のあやまちを知ることができましようか。どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
19:13 また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。
19:14 わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いが/あなたの前に喜ばれますように。

人は意外と、自分のあやまちを知らない・気づきにくいものであるが、御言葉は、自分が気づかなかった「とが」を知る事が出来、そして、そこから離れる事が出来る手助けをしてくれる。
あるテフィリンを続けた人の体験談として、それまで、Aの物事に対しては無意識的にBで対応して来ていた人が、テフィリンをするようになると、Aで来た事に今までBで返そうとする直前、テフィリンで蓄えてきた御言葉が、その人の心にストップをかけ、さらに、今までBで返してきた事によって人を傷つけ、人から嫌われ、今まで見えていなかったBの行い故に自分が災いを被ってきた数々が思い出され、結果、Bはもはや止めて、御言葉に適ったCの方法で返すようになった、という。
テフィリンした人は、このような御言葉による無意識的・自動的な「矯正体験」を幾つも持っていて、人生つまづく要素がどんどん減って行った、という。

御言葉が入ると、その人の中の罪の性質は拭い去られ、それまで見えなかった、きよい道が見えるようになる。
そして、今まで見えていなかった自分の汚れた所も見えるようになり、恥じ入り、悲しみ、それを心底、投げ捨てる事が出来るようになっていくのだ。
偉大なわざをなすのは、主の御言葉である。

主日礼拝

隷属して生きる「くせ」に勝利するために(出エジプト記3章)

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週報/メッセージ(説教)概要

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 人は子供から大人へと成長していく過程で、色々な制限をかけられながら育って行く。あれをしなさい、これをしてはだめだ、と、周りから言われながら。時には心に傷を受けるほどの激しい言動を受けながら。
そうして自分の中に壁が構築されて行く。それは、無知な子供時代には、その人を防護するものであったかもしれないが、大人になってからその壁が健全に生きる事を阻む壁になってしまっている事がある。
大人になって家庭を持つにあたり、大胆に世界を駆け巡って、神様が用意して下さった祝福のあらゆる良いものを、自分の人生に取り入れ、それを家族や子供達に提供し、自分の家庭をますます富ませて行くのは健全な姿であるが、もし、構築された壁のために、主にあって進んで行くべき所に進めず、狭く貧しい「井の中の蛙」の状態で恐々として生きていかなくてはならないとするなら、それは除かれるべきものである。
エジプトで430年、奴隷として過ごして来たイスラエルの民は、まさにそういう状態だった。彼らは生まれた時から追い使う者の怒号や鞭の恐怖の下、隷属して生きる「くせ」がついてしまい、人生のために戦う事や、新しい未知の領域へ踏み込んで行く事を「するな」と言われて育ってしまった。これを、奴隷根性という。
天地を創造し、あの大空を創られ、全ての生き物に良いものを提供して下さった主は、天に属するお方。
健全で、気前良く、富んでおられ、スカッと晴れ渡った秋の大空よりも広くてすがすがしいお方である。
その主が仰せられた。『わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。』(出エジプト記3:7) 主がモーセに現れたのは、彼らを奴隷としてこき使うエジプトから救い出し、彼らを良い広い地、乳と蜜の流れる地、先祖アブラハムに約束して下さった地、邪悪なカナン人達が占拠してしまっている地に、導き上るためだった。
主は言われる。今、イスラエルの人々の叫びが届き、エジプト人が彼らを虐げるそのしえたげを見た、と。
そしてモーセに言われる。『さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう』(10節) モーセはエジプトで育ち、エジプトの威力を知っており、散々な目に遭って、逃げて来た。強烈な恐れという壁が、モーセの中にあり、そんなエジプトの王へと使わされていくなど、とんでもない、と思っていた。しかしモーセは、再びエジプトへと戻って行く。奴隷として苦しみ、その不健全な束縛の中にある人々を救い出すために、そして、パロと主にあって対決するために。
彼はどうして、彼の中の壁を打ち破って戻って行く事が出来たのだろう。その根拠は何か?
彼が戻って行くことができたまず第一の根拠は、「主が共におられる」というしるし故である。『神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。』(12節)
次に、全てのものを存在させ、存続させるお方が、彼を遣わされた故、である。『イスラエルの人々にこう言いなさい、「わたしは有る」という方が、わたしをあなた方の所へつかわされました、と。」(14節)
そして、その全存在の根源なるお方が、直々に手を延べ、エジプトを打って下さる故である(20節)。
私達も、私達を不当に奴隷にして来たサタン由来の「追い使う者」に、10の災いが降りかかるよう祈るのだ。
さらに主は、モーセに、奴隷として使われた430年分、溜まりに溜まった未払い賃金をごっそりと剥ぎ取らなければならない、と言って下さった(21-22節)。それらの期待ゆえ、モーセは行く事が出来たのである。

私達は、奴隷根性の怖じ気付いた霊を取り除いて下さい、と祈り、自らも追い出す「攻撃」をするべきだ。
主が約束して下さった御言葉を握り、祈りの中に込めて宣言し、その通り行うなら、いかに奴隷の性質が染み付いてしまった人でも、主は解放させてくださるのみならず、この時代のモーセとして用いて下さる。
私達も、この国にはびこる暗闇の勢力、男の子をナイルに投げ込んだエジプト由来の霊、自殺者を年間3万人も出させているこの国の空中の霊に、10の災いを宣言し、奴隷として苦しんでいる人々を解放するモーセのような働き人となる事を目指し、また、そのような指導者を、御言葉教育によって育てるべきだ。 
人生を狭い所で縮こませる「壁」や、エジプトが強いてきた奴隷根性、主の働きを「できません」と言って縮こませる思考パターン、ケチケチ精神など、全て押し付けられて来た束縛を、拒否し、投げ捨てるのだ。
主にある健全ないのちを束縛する不安や恐れに、雹が降る災い、蝿にたかられる災い、蛙にまみれる災いや、その他、エジプトに主が降らせた10の災いが降り、へし折られ、紅海の海に沈んで、二度と来なくなるよう宣言するのだ。そして自分の家族や事業に対しては、祝福を宣言し、今の時代のモーセとして用いられていく皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
父なる神が真に人に与えたかったまことのパンと、分からないでつまづく人達(ヨハネ6:28-51)
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賛美する地球、太陽、星々と、全宇宙の石たち(詩篇19:1-6)
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聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌
19:1a もろもろの天(ハ・シャマイム)は神の栄光をあらわし(サファール)、

この詩は、単なる詩的表現の羅列ではなく全宇宙的な真理の実体が記されている。

もろもろの天(ハ・シャマイム)とは、私達が空を見上げて見える青い空、白い雲のあの空のみならず、その向こう側の宇宙も、さらにその向こう側の天国も含めた「天たち」である。
それらは、神の栄光をあらわす。
この「あらわす」のヘブライ語はサファール、刻みつけ、あるいは刻印して語り告げる意味で、宇宙は、地球は、太陽は、そして天体の全星々は、神様が創世記1章で創造(バラ:創造する、秩序を立てる、秩序や存在を維持させ続ける)以来、ずっと神の栄光を刻みつけつつ回転し、軌道を巡り続けているのだ。

宇宙の星々は、実際、歌っている。
物体は歌う口はないし、宇宙空間は空気が無いので空気振動である声や歌は聞こえない、と思われがちだが、近年NASAによって、そうではない事が分かったのだ。
地球は回転しながら、電磁振動によって音を発しているし、宇宙空間は電磁バーストや電磁パルス、太陽風、荷電粒子などの振動があちこちに満ちている。
それらの振動は、人の耳では聞こえないが、それらを耳で聞こえる音に変換した所、なんと、美しい歌のように、あるいはどんな音楽にも合うようなメロディのように、どんな音楽にも合う伴奏のように聞こえるのだ。

「もろもろの天は神の栄光をあらわし」ている、というのは、詩的表現ではなく、実際にそうなのである。
イエス様も「石が叫ぶ」と言われた。
弟子達も、幼子たちも、「天には平和、いと高きところには栄光あれ」と、御使い達も賛美する賛美をもって喜びほめたたえた。
パリサイ人たちはそれを不服とし、叱るようにイエス様に求めたが、しかしイエス様は、もし彼らが賛美を止めるなら、石が賛美する、と言った。
事実、地球という大きな石は、詩篇にあるとおりに主を賛美しており、そして、地球にある、いや、全宇宙にある小さな石さえ、主を賛美しているのである。

宇宙広しといえども、神が、神の似姿に創られた主の栄光を称える存在とされたのは、この、地球に住んでいる人間だけである。
もし、私達人間が神を賛美しないなら、賛美する権利は、石に、星に、奪われてしまい、その人は、石もに劣る人間なのである。

19:1b 大空(ラキア)はみ手のわざをしめす(ナガド)。

大空(ラキア)は私達が空を見上げて見える、あの空である。1節の前半が、大気圏の外側の宇宙を言うなら、後半は、大気圏の内側を言う。
そこにおいては、御手のわざが示されている(ナガド)。
このナガドとは、明確に表明するという意味である。
この大気圏の内側においては、緑の自然の中を諸々の動植物が生き、海においても多くの生物が生きかい、空には鳥が飛んでおり、それらの全ては、神の栄光をあらわしている。

ローマ1:20 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。

人は、この自然世界を見る時に、神の永遠の力と神性を明らかに認めており、これを見ておきながら「神はいない」と言うなら、それは不義をもって真理をはばもうとする人間であり、その、あらゆる不信心と不義とに対して、神の怒りが天から啓示される。(ローマ1:18)

19:2a この日は言葉をかの日につたえ、

ここでは、日(昼)は、また次の日に伝えるものがある。太陽がのぼると、地上の植物や動物はその光に輝き照らしだされ、伸びてゆき、育っていく。

日本や韓国などは、日ごとに太陽が登って沈むが、アラスカはアラスカなりに白夜と極夜による月単位の「昼と夜」がある。
それぞれの土地土地に適した太陽の登り方と沈み方をしているが、一年トータルで、日本もアラスカも太陽の時間は一緒である。
そしてそれぞれの地に群生している動物植物は、それぞれが適した所で育つ。
そして、そのトータルで、それぞれの神の栄光を褒め称えている。

19:2b この夜は知識をかの夜につげる。

ここでは、夜は知識を伝えるものだ、と書いてある。
人や動植物は、昼の間に動いて崩れてしまったバランスを、神が元々創造したプログラム(知識)を伝えて、修復する。
全被造物は、形状記憶合金のように、本来ある姿を記憶しており、その記憶を、夜が伝えて、本来ある姿から離れた所から、元の姿へと戻すのである。
だから、夜は休むべきなのだ。このように、神がプログラムして下さった昼の働きと夜の休みの営みを、逆転させてしまっている人は、体調や心に変調を来しやすいのはそのためである。

19:3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、

神の栄光と神の法則を、昼から昼へ、夜から夜へと伝える声や音も、宇宙が賛美する声同様、我々には聞こえないけれども、しかし確かにそれは存在し、全ての地へ伝えている。
この、神の栄光の伝令は、信仰の耳が与えられているクリスチャンには分かり、聞こえないけれどもその旋律を理解する。
それが全地にあまねく響き渡っている事を。

19:4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。

全地は神の栄光の音楽を、オーケストラのハーモニーをもって奏でているのだ。
地球も、太陽も、そして全宇宙にある星々も、その中にある一つ一つのちいさな石も。

19:5 日は花婿がその祝のへやから出てくるように、また勇士が競い走るように、その道を喜び走る。
19:6 それは天のはてからのぼって、天のはてにまで、めぐって行く。その暖まりをこうむらないものはない。
 

あらゆるコンテストでトップになる人の性質(詩篇18:37-50)
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ダビデの人生を象徴的に表す詩の最終部分において、彼はそれまでして来た戦いについて、そして敵に対し、主がどのようにされて来たかを記している。

18:37 わたしは敵を追って、これに追いつき、これを滅ぼしつくすまでは帰らなかったのです。
18:38 わたしが彼らを突き通したので、彼らは立ちあがることができず、わたしの足もとに倒れました。
18:39 あなたは戦いのためにわたしに力を帯びさせ、わたしに立ち向かう者らをわたしのもとに、かがませられました。
18:40 あなたは敵にその後をわたしに向けさせられたので、わたしは自分を憎む者を滅ぼしました。

ダビデは敵を追いかけて、追いつき、滅ぼしつくした。
私達が戦う敵とは、血の通った人間ではなく、私達の家族や人生を、そして、信仰生活を脅かす、あらゆる主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊である。(エペソ6:12)
だからもし、家族や人生を、そして、信仰生活を脅かす人がいるとするなら、その「人」をそそのかしている主権や闇を攻撃するのであり、その人に対しては、その主権や闇から解放されるように執り成すべきである。

もし、「敵」が私達の内に潜む、罪、愚かさ、あるいは自堕落なくせや性質であるとするなら、ダビデのようにそれを攻撃し、追いかけ、徹底的に打ち砕き、二度と立つことができないまでに、滅ぼし尽くすべきである。
そうしないと、敵はすぐにまた体制を建て直して戻ってきて、悩まされるからだ。
戦いも、追いかける事もある種のしんどさがあるが、それを面倒臭がっていると、やがてはその敵は居座って、出て行かなくなってしまう。
しかし、しっかり敵を追いかけて滅ぼし尽くすならば、生涯安泰である。

ギデオンは、三百人で十万以上の敵に勝利する快挙を成し遂げた直後、それで安住せずに、そのまま休まず追撃しに行った。
彼らは同国民から気落ちさせるような事を言われても、追撃の手を休ませず、川を超え、敵が一息ついている所を急襲し、滅ぼし尽くした故に、敵は二度と立ち上がれなくなり、ギデオンの生きている間、ずっと安泰だった。(士師記6-8章)

ヨシュアも、邪悪な先住民たちを滅ぼし尽くすために戦った時、主は太陽や月の動きを止めてまでして、ヨシュア達を助けられた。(ヨシュア記10章)
私達も、自分の肢体に住みついている罪の性質を滅ぼし尽くす努力をし、追撃するなら、主は、太陽や月さえ動かす程の力で助けて下さるのだ!

18:41 彼らは助けを叫び求めたが、救う者はなく、主にむかって叫んだけれども、彼らに答えられなかったのです。
18:42 わたしは彼らを風の前のちりのように細かに砕き、ちまたの泥のように打ち捨てました。

ダビデは、主に叫び求めたら、主が答えて下さり、主は、天を押し曲げて降りてまでダビデを助けられた。
しかし、ダビデを攻めてきた敵は、主にむ向かって叫んでも答えがなかった。
この差は一体、何だろう。
これは、主と主の言葉に対する態度の差である。

詩篇18篇は、ダビデが特にサウルの手から救われた時に記したが、サウルはまさに、主に向かって叫んでも、答えはなかった。
彼は最大の危機に瀕した時、主に伺おうとしたが、祭司にも、預言者にも、夢によっても何の導きも得られなかった。
それはサウルは、祭司を虐殺し、預言者を軽んじ、常々主に対して不誠実だったからだ。
彼は、主からの答えがないと、一晩中悔い改めの祈りをする事もせず、その夜のうちにさっさと口寄せ女に導きを求に行ってしまった。
このような、主に対して不誠実な者は、いくら主を呼んでも答えは無い。
しかし、ダビデのように普段から主を恐れ敬う人は、この詩の通りに、主が盾となり、救いの岩となって下さり、彼が主に助けを呼び求める時、主は天を押し曲げて降りてこられ、速やかに救い出して下さるのだ。

18:43 あなたは民の「争い(リーブ)」からわたしを救い、わたしをもろもろの国民のかしらとされました。わたしの知らなかった民がわたしに仕えました。
18:44 彼らはわたしの事を聞くと、ただちにわたしに従い、異邦の人々はきて、わたしにへつらいました。
18:45 異邦の人々は打ちしおれて、その城から震えながら出てきました。

「争い(リーブ)」は競争、コンテストの意味がある。
スポーツや、あらゆるコンテストなどで、クリスチャンが優勝し、主に栄光を捧げている場面はよく聞くし、よく目にする。
主が彼らを勝利させて下さるのは、彼らが勝利した時に、彼らは主に栄光を捧げるという事を、主が知っておられるからであり、もし、自分の欲や名誉のために「優勝させて下さい」と願うなら、それは虫が良すぎる願いである。

18:46 主は生きておられます。わが岩はほむべきかな。わが救の神はあがむべきかな。
18:47 神はわたしにあだを報いさせ、もろもろの民をわたしのもとに従わせ、
18:48 わたしの敵からわたしを救い出されました。まことに、あなたはわたしに逆らって/起りたつ者の上にわたしをあげ、不法の人からわたしを救い出されました。
18:49 このゆえに主よ、わたしはもろもろの国民のなかであなたをたたえ、あなたのみ名をほめ歌います。
18:50 主はその王に大いなる勝利を与え、その油そそがれた者に、ダビデとその子孫とに、とこしえにいつくしみを加えられるでしょう。


ダビデは主に信頼し、主に守られるたびに主に感謝を捧げ、詩と賛美をつくって主を褒め称えた。
ダビデは、勝利すれば勝利する程、彼は主に栄光をささげ、主の栄光が増し加わって行った。それだから主も、ダビデをもっともっと勝利させて行ったのだ。
そうして、あらゆる外国人はダビデを恐れるようになり、そして、ダビデが仕える主を恐れ敬う心が、国々へと広がって行った。
私達も、主に信頼して歩むなら、相手がいかに強者であったとしても主は勝利させて下さり、まだ見ぬ敵さえ恐れさせ、ますます主の栄光のために用いられて行くのだ。

勉強というコンテストで、ビジネスというコンテストで、主から上を行かせてくださる皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

暴虐をもたらす姦淫の罪(2サムエル記11:16-27)
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メッセージ音声

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2サムエル記11:16 ヨアブは町を囲んでいたので、勇士たちがいると知っていた場所にウリヤを置いた。
11:17 町の人々が出てきてヨアブと戦ったので、民のうち、ダビデの家来たちにも、倒れるものがあり、ヘテびとウリヤも死んだ。

創世記6:1 人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、
6:2 神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。
6:3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。
6:4 そのころ、またその後にも、地にネピリムがいた。これは神の子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。
6:5 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
6:11 時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。
6:12 神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。

2サムエル記11:26 ウリヤの妻は夫ウリヤが死んだことを聞いて、夫のために悲しんだ。
11:27 その喪が過ぎた時、ダビデは人をつかわして彼女を自分の家に召し入れた。彼女は彼の妻となって男の子を産んだ。しかしダビデがしたこの事は主を怒らせた。

レビ記18:2 「イスラエルの人々に言いなさい、『わたしはあなたがたの神、主である。
18:3 あなたがたの住んでいたエジプトの国の習慣を見習ってはならない。またわたしがあなたがたを導き入れるカナンの国の習慣を見習ってはならない。また彼らの定めに歩んではならない。
18:19 あなたは月のさわりの不浄にある女に近づいて、これを犯してはならない。
18:20 隣の妻と交わり、彼女によって身を汚してはならない。
18:21 あなたの子どもをモレクにささげてはならない。またあなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。
18:22 あなたは女と寝るように男と寝てはならない。これは憎むべきことである。
18:23 あなたは獣と交わり、これによって身を汚してはならない。また女も獣の前に立って、これと交わってはならない。これは道にはずれたことである。
18:24 あなたがたはこれらのもろもろの事によって身を汚してはならない。わたしがあなたがたの前から追い払う国々の人は、これらのもろもろの事によって汚れ、
18:25 その地もまた汚れている。ゆえに、わたしはその悪のためにこれを罰し、その地もまたその住民を吐き出すのである。
18:26 ゆえに、あなたがたはわたしの定めとわたしのおきてを守り、これらのもろもろの憎むべき事の一つでも行ってはならない。国に生れた者も、あなたがたのうちに宿っている寄留者もそうである。
18:27 あなたがたの先にいたこの地の人々は、これらのもろもろの憎むべき事を行ったので、その地も汚れたからである。
18:28 これは、あなたがたがこの地を汚して、この地があなたがたの先にいた民を吐き出したように、あなたがたをも吐き出すことのないためである。
18:29 これらのもろもろの憎むべき事の一つでも行う者があれば、これを行う人は、だれでもその民のうちから断たれるであろう。
18:30 それゆえに、あなたがたはわたしの言いつけを守り、先に行われたこれらの憎むべき風習の一つをも行ってはならない。またこれによって身を汚してはならない。わたしはあなたがたの神、主である』」。

詩篇51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。

詩篇32:1 そのとががゆるされ、その罪がおおい消される者はさいわいである。
32:2 主によって不義を負わされず、その霊に偽りのない人はさいわいである。
32:3 わたしが自分の罪を言いあらわさなかった時は、ひねもす苦しみうめいたので、わたしの骨はふるび衰えた。
32:4 あなたのみ手が昼も夜も、わたしの上に重かったからである。わたしの力は、夏のひでりによって/かれるように、かれ果てた。〔セラ
32:5 わたしは自分の罪をあなたに知らせ、自分の不義を隠さなかった。わたしは言った、「わたしのとがを主に告白しよう」と。その時あなたはわたしの犯した罪をゆるされた。〔セラ
32:6 このゆえに、すべて神を敬う者はあなたに祈る。大水の押し寄せる悩みの時にも/その身に及ぶことはない。

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