メッセージ - 201809のエントリ

ルカによる福音書 講解説教 水曜夕礼拝
失われるいのちと失われないいのち(ルカ21:1-19)
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エレミヤ書 講解説教 水曜昼礼拝
頑として自分の計画に従い、悪い頑なな心のままを行う者(エレミヤ書18:11-23)
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主により頼む者に与えられる保証(詩篇11篇)
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 聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌
11:1 わたしは主に寄り頼む。なにゆえ、あなたがたはわたしにむかって言うのか、「鳥のように山にのがれよ。

詩篇11篇は、ダビデがサウル王から逃れていた時のものとされている。
ダビデにアドバイスする人は言う。「鳥のように山にのがれよ。」と。なぜなら、以下のたくらみがあるからだ。

11:2 見よ、悪しき者は、暗やみで、心の直き者を射ようと弓を張り、弦に矢をつがえている。
11:3 基が取りこわされるならば、正しい者は何をなし得ようか」と。

無垢な人と悪をたくらむ人とが相対する時、どうしても正しい者のほうが弱く見られがちである。
ことさら、闇からひそかに正しい者を狙い撃ちするような、卑怯な手段を取る場面を想定させられてしまうなら、人は結局、何の為す術もないかのように思わされてしまう。
しかし、このアドバイスをする人の根底に流れているのは「恐怖」であり、この言葉を受けた人に恐怖生み出させ、それに従うなら、根本解決無き、ただ悪者に振り回される生き方を送る以外に無い。

ダビデは、既に結論を出している。
「わたしは主に寄り頼む。」と。
暗闇由来の矢を防ぐために、ダビデは、最善の方法をとったのだ。

エペソ6:12 わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。
6:13 それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。
6:14 すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、
6:15 平和の福音の備えを足にはき、
6:16 その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。
6:17 また、救のかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。

暗闇からの火矢を消すのは、信仰の大盾であり、そして矢を放つ者に対する攻撃の武具は、御霊の剣、すなわち神の言葉である。
ダビデは4節以降、神はいかなるお方であるかを告白し、闇に対して御言葉の剣を差し突きつける。

11:4 主はその聖なる宮にいまし、主のみくらは天にあり、その目は人の子らをみそなわし、そのまぶたは人の子らを調べられる。

ダビデがより頼む主は、聖なるご性質であり、天に御座を据えておられる。全宇宙も、この御方をお入れする事はできない。
神こそ、全宇宙が存在する前から存在し、これらを創造したお方だからだ。
その神が、全地をあまねく見渡し、心が主に向かっている人を探し求められる。

11:5 主は正しき者をも、悪しき者をも調べ、そのみ心は乱暴を好む者を憎まれる。
11:6 主は悪しき者の上に炭火と硫黄とを降らせられる。燃える風は彼らがその杯にうくべきものである。

主は確かに悪者の上に災いを降り注がれる。(詩篇105:32; 創世記19:24; 出エジプト記9:23-24; エゼキエル38:22)
ダビデは御言葉を信仰を混ぜて宣言し、敵に剣を差し伸べ、そして信仰の大盾をかかげ、心が刺し貫かれる事が無いよう防御を張った。
すると実際、その通りになり、ゆえなくダビデを追い回したサウル王は倒れ、代わりにダビデが王となった。

11:7 主は正しくいまして、正しい事を愛されるからである。直き者は主のみ顔を仰ぎ見るであろう。

「直き者」が受け継ぐ分と、悪しき者が受け継ぐ分について、ダビデは37篇でも記している。

37:35 わたしは悪しき者が勝ち誇って、レバノンの香柏のようにそびえたつのを見た。
37:36 しかし、わたしが通り過ぎると、見よ、彼はいなかった。わたしは彼を尋ねたけれども見つからなかった。
37:37 全き人に目をそそぎ、直き人を見よ。おだやかな人には子孫がある。
37:38 しかし罪を犯す者どもは共に滅ぼされ、悪しき者の子孫は断たれる。

一見すると、悪しき者と直き者が相対した時、悪しき者のほうが強いように見えても、実際、残って子孫が増えていくのは直き者で、悪しき者は絶たれて子孫も残らない。
もし世界が、邪悪な者の卑劣と悪辣さが強い者が勝ち残って行く法則であったとするなら、とうの昔に人類はいなくなっている。
ところが今なお人類が生きているのは、悪しき者が必ず滅びるように、そして正しい者が必ず報われるように、世界の均衡を保っておられ法則を定めておられるお方が、正しく力をもって統治をしておられるからだ。
御言葉の法則によるなら、正しい者や柔和な者が地を相続し、彼らは永遠に主と共に統べ治める事になっている。

黙示録2:26 勝利を得る者、わたしのわざを最後まで持ち続ける者には、諸国民を支配する権威を授ける。
2:27 彼は鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう。それは、わたし自身が父から権威を受けて治めるのと同様である。

ダビデにアドバイスした人は、悪者の強大な罠から、ただ逃れるようにと言った。
しかしダビデは、全てを支配しておられる主を拠り所とし、御言葉の剣を差し出した。
その結果、ダビデが宣言した通りになった。

全てを見ておられる主の御前で、主により頼み助けを求める者に対し、闇から矢を射掛けようなどと思う者は、牝熊を目の前にしながら子熊をさらって行こうとするような者である。
その者は確かに打たれ、主により頼む者は確かに助けを得るのである。

ネヘミヤを呼び覚ましたハナニ(ネヘミヤ記7:1-4)
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ネヘミヤ記7:1 城壁が築かれて、とびらを設け、さらに門衛、歌うたう者およびレビびとを任命したので、
 7:2 わたしは、わたしの兄弟ハナニと、城のつかさハナニヤに命じて、エルサレムを治めさせた。彼は多くの者にまさって忠信な、神を恐れる者であったからである。

ネヘミヤは、城壁が再建された直後のエルサレムを、ハナニとハナヌヤに任せた。
ネヘミヤの名前の意味は「神は慰め」、ハナニは名前の意味は「恵み深い」、ハナヌヤは「神は恵み深い、神は好意を寄せて下さった」。
そしてハナニは、ネヘミヤをエルサレムへと呼び覚ました者である。

1:2 わたしの兄弟のひとりハナニが数人の者と共にユダから来たので、わたしは捕囚を免れて生き残ったユダヤ人の事およびエルサレムの事を尋ねた。

神の慰めが呼び覚まされるためには、まず、神の恵みがありきである。

神は、壊れ果ててしまった城壁を、人生を見た時、深くうめき、なんとか助けたいと思われる主である。

創世記1:2 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。

ルカ10:29 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。
10:30 イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
10:31 するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。
10:32 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。
10:33 ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、
10:34 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
10:35 翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。
10:36 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。
10:37 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。

ルカ15:20 そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。

詩篇51:10 神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。

悪者の人生の前提条件=「神はいない」(詩篇10篇)
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詩篇9編では、国々への正統なさばき、即ち、主の慰めが宣言されていたのに対し、10編は、神の民の間に入り込んでいる悪者を訴える祈りが記されている。
詩篇10編は表題が無く、9編と形式・用語に共通点が見られるためか、70人訳では、9編と10編が1つの詩篇とされている。
そうだとするなら、10編もダビデが記したものである。

この詩篇10篇は、きれいな「起承転結」を形成しており、その「起」の部分、すなわち1-2節は、主に対する訴えによって始まる。
10:1 主よ、なにゆえ遠く離れて/立たれるのですか。なにゆえ悩みの時に身を隠されるのですか。
10:2 悪しき者は高ぶって貧しい者を激しく責めます。どうぞ彼らがその企てたはかりごとに/みずから捕えられますように。

悪しき者が、貧しい者を激しく攻め立てていて、何ら裁かれる事なく、のさばっている。
彼らはいかなる者で、どんな事をしているか。
続く「承」にあたる3-11節に記されている。

10:3 悪しき者は自分の心の願いを誇り、むさぼる者は主をのろい、かつ捨てる。
10:4 悪しき者は誇り顔をして、神を求めない。その思いに、すべて「神はない」という。

「神はない。」
これこそ、悪者の行動規範であると言って、過言ではない。
つまり全能者への恐れや、神の正しいさばきの概念が、欠如しているのだ。

高慢が顔面にそのまま凝り固まってしまったような人がいるが、彼らがいつも自信たっぷりであるのは、恐れを克服するために鍛錬したからではない。
彼らにはそもそも、主を恐れるという感覚が欠如しているのだ。

10:5 彼の道は常に栄え、あなたのさばきは彼を離れて高く、彼はそのすべてのあだを口先で吹く。
10:6 彼は心の内に言う、「わたしは動かされることはなく、世々わざわいにあうことがない」と。

平気で万引きができる人は、「見つからない」「裁かれる事は無い」という、根拠なき思い込みがあるからだが、悪しき者が持っているその「自信たっぷり感」は、正しいさばきをされる神という概念が存在しない事に拠る。
それだから彼らは、躊躇なく、罪の大海へとダイブできてしまうのだ。それは実に愚かな事である。
主を知っている人は、主は全能であり、いつも見ておられ、正しく裁かれる、という前提がその心にあるから、罪の大海へおいそれとダイブなどできない。

10:7 その口はのろいと、欺きと、しえたげとに満ち、その舌の下には害毒と不正とがある。

条件反射的に口汚い言葉、下品な言葉、のろいの言葉、人をしいたげる言葉を発する人は、舌の下という隠れた所に害毒と不正を潜ましているのが原因である。

10:8 彼は村里の隠れ場におり、忍びやかな所で罪のない者を殺す。その目は寄るべなき者をうかがい、
10:9 隠れ場にひそむししのように、ひそかに待ち伏せする。彼は貧しい者を捕えようと待ち伏せし、貧しい者を網にひきいれて捕える。

彼らは、神の民の集会の真ん中には決して入って来ない。
いつもはずれの方、ひそかな所に座し、そこで「貧しい者(アニィ:悩む人、落ち込んだ人)」を捕らえようと、うかがっている。
彼らが神の民の中に入り込んでいるのは、一緒に礼拝したり賛美したりするためでなく、弱っている人、悩みに落ち込んだ人を食い物にするため、すなわち、獅子が獲物となるべき弱い獣を待ち伏せするのと同じ動機をもって、じっくり「人」をうかがうのである。

10:10 寄るべなき者は彼の力によって/打ちくじかれ、衰え、倒れる。
10:11 彼は心のうちに言う、「神は忘れた、神はその顔を隠した、神は絶えて見ることはなかろう」と。

このようにサタンに類する人は、悩む人、落ち込んだ人をいつも探し回り、その人を見つけたなら闇の自分の所に引き寄せ、食い物にしてしまう。
だから私達は、不安や悩みを思い巡らして心に場所取りしないように、祈りによって対処すべきだ。

ダビデは心配ごとをよく主に申し立て、彼を追求する敵を主に訴えていた。
12節から15節が、起承転結の「転」の部分で、主に対するの訴えの祈りが綴られている。

10:12 主よ、立ちあがってください。神よ、み手をあげてください。苦しむ者を忘れないでください。
10:13 なにゆえ、悪しき者は神を侮り、心のうちに/「あなたはとがめることをしない」と言うのですか。
10:14 あなたはみそなわし、悩みと苦しみとを見て、それをみ手に取られます。寄るべなき者はあなたに身をゆだねるのです。あなたはいつもみなしごを助けられました。
10:15 悪しき者と悪を行う者の腕を折り、その悪を一つも残さないまでに探り出してください。

主は、みそなわされるお方、見ておられるお方である。悪者は、主は見ていない、というが、いや、生きておられる神は、全ての物事を見ておられるのだ。
密室で話されたことも、人の心の内のめぐらされた言葉も、全部知っておられる。
そして主は、正しくさばきを行われ、悩み苦しむ人を見て御手を差し伸べられる。
寄るべなき者は主に身をゆだね、いつもみなしごを助けられる。

そして結論部分は、主が正当にさばいて下さる事の確信の祈りである。

10:16 主はとこしえに王でいらせられる。/もろもろの国民は滅びて/主の国から跡を断つでしょう。
10:17 主よ、あなたは柔和な者の願いを聞き、その心を強くし、耳を傾けて、
10:18 みなしごと、しえたげられる者とのために/さばきを行われます。地に属する人は再び人を脅かすことはないでしょう。

こうして、祈りによって悪人に対する患いは解消された。
私達も、心配ごとが頭の周りを飛び回っている時、祈りによって対処すべきだ。

ピリピ4:6 何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。
 4:7 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。

思い煩いは、私達の頭と心を、そして体を傷つける。
それを守る、唯一の方法が、祈る事なのだ。

ネヘミヤの働きから見る聖霊の働き(ネヘミヤ記1-6章)
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週報/メッセージ(説教)概要

 前回、ネヘミヤ記とナホム書から、聖霊のご性質、すなわち人を慰め、建て直す一面を学んだ。ネヘミヤの名はナハム+ヤ(慰め+主)、名前そのものがまさに「慰め主」であり、彼がした事を学ぶ事は、すなわち聖霊のわざを学ぶ事と同じである。今回もネヘミヤ記から、聖霊の慰め主としての性質を細かく学びたい。

1,うめきと執り成し ネヘミヤ記1章は、エルサレムの城壁が破壊されてしまった状況を聞いたネヘミヤがうめき、執り成し祈った様が記されているが、このうめきと執り成しこそ、聖霊様のご性質である。
『御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、私達はどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉に表せない切なるうめきをもって、私達のためにとりなして下さるからである。』(ロマ8:26)
2,王から権威を得て派遣された ネヘミヤは、主に祈りつつ王に願い求めた所、王は彼を派遣する事を快諾し、援助してくれた(2:1-8)。同じように聖霊も、天の王であられる父なる神様から遣わされた。それはイエス様が、十字架の死と復活によって栄光をお受けになり、御父に願った故である。(ヨハネ14:16)
3,修復すべきものを隅々まで探る ネヘミヤは到着すると、早速破壊されている所をくまなく調べ、探りまわった(2:9-16)。同様に聖霊も私達の内側をくまなく探り、掃き清めながら、失われている価値を探す。そしてその人が悔い改め、価値あるものを見出したなら、御使いと共に大いに喜ばれる。(ルカ15:8-10)
4,回復の励ましをされる ネヘミヤは、エルサレムが長らく瓦礫のような状況の中で生活し、もはや復旧する気持ちが萎え果ててしまっている彼らに言う。『あなたがたの見るとおり、われわれは難局にある。エルサレムは荒廃し、その門は火に焼かれた。さあ、われわれは再び世のはずかしめをうけることのないように、エルサレムの城壁を築こう』(2:17) 聖霊は、罪に汚れた心を、きよい状態へと回復させ(詩篇51:10)、無秩序状態から秩序を回復させる思いを吹き込んで下さる。そして働こうとする人を、励まして下さる。
5,志と力を与え、事を行わせて下さる ネヘミヤ記3章は、ネヘミヤによって心突き動かされた人達が、エルサレム城壁の40工区を、約41のチームで分担し、工事を開始した様が記されている。このように神は一人一人に志を立てさせ(ピリピ2:13)、知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊で満たして下さる(出エジプト記31:2-3)。何をして良いのか分からない時、志を立てさせて下さるよう求めるべきである。
6,敵の脅しに心萎えてしまった人達への適切な対処 4章では、再建が進んで行くのを敵が歯ぎしりして脅しかけて来る様があり、また働き人達も、城壁が崩れている現状を見て心萎えてしまった様がある。
ネヘミヤは彼らのために、敵を一手に引き受けて代理戦争はしない。その代わり、各々に武器を持たせる。
「あなたがたは彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、あなたがたの兄弟、むすこ、娘、妻および家のために戦いなさい。」(4:14) 聖霊も同様である。聖霊は私達に代わって代理戦争するのではなく、私達に御霊の武具を持たせ、そしてすすめる。主の大能の力を得て、全ての聖徒のために忍耐の限りを尽くして、戦いをしなさい、と。(エペソ6:10-18) 敵はそれで、あっさりと引くものなのだ(ネヘミヤ4:15)。
6,悔い改めへの導き 5章では、エルサレムの中で異邦人のごとき搾取がはびこり、兄弟が兄弟を奴隷状態にしていた事が発覚する。その時、飢饉(3節)が起きた理由は、搾取された兄弟姉妹達の叫びが天に届いたからだ(ヤコブ5:4)。ネヘミヤはそのような事をしていた者達を叱責し、全ての借金を免除してやった。
聖霊もまた同じ事をして下さる。聖霊が来ると、罪について、義について、さばきについてその誤ちを認めさせ(ヨハネ16:8)、不正な事をする性質・祝福を阻む邪悪な性質を指摘し、改めさせ、回復させて下さる。
7,敵のはかりごとを見破る 6章に入り、完成が間近になると、敵のそそのかしが一層頻繁になって来る。
この再建の働きは、王に対する反逆だ、と言いふらされている、だから来て相談しよう、と持ちかけて来たり、また預言者を買収し、律法に違反させようとそそのかして来たりするのを、ネヘミヤは見破り、それを逆に主に訴えた(6:1-9,10-14)。私達も預言の霊が与えられる時、人の隠し持っている罪が示され、心の秘密があらわにされ、示された相手は、神が確かにおられると言って礼拝するようになる。(1コリント14:24-25)

こうして城壁は五十二日を経て完成した。敵がこれを聞いた時、恐れ、大いに面目を失った。彼らはこの工事が、神の助けによって成就したことを悟ったからである(6:15-16)。ネヘミヤが来て以来、驚く程のスピードで工事が完成したように、私達も聖霊の働きに委ねる時、驚くような建て直しが行われる。
その時、敵の面目は失われ、私達には、城壁がそこに存在する事による心の平安が与えられるのだ。

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