メッセージ - 20180802のエントリ

生き物を通して深淵な創造のわざを示される主(ヨブ記39章)
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神はさらに、ご自身が創造された生き物達を示し、創造のわざの巧みさ・精妙さを示して、神を不当者にしようとしたヨブの愚かさをねじふせる。

39:1 あなたは岩間のやぎが/子を産むときを知っているか。あなたは雌じかが子を産むのを見たことがあるか。
39:2 これらの妊娠の月を数えることができるか。これらが産む時を知っているか。
39:3 これらは身をかがめて子を産み、/そのはらみ子を産みいだす。
39:4 その子は強くなって、野に育ち、/出て行って、その親のもとに帰らない。

やぎと雌鹿は、険しい岩山を平然と乗り越えて行くため、生態を追跡して調べるのが難しい。
現代は科学技術が発達してある程度は解明されているが、未だに解明されていない生物は多々いる。
それらの生き物が、いかにして命を産み、いかに成長して行くのか、その性質はいかなるものであるのか、その全てを私達は知る事さえ困難だが、主はなんと、何万何億といる動物たちを、それも、たった一羽の雀さえ御心に覚えられ、また野に咲く一輪のゆりさえも、装っておられるのだ。

39:5 だれが野ろばを放って、自由にしたか。だれが野ろばのつなぎを解いたか。
39:6 わたしは荒野をその家として与え、/荒れ地をそのすみかとして与えた。
39:7 これは町の騒ぎをいやしめ、/御者の呼ぶ声を聞きいれず、
39:8 山を牧場としてはせまわり、/もろもろの青物を尋ね求める。

野ろばは、人が荷役に用いるろばとは違って、人間の言う事を一切聞かず、人の住む町から離れ、荒野を好きこのんですみかとする。
ヨブも人間も、彼らを飼いならして荷役に用いる事はできない。
野ろばをそのように自由なものにしたのは、神である。

39:9 野牛は快くあなたに仕え、/あなたの飼葉おけのかたわらにとどまるだろうか。
39:10 あなたは野牛に手綱をつけて/うねを歩かせることができるか、/これはあなたに従って谷を耕すであろうか。
39:11 その力が強いからとて、/あなたはこれに頼むであろうか。またあなたの仕事をこれに任せるであろうか。
39:12 あなたはこれにたよって、あなたの穀物を/打ち場に運び帰らせるであろうか。

野牛もまた牧畜牛と違って、人間の役に立てようと飼いならす事ができない。
もし野牛を農耕に役立てるなら、どれほど人は恩恵を受けられるだろうか、と思えても、それをできないように自然界に生きるよう解き放ったのは、主である。
野牛に限らず、自然界は人がそのまま利用できない大きな力をもったものがあるが、それらを存在させ、治めておられるのは、主である。

39:13 だちょうは威勢よくその翼をふるう。しかしこれにはきれいな羽と羽毛があるか。
39:14 これはその卵を土の中に捨て置き、/これを砂のなかで暖め、
39:15 足でつぶされることも、/野の獣に踏まれることも忘れている。
39:16 これはその子に無情であって、/あたかも自分の子でないようにし、/その苦労のむなしくなるをも恐れない。
39:17 これは神がこれに知恵を授けず、/悟りを与えなかったゆえである。
39:18 これがその身を起して走る時には、/馬をも、その乗り手をもあざける。

ここでは、だちょうが語られている。
「きれいな羽」のヘブライ語はヘスィダー、愛情や恵みを意味するヘセドが変化したもので「こうのとり」とも訳せる。(新改訳)
こうのとりの家族愛は有名で、西洋では、そのこうのとりが巣作りする家は幸いが訪れると言われており、またこうのとりが赤ちゃんを運んで来るとも言われている程である。

それにひきかえ、だちょうの母親は、自分で産んだたまごを自分で暖めず、砂に暖めさせて放置している。
それをどこに埋めたかも忘れ、自分の足、あるいは獣の足で踏まれてしまっても、なんとも思わない。
そのように、知恵も愛情も欠けた鳥であるが、こと、走る事においては、馬も、またそれに乗る人間をもあざける。

このように神は、生き物のあるものは知恵があるように、あるいは無いように、また、ある生き物には力があるように、あるいは無いように創られた。
その非常にバラエティ豊かな生き物達を見る時、私達はただ、その被造物の巧妙さ、美しさに驚き、ただ創造主をほめ讃えざるを得ない。

39:19 あなたは馬にその力を与えることができるか。力をもってその首を装うことができるか。
39:20 あなたはこれをいなごのように、/とばせることができるか。その鼻あらしの威力は恐ろしい。
39:21 これは谷であがき、その力に誇り、/みずから出ていって武器に向かう。
39:22 これは恐れをあざ笑って、驚くことなく、/つるぎをさけて退くことがない。
39:23 矢筒はその上に鳴り、/やりと投げやりと、あいきらめく。
39:24 これはたけりつ、狂いつ、地をひとのみにし、/ラッパの音が鳴り渡っても、立ちどまることがない。
39:25 これはラッパの鳴るごとにハアハアと言い、/遠くから戦いをかぎつけ、/隊長の大声およびときの声を聞き知る。

神は馬を、恐れ知らずな力強い生き物として創造した。
人はそれを戦いのために用いる。事実、聖書の中で馬が登場する場面の前後は、必ずと言っていいほど、戦争のきなくさいにおいがある。

25節は口語訳では「これはラッパの鳴るごとにハアハアと言い」と訳されているが、新改訳では、馬のいななき「ヒヒーン」と訳されている。
原文ヘブライ語は「ハアハ」と発音する擬声語で、他の箇所では、あざけり笑う言葉に訳されている(詩篇35:21,25など)。
人は戦争の時、恐れおののくが、馬はその隊長の怒号も、戦いの合図も、飛び交う矢や槍も、あざ笑う。
そのように創られたのは、まことに主であり、そのわざは人には計り知れない。

39:26 たかが舞いあがり、その翼をのべて南に向かうのは、/あなたの知恵によるのか、
39:27 わしがかけのぼり、その巣を高い所につくるのは、/あなたの命令によるのか。
39:28 これは岩の上にすみかを構え、/岩のとがり、または険しい所におり、
39:29 そこから獲物をうかがう。その目の及ぶところは遠い。
39:30 そのひなもまた血を吸う。おおよそ殺された者のある所には、/これもそこにいる」。

たかやわしは人が行くことが非常に困難な岩山の上に巣をつくる。
その生態も人は知ることは困難であるし、ましてや、それらをそのように創り、彼らにその知恵を授けたのは主である。

神に対して「自分が義だ」「神は不当だ」と高ぶったヨブに対し、神は、これでもかと言うほど、人間には計りきれない総計の深さを示された。

詩篇104篇には、ヨブ記38章以降に通じる神の諸々のわざが記され、それらを創造された主がほめ讃えられている。
『主よ、あなたのみわざはいかに多いことであろう。あなたはこれらをみな知恵をもって造られた。地はあなたの造られたもので満ちている。』(詩篇104:24)

まことに主の創造のみわざを見るに、ただ恐れの念をもってひれ伏す以外には無いが、しかし主は、同時に愛と憐れみに満ちたお方である。
私達はそれ故、大胆に御前に進み行き、おりにかなった助けを得る事が出来る。
それはなんと素晴らしい特権だろうか。

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