メッセージ - 20180305のエントリ

ヒゼキヤからマナセへの代替わりから学ぶべき事(2歴代誌33:1-13)
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ヒゼキヤについて何章かに渡って記されて来た。彼は最初は心から主に求め、信仰によって王国をアッシリヤから守った素晴らしい王であったが、彼に追加された15年間の命の間はどのようであったか。
その15年の間に彼に生まれたマナセを見れば、大体想像できる。

2歴代誌33:1 マナセは十二歳で王となり、五十五年の間エルサレムで世を治めた。
33:2 彼は主がイスラエルの人々の前から追い払われた国々の民の憎むべき行いに見ならって、主の目の前に悪を行った。
33:3 すなわち、その父ヒゼキヤがこわした高き所を再び築き、またもろもろのバアルのために祭壇を設け、アシラ像を造り、天の万象を拝んで、これに仕え、
33:4 また主が「わが名は永遠にエルサレムにある」と言われた主の宮のうちに数個の祭壇を築き、
33:5 主の宮の二つの庭に天の万象のために祭壇を築いた。

主の宮には、主の御名が置かれている。
その、主の面前に、彼は主が忌み嫌われるものを、恐れなく、平然と置いたのだ。
なぜ、こんな王が生まれてしまったのか。
彼は12歳で王になったが、きっと彼はその12年間、御言葉によって戒められる事なく甘やかされて育てられてしまったのだろう。

マナセは父ヒゼキヤの代に行われた素晴らしい改革によっていかに祝福されたかも、いかにアッシリヤから守られたかも経験していない。
そしてヒゼキヤは、息子マナセを、積極的に御言葉教育を施したとも到底言えない。
ヒゼキヤは彼の子供達の中からバビロンに引いて行かれ宦官にさえなってしまうものが出る、とイザヤに警告されても、自分の代には災いは降らないとたかをくくり、適当な返事をして悔い改めなかった。

彼の、子に対する愛は、なかったのである。神の民の「親」であるなら、積極的に子を戒め、時には懲らしめる。
神を敬わず、主に忌み嫌われる事を行う子を戒めず、懲らしめず、主に立ち返らせないなら、その子を永遠に地獄ゲヘナにおいて焼かれ続けてしまう。
「むちを加えない者はその子を憎むのである、子を愛する者は、つとめてこれを懲らしめる。」(箴言13:24)
と書いてある通りである。

むちを加える行為を、無思考に「虐待」と言う人もいるが、もしその子が、主に忌み嫌われる性質を放置してむちを加えない、としたら、そちらのほうが永遠の虐待である。
子供を火で焼いて虐待するような親はめったにいないだろうが、もし主に忌み嫌われる性質を放置し続けるなら、その子を永遠のゲヘナで焼き続ける事になってしまうからだ。

33:6 彼はまたベンヒンノムの谷でその子供を火に焼いて供え物とし、占いをし、魔法をつかい、まじないを行い、口寄せと、占い師を任用するなど、主の前に多くの悪を行って、その怒りをひき起した。

マナセはなんと、子を火で焼いて、偶像の神に捧げてしまった。
ヒゼキヤは、マナセにむちを加えない事によってマナセをゲヘナの子にしてしまい、そしてマナセを、自分の子を火で焼くような虐待者に育ててしまった。
だから、御言葉教育こそ必要である。
子供を永遠に救うために、そして、神の子としての性質を豊かにするために。

33:7 彼はまた刻んだ偶像を造って神の宮に安置した。神はこの宮についてダビデとその子ソロモンに言われたことがある、「わたしはこの宮と、わたしがイスラエルのすべての部族のうちから選んだエルサレムとに、わたしの名を永遠に置く。
33:8 彼らがもし、わたしがすべて命じた事、すなわち、モーセが伝えたすべての律法と定めとおきてとを慎んで行うならば、わたしがあなたがたの先祖のために定めた地から、重ねてイスラエルの足を移すことをしない」と。

主の宮には、主の御名が置かれている、と、繰り返し書いてある。
主の御名が置かれている、それはすなわち、主ご自身がいつも目を留め、心を留めておられるという事である。
主の宮は、主を礼拝する場所であり、また特に主の面前である事を意識する場所である。
そこに、彼は異教の像を置いた。
私達も、礼拝という主を意識し主に捧げるべき時間、場所において、思いの中に「異教」を置いて罪を犯していないだろうか。
体だけは礼拝に参加し、思いの中は別の考え、別の教えを意識し、贖い主イエス様よりも、そちらのほうを頼りとし主体としているなら、マナセと同じ事をしている。

1列王記9:1 ソロモンが主の宮と王の宮殿およびソロモンが建てようと望んだすべてのものを建て終った時、
9:2 主はかつてギベオンでソロモンに現れられたように再び現れて、
9:3 彼に言われた、「あなたが、わたしの前に願った祈と願いとを聞いた。わたしはあなたが建てたこの宮を聖別して、わたしの名を永久にそこに置く。わたしの目と、わたしの心は常にそこにあるであろう。
9:4 あなたがもし、あなたの父ダビデが歩んだように全き心をもって正しくわたしの前に歩み、すべてわたしが命じたようにおこなって、わたしの定めと、おきてとを守るならば、
9:5 わたしは、あなたの父ダビデに約束して『イスラエルの王位にのぼる人があなたに欠けることはないであろう』と言ったように、あなたのイスラエルに王たる位をながく確保するであろう。
9:6 しかし、あなたがた、またはあなたがたの子孫がそむいてわたしに従わず、わたしがあなたがたの前に置いた戒めと定めとを守らず、他の神々に行って、それに仕え、それを拝むならば、
9:7 わたしはイスラエルを、わたしが与えた地のおもてから断つであろう。またわたしの名のために聖別した宮をわたしの前から投げすてるであろう。そしてイスラエルはもろもろの民のうちにことわざとなり、笑い草となるであろう。

主は神殿が立てられた時に言われた。「わたしはあなたが建てたこの宮を聖別して、わたしの名を永久にそこに置く。わたしの目と、わたしの心は常にそこにあるであろう。」と。
そして、もし「わたしに従わず、わたしがあなたがたの前に置いた戒めと定めとを守らず、他の神々に行って、それに仕え、それを拝むなら」、「わたしの名のために聖別した宮をわたしの前から投げすてるであろう。」とも言われた。
主は、見えないお方である。彼は主はいないと思って悪を行ったのかもしれないが、しかし2節にある通り「主の目の前に悪をおこなった」のだ。
私達はいつも主の眼差しを意識するべきである。

2歴代誌33:9 マナセはこのようにユダとエルサレムの住民を迷わせ、主がイスラエルの人々の前に滅ぼされた国々の民にもまさって悪を行わせた。
33:10 主はマナセおよびその民に告げられたが、彼らは心に留めなかった。

主はマナセにどのような警告を行ったのか、そしてそれに対し、マナセはどのような悪を行ったのか、列王記には具体的に記されている。

2列王記21:10 そこで主はそのしもべである預言者たちによって言われた、
21:11 「ユダの王マナセがこれらの憎むべき事を行い、彼の先にあったアモリびとの行ったすべての事よりも悪い事を行い、またその偶像をもってユダに罪を犯させたので、
21:12 イスラエルの神、主はこう仰せられる、見よ、わたしはエルサレムとユダに災をくだそうとしている。これを聞く者は、その耳が二つながら鳴るであろう。
21:13 わたしはサマリヤをはかった測りなわと、アハブの家に用いた下げ振りをエルサレムにほどこし、人が皿をぬぐい、これをぬぐって伏せるように、エルサレムをぬぐい去る。
21:14 わたしは、わたしの嗣業の民の残りを捨て、彼らを敵の手に渡す。彼らはもろもろの敵のえじきとなり、略奪にあうであろう。
21:15 これは彼らの先祖たちがエジプトを出た日から今日に至るまで、彼らがわたしの目の前に悪を行って、わたしを怒らせたためである」。

「サマリヤをはかった測りなわと、アハブの家に用いた下げ振りをエルサレムにほどこ」すとは、すなわち、エルサレムさえも、主に対する反逆を続けて行くなら、サマリヤがなったように破壊され、捕囚され、散り散りにされてしまう、という事だ。
この警告が為された事に対し、マナセはどう答えたか。

21:16 マナセはまた主の目の前に悪を行って、ユダに罪を犯させたその罪のほかに、罪なき者の血を多く流して、エルサレムのこの果から、かの果にまで満たした。

きっと彼は、自分の意にそぐわない者、気に食わない者を、所かまわず、次々と殺したのだろう。
そして彼は、主が警告を与えるために遣わした預言者たちの血を、多く流したのだろう。
主は警告をあらかじめ与えた。それに対し、マナセは罪なき者の血を流すことで返した。
彼は当然、その報いを受ける事になる。

2歴代誌33:11 それゆえ、主はアッスリヤの王の軍勢の諸将をこれに攻めこさせられたので、彼らはマナセをかぎで捕え、青銅のかせにつないで、バビロンに引いて行った。

預言者に言われた通りに、マナセの身に起きた。
当然といえば当然であるが、しかし主はなおも憐れみ深いお方である。

33:12 彼は悩みにあうに及んで、その神、主に願い求め、その先祖の神の前に大いに身を低くして、
33:13 神に祈ったので、神はその祈を受けいれ、その願いを聞き、彼をエルサレムに連れ帰って、再び国に臨ませられた。これによってマナセは主こそ、まことに神にいますことを知った。

主はなんと、あのマナセでさえ、悔い改めて身を低くしたなら、マナセを再びエルサレムへ返してくださった。
主の恵みの秤は、確かに、私達に向けられている。
しかしその秤には限度があり、その恵みの秤の分量を使い果たしてしまう時、滅びの災いに追いつかれてしまう。

私達は、ヒゼキヤ-マナセの代替わりから学ぶべきである。
福音伝道は確かに重要である。キリスト教会は伝道を熱心にして来たが、ユダヤ人のように御言葉を子供達に伝授する、という点において怠ってきた。
その結果、せっかく素晴らしい信仰者でも、その子や孫が失敗する、という事が、多々あった。
御言葉を次世代に伝授する事こそ、重要なのだ。
それがユダヤ人のように、何世紀にも渡って血が絶えず民族が絶えなくなる事のコツである。

申命記11:13 もし、きょう、あなたがたに命じるわたしの命令によく聞き従って、あなたがたの神、主を愛し、心をつくし、精神をつくして仕えるならば、
11:14 主はあなたがたの地に雨を、秋の雨、春の雨ともに、時にしたがって降らせ、穀物と、ぶどう酒と、油を取り入れさせ、
11:15 また家畜のために野に草を生えさせられるであろう。あなたは飽きるほど食べることができるであろう。
11:16 あなたがたは心が迷い、離れ去って、他の神々に仕え、それを拝むことのないよう、慎まなければならない。
11:17 おそらく主はあなたがたにむかい怒りを発して、天を閉ざされるであろう。そのため雨は降らず、地は産物を出さず、あなたがたは主が賜わる良い地から、すみやかに滅びうせるであろう。
11:18 それゆえ、これらのわたしの言葉を心と魂におさめ、またそれを手につけて、しるしとし、目の間に置いて覚えとし、
11:19 これを子供たちに教え、家に座している時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時も、それについて語り、
11:20 また家の入口の柱と、門にそれを書きしるさなければならない。
11:21 そうすれば、主が先祖たちに与えようと誓われた地に、あなたがたの住む日数およびあなたがたの子供たちの住む日数は、天が地をおおう日数のように多いであろう。

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