メッセージ - 20180112のエントリ

「傲慢」という敵によって負かされてしまったアサ王(2歴代誌16章)
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アサは、主の目に適った良い王として記され、当時はその名声が鳴り響いた。
しかし、成功し栄えた人生を暫く送った時、誰にも例外なく忍び寄ってくる敵が現れる。
それは、私達の内に潜む「傲慢」という罪だ。
この「傲慢」という敵を対処しなかった故に、せっかく大成功したのに、大きく落ちぶれてしまった王達、牧師達もまた数多いる。
アサも、その例にもれなかった。

16:1 アサの治世の三十六年にイスラエルの王バアシャはユダに攻め上り、ユダの王アサの所にだれをも出入りさせないためにラマを築いた。

彼の治世は41年だったので、36年目は、彼の治世が終わる5年前である。
その時に、事が起きた。
ラマは要所であり、そこを敵に封鎖されるなら、南ユダにとってかなり不利な事になる。

16:2 そこでアサは主の宮と王の家の宝蔵から金銀を取り出し、ダマスコに住んでいるスリヤの王ベネハダデに贈って言った、
16:3 「わたしの父とあなたの父の間のように、わたしとあなたの間に同盟を結びましょう。わたしはあなたに金銀を贈ります。行って、あなたとイスラエルの王バアシャとの同盟を破り、彼をわたしから撤退させてください」。
16:4 ベネハダデはアサ王の言うことを聞き、自分の軍勢の長たちをつかわしてイスラエルの町々を攻め、イヨンとダンとアベル・マイムおよびナフタリのすべての倉の町を撃った。
16:5 バアシャはこれを聞いて、ラマを築くことをやめ、その工事を廃した。
16:6 そこでアサ王はユダの全国の人々を引き連れ、バアシャがラマを建てるために用いた石と木材を運んでこさせ、それをもってゲバとミヅパを建てた。

一見すると、ある脅威に対して外交的手腕を働かせ、それが功を奏し、以前よりも良くなった状態になった、かのように見えるが、実はこの解決方法に既に問題があった。
アサは、かつてのように主に伺ったり寄り頼んだりする事ではなく、持てる資産や手腕を用いて解決しようとした。
それも、ひと度「主のもの」として聖別したはずの金銀の宝物を、主の宮から持ちだし、それを異邦の王、ベン・ハダデに贈って、外交交渉をしたのだ。
主の民は、主に依り頼むべきであって、世のものに自分の宝を明け渡すべきでない。
私達は王族として、世のものを支配する権威が与えられた。世のものが頭をもたげて来ようとした時、踏みつけるべきである。

アサは、一度主に捧げられ、もう自分の手から離れ、主のものとして聖別された宝を、世に媚びて、世に貢いでしまった事について、主から警告を受ける。

16:7 そのころ先見者ハナニがユダの王アサのもとに来て言った、「あなたがスリヤの王に寄り頼んで、あなたの神、主に寄り頼まなかったので、スリヤ王の軍勢はあなたの手からのがれてしまった。
16:8 かのエチオピヤびとと、リビアびとは大軍で、その戦車と騎兵は、はなはだ多かったではないか。しかしあなたが主に寄り頼んだので、主は彼らをあなたの手に渡された。
16:9 主の目はあまねく全地を行きめぐり、自分に向かって心を全うする者のために力をあらわされる。今度の事では、あなたは愚かな事をした。ゆえにこの後、あなたに戦争が臨むであろう」。

彼は主に聖別し捧げたはずのものを、取って、異邦の王に手渡してしまった。
それまで主が守り、祝福を注いでくださった、その源を取って、他のおうに手渡してしまう。
そうするなら、その面において主からの守りが除かれ、自分の手でやりくりし戦い続けなくてはならなくなってしまうのだ。

彼の父祖ダビデは、預言者からの警告を受けた時、素直に自分が罪を犯した事を認め赦しを乞うた。
その本気度は、詩篇51篇を見れば分かる。
アサはどう対応したか。

16:10 するとアサはその先見者を怒って、獄屋に入れた。この事のために激しく彼を怒ったからである。アサはまたそのころ民のある者をしえたげた。

彼は自分を省みるのでなく、その先見者に対して怒りを燃やして、彼に「足かせ」を課した。
のみならず、その時、民のある者達を踏みにじった。
その結果、3章にわたって記されていたアサについてのストーリーは、突然、エンディングへと突入してしまう。

16:11 見よ、アサの始終の行為は、ユダとイスラエルの列王の書にしるされている。
16:12 アサはその治世の三十九年に足を病み、その病は激しくなったが、その病の時にも、主を求めないで医者を求めた。

病気になったら医者に頼るのは当然と思われるかもしれないが、この時ばかりは、そうではない。
主の言葉を届けに来た人に怒りを燃やし、「足かせ」をした結果、「足」の病が激しくなった。
これは、あからさまな主からのサインである。

そうであるなら、これは主からの警告である事は明確であり、主の前に出て、自らの罪を悔い改め、赦しを乞うべきなのに、逆に頑なになって、偶然の一致だ、これは普通に病気になったのだ、とばかりに、あくまで自分の非を認めようとせず、医者に助けを求めたのだ。
しかしそれを続けた結果、二年後に、その病が元で死んでしまう。

16:13 アサは先祖たちと共に眠り、その治世の四十一年に死んだ。
16:14 人々は彼が自分のためにダビデの町に掘っておいた墓に葬り、製香の術をもって造った様々の香料を満たした床に横たえ、彼のためにおびただしく香をたいた。

心が主から離れている人が、いかにむなしくなってしまうか、エレミヤ書に次のように記されている。
『主はこう言われる、「おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる。彼は荒野に育つ小さい木のように、何も良いことの来るのを見ない。荒野の、干上がった所に住み、人の住まない塩地にいる。』(エレミヤ17:5-6)

医者に頼るとか、外交手腕に頼むとかが、問題なのではない。
問題は「心が主から離れている事」であり、その状態であるなら、主はその人にサインを送られる。
アサのように、足で罪を犯したなら、足に病を送られる、など。
この方面で、このタイミングで、この災が起こったなら、主からのサインを見極めるべきである。
それを、見て見ぬふりをし、強引に自分の非を認めない方向で行くなら、とても残念な結果が待っている。

主に依り頼んで行くなら、アサの前半人生のように祝福されるだろう。
しかし、祝福された後こそ、心して、傲慢の罪にこそ対処するべきである。

詩篇19:12 だれが自分のあやまちを知ることができましようか。どうか、わたしを隠れたとがから解き放ってください。
19:13 また、あなたのしもべを引きとめて、故意の罪を犯させず、これに支配されることのないようにしてください。そうすれば、わたしはあやまちのない者となって、大いなるとがを免れることができるでしょう。

この祈りが、いつでも私達の祈りとなり続けるべきである。
特に、主に依り頼んで成功した時こそ、そうである。

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