メッセージ - 201706のエントリ

マナセ - 南ユダ王国最悪の王(2列王記21:1-15)
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ヒゼキヤは良い王として記されている。しかし、彼が主から死を宣告された時、彼は祈って、主は彼の命を15年伸ばして下さったが、その15年は、良いものではなかった。
彼は、バビロンから来た使者に、宝物庫を見せ、武器庫を見せ、彼が主からいただいた栄光の品々をことごとくひけらかしてしまった。
それによって、将来、バビロンに見せた全てがバビロンによって奪われてしまう日が来る、と、イザヤから警告されたのに、ヒゼキヤは、自分の代には災いは降らないとたかをくくり、適当な返事をして悔い改めなかった。

彼は、15年命が引き伸ばされた事によって、たかをくくるような事をしたが、人は、知らないほうが良いことがある。
もし、アブラハムが召し出されたばかりの時、最初から神が立てておられた先々の事も教えておられたら、どうだっただろう。彼は将来、100歳になってからやっと子供が与えられ、その子は神に捧げなくてはならず、また、彼が生きている間は、マクペラの畑にある洞穴しか土地が与えられない、と、全行程が最初に示されていたら、彼もまた、カランから出ないままだったかもしれない。

会社や政治は、何も隠し立てせず全てを晒すべきだ、という人もいるが、私達は、神のご計画を何もかも知る必要は無い。
神は、なぜ、事を知らせない事のほうが多いのか。なぜ、物事を隠されるのか。
それは、人が「知る」事によって、罪を犯すという事をさせないためである。そして正しい道に歩ませるためである。
ヒゼキヤは、いのちの尽きる日を「知って」しまった故に、好き放題な事をし、また、バビロンに全て手の内を「知らせて」しまった故に、それらは将来奪われてしまう事になってしまった。

ヒゼキヤは、伸ばされた15年の3年目に、マナセが生まれた。

21:1 マナセは十二歳で王となり、五十五年の間、エルサレムで世を治めた。母の名はヘフジバといった。
21:2 マナセは主がイスラエルの人々の前から追い払われた国々の民の憎むべきおこないにならって、主の目の前に悪をおこなった。
21:3 彼は父ヒゼキヤがこわした高き所を建て直し、またイスラエルの王アハブがしたようにバアルのために祭壇を築き、アシラ像を造り、かつ天の万象を拝んで、これに仕えた。

マナセは、父ヒゼキヤがせっかく断ち切ったあらゆる悪しき習慣や偶像を、ことごとく復活させてしまった。
主は、見えないお方である。彼は主はいないと思って悪を行ったのかもしれないが、しかし2節にある通り「主の目の前に悪をおこなった」のだ。
私達はいつも主の眼差しを意識するべきである。

21:4 また主の宮のうちに数個の祭壇を築いた。これは主が「わたしの名をエルサレムに置こう」と言われたその宮である。

主の宮には、主の御名が置かれている。
その、主の面前に、彼は主が忌み嫌われるものを、恐れなく、平然と置いたのだ。
なぜ、こんな王が生まれてしまったのか。
彼は12歳で王になったが、きっと彼はその12年間、御言葉によって戒められる事なく甘やかされて育てられてしまったのだろう。

21:5 彼はまた主の宮の二つの庭に天の万象のために祭壇を築いた。
21:6 またその子を火に焼いてささげ物とし、占いをし、魔術を行い、口寄せと魔法使を用い、主の目の前に多くの悪を行って、主の怒りを引き起した。

再び「主の目の前に」多くの悪を行ったと記されている。
主の眼差しを無視し、自分の欲望を満足させるためには、自分の子さえも焼いてしまう。
マナセはそこまで、欲望に忠実に、そして主に対して不忠実な事をしてしまった。

21:7 彼はまたアシラの彫像を作って主の宮に置いた。主はこの宮についてダビデとその子ソロモンに言われたことがある、「わたしはこの宮と、わたしがイスラエルのすべての部族のうちから選んだエルサレムとに、わたしの名を永遠に置く。
21:8 もし、彼らがわたしが命じたすべての事、およびわたしのしもべモーセが命じたすべての律法を守り行うならば、イスラエルの足を、わたしが彼らの先祖たちに与えた地から、重ねて迷い出させないであろう」。

主の宮は、主を礼拝する場所である。主の面前である事を特に意識する場所である。
そこに、彼は異教の像を置いた。
私達も、礼拝という主を意識し主に捧げるべき時間、場所において、思いの中に「異教」を置いて罪を犯していないだろうか。
体だけは礼拝に参加し、思いの中は別の考え、別の教えを意識し、贖い主イエス様よりも、そちらのほうを頼りとし主体としているなら、マナセと同じ事をしている。

21:9 しかし彼らは聞きいれなかった。マナセが人々をいざなって悪を行ったことは、主がイスラエルの人々の前に滅ぼされた国々の民よりもはなはだしかった。
21:10 そこで主はそのしもべである預言者たちによって言われた、
21:11 「ユダの王マナセがこれらの憎むべき事を行い、彼の先にあったアモリびとの行ったすべての事よりも悪い事を行い、またその偶像をもってユダに罪を犯させたので、

マナセは、主から、カナンの先住民よりも悪辣だと評価されている。
カナンの先住民は確かに邪悪な事を行っていたが、主の御言葉を知らず、主の道を知らなかった。
しかしマナセは、主の民であり、主の御言葉は知っていたはずなのに、それでも敢えて主の道に反したのだ。
その罪は、非常に重い。

21:12 イスラエルの神、主はこう仰せられる、見よ、わたしはエルサレムとユダに災をくだそうとしている。これを聞く者は、その耳が二つながら鳴るであろう。
21:13 わたしはサマリヤをはかった測りなわと、アハブの家に用いた下げ振りをエルサレムにほどこし、人が皿をぬぐい、これをぬぐって伏せるように、エルサレムをぬぐい去る。
21:14 わたしは、わたしの嗣業の民の残りを捨て、彼らを敵の手に渡す。彼らはもろもろの敵のえじきとなり、略奪にあうであろう。
21:15 これは彼らの先祖たちがエジプトを出た日から今日に至るまで、彼らがわたしの目の前に悪を行って、わたしを怒らせたためである」。

これは、今までの王達に対しては無かった警告である。
「サマリヤをはかった測りなわと、アハブの家に用いた下げ振りをエルサレムにほどこ」す。
つまり、エルサレムさえも、主に対する反逆を続けて行くなら、サマリヤがそうなったのと同じく破壊され、捕囚され、散り散りにされてしまう。
それも、彼らを「アハブの家」と同列にして、主は評価している。

私達はこれを歴史の一出来事としてではなく、自分に対する戒めとして受けるべきである。
主からいただいた恵み、憐れみ、ゆるしを軽んじ、ないがしろにし続けて行くなら、やがて、アハブの家に起こされたのと同じように、また、南ユダ王国がバビロンによって破壊し尽くされてしまったのと同じように、されてしまうのだ。

マナセは、これらの預言者の言葉にどう対応したか。
16節には、彼は罪なき者の血を多く流して、エルサレムのあちら、こちらに満たした、と記されている。
きっと彼は、自分の意にそぐわない者、気に食わない者を、所かまわず、次々と殺したのだろう。
そして彼は、主が警告を与えるために遣わした預言者たちの血を、多く流したのだろう。

主の恵みの秤は、確かに、私達に向けられている。
しかしその秤には限度があり、その恵みの秤の分量を使い果たしてしまう時、滅びの災いに追いつかれてしまうのだ。

エデンの園の外側でいのちの木を得る方法:テフィリン(創世記3:22-24)
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ルカによる福音書 講解説教メッセージ
罪のゆるし、そして、病のいやしを得るためには(ルカ5:12-26)
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イザヤ書 講解説教メッセージ
くちびるの実を創造したお方(イザヤ57:14-21)
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延ばされた15年の命を「高ぶり」に用いたヒゼキヤ(2列王記20:1-31)
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20:1 そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。アモツの子預言者イザヤは彼のところにきて言った、「主はこう仰せられます、『家の人に遺言をなさい。あなたは死にます。生きながらえることはできません』」。

ヒゼキヤが死の病にあったのは、18:2から逆算すると、彼が39-40歳の時だった。
まだ先があるし、そして20:6からすると、アッシリヤの脅威が厳然と目の前にあった時期だ。
なぜまだ若いのに、なぜまだ為すべき事が多く、守らなくてはならない人々がいるのに、この世を去らなくてはならないのか。
そのような時、私達は祈るが、ヒゼキヤも祈った。

20:2 そこでヒゼキヤは顔を壁に向けて主に祈って言った、
20:3 「ああ主よ、わたしが真実を真心をもってあなたの前に歩み、あなたの目にかなうことをおこなったのをどうぞ思い起してください」。そしてヒゼキヤは激しく泣いた。
20:4 イザヤがまだ中庭を出ないうちに主の言葉が彼に臨んだ、
20:5a 「引き返して、わたしの民の君ヒゼキヤに言いなさい、

ヒゼキヤは言葉が与えられたら、すみやかに主に対して祈ったが、その祈りへの答えは、非常に早かった。

20:5b 『あなたの父ダビデの神、主はこう仰せられる、わたしはあなたの祈を聞き、あなたの涙を見た。見よ、わたしはあなたをいやす。三日目にはあなたは主の宮に上るであろう。
20:6 かつ、わたしはあなたのよわいを十五年増す。わたしはあなたと、この町とをアッスリヤの王の手から救い、わたしの名のため、またわたしのしもべダビデのためにこの町を守るであろう』」。

主は、イスラエルの主の民と、ダビデの家に目をとどめておられる。
主は「”わたしの民の君”ヒゼキヤ」「あなたの父ダビデの神」と5節で言っておられるし、また「わたしの名のため、またわたしのしもべダビデのために」と言っておられる。
主は確かにヒゼキヤの祈りに答えられたのだが、ヒゼキヤのためというより、主の民のために、という色合いが濃い。

20:8 ヒゼキヤはイザヤに言った、「主がわたしをいやされる事と、三日目にわたしが主の家に上ることについて、どんなしるしがありましょうか」。

ヒゼキヤはしるしを求めた。彼の父アハズは、同じ預言者イザヤから「しるしを求めなさい」と言われても「求めません」などと言って、かえって別の神々の偶像を据える罪を犯したが、ヒゼキヤは積極的にしるしを求めた。
すると主は、宇宙規模のしるしを与えられる。

20:9 イザヤは言った、「主が約束されたことを行われることについては、主からこのしるしを得られるでしょう。すなわち日影が十度進むか、あるいは十度退くかです」。
20:10 ヒゼキヤは答えた、「日影が十度進むことはたやすい事です。むしろ日影を十度退かせてください」。
20:11 そこで預言者イザヤが主に呼ばわると、アハズの日時計の上に進んだ日影を、十度退かせられた。

この出来事は、NASAの科学者達によって、実証されている。
人工衛星を打ち上げるにあたり、過去や未来の太陽・月・惑星などの位置を計算するのだが、太陽や地球が一日の例外もなく、普通に回って来た事を前提として計算すると、どうしても、計算が合わなくなってしまうのだ。
そこで、科学者の一人が、聖書のヨシュア記とこの箇所に基いて計算に代入した所、全てのつじつまがぴったり合って、衛生を飛ばすことが出来たというのだ。

こうして、主から恵みを得たヒゼキヤだが、その与えられた恵みを、彼は、悪い事に用いてしまう。
2歴代誌32:24 そのころ、ヒゼキヤは病んで死ぬばかりであったが、主に祈ったので、主はこれに答えて、しるしを賜わった。
 32:25 しかしヒゼキヤはその受けた恵みに報いることをせず、その心が高ぶったので、怒りが彼とユダおよびエルサレムに臨もうとしたが、
 32:26 ヒゼキヤはその心の高ぶりを悔いてへりくだり、またエルサレムの住民も同様にしたので、主の怒りは、ヒゼキヤの世には彼らに臨まなかった。

彼は、高ぶった、と書いてある。
私達は、危機的状況に陥った時は、よく祈る。しかし、祈って主からの憐れみを受けたなら、その後こそ、気をつけるべきである。
ヒゼキヤは、後のイスラエルに壊滅的な破壊をもたらすきっかけをつくってしまう。

20:12 そのころ、バラダンの子であるバビロンの王メロダクバラダンは、手紙と贈り物を持たせて使節をヒゼキヤにつかわした。これはヒゼキヤが病んでいることを聞いたからである。
20:13 ヒゼキヤは彼らを喜び迎えて、宝物の蔵、金銀、香料、貴重な油および武器倉、ならびにその倉庫にあるすべての物を彼らに見せた。家にある物も、国にある物も、ヒゼキヤが彼らに見せない物は一つもなかった。

バビロンは当時はまだ小国で、アッシリヤに対抗する国であった
彼らは手紙と贈りものを携えていた。という事は、ヒゼキヤと協力関係を結んでアッシリヤに対抗する意図があったと考えられるが、しかしヒゼキヤは、余計な事をしてしまった。
彼は親切心のような心から、自分の手の内を明かしたのかもしれないが、将来、このことが仇となってしまう。

20:14 その時、預言者イザヤはヒゼキヤ王のもとにきて言った、「あの人々は何を言いましたか。どこからきたのですか」。ヒゼキヤは言った、「彼らは遠い国から、バビロンからきたのです」。
20:15 イザヤは言った、「彼らはあなたの家で何を見ましたか」。ヒゼキヤは答えて言った、「わたしの家にある物を皆見ました。わたしの倉庫のうちには、わたしが彼らに見せない物は一つもありません」。
20:16 そこでイザヤはヒゼキヤに言った、「主の言葉を聞きなさい、
20:17 『主は言われる、見よ、すべてあなたの家にある物、および、あなたの先祖たちが今日までに積みたくわえた物の、バビロンに運び去られる日が来る。何も残るものはないであろう。
20:18 また、あなたの身から出るあなたの子たちも連れ去られ、バビロンの王の宮殿で宦官となるであろう』」。

親しくもない、しかも、主を敬うことをしない、外国の使者に、不用意に自分の手の内すべてを見せるなど、とんでもない事である。
私達は主に対してはすべてを明かすべきであるが、外に対して、特に、主を敬わない者達に、自分の手の内を、明かすべきではない。
箴言5:15 あなたは自分の水ためから水を飲み、自分の井戸から、わき出す水を飲むがよい。
5:16 あなたの泉を、外にまきちらし、水の流れを、ちまたに流してよかろうか。
5:17 それを自分だけのものとし、他人を共にあずからせてはならない。

ヒゼキヤは主から与えられた健康や富、名声、栄誉を全部ひけらかしたが、それらは全て主から与えられたものだ。
主がいかなるお方であるかを開示すべきであって、主から与えられたモノを自慢するべきではない。

20:19 ヒゼキヤはイザヤに言った、「あなたが言われた主の言葉は結構です」。彼は「せめて自分が世にあるあいだ、平和と安全があれば良いことではなかろうか」と思ったからである。

彼は、イザヤから言われた言葉に心おののかせるのではなく、自分が世にいる間は平和と安全があれば良い、と思った。
ここに彼の傲慢が垣間見られる。2歴代誌32:25に書いてある通りである。
彼はその傲慢な心持ちで、残りの15年をどうすごしたか。

20:21 ヒゼキヤはその先祖たちと共に眠って、その子マナセが代って王となった。

この、マナセという王は12歳で王になった。すなわち、病が癒やされてから3年後である。
既に傲慢な心になってしまったヒゼキヤがいかにマナセを育てたのか、それはマナセが王になった時の統治の内容で伺い知れるが、マナセは主を敬わない悪い王で、しかもヒゼキヤがして来た良い事をことごとくひっくり返す事をした。
彼はヒゼキヤがせっかく打ち壊した偶像を建てなおす事をした。(21:3)

こうしてヒゼキヤは、与えられた15年を使って、色々の面で主に嫌われる事を行った。
しかし彼は悔い改めたので、災いがその代に降る事は無かった。(2歴代誌32:26)

私達は、主から与えられた祝福を、ひけらかしたりする事なく、ただキリストの花嫁として、イエス様に対しては開かれた者、それ以外の者には閉じられた者でありたい。
 

主ご自身の栄光のため、そして主のしもべのため(2列王記19:20-31)
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アッシリヤは圧倒的勢力と勢いと、装備と、そして残虐さをもってイスラエルに迫ってきた。
前の時はヒゼキヤ王が預言者イザヤに祈りを要請するためにたが、今度はヒゼキヤ王みずから主の御前に進み出て、主の祈りのような真実な祈りをした。
その結果、今度は、主が預言者を動かし、ヒゼキヤの元に御言葉を送って下さる。

19:20 その時アモツの子イザヤは人をつかわしてヒゼキヤに言った、「イスラエルの神、主はこう仰せられる、『アッスリヤの王セナケリブについてあなたがわたしに祈ったことは聞いた』。
主は、全てをご存知であり、聞いておられる。

19:21 主が彼について語られた言葉はこうである、/『処女であるシオンの娘は/あなたを侮り、あなたをあざける。エルサレムの娘は/あなたのうしろで頭を振る。

主はエルサレムを「処女であるシオンの娘」と評価して下さった。
ヒゼキヤの前の王の時代の状況を見るなら到底「処女」とは呼べないような汚れた霊的状況だったが、しかし心を尽くして主に立ち返ったヒゼキヤの世代に対しては、穢れ無き者として評価して下さる。

しかも、シオンの娘は、「あなたを侮り、あなたをあざける」「あなたのうしろで頭を振る。」と。
現実の状況としては、アッシリヤがエルサレムを侮り、あざけり、頭を振ってばかにする状況であるが、心を尽くして主を主とし、主に助けを求めるなら、主は立場を全くもって逆転させて下さるのだ。

19:22 あなたはだれをそしり、だれをののしったのか。あなたはだれにむかって声をあげ、/目を高くあげたのか。イスラエルの聖者にむかってしたのだ。
主を敬う民をそしり、ののしる事は、主をそしり、ののしる事になるのだ。
主が教会の迫害者サウロに対して、「なぜ”わたし”を迫害するのか」と言われたように。

19:23 あなたは使者をもって主をそしって言った、/「わたしは多くの戦車をひきいて山々の頂にのぼり、/レバノンの奥に行き、/たけの高い香柏と最も良いいとすぎを切り倒し、/またその果の野営地に行き、/その密林にはいった。
19:24 わたしは井戸を掘って外国の水を飲んだ。わたしは足の裏で、/エジプトのすべての川を踏みからした」。

内容的は、アッシリヤ自身が豪語した自慢話であるが、しかしそれに対する主の評価は、「主をそしって言った」である。
全てを支配しておられる主を脇に置いて、自分の実績や栄誉を自慢話するのは、主をそしる事である。
私達は何かをしたと思った時、ヨセフやダニエルのように、「わたしではありません、主です」と告白するべきである。

19:25 あなたは聞かなかったか、/昔わたしがこれを定めたことを。堅固な町々をあなたが荒塚とすることも、/いにしえの日からわたしが計画して/今これをおこなうのだ。
19:26 そのうちに住む民は力弱くおののき、恥をいだいて、/野の草のように、青菜のようになり、/育たないで枯れる屋根の草のようになった。

彼らとしては、自分の力や知恵によって実績を上げたかのように思っているが、実はそれは主は昔からご計画しておられた事なのだ。
イスラエルが罪を犯した故に、それを懲らしめる杖として、主がアッシリヤを立てて、利用したに過ぎない。

19:27 わたしはあなたのすわること、出入りすること、/わたしにむかって怒り叫んだことをも知っている。

主は、私達の事をも全てご存知である事が、詩篇139篇に記されている。
139:1 主よ、あなたはわたしを探り、わたしを知りつくされました。
139:2 あなたはわがすわるをも、立つをも知り、遠くからわが思いをわきまえられます。
139:3 あなたはわが歩むをも、伏すをも探り出し、わがもろもろの道をことごとく知っておられます。
139:4 わたしの舌に一言もないのに、主よ、あなたはことごとくそれを知られます。
139:5 あなたは後から、前からわたしを囲み、わたしの上にみ手をおかれます。
139:6 このような知識はあまりに不思議で、わたしには思いも及びません。これは高くて達することはできません。

主はへりくだって祈り求める密かな祈りも、また、高慢な者達がひそかに会議する事さえも、全て聞いておられる。
そこで主は、高慢な者を引きずり降ろされる。
19:28 あなたがわたしにむかって怒り叫んだことと、/あなたの高慢がわたしの耳にはいったため、/わたしはあなたの鼻に輪をつけ、/あなたの口にくつわをはめて、/あなたをもときた道へ引きもどすであろう』。

そして、ユダに対しては次のように宣言される。
19:29 『あなたに与えるしるしはこれである。すなわち、ことしは落ち穂からはえたものを食べ、二年目にはまたその落ち穂からはえたものを食べ、三年目には種をまき、刈り入れ、ぶどう畑を作ってその実を食べるであろう。
19:30 ユダの家ののがれて残る者は再び下に根を張り、上に実を結ぶであろう。
19:31 すなわち残る者がエルサレムから出てき、のがれた者がシオンの山から出て来るであろう。主の熱心がこれをされるであろう』。

イスラエルの多くは、アッシリヤによって殺されたり引かれて行ってしまったが、残りの者が、いるのである。
ヒゼキヤは熱心に主に仕え、過越祭を何百年ぶりに行おうと呼びかけたが、多くの人達は彼をあざけりばかにした。
主は、そのような不信仰な者達は洗い流し、わずかに残った主に忠実な人達を起こして彼らを増やしていくという事を、聖書の中で繰り返して来られた。

そこで主は、アッシリヤに対して明確に宣言される。
19:32 それゆえ、主はアッスリヤの王について、こう仰せられる、『彼はこの町にこない、またここに矢を放たない、盾をもってその前に来ることなく、また塁を築いてこれを攻めることはない。
19:33 彼は来た道を帰って、この町に、はいることはない。主がこれを言う。

そして、次の言葉が、全ての事を為された主の動機である。

19:34 わたしは自分のため、またわたしのしもべダビデのためにこの町を守って、これを救うであろう』」。

全ては、主ご自身の栄光のため。そして、主のしもべのため。
それが、主の民の全歴史を動かしている。
だからもし、主の民が主を敬わず、主の教えを軽んじる事を続けて止めないなら、主はおそろしい災害をもってその者達を打ち、人々はその災害のひどさ、恐ろしさを見て主を敬うのである。
エレミヤ22:8 多くの国の人はこの町を過ぎ、互に語って、「なぜ主はこの大いなる町をこのようにされたのか」と言うとき、
22:9 人は答えて、「これは彼らがその神、主の契約を捨てて他の神々を拝し、これに仕えたからである」と言うであろう』」。

しかしもし、主の民が主を心から敬い、御言葉の通りに行うなら、主は祝福をもって答え、そうして全ての人々は、生きておられる主の栄光を仰ぎ見るのである。

19:35 その夜、主の使が出て、アッスリヤの陣営で十八万五千人を撃ち殺した。人々が朝早く起きて見ると、彼らは皆、死体となっていた。
19:36 アッスリヤの王セナケリブは立ち去り、帰って行ってニネベにいたが、
19:37 その神ニスロクの神殿で礼拝していた時、その子アデランメレクとシャレゼルが、つるぎをもって彼を殺し、ともにアララテの地へ逃げて行った。そこでその子エサルハドンが代って王となった。

こうして主の力と栄光は現れた。
主は最初からこれをなさらないのは、人々が主を知り、主により頼む事を教えるためであり、主を恐れ敬う人にはいかに祝福と幸いがあり、そして主を軽んじののしる者にはいかに呪いが降るかを、明らかにするためであろう。

私達も、「主のしもべ」という立ち位置に入るなら、主は私達を「おとめ」と呼んで下さり、彼の守りの中に入ることが出来る。
しかし主を頼みとしない者は、その守りはいつまでもその人のものとはならず、最後までそれをしないなら、ついには災いに追いつかれてしまうのだ。

食事を一緒にする事の大切さ(使徒2:40-47)
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召し出された人達を建て上げ成長させていく聖霊(使徒2:37-47)
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週報/メッセージ(説教)概要

 本日は聖霊降誕日(ペンテコステ)、教会すなわち召し出された人達に、聖霊が降り、力を得た日である。
この日以前の弟子達は、大した働きが出来なかったが、この日以降、強力な力に満たされ、福音が全世界へ爆発的に広がって行った。聖霊を受ける事は、私達主の弟子達にとって決して欠かせない条件である。
教会は聖霊の働きによって始められ、そして聖霊は今日も働いておられる。今回、私達・教会が何によって建て上げられ、いかに聖霊に満たされ、福音を爆発的に広められるのかを、初代教会から学びたい。

「彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。」(使徒2:42)
ここに、初代教会が健全であった根拠が記されている。健全に建て上げられていくための第一条件は、まず、使徒たちの教えを堅く守る事である。使徒たちの教えとは、よく考え出された人間由来の考えや教えではなく「御言葉」であり、使徒達は御言葉を主から取り次いでいたのだ。教会とは、神の御言葉が宣言されるべき所であり、御言葉と聖霊によって生まれ変わった、聖なる共同体である。
聖徒は、働き人によって宣言される御言葉によって建て上げられていくものだ。人が普段の食べ物によって成長して行くように、キリスト者も、普段摂り入れる御言葉によって養われ、変えられ、成長していく。
御言葉を蓄え、固く立っているなら、どんな困難が来ても決して壊れず揺れ動かない。真理の御言葉は、ダイヤモンドよりも硬く、宇宙よりも永遠だからだ。また、御言葉は種のようなもので、生きており、それを人という土壌に植えるなら、必ずいのちが生え、正しく育てるなら、豊かに実を結ぶものである。(マルコ4:14)
聖霊の働きの中で最も重要な働きは、人を御言葉によって新しく造り替え、成熟させて行く事だ。そして御言葉と共に働く聖霊の力は、あらゆる暗闇の力を打ち破る唯一の攻撃の武器であるとエペソ6:17に記されている。御言葉と共に働く聖霊の力が強くなればなるほどに、いのちはどんどん増えて行くのだ。
「こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰にはいった。」(使徒6:7) この「非常にふえて行った(πληθύνω)」とは、魚の腹にぎっしり詰まった卵のように増殖する意味で、そのように聖徒の数は数多く増えて行くのだ。
正しく御言葉が入り、その信仰が成長するなら、いのちが莫大に増えていくのだ。

次に「共に交わり、パンを裂き」とある。教会とは、キリストを救い主として生まれ変わった、新しい命達である。赤ちゃんは産まれた時、自動的に家族の構成員となって、父母や祖父母、兄弟姉妹がこぞって彼の面倒を見るように、キリスト者も、イエス様を信じた瞬間、キリストにある御国の家族の構成員の一人となる。
御国の家族となったキリスト者は、共に御言葉のパンと、同じいのちを味わって行くものである。私達はそれを味わってこそ健全な歩みができるのだ。その為には、教会の集まりに「集まっている」事が必要である。
そのきよい交わりの中にいるなら、自然に健全な御言葉に親しみを覚えるようになり、成長して行くのだ。

次に、「祈りをしていた」と書いてある。初代教会の聖徒たちは、祈りの力を体験していた。祈りは神との会話であり、私達が神の御言葉によって祈るなら、神はそれに答えて下さる。『主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。・・・彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。』(使徒4:29)
彼らは祈り求めると、聖霊に満たされ、大胆に御言葉を伝え出した。初代教会の聖徒たちは、自分自身の必要を満たして下さいとか、人生が有意義になるために力をください、と祈ったのではない、神の御言葉を伝え、福音を伝えるために、力をください、と祈ったのだ。祈りは働きの難題に打ち勝つ神の武器である。
私達は御旨の成る事を祈り、そして御言葉の交わりをするなら、主から力を頂き、それは武器となっていく。

そうして初代教会は、神が与えて下さった伝道の使命を忠実に果たして行く。世の中では、人を集めるために労力やお金を払うものだが、御国は、こちらが労したり媚びたりして人を集めるのではない。こちらが真理によって養われ、魅力ある者になるなら、人々のほうから自然と集まってくる。そうするなら、厳格に律法を重んじていた祭司さえ、キリスト者になったのだ。
どうか皆さんという教会が、御言葉と祈りによって聖とされ、成熟したものとなって成長して行きますように!
 

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