メッセージ - 20170418のエントリ

復活された主の栄光を見るために(ルカ24:36-49)
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※メッセージテキストは後程アップします。
(音声データは毎週土曜日にアップ予定です)

イエス様の話をしている弟子達に、堂々と、イエス様ご自身が現れた。
24:36 こう話していると、イエスが彼らの中にお立ちになった。〔そして「やすかれ」と言われた。〕
イエス様は「やすかれ」(アイレーネー:ヘブライ語のシャロームに相当)と言われた。
復活の主は、真っ先に言われる。シャローム、と。
シャローム。すなわち、主がその御顔をあなた向け、あなたを応援し、あなたが平安で、健やかで、安全であり、知恵と力と栄光と富に満ち、あらゆる悪や敵から守られ、それらに勝利し、そして、あらゆる面で満ち足り、繁栄し、産んで増えて地に満ちて、満足するように、と。

しかし弟子達は、シャロームとは真逆の反応をする。
24:37 彼らは恐れ驚いて、霊を見ているのだと思った。
車は急には曲がれないように、人も、人智を超えた事を突然なさった主に、そのまま感情や納得がついて行く事は出来ず、ある程度の消化期間が必要である。
イエス様は、そんな彼らをご存知であり、彼らが納得できるように助けて下さる。

24:38 そこでイエスが言われた、「なぜおじ惑っているのか。どうして心に疑いを起すのか。
24:39 わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ」。
24:40 〔こう言って、手と足とをお見せになった。〕
24:41 彼らは喜びのあまり、まだ信じられないで不思議に思っていると、イエスが「ここに何か食物があるか」と言われた。
24:42 彼らが焼いた魚の一きれをさしあげると、
24:43 イエスはそれを取って、みんなの前で食べられた。

イエス様が死者の中からよみがえられた、という事に、人はなかなか理解できない。それで人は、イエス様の復活について、弟子達は死人の幽霊を見たのだ、とか、彼らの思い込みが引き起こした集団ヒステリーによる幻を見たのだとか、色々と頭に収まるように解釈を試みる者がいるが、彼らはこのルカの箇所をどう説明するのだろうか。
イエス様は、理解できない彼らのために、わざわざ、十字架で釘打たれた手足を示し、さわるように促し、また、わざわざ食べ物を取って皆の前で食べられた。
死霊や幻には、肉や骨は無い。死んだ人や幻は、何か物を食べるという事は無い。
疑う彼らに、堂々と、ご自身は肉体を持った者として生きているのだと示された。
それは、弟子達のみならず、私達も、栄光ある復活のからだによみがえらされる望みを持つようになるために、イエス様はそうされたのである。
1コリント15:41 日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある。また、この星とあの星との間に、栄光の差がある。
15:42 死人の復活も、また同様である。朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、
15:43 卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、
15:44 肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。

24:44 それから彼らに対して言われた、「わたしが以前あなたがたと一緒にいた時分に話して聞かせた言葉は、こうであった。すなわち、モーセの律法と預言書と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成就する」。

前回の箇所に続き、ここでもイエス様は聖書の言葉を引用された。
現代の私達が霊の引導を得るべき源は、聖書である。それは、しるしや不思議、幻や霊現象ではない。

24:45 そこでイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて
24:46 言われた、「こう、しるしてある。キリストは苦しみを受けて、三日目に死人の中からよみがえる。
24:47 そして、その名によって罪のゆるしを得させる悔改めが、エルサレムからはじまって、もろもろの国民に宣べ伝えられる。

イエス様は、弟子達が聖書を悟らせるために彼らの心を開いた(ディアノイゴー:切り開く)。
私達も、御言葉を悟るには、閉塞されてしまっている心を、思いを、知性を、開いてもらう必要がある。
開いて下さるのは、主である。

2コリント4:3 もしわたしたちの福音がおおわれているなら、滅びる者どもにとっておおわれているのである。
4:4 彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。
福音に覆いがかけられてしまっている人は、「この世の神が」その思いをくらませて、キリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのだ。
この世には、福音の輝きを覆うもので満ちている。インターネット、ゲーム、諸々の肉の享楽など、それらは全て、真理を覆うためにサタンによって用いられてしまっている。

4:5 しかし、わたしたちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝える。わたしたち自身は、ただイエスのために働くあなたがたの僕にすぎない。
4:6 「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。
ここに記されているように、私達に神の栄光の知識を輝かせて下さるお方は、主である。
イエス様は、弟子達の心を切り開いて、御言葉が悟られるようにして下さった。
私達は、御言葉を理解したいのなら、心を切り開いて下さるよう、主に祈るべきである。

2コリント3:14 実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、その同じおおいが取り去られないままで残っている。それは、キリストにあってはじめて取り除かれるのである。
3:15 今日に至るもなお、モーセの書が朗読されるたびに、おおいが彼らの心にかかっている。
3:16 しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれる。
3:17 主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある。
3:18 わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。

ユダヤ人達は今なお心に覆いがかかって、福音の光が見えなくされている。彼らはテフィリンによって知性が強力になってしまい、知性によって伝道する事はほぼ不可能である。しかし、彼らが主に向くなら、そのおおいは取り除かれる。
主は、御霊(το πνευμα)である、と記されている。
そして、御霊なる主の働きにより、私達も、主の栄光を反映する鏡として、人々に主の栄光を届ける事ができるようになる。

イエス様はさらに、弟子達が聖霊に満たされて使徒として任命を受けるために命じられた。
24:48 あなたがたは、これらの事の証人である。
24:49 見よ、わたしの父が約束されたものを、あなたがたに贈る。だから、上から力を授けられるまでは、あなたがたは都にとどまっていなさい」。

私達も、知性や心、思いが主に対して開かれるよう、日毎、主に心を向けつつ聖霊に満たされる事を求め続けるべきである。

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