メッセージ - 201610のエントリ

思い巡らすことばを管理しなかったサウル(1サムエル記22:6-23)
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  私達の思いの中には、常時、何かの「言葉」が流れているものであるが、その思い巡らす言葉の内容はいつも管理すべきだ。なぜなら私達は内外に流れる「ことば」に浸し込まれ、その内容に影響を受け、「人となり」が構築されて行くからである。サウルは、健全な主の言葉から耳を背け、その代わり、内からこみ上げて来る「妬み」「怒り」「殺意」などのサタンの好む言葉をいつも思い巡らしていたため、彼はどんどんサタンの性質を帯びるようになり、ついには取り返しのつかない、してはならない事をするようになってしまう。今回は、言葉の管理をしなかったサウルが何をしてしまったかを見て、私達も戒めを受けたい。

『サウルはギベアで、やりを手にもって・・・おり、家来たちはみなそのまわりに立っていた。』(6節)
サウルの人格の崩れ度合いは、さらに進行している。槍は人を殺める武器であり、敵に対して用いるべきなのに彼はいつも手にしている。部下を威圧するためか、気に食わない者に槍を投げつけるためであろう。
聖書を「サウル」「槍」で検索すると、彼が敵に槍を投げた記述は一切無く、ただダビデ、ヨナタンに投げ、あとは部下達を前にいつも持っているだけだ。そして最後は、彼に敵が追い迫って死ぬ間際、彼は槍にもたれていた。(2サムエル記1:6) イエス様が「剣をとる者はみな、剣で滅びる」と言われた通りである。
自分の敵サタンには槍を投げず、自分を助け養ってくれた人には槍を投げるような者であってはならない。
『あなたがたは皆共にはかってわたしに敵した。…わたしの子がわたしの僕をそそのかしてわたしに逆らわせ、道で彼がわたしを待ち伏せするようになっても、わたしに告げる者はない。』(8) 彼はすごい被害妄想に憑かれており、誰も心配しない、みんな自分に敵対している、と思っている。信仰の逆、「疑い」をいつも抱き続ける人はそうなってしまい、人が喜び笑う顔を見ただけでも、自分が嘲られたと思ってしまうものだ。
主に敵対しているのは、むしろサウルの方である。彼は既に主から王位を退けられたのに、ずっと王位にしがみつき、むしろ、油注がれた王・ダビデを殺そうと付け狙っている。もし人がおとなしく自分の「王座」から降りて、主に明け渡さないなら、逆に「王座」に支配され、振り回され、やがて「王座」に滅ぼされてしまう。
そこに、例外は無い。王座は人が座るものではなく、唯一、主イエス様が座すべき所であるからだ。

ベニヤミン人の部下達は何も言えなかったが、ただ一人、エドム人ドエグがサウルに応える。
『わたしはエッサイの子がノブにいるアヒトブの子アヒメレクの所にきたのを見ました。アヒメレクは彼のために主に問い、また彼に食物を与え、ペリシテびとゴリアテのつるぎを与えました」。そこで王は人をつかわし…みな王の所にきた。』(9-11) ドエグは、一杯の食物で尊いものを売り渡した、エサウの子孫である。
彼は、地位や名誉という一杯の食物ほしさに、神の祭司を告げ口する。
『サウルは彼に言った、「どうしてあなたはエッサイの子と共にはかってわたしに敵し、彼にパンと剣を与え、彼のために神に問い、きょうのように彼をわたしに逆らって立たせ、道で待ち伏せさせるのか」。』(13)
アヒメレクは唐突こんな事を言われ、暫く訳が分からなかっただろう。サウルのようにいつも被害妄想を巡らせている者は唐突に意味不明な事で人を責め、凍りつかせるものだが、それが絶対権力を持つ王であるならその国は悲惨である。サタンは歴史上、何度も王を被害妄想にさせ、多くの国々を悲惨に陥れて来た。
そもそも本来、イスラエルの王は祭司に物申す事はできないはずで、逆に王が祭司の御言葉に服従しなくてはならない。(申命記17:14-20、2歴代誌26:16-23) それなのにサウルは祭司も御言葉も、完全に自分の下に敷いてしまっている。彼は御言葉を退けた故に、王座から退けられた、とサムエルは言った。
祭司アヒメレクは、王の言葉には、事実を答え、極めてもっともな事を言ったが、『王は言った、「アヒメレクよ、あなたは必ず殺されなければならない。あなたの父の全家も同じである」。』(16) こうしてサウルは祭司を抹殺し、自ら主に伺う道を断ってしまった。それでダビデは、逆に、主に伺う祭司を得る事になる。

人は、思い巡らす内容によって人格が形成される。サウルのように猜疑心・妬み・怒りを思い巡らしているなら、サタンに似た者となって行き、断絶してはならない人を断絶し、主への道をも自ら断ってしまう。
いつも健全な主の言葉を思い巡らし、昼も夜も口ずさみ、水のほとりに植えられた木のように、時が来れば豊かに実らせ、何をしても栄える皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

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週報/メッセージ(説教)概要

 ダビデはサウル王に追われ、妻の所にも預言者サムエルの所にも、親友ヨナタンの所にも居場所が無くなり、そして前回、主の宮の祭司にも、そして、汚れた者達さえも、頼りどころを見出す事は出来なかった。
主は、その愛する人を、敢えてそのように導き、ただ主とだけ向き合い、主をのみ頼るようにされる事がある。
アドラムのほら穴に逃げ込んで独りになったダビデは、人の間から頼りどころを探す事を100%止め、ただ100%、主こそ助けであると求めるに至った。彼はその時の祈りを、詩篇142篇に綴っている。彼は洞穴の中で声を出して主に呼ばわり、願い求め、彼の嘆きを注ぎ出し、悩みを露わにした。(詩篇142:1-2) 
「わたしは右の方に目を注いで見回したが、わたしに心をとめる者はひとりもありません。わたしには避け所がなく、わたしをかえりみる人はありません。主よ、わたしはあなたに呼ばわります。わたしは言います、「あなたはわが避け所、生ける者の地でわたしの受くべき分です。」(詩篇142:4-5)
イスラエルを導く王となるダビデの「右」には、誰も人がのし上がってはならない。ただ万軍の主以外には。
人の間から頼りをことごとく失ってしまった彼は、ついに、主だけが避け所だと悟った。「わたしを獄から出し、御名に感謝させて下さい。あなたが豊かにわたしをあしらわれるので、正しい人々はわたしの周りに集まるでしょう。」(詩篇142:7) ダビデがこの告白をした時、今度は、人々がダビデの所に集まって来る。
それまでダビデは、頼りとなる人を追いかけていたが、誰もいなくなり、ただ一人、主と向き合い、主のみを頼りとした時点が転換となって、今度は逆に、人々がダビデの傘下に入ろうと、彼を追いかけて来たのだ。
まずはダビデの家族が、そして、『しえたげられている人々、負債のある人々、心に不満のある人々(原意:苦い魂を持つ人)も皆、彼のもとに集まってきて、彼はその長となった。』(1サムエル記22:2)
ダビデは実に、キリストのご性質をよくあらわしている。キリストも当時の王や権威達からは迫害され、そして彼を慕い求めて来た人達も、当時、虐げられている人々や負債のある人々、苦い魂を持つ人達だった。

ダビデは今まで自分を救う事で手一杯だったのに、彼の所に虐げられている人、破産者、苦い魂を持った、一癖も二癖もありそうな人達が四百人も来て、面倒を見なくてはならなくなった。自分が誰かから助けられたいのに、なぜか、自分の所に助けを求めて人が集まって来るのか。実は、これが主の助けの方法なのだ。
人は、守るべき人、養うべき人を持つと、強く健全になる。そして、一癖も二癖もあるような人々を養い、彼らを正しく統率して行く経験は、一国の王となって行く上で、とても重要な訓練となって行く。
ダビデはそれまで、自分のいのちを救うために、真実ではない行動をして来たが、400人の長となった今、彼らの面前で、偽りの、恥ずかしい行動は、する訳には行かなくなり、真理に立つようになった。
『ダビデはそこからモアブのミヅパへ行き、モアブの王に言った、「神がわたしのためにどんなことをされるかわかるまで、どうぞわたしの父母をあなたの所におらせてください」。』(1サムエル記22:3)
モアブは、ダビデの家ゆかりの地であり、彼らの大おばあさん・ルツの故郷であるものの、ペリシテと同じく、異教の神を拝する異邦の国だった。しかしダビデは、もはや媚びる事も偽る事もせず、堂々と「神が」自分をどのように導かれるか分かるまで、居させて下さい、と頼んで、それが許された。ペリシテの時と比べて、なんと堂々となった事だろう。主は正当に信仰告白をする人を守り、あらゆる便宜を図ってくださるのだ。

こうしてダビデ達は、しばし、ひいおばあさん・ルツのゆかりの地で、命の安全が確保され、400人の長としてある程度の人生を送る事が出来るようになった、と思われたかもしれないが、それは御旨ではない。
『預言者ガドはダビデに言った、「要害にとどまっていないで、去ってユダの地へ行きなさい」。そこでダビデは去って、ハレテの森へ行った。』(1サムエル記22:5) 彼はすぐ預言者の主の言葉に従順し、危険ではあっても、主の御心の地、イスラエルの地へと帰った。彼は主からの特別な任職の油を受けたからには、普通の人として漫然と生きるべきではないのだ。私達キリスト者にも、主からの聖霊の油を注がれたからには、漫然と生きるものではなく、御言葉に聞き従い、神の国の働きに参加し、働かなくてはならない。
ダビデは任された400人を養う内に、彼自身、イスラエルの王としての特別な素養が養われて行く。女王蜂はロイヤルゼリーという特別な蜜で育てられるように、ダビデには、誰にも与えられない苦難と、養うべき400人という、主の特別なロイヤルゼリーが与えられた。私達キリスト者も、「王族の祭司」(1ペテロ2:9)として相応しくなるために、他には与えられない、主の特別な御言葉のロイヤルゼリーによって養われるのだ。

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