メッセージ - 201605のエントリ

太古より封じられてきた秘密を解くお方(黙示録5:1-5)
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ヨハネはまたさらに、天で隠されていた秘密を見せられる。
『わたしはまた、御座にいますかたの右の手に、巻物があるのを見た。その内側にも外側にも字が書いてあって、七つの封印で封じてあった。また、ひとりの強い御使が、大声で、「その巻物を開き、封印をとくのにふさわしい者は、だれか」と呼ばわっているのを見た。しかし、天にも地にも地の下にも、この巻物を開いて、それを見ることのできる者は、ひとりもいなかった。巻物を開いてそれを見るのにふさわしい者が見当らないので、わたしは激しく泣いていた。』(黙示録5:1-4)

太古より、全能の父なる神によって計画され、人知れず、長らく封じられて来た秘密がある。
ヨハネに、この天上の幻が見せられた時点で、人類史上初めて、その封じられてきた秘密が「あった」という事が、明らかにされたのだ。

終わりの時代になれば、なる程、多くの人々は、知識を求め、色々と探り調べる事になる。(ダニエル12:4)
事実、今も聖書の秘密について、多くの人々が色々な説を起こし、諸説や議論が咲き乱れているが、私達はそうした事どもに参加する必要は無いし、してはならない。
私達は主がダニエルに言った言葉に注目すべきである。

『わたしはこれを聞いたけれども悟れなかった。わたしは言った、「わが主よ、これらの事の結末はどんなでしょうか」。彼は言った、「ダニエルよ、あなたの道を行きなさい。この言葉は終りの時まで秘し、かつ封じておかれます。多くの者は、自分を清め、自分を白くし、かつ練られるでしょう。しかし、悪い者は悪い事をおこない、ひとりも悟ることはないが、賢い者は悟るでしょう。・・・しかし、終りまであなたの道を行きなさい。あなたは休みに入り、定められた日の終りに立って、あなたの分を受けるでしょう」。』(ダニエル12:8-13)
あの、主から愛されたダニエル、知恵深いダニエルさえ悟れずに主に聞いた秘密に対し、主は「それは封じておかれる」「あなたの道を行きなさい」と答えられた。
私達もダニエルのように、「いつ」とか「どんな時」とか、知る必要はない。(使徒1:7)
それよりも、主から与えられた道のりを、イエス様が来られる日まで、走り尽くすべきなのだ。そうして、走るべき道のりを終えた後に、受けるべき報いがある。

ヨハネは、この巻物を開いて封印を解ける者が誰もいない事で、激しく泣いた。
それは、この巻物を解く事は、とても切実な事だったからである。
天上の、地上の、地の下の全存在にとって、とても切実な。
もし、これが解かれないままであるなら、天上・地上・地下において封じられていた諸々の問題は、解決されないまま置かれ、神が定めた「完成」には至らないままになってしまう。

ところが、ダニエルの時には明かされなかった諸々の秘密は、黙示録で次々と明らかにされて行く。
なぜなら、「勝利され、封印を解く事ができるお方」があらわれたからだ。

『すると、長老のひとりがわたしに言った、「泣くな。見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解くことができる」。』(黙示録5:1-5)
ここの「勝利(ニカオ)」のギリシア語は、直接法アオリスト形能動態という、特殊な時制が使われている。
それはすなわち、この「勝利」は、過去のある時点において「完結」され、全問題は「解決済み」となり、その勝利以降、その効力は今に至るまでのみならず、これから後もずっと続いていく事だ。
その、決定的勝利をした時点は、「ほふられた時」、すなわち、十字架である。
ユダ族から出たしし(ライオン)、勝利された「ダビデの根」、それはまさしく、イエス・キリストである。

勝利した彼には、全能の父なる神から全権が委譲され、次々と封印を解いて行くのだが、その都度、はるか昔に神によって用意されていたスケジュールが動き出し、隠されていた秘密が露わにされていく。
アダム以降、人類が抱え持ってしまった深刻な問題、天においても地においても、地の下においても、誰にも解決できなかった諸々の問題は、この、ほふられて勝利した小羊キリストによって、どんどん解決されて行くのだ。

聖霊に満たされた人のありさま(使徒2章)
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週報/メッセージ(説教)概要

五旬節の日、弟子達は主が約束しておられた通り、聖霊に満たされ、他国の言葉(異なる舌)が与えられた。
聖霊充満された人、すなわち、聖霊の支配に服しその支配が行き届いた人には、どのような特徴が現れるだろう。そして私達は何を目指すべきだろう。聖霊充満されたペテロの言葉と行動から、それを学びたい。

この日、天からの激しい風のような響きと、弟子達が他国の言葉で「神の大きなみわざ」を語るのを聞いて集まって来た多くの人々は、驚き惑い、「一体これは何を”セロー(意味する、したいと思う)”のだろう」と言っていたが、ある人々はあざ笑い、「あの人たちは新しい酒で酔っているのだ」と(繰り返し)言っていた。
そこでペテロは立って(押し出されて)説教を開始するのだが、彼の説教は、御言葉に裏付けられ、人々の心を刺し、悔い改めと救いへ導くものだった。ペテロはまず、彼らが知りたがっていたこの「しるし」について説明する(14-21節)。「今は朝だから、彼らは酒に酔っているものではない・・・」。ペテロは悪意ある人のあざけりに対しては、この一言で終わらせ、この不思議は、預言者ヨエルの書の成就である事を語った。

続く22-35節は「ナザレ人イエス」についてであり、イエス様こそが説教の中心かつ大部分を占めている。
聖霊はイエス・キリストを証しする霊であり、罪について、義について、裁きについて世にその過ちを認めさせる。だから、イエス無き説教、御言葉なき説教、聖霊の「押し出され」無き説教は、力が無い。
「ナザレ人イエスは、神が彼をとおして、あなたがたの中で行われた数々の力あるわざと奇跡としるしとにより、神からつかわされた者であることを、あなたがたに示された」(22節) この事は既に全イスラエルが知っている事だったが、彼らの中で広まっている事は、イエス様はよみがえられたのではなく、弟子達が遺体を盗んだ、という偽の情報だった。しかし、彼がよみがえる事、死に縛られていない御方である事は、前もって聖書に書かれてある通りだと、ペテロは、詩篇16篇を引用してあかししている。(25-28節)
もう一つ、彼が引用した聖書は詩篇110篇である。ダビデはキリストの復活を予め知ったため、彼の主キリストについて『彼は黄泉に捨ておかれる事がなく、またその肉体が朽ち果てる事もない』と言った。
『このイエスを、神はよみがえらせた。そして、わたしたちは皆その証人なのである。それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである。』(32-33節) イエスこそ神と預言者に認証された救い主メシヤである事を、彼は聖書から証したが、では、その事は今の私達に何か関係あるのだろうか?大ありである!
『だから、イスラエルの全家は、この事をしかと知っておくがよい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。』(36節)
イエス様を十字架につけたのは、誰だろう? 実際に手を降したのはローマ兵であり、それを指揮したのはイスラエルの指導者達だ。この、五旬節の日に集まった彼らが手を降したりした訳ではない。ここは私達も知らなければならない。罪なき神の御子キリストを十字架につけたのは、まごうことなき、私達全人類だと。
私達も、それを伝えなくてはならない。すなわち、ナザレ人イエスについて。彼は私達の罪のために十字架で死なれ、そしてよみがえられられ、神の右に上げられ、聖霊を与えて下さる事を。
人々はこれを聞いて心刺されたが、心を刺して終わりではない。ちゃんと救いの道を示さなくてはならない。
「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。」(38節)

こうしてこの日、三千人が仲間に加えられた。何と大胆に、立派になったペテロであろう。五十日前、人々の前でイエス様を「知らない」と誓った人物とは到底思えない。主が予め言っていた通り、聖霊に縛られ導かれるなら、本人の思いのままではなく聖霊に導かれるまま進まされるのである。(ヨハネ21:18)
救われた彼らは、使徒達の教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈り、全ての物を共有にしていた。
心を一つにして毎日礼拝する所に集い、賛美し、一同の心に恐れが生じて、多くの不思議なわざとあかしの奇蹟が行なわれ、全ての民に好意を持たれ、主もまた、毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。
これが、初代の教会(エクレシア)である。聖霊に満たされる事なしには、この事は有り得なかった。
私達もまさに聖霊を求めるべきだ。聖霊に満たされ、イエス様を大胆に証する皆さんでありますように!

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
伝道や説教で必ず伝えなくてはならない事柄(使徒2:14-36)
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御座の前にいる四つの生き物(黙示録4:6-11)
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前回、御座の周りに、二十四人の長老が座についていた事を見たが、さらに御座のそば近くには、特別な生き物がいた。
『御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。御座のそば近くそのまわりには、四つの生き物がいたが、その前にも後にも、一面に目がついていた。第一の生き物はししのようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶわしのようであった。この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。』(黙示録4:6-8a)
「御座のそば近くそのまわり」を直訳するなら「御座の真ん中には、また、御座の周り」である。
御座の四辺のそれぞれ真ん中に、彼らが位置した、という事であろうか。
いずれにせよ、この生き物達は、主の御座からとても近い位置にいるようである。

ここに登場する四つの生き物と似たものが、旧約エゼキエル書にも登場する。
『顔の形は、おのおのその前方に人の顔をもっていた。四つの者は右の方に、ししの顔をもち、四つの者は左の方に牛の顔をもち、また四つの者は後ろの方に、わしの顔をもっていた。彼らの顔はこのようであった。その翼は高く伸ばされ、その二つは互に連なり、他の二つをもってからだをおおっていた。・・・四つの輪には輪縁と輻とがあり、その輪縁の周囲は目をもって満たされていた。』(エゼキエル1:10)

エゼキエルはさらに、「位(キセェ:御座)のようなもの」を見たが、それも、ヨハネが見た御座の特徴とよく共通している。
『生きものの頭の上に水晶のように輝く大空の形があって、彼らの頭の上に広がっている。大空の下にはまっすぐに伸ばした翼があり、たがいに相連なり、生きものはおのおの二つの翼をもって、からだをおおっている。・・・彼らの頭の上の大空の上に、サファイヤのような位の形があった。またその位の形の上に、人の姿のような形があった。・・・
そしてその腰とみえる所の上の方に、火の形のような光る青銅の色のものが、これを囲んでいるのを見た。わたしはその腰とみえる所の下の方に、火のようなものを見た。そして彼のまわりに輝きがあった。そのまわりにある輝きのさまは、雨の日に雲に起るにじのようであった。主の栄光の形のさまは、このようであった。』(エゼキエル1:22-28)
御座、水晶、にじ、宝石、いずれもヨハネが見たものと一致している。

それにしても、彼らの表現を元に「この情景の絵を書きなさい」と言われるなら、百人百様の絵が完成するであろう。
人の日常では到底無いような、普通の言葉ではとても表現できないような天的な有様を見せられた事には間違いないが、とにかく、両方に共通している事は、この4つの生き物は御座のすぐ近くにいるものであり、それらは「人、しし、牛、わし」の性質が現れており、翼があり、目でいっぱい満ちており、また、彼らがいる御座の周囲には、水晶に似たガラスの海のようなものがあって、宝石のような輝きがあり、虹のような栄光の輝きがある、という点は、共通している。

エゼキエルは最初、この4つの生き物が何であるのかを知らなかったが、後に、それが「ケルビム」である事を知った。(エゼキエル10:20)
ではケルビムとは何者で、どういう生き物なのか。
ケルビムが、聖書で最初に登場するのは、かなり初期で、創世記3章に現れる。
アダムとエバが、禁断の実を取って食べてしまった故に、楽園(エデン)から追い出されてしまった時、もはや人が楽園の中から「いのちの木」を食べて永遠に生きないようにするために、”(全方向に)回転する炎の剣”をもって楽園をガードする者として登場する。(創世記3:24)

その次に出て来るのは、出エジプト記である。
イスラエル民族が主から与えられた最も聖なる「契約の箱」を、その翼で覆う者として「ケルビム」を造るよう、主はモーセに命じられた。
また、契約の箱が安置された聖所の幕屋の、最も内側は、ケルビムが織り込まれた幕によって覆われていた。
『その所でわたしはあなたに会い、贖罪所の上から、あかしの箱の上にある二つのケルビムの間から、イスラエルの人々のために、わたしが命じようとするもろもろの事を、あなたに語るであろう。』(出エジプト記25:22)

主は、ケルビムの間から命じ、語られると言われた。
この、ケルビムに覆われたあかしの箱は、いわば、主の命令が発せられる「御座」のようである。
実際、主は「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神」と表現され(詩篇80:1、99:1、イザヤ37:16)、また、ケルブ(ケルビムの単数形)は、主の乗り物としての役割もあるようである。(詩篇18:10)
以上の事から、ケルビムは、常に主のすぐそばに常に侍り、聖と俗とを区切る者として、聖なる所を守る者として、また、主を運ぶ者としての共通点がある。

ケルビムは、創世記では回転する炎の剣を持っており、エゼキエル書でも、車輪と呼ばれる輪の間に火を持っていた。(エゼキエル10:6)
しかし、黙示録に登場する彼らには、それは無い。
ヨハネが見ている「天」は、もはや「楽園(パラダイス)の中」であるため、回転する炎の剣も必要ないのであろう。

エゼキエルとヨハネは、それぞれ、立ち位置も視点も、主から託された働きも違う。
エゼキエルの場合、「彼に霊が入った」のだが、ヨハネの場合、「彼が霊の中に入れられた」のだ。(エゼキエル2:1-2、黙示録4:1)
エゼキエルは、地上からはるか上方を見上げて幻を見ていたのに対し、ヨハネは天に「上って」、天そのものから、これらの幻を見せられている。
エゼキエルは「御座のようなもの」と表現したが、ヨハネは、はっきり「御座」と言った。
エゼキエルは、反逆の家にさばきを伝えるために、これらを見せられたのに対し、ヨハネは、天上の隠されていた事、神がこれからご計画しておられる事を、公に示すために、これらの事を見せられ、それを書き記すように命じられた。
だからヨハネは、今までの預言者には無かったような経験をしており、彼は天をはっきり見せられているのである。

黙示録においては、その生き物は主の御座のすぐ近くで、絶え間なく主を誉め讃えている。
『この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」』(黙示録4:8)
彼らの賛美の内容は、客観的な主のご性質そのものを叫んで賛美している。
それに対し長老たちは、より人間味ある、気持ちが篭められた賛美を捧げている。

『二十四人の長老は、御座にいますかたのみまえにひれ伏し、世々限りなく生きておられるかたを拝み、彼らの冠を御座のまえに、投げ出して言った、「われらの主なる神よ、あなたこそは、栄光とほまれと力とを受けるにふさわしいかた。あなたは万物を造られました。御旨によって、万物は存在し、また造られたのであります」。』(黙示録4:9-11)
長老たちは「平伏す」「自分の冠を御座の前に投げ出す」という行為と共に、「われらの主なる神」と、自分と主との関係を明白にして、気持ちを込めて主をほめ讃えている。

天上で生息しているものは、全て「賛美」する。人も、生き物も、御使も。
ダビデはイエス・キリストの雛形であるが、彼は命じている。
「息のあるすべてのものに主をほめたたえさせよ。」(詩篇150:6)
「主が造られたすべての物よ、そのまつりごとの下にあるすべての所で、主をほめよ。わがたましいよ、主をほめよ。」(詩篇103:21)
特に、詩篇148篇では、人や生き物のみならず、天使も、日も、月も、星も、天も、天上の水も、その他、ありとあらゆるものに対して「主をほめたたえよ」と命じている。

全て造られたものは、本来、主をほめたたえるものであるはずが、人間の罪の結果、虚無に服してしまった。それで被造物は、うめきつつ、神の子のあらわれを待っている。(ローマ8章)
私達、キリストにあって贖われた聖徒は、神の子であり、神に賛美と栄光を捧げる者である。
全被造物は、そのあらわれを待っていたのだ。

賛美は、聖徒達の口にふさわしい。大いに主をほめたたえて「天の前味わい」をし、地上において神の子としての使命を全うする皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

イエス様から癒やしを引き出せる人と、引き出せない”その他大勢”との違い(マルコ5:25-34)
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信仰が完成される時とは(創世記22:1-19)
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公開された天国 - 天上公開メッセージ(黙示録4:1-5)
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前章までは、アジアにある7つの教会のメッセンジャーに対し、それぞれへの賞賛や叱責、勧めなどが送られたが、この章から、新たな展開となる。
4−5章では、天という所はどのような所で、誰が存在し、何が為されているのかが記されている。
ここはいわば、「天上公開メッセージ」である。

『その後、わたしが見ていると、見よ、開いた門が天にあった。そして、さきにラッパのような声でわたしに呼びかけるのを聞いた初めの声が、「ここに上ってきなさい。そうしたら、これから後に起るべきことを、見せてあげよう」と言った。』(黙示録4:1)
ヨハネは、開いた天の門を見せられ、「上って来なさい」と主から招かれた。
この「開いた(アノイゴー)」は、完了形受動態が使われており、すなわち、それまで開かれていなかった所が開かれ、それまでは未公開だった事が初めて公開された、という事である。

その後、黙示録では、天の情景が次々と公開されて行くが、天がここまでおおっぴらに公開された記事は、旧新約聖書を通しも、かつて無かった。
まさに、天の「すっぱ抜き(ラテン語:revelatio、英語:Revelation)」である。
天が全ての人に公開されたからには、天国は、もはや秘密の国ではない。

『すると、たちまち、わたしは御霊に感じた。見よ、御座が天に設けられており、その御座にいますかたがあった。』(黙示録4:2)
ここで、「(御霊に)感じた」と訳された言葉は、ギリシア語で「エゲノメーン(ギノーマイの直接法アオリスト形)」、すなわち「生成する、(今まで無かった所に)生じる」の意味であり、直訳的には「霊の中に生じた」である。
ヨハネは「上って来なさい」とは言われたものの、自分の足で上って行ったのではなく、かの声に呼びかけられた次の瞬間、霊の中にあって、見せられている幻の中に”いた”のだ。

『その座にいますかたは、碧玉や赤めのうのように見え、また、御座のまわりには、緑玉のように見えるにじが現れていた。』(黙示録4:3)
御座は、全能なる神が、全宇宙を統治する場であり、世の全ての事共をさばき、摂理する所である。
この「御座(スロノス)」という語は、新約聖書全部で61回登場するが、その内、46回は黙示録で登場する、「天」という場において、とても重要な語である。

主の座される所には、宝石のような輝きがある。
『また、モーセに言われた、「あなたはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共に、主のもとにのぼってきなさい。そしてあなたがたは遠く離れて礼拝しなさい。ただモーセひとりが主に近づき、他の者は近づいてはならない。また、民も彼と共にのぼってはならない」。』(出エジプト記24:1-2)
出エジプトの時代は、ただモーセだけが、主のもとに登って行く事が許された。
しかし、モーセが主の元にのぼって行き、主から告げられた言葉を伝え、そして犠牲の血を彼らに注ぎかけたところ、彼らも主の元にのぼって行く事ができた。(同3-9節)

『そして、彼らがイスラエルの神を見ると、その足の下にはサファイアの敷石のごとき物があり、澄み渡るおおぞらのようであった。神はイスラエルの人々の指導者たちを手にかけられなかったので、彼らは神を見て、飲み食いした。』(出エジプト記24:10-11)
主の足もとには、サファイアの敷石のごときものがあったのは、エゼキエル書1章や、黙示録の記述に似ている。
主の、その宝石の輝きのような栄光は、そのあまりに「聖なる」様に恐れをなすものであるが、主の御前出た長老七十人は、大丈夫だった。
しかも、神を見て飲み食いしたというのだ。なぜか。それは、「血の注ぎかけ」を受けていたからである。
私達も、神と人との唯一の執り成し手であられるイエス様が、その血を携えて御父の元に登り、犠牲となって下さった事によって、大胆に恵みの御座に近づく事が出来、天の食卓において飲み食いする事が許されるのだ。

『また、御座のまわりには二十四の座があって、二十四人の長老が白い衣を身にまとい、頭に金の冠をかぶって、それらの座についていた。御座からは、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴とが、発していた。また、七つのともし火が、御座の前で燃えていた。これらは、神の七つの霊である。』(出エジプト記4:4-5)
この二十四人の長老は、誰であるのか。
21章において、新しいエルサレムを取り囲む城壁の12の門には、イスラエル十二部族の名前が書いてあり、12の土台石には小羊の十二使徒の十二の名が書いてあるため、主の御座を囲んでいるこの二十四人は、彼らであろう。

黙示録(啓示録)においては、天が次々と開かれていく。
私達はそれを、自分とは関係のない空想話を解釈しようとするかのようではなく、将来、私達が実際に入る新居を楽しみながら見るように読んでいきたい。

エペソ人への手紙 講解説教メッセージ
権威に従う事の祝福、従わない事の呪い(エペソ6:1-9)
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イザヤ書 講解説教メッセージ
主に依り頼もうという決心をくじく者(イザヤ36:4-12)
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今すぐ主の霊が注がれ主の言葉が知らされるには(箴言1:20-23)
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