メッセージ - 201303のエントリ

完璧なるキリストの復活(マタイ27:62-28:10)
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本日はイースター、イエス様の復活を記念する日である。
イエス様はひとたび、十字架上で、完全に死なれた。ヨハネやマリヤの目の前で、兵士や百人隊長、その他多くの人達の目の前で、息を引き取り、槍で突かれても、血と水が流れ、全く動かなかった。
イエス様を十字架から降ろしたアリマタヤのヨセフとニコデモは、死後硬直して冷たくなりつつあるイエス様の体に、苦心して没薬とアロエとを共に亜麻布で巻きつけ、ヨセフが用意した墓へと葬り、番兵が封印した。
イエス様の死という「敗北」に、祭司長や律法学者達は勝ち誇ったが、イエス様は三日目に復活する、との言葉を思い出し、弟子たちが遺体を盗まぬよう手配さえしたが、その弟子達は、皆、イエス様がよみがえるなど、つゆ思っておらず、絶望し、恐れ、隠れた。それ程、イエス様は完璧に「死に尽くした」のである。

しかし、イエス様のあらゆる敵にとって「残念」な事に、イエス様は、完全に復活されたのだ。
封印は圧倒的な力で破られ、墓の入口を塞いていた大きな石は、脇に転がされ、墓を見張っていた番兵たちは、御使いを見て死人のようになり、女たちがイエス様の遺体に香油を塗ろうとして墓に行った時、墓の中にはイエス様の遺体は無く、ただ体を巻いていた布が巻かれたままに置き去りにされていた。
番兵達は祭司長たちに報告したが、祭司長たちは、なぜか、「そんなばかな事があるか」と一蹴する事も、失われた遺体を捜索する事も一切せず、番兵たちに金を掴ませ、偽りの情報を流させた。
しかし! 女たちはすぐにイエス様に出会い、「おはよう。」と声をかけられた。イエス様は弟子たちに現れ、信じられない様子の彼らに、よく見させ、触らせ、釘跡に指を入れさせ、彼らの面前で魚を召し上がった。
その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われ、迫害者サウロにも現れパウロへと造り変えた。

復活は、私達キリスト者にとって最重要事項であり、もし私達に復活が無いとしたら、キリストの復活も無かったはずで、宣教も、実質の無いものとなってしまう(1コリント15:12-19)。
マホメットや仏陀は死に、墓は聖地として奉り上げられているが、キリストの墓は無い。生きているからだ。
イエス様は実際よみがえられ、その、莫大なる復活の力を体験した人達は、実際に大勢いる。
彼らは元々、ユダヤ教のナザレ派という弱小集団で、漁師や取税人、遊女といった、社会的弱者から構成される、お金も知恵も力も、まとまりも無い、ただの要領の悪い小さな集団だったが、見事な統率と武力で世界を席巻した、あの、ローマ帝国を凌駕し、後には、帝国そのものがキリスト教国になってしまったのだ。
そしてイエスキリストを信じる人には、イエスの名によって病が癒され、問題は解決され、イエスを信じた家族や国はますます栄え、勝利し、イエスの名をおとしめる者達は、災いに満ちた終わり方をしている。
十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力である。

イエス様は今まさに生きておられ、その復活の命は、何者にも押し留められるものでは無い。イエスの敵は、協議と権力と金と偽りとで、いのちを押し潰そうとするかもしれないが、春に萌え出る草や花を、人が留められないように、復活のいのちの広がりは、サタンも人も、死も、もみ消そうとして消せるものではない。
『朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」』(1コリント15:54-55)

キリストはなぜ、復活の後、あの圧倒的な御力をもって公に見える形で現れず、信じる者たちに、ごく内密にしか現れないのだろうか。それは、神の御心により、信じる者達の宣教のことばの愚かさを通し、信じる者達を救おうと定められたからである。(1コリント1:21)
神は何ゆえか、この土の器に過ぎぬ私達を通して、全被造物の救いという宇宙的事業の一端を担わせられ、この救いの言葉、十字架の福音を全世界に宣べ伝える事を、私達に委ねられたのである。
そして、やがては天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物が「御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。」と言って、ほふられた小羊キリストに栄光を捧げるようになるのである。

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
礼拝説教 十字架(マタイ27:38-54):右クリックで保存
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礼拝説教メッセージ音声:金銀の捧げ物(出エジプト記38:21-31):右クリックで保存

今回の箇所では、幕屋の祭具を制作する全ての奉仕をベツァルエルが成した事の報告で、用いられた金や銀、青銅の総分量が記録されている。

『ユダの部族に属するホルの子なるウリの子ベザレル(ベツァルエル)は、主がモーセに命じられた事をことごとくした。』(出エジプト記38:22)
彼は、主がモーセに命じられた事の、それ以上も、以下も、しなかった。
主から示された幕屋の庭は、とても質素な仕様だったが、それではあまりに質素過ぎてイスラエルの主の栄光にそぐわないだろう、などと、勝手に庭に築山を築いたり、鹿おどしを配置したり、といった、余計なものは造らなかった。
主が命じられた事が、あまりに拍子抜けだったりすると、人は何かとそれに手を加えたがるものだが、主に尊く用いられる人は、主が命じられた以上も、以下も、しないものである。

『聖所のもろもろの工作に用いたすべての金、すなわち、ささげ物なる金は聖所のシケルで、二十九タラント七百三十シケルであった。』(出エジプト記38:24)
聖徒達全体から、喜んで進んで捧げられた金の総重量は、およそ一トン。これだけの分量が、民の内から捧げられた。

ここで不思議なのは、民は自ら進んで、任意に捧げたのに、後になって計ってみれば、神の宮の用が足りる分に正確に足りていた、という事である。
普通なら、設計する段階で、これだけの物を制作するなら金はどれだけの分量が必要であるかを見積もり、計算し、イスラエルの人口ひとりに対して、いくらいくらの金を徴収する必要がある、などと、国家事業であるなら、そのような計画を立てる所だが、この神の国の奉仕には、そのような計算は一切無く、実際に必要を十分満たすだけの捧げ物が捧げられたのだ。

この金や貴金属類、宝石類は、元々は民のものであり、それらの元々は、エジプトから分捕ったものである。
世の全てのもの、および、全ての人々は、元々は主のものであるのに、サタンは不法にそれらを占拠し、我が物としてしまっている。それ故、私達神の民は、サタンの元から囚われたたましいを分捕り返し、サタンの不法占拠状態の富も分捕り返し、それらを携え、神の国へと凱旋する者達である。

『会衆のうちの数えられた者のささげた銀は聖所のシケルで、百タラント千七百七十五シケルであった。これはひとり当り一ベカ、すなわち聖所のシケルの半シケル(5.7グラム)であって、すべて二十歳以上で数えられた者が六十万三千五百五十人であったからである。』(出エジプト記38:25-26)

金や青銅は、民が自ら進んで捧げる捧げ物であったが、銀に関しては、自由に自ら進んで捧げる捧げ物の他、イスラエルの成人男性全てから、ひとりあたま半シェケルを強制的に徴収している。
それは、彼らの命のあがないのためであり、幕屋の用に当てられ、イスラエルの人々の記念となるためである。(出エジプト記30:12-16)

彼らの大部分は、不信仰の故に荒野で滅ぼされてしまったが、彼らが主に対して、どのような心持ちであったとしても、一人あたま5.7グラムの銀を捧げたその捧げものが、代々、幕屋の聖所の土台として使われ続けたわけである。
いかなる心であったとしても、神の国のために捧げる事は、永遠の務めに参加する事である。

この、一人あたま銀半シェケル、という税額は、イエス様の時代も続いていた。
『宮の納入金を集める人たちがペテロのところにきて言った、「あなたがたの先生は宮の納入金を納めないのか」。ペテロは「納めておられます」と言った。そして彼が家にはいると、イエスから先に話しかけて言われた、「シモン、あなたはどう思うか。この世の王たちは税や貢をだれから取るのか。自分の子からか、それとも、ほかの人たちからか」。ペテロが「ほかの人たちからです」と答えると、イエスは言われた、「それでは、子は納めなくてもよいわけである。
しかし、彼らをつまずかせないために、海に行って、つり針をたれなさい。そして最初につれた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう。それをとり出して、わたしとあなたのために納めなさい」。』(マタイ17:24-27)

イエス様は神の子であり、神の宮の主である。
それ故、天の王子であるイエス様も、そして私達も、本来、税を徴収されるように神の宮に払う事はしなくて良いはずであるが、しかし、彼等につまづきを与えない為にと、主はその銀を、魚の口に備えてくださり、「わたしとあなたのために」納めなさい、と指示して下さるのだ。

礼拝説教メッセージ音声:自分の飾りを脱ぎ捨てて(出エジプト記38:1-20):右クリックで保存

今回の箇所は、主が27章にて幕屋の庭の敷地内にて用いられる祭具を造るよう命令された、その内容とほぼ一致している。
27章では「**としなければならない」という命令だったのに対し、ここ38章では、「**とした」と、主が命じられた通りに実行した事が、書かれてある。
この、幕屋の外庭にて用いられる特別な祭具も、主から特別に知恵が注がれた人・ベツァルエルの手を通して造られた。

『また庭を造った。その南側のために百キュビトの亜麻の撚糸の庭のあげばりを設けた。』(出エジプト記38:9)
「庭と造った」と言っても、庭園のようなものではなく、単に、庭の敷地を幕で区切っただけの質素なものである。

『またアカシヤ材で燔祭の祭壇を造った。長さ五キュビト、幅五キュビトの四角で、高さは三キュビトである。』(出エジプト記38:1)
祭壇は、民がこの幕屋の庭に入って最初に面する所で、民はそこで、焼き尽くすいけにえを、祭司を通して主に捧げる。
人はまず、自我が焼き尽くされ煙とならなければ、主の聖なる領域へは入れない。

『また洗盤と、その台を青銅で造った。すなわち会見の幕屋の入口で務をなす女たちの鏡をもって造った。』(出エジプト記38:8)
青銅の洗盤は、祭司が務めを為す前に、その身を水で清めるために用いるが、これは幕屋の入口で仕える女たちの鏡をもって造られた、というのは興味深い。

鏡は、女たちが自分を写し出し、自分を美しく整えるための道具だが、彼女たちはそれを主に捧げ、祭司の身を整えるためのものとしたのだ。
幕屋の入り口で仕える彼女たちは、鏡を捧げた事で、もう自分の身繕いが出来なくなって、外見を美しく飾れないのでは、と思うだろうか。
しかし、彼女たちこそ、鏡を捧げなかった誰よりも、主の御前で尊く美しいのだ。
『あなたがたは、髪を編み、金の飾りをつけ、服装をととのえるような外面の飾りではなく、かくれた内なる人、柔和で、しとやかな霊という朽ちることのない飾りを、身につけるべきである。これこそ、神のみまえに、きわめて尊いものである。』(1ペテロ3:3-4)

女性達に限らず、私達も、自分の外見や見栄を飾るものではなく、柔和でしとやかな霊という、決して朽ちることのない内面を飾りとし、主の御前に美しく整えられ、主の御そば近くで仕えるものでありたい。
主の宮にある祭壇や燭台、香壇や契約の箱などの尊い祭具は、人々のアクセサリーや布製品、女性の使う鏡など、全て人々の捧げ物によって造り出され、それが何世代にも渡って主の御用を成したのである。
私達も、自分の何かを主に捧げるのであれば、それは主の御前で永遠に残る記念となるのである。

礼拝説教メッセージ音声:尊い事に用いられる奉仕者(出エジプト記37:1-29):右クリックで保存

今回の箇所は、聖所や至聖所にて用いられる祭具を造るよう25章にて命令された内容とほぼ一致しており、25章では「**としなければならない」という命令だったのが、ここ37章では、「**とした」と、主が命じられた通りに実行した事が書かれてある。
前章の幕屋の幕や土台などは、主が知恵を授けられた、心に知恵のある者たちが造ったが、この、聖所や至聖所に安置される特別な祭具は、特別に知恵が注がれた人・ベツァルエルが直接造った。

契約の箱など祭具の内で最も聖なるものが、ベツァルエルという人によって造られた、というのは、クリスチャンの中では、あまり知られていないかもしれない。
そうした聖なるものは、人の手によるもの、というより、神の手によって造られた感じがするからだ。
実際、それを造られたのは神である。
確かにベツァルエルの手によって造られたが、それをデザインし、人の頭にイメージさせ、それを造るための手のわざをも与えられたのは、神であり、それを聖なるものとされたのも、神であるからだ。
それ故、神の国のわざを為す時は、ベツァルエルなど個人の栄光ではなく、神の栄光となるものである。

いつまでも残る永遠のわざ。それは、イエスキリストにあって為すわざである。
ベツァルエルは特別なことに用いられたように、聖徒達の中にも、ある人は尊いことに用いられ、別の人はそうでない事が、確かにある。

『大きな家には、金や銀の器ばかりではなく、木や土の器もあり、そして、あるものは尊いことに用いられ、あるものは卑しいことに用いられる。もし人が卑しいものを取り去って自分をきよめるなら、彼は尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる。』(2テモテ2:20)

私達も主にあって良い事に用いられたいのであるなら、自ら内から卑しいものを取り除き、きよめられた器となるべきである。
特に私達の内から取り除くべきは、俗悪なむだ話であるとパウロはこの箇所で言っている。

『あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない錬達した働き人になって、神に自分をささげるように努めはげみなさい。俗悪なむだ話を避けなさい。それによって人々は、ますます不信心に落ちていき、彼らの言葉は、がんのように腐れひろがるであろう。その中にはヒメナオとピレトとがいる。彼らは真理からはずれ、復活はすでに済んでしまったと言い、そして、ある人々の信仰をくつがえしている。
しかし、神のゆるがない土台はすえられていて、それに次の句が証印として、しるされている。「主は自分の者たちを知る」。また「主の名を呼ぶ者は、すべて不義から離れよ」。』(2テモテ2:15-19)

ここで言われているとおり、真理の御言葉を正しく教え、恥じるところのない錬達した働き人となって、自分を神にささげるのであれば、私達も尊い事に用いられる器とされ、さらに主にあって有用な者へと造り変えられて行くのである。。
口から俗悪な無駄話を取り除き、むしろ口からは真理の御言葉を正しく語り、ますます尊い事に用いられる器となっていく皆さんでありますように!
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
ゲツセマネ(マタイ26:36-54):右クリックで保存

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
主のさばきに委ねよ(ユダの手紙14-16):右クリックで保存

本日は早天礼拝の後、静岡富士の教会を助けるために、天声の何名かと一緒に内装仕事をしに行きました。

今もまだ、改装中の礼拝堂の中にいて、そこでこの配信をしています。 最初来た時は、やらなければならない事が多すぎて、それに少し圧倒されてしまいましたが、主は、今日のメッセージのように、私達に知恵と匠の技を与えて下さり、素人だけとはとても思えない、ものすごいパフォーマンスを出す事が出来ました。

今日だけでも、工事費の何十万かは浮かす事が出来たとおもいます。

主は本当に、いのちの助けをする働き人達を愛し、そのわざを喜んで下さり、祝福でもって返して下さるお方です。

礼拝説教メッセージ音声:主が与えられる匠の技(出エジプト記36:8-38):右クリックで保存

今回の箇所は、内容的には26章の幕屋建造命令とほぼ一致している。
ただ、26章では「**としなければならない」という命令だったのに対し、ここ36章では、「**とした」と、主が命じられた通り一つ一つを実施した事が書かれてある。

私達は、26章のような設計書的な、仕様書的な文書を示されても、あまりピンと来ない。
たとえば、『あなたはまた十枚の幕をもって幕屋を造らなければならない。すなわち亜麻の撚糸、青糸、紫糸、緋糸で幕を作り、巧みなわざをもって、それにケルビムを織り出さなければならない。』(出エジプト記26:1)と言われても、ケルビムなど見たことは無いし、単に人のような形をうっすら表現すれば良いのか、それとも誰かをモデルにして表情まで細かに表現すべきか等、もう少し具体的に図解して頂かないと、一つも作業が進められない、と思うものだが、しかしこの工匠たちは、それだけで理解し、主からの知恵とイメージが与えられ、御心の通りに実際に造ったのだ。

主から示しが与えられるとは、そのような事である。
ある人達にとっては、さっぱりイメージが沸かない事でも、主が名指しされた働き人には、ありありとイメージが浮かび、しかも、喜びとやりがいを持って、その通りに実行するものである。
それは意匠に限らず、聖書のメッセージや賛美リード、集会の導きなど、主の導きに忠実に従ってリードする人は、人間業ではあり得ないような、素晴らしい働きを、やりがいと喜びを持って為すのだ。
それは人間の働きではなく、主の働きだからである。

主は、ある人にはこの賜物、ある人には別の賜物を与えられ、それぞれは違った働きをしていくが、それらを与えられたのは、同じ主であり、同じキリストのからだを建て上げるために、それぞれ与えられたのである。(エペソ4:11-16)
主の導きは、時に、人の思いを遥かに超えて、思いもよらぬ方向に導く事があるが、そのような時、主は必ず、どのようにすれば良いのかを教えて下さる。
『あなたがたは聖なる者に油を注がれているので、あなたがたすべてが、そのことを知っている。・・・あなたがたのうちには、キリストからいただいた油がとどまっているので、だれにも教えてもらう必要はない。この油が、すべてのことをあなたがたに教える。それはまことであって、偽りではないから、その油が教えたように、あなたがたは彼のうちにとどまっていなさい。』(1ヨハネ 2:20,27)

ここで言われている油はクリスマ、注ぐ油ではなく軟膏のような塗り油である。
この、私達に留まっている聖霊の油が、私達に全ての事を教えて下さるのである。

普通の人には、さっぱりイメージが沸かない事を、主は「せよ」と言われる事があったとしても、主がそう言われたからには、必ず、必要な資材も、資金も、職人も、知恵も、力も、全て備えて下さるのだ。

礼拝説教メッセージ音声:神の国の奉仕者(出エジプト記35:30-36:7):右クリックで保存

『モーセはイスラエルの人々に言った、「見よ、主はユダの部族に属するホルの子なるウリの子ベザレルを名ざして召し、彼に神の霊を満たして、知恵と悟りと知識と諸種の工作に長ぜしめ、工夫を凝らして金、銀、青銅の細工をさせ、また宝石を切りはめ、木を彫刻するなど、諸種の工作をさせ、また人を教えうる力を、彼の心に授けられた。彼とダンの部族に属するアヒサマクの子アホリアブとが、それである。』(出エジプト記35:30-34)

神はこの二人に、匠の技と知恵、人を教える力とを授けられた。
それは、神を礼拝する聖なる建物「幕屋」を建て上げ、礼拝に必要な祭具を造るためである。

現代、神が一人ひとりに異なった賜物(神から与えられた特別な才能)を与えられる理由は、聖なる神の建物、すなわち、教会というキリストのからだを建て上げるためである。
『わたしは、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりびとりに言う。思うべき限度を越えて思いあがることなく、むしろ、神が各自に分け与えられた信仰の量りにしたがって、慎み深く思うべきである。なぜなら、一つのからだにたくさんの肢体があるが、それらの肢体がみな同じ働きをしてはいないように、わたしたちも数は多いが、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。』(2コリント12:3-5)
それ故、ことさら人をある分野に長じさせ賜物を与えられるのは、その人を活躍させたり有名にさせたり気持よくさせるためではなく、キリストのからだを建て上げるためである。

例えば、世のミュージシャンは、いかに自分に注目が集めるか、いかにステージで目立つ所に長くいられるか、いかに自分が活躍して有名になるかを目指すもので、ステージの中央から外されたり、他の人が活躍したりし出すと、傷ついたり、怒ったりする。それは、自分の栄光のために行なっているからだ。

しかし、神を褒め讃える賛美の奉仕者は、そうであってはならない。なぜなら、賛美の奉仕は本来、主イエスの栄光のために行うものであるからだ。
自分がステージの中央にいようがいまいが関係無く、ただ主の御名が高められる事を喜ぶものであり、むしろ、主よりも自分に注目が集まったり、主の御名よりも自分の名が高められたりしたら、嫌がるのが、本来の神の国の奉仕者だからだ。(使徒14:8-15、黙示録22:9)

神の国の奉仕者がおごり高ぶり、神に栄光を捧げる事をやめて自分に栄光を捧げるようであれば、そこから引きずり降ろされ、泣いて歯ぎしりする事になる。
サタンは元々、神を褒め讃える音楽奉仕者だったが、自分が高ぶろうとし、ステージの中央に陣取って栄光を受けようとしたために、投げ落とされてしまった。(エゼキエル28:12-19、イザヤ14:12-15)
人々の注目を集めるタイプの奉仕者はことさら、サタンの道に陥らぬよう気をつけるべきである。

イスラエルの民は捧げたいという思いが突き動かされ、神の国の用に有り余るほどの捧げ物を喜んで持ってきたため、モーセをして「もう持って来なくても良い」と言わしめるほどだった。(出エジプト記36:3-7)
神の国の奉仕者は、「自分のため」という概念が無い。自分が何かを得る事ではなく、キリストのからだ全体が栄える事を喜びとするからであり、そして主は、そのように心から進んで捧げる人には、さらに豊かな恵みを与え、満ち足らせ、さらに全ての良きわざにおいて、富ませて下さるお方である。(2コリント9:8-9)
そうして捧げる事の喜びに味をしめた人は、ますます豊かにされ、ますます喜んで捧げるようになって行くのである。

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