メッセージ - 201210のエントリ

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
建て直しを邪魔する者への対処(ネヘミヤ記2-3章):右クリックで保存

礼拝説教メッセージ音声:イスラエルの子達への預言3(創世記49:22-27):右クリックで保存

前回同様、イスラエルの子達への預言が続き、今日はラケルの二人の子達への預言である。

『ヨセフは実を結ぶ若木、/泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は、かきねを越えるであろう。』(創世記49:22)
ヨセフの結んだ実は、実際に垣根を越えて広がる枝のように、イスラエルの子達家族全てを養い、それだけでなく、神を知らない異国の多くのいのちをも救った。

祝福されたヨセフは攻撃も受けたが、それでも神は守られた。
『射る者は彼を激しく攻め、/彼を射、彼をいたく悩ました。しかし彼の弓はなお強く、/彼の腕は素早い。これはヤコブの全能者の手により、/イスラエルの岩なる牧者の名により』(創世記49:23)
ヨセフは、兄弟達の悪意に対して悪を返すことをせず、ポティファルの妻に陥れられ牢に入れられても、その先々で権威に忠実に従うスタンスを捨てたりしなかった。
彼はいつでも「神は」が口ぐせで、どんな事があっても自分の手柄にはしなかった。

そのヨセフの性質の故に、神が彼を守り、彼の敵に神が弓を射返し(詩篇64篇)、流れのほとりに植えられた木のように、時が来た時には垣根を越えて広がる程の、豊かな実を結ばせるに至ったのだ。
私達も、イスラエルの岩なる牧者・イエスキリストに拠り頼む事によって、あらゆる悪から守られる。
まさしく詩篇1篇にある通りである。
『悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。このような人は流れのほとりに植えられた木の/時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。』

『あなたを助ける父の神により、/また上なる天の祝福、/下に横たわる淵の祝福、/乳ぶさと胎の祝福をもって、/あなたを恵まれる全能者による。あなたの父の祝福は、私の親たちの祝福にまさり、永遠の丘のきわみにまで及ぶ。これらがヨセフのかしらの上にあり、その兄弟たちから選び出された者の頭上にあるように。』(創世記49:25-26)
ここでヤコブはヨセフに「あなたの父の祝福は、私の親たちの祝福にまさり」と、言葉上はアブラハムやイサクに勝る祝福を与えているわけだが、ヨセフの子達が果たしてその通りの祝福を実際受けたかというと、そうでもない。
その人が実際に祝福されるかどうかは結局、祝福を父から受けた後、その人がどのような信仰で歩み、どのような行いを積み重ねて行くかにかかっているからだ。

さて、末っ子のベニヤミンである。
『ベニヤミンはかき裂くおおかみ、/朝にその獲物を食らい、/夕にその分捕物を分けるであろう」。』(創世記49:27)
ベニヤミンは戦いにおいて非常に強くなる祝福が与えており、実際にそうだった。
どれほど強かったかというと、士師記の時代、イスラエル他の11部族を相手に戦って、2度も勝利する程だった。(士師記20章)

なぜイスラエル部族同士が喧嘩するようになってしまったのか。
それは、ベニヤミン族は自分達の中にソドムと全く同じ罪を犯す邪悪な者達がいたのに(士師19章)、その者達を罰して悪を除き去るどころか、逆に自分達の強さに驕り高ぶり、その者達を守るためにイスラエル全体を相手取って戦ったからだ。(士師20:13-14)

士師記の時代のイスラエルは、御言葉に従わず、めいめいが自分の目に正しいと見える事を行っていたが、そのためにこの時代は祝福を受けず、他国から侵略され分捕られる事の多い、非常に殺伐とした時代だった。
自分の目に正しいと見える事を行う事、それは諸悪の根源である。

結局、自らの力に驕り高ぶって、自分達の怒りや欲望の赴くままを行なっていたベニヤミン族は、女子供は全て殺されてしまい、民数記の時代は男子45,600人を誇っていた一族も、たったの600人のみとなってしまった。
「民はベニヤミンのことで悔やんでいた。主がイスラエルの部族の間を裂かれたからである。」(士師記21:15)
ベニヤミンは、自分の牙に頼った結果、自分自身を裂き、兄弟達をも深く切り裂いてしまったのであった。
いただいた祝福は祝福として、神のために、兄弟姉妹のために用いるべきであって、決して自らの心の赴くままに驕り高ぶってはならないのだ。

ヤコブはこの章で、ある兄弟を祝福し、ある兄弟を呪い、ある兄弟を叱責したが、必ずしも父が願った人が祝福されたり呪われたり、とは限らない。
結局のところ、祝福を実際的にその人のものとできるかどうかは、その人がどのような信仰で歩み、どのような行いを積み重ねて行くかにかかっているのだ。

礼拝説教メッセージ音声:イスラエルの子達への預言2(創世記49:13-21):右クリックで保存

前回に続き、イスラエルの子達への預言の箇所である。

「ゼブルンは海べに住み、/舟の泊まる港となって、/その境はシドンに及ぶであろう。」(創世記49:13)
ゼブルン族は、海に近い所に相続地を得た。
ゼブルン族の中には、この祝福の通りに、海洋貿易で富を得た人はいたのかもしれないが、結局その領地は、海にもシドンにも、至らずじまいだった。(ヨシュア記19章)
モーセは後の時代に次のように祝福している。
『ゼブルンについては言った、/「ゼブルンよ、あなたは外に出て楽しみを得よ。イッサカルよ、あなたは天幕にいて楽しみを得よ。』(申命記33:18)
キリスト者の中にも、世に出て行って商いをし、富を得、教会に富をもたらす賜物を持った兄弟姉妹がいるのと同じである。

「イッサカルはたくましいろば、/彼は羊のおりの間に伏している。」(創世記49:14)
イッサカル部族は豊かな土地の相続地を得たが、なまけて安逸をむさぼった。
「彼は定住の地を見て良しとし、/その国を見て楽しとした。彼はその肩を下げてにない、/奴隷となって追い使われる。」(同15節)
この言葉の通り、後にはカナン人やアッシリアなど他国に税金を収めたり、ろばのように苦役を課せられる事になってしまった。
キリスト者の中にも、富を得て油断し、信仰になまけ癖がついてしまい、安逸をむさぼった結果、敵に蹂躙され、奴隷としてこきつかわれてしまう者もいる。

祝福を受けたからと言ってなまけ者になってはならない。怠けてしまうと、すぐに以下の箴言の御言葉どおりになってしまうからだ。
『わたしはなまけ者の畑のそばと、知恵のない人のぶどう畑のそばを通ってみたが、いばらが一面に生え、あざみがその地面をおおい、その石がきはくずれていた。わたしはこれをみて心をとどめ、これを見て教訓を得た。「しばらく眠り、しばらくまどろみ、手をこまぬいて、またしばらく休む」。それゆえ、貧しさは盗びとのように、あなたに来、乏しさは、つわもののように、あなたに来る。』(箴言24:30-34)

『ダンはおのれの民をさばくであろう、/イスラエルのほかの部族のように。』(創世記49:16)
ダンの名前は「さばく」という意味であり、ヤコブは、さばく人は道に隠れたへびのようだと、たとえている。
『ダンは道のかたわらのへび、/道のほとりのまむし。馬のかかとをかんで、/乗る者をうしろに落すであろう。』(同17節)

「悪魔」のギリシヤ語「ディアボロス」の原意は、元々、中傷する者、けなす者の意味であるが、兄弟姉妹をさばく人は、へびやまむしのようであり、それは悪魔の性質である。
ヤコブは、裁く人について、「主よ、わたしはあなたの救を待ち望む。」(18節)と、主に助けを求めている。

『ガドには略奪者が迫る。しかし彼はかえって敵のかかとに迫るであろう。』(同19節)
ガド部族は戦いに強い部族で、エリコを攻略する前にヨルダン川の東に相続地を先に得たが、ガドの勇士達は民の先頭に立ってカナンを侵略した。(民数記32章、申命記33:20)
兄弟姉妹の先頭に立って戦い相続を得させる役割が与えられたキリスト者もいるが、ガド部族はそのようである。

『アセルはその食物がゆたかで、/王の美味をいだすであろう。』(創世記49:20)
アシェルの名は幸いという意味である。
神から食料を豊かに提供され、それを兄弟姉妹に、そして王なるキリストに、豊かにごちそう提供する人は、幸いである。
キリストの食物とは、神の御心を行い、それを成し遂げる事である。
『イエスは彼らに言われた、「わたしの食物というのは、わたしをつかわされたかたのみこころを行い、そのみわざをなし遂げることである。』(ヨハネ4:34)

『ナフタリは放たれた雌じか、/彼は美しい子じかを生むであろう。』(創世記49:21)
ここの「美しい子じかを生むであろう」は「美しいことば(歌)を生むであろう」とも訳す事ができる。
ナフタリはガリラヤ湖北の山地に相続地を得、他から解き放たれた雌鹿のように自由であり、士師デボラとバラクはイスラエルに勝利をもたらし、美しい歌を歌った。(士師記4,5章)
主を賛美する事は私達の力であり、勝利をもたらすものである。

このようにヤコブの子らは、色々な役割が与えられバラエティに富んでいた。
同じように、キリスト者にも色々な賜物を与えられた兄弟姉妹が、それぞれ、バラエティに富んだ役割を果たす。
祝福されて怠け者になったり、目を凝らして裁いたりする者にはならず、有用でいのちを増やす働きをする皆さんでありますように!

礼拝説教メッセージ音声:イスラエルの子達への預言(創世記49:1-12):右クリックで保存

ヤコブは自らの死を目前にして、子たちを、すなわち、イスラエル12部族の父祖たちを呼び寄せ、彼らの今後を預言した。
その内容は、今を生きる私達にも関係があり、これこれのタイプの人はその後どうなっていくのかを知る上で、有用な手がかりとなる。
まずは長男のルベンから。

『ルベンよ、あなたはわが長子、/わが勢い、わが力のはじめ、/威光のすぐれた者、権力のすぐれた者。』(創世記49:3)
彼は長男であったが、気まぐれで、中途半端であり、ヨセフやベニヤミンを長男として守ろうとしたものの、最後まで責任を持つ事はせず、途中で放棄してしまった。
「しかし、沸き立つ水のようだから、/もはや、すぐれた者ではあり得ない。あなたは父の床に上って汚した。ああ、あなたはわが寝床に上った。」(4節)

彼は水のように奔放で、父のそばめビルハと寝た(35:22)ため、長子の権利を剥奪されてしまった。
父の寝床に上るような不品行で奔放な者は、呪われてしまう。(申命記27:20、1コリント5:1)
ルベンのように、性的にも感情的にも奔放で、気まぐれで、最後まで責任を負わない者は、一見、得な性格に見えるかもしれないが、他を凌ぐことは有りえない。
たとい長子の座にいたとしても、剥奪されてしまうのだ。

「シメオンとレビとは兄弟。彼らのつるぎは暴虐の武器。」(5節)
この二人はかつて、シェケムの男達を「割礼」をネタにして虐殺し、略奪した。
ヤコブはそんな彼らに厳しい。
「わが魂よ、彼らの会議に臨むな。わが栄えよ、彼らのつどいに連なるな。彼らは怒りに任せて人を殺し、/ほしいままに雄牛の足の筋を切った。」(6節)
彼らのように、怒りに身を任せるような者は、人々がその”つどい”いに連なることはなく(箴言1:15-16)、そして呪われてしまう。
「彼らの怒りは、激しいゆえにのろわれ、/彼らの憤りは、はなはだしいゆえにのろわれる。わたしは彼らをヤコブのうちに分け、イスラエルのうちに散らそう。」(7節)

事実、彼らの部族は後にカナンの中で散らされてしまう。
シメオン族はユダ部族の相続地中で散らされ(ヨシュア19:1,9)、レビ族は祭司の一族として色々な所に分散して住む事となり(ヨシュア21:1-45)、いずれもヤコブの言葉どおりになった。

ユダという名は「ほめたたえる」という意味だが、その名の通り父に褒め称えられている。
「ユダよ、兄弟たちはあなたをほめる。あなたの手は敵のくびを押え、/父の子らはあなたの前に身をかがめるであろう。」(8節)
彼は、長男ルベンが為すべきだった事、すなわち、父が愛した弟を守り、ベニヤミンの保証人として彼が身代わりとなったため、父にたたえられ、祝福された。
その祝福のとおりに、彼の子孫から王家が生まれ、敵は彼の手中へと渡され、兄弟達は彼に膝をかがめられるようになった。

「ユダは、ししの子。わが子よ、あなたは獲物をもって上って来る。彼は雄じしのようにうずくまり、/雌じしのように身を伏せる。だれがこれを起すことができよう。」(9節)
ユダはライオンのように強く、権威があり、その子孫から王族が生まれ、メシヤであるイエスキリストが生まれ、イエスがサタンを筆頭とするこの世のあらゆる悪に、死に対しても勝利し、人には誰も解く事の出来なかった封印を解く事になる。
「見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解くことができる」(黙示録5:5)

「つえはユダを離れず、/立法者のつえはその足の間を離れることなく、/シロの来る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う。」
ユダの杖は、一度は遊女の報酬の抵当のために手放してしまったが、タマルとの一件でしっかりと学び、もはや彼は欲望のためではなく、イスラエル一族を守るために、支配の杖を用いるようになった。
彼の家系から代々の王族が生まれ、後にはシロ(平和、メシヤの意)が現れ、メシヤであるキリストによって永遠の支配が確立される所まで、イスラエルは預言した。

「彼はそのろばの子をぶどうの木につなぎ、/その雌ろばの子を良きぶどうの木につなぐ。」(11節)
イエス様は雌ろばの子の子ろばに乗り、王として、エルサレムに迎えられた。(ゼカリヤ9:9、ヨハネ12:15)
イエス様をお乗せする私達は、まことのぶどうの木であるイエス様につながれるのである。

「彼はその衣服をぶどう酒で洗い、/その着物をぶどうの汁で洗うであろう。」(11節)
主は、ろばの子を用いられる柔和で憐れみに満ちたお方であるが、来るべきさばきの時には、力強く、敵に対しては恐ろしい有様で来られる。(黙示14:17-20)

ユダの性質は、兄弟のために弁護者として立ち、身代わりとなって罪の責を負う、イエスキリストの気高く尊い性質である。
この性質を持つ者は、ほめたたえられ、祝福され、王権と支配が約束される。
私達はルベンでも、シメオンやレビのようでもなく、ユダのようでありたい。

有用な社会人クリスチャン夫婦(1コリント2:1-5)
第一礼拝・礼拝全体音声(韓国語通訳有한국어예배):右クリックで保存
第二礼拝・説教音声:右クリックで保存
週報/メッセージ(説教)概要:右クリックで保存

パウロは、コリントに来る前の伝道地・アテネでは、当時最高の文化人達を相手に、由緒ある評議所アレオパゴスで、すぐれた言葉や知恵を用いて、雄弁に福音を説明しようとしたのに、死者の復活の話になった途端、あざ笑われ、宣教は不毛な結果に終わってしまった。(使徒17:22-34)
これに懲りたパウロは、それ以降、単純に主イエスの十字架と復活の福音を語るようになった。
「兄弟たちよ。わたしもまた、あなたがたの所に行ったとき、神のあかしを宣べ伝えるのに、すぐれた言葉や知恵を用いなかった。なぜなら、わたしはイエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリスト以外のことは、あなたがたの間では何も知るまいと、決心したからである。」(1コリント2:1-2)

アテネを去ったパウロは、コリントへ来た時、イタリヤから来た天幕造りの夫婦・アクラとプリスキラに出会い、パウロも同業者だったため、彼らの家に住み込みで働きつつ、安息日には会堂で福音を伝える働きをした。
コリントは当時のギリシア文化の中心地で、哲学や弁論が盛んで、色々な娯楽もあり、また、退廃的な生活を「コリント風」と呼ぶ程、道徳的に退廃しており、彼らの目と耳は、現代日本のように、非常に肥えていた。
そんな中でなぜ、すぐれた言葉や知恵を用いずに、大勢の人達がイエスを信じ、救いへ導かれたのだろう。
それは、イエスの十字架の言葉こそ、神の御霊と神の御力の現われだからである。(1コリント2:4-5)

アクラとプリスキラは、天幕造りの仕事をしながら、十字架の福音のみで次々と人々を救いへと導いて行くパウロを間近で見、交わり、一緒に働く事によって、有用な社会人クリスチャン夫婦へと成長して行った。
この夫婦は一年半コリントでパウロと寝食を共にし、パウロがシリヤへ出帆した時も、エペソまで同行した。
彼らはこのエペソに留まって生活したが、そこでも彼らは有用な働きをする。(使徒18:24-28)
ある時、アポロという雄弁で聖書に通じた伝道者がエペソに来た。
彼は会堂でイエスのことを正確に語り、教えたのだが、彼はヨハネのバプテスマしか知らなかった。
「それをプリスキラとアクラとが聞いて、彼を招きいれ、さらに詳しく神の道を解き聞かせた。」(使徒18:26)
一介の社会人夫婦が、雄弁で聖書に詳しいフルタイム献身者に、神の道を詳しく解き明かしたのである。
しかも、ここの聖徒達は、アポロが行きたがっていたアカヤの聖徒達に手紙を書く事で彼を手助けし、彼をアカヤへと送り出し、それによって、かの地で信者になっていた人達の、大いなる励ましとなったのだ。

アクラプリスキラ夫婦は、天幕造りという仕事を持っていたため、アポロほど、主のミニストリーに時間を捧げられなかったし、また、アポロほど雄弁でもなく、聖書に通じていた訳でもなかったかもしれない。
それでも、この夫婦が神の道について正しく説き聞かせられ、また、躊躇事無くそれが出来る勇気があったのは、パウロと一緒にコリントにいた一年半の間、すぐれた言葉や知恵、雄弁さなどに依らない、単純な「十字架につけられたキリスト」の福音に、どれほど力があったかを、十分体験していたからである。
「わたしの言葉もわたしの宣教も、巧みな知恵の言葉によらないで、霊と力との証明によったのである。それは、あなたがたの信仰が人の知恵によらないで、神の力によるものとなるためであった。」(1コリ2:4-5)

神の働きは、何も、パウロやアポロといったフルタイム伝道者だけのものではない。
彼らのようなフルタイム献身者が活動出来るのは、背後に多くの「アクラとプリスキラ」がいるからである。
この夫婦のようになるには、十字架の福音が欠かせない。これを抜きにして、雄弁さや知恵深さだけ追求しても、アテネでのように、笑われて終わりである。しかし、十字架につけられたキリストの福音に、ひたされ続けるなら、いかに一社会人夫婦であっても、下手なフルタイム献身者よりも有用な働きをするのである。
現代日本は、色々な意味で当時のコリントに負けず劣らぬが、それだからこそ必要なのは、純粋な福音、すなわち十字架につけられたキリスト、この御方であって、すぐれた言葉や知恵でも、雄弁さでもない。
「私たちは、多くの人のように、神のことばに混ぜ物をして売るようなことはせず、真心から、また神によって、神の御前でキリストにあって語るのです。」(2コリント2:17)
コリントのようなこの国においても、アクラとプリスキラ夫婦のように純粋なキリストの十字架の福音に養われ、神の働きを大いに為す皆さんでありますように!イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
まことのパン(ヨハネ6:25-35):右クリックで保存

礼拝説教メッセージ音声:実際に祝福される者とは(創世記48:8-22):右クリックで保存

『ところで、イスラエルはヨセフの子らを見て言った、「これはだれですか」。ヨセフは父に言った、「神がここでわたしにくださった子どもです」。父は言った、「彼らをわたしの所に連れてきて、わたしに祝福させてください」。』(創世記48:8)
ヨセフとしては、長男マナセに、より大きな祝福を与えたいがため、マナセを父の右手側に連れて来たのだが、父は意外な行動を取った。

『すると、イスラエルは右の手を伸べて弟エフライムの頭に置き、左の手をマナセの頭に置いた。マナセは長子であるが、ことさらそのように手を置いたのである。』(創世記48:14)
なんと父は、わざわざ手を交差させて、長男マナセを左手で祝福し、次男エフライムを右手で祝福した。
右手は力や権力をあらわすため、普通なら長男を右手で祝福するものだが、イスラエルは意図的にそのようにしたのだ。

『そしてヨセフは父に言った、「父よ、そうではありません。こちらが長子です。その頭に右の手を置いてください」。父は拒んで言った、「わかっている。子よ、わたしにはわかっている。彼もまた一つの民となり、また大いなる者となるであろう。しかし弟は彼よりも大いなる者となり、その子孫は多くの国民となるであろう」。』(創世記48:18)

イスラエルの父・イサクも、老齢で目がかすんだ時、彼が愛した子エサウを祝福しようとしたが、彼が祝福を受けて欲しいと願った子の祝福は、弟ヤコブによって奪われてしまった。
ヤコブもまた老齢となり、目がかすみ、死を前にして子を祝福したが、彼が望んだ通りに、エフライムがその後祝福されていったかというと、そうでもなかった。

民数記には、1章と26章にて2回の人口調査が行われたことが記されているが、第一回目の人口調査では、マナセ部族は32200人、エフライム部族は40500人で、ヤコブの祝福どおり、エフライムのほうが多かった。
しかし、2回目の人口調査(26章)では逆転し、マナセ部族は52700人、エフライム部族は32500人。
エフライム部族の数は、12部族中、ワースト2位になってしまう程、荒野で減ってしまった。

エレミヤ書を見ると、エフライムは早い時代に主に背き、懲らしめを受け、恥じて後悔い改め、その後、主の憐れみを受けたようだ。

『わたしは、エフライムが嘆いているのを確かに聞いた。『あなたが私を懲らしめられたので、くびきに慣れない子牛のように、私は懲らしめを受けました。私を帰らせてください。そうすれば、帰ります。主よ。あなたは私の神だからです。私は、そむいたあとで、悔い、悟って後、ももを打ちました。私は恥を見、はずかしめを受けました。私の若いころのそしりを負っているからです。』と。
エフライムは、わたしの大事な子なのだろうか。それとも、喜びの子なのだろうか。わたしは彼のことを語るたびに、いつも必ず彼のことを思い出す。それゆえ、わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにはいられない。――主の御告げ。――』(エレミヤ31:18)

必ずしも、父が願った人が、祝福されるとは限らない。
また、聖書では、長男が衰え、末っ子が栄える、というパターンが多いが、だからといって、長男は宿命的に祝福を受けられない、とは限らないし、末っ子なら自動的に祝福されるわけでもない。

元々、イスラエルの長男はルベンだが、彼は奔放過ぎた行動の故にその権は剥奪され、父はヨセフに長子の権を与えたが、実際は、兄弟達の長となり王達が生まれたのは、ユダ族だった。
『イスラエルの長子ルベンの子らは次のとおりである。――ルベンは長子であったが父の床を汚したので、長子の権はイスラエルの子ヨセフの子らに与えられた。それで長子の権による系図にしるされていない。またユダは兄弟たちにまさる者となり、その中から君たる者がでたが長子の権はヨセフのものとなったのである。――』(1歴代5:1-2)

結局のところ、その人が実際に祝福されるかどうかは、祝福を受けた後、どのような信仰で歩み、どのような行いを積み重ねて行くかにかかっているのだ。

礼拝説教メッセージ音声:エジプトではなくカナン、世ではなく天(創世記47:27-48:7):右クリックで保存

『さてイスラエルはエジプトの国でゴセンの地に住み、そこで財産を得、子を生み、大いにふえた。』(創世記47:27)
イスラエル全家は、ゴシェンの地にてヨセフに養われ、この一族はそこで大いに栄え、増えて行った。
イスラエルの息子・娘達が生んだ孫やひ孫も数を増していき、愛する息子ヨセフもここエジプトで盤石の地位にいる。

もはや十分に生き、この世界で思い残す事は無い、とも思えるようなイスラエルであるが、彼の心には焦燥させられるものがあり、ヨセフを呼び寄せて、ある事を誓わせた。
『もしわたしがあなたの前に恵みを得るなら、どうか手をわたしのももの下に入れて誓い、親切と誠実とをもってわたしを取り扱ってください。どうかわたしをエジプトには葬らないでください。』(創世記47:29)

手を腿の間に入れての誓いは、最も厳粛な誓いで、かつてアブラハムも、イサクの嫁探しの時、しもべに誓わせた。(創世記24:2)
この厳粛な誓いをさせた、イスラエルにとっての最重要事項とは、彼をエジプトには葬らせない事。
彼が眠りについたなら、先祖達の墓に葬ってもうらう事である。

イスラエルはエジプトで増え、ヨセフもエジプトで地位を得たのに、彼らの思いは、富と権力の頂点を取ったエジプトには、無かった。
彼らにはエジプトの栄華は一切眼中に無く、思いはいつも神に向けられ、心の置所はいつも、神が示された地・カナンにあった。

イスラエルは死期が近いと悟った時、彼の信仰の原点であり、神が初めて彼と出会ったルズ(ベテル)で語られた事を、ヨセフに話した。
『わたしはおまえに多くの子を得させ、おまえをふやし、おまえを多くの国民としよう。また、この地をおまえの後の子孫に与えて永久の所有とさせる。』(創世記48:4)
あの時神が言われた通り、今やイスラエルはまさにここエジプトで、数多く増えようとしている。
しかし、神があの時言われた「この地」とはエジプトではない。カナンである。

『エジプトにいるあなたの所にわたしが来る前に、エジプトの国で生れたあなたのふたりの子はいまわたしの子とします。すなわちエフライムとマナセとはルベンとシメオンと同じようにわたしの子とします。』(5節)
エフライムとマナセをイスラエルの直接の子とするという事は、彼らを「イスラエル12部族」として、カナンに相続地を得る権利を与える事を意味する。

イスラエルは、エジプトで満ち足りて大往生しようとしているのに、ヨセフとの会話では、エジプトの栄光は全くもって話題になっておらず、あたかも、これからカナンで歴史の続きが始まるような話しぶりである。
彼の思いはエジプトには一切無く、地上の富や栄光にも無く、ただカナンに、神が示された約束の地にあった。
私達も、思いは地上に向けるのではなく、天に向けるべきである。

『自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。』(マタイ6:19)

『こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです。』(コロサイ3:1-3)

倉が溢れて

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » パスター日記
執筆 : 
pastor 2012-10-11 22:50

昨日は2箇所からお米や食料が大量に届き、教会は今日も兄弟姉妹達との愛さんで賑わいました。

届けて下さった聖徒の方々、ありがとうございました。

主がその食料庫を豊かにして下さり、ますます感謝と喜びに溢れますように!

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