メッセージ - 201203のエントリ

礼拝説教メッセージ音声:キリストにあって完全な者となれ(2コリント13:7-13):右クリックで保存
韓国語通訳有

パウロの願いは、自分が不適格のように見えても、自分が弱くても、コリントの人達が不品行など止め、正しい行いをするようになる事だった。(7,9節)
「わたしたちは、何事も真理に逆らってはできませんが、真理のためならばできます。」(8節)
私たちが何事も出来る根拠である真理とは、まことのぶどうの木なるキリストであり、このお方を離れては、何もする事ができない。(ヨハネ15:4-6)
キリスト抜きで何かをした、例えば事業で成功した、と思っても、それは神の前にあるものではなく、やがて消え去る霧、火に投げ込まれてしまう類のものである。

「わたしたちは自分が弱くても、あなたがたが強ければ喜びます。あなたがたが完全な者になることをも、わたしたちは祈っています。」(9節)
そして、完全な者になるとは、キリストの満ち満ちた身の丈まで達する事であり(エペソ4:13)、それには、聖徒達が互いにキリストにあって立て上げる働きをする事以外にはありえない。
「キリストにより、体全体は、あらゆる節々が補い合うことによってしっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです。」(エペソ4:16)
それ故、聖徒達がキリストにあって一つとなり、平和を保つ聖徒の交わりが大切である。

「終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます。」(11節)
いよいよ手紙の最後の挨拶に入るが、その中で、真っ先に勧められている事は、「完全な者になりなさい」である。(「喜びなさい」と訳したギリシア語の字義は「さようなら」という挨拶の意味もある。)
完全な者になるとは、キリストの満ち満ちた身丈まで成長する事であり、それが大切であるので真っ先に勧められ、その次は「慰めを受けなさい」である。
キリストの力は弱さのうちに完全に働くものであり、私たちが弱さを身にまとうなら、同時にキリストにある慰めも与えられ、それによって、私達はいかなる状況下でも強くなる事ができる。
続いて「思いを一つに」「平和を保ち」これらはエペソ書でも見たように、聖徒達がキリストにあって一つとなり、平和を保ってこそ、完全へと進む事の近道であるためパウロは勧めているのである。
「聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい。すべての聖なる者があなたがたによろしくとのことです。」(12節)
ボアズは、雇い人達と日常的に祝福の挨拶を交わしたため、彼は災い多き時勢にあっても有力者となる事が出来た。(ルツ2:4)
同じように私達も、聖なる挨拶を交わし、互いに祈り合う事によって、ますます祝福され、艱難の世にあっても有力者となって行く事ができるのである。

そして最後に祝祷である。
「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。」(13節)
三位格なる神の恵みがあるよう祈る際、真っ先に持ってくるべきお方は、子なるキリストである。
このお方こそ唯一神と人との仲保者、聖霊を与えて下さる保障なるお方である。
キリストの血潮の助けを得てこそ、おりに叶った助けを得るために大胆に御父の前に出る事が出来、キリストの息吹によって私達は聖霊を受け、大胆にキリストを証する働きが出来るのである。

どうか、主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、皆さん一同と共にありますように。アーメン!

的を射た歩み(ルツ2:1-16)
第一礼拝・礼拝全体音声(韓国語通訳あり):右クリックで保存
第二礼拝・説教音声:右クリックで保存
週報/メッセージ(説教)概要:右クリックで保存

本日は震災からちょうど一年目、日本の至る所で追悼式が行われるが、私たちは今日、何をもとにして歩むべきか。
私たちは、的を射た歩みをすべきである。
罪(ハマルティア)とは「的外れ」という意味であり、的を外した歩みは、余計な労働に掻き回される上、何も有益なものを残さない。
的を射た歩みとは、決して動かされる事の無い岩、すなわちキリストを土台として人生を建てあげていく歩みであり、このお方を除いた歩みは、砂の上に建てた楼閣にすぎない。
神への不従順とその報いである災いが満ちている世にあっても、しっかりと力をつけていき、栄えた男がいる。
「ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった。」(ルツ2:1)
当時のイスラエルは、律法に従順するのではなく、めいめいが自分の目に正しいと見える事を行っており、イスラエルが神から離れる度に、神は外敵を用いてイスラエルを懲らしめ、それでイスラエルは神に立ち返り、神は憐れんでさばきつかさを用いてイスラエルを救い、そうして束の間の平和が訪れ、しかし、後の代になると再び神から離れ、神は再び外敵を用いて懲らしめ・・・というサイクルが、当時続いていた。
そんな災いの中でも着実に有力者になって行き、後には王族の家系を生み出した男が、ボアズである。

彼の父はユダ族のサルモン、母はかつてカナンの城塞都市エリコで遊女をしていた、あのラハブである。
サルモン(名の意:平和を好む)はヨシュアがエリコを探らせた二人の斥候の一人ではないか、という説もあるが、どのような馴れ初めで結ばれたにしろ、あの異邦人や不品行に厳しいイスラエルの中で、妻ラハブや息子ボアズを養う時、世間からの理不尽な偏見や妨害もあったであろう事は、容易に予想できる。
しかも、当時イスラエルは不従順の故、外敵の攻撃やききんによって、不安定な生活を強いられていた。
そのような災い多き世情、そのような家庭事情の中であっても、着実に力を伸ばして行けた秘訣は、一体何だろう。ボアズの言動から、その秘訣を探っていきたい。

『ボアズがベツレヘムからやって来て、農夫たちに、「主があなたたちと共におられますように」と言うと、彼らも、「主があなたを祝福してくださいますように」と言った。』(ルツ2:4)
この短い一節から、彼は身内との挨拶に「主が共におられるように」という祈りと、「主が祝福して下さるように」という祝福を、日常的に交わしていた事が伺える。祝福の挨拶を交わす事は、有力者の第一歩である。

ボアズはルツに、よその畑に落ち穂を拾いに行かず、この畑で拾うよう勧め、また、ルツが落穂を拾うのを若い者が邪魔をしないようきつく命じ、喉が渇いたら汲んである水を自由に飲むよう、勧めた(2:8-9)
当時、落穂拾いをする人は、いじめられるのが常だった(2:22)が、ボアズは主の方法をよく心得ていた。
申命記24:19によると、穀物の束を畑に置き忘れたら、取りに戻らぬように、なぜなら、それは在留異国人ややもめのものであるから、そのようにするのであれば、主は祝福して下さる、と書いてある。
神は在留異国人ややもめを憐れみ、養ってくださるが、しかしボアズは、束を「わざと」落とすよう指示して(2:16)神の憐れみの業を自分のわざとし、神の思いを自分の思いとした。
有力者の行動パタンは、弱い者を憐れみ、神のご性質をよく知り、神の働きを、自分の働きとする事である。

ルツの信仰を導いた義母ナオミは、全能者が自分をひどい目に合わせたから自分をマラ(苦しむ)と呼ぶよう人々に言ったが、ボアズは主を「報いて下さるお方」「翼の下でかくまって下さるお方」と認めていた。
『どうか、主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように。』(2:12)
ボアズの生きた世情、生まれた家庭環境を鑑みるに、彼は神に対し、ひねくれて育つ要素は十分あったが、彼はあくまで、主に対するポジティブな見方を変えなかった。それもまた、有力者の思考パタンである。

またボアズは、自分のはやる思いに走らず、目上の人への礼儀を重んじ、世の中のルールに従順した。
ルツにせまられた時も、自分よりも近い買戻しの権利のある親類を置いて自分勝手には出来ないと告げたし(3:12-13)、その翌日、当の親類を10人の長老と共に呼び集め、彼らの前で正式に買い戻しの手続きを行い、ルツを公にめとり、結果、ボアズは長老達から、ナオミは女達から、公に祝福された。(4:11-15)

ボアズのように、主に対してポジティブな信仰を持って、祝福の挨拶を交し合い、主の御思いを自分の思いとし、自分のはやる思いに走らず、主にある兄弟姉妹や目上の人への礼節を重んじて、この災い多い世情においても、有力者となって栄える皆さんでありますように!イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
a voice(ヨハネ1:1-5):右クリックで保存
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礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
立ち直ったら(ルカ22:31-34):右クリックで保存
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礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
ヤコブ5:1-6:右クリックで保存
韓国語通訳有
 

ある兄弟の導きで、主日礼拝の後、聖書を輪読する会が、先週から始まっています。

今日はマラキ書全部を読みましたが、いやあ、改めて読むとすごいですね。

マラキ3章の十分の一献金の勧めは良く開かれますが、2章には主に栄光を帰さない祭司への戒めがあり、もし主に栄光を帰すことを心に留めないなら、顔に糞を撒き散らす、と書いてあります。

祭司たる者、3章から十分の一献金の勧めをする以前に、2章の祭司に対する戒めをまず自分に当て嵌め、主に栄光を帰しているかを十分吟味しなくては、と思いました。

聖書をそのまま素読するだけで、多くの恵みが溢れてきます。

本日、ゴスペル・ア・ボイス初の活動を行い、内外から10数名参加しました。

ここはいわゆるブラックゴスペルをパワフルにソウルフルに歌って気分爽快になる所ではなく、ことばなるキリストを丁寧に大切に賛美し、想い、キリストに触れ、そして癒しや解放が沸き起こる所です。

今日参加された方たちは、主イエス様を徹底して主役としている事を、見たかと思います。

今後、主がさらに栄光のために用いてくださるようお祈りします。

ゴスペル・ア・ボイスの主旨:
http://blog.goo.ne.jp/gospel_a_voice/e/7ccfce4d2c1770fffa91acae23357c99

礼拝説教メッセージ音声:三度目は無い(2コリント13:1-6):右クリックで保存
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コリント人の中に相変わらず、争い、ねたみ、怒り、党派心、そしり、陰口、高慢、騒動などがあったりしないか、汚れと不品行と好色を悔い改めていないかを、パウロは心配していた。(12:20-21)
「わたしがあなたがたのところに行くのは、これで三度目です。すべてのことは、二人ないし三人の証人の口によって確定されるべきです。以前罪を犯した人と、他のすべての人々に、そちらでの二度目の滞在中に前もって言っておいたように、離れている今もあらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったら、容赦しません。」(13:1)
パウロは過去2度の訪問で、そのような者達を戒めていたが、もし今度訪問する際にも改めていないなら、容赦しないと2節で言っている。
容赦しないとは、具体的にどうするのだろうか?

兄弟姉妹が罪を犯した場合、二人また三人が戒め、それでも聞かないなら教会が戒め、それでも聞かない場合は、その者を異邦人や取税人のように扱うよう主は定めている。(マタイ18:15-17)
つまり、聖徒の交わりという祝福された神の囲いから、その者を罷免し、裁きを神に引き渡すのである。
二人また三人のキリストにある集まりには、地上で罷免するなら、天においても罷免される程の権威が与えられている。
このすさまじい権威を、兄弟姉妹をさばくためではなく、建て上げるために用いたいとパウロは願う。(2コリント13:12)

コリント人は、パウロに2度戒められた時、悔い改めるよりもむしろ、パウロがキリストによって語っているのかどうかという証拠を見せよ、と言っていたようであるが、それに対しパウロは、自分がキリストのご性質に沿って来た事を示し(4節)、自分がキリストによって語っている事を伝えた。

キリストは、人を圧倒的な強制力で無理やり従わせるのではなく、愛と憐れみによって自由に仕え愛するようにと、して下さった。
人々の中には、キリストが無抵抗なのを良い事に、つけあがり、あざけり打つ者もいたが、主はその人さえ憐れみでもって救いたいが為に、打つ者に頬や背を委ねられた。
しかしキリストが再臨される時、与えられた憐れみの期間に悔い改めておらず、行状を改めなかった者には、圧倒的な力で臨んでその者を裁く事になる。
パウロも1度・2度目の訪問の時には「弱々しく」見えるほど柔和に諭したが、三度目に訪問する時には毅然として権威を行使するのだろう。

さらにパウロは、自分達が信仰に立っているかを吟味せよ、と促した。
「信仰を持って生きているかどうか自分を反省し、自分を吟味しなさい。あなたがたは自分自身のことが分からないのですか。イエス・キリストがあなたがたの内におられることが。あなたがたが失格者なら別ですが……。」(13:5)
他人の事をとやかく言ったり、さばいたりする者の座に着くのではなく、まず自分をキリストにあって吟味し、自分をさばくべきである。
「もし私たちが自分をさばくなら、さばかれることはありません。しかし、私たちがさばかれるのは、主によって懲らしめられるのであって、それは、私たちが、この世とともに罪に定められることのないためです。」(1コリント11:31)

もし私達の内に、争いや、ねたみ、怒り、党派心、そしり、陰口、高慢、騒動などがあるとしたら、それはキリストの性質ではない。
即刻悔い改め、キリストに向き直って純度を保つべきである。

礼拝説教メッセージ音声:パウロの期待(2コリント12:19-21):右クリックで保存
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「あなたがたは、わたしたちがあなたがたに対し自己弁護をしているのだと、これまでずっと思ってきたのです。わたしたちは神の御前で、キリストに結ばれて語っています。愛する人たち、すべてはあなたがたを造り上げるためなのです。」(2コリント12:19)
コリントへの手紙には、パウロが自己弁護しているかのように見える所があり、コリント人はそれを見て、パウロが自分達に媚びて、評価してもらいたいと思っていた節がある。
コリント人は、自分達は評価する側、パウロは評価される側と見なしていたかもしれない。

流されやすい人は、誰かから面接官のような態度で押し込まれると、おどおどしてしまう事もあるが、パウロはおよそ人間の評価を小さな事としていた。
「わたしにとっては、あなたがたから裁かれようと、人間の法廷で裁かれようと、少しも問題ではありません。わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。
自分には何もやましいところはないが、それでわたしが義とされているわけではありません。わたしを裁くのは主なのです。」(1コリント4:3-4)

人の目を気にしてしまう傾向を改善するには、キリストにあるアイデンティティを、すなわち、罪赦され、神の子とされ、キリストの懐にしっかりと結び合わされ、キリストと共に天の王座に共に座らされた者であるという事をしっかり確立すれば、改善され、人のどんな罵詈雑言を受けても、なんとも無くなる。
裁くのは主であって、人ではないのだし、もし誰かが我々を攻撃するとすれば、その者はキリストを攻撃している事になる。

しかし、愛する人がこちらの愛を理解せず、その人からあらぬ誤解を受ける場合、心にダメージを受ける。
パウロは父親のようにコリント人を愛し、一人の清純な花嫁として育て上げていたため、コリントの人から心にダメージを受けた。

「わたしは心配しています。そちらに行ってみると、あなたがたがわたしの期待していたような人たちではなく、わたしの方もあなたがたの期待どおりの者ではない、ということにならないだろうか。争い、ねたみ、怒り、党派心、そしり、陰口、高慢、騒動などがあるのではないだろうか。」(20節)

聖徒の交わりの内に、争いやねたみ、怒り、党派心などがある場合、偽兄弟が入り込んで掻き回されているのであり、キリストの花嫁として汚された状態にある。
パウロはコリントの人達がそのような状態になる事が我慢ならないほど、父親としてコリントの人達を愛していた。

交わりの内から争い、ねたみ、怒り、党派心、そしり、陰口、高慢、騒動などを取り除き、清純なキリストの花嫁として、純粋な交わりを保つ皆さんでありますように。
そしてパウロのように、心から兄弟姉妹を愛する皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:求めるのは、あなた(2コリント12:14-18):右クリックで保存
韓国語通訳有

「わたしはそちらに三度目の訪問をしようと準備しているのですが、あなたがたに負担はかけません。わたしが求めているのは、あなたがたの持ち物ではなく、あなたがた自身だからです。子は親のために財産を蓄える必要はなく、親が子のために蓄えなければならないのです。」(14節)

パウロのコリントの人達への愛は、父親のような強く熱いものである。
同じく、教会における交わりは本来、打算的なものではなく、家族的なものである。
もし牧師や聖徒が、教会の人数や大きさ、献金額、名声など、「人」ではなく「物」を第一に求めているとすれば、表面上は聖徒と優しく接するにしても、もし役に立たないと見なしたら、平気で切ったりする事もありうる。
しかし主の愛は、あくまでモノではなく人に対するものであり、主も、一人の罪人が悔い改めたら、天で大きな喜びが沸き起こる事を、3つのたとえを用いて詳しく説明された。(ルカ15章)

コリントの人達の一部は、そんなパウロの心を悪意へと取りかえ、パウロが金銭面で負担にかけなかった事さえ「実はパウロは悪賢くてだまし取っていた」と吹聴する者や、それを真に受ける者もいた。(16節)
真実なの愛を悪意を持って受け止め、恩をあだで返すような事は、往々にして有り得る事柄である。
それはパウロとコリント人の関係に留まらず、世の親と子の関係も、そして、キリストと人との関係も、まさしくそうである。

「あなたがたを愛すれば愛するほど、わたしの方はますます愛されなくなるのでしょうか。」(15節)
このパウロの心情吐露は、そのまま、キリストの心である。
「言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。」(ヨハネ1:10-12)

キリストの尊い愛を軽んじる者、その愛を受け入れない者は、既にさばかれており、そのまま自分の罪の闇の内に滅びるが、キリストを受け入れる者は、光にあって滅びる事なく、永遠のいのちを保つのだ。(ヨハネ3:16-21)

パウロがここまでも艱難に耐え、大きな事を為し、捧げる愛に満たされていたのは、キリストがパウロの内に宿り、彼の内で働いていたからに他ならない。
私達の内に、元々愛は無い。
しかしキリストに満たされる時、私達はキリストのわざを為し、キリストの愛を流し出すのだ。

打算によってではなく、キリストの愛によって交わりを保ち、キリストの愛を流し合う皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

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