メッセージ - 201202のエントリ

礼拝説教メッセージ音声:みずぼらしかった理由(2コリント11:7-15):右クリックで保存
韓国語通訳有

今日の箇所は、パウロの反対者達が、パウロのみずぼらしさや困窮している様を攻撃材料としている事えの、パウロの抗弁である。
パウロはなぜ、コリントにおいて金銭面で困窮していたのか。

まず彼は、コリントでの伝道活動を、コリントから一切報酬を受ける事無く行い(7節)、伝道のための必要な資金はコリント外の教会が、すなわち、マケドニヤの教会が補ってくれていた。(8,9節)
また、本日の箇所には言及すらされていないが、使徒18:3を見ると、パウロはコリントにおいて天幕作りの仕事をし、得た収入を伝道活動に投入していた。

パウロは、福音伝道の報酬を得る権利は、当然あった。(1コリント9章)
しかしその権利をコリントにおいて用いなかったのは、福音伝道に少しの妨げもあってはならないためだと、同12節に書いている。
恐らく、コリントの人達から金銭援助を得る事は、彼らにとって何らかのつまづきとなり、福音伝道の妨げになると判断していたのだろう。

パウロは、自分が金銭的必要を覚えている事を、一切公表しなかったし、コリントの人達に要求もしなかった。
しかし、コリントの人達は反対者に惑わされ、彼が貧相だとか、困窮している様子を逆に攻撃材料としてしまったため、このように「低レベルな話」をしなくてはならなくなってしまったわけである。
それでもパウロがコリントに金銭的負担をかけない事を、今後もし続けると言っているのは、偽使徒たちが誇ろうとする機会を断ち切ってしまうためである。(12節)
コリント人達も偽使徒達も、パウロのこの状況を聞いて、恥をこうむるべきである。

「こういう者たちは偽使徒、ずる賢い働き手であって、キリストの使徒を装っているのです。だが、驚くには当たりません。サタンでさえ光の天使を装うのです。
だから、サタンに仕える者たちが、義に仕える者を装うことなど、大したことではありません。彼らは、自分たちの業に応じた最期を遂げるでしょう。」(13-15節)
このような偽使徒、偽兄弟達は、サタンの使いで、働き人を装って教会に入り込む事を、よく覚えておきたい。

偽使徒・偽兄弟の見分け方は、その結ぶ実を見る事によって、可能である。
ガラテヤ5章に、肉の行いの実のリスト(19-21節)と、御霊の実のリスト(22-23節)が出てくるので、そのリストと照らし合わせれば良い。

例えば、その人が来た事によって、分裂や分派、敵意などがは広がったとしたら、それは偽兄弟だとわかる。
二人または三人によって幾度か戒めても改善しないようなら、交わりから排除すべきである。
しかし、もしその人が来た事によって、愛や喜び、平安が溢れてきたなら、その人は御霊にあって働く、正しい働き人である。
このように、結ぶ実によって働き人を見極める事が出来る。

御霊によって歩み、よき実を結ぶ働き人として大いに用いられる皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:清いキリストの花嫁として(2コリント11:1-6):右クリックで保存
韓国語通訳有

「わたしの少しばかりの愚かさを我慢してくれたらよいが。いや、あなたがたは我慢してくれています。」(1節)
彼は、雄弁な言葉や誰彼から受けた推薦といった、人間的な根拠を元に、自分は誰々先生よりも優位である、などといった比較や、自己推薦は、愚かである、と、前もって伝えていた(10章12節)。
しかし、コリントの人たちの目があまりに塞がれているため、彼らを納得させるためには、敢えてそのような愚かな土俵に立たないといけないと感じ、これから自分も使徒としての正当性を主張する「愚か」を我慢してもらいたい、と、前もって断ったわけである。

その前にパウロは、コリントの人達をいかに深く愛しているかを伝えた。
「あなたがたに対して、神が抱いておられる熱い思いをわたしも抱いています。なぜなら、わたしはあなたがたを純潔な処女として一人の夫と婚約させた、つまりキリストに献げたからです。」(2節)

ここの熱心という言葉は、妬むほどに、とも訳せる。
妬む、という言葉で思い出すのは「わたしは妬む神である」という旧約の言葉である。
神の愛は、言葉だけの絵に描いた餅のような愛ではなく、激しい感情を伴った、実際的な愛である。
神は人を愛しているからこそ、滅びに向かっているようであれば懲らしめてでも取り戻す神である。
パウロはそれと同じように、熱情を持ってコリント人達を愛したからこそ、コリントの人達をほうっておけないのである。

またパウロは、キリストを伝えた霊的父親として、コリント人達を、キリストの花嫁として整えていた。
当時の父親は、娘を、嫁ぐ花婿にふさわしからぬところが無いよう、純潔に育て上げていた。
父親は花嫁に、別の男と肉体関係を持って良いなどとは教えないし、嫁ぐべき相手を差し置いて、何でも好き放題にして良い、などとは教えない。
世の中の男性も、「夫は優しいから、妻が別の男の所に行っても赦す」とか「夫は優しいから、夫を放って置いて自分は好き放題できる」などと思い込んでいる女性とは、普通なら結婚したがらないように、キリストもまた同じように、他の神に走る者は赦さないし、夫たるキリストをほったらかしにして好き放題する者を、主は必ず取り扱われる。

コリントに来た偽使徒達は、別のイエスを伝えたと4節にあるが、たとえば、イエス様以外でも救いがあるとか、何でもかんでも自分の好きな事をして良い、などと、御言葉に反する内容をイエス様の名を使って語っているとしたら、それは別のイエス、別の福音を伝えているわけである。

コリントの人達をキリストに嫁がせる花嫁としているパウロは、彼らがそのように思いが汚されキリストへの純潔を失っている様が、耐えられなかったのである。

私達もパウロのように、霊的な息子・娘がいるのなら、キリストに嫁がせる清い花嫁として育み、どうすればキリストは喜ばれ、どうすればキリストは嫌われるかを、きっちり教えるべきである。
そして私たち自身が、キリストの清純な花嫁として、自らをさらに清めるべきである。

そのように、ますますキリストの花嫁として整えられていく皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:許された範囲で(2コリント10:9-18):右クリックで保存
韓国語通訳有

サマリヤ人が福音を受け入れなかった時、ヤコブとヨハネは「主よ。私たちが天から火を呼び下して、彼らを焼き滅ぼしましょうか。」と言いましたが、イエス様は戒められました。
私達は、与えられている権威を、自分の感情にまかせて乱用すべきではなく、主に許された範囲で行使すべきです。
パウロは、コリントの人を戒めた時、威嚇的な態度を取る事はしませんでした。
結果、ある人達はパウロのことを、「手紙は重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない」(10節)と言うようになってしまいました。
パウロは、人を威圧するような外見ではなかったし、話し方も雄弁で力強いものではなかったようです。

私たちが権威を帯びるようになるには、人間的な強さを鍛えるのではなく、御言葉に従順する事によります。
御言葉に服従し、信仰を混ぜ込んで唇から語られた言葉は、大きな力があります。
私たちの戦いは肉のものではないのです。

パウロの反対者達は、人間的な標準でパウロたちを揶揄しましたが、パウロは、そうした評価や比較の応酬をするような土俵に上がる事はしない、と言っています。
それは、全く愚かな事です。
「わたしたちは、自己推薦する者たちと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません。彼らは仲間どうしで評価し合い、比較し合っていますが、愚かなことです。」(12節)
彼らのような者達は、真理という土俵へと引きずり出して、御言葉で戦うべきです。

「わたしたちは、限度を超えては誇らず、神が割り当ててくださった範囲内で誇る、つまり、あなたがたのところまで行ったということで誇るのです。」
パウロの反対者達は、パウロが働いてアポロが水を注ぎ、神が育ててくださった、コリントという畑を、我が物のようにして食い荒らしたのです。
私達には、神様から与えられている働きの領域があり、そこから出て何かする事は、越権行為です。
委ねられた領域でしっかりと権威に従い、自分由来の肉的な強さを誇る事なく、権威を与えて下さる主を誇るべきです。
「誇るものは主を誇れ。」(17節)

主から委ねられた権威を忠実に実行し、主の仕事を為していく皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

父のそばで放蕩した兄息子(ルカ15:25-32)
第一礼拝・礼拝全体音声(韓国語通訳あり):右クリックで保存
第二礼拝・説教音声:右クリックで保存
週報/メッセージ(説教)概要:右クリックで保存

放蕩息子の譬えは元々、罪人と一緒にいるイエス様をなじったパリサイ派や律法学者達に対して語られたものであり(ルカ15:1-3)弟息子はイエス様に立ち返った罪人達を、兄息子は彼ら宗教指導者を指している。
弟息子は「罪を犯しました」と告白したが、弟が告白した「罪」とは、具体的に何だろう。
そして、弟息子がしてきたあらゆる事を「しなかった」兄息子には、果たして何の罪も無かったのだろうか?

「罪」のギリシャ語「ハマルティア」は「的外れ」という意味であり、本来あるべき姿から外れている様を意味する。罪とは神に対して背を向ける事であり、神はいつでも向きを変えて帰ってくる事を望んでおられる。
兄にも弟にも共通している事は、二人とも素晴らしい父のそばにいながら、その愛も富も全く味わう事も、楽しむ事をせず、あたかも、父のそばは居心地の悪い所、窮屈な所と感じ、心が離れていたていた事だ。
兄も弟も、父と親子の関係にありながら、本来あるべき父との人格的な交わりも実体も、無かったのである。

兄息子は「私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。」と言っているが、果たしてそうだっただろうか。12節を見ると、兄も身代をの分配を受け取っているのである。
そして「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。」と御父は言っている。
兄息子は、既に受け取った莫大な相続財産を忘れ、御父のそばにいながら、いつでも享受できるはずの恵みの機会をずっと無駄に過ごし、ずっと注がれてきた御父の愛を、いつも放蕩してきたのだ。

兄の「長年の間、私はおとうさんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。」という言葉から、彼にとって父が喜ぶ事とは、戒めを破らない事であり、そしてそれに喜びは見出せなかった事も分かる。
弟も同じように感じていたため、そんな窮屈な父や兄の所からさっさと出て行きたかったのである。
兄や弟の父に対する誤解はまさしく、宗教指導者達が陥った事であり、そして私達も陥りやすい罠である。
皆さんは、礼拝に出る事、イエス様に仕える事に、喜びを感じるだろうか。窮屈さを感じていないだろうか。
兄も弟も、父がどれほど素晴らしい愛で愛しているか、どれほどの英知で彼らを見守っているか、分からなかったが、弟息子が放蕩し尽くし散々な目に遭って帰ってきた時、その愛が明らかにされた。

弟息子が散財してどうしようもなくなる事を、父は初めから分かっていたし、弟が帰ってきた時、兄息子が父の対応を不服に思うであろう事さえ、全能なる父であるからには、当然分かっていた。
分かっていながら弟を送り出し、あたかも放任主義のように振舞われたのは、これら全てを乗り越えた向こう側で、息子達は真実に御父を知るようになり、心から親子の愛の関係に入る事を、見ていたからである。
全て御父からの祝福は、自分の十字架の向こう側、自己の死を経て復活した領域において、得るのである。

与えられているものの価値が分からず、それへの感謝も無く、思いの中が自分のやりたい事によってパンパンに満ちている時、私達は、与えられた相続財産も、御父の懐にいる事の恵みも、放蕩する以外に無い。
大切な事は、弟息子のように物質的なモノをいただく事ではなく、兄のように嫌々ながら仕える事でもない。
御父とのいのちの交わりこそ大切であり、そして、兄弟姉妹との喜びの交わりを回復するべきである。
「わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。」(1ヨハネ1:3)
その交わりこそ、自由意志に拠る、何のわだかまりも窮屈さも無い交わりであり、御父が「この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかった」と言って心底喜び、望まれた、命の交わりである。

「あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。」(ローマ8:15)
隷属する霊ではなく、子としていただく御霊を受けた者らしく、御父の愛の広さ、高さ、深さを知り、真に自由な交わりを存分に楽しむ皆さんでありますように!イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
エゼキエルの日(エゼキエル37:1-14):右クリックで保存
韓国語通訳有

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
目からウロコ(使徒9:1-9):右クリックで保存
韓国語通訳有

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
ヤコブ4:6-10:右クリックで保存
韓国語通訳有

昨日は静岡から3名の兄弟姉妹が来られ、夜遅くまで交わっており、話は尽きず、最長で今朝6時まで交わっておりました。
今日のメッセージの声はガラガラですが、日々の交わりはどんどん祝福されています。

礼拝説教メッセージ音声:面と向かっているときはおとなしく(2コリント10:1-8):右クリックで保存
韓国語通訳有

10章からはパウロの反対者に対するパウロの勧めで、彼はまず「キリストの柔和と寛容をもって勧め」ています。(1節)

パウロの反対者は、パウロは面と向かっているときはおとなしく、離れている時は強気だと言っておりますが、この反対者の言っていることから逆に、キリスト者のあるべき姿を見る事ができます。

確かにパウロの手紙は重々しい所があります。
「あなたがたが集まったときに、私も、霊においてともにおり、私たちの主イエスの権能をもって、このような者をサタンに引き渡したのです。」(1コリント5:4)とか、「私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。それならこの世のことは、言うまでもないではありませんか。」(1コリント6:3)など、実に重々しく、強気に見えます。
しかしパウロは、手紙をおごそかにするための飾りとして「イエスの権能をもってサタンに引き渡す」とか言っているのではなく、真実そのままを語っているのです。

彼は、実際に面と向かっている時、柔和と寛容をもって接しているのでしょう。
柔和さと寛容さは一見、弱々しく見えるかもしれませんが、御言葉の真理を語る時は、語調は柔和に、そして真理はそのまま語るものです。

パウロの反対者は、全く違ったイエスや、御言葉と違う福音を述べ伝えており(2コリント11:2)、しかも、コリントの人達の顔を叩いたり、威張ったり、奴隷にしたりと、暴力的な人達だったようです。(2コリント11:20)
肉に頼る人達は、暴力的になる事によって人を支配しがちですが、私たちの戦いの武器は、肉のものではありません。
私たちの武器はエフェソの6章にあるような霊的武器であり、そして攻撃の武器は、御言葉の剣です。
「それは、神に由来する力であって、要塞も破壊するに足ります。」(4節)

その武器を研ぎ澄ますには、どうすればよいでしょうか。

「わたしたちは理屈を打ち破り、神の知識に逆らうあらゆる高慢を打ち倒し、あらゆる思惑をとりこにしてキリストに従わせ」(5節)
すなわち、まず神の知識に逆らう高ぶりを打ち砕かなくてはなりません。
また、全ての思いをとりこにして、キリストに服従させるのです。
キリストに対する従順が完全になる時、あらゆる不従順を罰する用意ができるのです。
結局、私たちが御言葉に従順でなければ、この武器に効力を持たせる事はできません。

そして、その武具の使用目的は、人を倒すためでなく建て上げるためです。

「あなた方を打ち倒すためではなく、造り上げるために主がわたしたちに授けてくださった権威について、私がいささか誇りすぎたとしても、恥にはならないでしょう。」(8節)
全ての高ぶりを取り除き、あらゆる思惑をキリストに服従させ、そして与えられているこの霊的武器を、神に逆らうあらゆる敵に行使し、兄弟姉妹を建て上げる皆さんでありますように。
イエス・キリストの御名前によって祝福します。
アーメン。

礼拝説教メッセージ音声:豊かに満ちたらせ、溢れさせる(2コリント9:8-15):右クリックで保存
韓国語通訳有

「神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。」(8節)
本日の箇所には「満ちたらせる」「豊かになる」「溢れさせる」という言葉が、何度も登場する。
本日の箇所の「あなたがた」を、自分の名前に置き換えて読めば、言葉では言い尽くせない喜びに、感謝が溢れ出て来ないだろうか。

もっとも、そのような言葉に尽くせない恵みをいただくには、6,7節の条件付きである。
「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。 各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。」

私達の持っているもの、即ちお金や地位などが、尽きてしまったらどうしよう、と考える事もあるが、主に信頼する者は決して見捨てられたりを窮乏させるような事は無い。(詩篇37:25)
エリヤを養ったやもめが、自分のいのちを僅かに長らえさせる事よりも、御言葉を優先させた結果、粉も油も決して尽きなかったように、自分よりも御言葉を、イエス様を優先させる者には、その油も粉も、決して尽きる事は無い。

「彼は惜しみなく分け与え、貧しい人に施した。彼の慈しみは永遠に続く」(9節)
慈しみは、永遠に残る、とあるからには、貧しい人々に施す事は、天に貯金を蓄える事であり、神様に貸す事である。(箴言19:17)

主は働き人、すなわち蒔く人に、パンを与え、蒔くための種も与えて下さる。
「種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。」(10節)
働き人たるもの、まず蒔かなくてはならない。
蒔いたなら成長し義の実を増し加えさせてくださり、増し加わったならさらに満たされ、さらに惜しみなく与える事が出来るようになり、そして、あらゆる面において感謝が生まれる。
「この奉仕の働きは、聖なる者たちの不足しているものを補うばかりでなく、神に対する多くの感謝を通してますます盛んになるからです。」(12節)

惜しみなく捧げ、祝福が増し加えられ、さらに多くを捧げられるほど祝福される皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

メインメニュー
礼拝ライブ中継

礼拝ライブ中継!

礼拝ライブ中継!

過去の礼拝映像も視聴できます

メッセージ
Twitter
このページを紹介!

 
 
 
礼拝週報
携帯メールで毎日メッセージを購読!無料!

以下コードを読み込み、空メールを送信すれば登録できます。

パソコン/ウィルコム/スマートフォンで受信:以下にメールアドレスを入力下さい。

メルマガ購読・解除
日々のバイブルメッセージ
   
バックナンバー
powered by まぐまぐトップページへ
Podcast

以下画像をitunesへドラッグすれば、更新が自動的にPodcast配信されるようになります。

※2016/1/1より以前に登録された方は、再度、以下Podcast画像をitunesへドラッグする必要があります。

 主日礼拝ポッドキャスト

定期祈祷会ポッドキャスト

その他音声 ポッドキャスト

天声モバイルサイト!

検索
Copyright ©横浜天声キリスト教会
All Rights Reserved.
 〒231-0058 神奈川県横浜市中区弥生町2-17 ストークタワー大通公園-201
TEL/FAX:045-326-6211

ephes_03-tensei@ yahoo.co.jp
© 2010 Powered by XOOPS Cube 2.1
Welcome Guest