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メッセージ - その他音声カテゴリのエントリ

年末年始礼拝

カテゴリ : 
その他音声
執筆 : 
pastor 2011-1-1 16:16

教会では日本人・韓国人・中国人の20名ほどの兄弟姉妹達が、御言葉と共に年を越しました。

喜びと笑い、涙に満ちて、こんなに充実した年越しは初めてだと参加された姉妹が言っていましたが、本当にこんなに恵まれて良いのだろうかと思うほど毎日楽しくさせてもらってます。

礼拝メッセージ音声は以下です。
年末メッセージ
年始メッセージ
韓国語通訳あり(右クリックで保存)

礼拝音声:


 第1部: 天声教会の聖徒一人一人による聖句と賛美のささげもの
第2部: メッセージ:民全体に与えられる大きな喜び(ルカ2:8-20)
礼拝次第/メッセージ(説教)概要

キリストの誕生は、天においても地においても歴史を転換するほどの一大事である。
西暦のBC(BeforeChrist)はキリスト生まれる前、AD(アンノドミニ)は主の恵みの日々という意味であり、キリストを知らない人と言えども彼の影響は確かに日々受けている。
この大いなる出来事の日、天の使者が使わされた場所は人が好き好んで行かないようなベツレヘム近辺の野原であり、告げ知らされた人々は、住民登録時に住民としてカウントされもしないような、羊の群れを見守っていた羊飼い達であった。

御使いは「民全体に与えられる大きな喜びを告げる。」と言った。
喜びの知らせの対象は、民全体に、である。
それならば、現代で言う所の国会や大統領執務室などから、テレビ局や新聞社のような人々に告げれば良いものを、なんと無名で、臭く汚い、信用度の低い、少数の羊飼い達にのみ、知らされたのである。
ここに、主がどのような者を選び、大事にされるのか、という価値基準が示されている。
有名な者にではなく無名な者に、力ある者にではなく弱い者に、パブリックではなくプライベートに、主は関わるのである。
そのやり方は人の目には愚かに写るかもしれないが、神はあえて、弱く貧しい人間の、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのである。(1コリント1:21)
「神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」(1コリント1:26-29)

そんな弱く無名な者達に、主はどのように現れて下さるのであろうか。
それは、天の大軍勢によってである。御使いとは、立派な男が死ぬほど恐れ震え上がるほど恐ろしい。
それが、そこの羊飼い達や羊達よりもはるかに多い軍勢を成し、彼らに現れたのである。
御使いはまず「恐れる事はありません」と声をかけてくださった。主に繫がっている私達は、恐ろしい威厳にではなく、御使い達の大祝会に近づいているのだ。
それは何のおかげか。ひとえに新しい契約の仲介者イエスの血、アベルの血よりもすぐれたことを語る注ぎかけの血によってである(ヘブル12:21-24)。
主の使いは、主を恐れる者の周りに陣を張り、助け出される(詩篇34:7)。
実は、この教会にいる私達よりも、はるかに多くの御使い達が取り囲んで、私達を見守っているのだ。

御使いは私達に、何を告げ知らせるのであろうか。
それは大きな喜び、すなわち救い主の誕生である。
「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つける」(ルカ2:12)
聖なる御使いが言うには、私達の救い主はなんと、馬の餌箱の中で見つける、と言うのである。
キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にし、僕の身分になり、人間と同じ者になられ、へりくだって十字架の死に至るまで従順だったため、神はキリストを高く上げた。それは天上、地上、地下のものが全てイエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのである。(ピリピ2:6-11) 
世の始まる前からおられ、人の近づく事にできない聖なる光の内に住まわれるお方が、卑しい者達の間に、それも、汚い馬の餌箱の中に宿られた。これは大いなる驚きであると共に、私達にとっては大いなる救い、喜びでもある。
救い主の生誕を祝うこの日、私達に届くほど低くへりくだられた主を覚え、感謝したい。

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

礼拝説教メッセージ音声:貧しさに打ち勝つ信仰(列王記上17:8-16)한국어예배 (右クリックで保存)

不況の時代に打ち勝つのは、行いを伴う信仰である。
イスラエルに旱魃が襲ったのはアハブ王の偶像礼拝のためだが、王はエリヤの呪いのためだと思いエリアを殺そうとした。
エリヤは一人の貧しいやもめの下に使わされた。彼女達の財産は、わずかな粉と油のみ。
エリヤを金持ちの所に遣わしてラクさせればよいのに、どうしてこんな赤貧のやもめのところに?
しかも最後のパンを与えよ、とは何事かと人は思う。
もしエリヤが彼女のところに使わされていないなら、このやもめは最後のパンを食べて死んだだろうが、彼女をも救うためにエリヤは遣わされた。
主は既にやもめを通してエリヤを養う事を計画しておられた。
小さな事に忠実であれば大きな事をまかされる。私達も酷い状況でも忠実であれば神は大いなる助けをなさる。
もし彼女に聞く耳が無かったとすれば、彼女は最後のパンを食べて死んでいたであろうが、彼女は最後の粉を持って捧げた。
あなたの神、主を信頼し、預言者を信頼すれば健やかな祝福が私達のもの。(2歴代20:20)
神に栄光を返し永遠に賛美する事、神の栄光のために生き、死ぬ事が私達の為すべき事である。
本能のままに生き死ぬのは動物と同様であるが、私達は恵みを受けて感謝しつつ生きる。
御言葉を信じて実践する者こそ不況にあっても打ち勝つ者であり、御言葉とは、イエスキリストご自身である。
御言葉は生き生きとして力があり、アーメンと言って受け入れる者には神の力が現れ、信じて行う者は岩の上に建てられた家のようである。
神無しの財産は災いでしか無い。お金は慕い愛するべき物ではなく、支配するものである。
私達は神を求めるべきであり、お金のほうが私達を追いかけるべきであって、その逆はない。
持つべき目的は、神を喜ばせる事である。
神が必要を満たしてくださる事を信じる信仰がなければ神に喜ばれる事はできない。(ヘブル11:6)
御言葉どおり生きて祝福され、勝利する皆さんでありますように!

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

本日の礼拝は、録音状態が悪かったため、音声メッセージのアップはありません。

本日の週報

メッセージ概要 (説教者:鄭基源牧師)

主が来られた目的(ヨハネ6:37-40)

このヨハネの御言葉にて、主は御旨と来られた目的を明らかにされました。
すなわち信じる全ての人々に永遠のいのちを得させ、土に還る私達の体を再び復活させる約束をされています。

1、主の御前に進み出る目的は、1)御教えを受けるため、2)罪赦されるため、3)力を得るため、4)平安を得るため、5)最も重要な目的はいのちを得るため
でなくてはなりません。これらのビジョンを持つ人々のために主は来てくださいました。

2、主は、御前に集う人が一人も失う事無く救ってくださる事を知らせるために来られました。
主は慈愛深く、私達の罪深さや弱さは見つめず、むしろ憐れみ、招き、愛を注いでくださいます。
また、私達を最後まで責任取って下さると約束して下さいました。

3、終わりの日、主が私達を蘇らせて下さると約束して下さいました。
主を礼拝する全ての人々を再び蘇らせる希望を与えるために、地上に来て下さいました。
復活に関する御言葉を聞くたび読むたび心が躍ります。
主が再び来られる時、信じた私達は御国に入るための復活をし、信じなかった人々には地獄に行くために死の復活を遂げます。

愛する聖徒の皆さん。神様を愛し礼拝する聖徒達を、主は復活の日まで責任を取って下さり、御国における永遠の栄光の中で住まわせるために、良き知らせを持って地上に来て下さいました。
イエス様の愛と、救い主イエス様が来られた目的を正しく知り、主を愛する事を続けようではありませんか。
かの日、一点の曇りもなく御前に立つ皆さんでありますように、イエスの御名によって祈ります。アーメン。

求めよ。そうすれば受ける。(ヨハネ16:22-24)鄭先生特別メッセージ音声 한국어예배

神を信じる者は祈る資格と同時に義務が与えられている。
祈りは会話であり呼吸である。祈らない者は聖徒として死んだも同じである。
親子の間に愛が溢れているなら会話が弾むように、神を愛する者はよく祈る。

人は知恵が必要であり、知恵が与えられるように祈るべきである(ヤコブ1:5)。
物質的必要も大いに求めるべきであり、求めすぎても咎めるという事をしない主には祈らなくては損である。
ただし、主は、必要は満たしても欲は満たさない。
地上のものはすぐ無くなるが、天のものは永遠に無くならない。
コロサイ3:1にあるとおり、上にあるもの、すなわち健康や物だけでなく賜物を求めるべきだ。

霊の人は御霊の実を結ぶ。いかに異言や預言を語ろうとも、賛美し祈ったその口で兄弟姉妹の悪口を言うような者は、聖なる者からではなく悪しき者から来ている。
信じる者にはマルコ16:17のしるしが伴われる。

隣人を変えてくださいと祈るよりも、自分が変わるよう祈るべきである。なぜなら神さえ人を強制的に変えるような事はなさらないからだ。
どのような祈りが聞かれるか。それは、みことばの通りに祈る祈りである。

不正な裁判官のたとえ(ルカ18:1-8)や、ハンナ(1サムエル1章)のように、確信が来るまで祈りぬくべきである。
祈っているうちに「下さい」から「信じます」に変わり、さらには「感謝」に変わってゆく。
主は「あなたの信仰どおりなれ」と言われた。
祈って祝福が与えられ、杯が満ち溢れる皆さんでありますように!

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

礼拝説教メッセージ音声:わが子よ祝福があるように(1サムエル26:23-25)한국어예배 (右クリックで保存)

「わが子ダビデよ。お前に祝福があるように。お前は活躍し、また、必ず成功する。」
私はこの言葉を子供に祈るよう勧めている。ダビデはサウルの命を大切にした事によってサウルの言葉どおり祝福を受けた。
神は、人の命と尊を大切にする者には命と栄誉を大いに与え祝福して下さり、苦難の日に助け出して下さる。(詩篇50:15)
後には長寿に恵まれ、富と栄光に恵まれた人生に満足して子供にも祝福を残す。(1歴代誌29:28)

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

使徒信条の学び 第3回 鄭先生(右クリックで保存)

鄭先生による使徒信条の学び。第3回(通訳音声)

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

 

使徒信条の学び 第2回 鄭先生

(右クリックで保存)

 

鄭先生による使徒信条の学び。第2回(通訳音声)

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

礼拝説教メッセージ音声:共にいて下さる主(ヨシュア1:5-9)(右クリックで保存)

鄭先生によるメッセージ。
戦争でない時さえ民はモーセに不平不満を叫んだ。ヨシュアはこの民を約束の地に導いて行かなくてはならない中で、民は自分に従順にしてくれるか恐れていた。
ヨシュアに勇気と力を与えてくださった神は私達にも祝福を与えてくださる。
何か災いがあると神が離れていると思われていたが、主は決してあなたを離れず見捨てない、世の終わりまで、いつまでも、永遠に、イエス様が共にいてくださる。
神は全ての事を働かせて益としてくださる。神は共にいて下さる事を信じるなら、一生の間誰も立ちはだかる事ができない、というのが、主の約束であり御言葉である。

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

 

使徒信条の学び 第1回 鄭先生(右クリックで保存)

鄭先生による使徒信条の学び。(通訳音声)

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

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