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主を恐れ敬う国の莫大な祝福(2歴代誌2:1-18)
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2:3 ソロモンはまずツロのヒラムに人をつかわして言わせた、「あなたはわたしの父ダビデに、その住むべき家を建てるために香柏を送られました。どうぞ彼にされたように、わたしにもして下さい。

ユダヤ人が異邦人に対して誇っていたソロモン神殿の建材は全て、異邦に由来するものだった。
その建材の輸入をツロのヒラム王に依頼する時のソロモンの言葉には、主の御名がふんだんにあった。

2:4 見よ、わたしはわが神、主の名のために一つの家を建て、これを聖別して彼にささげ、彼の前にこうばしい香をたき、常供のパンを供え、また燔祭を安息日、新月、およびわれらの神、主の定めの祭に朝夕ささげ、これをイスラエルのながく守るべき定めにしようとしています。

私達も、イエス様を知らない人と一緒に仕事をする時、あの時のソロモンのように、立派に主をあかしする者になりたい。
立派なあかしをするためには、まず、私達が主にあって祝福されたものになるなら、人々はたやすく主は栄光あるお方であると納得できるだろうが、もし私達が主に祝福されていない状態であるなら、それはできない。
主に祝福されるには、主の御言葉を単に信じるだけでなく、それに記されている事を「守り行う」事である。
行いという「実体」が伴っていない信仰には、祝福も「実体」を伴って降りて来ない。

2:5 またわたしの建てる家は大きな家です。われらの神はすべての神よりも大いなる神だからです。
2:6 しかし、天も、諸天の天も彼を入れることができないのに、だれが彼のために家を建てることができましょうか。わたしは何者ですか、彼のために家を建てるというのも、ただ彼の前に香をたく所に、ほかならないのです。

この時のソロモンの信仰はとても健全であった事が分かる。
ソロモンは正しく主を伝えている。まさに主は「すべての神よりも大いなる神」であり、「天も、諸天の天も彼を入れることができない」、「彼のために家を建てるというのも、ただ彼の前に香をたく所に、ほかならない」のは、その通りである。
このように、正しい信仰の国に、主は、大いに祝福を注いで下さる。
アメリカは建国されてわずか200年ほどで世界一の大国に成長したのは、まさに信仰ゆえであった。
建国当初、ピューリタンの精神によって開拓され、礼拝第一の生活をし、学校では、子供達の口を通して主の祈りが捧げられていた。
その「古き良きアメリカ」の「良き」時代は、健全な信仰に基づいた生活をしていたからに他ならない。
どうして良き時代ではなくなってしまったのか。それは、信仰を離れたからに他ならない。

2:7 それで、どうぞ金、銀、青銅、鉄の細工および紫糸、緋糸、青糸の織物にくわしく、また彫刻の術に巧みな工人ひとりをわたしに送って、父ダビデが備えておいたユダとエルサレムのわたしの工人たちと一緒に働かせてください。
2:8 またどうぞレバノンから香柏、いとすぎ、びゃくだんを送ってください。わたしはあなたのしもべたちがレバノンで木を切ることをよくわきまえているのを知っています。わたしのしもべたちも、あなたのしもべたちと一緒に働かせ、
2:9 わたしのためにたくさんの材木を備えさせてください。わたしの建てる家は非常に広大なものですから。

栄光の主が祝福して下さった事を伝えた後、ソロモンは具体的な仕事の話に入る。

2:10 わたしは木を切るあなたのしもべたちに砕いた小麦二万コル、大麦二万コル、ぶどう酒二万バテ、油二万バテを与えます」。

1コルは約220リットルである。だからツロに輸出する量はかなり膨大であるが、いとも簡単にそれを輸出できる程、ソロモンの時代はふんだんに作物がとれたのだ。
列王記には、ソロモンの時代の初期はどれほど祝福された時代であるかを伺い知る事が出来る。

『ユダとイスラエルの人々は多くて、海べの砂のようであったが、彼らは飲み食いして楽しんだ。』(1列王記4:20)
ダビデ王の時代、彼がイスラエルの人口を数えようとした所、ヨアブから「どうぞあなたの神、主が、民を今よりも百倍に増してくださいますように。」と戒められたが(2サムエル記24:3)今や、その数は数えきれないほどに多くなり、それでかつ、地の産物も豊かに採れたので、食料の心配をする事なく繁栄を楽しんだ。

繁栄は、神の祝福である。
主の御声に聞き従うなら、主がそのような大きな繁栄と祝福を与えて下さる事は、主がモーセの時から示して下さった約束である。

1列王記4:20 ユダとイスラエルの人々は多くて、海べの砂のようであったが、彼らは飲み食いして楽しんだ。
・・・
 4:22 さてソロモンの一日の食物は細かい麦粉三十コル、荒い麦粉六十コル、
 4:23 肥えた牛十頭、牧場の牛二十頭、羊百頭で、そのほかに雄じか、かもしか、こじか、および肥えた鳥があった。
・・・
 4:25 ソロモンの一生の間、ユダとイスラエルはダンからベエルシバに至るまで、安らかにおのおの自分たちのぶどうの木の下と、いちじくの木の下に住んだ。

ソロモンの家で消費される小麦や牛、羊は莫大な量であったが、しかしそれでも民は重税で苦しんだのではなく、それだけ貢を収めてなお平和に飲み食いして楽しんだのだ。
民が重い取り立てで苦しみ、王だけがふんだんに飲み食いするとするなら、ただの暴君であるが、ソロモンが健全な信仰に留まっていた時は、民も王も主の祝福で豊かに潤っていたのだ。
こうして主が賜った有り余った富みによって、異邦の杉材を輸入し、そうして神殿が建てられていった。

『もしあなたが、あなたの神、主の声によく聞き従い、わたしが、きょう、命じるすべての戒めを守り行うならば、あなたの神、主はあなたを地のもろもろの国民の上に立たせられるであろう。もし、あなたがあなたの神、主の声に聞き従うならば、このもろもろの祝福はあなたに臨み、あなたに及ぶであろう。あなたは町の内でも祝福され、畑でも祝福されるであろう。またあなたの身から生れるもの、地に産する物、家畜の産むもの、すなわち牛の子、羊の子は祝福されるであろう。またあなたのかごと、こねばちは祝福されるであろう。あなたは、はいるにも祝福され、出るにも祝福されるであろう。』(申命記28:1-6)
祝福される条件は、「主の声によく聞き従い、わたしが、きょう、命じるすべての戒めを守り行うならば」である。
そうするなら、次の祝福が待っている。

2:11 そこでツロの王ヒラムは手紙をソロモンに送って答えた、「主はその民を愛するゆえに、あなたを彼らの王とされました」。
2:12 ヒラムはまた言った、「天地を造られたイスラエルの神、主はほむべきかな。彼はダビデ王に賢い子を与え、これに分別と知恵を授けて、主のために宮を建て、また自分のために、王宮を建てることをさせられた。

ソロモンの申し出に、異邦の王ヒラムは喜び、主(エホバ)の御名を誉め称えた。
これは、ソロモンが主を正しくあかしした故だ。
私達も正しく主の御力と栄光と、そして主が為してくださったあらゆる良き事を人々にあかしする時、人々は喜びをもって、私達と交わりを持ちたいと願うようになるのだ。

2:13 いまわたしは達人ヒラムという知恵のある工人をつかわします。
2:14 彼はダンの子孫である女を母とし、ツロの人を父とし、金銀、青銅、鉄、石、木の細工および紫糸、青糸、亜麻糸、緋糸の織物にくわしく、またよくもろもろの彫刻をし、意匠を凝らしてもろもろの工作をします。彼を用いてあなたの工人およびあなたの父、わが主ダビデの工人と一緒に働かせなさい。

神殿の建材は全て、異邦に由来するもので、その匠の技もまた、異邦人とユダヤ人のハーフの手によって提供された。
元々、神殿も救いもユダヤ人だけのものではなく、異邦人にも及んでいくべきものだった。
ダビデの子ソロモンを通して、全世界にイスラエルの神が高められ、救いが全世界に入っていくはずだった。
しかしソロモンの人生の後半、彼は主に逆らってしまい、それが果たされなかった。

2:17 そこでソロモンはその父ダビデが数えたようにイスラエルの国にいるすべての他国人を数えたが、合わせて十五万三千六百人あった。
2:18 彼はその七万人を荷を負う者とし、八万人を山で木や石を切る者とし、三千六百人を民を働かせる監督者とした。

異邦人が重労働に徴用されているが、1列王記5章を見ると、その労働条件はなんと、3ヶ月ローテーションの中で1ヶ月だけ働き、後の2ヶ月は休む、という素晴らしい労働条件だ。
日本では、「年間休日数」として120日という数字はよく見るが、当時のイスラエルは、異邦人の労働条件さえもそれが逆転し、「年間労働日数」が120日くらいなのだ。
それだけ働いても充分労働者の生活が賄われるほどの報酬が払われていたのだろう。
労働条件までも、祝福につぐ祝福である。

異邦人たちは、イスラエルの民が、主に祝福されている有様を見、彼らを祝福してくださった主を誉めたたえ、共に主の事業に参加した。
こうして主に祝福された神の民イスラエルの富は、世界へと流し出され、こうして、全世界に主の栄光と富が、主のおしえと救いが、さらに流れて行くはずだった。
ところがソロモンは途中から主から離れ、女達にそそのかされ、偶像礼拝へと落ちて行ってしまい、主の人類救済のご計画が果たされるのは、もっと後押しになってしまった。
人は何度、主を残念がらせただろう。

元々、ソロモンに祝福が与えられたきっかけは、彼が「聞き従う(シェマー)」心を求めたからだった。
私達は常に主に聞き従う心をキープし、ますます祝福されて行く者でありたい。

ソロモンの統治のはじめ(2歴代誌1:1-17)
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ソロモンを王とし、彼を非常に大いなる者にされたのは、神である主である。
彼が王となった時、彼は早速全イスラエルを集め、公な形で礼拝した。

1:2 ソロモンはすべてのイスラエルびと、すなわち千人の長、百人の長、さばきびとおよびイスラエルの全地のすべてのつかさ、氏族のかしらたちに告げた。
1:3 そしてソロモンとイスラエルの全会衆はともにギベオンにある高き所へ行った。主のしもべモーセが荒野で造った神の会見の幕屋がそこにあったからである。
1:4 (しかし神の箱はダビデがすでにキリアテ・ヤリムから、これのために備えた所に運び上らせてあった。ダビデはさきに、エルサレムでこれのために天幕を張って置いたからである。)
1:5 またホルの子であるウリの子ベザレルが造った青銅の祭壇がその所の主の幕屋の前にあり、ソロモンおよび会衆は主に求めた。
1:6 ソロモンはそこに上って行って、会見の幕屋のうちにある主の前の青銅の祭壇に燔祭一千をささげた。

ギブオンの高き所は後の時代、偶像礼拝する場所として、預言者たちの非難の的となった。
ソロモンはまだ就任したばかりの若者で、神殿もまだ建設されておらず、以前の因習に則ってそこで行ったのであろうが、神殿が建った後もなおそこが残り、そこで礼拝が捧げられ続けた事が、後の罠となってしまった。

1:7 その夜、神はソロモンに現れて言われた、「あなたに何を与えようか、求めなさい」。

もしも主から「あなたに何を与えようか、求めなさい」と言われたら、私達は何を求めるだろう。
あるいは今、切に求めているとしたら、それは何だろう。
それは神のための願いだろうか。神の民のためのものだろうか。
ソロモンはこの時、切に求めていたものは、自分自身のものは一切なく、ただ、神の民のために切に求めるものがあった。

1:8 ソロモンは神に言った、「あなたはわたしの父ダビデに大いなるいつくしみを示し、またわたしを彼に代って王とされました。
1:9 主なる神よ、どうぞわが父ダビデに約束された事を果してください。あなたは地のちりのような多くの民の上にわたしを立てて王とされたからです。
1:10 この民の前に出入りすることのできるように今わたしに知恵と知識とを与えてください。だれがこのような大いなるあなたの民をさばくことができましょうか」。

ソロモンは、知恵と知識を求めた。
その動機は、地のちりのような多くの民の前に出入りすることのできるように、であった。私利私欲の一切ない、ただ神の民のためを願って、の事である。
ソロモンのこの時の志が、列王記にはさらに詳細に記されている。

1列王記3:6 ソロモンは言った、「あなたのしもべであるわたしの父ダビデがあなたに対して誠実と公義と真心とをもって、あなたの前に歩んだので、あなたは大いなるいつくしみを彼に示されました。またあなたは彼のために、この大いなるいつくしみをたくわえて、今日、彼の位に座する子を授けられました。
3:7 わが神、主よ、あなたはこのしもべを、わたしの父ダビデに代って王とならせられました。しかし、わたしは小さい子供であって、出入りすることを知りません。

ソロモンはまず、偉大な王であった父ダビデを「あなたのしもべ」と言い、ソロモン自身も「このしもべ」と、自分自身を言っている。
王といえど、神の前にはしもべであるという正当な立ち位置に、この時、ソロモンは立っていた。

『それゆえ、”聞きわける(シャマー)”心をしもべに与えて、あなたの民をさばかせ、わたしに善悪を”わきまえる(ビーン)”ことを得させてください。だれが、あなたのこの大いなる民をさばくことができましょう」。ソロモンはこの事を求めたので、そのことが主のみこころにかなった。』(1列王記3:9-10)

ソロモンは主に「知恵」が与えられるよう願い、それが主に喜ばれて、多くのものが与えられた、と知られているが、その「知恵」の内訳は「シャマーの心(聞きわける心、従う心)」である。
彼がそれを求めた理由は、主の民を正しく裁き、何が正しく、何が間違っているのかを「わきまえる(ビーン)」事を得るため、である。

聞き分ける「シャマー」の心。
これは、主にどんないけにえを捧げるよりも優れた事である。
サムエルは言っている。
『主はそのみ言葉に”聞き従う事(シャマー)”を喜ばれるように、燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、”従うこと(シャマー)”は犠牲にまさり、聞くことは雄羊の脂肪にまさる。そむくことは占いの罪に等しく、強情は偶像礼拝の罪に等しいからである。』(1サムエル記15:22-23)

主がもっとも喜ばれるいけにえ、それはシャマーの心、すなわち、聞く事、従う事である。
それを主は喜ばれた。

1:11 神はソロモンに言われた、「この事があなたの心にあって、富をも、宝をも、誉をも、またあなたを憎む者の命をも求めず、また長命をも求めず、ただわたしがあなたを立てて王としたわたしの民をさばくために知恵と知識とを自分のために求めたので、
1:12 知恵と知識とはあなたに与えられている。わたしはまたあなたの前の王たちの、まだ得たことのないほどの富と宝と誉とをあなたに与えよう。あなたの後の者も、このようなものを得ないでしょう」。

まさに、おし入れゆすり入れして、全てが加えて与えられるパターンである。
このように、神の国とその義とを、まず第一に求めるなら、神は、加えて全てを与えてくださるのだ。

1:13 それからソロモンはギベオンの高き所を去り、会見の幕屋の前を去って、エルサレムに帰り、イスラエルを治めた。
1:14 ソロモンは戦車と騎兵とを集めたが、戦車一千四百両、騎兵一万二千人あった。ソロモンはこれを戦車の町々と、エルサレムの王のもととに置いた。
1:15 王は銀と金を石のようにエルサレムに多くし、香柏を平野のいちじく桑のように多くした。
1:16 ソロモンが馬を輸入したのはエジプトとクエからであった。すなわち王の貿易商人がクエから代価を払って受け取って来た。
1:17 彼らはエジプトから戦車一両を銀六百シケルで輸入し、馬一頭を銀百五十で輸入した。同じようにこれらのものが彼らによってヘテびとのすべての王たち、およびスリヤの王たちにも輸出された。

知恵が与えられて後、彼がした事は、軍事力の強化であった事が歴代誌に記されているが、これは律法にかなった事ではない。

申命記17:16 王となる人は自分のために馬を多く獲ようとしてはならない。また馬を多く獲るために民をエジプトに帰らせてはならない。主はあなたがたにむかって、『この後かさねてこの道に帰ってはならない』と仰せられたからである。
17:17 また妻を多く持って心を、迷わしてはならない。また自分のために金銀を多くたくわえてはならない。
 
力や軍事力、強制力でもって周囲を治めるのは、神の国の方法ではない。
神の戦いの方法は、人間の軍事力によってではなく、ただ、神の不思議な方法によってであった。

ヨシュア6:2 主はヨシュアに言われた、「見よ、わたしはエリコと、その王および大勇士を、あなたの手にわたしている(I have given into thine hand : ナタティ)。

このナタティの宣言、これが主の御口から宣言される時、その戦いは100%勝利し、そして敵のものは神の民の手に渡る。
しかし軍事力があるなら、好き勝手に、人や国へと攻め入り、殺し、奪ってしまう。

ソロモンは確かに栄えていく。しかしその初期段階から既に御言葉にそぐわない所があった。
私達は全く主に従う志を、いつも備えているべきである。

第二歴代誌概要(2歴代誌1:1)
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歴代誌は、ヘブライ語聖書(タナク)では「ディブレー・ハッヤーミーム(「日々の出来事」の意味)」として、イスラエルの歴史が記されている。
その歴史の範囲は、全人類の祖先アダムから始まり、バビロン捕囚とその帰還で終わる。
ユダヤ教の聖書(タナク、私達が言う旧約聖書)は、トーラー(モーセ五書)、ネビイーム(預言者)、ケトゥビーム(諸書)に分かれており、歴代誌はケトゥビーム(諸書)の最後に位置する。すなわち、ユダヤ人の聖書では、一番最後の書である。

歴代誌は一見すると、系図や構図や寸法、役割分担や仕事のローテーションなど、何か、客観的なリストで埋め尽くされたように見えるが、この書へと込めたそのリストの性質から、この記者の意図を見る事が出来る。
その意図とは、自分達は神の民である事、礼拝する民すなわち神と関係を持ち、神の教えを守って祝福されて行くべき民である、という事を伝える事にある。

歴代誌のはじめは、アダム以来の系図が記されており、特にアブラハムの子孫を神は選んで増えて行った所に、神は特にイスラエル民族を選んで神の民とし、律法を導入し、その「神の基準」を人々に伝えるという、イスラエルのアイデンティティを示している。
第一歴代誌の終わりまでの所には、神殿がいかに荘厳に造られたかが記されており、神殿すなわち「礼拝こそがイスラエルのアイデンティティの中心」である事を強調している。
そして、第二歴代誌には、この神殿を、すなわち礼拝を軽んじた王がいかに呪われ、尊んだ王がいかに祝福されたか、その歴史が記されている。

世の歴史書は、誰かの王朝の栄枯盛衰の繰り返し、偶然的・宿命的な出来事の繰り返しにしか見えないが、聖書は、神中心の観点から見るなら、一定の法則を見出すことが出来る。
主は祭司エリに「わたしを尊ぶ者を、わたしは尊び、わたしを卑しめる者は、軽んぜられるであろう。」(1サムエル記2:30)と言ったが、第二歴代誌の歴代の王達はまさにこの基準に漏れる事は100%なく、神殿礼拝を、すなわち主を敬う王は100%栄え、主を軽んじる王は100%呪われている。
まさに、歴史に学べである。

第二歴代誌は、1章から9章まではソロモンの神殿建設事業が主に記されている。
そして10章から最後までは、ソロモンから続く南ユダ王国の歴代の王達の栄枯盛衰が記されており、その法則は、先に記した通り、主を敬う王は100%栄え、主を軽んじる王は100%呪われている。

1:1 ダビデの子ソロモンはその国に自分の地位を確立した。その神、主が共にいまして彼を非常に大いなる者にされた。

ソロモンというと世界史では偉大な知恵深い王として有名であるが、聖書には「その神、主が共にいまして彼を非常に大いなる者にされた。」と書いてある。
すなわち、歴史を支配する天の神がおられ、神が王を立て、王を偉大にし、あるいは王を廃するのだ。
歴史は神中心で見るなら、決して宿命的・偶発的な繰り返しではなく、絶対的な法則性が見えてくる。

天地を創られたまことの神を敬う人は、祝福され、軽んじる人は呪われる。
天地を創られたまことの神を敬う国は、祝福され、軽んじる国は呪われる。
結局、人は、神を敬うかどうか、礼拝によって神と関わりを持つかどうかによって、究極的に、神と関わる永遠の祝福を生きるか、それとも神との関わりを断って永遠に呪われるか、のどちらかなのだ。
それが歴代誌に流れる法則であり、聖書全体の法則、そして人類全体の法則であり、私達の法則なのだ。
 

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