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メッセージ - 2歴代誌カテゴリのエントリ

二百年以上も途絶えていた過越祭の回復(2歴代誌30章)
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ヒゼキヤは王に就任した最初の月から、早速、閉ざされていた主の宮を開き、宮をきよめ、主への礼拝と賛美を回復させた。
そしてさらに彼が回復させた重要な祭りがある。過越祭である。

30:1 ヒゼキヤはイスラエルとユダにあまねく人をつかわし、また手紙をエフライムとマナセに書き送り、エルサレムにある主の宮に来て、イスラエルの神、主に過越の祭を行うように勧めた。
30:2 王はすでにつかさたちおよびエルサレムにおる全会衆に計って、二月に過越の祭を行うことを定めた。
30:3 ――これは身を清めた祭司の数が足らず、民もまた、エルサレムに集まらなかったので、正月にこれを行うことができなかったからである――

彼らは第一の月は宮をきよめる事で忙しく、また祭司も人々も整えがなかったため、第二の月に行う事に決めた。
律法でも、第一の月に捧げられなかった場合は、第二の月に捧げるように示されている。
それ程、過越祭は重要な祭りだ。
過越祭は、永遠のおきてとして定められている。それは、イスラエルの民が、主がイスラエルをエジプトの奴隷状態から解放し、ほふられた小羊の血潮によって死の災いから救い出され、神の民として贖われた事を、年ごとに思い起こさせるために重要な祭りである。(出エジプト記12章)
この重要な祭りが、イスラエルでは、ソロモンの時代からこのかた、何世紀にも渡って忘れ去られていたのだ。(26節)

30:4 この事が、王にも全会衆にも良かったので、
30:5 この事を定めて、ベエルシバからダンまでイスラエルにあまねくふれ示し、エルサレムに来て、イスラエルの神、主に過越の祭を行うことを勧めた。これはしるされているように、これを行う者が多くなかったゆえである。

ダンからベエル・シェバまで。この表現はすなわち、イスラエルの最北端から最南端まで、すなわち、イスラエル全土から、という意味である。
ヒゼキヤが過越祭へと招待した相手は、南ユダ王国のみならず、北イスラエル王国からも、である。

ヒゼキヤが王になったのは紀元前715年〜716年ごろ、北イスラエル王国がアッシリヤによって首都サマリアが占領されたのは紀元前722年であるので、ヒゼキヤが王になる直前に北イスラエル王国はアッシリヤに滅ぼされた。
その、滅ぼされた直後、ヒゼキヤは過越祭を捧げて主に立ち返るよう、北イスラエル王国にもおふれを出したのだ。

30:6 そこで飛脚たちは、王とそのつかさたちから受けた手紙をもって、イスラエルとユダをあまねく行き巡り、王の命を伝えて言った、「イスラエルの人々よ、あなたがたはアブラハム、イサク、イスラエルの神、主に立ち返りなさい。そうすれば主は、アッスリヤの王たちの手からのがれた残りのあなたがたに、帰られるでしょう。
30:7 あなたがたの父たちおよび兄弟たちのようになってはならない。彼らはその先祖たちの神、主にむかって罪を犯したので、あなたがたの見るように主は彼らを滅びに渡されたのです。
30:8 あなたがたの父たちのように強情にならないで、主に帰服し、主がとこしえに聖別された聖所に入り、あなたがたの神、主に仕えなさい。そうすれば、その激しい怒りがあなたがたを離れるでしょう。
30:9 もしあなたがたが主に立ち返るならば、あなたがたの兄弟および子供は、これを捕えていった者の前にあわれみを得て、この国に帰ることができるでしょう。あなたがたの神、主は恵みあり、あわれみある方であられるゆえ、あなたがたが彼に立ち返るならば、顔をあなたがたにそむけられることはありません」。

これは北イスラエル王国にとって、まさにおりにかなったメッセージだっただろう。
実際ソロモンは、もし不信の罪を犯した故に、遠国にとらわれて行った先で、悔い改めて主に立ち返り、神殿に向かって祈るなら、返して下さるように、と主に祈り、その祈りは聞き届けられた。(2歴代誌6:36-39)

ところが、である。

30:10 このように飛脚たちは、エフライムとマナセの国にはいって、町から町に行き巡り、ついに、ゼブルンまで行ったが、人々はこれをあざけり笑った。

北イスラエル王国の、残された多くの人々は、ヒゼキヤからの招待を、あざ笑った。
ルカによる福音書14章に、宴会に招く王のたとえ話があるが、まさにその事がヒゼキヤの時代に起きたのである。

ルカ14:15 列席者のひとりがこれを聞いてイエスに「神の国で食事をする人は、さいわいです」と言った。
14:16 そこでイエスが言われた、「ある人が盛大な晩餐会を催して、大ぜいの人を招いた。
14:17 晩餐の時刻になったので、招いておいた人たちのもとに僕を送って、『さあ、おいでください。もう準備ができましたから』と言わせた。
14:18 ところが、みんな一様に断りはじめた。最初の人は、『わたしは土地を買いましたので、行って見なければなりません。どうぞ、おゆるしください』と言った。
14:19 ほかの人は、『わたしは五対の牛を買いましたので、それをしらべに行くところです。どうぞ、おゆるしください』、
14:20 もうひとりの人は、『わたしは妻をめとりましたので、参ることができません』と言った。
14:21 僕は帰ってきて、以上の事を主人に報告した。すると家の主人はおこって僕に言った、『いますぐに、町の大通りや小道へ行って、貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の悪い人などを、ここへ連れてきなさい』。
14:22 僕は言った、『ご主人様、仰せのとおりにいたしましたが、まだ席がございます』。
14:23 主人が僕に言った、『道やかきねのあたりに出て行って、この家がいっぱいになるように、人々を無理やりにひっぱってきなさい。
14:24 あなたがたに言って置くが、招かれた人で、わたしの晩餐にあずかる者はひとりもないであろう』」。

北イスラエル王国は、アッシリヤ捕囚が行われた直後、ヒゼキヤから悔い改めと贖いの祭りである過越祭に招かれた、にもかかわらず、大部分はそれを嘲り、その招きを蹴ってしまった。
それ故、北イスラエル王国は、なお、離散したままとなってしまっている。
しかし、少数ながら、ヒゼキヤの呼びかけに応じる者もあった。

30:11 ただしアセル、マナセ、ゼブルンのうちには身を低くして、エルサレムにきた人々もあった。
30:12 またユダにおいては神の手が人々に一つ心を与えて、王とつかさたちが主の言葉によって命じたことを行わせた。
30:13 こうして二月になって、多くの民は、種入れぬパンの祭を行うためエルサレムに集まったが、非常に大きな会衆であった。
30:14 彼らは立ってエルサレムにあるもろもろの祭壇を取り除き、またすべての香をたく祭壇を取り除いてキデロン川に投げすて、
30:15 二月の十四日に過越の小羊をほふった。そこで祭司たちおよびレビびとはみずから恥じ、身を清めて主の宮に燔祭を携えて来た。
30:16 彼らは神の人モーセの律法に従い、いつものようにその所に立ち、祭司たちは、レビびとの手から血を受けて注いだ。

こうして、二百年以上も途絶えていた過越祭が、盛大に行われた。
祭司やレビ人は自分の身を清めたが、何しろ二百年以上ぶりの祭りである。多くの人々、特に、北イスラエル王国の人々は、規定通りに行う事を知らなかった。

30:17 時に、会衆のうちにまだ身を清めていない者が多かったので、レビびとはその清くないすべての人々に代って過越の小羊をほふり、主に清めてささげた。
30:18 多くの民すなわちエフライム、マナセ、イッサカル、ゼブルンからきた多くの者はまだ身を清めていないのに、書きしるされたとおりにしないで過越の物を食べた。それでヒゼキヤは、彼らのために祈って言った、「恵みふかき主よ、彼らをゆるしてください。
30:19 彼らは聖所の清めの規定どおりにしなかったけれども、その心を傾けて神を求め、その先祖の神、主を求めたのです」。
30:20 主はヒゼキヤに聞いて、民をいやされた。

人々は規定通りに捧げなかった。本来なら主に受け入れられないが、しかし王の執り成しにより、主の恵みによって、主は民をいやして下さった。
主は、霊とまことを尽くした礼拝をこそ、喜ばれるのである。
ヨハネ4:21 イエスは女に言われた、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。
4:22 あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。
4:23 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。
4:24 神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。

30:21 そこでエルサレムに来ていたイスラエルの人々は大いなる喜びをいだいて、七日のあいだ種入れぬパンの祭を行った。またレビびとと祭司たちは日々に主をさんびし、力をつくして主をたたえた。
30:22 そしてヒゼキヤは主の勤めによく通じているすべてのレビびとを深くねぎらった。こうして人々は酬恩祭の犠牲をささげ、その先祖の神、主に感謝して、七日のあいだ祭の供え物を食べた。

霊とまことを尽くした礼拝には、この世のものならぬ喜びがついてくる。
色々なでこぼこはあったものの、真剣に主に立ち返ろうとした二百年以上ぶりの過越祭である。
大きな喜びが沸き起こった。

30:23 なお全会衆は相はかって、さらに七日のあいだ祭を守ることを定め、喜びをもってまた七日のあいだ守った。
30:24 時にユダの王ヒゼキヤは雄牛一千頭、羊七千頭を会衆に贈り、また、つかさたちは雄牛一千頭、羊一万頭を会衆に贈った。祭司もまた多く身を清めた。
30:25 ユダの全会衆および祭司、レビびと、ならびにイスラエルからきた全会衆、およびイスラエルの地からきた他国人と、ユダに住む他国人は皆喜んだ。
30:26 このようにエルサレムに大いなる喜びがあった。イスラエルの王ダビデの子ソロモンの時からこのかた、このような事はエルサレムになかった。
30:27 このとき祭司たちとレビびとは立って、民を祝福したが、その声は聞かれ、その祈は主の聖なるすみかである天に達した。

会衆は、もっと主の喜びを共に喜びたいと、さらに七日、祭りを行い、さらに捧げものが捧げられた。
こうして大きな喜びが沸き起こり、祭司の祝福の声を主は天において聞かれ、人々を祝福してくださった。

私達もヒゼキヤのように、何世紀にも渡って途絶えてしまっていた礼拝、御言葉と聖霊による礼拝を回復すべきである。

ヒゼキヤが真っ先に行った礼拝の回復(2歴代誌29章)
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29:1 ヒゼキヤは王となった時二十五歳で、二十九年の間エルサレムで世を治めた。その母はアビヤと言って、ゼカリヤの娘である。
29:2 ヒゼキヤは父ダビデがすべてなしたように主の良しと見られることをした。
29:3 彼はその治世の第一年の一月に主の宮の戸を開き、かつこれを繕った。

主に忌み嫌われる事をし、主の宮を断ったアハズ王であったが、その子ヒゼキヤは、その父とは反対に、主の目にかなった事をする。
彼が真っ先にした事は、主の宮をきよめる事だった。

29:4 彼は祭司とレビびとを連れていって、東の広場に集め、
29:5 彼らに言った、「レビびとよ、聞きなさい。あなたがたは今、身を清めて、あなたがたの先祖の神、主の宮を清め、聖所から汚れを除き去りなさい。
29:6 われわれの先祖は罪を犯し、われわれの神、主の悪と見られることを行って、主を捨て、主のすまいに顔をそむけ、うしろを向けた。
29:7 また廊の戸を閉じ、ともしびを消し、聖所でイスラエルの神に香をたかず、燔祭をささげなかった。
29:8 それゆえ、主の怒りはユダとエルサレムに臨み、あなたがたが目に見るように、主は彼らを恐れと驚きと物笑いにされた。
29:9 見よ、われわれの父たちはつるぎにたおれ、われわれのむすこたち、むすめたち、妻たちはこれがために捕虜となった。

主に忌み嫌われるものが、主の宮にある状態であり続けるなら、主の妬みが引き起こされた状態となり、災いが絶えない。
ヒゼキヤのこの言葉は、他人事ではない。私達もまた神の神殿であるからだ。

1コリント3:16 あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。
3:17 もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。

私達という「神の宮」を汚し、主に忌み嫌われるものを入れたままであるなら、私達に対し、主の妬みが引き起こされ、災いが続いていしまう。
だから私達も、主に忌み嫌われる習慣や行い、あるいは思考パターンを取り除き、悔い改め、イエス様の血潮をもって清められた状態を保ち続けるべきである。

29:10 今わたしは、イスラエルの神、主と契約を結ぶ志をもっている。そうすればその激しい怒りは、われわれを離れるであろう。
29:11 わが子らよ、今は怠ってはならない。主はあなたがたを選んで、主の前に立って仕えさせ、ご自分に仕える者となし、また香をたく者とされたからである」。
・・・
29:15 彼らはその兄弟たちを集めて身を清め、主の言葉による王の命令に従って、主の宮を清めるためにはいって来た。
29:16 祭司たちが主の宮の奥にはいってこれを清め、主の宮にあった汚れた物をことごとく主の宮の庭に運び出すと、レビびとはそれを受けて外に出し、キデロン川に持って行った。
29:17 彼らは正月の元日に清めることを始めて、その月の八日に主の宮の廊に達した。それから主の宮を清めるのに八日を費し、正月の十六日にこれを終った。

こうして、ヒゼキヤに命じられた事を実行に移した。
宮が清められたという報告を受けたヒゼキヤが、早速その神殿でした事は、罪のためのいけにえを捧げさせた事である。

29:20 そこでヒゼキヤ王は朝早く起きいで、町のつかさたちを集めて、主の宮に上って行き、
29:21 雄牛七頭、雄羊七頭、小羊七頭、雄やぎ七頭を引いてこさせ、国と聖所とユダのためにこれを罪祭とし、アロンの子孫である祭司たちに命じてこれを主の祭壇の上にささげさせた。
29:22 すなわち、雄牛をほふると、祭司たちはその血を受けて祭壇にふりかけ、また雄羊をほふると、その血を祭壇にふりかけ、また小羊をほふると、その血を祭壇にふりかけた。
29:23 そして罪祭の雄やぎを王と会衆の前に引いて来たので、彼らはその上に手を置いた。
29:24 そして祭司たちはこれをほふり、その血を罪祭として祭壇の上にささげてイスラエル全国のためにあがないをした。これは王がイスラエル全国のために燔祭および罪祭をささげることを命じたためである。

私達も、主に忌み嫌われるものを取り除いたなら、自らをイエスの血潮で清めるのである。
そうして次にヒゼキヤが回復したのは、賛美のいけにえであった。

29:25 王はまたレビびとを主の宮に置き、ダビデおよび王の先見者ガドと預言者ナタンの命令に従って、これにシンバル、立琴および琴をとらせた。これは主がその預言者によって命じられたところである。
29:26 こうしてレビびとはダビデの楽器をとり、祭司はラッパをとって立った。
29:27 そこでヒゼキヤは燔祭を祭壇の上にささげることを命じた。燔祭をささげ始めた時、主の歌をうたい、ラッパを吹き、イスラエルの王ダビデの楽器をならし始めた。
・・・
29:30 またヒゼキヤ王およびつかさたちはレビびとに命じて、ダビデと先見者アサフの言葉をもって主をさんびさせた。彼らは喜んでさんびし、頭をさげて礼拝した。
29:31 その時、ヒゼキヤは言った、「あなたがたはすでに主に仕えるために身を清めたのであるから、進みよって、主の宮に犠牲と感謝の供え物を携えて来なさい」と。そこで会衆は犠牲と感謝の供え物を携えて来た。また志ある者は皆燔祭を携えて来た。

私達自身、生きた神への供え物とし、賛美と祈りの香を主の前に立ち上らせ、全てを尽くして主に捧げるなら、大きな喜びが沸き起こる。

29:35 このほかおびただしい燔祭があり、また、酬恩祭の脂肪および燔祭の灌祭もあった。こうして、主の宮の勤めは回復された。
29:36 この事は、にわかになされたけれども、神がこのように民のために備えをされたので、ヒゼキヤおよびすべての民は喜んだ。

ヒゼキヤが礼拝を回復したように、もし、私達も罪の行いを悔い改め、御前に捧げるなら、天において大きな喜びが御使いたちの間で沸き起こり、その喜びが地上の私達にも移って行くのである。

ルカ15:4 「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。
15:5 そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、
15:6 家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。
15:7 よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよろこびが、天にあるであろう。

主に立ち返るべき時に、ついに立ち返らなかったアハズ王(2歴代誌28:22-27)
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暴力と卑怯な力で名を馳せている暴走族の力を利用して自分の望みを成し遂げようとすると、逆に暴力的な事と卑怯な事に常に悩まされる事になる。
アハズ王はまさにその状態だった。

2歴代誌28:22 このアハズ王はその悩みの時にあたって、ますます主に罪を犯した。
28:23 すなわち、彼は自分を撃ったダマスコの神々に、犠牲をささげて言った、「スリヤの王たちの神々はその王たちを助けるから、わたしもそれに犠牲をささげよう。そうすれば彼らはわたしを助けるであろう」と。しかし、彼らはかえってアハズとイスラエル全国とを倒す者となった。

暴力と卑怯に悩まされたのだったら、憐れみと義であられる主に立ち返ればよかったものを、彼は全く逆の道を行ってしまった。

2列王記16:10 アハズ王はアッスリヤの王テグラテピレセルに会おうとダマスコへ行ったが、ダマスコにある祭壇を見たので、アハズ王はその祭壇の作りにしたがって、その詳しい図面と、ひな型とを作って、祭司ウリヤに送った。
16:11 そこで祭司ウリヤはアハズ王がダマスコから送ったものにしたがって祭壇を建てた。すなわち祭司ウリヤはアハズ王がダマスコから帰るまでにそのとおりに作った。
16:12 王はダマスコから帰ってきて、その祭壇を見、祭壇に近づいてその上に登り、
16:13 燔祭と素祭を焼き、灌祭を注ぎ、酬恩祭の血を祭壇にそそぎかけた。
16:14 彼はまた主の前にあった青銅の祭壇を宮の前から移した。すなわちそれを新しい祭壇と主の宮の間から移して、新しい祭壇の北の方にすえた。
16:15 そしてアハズ王は祭司ウリヤに命じて言った、「朝の燔祭と夕の素祭および王の燔祭とその素祭、ならびに国中の民の燔祭とその素祭および灌祭は、この大きな祭壇(KJV: "great altar")の上で焼きなさい。また燔祭の血と犠牲の血はすべてこれにそそぎかけなさい。あの青銅の祭壇をわたしは伺いを立てるのに用いよう」。
16:16 祭司ウリヤはアハズ王がすべて命じたとおりにおこなった。

彼は主を捨て、自分がこしらえたものを「大きな祭壇(KJV: "グレート・オルター")」と呼び、主がモーセを通して与えて下さった礼拝規定を曲げ、祭司はその言うことを聞いてしまった。
教会で礼拝するよりも、暴走族と一緒に走るほうがカッコ良くて栄えているかのように思っている子が、自分も彼らのようにバイクをキラキラ飾って”グレート・バイク”を乗り回せば栄えるだろう、と勘違いしているかのように。
彼がこんな事をするのは、どの神でも良かったからだ。自分の思い通りになるのならば。
日本には学業の神、安産の神、恋愛成就の神などいるとされるが、いずれも、自分の願望通りになる事を願って、人間がそのような神々を身勝手に作ったのに過ぎない。

イザヤ8:5 主はまた重ねてわたしに言われた、
8:6 「この民はゆるやかに流れるシロアの水を捨てて、レヂンとレマリヤの子の前に恐れくじける。
8:7 それゆえ見よ、主は勢いたけく、みなぎりわたる大川の水を彼らにむかってせき入れられる。これはアッスリヤの王と、そのもろもろの威勢とであって、そのすべての支流にはびこり、すべての岸を越え、
8:8 ユダに流れ入り、あふれみなぎって、首にまで及ぶ。インマヌエルよ、その広げた翼はあまねく、あなたの国に満ちわたる」。
8:9 もろもろの民よ、打ち破られて、驚きあわてよ。遠き国々のものよ、耳を傾けよ。腰に帯して、驚きあわてよ。腰に帯して、驚きあわてよ。
8:10 ともに計れ、しかし、成らない。言葉を出せ、しかし、行われない。「神がわれわれと共におられる(インマヌエル)」からである。

イザヤ書のこのわずかな節に「インマヌエル」という言葉が二回でてくる。
インマヌエル、主は共におられる、という意味であるが、それは主を敬う人々にとっては慰めに満ちた名前だが、主を捨て去る者には逆に災いをもたらす名となってしまう。
シロアの水は、ソロモンが王になった所である。王を立て、王を廃らせる力のある主を捨てて、アッシリヤに助けを求めてしまったアハズ王に対しては、インマヌエルの翼は慰めに溢れる翼ではなく、災いの水が喉元まで溢れる翼となってしまうのだ。
そこで主は言われる。

イザヤ8:11 主は強いみ手をもって、わたしを捕え、わたしに語り、この民の道に歩まないように、さとして言われた、
8:12 「この民がすべて陰謀ととなえるものを陰謀ととなえてはならない。彼らの恐れるものを恐れてはならない。またおののいてはならない。
8:13 あなたがたは、ただ万軍の主を聖として、彼をかしこみ、彼を恐れなければならない。

私達は、アハズ王の道に習わず、主を聖とし、彼を恐れ敬わなくてはならない。
そうでない者には、夜明けがない。(20節)
アハズ王は主を敬わず、災いに遭ってもなお立ち返らず、さらに罪を犯し、16年という短い統治で、栄えることなく終わってしまう。

2歴代誌28:24 アハズは神の宮の器物を集めて、神の宮の器物を切り破り、主の宮の戸を閉じ、エルサレムのすべてのすみずみに祭壇を造り、
28:25 ユダのすべての町々に高き所を造って、他の神々に香をたきなどして、先祖の神、主の怒りを引き起した。
28:26 アハズのその他の始終の行為およびそのすべての行動は、ユダとイスラエルの列王の書にしるされている。
28:27 アハズはその先祖たちと共に眠ったので、エルサレムの町にこれを葬った。しかし、イスラエルの王たちの墓には持って行かなかった。その子ヒゼキヤが彼に代って王となった。

アハズ王は、罪に罪を重ね、信仰の先人の列に加えられる事なく、イスラエルの歴史に恥として残ってしまった。
主に従わない者は、正しい者の集いに立てない。
私達は主を敬い、その教えを喜びとし、御言葉に従って歩み、アハズ王のような災いとは無縁の人生を全うしたい。

詩篇1:1 悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
1:2 このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。
1:3 このような人は流れのほとりに植えられた木の/時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。
1:4 悪しき者はそうでない、風の吹き去るもみがらのようだ。
1:5 それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。
1:6 主は正しい者の道を知られる。しかし、悪しき者の道は滅びる。

暴力的な強さを頼もしく思ってより頼む者は、暴力によって悩まされる(2歴代誌28:16-21)
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アハズ王は主を捨て去り、自分の子達を邪教の神に捧げる事までして主に忌み嫌われる事を行った。
その結果、王国に諸々の災いをもたらす事となり、アラムや北イスラエル王国の二つの王国によって1日に12万の兵士が殺されるという大損害を負い、さらには20万の女子供向が生け捕りにされ連れて行かれるという事が起こった。
しかし主の憐れみにより、一人の預言者の北イスラエル王国に対する言葉によって、その20万は無事帰された。

そのような大きな恵みを主から受けたにもかかわらず、アハズ王は主により頼むという事をしない。
この時、主からどのような言葉を頂き、そしてアハズ王はどれほど主に対して失礼を犯したか、イザヤ書を見れば分かる。

イザヤ7:1 ユダの王、ウジヤの子ヨタム、その子アハズの時、スリヤの王レヂンとレマリヤの子であるイスラエルの王ペカとが上ってきて、エルサレムを攻めたが勝つことができなかった。
7:2 時に「スリヤがエフライムと同盟している」とダビデの家に告げる者があったので、王の心と民の心とは風に動かされる林の木のように動揺した。
7:3 その時、主はイザヤに言われた、「今、あなたとあなたの子シャル・ヤシュブと共に出て行って、布さらしの野へ行く大路に沿う上の池の水道の端でアハズに会い、
7:4 彼に言いなさい、『気をつけて、静かにし、恐れてはならない。レヂンとスリヤおよびレマリヤの子が激しく怒っても、これら二つの燃え残りのくすぶっている切り株のゆえに心を弱くしてはならない。

主は預言者イザヤに、子供をつれて、どこどこでアハズに出会いなさい、と、細やかな指示をされた。
そうして伝えるべき主の御言葉は、「気をつけて、静かにし、恐れてはならない」「心を弱くしてはならない」だった。

7:5 スリヤはエフライムおよびレマリヤの子と共にあなたにむかって悪い事を企てて言う、
7:6 「われわれはユダに攻め上って、これを脅かし、われわれのためにこれを破り取り、タビエルの子をそこの王にしよう」と。
7:7 主なる神はこう言われる、この事は決して行われない、また起ることはない。
7:8 スリヤのかしらはダマスコ、ダマスコのかしらはレヂンである。(六十五年のうちにエフライムは敗れて、国をなさないようになる。)
7:9 エフライムのかしらはサマリヤ、サマリヤのかしらはレマリヤの子である。もしあなたがたが信じないならば、立つことはできない』」。

実際この預言の通り、北イスラエル王国は65年の内にアッシリヤによって滅ぼされ、国の体裁を失ってしまう。
主に不信の罪を犯して来たアハズ王と南ユダ王国には、有り余るほどの恵みの預言が与えられた。
そして、その救いを自分のものにするための条件は、「気をつけて、静かにし、恐れてはならない」「心を弱くしてはならない」であった。

さらに主は言われる。
7:10 主は再びアハズに告げて言われた、
7:11 「あなたの神、主に一つのしるしを求めよ、陰府のように深い所に、あるいは天のように高い所に求めよ」。

主はなんと憐れみ深いお方だろう。
あんなにも主に忌み嫌われる事を行ったにもかかわらず、主はアハズに、あなたは確かに助かる、証拠として何でもしるしを求めなさい、とまで言って下さった。

7:12 しかしアハズは言った、「わたしはそれを求めて、主を試みることをいたしません」。

彼が今までしてきた事を見るなら、「主を試みることをいたしません」などと言える立場ではない。
彼は今まで主に依り頼んで来なかったというのに、主の側が、そこまで降りて来てくださり、譲歩して下さったのだから、主に何でも求めて、主が為してくださる素晴らしい御業を体験するべきなのに、なおも「主に求めません」と言うとは、なんと失礼な事だろう。
それは、主を煩わせる事であった。

7:13 そこでイザヤは言った、「ダビデの家よ、聞け。あなたがたは人を煩わすことを小さい事とし、またわが神をも煩わそうとするのか。
7:14 それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。

驚く事に、ここに処女がみごもる預言、インマヌエル預言、すなわちイエス様が生まれる預言がなされる。
最も不信仰な王が、主に期待しない事の告白をした時に与えられた預言、それは、インマヌエルなる主が、処女を通して与えられる預言である。
頑として主に求めない不信仰な人間に、主は一方的に降りて来て、一方的に救おうとされたのだ。

これらの預言が為されたにもかかわらず、アハズは、落ち着いて静かに信頼できず、身勝手な行動に出てしまう。

28:16 その時アハズ王は人をアッスリヤの王につかわして助けを求めさせた。

アハズ王は、主から与えられた言葉を早速無視し、アッシリヤに助けを求めにいく。

2列王記16:7 そこでアハズは使者をアッスリヤの王テグラテピレセルにつかわして言わせた、「わたしはあなたのしもべ、あなたの子です。スリヤの王とイスラエルの王がわたしを攻め囲んでいます。どうぞ上ってきて、彼らの手からわたしを救い出してください」。
16:8 そしてアハズは主の宮と王の家の倉にある金と銀をとり、これを贈り物としてアッスリヤの王におくったので、
16:9 アッスリヤの王は彼の願いを聞きいれた。すなわちアッスリヤの王はダマスコに攻め上って、これを取り、その民をキルに捕え移し、またレヂンを殺した。

アハズ王がアッシリヤの暴力的な悪の強さが圧倒的だったから、それが頼もしく見えたのだろう。
しかし、暴力的で強いいじめっ子に、母の財布からくすねたお金を持って行って「あのいじめっ子を襲ってください」などと言うとしたら、その後どうなるだろうか。大体予想はつく。
彼は外交儀礼上、「わたしはあなたのしもべ、あなたの子です」と口先で言ったのかもしれないが、発した言葉は、力を持つものである。このことばによって、南ユダ王国は、アッシリヤに好き放題つけこまれる足がかりをつくってしまった。
一見すると、アッシリヤによって問題解決したかのように見えたが、アッシリヤとの因縁をつくってしまった故、南ユダ王国はその後、アッシリヤから執拗にゆすりたかられる事となる。

2歴代誌28:20 アッスリヤの王テルガデ・ピルネセルは彼の所に来たが、彼に力を添えないで、かえって彼を悩ました。
28:21 アハズは主の宮と王の家、およびつかさたちの家の物を取ってアッスリヤの王に与えたが、それはアハズの助けにはならなかった。

アハズ王は母の財布からくすねるどころの話ではなく、主の宮から宝を取ってアッシリヤをなだめても無駄だった。
暴力的なことで名を馳せる者には、なけなしのお金を出して誠意を見せれば脅しを辞めてくれる、と思ってはならない。
彼らはむしろ「こいつは脅せば、もっとゆすり取れる」と思うものなのだ。
こうしてアハズ王は、アッシリヤから因縁をつけられ、脅され、ゆすり取られる行動パターンをつくってしまった。

主からの最初の助言は何だっただろうか。
「気をつけて、静かにし、恐れてはならない」「心を弱くしてはならない」だった。
しかしそれを好まず、恵み深い主に信頼する道を捨て、アッシリヤの暴力に頼ってしまった故に、アッシリヤから逆に悩まされる事になってしまった。

イザヤ30:15 主なる神、イスラエルの聖者はこう言われた、「あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る」。しかし、あなたがたはこの事を好まなかった。
30:16 かえって、あなたがたは言った、「否、われわれは馬に乗って、とんで行こう」と。それゆえ、あなたがたはとんで帰る。また言った、「われらは速い馬に乗ろう」と。それゆえ、あなたがたを追う者は速い。
30:17 ひとりの威嚇によって千人は逃げ、五人の威嚇によってあなたがたは逃げて、その残る者はわずかに/山の頂にある旗ざおのように、丘の上にある旗のようになる。

主を信頼する所に力がある。
しかし、自分勝手な者は、いたずらに力を浪費し、労に労を重ねた挙句、干からびてしまうものだ。

忌み嫌われる事を行ったアハズと南ユダ王国と、彼らに示された主の憐れみ(2歴代誌28:1-15)
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ヨタムは信仰を子供に、その民に受け継がせる事に失敗し、その恐ろしい”つけ”が、後代において刈り取ってしまうことになる。
それまでの王達は、最初は主の目に良い事を行い、それで祝福されると高ぶってしまい、晩節を汚すという事が数代続いたが、アハズは最初から主の目に忌み嫌われる事を行った。

28:1 アハズは王となった時二十歳で、十六年の間エルサレムで世を治めたが、その父ダビデとは違って、主の良しと見られることを行わず、
28:2 イスラエルの王たちの道に歩み、またもろもろのバアルのために鋳た像を造り、
28:3 ベンヒンノムの谷で香をたき、その子らを火に焼いて供え物とするなど、主がイスラエルの人々の前から追い払われた異邦人の憎むべき行いにならい、
28:4 また高き所の上、丘の上、すべての青木の下で犠牲をささげ、香をたいた。

アハズは偶像礼拝をもたらしてしまった。その結果どうなるか、十戒で真っ先に書いてある。
20:2 「わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。
20:3 あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
20:4 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。
20:5 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、
20:6 わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。

偶像礼拝は、主に忌み嫌われ、それを行う者は3代4代に呪いが及ぶ。
しかしアハズの子ヒゼキヤは主の目にかなった行いをした故に祝福されたように、もし親の代の偶像礼拝を忌み嫌うものとして自分の中から投げ捨てるなら、その人はその行い故に祝福される。

アハズはなんと、自分の子達を火で焼いていけにえとする邪教の教えにも習ってしまった。
そのような者はイスラエルの中でどうすべきか、主はあらかじめ示しておられる。
レビ記20:2 「イスラエルの人々に言いなさい、『イスラエルの人々のうち、またイスラエルのうちに寄留する他国人のうち、だれでもその子供をモレクにささげる者は、必ず殺されなければならない。すなわち、国の民は彼を石で撃たなければならない。
20:3 わたしは顔をその人に向け、彼を民のうちから断つであろう。彼がその子供をモレクにささげてわたしの聖所を汚し、またわたしの聖なる名を汚したからである。
20:4 その人が子供をモレクにささげるとき、国の民がもしことさらに、この事に目をおおい、これを殺さないならば、
20:5 わたし自身、顔をその人とその家族とに向け、彼および彼に見ならってモレクを慕い、これと姦淫する者を、すべて民のうちから断つであろう。

つまり、自分の子を犠牲に捧げるような者は、本来、殺さなければならない。
そしてそれを見て見ぬふりをし、あるいは同意する者も同様である。
それなのに、アハズの時代は国がこぞってそうなってしまった。

律法に照らすなら、本来、すぐにでも滅ぼされても仕方がない事を彼らはしていたのだが、すぐに皆が殺されるという事を主はしない。
本来殺されるはずの罪人が、すぐに殺されず、立ち返る道が与えられる。これを、恵みという。
主は恵みの時、悔い改めて立ち返る事ができる時間を与えられた。

2歴代誌28:5 それゆえ、その神、主は彼をスリヤの王の手に渡されたので、スリヤびとは彼を撃ち破り、その民を多く捕虜として、ダマスコに引いて行った。彼はまたイスラエルの王の手にも渡されたので、イスラエルの王も彼を撃ち破って大いに殺した。
28:6 すなわちレマリヤの子ペカはユダで一日のうちに十二万人を殺した。皆勇士であった。これは彼らがその先祖の神、主を捨てたためである。
28:7 その時、エフライムの勇士ジクリという者が王の子マアセヤ、宮内大臣アズリカムおよび王に次ぐ人エルカナを殺した。
28:8 イスラエルの人々はついにその兄弟のうちから婦人ならびに男子、女子など二十万人を捕虜にし、また多くのぶんどり物をとり、そのぶんどり物をサマリヤに持って行った。

たった一日で戦士が十二万人も殺されたばかりでなく、王の子や側近の者達が殺されてしまった。
そればかりでなく、婦人や男女二十万人もの人々が、捕虜にされ、連れて行かれ、また財産も多くぶんどり物として持って行かれてしまった。
その理由は明らかで「これは彼らがその先祖の神、主を捨てたためである。」(28:6)

神の民が、主に忌み嫌われるものを抱えたままでは、敵の前に立つことは出来ない。
その戦いは、必ず散々な目に遭うものだ。次のように書いてある。

ヨシュア記7:10 主はヨシュアに言われた、「立ちなさい。あなたはどうして、そのようにひれ伏しているのか。
7:11 イスラエルは罪を犯し、わたしが彼らに命じておいた契約を破った。彼らは奉納物を取り、盗み、かつ偽って、それを自分の所有物のうちに入れた。
7:12 それでイスラエルの人々は敵に当ることができず、敵に背をむけた。彼らも滅ぼされるべきものとなったからである。あなたがたが、その滅ぼされるべきものを、あなたがたのうちから滅ぼし去るのでなければ、わたしはもはやあなたがたとは共にいないであろう。
7:13 立って、民を清めて言いなさい、『あなたがたは身を清めて、あすのために備えなさい。イスラエルの神、主はこう仰せられる、「イスラエルよ、あなたがたのうちに、滅ぼされるべきものがある。その滅ぼされるべきものを、あなたがたのうちから除き去るまでは、敵に当ることはできないであろう」。
7:14 それゆえ、あすの朝、あなたがたは部族ごとに進み出なければならない。そして主がくじを当てられる部族は、氏族ごとに進みいで、主がくじを当てられる氏族は、家族ごとに進みいで、主がくじを当てられる家族は、男ひとりびとり進み出なければならない。
7:15 そしてその滅ぼされるべきものを持っていて、くじを当てられた者は、その持ち物全部と共に、火で焼かれなければならない。主の契約を破りイスラエルのうちに愚かなことを行ったからである』」。

本来滅ぼされて仕方のないイスラエルの前に、さらに主の憐れみが注がれる。

28:9 その時そこに名をオデデという主の預言者があって、サマリヤに帰って来た軍勢の前に進み出て言った、「見よ、あなたがたの先祖の神、主はユダを怒って、これをあなたがたの手に渡されたが、あなたがたは天に達するほどの怒りをもってこれを殺した。
28:10 そればかりでなく、あなたがたは今、ユダとエルサレムの人々を従わせて、自分の男女の奴隷にしようと思っている。しかしあなたがた自身もまた、あなたがたの神、主に罪を犯しているではないか。
28:11 いまわたしに聞き、あなたがたがその兄弟のうちから捕えて来た捕虜を放ち帰らせなさい。主の激しい怒りがあなたがたの上に臨んでいるからです」。

南ユダ王国は確かに滅ぼされて仕方ない事を行った故に、たった一日で合計32万が取り去られてしまうような、甚大な災いを被ったが、しかし主は南ユダ王国のみならず、北イスラエル王国にも憐れみのわざをするチャンスを、預言者を通して与えられた。
主は北イスラエル王国の人々に対し、南ユダ王国の捕虜20万を「兄弟たち」と呼んだ。彼らに憐れみを施しなさい、と。
果たして北イスラエル王国は、その憐れみのわざを行った。

28:12 そこでエフライムびとのおもなる人々、すなわちヨハナンの子アザリヤ、メシレモテの子ベレキヤ、シャルムの子ヒゼキヤ、ハデライの子アマサらもまた、戦争から帰った者どもに向かって立ちあがり、
28:13 彼らに言った、「捕虜をここに引き入れてはならない。あなたがたはわたしどもに主に対するとがを得させて、さらにわれわれの罪とがを増し加えようとしている。われわれのとがは大きく、激しい怒りがイスラエルの上に臨んでいるからです」。
28:14 そこで兵卒どもがその捕虜とぶんどり物をつかさたちと全会衆の前に捨てておいたので、
28:15 前に名をあげた人々が立って捕虜を受け取り、ぶんどり物のうちから衣服をとって、裸の者に着せ、また、くつをはかせ、食い飲みさせ、油を注ぎなどし、その弱い者を皆ろばに乗せ、こうして彼らをしゅろの町エリコに連れて行って、その兄弟たちに渡し、そしてサマリヤに帰って来た。

このサマリヤの人たちが示した憐れみの行動、何か新約の、良きサマリヤ人のたとえを思い起こさせるキーワードが、たくさんある。

ルカ10:29 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。
10:30 イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
10:31 するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。
10:32 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。
10:33 ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、
10:34 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
10:35 翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。
10:36 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。
10:37 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。

北イスラエル王国は、アハズという強盗によって散々な目に遭った南ユダ王国の人々に対し、裸の者には着させ、くつをはかせ、飲み食いさせ、油を塗り、弱っている人を動物に乗せてはこび、エリコへと導いて、「隣人」となり、よきサマリヤ人になった。
これによって、どれほど主の憐れみが北イスラエル王国に、南ユダ王国に示された事だろう。

しかし南ユダ王国のアハズは、その主が示してくださった憐れみをもって悔い改めるのではなく、かえって、なにをしても赦されるのだと思ったのか、より主に忌み嫌われる方面へと進んでしまう事になる。

善王ヨタムの短かった統治(2歴代誌27章)
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ヨタムから遡る3代の王達、ヨアシュ、アマツヤ、ウジヤと共通している事は、その統治の最初は主に従う良い王として鳴り響かせていたが、祝福され勢力が増し加わるにつれて高慢になり、失敗で人生を終えてしまう、という点だった。
しかし、ウジヤの子ヨタム王は、そのような失敗をしたという点がなく統治を終えている。

27:1 ヨタムは王となった時二十五歳で、十六年の間エルサレムで世を治めた。その母はザドクの娘で名をエルシャといった。
27:2 ヨタムはその父ウジヤがしたように主の良しと見られることをした。しかし主の宮には、はいらなかった。民はなお悪を行った。

ヨタムは父ウジヤの失敗を歩まないように気をつけたのだろう。
しかし彼の主の良しと見られることをしたにもかかわらず、「民はなお悪を行った。」

27:3 彼は主の宮の上の門を建て、オペルの石がきを多く築き増し、
27:4 またユダの山地に数個の町を建て、林の間に城とやぐらを築いた。
27:5 彼はアンモンびとの王と戦ってこれに勝った。その年アンモンの人々は銀百タラント、小麦一万コル、大麦一万コルを彼に贈った。アンモンの人々は第二年にも第三年にも同じように彼に納めた。

このように軍備を整え、実際に勝利し、多くの貢を納めさせる事に成功した。

27:6 ヨタムはその神、主の前にその行いを堅くしたので力ある者となった。
27:7 ヨタムのその他の行為、そのすべての戦いおよびその行いなどは、イスラエルとユダの列王の書にしるされている。
27:8 彼は王となった時、二十五歳で、十六年の間エルサレムで世を治めた。
27:9 ヨタムはその先祖と共に眠ったので、ダビデの町に葬られ、その子アハズが彼に代って王となった。

彼についての記述は、以上のように短い。列王記の並行箇所においては、わずか7節で記している。
彼が良い王であった、にもかかわらず、どうしてこんなにも短いのかが気になる。
彼の、紙面に現れていない点について、注目して行きたい。

彼は、自分の子供に信仰を伝授する事と、彼の民に信仰を浸透させる事には熱心でなかったと言える。
2節に「民はなお悪を行った」とあるし、また彼の子・アハズはとんでもない悪い王になってしまうからだ。

イスラエルの民が、バビロン捕囚から2500年もの間信仰が継続され、国として復興できたのは、ひとえに信仰の伝授を徹底させたからだと言っても過言ではない。
イスラエルにとって最も大事な命令は、次の言葉である。

申命記6:4 イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。
6:5 あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。
6:6 きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に留め、
6:7 努めてこれをあなたの子らに教え、あなたが家に座している時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時も、これについて語らなければならない。
6:8 またあなたはこれをあなたの手につけてしるしとし、あなたの目の間に置いて覚えとし、
6:9 またあなたの家の入口の柱と、あなたの門とに書きしるさなければならない。

すなわち、自分自身が全てを尽くして主に従う事、子供に伝授する事、そして、わが家は主に従う家とする事。
これらをイスラエルの民は何よりも大事にして来たゆえに、イスラエルの民の信仰が存続して来たのだ。
これはクリスチャンはぜひとも見習うべきである。クリスチャンは伝道は熱心にして来たものの、子供に御言葉教育を施す事をどういうわけか疎かにし、せっかくリバイバルが起きても、2代目・3代目になると信仰が廃れてしまうという歴史を繰り返して来た。
御言葉教育こそ、今の私達に最も必要な事である。

なぜヨタムの統治はわずか16年、41歳の若さで夭折したのだろう。
人生、寿命が伸びれば良いというものではない。
彼の後に起きるヒゼキヤという王もまた、最初は主に熱心に仕える良い王であった。彼が貫いた従順と忍耐も、主の御前にとても高貴なものである。
しかし彼の、王としての統治の絶頂の時、彼は病にかかり、預言者イザヤから、もうじき死ぬから身辺整理せよ、と宣告される。
なぜあの素晴らしい人が?という事はあるが、主は全てのいのちを計っておられ、主の為される事は時に適って最善なのだ。
人は弱くいつでも主に喜ばれる歩みをするとは限らない。
実は、命が延長されない方が良い事もあるのだ。

2歴代誌32:24 そのころ、ヒゼキヤは病んで死ぬばかりであったが、主に祈ったので、主はこれに答えて、しるしを賜わった。
32:25 ヒゼキヤはその受けた恵みに報いることをせず、その心が高ぶった

ヒゼキヤは、せっかく主からもらった15年の命を、悪い事に用いてしまった。
彼が癒やされた事や、大いなるしるしが起きた事で、バビロンから使節が来たのだが、それに気をよくし、宝物倉も武器倉も全てを彼らに見せたのだ。
しかし、これが元となって、彼が見せた全ては将来全てバビロンに奪われてしまうばかりでなく、彼の子達もそこで宦官にされてしまう事さえイザヤは預言した。
『ヒゼキヤはイザヤに言った、「あなたが言われた主の言葉は結構です」。彼は「少なくとも自分が世にある間は太平と安全があるだろう」と思ったからである。』
彼のこの言葉からは、自分のいのちと保身にしか関心が無い事がわかる。彼は当初、とても高貴な信仰の働きをしたのに、こんなにも卑しい心に成り下がってしまった様を見るのは、とても残念な事だ。

ヨタムは、若くして王権といのちが取られたが、それは、主の憐れみだったのかもしれない。
命がとられる事、それは必ずしも災いではない。

黙示録14:13 またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』」。御霊も言う、「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」。

詩篇90:3 あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。
90:4 あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜の間のひと時のようです。
90:5 あなたは人を大水のように流れ去らせられます。彼らはひと夜の夢のごとく、あしたにもえでる青草のようです。
90:6 あしたにもえでて、栄えるが、夕べには、しおれて枯れるのです。
・・・
90:12 われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください。

私達は自分の日数を正しく数える事を教えてください、と、主に祈るべきである。
あとどのくらい生きられるのか、という事ではなく、たとえ今日、いのちが取られるとしても、恥じることも悔いる事もないような、主に仕える「今日」を積み上げていく事こそ、キリスト者の生き方なのだ。
 

高慢と怒り - 主を恐れる事を忘れさせ、地獄のさばきの感覚を麻痺させる麻薬(2歴代誌26章)
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26:1 そこでユダの民は皆ウジヤをとって王となし、その父アマジヤに代らせた。時に十六歳であった。
26:2 彼はエラテを建てて、これをふたたびユダのものにした。これはかの王がその先祖たちと共に眠った後であった。
26:3 ウジヤは王となった時十六歳で、エルサレムで五十二年の間世を治めた。その母はエルサレムの者で名をエコリヤといった。
26:4 ウジヤは父アマジヤがしたように、すべて主の良しと見られることを行った。

ウジヤ王の父アマツヤ以前の3代はマタイ1章の系図から除外されていたが、ウジヤ王から再び掲載されるようになる。
彼が主の目に適う事を行ったからである。しかし、そこには次の但し書きがある。

26:5 彼は神を恐れることを自分に教えたゼカリヤの世にある日の間、神を求めることに努めた。彼が主を求めた間、神は彼を栄えさせられた。

彼にはゼカリヤという霊的に指導する人がいて、その人が生きている間、神を求めることに努めた、と書いてある。
という事は、このゼカリヤという指導者がいなくなってしまったとたん、そうではなくなってしまったのだ。
それは全く、彼の祖父・ヨアシュと同じ道である。
しかし、心と信仰はどうあれ、神の命令を守り行っている限り、祝福はついて回る。

26:6 彼は出てペリシテびとと戦い、ガテの城壁、ヤブネの城壁およびアシドドの城壁をくずし、アシドドの地とペリシテびとのなかに町を建てた。
26:7 神は彼を助けてペリシテびとと、グルバアルに住むアラビヤびとおよびメウニびとを攻め撃たせられた。
26:8 アンモンびとはウジヤにみつぎを納めた。ウジヤは非常に強くなったので、その名はエジプトの入口までも広まった。
26:9 ウジヤはまたエルサレムの隅の門、谷の門および城壁の曲りかどにやぐらを建てて、これを堅固にした。
26:10 彼はまた荒野にやぐらを建て、また多くの水ためを掘った。彼は平野にも平地にもたくさんの家畜をもっていたからである。彼はまた農事を好んだので、山々および肥えた畑には農夫とぶどうをつくる者をもっていた。

彼の治世は、内政においても軍事においても祝福され、その名声は鳴り響いた。
心はどうあれ、御言葉の通りを守り行う人は、祝福される。これは現代のユダヤ人を見ていると、確かにその通りだと実感できる。
彼らはイエス様を信じる信仰は無いが、律法の行いがあるため、世界中どこにいても有力者となりお金持ちとなり支配者となっている。
ひきかえクリスチャンは、信仰はあっても行いが無いと、経済においても地位においても、彼らと比べるなら祝福されていない。行いが伴っていないからである。

26:15 彼はまたエルサレムで技術者の考案した機械を造って、これをやぐらおよび城壁のすみずみにすえ、これをもって矢および大石を射出した。こうして彼の名声は遠くまで広まった。彼が驚くほど神の助けを得て強くなったからである。

ここに書いてある通り、ウジヤ王が強くなったのは、神からの驚くほどの助けがあったからである。
私達もいつも主の助けによって強くされるという事を、あるいは主にあって強くされたという事を、忘れてはならない。
ウジヤ王は、祝福を受けた絶頂期に、忘れてしまった。

26:16 ところが彼は強くなるに及んで、その心に高ぶり、ついに自分を滅ぼすに至った。すなわち彼はその神、主にむかって罪を犯し、主の宮にはいって香の祭壇の上に香をたこうとした。

聖所で主に香を炊けるのは、アロンの子孫の祭司のみである事が律法に書いてある。(出エジプト記30:7-8)
だから王といえども聖所に入る事や香を炊くことは、律法違反であり、主に対する不敬の罪である。

26:17 その時、祭司アザリヤは主の祭司である勇士八十人を率いて、彼のあとに従ってはいり、
26:18 ウジヤ王を引き止めて言った、「ウジヤよ、主に香をたくことはあなたのなすべきことではなく、ただアロンの子孫で、香をたくために清められた祭司たちのすることです。すぐ聖所から出なさい。あなたは罪を犯しました。あなたは主なる神から栄えを得ることはできません」。

偉大な王として名声を鳴り響かせて久しい王に戒めるというのは難しい事かもしれない。しかし、祭司アザルヤは正しく戒めた。
この時点で、ウジヤ王は主に打たれてはいない。
この時、戒めを受け、自分のしたいと思っていた事を止めて出ていれば良かったのであるが、彼は戒めを、怒りとともに退けてしまう。

26:19 するとウジヤは怒りを発し、香炉を手にとって香をたこうとしたが、彼が祭司に向かって怒りを発している間に、らい病がその額に起った。時に彼は主の宮で祭司たちの前、香の祭壇のかたわらにいた。
26:20 祭司の長アザリヤおよびすべての祭司たちが彼を見ると、彼の額にらい病が生じていたので、急いで彼をそこから追い出した。彼自身もまた主に撃たれたことを知って、急いで出て行った。

ウジヤは、聖別されていない身で、怒りの心をもって、主に香を焚こうとした。
大祭司アロンの子、ナダブとアビフさえ、御前で異なった香を焚こうとしたなら御前から火が出て打たれたのだ。(レビ記10章)
それはどれ程大きな罪であっただろうか。
主の御前で、ふさわしくない者、ふさわしくない心で、祈りの香、賛美の香、奉仕という香を上らせるのは、忌み嫌われる事である。
モーセの姉ミリヤムさえも、妬みと怒りによってモーセを訴えた結果、主は彼女をらい病で打たれた。(民数記12章)
私達は、ウジヤのように、怒り狂ったような、ふさわしくない心で主に捧げていないだろうか。
それは恐ろしい事をその身に招く。

26:21 ウジヤ王は、死ぬ日までらい病人であった。彼はらい病人であったので、離れ殿に住んだ。主の宮から断たれたからである。その子ヨタムが王の家をつかさどり、国の民を治めた。
26:22 ウジヤのその他の始終の行為は、アモツの子預言者イザヤがこれを書きしるした。
26:23 ウジヤは先祖たちと共に眠ったので、人々は「彼はらい病人である」と言って、王たちの墓に連なる墓地に、その先祖たちと共に葬った。その子ヨタムが彼に代って王となった。

ウジヤは王権からも主の宮からも追い出されてしまい、王が葬られるべき所に葬ってもらえなかった。
私達も、高ぶること、怒る事、分を超えてしまうような事によって、彼のようになってはならない。

高慢は主を恐れる事を忘れさせ、怒りは地獄のさばきの感覚を麻痺させる麻薬である。

ヤコブ1:19 愛する兄弟たちよ。このことを知っておきなさい。人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、怒るにおそくあるべきである。
1:20 人の怒りは、神の義を全うするものではないからである。
1:21 だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。

頑なさ:信仰者の集いから除外されてしまう性質(2歴代誌25:14-28)
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主から遣わされた預言者の言葉に従ってアマツヤは大勝利を収めたが、彼は信じられないような事をする。

25:14 アマジヤはエドムびとを殺して帰った時、セイルびとの神々を携えてきて、これを安置して自分の神とし、これを礼拝し、これにささげ物をなした。

なんと、彼に勝利をもたらしたイスラエルの神を捨てて、自分に打ち負かされた国の神を持ち帰り、その前にひれ伏したのだ。
私達の中にもあるかもしれない。自分が大いに勝ち得た時、ぶんどった相手の素晴らしく見えるもの、仕組み、力の前にひれ伏してしまうような所が。
勝利し祝福されたその時、私達は気をつけるべきである。

彼の行いには、主に対する尊敬も畏れ敬う事も無い。
結局、彼は心から主を愛していなかったという事だ。
父が主に従わなかった結果、非常に分かりやすい形で呪われ、非業の死を遂げたのを見た当初は、嫌々でも御言葉に従っていたかもしれないが、しかし勝利の味をしめてしまった時点から、気が緩んでしまったのだろう。

25:15 それゆえ、主はアマジヤに向かって怒りを発し、預言者を彼につかわして言わせられた、「かの民の神々は自分の民をあなたの手から救うことができなかったのに、あなたはどうしてそれを求めたのか」。
25:16 彼がこう王に語ると、王は彼に、「われわれはあなたを王の顧問にしたのですか。やめなさい。あなたはどうして殺されようとするのですか」と言ったので、預言者はやめて言った、「あなたはこの事を行って、わたしのいさめを聞きいれないゆえ、神はあなたを滅ぼそうと定められたことをわたしは知っています」。

アマツヤは主の預言者に対し「われわれはあなたを王の顧問にしたのですか。」と口を挟んだ。
少なくともダビデは、王の顧問よりも主の預言者のほうを重んじた。
しかし愚か者とは、自分が、ダビデよりも誰よりも偉大なものだと思い込んでいるものだ。

25:17 そこでユダの王アマジヤは協議の結果、人をエヒウの子エホアハズの子であるイスラエルの王ヨアシにつかわし、「さあ、われわれは互に顔をあわせよう」と言わせたところ、
25:18 イスラエルの王ヨアシはユダの王アマジヤに言い送った、「レバノンのいばらが、かつてレバノンの香柏に、『あなたの娘をわたしのむすこの妻に与えよ』と言い送ったところが、レバノンの野獣が通りかかって、そのいばらを踏み倒した。
25:19 あなたは『見よ、わたしはエドムを撃ち破った』と言って心に誇り高ぶっている。しかしあなたは自分の家にとどまっていなさい。どうしてあなたは災を引き起して、自分もユダも共に滅びようとするのか」。
25:20 しかしアマジヤは聞きいれなかった。これは神から出たのであって、彼らがエドムの神々を求めたので神は彼らを敵の手に渡されるためである。

主は、頑なな者を良くない思いへと引き渡される。
ローマ1:28 そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。

25:21 そこでイスラエルの王ヨアシは上って来て、ユダのベテシメシでユダの王アマジヤと顔を合わせたが、
25:22 ユダはイスラエルに撃ち破られ、おのおのその天幕に逃げ帰った。
25:23 その時イスラエルの王ヨアシはエホアハズの子ヨアシの子であるユダの王アマジヤをベテシメシで捕えて、エルサレムに引いて行き、エルサレムの城壁をエフライム門から、隅の門まで四百キュビトほどをこわし、
25:24 また神の宮のうちで、オベデエドムが守っていたすべての金銀およびもろもろの器物ならびに王の家の財宝を奪い、また人質をとって、サマリヤに帰った。

エルサレム城壁が破壊され、代々蓄えて来た宝が奪われた。大惨敗である。
しかし、生きていただけでも、まだ主の恵みが注がれている。
大きな痛い目を見て、主に従う事をするなら、主は豊かに立ち直らせて下さるが、なおも頑なを続けるなら、主は王権を取り上げる。

1サムエル記15:22 サムエルは言った、/「主はそのみ言葉に聞き従う事を喜ばれるように、/燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、従うことは犠牲にまさり、/聞くことは雄羊の脂肪にまさる。
15:23 そむくことは占いの罪に等しく、/強情は偶像礼拝の罪に等しいからである。あなたが主のことばを捨てたので、/主もまたあなたを捨てて、王の位から退けられた」。

25:25 ユダの王ヨアシの子アマジヤはイスラエルの王エホアハズの子ヨアシが死んで後なお十五年生きながらえた。
25:26 アマジヤのその他の始終の行為は、ユダとイスラエルの列王の書にしるされているではないか。

アマツヤはその十五年、主に従い、平和に過ごしたようである。しかしその後、主に従う事を止めてしまい、結果、次の事が起きる。

25:27 アマジヤがそむいて、主に従わなくなった時から、人々はエルサレムにおいて党を結び、彼に敵したので、彼はラキシに逃げて行ったが、その人々はラキシに人をやって、彼をその所で殺させた。
25:28 人々はこれを馬に負わせて持ってきて、ユダの町でその先祖たちと共にこれを葬った。

アマツヤは心頑なだった。
彼は、マタイ福音書の王族の系図から除外されてしまっている。(マタイ1:8)
心頑なにする事、それは、安息に入る事が出来ない性質であり、信仰者の列から外されてしまう性質である。

ヘブル3:7 だから、聖霊が言っているように、/「きょう、あなたがたがみ声を聞いたなら、
3:8 荒野における試錬の日に、/神にそむいた時のように、/あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない。
3:9 あなたがたの先祖たちは、/そこでわたしを試みためし、
3:10 しかも、四十年の間わたしのわざを見たのである。だから、わたしはその時代の人々に対して、/いきどおって言った、/彼らの心は、いつも迷っており、/彼らは、わたしの道を認めなかった。
3:11 そこで、わたしは怒って、彼らをわたしの安息に/はいらせることはしない、と誓った」。
3:12 兄弟たちよ。気をつけなさい。あなたがたの中には、あるいは、不信仰な悪い心をいだいて、生ける神から離れ去る者があるかも知れない。
3:13 あなたがたの中に、罪の惑わしに陥って、心をかたくなにする者がないように、「きょう」といううちに、日々、互に励まし合いなさい。
3:14 もし最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けるならば、わたしたちはキリストにあずかる者となるのである。

大金を既に支払って邪悪な者と同盟を結んでしまった場合の、御言葉による対処法(2歴代誌25:1-13)
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25:1 アマジヤは王となった時二十五歳で、二十九年の間エルサレムで世を治めた。その母はエルサレムの者で、名をエホアダンといった。
25:2 アマジヤは主の良しと見られることを行ったが、全き心をもってではなかった。

ヨアシュの子アマツヤは、父ヨアシュが歩んだように、最初は主の御旨に叶う事を行う良い王であったが、祝福され栄えるにつれ、傲慢になり、主に忌み嫌われる事を行う王となって行ってしまう。

25:3 彼は、国が彼の手のうちに強くなったとき、父ヨアシ王を殺害した家来たちを殺した。
25:4 しかしその子供たちは殺さなかった。これはモーセの律法の書にしるされている所に従ったのであって、そこに主は命じて、「父は子のゆえに殺されるべきではない。子は父のゆえに殺されるべきではない。おのおの自分の罪のゆえに殺されるべきである」と言われている。

もっと他の守るべき御言葉もありそうなものではあるが、少なくとも主の御旨に叶う歩みをし始めるなら、主は祝福を返して下さる。
それは、聖書全体が示す法則である。

25:5 アマジヤはユダの人々を集め、その氏族に従って、千人の長に付属させ、または百人の長に付属させた。ユダとベニヤミンのすべてに行った。そして二十歳以上の者を数えたところ、やりと盾をとって戦いに臨みうる精兵三十万人を得た。
25:6 彼はまた銀百タラントをもってイスラエルから大勇士十万人を雇った。

彼は栄え、多くの軍隊を得た時、土地を取り戻そうと、エドムと戦おうとし、自国の精兵三十万人と、北イスラエルから銀百タラントで雇った兵十万の、合計四十万で戦おうとした。
しかし、そこに神の人が現れる。

25:7 その時、神の人が彼の所に来て言った、「王よ、イスラエルの軍勢をあなたと共に行かせてはいけません。主はイスラエルびと、すなわちエフライムのすべての人々とは共におられないからです。
25:8 もしあなたがこのような方法で戦いに強くなろうと思うならば、神はあなたを敵の前に倒されるでしょう。神には助ける力があり、また倒す力があるからです」。

戦いを仕掛ける時、主に喜ばれない者達と同盟を組んで、一緒に行ってはならない、というのだ。

そうである。
神の民は、神の忌み嫌われる事を平気でしている者達と一緒になってはならない。

箴言1:10 わが子よ、悪者があなたを誘っても、それに従ってはならない。
1:11 彼らがあなたに向かって、「一緒に来なさい。われわれは待ち伏せして、人の血を流し、罪のない者を、ゆえなく伏してねらい、
1:12 陰府のように、彼らを生きたままで、のみ尽し、健やかな者を、墓に下る者のようにしよう。
1:13 われわれは、さまざまの尊い貨財を得、奪い取った物で、われわれの家を満たそう。
1:14 あなたもわれわれの仲間に加わりなさい、われわれは共に一つの金袋を持とう」と言っても、
1:15 わが子よ、彼らの仲間になってはならない、あなたの足をとどめて、彼らの道に行ってはならない。
1:16 彼らの足は悪に走り、血を流すことに速いからだ。
1:17 すべて鳥の目の前で/網を張るのは、むだである。
1:18 彼らは自分の血を待ち伏せし、自分の命を伏してねらうのだ。
1:19 すべて利をむさぼる者の道はこのようなものである。これはその持ち主の命を取り去るのだ。


私達も、自分の欲望を果たすために、悪者と連合したり、邪悪な者にお金を払って、その力を得ようとするなら、主は共に行ってくださらない。
ただ、支払ったお金も失い、負けてしまい、何もかも失うのみである。
神は、敵を倒す事も、敵の手を通して私達を倒す事もおできになり、そのどちらになるかは、私達が神に従順するか、それとも逆らうかにかかっているのだ。

しかし、もう既に、大金を払ってしまった。
私達も、このような事がある。
無知ゆえに、欲に目がくらんで焦った故に、既に邪悪なものにお金を、自分自身の人生を、すでにいくらか預けてしまうような事が。
焦った故に、結婚を急いだ結果、実は相手がとんでもない者だと分かって来たのだが、既に色々な手続きを進めてしまい、引くに引けなくなってしまったような状況など。
そのような場合は、どうしたら良いか。

25:9 アマジヤは神の人に言った、「それではわたしがイスラエルの軍隊に与えた百タラントをどうしましょうか」。神の人は答えた、「主はそれよりも多いものをあなたにお与えになることができます」。

預言者は言う。
神は、邪悪な者に支払ってしまったお金よりも、多いものも、与える事がおできになる、と。
主に従う時、御言葉に従う時、神は、邪悪な者に奪われてしまったものより、多いものも、与える事がおできになる。
彼は、最善の判断をした。邪悪な者と連合する事なく、主の言葉に従った。
いかに支払ったものが多いにしても、それを失うばかりでな人生を失うよりはましなのだ。
そして実際に、預言者の言葉のとおりになった。

25:11 しかしアマジヤは勇気を出し、その民を率いて塩の谷へ行き、セイルびと一万人を撃ち殺した。
25:12 またユダの人々はこのほかに一万人をいけどり、岩の頂に引いて行って岩の頂から彼らを投げ落したので、皆こなごなに砕けた。

預言者の言葉に従順した彼は、余裕の大勝利を得た。
主は、お出来になるお方である。

25:10 そこでアマジヤはエフライムから来て自分に加わった軍隊を分離して帰らせたので、彼らはユダに対して激しい怒りを発し、火のように怒って自分の所に帰った。
25:13 ところがアマジヤが自分と共に戦いに行かせないで帰してやった兵卒らが、サマリヤからベテホロンまでの、ユダの町々を襲って三千人を殺し、多くの物を奪い取った。

北イスラエルの傭兵たちの化けの皮が剥がれた。
普通、お金を得て、かつ危険な軍務につかなくても良くなった、というなら、益はあっても怒る筋合いは無いはずだが、彼らは互いが互いに「怒り」を投下し合い、激しい怒りを燃やしてこのような邪悪な事を行った。
だから神は、このような者たちと一緒に行ってはならない、と預言者を通して言われたのだ。

主の言葉に従って歩むなら、祝福が待っている。
しかし主の忌み嫌われる者と共に歩もうとするなら、その忌み嫌われる者の受ける災いを受けてしまう。
私達は最初から祝福の道を外さずに歩む者でありたい。

前代未聞の好待遇を受けた祭司エホヤダと、前代未聞の悪待遇を受けたヨアシュ王(2歴代誌24:15-27)
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24:15 しかしエホヤダは年老い、日が満ちて死んだ。その死んだ時は百三十歳であった。
24:16 人々は彼をダビデの町で王たちの中に葬った。彼はイスラエルにおいて神とその宮とに良い事を行ったからである。

この祭司エホヤダ、主に従わない者達が権威を取り、王家の血筋もあやうく根絶やしにされそうになり、霊的混沌となってしまった王国を立て直し、主の宮を再建し、寿命尽きる時までイスラエルを霊的に指導した、偉大な祭司エホヤダは「日が満ちて死んだ」。
この「日が満ちて死んだ」はヘブライ語でワイスバ・ヤミーム、素晴らしい宴会に敬意をもって招待されるニュアンスがある。
彼はダビデの町で、王達と共に葬られた。未だかつてなかった素晴らしい待遇である。
彼はまさに、そうされるに相応しかった。

こうしてエホヤダが霊的に立て直した健全な状態は、残念ながら、速やかに踏みにじられてしまう。

24:17 エホヤダの死んだ後、ユダのつかさたちが来て、うやうやしく王に敬意を表した。王は彼らに聞き従った。
24:18 彼らはその先祖の神、主の宮を捨てて、アシラ像および偶像に仕えたので、そのとがのために、怒りがユダとエルサレムに臨んだ。

エホヤダ以前の罪深い時代、罪の飲み食いと肉欲の楽しみを覚えていたユダのつかさ達は、エホヤダが死んだと同時に、うやうやしくヨアシュ王に敬意を表し、ヨアシュ王は彼らのいうことに耳を傾け、主から離れ、偶像をイスラエルに持ち込んでしまったのだ。

素晴らしい霊的指導者がいなくなった途端に、それまでずっと抑えてきた罪と肉の欲望を発散させ、せっかく長年霊的な指導を受けて来たにもかかわらず、それら全てを覆すような事をする人はいる。
彼らに対しては、主からの災いによる報いが待っているが、次のような人は要注意である。すなわち、表向きは善良な礼拝者を装ってはいても、普段から霊的指導者をうるさく思い、その指導する人が遠出したり、忙しくしたりしていると、なまけぐせが顔を出して、手抜きをしたり、威張り散らしたり、仲間を打ち叩いたりしてしまう人は。

24:19 主は彼らをご自分に引き返そうとして、預言者たちをつかわし、彼らにむかってあかしをさせられたが、耳を傾けなかった。

24:20 そこで神の霊が祭司エホヤダの子ゼカリヤに臨んだので、彼は民の前に立ち上がって言った、「神はこう仰せられる、『あなたがたが主の戒めを犯して、災を招くのはどういうわけであるか。あなたがたが主を捨てたために、主もあなたがたを捨てられたのである』」。
24:21 しかし人々は彼を害しようと計り、王の命によって、石をもって彼を主の宮の庭で撃ち殺した。

あろうことか、あの大きな恩のあるエホヤダの子、ザカリヤさえも、ヨアシュ王は石で撃ち殺す命令をくだしてしまったのだ。
ヨアシュはおよそ40年もの間、表向き偽りの礼拝生活を送って来ていたという事だ。

ヘブル4:2 というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。
4:3 ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。それは、/「わたしが怒って、/彼らをわたしの安息に、はいらせることはしないと、/誓ったように」/と言われているとおりである。しかも、みわざは世の初めに、でき上がっていた。

ヨアシュ王は結局、40年受けていた指導の御言葉に、ずっと信仰を混ぜあわせる事をせず、口うるさい戒めとして我慢しながら従っていたのだろう。

24:22 このようにヨアシ王はゼカリヤの父エホヤダが自分に施した恵みを思わず、その子を殺した。ゼカリヤは死ぬ時、「どうぞ主がこれをみそなわして罰せられるように」と言った。

主は、全て義人が流してきた血がそのまま虚しく地に落ちるような事はされない。必ず報いをされるお方である。(黙示録6:9-11)
当時の南ユダ王国とヨアシュ王に対するさばきは、速やかに来た。

24:23 年の終りになって、スリヤの軍勢はヨアシにむかって攻め上り、ユダとエルサレムに来て、民のつかさたちをことごとく民のうちから滅ぼし、そのぶんどり物を皆ダマスコの王に送った。
24:24 この時スリヤの軍勢は少数で来たのであるが、主は大軍を彼らの手に渡された。これは彼らがその先祖の神、主を捨てたためである。このように彼らはヨアシを罰した。

わずかな軍勢により、ユダは大損害を受けた。そして、ヨアシュを惑わし、ゼカリヤを殺した民のつかさ達は、速やかにことごとく滅ぼされた。
また、ヨアシュ自身も大怪我を負わされた。

24:25 スリヤ軍はヨアシに大傷を負わせて捨て去ったが、ヨアシの家来たちは祭司エホヤダの子の血のために、党を結んで彼にそむき、彼を床の上に殺して、死なせた。人々は彼をダビデの町に葬ったが、王の墓には葬らなかった。

イスラエルに大きな功労を立てた大祭司エホヤダは王の墓に葬られた。それは前代未聞の待遇である。
しかしヨアシュに対しては謀反が起こり、しかも病の床の上で殺され、王の墓から外された。これもまた、王の死に方としては前代未聞である。
神の国とは、そういうものである。

ヨアシュにはアハブとイゼベルの血も流れているが、やはり血は争えないのだろうか。
確かに人は、親から受け継いだ血も、肉欲も、あるいは人によって意図的に操作されて育ってしまった自分の性格も、自分ではどうしようもない。
しかし、キリストにあっては、大きな希望がある。

ヨハネ1:12 しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
1:13 それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。

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