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メッセージ - 2列王記カテゴリのエントリ

頑なで悔いない心がもたらしてしまう災いと滅び(2列王記25:22-30)
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いよいよ第二列王記の最後である。
第二列王記は、主に従う良い王の時代もあったが、大部分は、主に従わない悪い王の時代だった。
主は何度も預言者を遣わし、主に立ち返るよう警告して来たのもかかわらず、それを軽んじ、主に聞き従わない事を続けた結果、バビロンが攻めてきて、なお改めなかった結果、エルサレムは城壁も神殿も徹底的に破壊され、ほとんどの主だった人々は足かせに繋がれてバビロンへ引かれて行ってしまった。

25:22 さてバビロンの王ネブカデネザルはユダの地に残してとどまらせた民の上に、シャパンの子アヒカムの子であるゲダリヤを立てて総督とした。
25:23 時に軍勢の長たちおよびその部下の人々は、バビロンの王がゲダリヤを総督としたことを聞いて、ミヅパにいるゲダリヤのもとにきた。すなわちネタニヤの子イシマエル、カレヤの子ヨハナン、ネトパびとタンホメテの子セラヤ、マアカびとの子ヤザニヤおよびその部下の人々がゲダリヤのもとにきた。
25:24 ゲダリヤは彼らとその部下の人々に誓って言った、「あなたがたはカルデヤびとのしもべとなることを恐れてはならない。この地に住んで、バビロンの王に仕えなさい。そうすればあなたがたは幸福を得るでしょう」。

エルサレムには、取るに足りないと見られている貧しい人達が残ったが、バビロンの王が総督として立てたケダルヤの元、その残されたわずかな人々の間に、ささやかな平安な時が訪れた事が、エレミヤ40章から伺える。
ところが、それでもなお身勝手な夢を見る者達の手によって、その弱く力のない人達は蹂躙されてしまう。

25:25 ところが七月になって、王の血統のエリシャマの子であるネタニヤの子イシマエルは十人の者と共にきて、ゲダリヤを撃ち殺し、また彼と共にミヅパにいたユダヤ人と、カルデヤびとを殺した。
25:26 そのため、大小の民および軍勢の長たちは、みな立ってエジプトへ行った。彼らはカルデヤびとを恐れたからである。

この、王の血統であるイシュマエルは、身勝手な夢を見てバビロンが立てたケダルヤを撃ち殺した。
カレアハの子ヨハナンはイシュマエルと戦おうとして出てきて、イシュマエルはアモン人のところに逃れたが、ヨハナンは、このままではバビロンの怒りを買って滅ぼされてしまうと恐れ、イスラエルの民を連れてエジプトへ行く心づもりをもて預言者エレミヤに伺いに行く。(エレミヤ41-42章)

エレミヤ42:1 そのとき軍勢の長たち、およびカレヤの子ヨハナンと、ホシャヤの子アザリヤ、ならびに民の最も小さい者から最も大いなる者にいたるまで、
42:2 みな預言者エレミヤの所に来て言った、「どうかあなたの前にわれわれの求めが受けいれられますように。われわれのため、この残っている者すべてのために、あなたの神、主に祈ってください、(今ごらんのとおり、われわれは多くのうち、わずかに残っている者です)
42:3 そうすれば、あなたの神、主は、われわれの行くべき道と、なすべき事をお示しになるでしょう」。
42:4 預言者エレミヤは彼らに言った、「よくわかりました。あなたがたの求めにしたがって、あなたがたの神、主に祈りましょう。主があなたがたに答えられることを、何事も隠さないであなたがたに言いましょう」。
42:5 彼らはエレミヤに言った、「もし、あなたの神、主があなたをつかわしてお告げになるすべての言葉を、われわれが行わないときは、どうか主がわれわれに対してまことの真実な証人となられるように。
42:6 われわれは良くても悪くても、われわれがあなたをつかわそうとするわれわれの神、主の声に従います。われわれの神、主の声に従うとき、われわれは幸を得るでしょう」。

このやり取りだけを聞くと、一見、主の預言者に伺い従順を見せる良き信仰者のように見える。
しかし、主は、この者達が主の御言葉に従うように見せかけて、実は自分のエジプトに行く心の決心を固く握りしめ、手放すつもりがない事をご存知であった。

42:7 十日の後、主の言葉がエレミヤに臨んだ。
42:8 エレミヤはカレヤの子ヨハナンおよび彼と共にいる軍勢の長たち、ならびに民の最も小さい者から最も大いなる者までことごとく招いて、
42:9 彼らに言った、「あなたがたがわたしをつかわして、あなたの祈願をその前にのべさせたイスラエルの神、主はこう言われます、
42:10 もしあなたがたがこの地にとどまるならば、わたしはあなたがたを建てて倒すことなく、あなたがたを植えて抜くことはしない。わたしはあなたがたに災を下したことを悔いているからである。
42:11 主は言われる、あなたが恐れているバビロンの王を恐れてはならない。彼を恐れてはならない、わたしが共にいて、あなたがたを救い、彼の手から助け出すからである。
42:12 わたしはあなたがたをあわれみ、また彼にあなたがたをあわれませ、あなたがたを自分の地にとどまらせる。

主は既に、バビロン捕囚という災いに遭ったイスラエルを、すでにあわれみ、バビロンを恐れてはならない、主ご自身が共にいて、あなたがたを救い彼の手から助け出す、と言われた。
そして同時に主は彼らの心の中をご存知であり、警告を与えられる。

42:13 しかし、もしあなたがたが、『われわれはこの地にとどまらない』といって、あなたがたの神、主の声にしたがわず、
42:14 また、『いいえ、われわれはあの戦争を見ず、ラッパの声を聞かず、食物も乏しくないエジプトの地へ行って、あそこに住まおう』と言うならば、
42:15 あなたがた、ユダの残っている者たちよ、主の言葉を聞きなさい。万軍の主、イスラエルの神はこう言われる、もしあなたがたがむりにエジプトへ行ってそこに住むならば、
42:16 あなたがたの恐れているつるぎはエジプトの地であなたがたに追いつき、あなたがたの恐れているききんは、すぐあとを追ってエジプトまで行き、その所であなたがたは死ぬ。
42:17 すべてむりにエジプトへ行ってそこに住む者は、つるぎと、ききんと、疫病で死ぬ。わたしが彼らに下そうとしている災をのがれて残る者はそのうちにない。

エレミヤは、彼らがエジプトに行く心づもりである事を聞いていなかったはずなのに、主はエレミヤに教えられ、そうして、明確にエジプトに行ってはならない事を警告された。

43:2 ホシャヤの子アザリヤと、カレヤの子ヨハナンおよび高慢な人々はみなエレミヤに言った、「あなたは偽りを言っている。われわれの神、主が、『エジプトへ行ってそこに住むな』と言わせるためにあなたをつかわされたのではない。

彼らは自分の口で「sh油の御言葉に聞き従います」と言っておりながら、エレミヤを通して心が見透かされてしまうと、とたんに態度を翻し、エレミヤに「偽りを言っている」と言った。
結局、「高慢」が彼らの心を支配していたのだ。

43:5 そしてカレヤの子ヨハナンと軍勢の長たちは、ユダに残っている者すなわち追いやられた国々からユダの地に住むために帰ってきた者、――
43:6 男、女、子供、王の娘たち、およびすべて侍衛の長ネブザラダンがシャパンの子であるアヒカムの子ゲダリヤに渡しておいた者、ならびに預言者エレミヤとネリヤの子バルクをつれて、
43:7 エジプトの地へ行った。彼らは主の声にしたがわなかったのである。そして彼らはついにタパネスに行った。

なんと、エレミヤまでも無理矢理にエジプトへ連れて行かれてしまった。
列王記の記述は、私達に何を語って来たか。それは、主に従おうとしない「高慢」な者には災いが追いつき、主の御言葉を前にへりくだって自分の思い込みを捨て、主に従うなら豊かに祝福される、という事だった。
結局、主に従わずに、バビロンに徹底的に痛めつけられても、なお自分の考えを手放さない者達は、捕囚後も、多くの人々を災いの道へと道連れにしてしまった。


 44:15 その時、自分の妻がほかの神々に香をたいたことを知っている人々、およびその所に立っている女たちの大いなる群衆、ならびにエジプトの地のパテロスに住んでいる民はエレミヤに答えて言った、
 44:16 「あなたが主の名によってわたしたちに述べられた言葉は、わたしたちは聞くことができません。
 44:17 わたしたちは誓ったことをみな行い、わたしたちが、もと行っていたように香を天后にたき、また酒をその前に注ぎます。すなわち、ユダの町々とエルサレムのちまたで、わたしたちとわたしたちの先祖たちおよびわたしたちの王たちと、わたしたちのつかさたちが行ったようにいたします。その時には、わたしたちは糧食には飽き、しあわせで、災に会いませんでした。
 44:18 ところが、わたしたちが、天后に香をたくことをやめ、酒をその前に注がなくなった時から、すべての物に乏しくなり、つるぎとききんに滅ぼされました」。

頑なな人とは、結局、自分の望みが叶うのであれば、主であろうと、天后(天の女王)であろうと、かまわないのだ。

この「頑なさ」、それが2列王記を災いで満たしてしまった大元であった。
主の御前に自分を降ろさない事、御言葉に対し、預言者に対し、自分を降ろさず、自分の好むこと、自分の計画、自分の意志を、神よりも優先させ、それによって、災いをもたらし、ついには、国を滅ぼしてしまった。

2列王記25:27 ユダの王エホヤキンが捕え移されて後三十七年の十二月二十七日、すなわちバビロンの王エビルメロダクの治世の第一年に、王はユダの王エホヤキンを獄屋から出して
25:28 ねんごろに彼を慰め、その位を彼と共にバビロンにいる王たちの位よりも高くした。
25:29 こうしてエホヤキンはその獄屋の衣を脱ぎ、一生の間、常に王の前で食事した。
25:30 彼は一生の間、たえず日々の分を王から賜わって、その食物とした。

列王記は、主が慰めを与えてくださる所で終わる。
確かに主は、悔い改めて自分を降ろし、主に立ち返る人に、憐れみ深い。
しかし、主に聞き従わない、頑なな、悔い改めない心を持ち続けるなら、そうする限りでは、災いがつきまとう。

この列王記を私達は、単に歴史書としてでなく、私達に実際に関わりのある真理であるとして戒めを受け、主に従う良い王が歩んだように、祝福の道を歩むものでありたい。

はるか昔からされていた警告を破り、はるか昔から定められていた捕囚に遭ったイスラエル(2列王記25:8-21)
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25:8 バビロンの王ネブカデネザルの第十九年の五月七日に、バビロンの王の臣、侍衛の長ネブザラダンがエルサレムにきて、
25:9 主の宮と王の家とエルサレムのすべての家を焼いた。すなわち火をもってすべての大きな家を焼いた。

王宮のみならず、主の神殿さえ、異邦人の手に渡され、火で焼かれてしまった。
こうなってしまったのは、主が為されたからである。イスラエルの民が主に対し不遜な態度をとり続け、主を捨てたからであり、それで主がバビロンという器を立てて、エルサレムを徹底的に滅ぼされたのだ。
それは、神殿が建設され完成した当初から、既にソロモンに対して主は語られていた。

1列王記9:1 ソロモンが主の宮と王の宮殿およびソロモンが建てようと望んだすべてのものを建て終った時、
9:2 主はかつてギベオンでソロモンに現れられたように再び現れて、
9:3 彼に言われた、
・・・
9:6 しかし、あなたがた、またはあなたがたの子孫がそむいてわたしに従わず、わたしがあなたがたの前に置いた戒めと定めとを守らず、他の神々に行って、それに仕え、それを拝むならば、
9:7 わたしはイスラエルを、わたしが与えた地のおもてから断つであろう。またわたしの名のために聖別した宮をわたしの前から投げすてるであろう。そしてイスラエルはもろもろの民のうちにことわざとなり、笑い草となるであろう。

神殿が完成したての時、まだ新材の香りで満ちていた時、まさかこの、未だかつて無かった規模の贅沢な神殿が、異邦の民に破壊されるなど、思えなかったかもしれない。
ソロモン以降、代々の王もそう思っていたかもしれないが、しかし主は、このはじめから言われていた事を、ついに実行した。
それは、イスラエルの王が主からの恩を忘れ、主に逆らい続ける事が何代も続き、もはや、癒やしようがないまでになってしまったからだ。
それで主は、徹底的にひどい破壊を、バビロンにさせた。

1列王記9:8 かつ、この宮は荒塚となり、そのかたわらを過ぎる者は皆驚き、うそぶいて『なにゆえ、主はこの地と、この宮とにこのようにされたのか』と言うであろう。
9:9 その時人々は答えて『彼らは自分の先祖をエジプトの地から導き出した彼らの神、主を捨てて、他の神々につき従い、それを拝み、それに仕えたために、主はこのすべての災を彼らの上に下したのである』と言うであろう」。

その破壊のされる様が、あまりにひどく、また徹底的なため、人々はそれをみて驚く、と、主はあらかじめソロモンに警告しておられた。
しかし、ソロモンが早速主に逆らい、さらに逆らい続ける事が何代にもつづき、そして最後に、主は、予め警告しておられた事を実行された。

25:10 また侍衛の長と共にいたカルデヤびとのすべての軍勢はエルサレムの周囲の城壁を破壊した。
25:11 そして侍衛の長ネブザラダンは、町に残された民およびバビロン王に降服した者と残りの群衆を捕え移した。
25:12 ただし侍衛の長はその地の貧しい者を残して、ぶどうを作る者とし、農夫とした。

ここまで徹底してエルサレムを破壊し、しかもエルサレムの住人を大量にバビロンという何百キロも離れた地に捕らえ移すなどと、多くの労力と経費を伴う「破壊の事業」は、尋常ではない。
なぜバビロンはそこまでしたか。
それは、イスラエルの王が代々、バビロンに反逆を繰り返してきたからであり(エズラ記4:15)、このイスラエルという国は、徹底的に破壊し尽くさないとだめだ、と判断したからである。

預言者エレミヤは、最初から、バビロンに降るようにと主の言葉を伝えてきた。
それにもかかわらず、王達はそれをさげすみ、偽預言者や占い師の耳障りのよい言葉に従ってバビロンに逆らい続けた。
それで主も、バビロンも、徹底的にエルサレムを破壊し、さらには人々を散り散りばらばらにしてまでして、徹底的に破壊されたのだ。

2歴代誌36:11 ゼデキヤは王となった時二十一歳で、十一年の間エルサレムで世を治めた。
36:12 彼はその神、主の前に悪を行い、主の言葉を伝える預言者エレミヤの前に、身をひくくしなかった。
36:13 彼はまた、彼に神をさして誓わせたネブカデネザル王にもそむいた。彼は強情で、その心をかたくなにして、イスラエルの神、主に立ち返らなかった。

主のことばを聞かず、バビロンに逆らったゼデキヤは、バビロンに3年包囲され、深刻な食糧難を経て、捕らえられ、目の前で彼の子達が虐殺された後、目がえぐり取られ、足かせをかけられてバビロンに引かれて行った。
主を軽んじ、預言者を軽んじ、身勝手な道に歩もうとしたからである。

25:18 侍衛の長は祭司長セラヤと次席の祭司ゼパニヤと三人の門を守る者を捕え、
25:19 また兵士をつかさどるひとりの役人と、王の前にはべる者のうち、町で見つかった者五人と、その地の民を募った軍勢の長の書記官と、町で見つかったその地の民六十人を町から捕え去った。
25:20 侍衛の長ネブザラダンは彼らを捕えて、リブラにいるバビロンの王のもとへ連れて行ったので、
25:21 バビロンの王はハマテの地のリブラで彼らを撃ち殺した。このようにしてユダはその地から捕え移された。

エルサレムで主だった人達は、このようにして、虐殺された。
それは、彼らもまた主を敬わず、主を敬うべき神殿で主を敬わないばかりか、主の怒りを引き起こす事をし、また、特権的な権力を悪用して弱い人達から絞り取り、人々を苦しめて来たからである。

2歴代誌36:14 祭司のかしらたちおよび民らもまた、すべて異邦人のもろもろの憎むべき行為にならって、はなはだしく罪を犯し、主がエルサレムに聖別しておかれた主の宮を汚した。
36:15 その先祖の神、主はその民と、すみかをあわれむがゆえに、しきりに、その使者を彼らにつかわされたが、
36:16 彼らが神の使者たちをあざけり、その言葉を軽んじ、その預言者たちをののしったので、主の怒りがその民に向かって起り、ついに救うことができないようになった。
36:17 そこで主はカルデヤびとの王を彼らに攻めこさせられたので、彼はその聖所の家でつるぎをもって若者たちを殺し、若者をも、処女をも、老人をも、しらがの者をもあわれまなかった。主は彼らをことごとく彼の手に渡された。
36:18 彼は神の宮のもろもろの大小の器物、主の宮の貨財、王とそのつかさたちの貨財など、すべてこれをバビロンに携えて行き、
36:19 神の宮を焼き、エルサレムの城壁をくずし、そのうちの宮殿をことごとく火で焼き、そのうちの尊い器物をことごとくこわした。
36:20 彼はまたつるぎをのがれた者どもを、バビロンに捕えて行って、彼とその子らの家来となし、ペルシャの国の興るまで、そうして置いた。
36:21 これはエレミヤの口によって伝えられた主の言葉の成就するためであった。こうして国はついにその安息をうけた。すなわちこれはその荒れている間、安息して、ついに七十年が満ちた。

その土地は、彼らがいなくなって、安息を得た、と記されている。
ある人がそこからいなくなって、その場所が安息を得る、という事がある。
それは、その人が邪悪な人である場合だ。

主は、主が御心を示して注目しておられる場を守るために、そのような人が、最後まで改める余地が無いなら、その者を取り除く。
心頑なにして主から取り除かれて、周囲が安息を得るような者ではなく、私たちはむしろ、主の御言葉を守り行う、祝福の子、安息の子として歩むべきだ。

目の前で子を虐殺され、目をえぐられ連行されたイスラエル最後の王(2列王記25:1-7)
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ついに、第二列王記の最終章である。
元々、列王記は、サムエル記と共に一つの歴史書だったものが分割されたものであり、ギリシャ語聖書の70人訳聖書で第一・第二サムエル記を「王国の第1・2」と、列王記は「王国の第3・4」としたものであるが、その最後は、エルサレムの崩壊と、ダビデの子孫の王がバビロンへ捕囚される所で終わる。

25:1 そこでゼデキヤの治世の第九年の十月十日に、バビロンの王ネブカデネザルはもろもろの軍勢を率い、エルサレムにきて、これにむかって陣を張り、周囲にとりでを築いてこれを攻めた。

バビロン捕囚前の最後の王ゼデキヤは、バビロンの王に反逆したのが前章の最後であった。
徹底抗戦する、それは勇ましく見えるが、その動機は卑しいものだった。
預言者エレミヤは、エホヤキムの治世のはじめからおよそ11年の間、バビロンに首を差し出して憩うように言って来たが(エレミヤ27:1-11)、エホヤキムは聞かずに反逆した。
それは、真摯な主の預言に従わず、耳障りのよい、偽預言者や占い師、卜者、呪術者の言葉に聞き従ったからだ。
さらにゼデキヤに対しても、エレミヤは同様の助言をした。

エレミヤ27:12 わたしはユダの王ゼデキヤにも同じように言った、「あなたがたは、バビロンの王のくびきを自分の首に負って、彼とその民とに仕え、そして生きなさい。
27:13 どうしてあなたと、あなたの民とが、主がバビロンの王に仕えない国民について言われたように、つるぎと、ききんと、疫病に死んでよかろうか。
27:14 あなたがたはバビロンの王に仕えることはないとあなたがたに告げる預言者の言葉を聞いてはならない。彼らがあなたがたに預言していることは偽りであるからだ。
27:15 主は言われる、わたしが彼らをつかわしたのではないのに、彼らはわたしの名によって偽って預言している。そのために、わたしはあなたがたを追い払い、あなたがたと、あなたがたに預言する預言者たちを滅ぼすようになるのだ」。
27:16 わたしはまた祭司とこのすべての民とに語って言った、「主はこう仰せられる、『見よ、主の宮の器は今、すみやかに、バビロンから返されてくる』とあなたがたに預言する預言者の言葉を聞いてはならない。それは、彼らがあなたがたに預言していることは偽りであるからだ。
27:17 彼らのいうことを聞いてはならない。バビロンの王に仕え、そして生きなさい。どうしてこの町が荒れ地となってよかろうか。

しかしあいにく、ゼデキヤも、虚しい偽預言に従ってしまった。

偽預言者と本物の預言者の見極めはいかにすればよいか。
その方法は、明確に書いてある。
エレミヤ28:9  平和を預言する預言者は、その預言者の言葉が成就するとき、真実に主がその預言者をつかわされたのであることが知られるのだ」。
申命記18:20  ただし預言者が、わたしが語れと命じないことを、わたしの名によってほしいままに語り、あるいは他の神々の名によって語るならば、その預言者は殺さなければならない』。
Deu 18:21  あなたは心のうちに『われわれは、その言葉が主の言われたものでないと、どうして知り得ようか』と言うであろう。
Deu 18:22  もし預言者があって、主の名によって語っても、その言葉が成就せず、またその事が起らない時は、それは主が語られた言葉ではなく、その預言者がほしいままに語ったのである。その預言者を恐れるに及ばない。

また、偽預言者に対して、主は次のように語っている。
申命記18:20  ただし預言者が、わたしが語れと命じないことを、わたしの名によってほしいままに語り、あるいは他の神々の名によって語るならば、その預言者は殺さなければならない』。
黙示録19:20  しかし、獣は捕えられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者とその像を拝む者とを惑わしたにせ預言者も、獣と共に捕えられた。そして、この両者とも、生きながら、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。

主の、偽預言者に対するさばきは、非常に厳しい。
なぜなら、主の御名を用いて、滅びなくてもよい人を欺いて滅びへと導いてしまうからだ。
イスラエルに対して口当たりの良い預言をし、エレミヤに対抗した偽預言者ハナヌヤは、その言葉が成就する事なく、その年の内に死んだ。(エレミヤ28章)
しかし、ゼデキヤはそれでもエレミヤに言葉に聞かず、耳当たりの良いハナヌヤの言葉の通りにしてしまった。
その結果、エレミヤの言葉の通りの事が起きてしまう。

25:2 こうして町は囲まれて、ゼデキヤ王の第十一年にまで及んだが、
25:3 その四月九日になって、町のうちにききんが激しくなり、その地の民に食物がなくなった。

3年に及ぶエルサレム包囲の結果、ききんがとてつもなくひどくなった様が、エレミヤ哀歌2章に記されている。
哀歌2:11 わが目は涙のためにつぶれ、わがはらわたはわきかえり、わが肝はわが民の娘の滅びのために、地に注ぎ出される。幼な子や乳のみ子が町のちまたに/息も絶えようとしているからである。
 2:12 彼らが、傷ついた者のように町のちまたで/息も絶えようとするとき、その母のふところにその命を注ぎ出そうとするとき、母にむかって、「パンとぶどう酒とは/どこにありますか」と叫ぶ。

なぜ、食糧難になってしまったのか、その理由が続く節に記されている。

哀歌2:13 エルサレムの娘よ、わたしは何をあなたに言い、何にあなたを比べることができようか。シオンの娘なるおとめよ、わたしは何をもってあなたになぞらえて、あなたを慰めることができようか。あなたの破れは海のように大きい、だれがあなたをいやすことができようか。
 2:14 あなたの預言者たちはあなたのために/人を欺く偽りの幻を見た。彼らはあなたの不義をあらわして/捕われを免れさせようとはせず、あなたのために人を迷わす偽りの託宣を見た。

つまり、偽預言に従ったゆえである。
私達は偽預言をしっかり見極めなくてはならず、その者に対しては寛容になっては決してならない。
自分自身を滅ぼし、周りをも滅ぼす事になってしまうからだ。

2列王記25:4 町の一角がついに破れたので、王はすべての兵士とともに、王の園のかたわらにある二つの城壁のあいだの門の道から夜のうちに逃げ出して、カルデヤびとが町を囲んでいる間に、アラバの方へ落ち延びた。
25:5 しかしカルデヤびとの軍勢は王を追い、エリコの平地で彼に追いついた。彼の軍勢はみな彼を離れて散り去ったので、
25:6 カルデヤびとは王を捕え、彼をリブラにいるバビロンの王のもとへ引いていって彼の罪を定め、
25:7 ゼデキヤの子たちをゼデキヤの目の前で殺し、ゼデキヤの目をえぐり、足かせをかけてバビロンへ連れて行った。

ついにエルサレム城壁が破られ、主だった人々は連行されてしまった。
モーセの時代から語られていた事は、主の御声に聞き従わない事を続けるなら、これらの事が起きてしまう事は言われ続けていたが、しかし少なくともゼデキヤがエレミヤの言葉に従っていたなら、それは成就しなかったはずである。(エレミヤ27章)
しかしそれに聞かなかった。それで、彼は、目の前で自分の子が虐殺され、その目はえぐり取られ、足かせにつながれて連行されて行ってしまった。
いかにダビデの子孫といえども、どんな血族であろうとも、主の御言葉軽んじ、逆らい続けるなら、これらの事が起きてしまう。
これは、現代生きる私達に対する警告である。
いかにクリスチャンであろうとも、主に忌み嫌われる事を続け、御言葉に沿った警告を聞いても改めないなら、御言葉に記されている通りの災いが追いついていしまうのだ。

裁きの中でも恵みを注がれる主(2列王記24:8-20)
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24:8 エホヤキンは王となった時十八歳で、エルサレムで三か月の間、世を治めた。母はエルサレムのエルナタンの娘で、名をネホシタといった。
24:9 エホヤキンはすべてその父がおこなったように主の目の前に悪を行った。

神の民の国であるイスラエルの王達は、歴代、主の目の前に悪を行って来た。
本来、神の民は、主の目にかなう事をおこなうべきであるのに、そこを外れ、悪を行いつづけるなら、やがては主の怒りが及び、災いがくだされ、それでもなお改めず、悪を行い続けるなら、ついには裁きが追いついていしまう。

24:10 そのころ、バビロンの王ネブカデネザルの家来たちはエルサレムに攻め上って、町を囲んだ。
24:11 その家来たちが町を囲んでいたとき、バビロンの王ネブカデネザルもまた町に攻めてきた。
24:12 ユダの王エホヤキンはその母、その家来、そのつかさたち、および侍従たちと共に出て、バビロンの王に降服したので、バビロンの王は彼を捕虜とした。これはネブカデネザルの治世の第八年であった。

ついにエルサレムが異邦人に入り込まれ、王とその家族が捕虜として連れてしまうという事になってしまった。
そればかりではない。

24:13 彼はまた主の宮のもろもろの宝物および王の家の宝物をことごとく持ち出し、イスラエルの王ソロモンが造って主の神殿に置いたもろもろの金の器を切りこわした。主が言われたとおりである。
24:14 彼はまたエルサレムのすべての市民、およびすべてのつかさとすべての勇士、ならびにすべての木工と鍛冶一万人を捕えて行った。残った者は国の民の貧しい者のみであった。
24:15 さらに彼はエホヤキンをバビロンに捕えて行き、また王の母、王の妻たち、および侍従と国のうちのおもな人々をも、エルサレムからバビロンへ捕えて行った。
24:16 またバビロンの王はすべて勇敢な者七千人、木工と鍛冶一千人ならびに強くて良く戦う者をみな捕えてバビロンへ連れて行った。

全能の神の宮のものが、異邦人によって奪われるという、イスラエルの民にとって、ありえない事が起きた。
しかし、神殿という建物が重要なのではない。神殿に礼拝を捧げに行く、神の民の質こそが重要なのだ。
当時、彼らのその高慢により、自分達には全能の神の神殿がある、決して揺るがされる事はない、という思い込みにより、罪を犯したい放題犯し、主の目に悪を行いつづけた故に、神はその神殿を破壊されたのだ。

神殿が破壊されたのは決して主が弱くネブカデネザルが強かったからではない。むしろ逆である。
それらの事は、全て、神の支配の中で行われた。

『”主は”ユダの王エホヤキムと、神の宮の器具の一部とを、彼の手に”わたされた(ויתן אדני)”ので、彼はこれをシナルの地の自分の神の宮に携えゆき、その器具を自分の神の蔵に納めた。 』(ダニエル1:2)
この”ויתן אדני :ヴァイテン アドナイ 「主が与えられた」”、これこそがダニエル書の重要なかなめであり、全世界を支配される主の支配権を如実に表す言葉である。バビロンの側からすると、イスラエルの神が何もできないから自分達はその聖なる器を奪う事が出来た、と思うかもしれないが、逆である。この、イスラエルの不従順な世代を、バビロンという懲らしめの地に移している間、神殿の聖なる器物が、当時の世界で最も安全なバビロンの宝物庫という所で保管されるために、主が敢えて、彼らに「与えられた(ヴァイテン)」のだ。
全世界の全主権を握っておられるお方は、主である。その主の主権を犯し、神殿の聖なる器物を軽んじ、汚れた事に用いたネブカデネザルの子、ベルシャツァルは、その事をしたその晩、殺され、その時バビロンは滅亡してしまった。(ダニエル5章)

神は、神の民に対する裁きの中においても、憐れみを忘れないお方である。
その憐れみの意図は、ダニエルと三人の友人の名前に隠されている。

ダニエル1:11 そこでダニエルは宦官の長がダニエル、ハナニヤ、ミシャエルおよびアザリヤの上に立てた家令に言った、

このダニエルの名の意味は「神は裁く」(ダンは審判、エルは神)であり、ダニエル書の内容そのものが、歴史を審判する神をあらわしている。
ハナニヤの名の意味は、「エホバは恵み深い」(ハナンは恵み、ヤはエホバ)であり、ダニエル+ハナニヤで、審判の中にも、エホバの恵みがある、という事を表してしている。
ミシャエルは、「神は誰だろう?」(ミは「?」、エルは神)である。ネブカデネザル王を立て、イスラエルを離散し集め、守るお方は誰か?全歴史を動かしているのは誰だろう?
そしてアザリヤは「エホバは助けた」(アザール(助け)+ヤ(神))すなわち、主エホバの助けが必要、という意味となる。
以上をつなげると、「神は裁く。主は恵み深い。神は誰だろう?主は助ける。」、すなわち、「神は裁きの中でも恵み深い。神は誰か?主は、助け主。」これがダニエル書全体の内容であり、同時に、歴史を通して働かれた神のご性質なのだ。(出典:Hear what the Spirit says to the CHURCHES(ἐκκλησία) by Yukie Kawai (DJY))

24:17 そしてバビロンの王はエホヤキンの父の兄弟マッタニヤを王としてエホヤキンに代え、名をゼデキヤと改めた。
24:18 ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年の間、世を治めた。母はリブナのエレミヤの娘で、名をハムタルといった。
24:19 ゼデキヤはすべてエホヤキムがおこなったように主の目の前に悪を行った。
24:20 エルサレムとユダにこのような事の起ったのは主の怒りによるので、主はついに彼らをみ前から払いすてられた。さてゼデキヤはバビロンの王にそむいた。

結局、バビロン捕囚により神殿の尊いものが奪われてしまったのは、子どもたちに御言葉を伝授しなかった事が原因だ。
ヒゼキヤも、ヨシヤも、次の世代へとしっかり御言葉を伝授せずにいたから、イスラエルは滅んでしまった。
エズラは、バビロンにいる間、どうしてこのように成ってしまったのだろう、と、徹底的に分析し、その結果、御言葉が無かったため、そして、次の世代の子どもたちに御言葉を伝授しなかった故、という結論に達し、そして生まれたのが、テフィリン教育だった。
すなわち、御言葉を暗唱する事、それによって、たとえ国が散らされたとしても、行った先々でも御言葉が生き残るようにするのである。

主は確かに、神の民の目を覚まさせるために災いを起こされる。
しかし、そのさばき中には憐れみがあり、後には神の民を、さらに優れて良い状態へと立ち直らせてくださるのだ。

主の言葉に逆らい、イスラエルと自分に災いをもたらしたエホヤキム(2列王記24:1-7)
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エホヤキムの父ヨシヤ王がエジプトのパロ・ネコと戦ったために、ヨシヤ王は死に、エジプトの戦力も削ぎ落とされ、エジプトのバビロン討伐は失敗に終わり、バビロンが栄えるきっかけとなった。

24:1 エホヤキムの世にバビロンの王ネブカデネザルが上ってきたので、エホヤキムは彼に隷属して三年を経たが、ついに翻って彼にそむいた。
24:2 主はカルデヤびとの略奪隊、スリヤびとの略奪隊、モアブびとの略奪隊、アンモンびとの略奪隊をつかわしてエホヤキムを攻められた。すなわちユダを攻め、これを滅ぼすために彼らをつかわされた。主がそのしもべである預言者たちによって語られた言葉のとおりである。

いよいよ、イスラエルをバビロンへ捕囚したネブカデネザル王が登場する。
エホヤキムは最初、バビロンにつかえていたが、3年後に逆らった結果、バビロンからのみならず、シリヤ、モアブ、アンモンから、寄ってたかって略奪されてしまう。
なぜこのような災いに遭ったか。それは、主の預言者に聞き従わず、バビロンに背いたからである。
主は、預言者エレミヤを通して語っておられた。

エレミヤ27:1 ユダの王ヨシヤの子ゼデキヤ(KJV:エホヤキム)が世を治め始めたころ、この言葉が主からエレミヤに臨んだ。
・・・
27:4 『万軍の主、イスラエルの神はこう仰せられる、あなたがたは主君にこのように告げなければならない。
27:5 わたしは大いなる力と伸べた腕とをもって、地と地の上にいる人と獣とをつくった者である。そして心のままに地を人に与える。
27:6 いまわたしはこのすべての国を、わたしのしもべであるバビロンの王ネブカデネザルの手に与え、また野の獣をも彼に与えて彼に仕えさせた。
27:7 彼の地に時がくるまで、万国民は彼とその子とその孫に仕える。その時がくるならば、多くの国と大いなる王たちとが彼を自分の奴隷にする。

主はこの時代を、全て、バビロンのネブカデネザルに渡している。しかも6節では「わたしのしもべであるバビロンの王ネブカデネザル」とさえ言っている。

27:8 バビロンの王ネブカデネザルに仕えず、バビロンの王のくびきを自分の首に負わない民と国とは、わたしがつるぎと、ききんと、疫病をもって罰し、ついには彼の手によってことごとく滅ぼすと主は言われる。
27:9 それで、あなたがたの預言者、占い師、夢みる者、法術師、魔法使が、「あなたがたはバビロンの王に仕えることはない」と言っても、聞いてはならない。
27:10 彼らはあなたがたに偽りを預言して、あなたがたを自分の国から遠く離れさせ、わたしに、あなたがたを追い出してあなたがたを滅ぼさせるのである。
27:11 しかしバビロンの王のくびきを首に負って、彼に仕える国民を、わたしはその故国に残らせ、それを耕して、そこに住まわせると主は言われる』」。

主がここではっきり言っておられる事は、バビロンに降伏するなら、祖国は滅ぼされる事なく安全に住む事が出来るが、それをしないなら、つるぎと、ききんと、疫病をもって罰し、滅ぼす、という事だ。
しかし、エホヤキムの元には、主の預言者に逆らう預言をする偽預言者や占い師、夢みる者、法術師、魔法使がいたようである。
自分にとって都合の良い事を言ってくれる嘘つきを抱え込んでしまい、真理の御言葉を語る主の預言者を退けてしまう者には、災いが降されてしまう。

また、預言者エレミヤは、エホヤキム王のみならず、時のエルサレムの全ての人々に対しても警告の預言をしていた。

26:1 ユダの王ヨシヤの子エホヤキムが世を治めた初めのころ、主からこの言葉があった、
26:2 「主はこう仰せられる、主の宮の庭に立ち、わたしがあなたに命じて言わせるすべての言葉を、主の宮で礼拝するために来ているユダの町々の人々に告げなさい。ひと言をも言い残しておいてはならない。
26:3 彼らが聞いて、おのおのその悪い道を離れることがあるかも知れない。そのとき、わたしは彼らの行いの悪いために、災を彼らに下そうとしたのを思いなおす。

主がエレミヤに預言の言葉を与えられた理由は、彼らに悪い道から離れさせるため、悔い改めて、その身に災いを負う事をまぬがれるためであった。

26:4 あなたは彼らに言いなさい、『主はこう仰せられる、もしあなたがたがわたしに聞き従わず、わたしがあなたがたの前に定めおいた律法を行わず、
26:5 わたしがあなたがたに、しきりにつかわすわたしのしもべである預言者の言葉に聞き従わないならば、(あなたがたは聞き従わなかったが、)
26:6 わたしはこの宮をシロのようにし、またこの町を地の万国にのろわれるものとする』」。
26:7 祭司と預言者およびすべての民は、エレミヤが主の宮でこれらの言葉を語るのを聞いた。
26:8 エレミヤが主に命じられたすべての言葉を民に告げ終った時、祭司と預言者および民はみな彼を捕えて言った、「あなたは死ななければならない。
26:9 なぜあなたは主の名によって預言し、この宮はシロのようになり、この町は荒されて住む人もなくなるであろうと言ったのか」と。民はみな主の宮に集まってエレミヤを取り囲んだ。

このように、当時のイスラエルの多くの人達には聞いた御言葉も無益であった。
かえって彼らは、自分にとって不愉快な言葉はたとえ真実であろうともそれを語った者には死刑判決を降し、自分にとって都合よく聞こえる言葉はたとえ嘘であろうとも快く受け入れてしまう。
そのような偽りを愛する者に用意されているのは、裁きである。

神がこのイスラエルを裁きに定められた決定的理由は、以下であった。

24:3 これは全く主の命によってユダに臨んだもので、ユダを主の目の前から払い除くためであった。すなわちマナセがすべておこなったその罪のため、
24:4 また彼が罪なき人の血を流し、罪なき人の血をエルサレムに満たしたためであって、主はその罪をゆるそうとはされなかった。
24:5 エホヤキムのその他の事績と、彼がおこなったすべての事は、ユダの王の歴代志の書にしるされているではないか。

前回も見たように、人の血を流す事は、後々まで、人の心に傷を残し、その人達が主に訴え続けるなら、主は彼らの叫びを聞かれる。
マナセの次にヨシヤ王という良い王が統治したにもかかわらず、マナセの時代に残された神と人との悲しみと怒りは払拭される事はなかった。

24:6 エホヤキムは先祖たちとともに眠り、その子エホヤキンが代って王となった。
24:7 エジプトの王は再びその国から出てこなかった。バビロンの王がエジプトの川からユフラテ川まで、すべてエジプトの王に属するものを取ったからである。

エジプトはエホヤキムの統治の11年ですっかり衰えてしまい、バビロンはすっかり強くなった。
全て歴史を支配しておられるのは主であり、その主の御心にそぐわないなら、たちまち枯れ果ててしまうのだ。

関わってはならない争いに関わってしまった故に死んでしまったヨシヤ王(2列王記23:29-37)
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23:29 ヨシヤの世にエジプトの王パロ・ネコが、アッスリヤの王のところへ行こうと、ユフラテ川をさして上ってきたので、ヨシヤ王は彼を迎え撃とうと出て行ったが、パロ・ネコは彼を見るや、メギドにおいて彼を殺した。
23:30 その家来たちは彼の死体を車に載せ、メギドからエルサレムに運んで彼の墓に葬った。国の民はヨシヤの子エホアハズを立て、彼に油を注ぎ、王として父に代らせた。

あの、主の目に叶う事を熱心にして、最大の賛辞を受けたヨシヤ王であるが、彼の最後は実にあっけなく、突然訪れた。
第二歴代誌のほうに、その次第がより詳しく記されている。

35:20 このようにヨシヤが宮を整えた後、エジプトの王ネコはユフラテ川のほとりにあるカルケミシで戦うために上ってきたので、ヨシヤはこれを防ごうと出て行った。
35:21 しかしネコは彼に使者をつかわして言った、「ユダの王よ、われわれはお互に何のあずかるところがありますか。わたしはきょう、あなたを攻めようとして来たのではありません。わたしの敵の家を攻めようとして来たのです。神がわたしに命じて急がせています。わたしと共におられる神に逆らうことをやめなさい。そうしないと、神はあなたを滅ぼされるでしょう」。
35:22 しかしヨシヤは引き返すことを好まず、かえって彼と戦うために、姿を変え、神の口から出たネコの言葉を聞きいれず、行ってメギドの谷で戦ったが、
35:23 射手の者どもがヨシヤを射あてたので、王はその家来たちに、「わたしを助け出せ。わたしはひどく傷ついた」と言った。
35:24 そこで家来たちは彼を車から助け出し、王のもっていた第二の車に乗せてエルサレムにつれて行ったが、ついに死んだので、その先祖の墓にこれを葬った。そしてユダとエルサレムは皆ヨシヤのために悲しんだ。

つまりヨシヤ王の死んでしまった原因は、関わってはならない戦いに関わった事である。
当時アッシリヤは力衰え,新興のバビロニヤがこれを西北方へ押しやっていた.アッシリヤ王とその軍隊はバビロニヤ軍に追われ,ユーフラテス川上流のカルケミシュまで追い詰められた.このアッシリヤへの援軍を率い〈エジプトの王ネコ〉(20)が北上するという情勢の中で,それを阻止するためにヨシヤは軍を率いて〈メギドの平地〉(22)でエジプト軍に戦いを挑んだ.ネコは「ユダを攻めるのではないから,軍を引け」と忠告したが,ヨシヤは聞き入れず,この戦いで彼は戦死する(20‐24)(聖書注解)

ヨシヤ王が自分が関与すべきでない大国間の戦争に関与し、しかも神からの警告に聞かず変装までして戦いに出て、しかも結果的にはバビロンを助ける形で関わってしまったゆえ、アッシリヤとエジプトの連合軍は破れ、バビロンが盛んとなり、さらにはそれが、後のイスラエルの首を締める形になってしまった。

箴言に記されている。
箴言26:17 自分に関係のない争いにたずさわる者は、通りすぎる犬の耳をとらえる者のようだ。

また、主は言われた。
マタイ5:5 柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。
 5:9 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。

あの善王ヨシヤが死んでしまった原因、それは、首を突っ込んではならない戦いに首を突っ込んでしまった事だった。
私達の戦いの武器は、肉によるものではなく、御言葉の剣、平和の福音、信仰の大盾であり、平和をもたらすべきものである。

23:31 エホアハズは王となった時二十三歳で、エルサレムで三か月の間、世を治めた。母はリブナのエレミヤの娘で、名をハムタルといった。
23:32 エホアハズは先祖たちがすべて行ったように主の目の前に悪を行ったが、
23:33 パロ・ネコは彼をハマテの地のリブラにつないで置いて、エルサレムで世を治めることができないようにした。また銀百タラントと金一タラントのみつぎを国に課した。
23:34 そしてパロ・ネコはヨシヤの子エリアキムを父ヨシヤに代って王とならせ、名をエホヤキムと改め、エホアハズをエジプトへ引いて行った。エホアハズはエジプトへ行ってそこで死んだ。
23:35 エホヤキムは金銀をパロに送った。しかし彼はパロの命に従って金を送るために国に税を課し、国の民おのおのからその課税にしたがって金銀をきびしく取り立てて、それをパロ・ネコに送った。
23:36 エホヤキムは二十五歳で王となり、エルサレムで十一年の間、世を治めた。母はルマのペダヤの娘で、名をゼビダといった。
23:37 エホヤキムは先祖たちがすべて行ったように主の目の前に悪を行った。

こうしてイスラエルは衰退の奈落へと転げ落ちていく。ヨシヤ王以降、主に聞き従う善い王は、出なかった。
ヨシヤ王は、確かに主に喜ばれる政策を行った。
23:26 けれども主はなおユダにむかって発せられた激しい大いなる怒りをやめられなかった。これはマナセがもろもろの腹だたしい行いをもって主を怒らせたためである。
マナセの犯した罪の中で、何が、主を特に怒らせたか。
それは、罪のない者の血を流す罪である。(2列王記24:3-4)
人の血を流す事は、後々まで、人の心に傷を残し、その人達が主に訴え続けるなら、主は彼らの叫びを聞かれる。

私達は血を流す者ではなく、平和の子として地を相続するものでありたい。

歴代の王達の中で最高の賞賛が与えられたヨシヤ(2列王記23:15-28)
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23:15 また、ベテルにある祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤラベアムが造った高き所、すなわちその祭壇と高き所とを彼はこわし、その石を打ち砕いて粉とし、かつアシラ像を焼いた。

ヨシヤ王は先祖たちが造った主に忌み嫌われるものを、惜しむ事なく破壊した。たとえそれが何百年も前のものであろうとも、また、彼の父祖たちがいかに大切にしてきたものであろうとも。
それは、主の目に適った事である。なぜなら主は、彼がこの事をするのを既にヤロブアムの時代から宣言しておられたからである。

23:16 そしてヨシヤは身をめぐらして山に墓のあるのを見、人をつかわしてその墓から骨を取らせ、それをその祭壇の上で焼いて、それを汚した。昔、神の人が主の言葉としてこの事を呼ばわり告げたが、そのとおりになった。

この事を、神の人がこの事が成る事を呼ばわり告げたのは、どのくら「昔」であったか。
それは実に300年以上も昔である。

23:17 その時ヨシヤは「あそこに見える石碑は何か」と尋ねた。町の人々が彼に「あれはあなたがベテルの祭壇に対して行われたこれらの事を、ユダからきて預言した神の人の墓です」と言ったので、
23:18 彼は言った、「そのままにして置きなさい。だれもその骨を移してはならない」。それでその骨と、サマリヤからきた預言者の骨には手をつけなかった。

ヨシヤは、300年ほど前に建てられたこの石碑に目を留め、現地の人々に聞いたところ、これは「あなたが」この事を行う事を預言した人の墓です、と答えた。
300年前に何が起きたか。
それが記されているのは第一列王記13章、歴代の王達と何百何千万の人々に罪を侵させる大元となったヤロブアム王の時代に遡る。

1列王記13:1 見よ、神の人が主の命によってユダからベテルにきた。その時ヤラベアムは祭壇の上に立って香をたいていた。
 13:2 神の人は祭壇にむかい主の命によって呼ばわって言った、「祭壇よ、祭壇よ、主はこう仰せられる、『見よ、ダビデの家にひとりの子が生れる。その名をヨシヤという。彼はおまえの上で香をたく高き所の祭司らを、おまえの上にささげる。また人の骨がおまえの上で焼かれる』」。

ヨシヤが宗教改革を行ったのは紀元前622年頃と言われている。また、ヤロブアムの即位は、紀元前931年と言われている。
実に、300年前から既に主はヨシヤを名指しして、この事が行われる事を予告しておられたのだ。
その時預言者は、遠い将来に起きる事を予告しただけではない。その場でしるしを主は与えられた。

1列王記13:3 その日、彼はまた一つのしるしを示して言った、「主の言われたしるしはこれである、『見よ、祭壇は裂け、その上にある灰はこぼれ出るであろう』」。
 13:4 ヤラベアム王は、神の人がベテルにある祭壇にむかって呼ばわる言葉を聞いた時、祭壇から手を伸ばして、「彼を捕えよ」と言ったが、彼にむかって伸ばした手が枯れて、ひっ込めることができなかった。
 13:5 そして神の人が主の言葉をもって示したしるしのように祭壇は裂け、灰は祭壇からこぼれ出た。
 13:6 王は神の人に言った、「あなたの神、主に願い、わたしのために祈って、わたしの手をもとに返らせてください」。神の人が主に願ったので、王の手はもとに返って、前のようになった。

ヤロブアムは、この自分の祭壇に悪い事を予告した預言者を捕らえよと言って伸ばした手がしなびてしまい、ゆるしを乞い願った結果、その手を元通りにしていただいた事も、その身をもって経験した。
しかし彼は、悔い改める事をせず、自分で造ったこの祭壇を自分の手で破壊する事をしないまま、その祭壇で300年もの間、多くの人々に罪を犯させ続ける結果となってしまった。

破壊し尽くすべき罪、そのように罪をそそのかさせてしまう物は、すみやかに私達の中から除き去るべきである。
そうでないと、自分自身に災いを招くのみならず、自分の家族や多くの子々孫々さえも、災いへと導いてしまうからだ。
彼は、このように、自国内を隅々まで行き巡り、主の目に汚らわしいものを取り除ききよめた。
私達が、皿がいかに純金で出来ていようとも、汚物のついているなら用いないのと同じように、神は、きよくない者は用いず、きよい者をこそ用いてくださる。
だから私達も、自らをきよくする努力を務めるべきである。

23:21 そして王はすべての民に命じて、「あなたがたはこの契約の書にしるされているように、あなたがたの神、主に過越の祭を執り行いなさい」と言った。
23:22 さばきづかさがイスラエルをさばいた日からこのかた、またイスラエルの王たちとユダの王たちの世にも、このような過越の祭を執り行ったことはなかったが、
23:23 ヨシヤ王の第十八年に、エルサレムでこの過越の祭を主に執り行ったのである。

彼の治世の18年に、どんなに素晴らしい過越の捧げものをささげたかは、2歴代誌35章に詳しく記されている。
2歴代誌35:18 預言者サムエルの日からこのかた、イスラエルでこのような過越の祭を行ったことはなかった。またイスラエルの諸王のうちには、ヨシヤが、祭司、レビびと、ならびにそこに来たユダとイスラエルのすべての人々、およびエルサレムの住民と共に行ったような過越の祭を行った者はひとりもなかった。

預言者サムエルの時代からこのかた、である。
サムエルはサウルに油を注いでイスラエル最初の王とし、またダビデにも油を注いだキングメーカーである。
つまり、歴代の王の中で、ヨシヤは、最も優れた過越祭を捧げたのだ。

23:25 ヨシヤのように心をつくし、精神をつくし、力をつくしてモーセのすべての律法にしたがい、主に寄り頼んだ王はヨシヤの先にはなく、またその後にも彼のような者は起らなかった。

23:26 けれども主はなおユダにむかって発せられた激しい大いなる怒りをやめられなかった。これはマナセがもろもろの腹だたしい行いをもって主を怒らせたためである
23:27 それゆえ主は言われた、「わたしはイスラエルを移したように、ユダをもわたしの目の前から移し、わたしが選んだこのエルサレムの町と、わたしの名をそこに置こうと言ったこの宮とを捨てるであろう」。

結局、救いは本人自身のものである事を示している。
彼の前の王達がいかに許されない事を、主の前に行ってきたか。それは、もはや許されない所までに、審判の目盛りを満たしてしまったのだ。
しかしその直前に、ヨシヤ王は主の前に忠実に仕え、そして先祖たちの犯してきた諸々の罪の生成物を破壊し、主の預言をことごとく成就させた。

彼は、歴代の王達の中で、最もすぐれた賞賛を与えられた。
それは、彼は、御言葉が与えられた時に悔い改め、御言葉に忠実に従い、その通りに実行したからだ。
私達も、救いを実現するために、自らの中の主に忌み嫌われるものは取り除き、主に喜ばれる礼拝を捧げ、そして主から最高の賞賛が与えられる者を目指して、信仰の競争を走りぬきたい。

主の前に約束し、誰よりも思い切って実行したヨシヤ王(2列王記23:1-15)
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若い時から主の道に歩もうと志し、ある時、主の律法を発見し、それに記された主の道と、それにあまりにも反した道を歩んできた先祖代々の罪とを照らしあわせた時、恐れおののいたヨシヤ王は、早速主に伺った。
主は、御言葉を前に恐れおののいた彼の代には、その災いを降されない、と、約束して下さった。
主からの災いを、自分は免れた、と思ったキリスト者が、それに安んじて、油断し、罪を犯してしまう事はままあるが、ヨシヤはどうだっただろう。

23:1 そこで王は人をつかわしてユダとエルサレムの長老たちをことごとく集めた。
23:2 そして王はユダのもろもろの人々と、エルサレムのすべての住民および祭司、預言者ならびに大小のすべての民を従えて主の宮にのぼり、主の宮で見つかった契約の書の言葉をことごとく彼らに読み聞かせた。

ヨシヤは早速行動した。しかも、大小全ての人々を集め、彼らに主の御言葉をことごとく読み聞かせた。
聞かせた、というだけで終わるのではない。霊の指導者は、ただ聞かせるだけでは十分ではない。

23:3 次いで王は柱のかたわらに立って、主の前に契約を立て、主に従って歩み、心をつくし精神をつくして、主の戒めと、あかしと、定めとを守り、この書物にしるされているこの契約の言葉を行うことを誓った。民は皆その契約に加わった。

ヨシヤ王はさらに、自分のみならず人々にも主の御前に正しく歩む事を約束した。
私達も、人々に主をすすめる時、主の前に歩むか、そうでないかを人の口から告白させる事が重要である。
ヨシヤは、律法の書に次のように書いてある事を心にとめ、それを実行したのだ。

申命記6:1 これはあなたがたの神、主があなたがたに教えよと命じられた命令と、定めと、おきてであって、あなたがたは渡って行って獲る地で、これを行わなければならない。
6:2 これはあなたが子や孫と共に、あなたの生きながらえる日の間、つねにあなたの神、主を恐れて、わたしが命じるもろもろの定めと、命令とを守らせるため、またあなたが長く命を保つことのできるためである。
6:3 それゆえ、イスラエルよ、聞いて、それを守り行え。そうすれば、あなたはさいわいを得、あなたの先祖の神、主があなたに言われたように、乳と蜜の流れる国で、あなたの数は大いに増すであろう。
6:4 イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。
6:5 あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。

そして彼は、約束したならら、それで満足して、何もしなかったというわけではない。
彼は、実に思い切った行動に踏み切る。

23:4 こうして王は大祭司ヒルキヤと、それに次ぐ祭司たちおよび門を守る者どもに命じて、主の神殿からバアルとアシラと天の万象とのために作ったもろもろの器を取り出させ、エルサレムの外のキデロンの野でそれを焼き、その灰をベテルに持って行かせた。

主の神殿の中に、バアルとアシラと天の万象とのために作ったもろもろの器があったのだ。
確かに彼の祖父マナセの代にそれが築きあげられたと、記されているが、それがそのまま主の宮に放置されていたのは、おどろくべき事かもしれない。
しかし読み進めていくと、もっとおどろくべき事が記されている。

23:5 また、ユダの町々とエルサレムの周囲にある高き所で香をたくためにユダの王たちが任命した祭司たちを廃し、またバアルと日と月と星宿と天の万象とに香をたく者どもをも廃した。
23:6 彼はまた主の宮からアシラ像を取り出し、エルサレムの外のキデロン川に持って行って、キデロン川でそれを焼き、それを打ち砕いて粉とし、その粉を民の墓に投げすてた。

当時のエルサレム周辺の町々には「高き所」という、太陽や月や星々や、天のもろもろを神とする神社仏閣のようなものがあり、そこに仕える祭司もいた。
彼はそれを廃止し、また、なんとアシェラ像が主の宮の中にさえあったのだが、それをも排除した。
次にはもっと驚く事が書いてある。

23:7 また主の宮にあった神殿男娼の家をこわした。そこは女たちがアシラ像のために掛け幕を織る所であった。

なんと、主の宮の中に、神殿男娼の家があったのだ。男と男が忌み嫌われるべき事をする者の家が、聖なる主を礼拝する所に、あったのだ。
御言葉に立っているキリスト者は、これを驚嘆すると同時に、震えるほど不愉快な思いになるかもしれない。しかし、御言葉を知らず、同性愛をよしとする「キリスト者」は、それをなんとも思わないかもしれない。
しかし聖書は、同性愛は、生きたまま炎に焼かれる滅びに至るような、忌むべき行為である事を示している。(創世記19章、ローマ1:26-28, レビ18:22-30, 1テモテ1:9-10, 1コリント6:9-10, 2ペテロ2:6-10、ユダ1:7)

しかし、なぜこのような忌むべき事が、この箇所に至るまで、気づかなかったのか。
それは、それが習慣化し、まかり通っていたからであり、その存在が「罪」とは思っていなかったからである。
つまり、万物の基準である御言葉が無かったからであり、指摘されるまで気づかなかったのだ。
ヨシヤは、御言葉の基準を知った時、それを取り除いたのだ。

23:8 彼はまたユダの町々から祭司をことごとく召しよせ、また祭司が香をたいたゲバからベエルシバまでの高き所を汚し、また門にある高き所をこわした。これらの高き所は町のつかさヨシュアの門の入口にあり、町の門にはいる人の左にあった。
23:9 高き所の祭司たちはエルサレムで主の祭壇にのぼることをしなかったが、その兄弟たちのうちにあって種入れぬパンを食べた。

高き所は、主を礼拝するのか、偶像を礼拝するのか、あやふやな所であるが、ひとつはっきりしている事は、律法に照らすなら主が定めた所以外で礼拝するのは違反である事である。
ヨシヤはそれをも取り除いた。

23:10 王はまた、だれもそのむすこ娘を火に焼いて、モレクにささげ物とすることのないように、ベンヒンノムの谷にあるトペテを汚した。

自分の息子や娘を火で焼いて邪教の神に捧げるという蛮行を、ヨシヤの祖父マナセは行ったが、彼はもはやそのような事が出来ないようにした。

23:11 またユダの王たちが太陽にささげて主の宮の門に置いた馬を、境内にある侍従ナタンメレクのへやのかたわらに移し、太陽の車を火で焼いた。
23:12 また王はユダの王たちがアハズの高殿の屋上に造った祭壇と、マナセが主の宮の二つの庭に造った祭壇とをこわして、それを打ち砕き、砕けたものをキデロン川に投げすてた。

ヨシヤは、彼の祖父が、そのまたさらなる祖父の代由来の諸々の偶像、すなわち、主に忌み嫌われるべきものを、思い切って破壊した。
そればかりではない。

23:13 また王はイスラエルの王ソロモンが昔シドンびとの憎むべき者アシタロテと、モアブびとの憎むべき者ケモシと、アンモンの人々の憎むべき者ミルコムのためにエルサレムの東、滅亡の山の南に築いた高き所を汚した。
23:14 またもろもろの石柱を打ち砕き、アシラ像を切り倒し、人の骨をもってその所を満たした。

なんと、ソロモンの代から存在した高き所も、ずっとあって、そこで主の目に忌み嫌われる事が行われて来たのだ。
それは数百年の昔から存在し、日本でいえば、国宝級のような史物さえも、ヨシヤは、主に忌み嫌われるものであるからには、破壊した。
まことに生半可な心持ちでは出来る事ではない。今までの王は、できなかった事を、ヨシヤは実行したのだ。

私達も、自分の人生で、あるいは家系で代々持ち続けてしまった、主に忌み嫌われる習慣や思考パタンなどは、気付かされた時には、ヨシヤのように、いさぎよく捨て去るものでありたい。

ヨシヤ王 - 南ユダ王国最後の良い王(2列王記22:1-20)
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22:1 ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年の間、世を治めた。母はボヅカテのアダヤの娘で、名をエデダといった。
22:2 ヨシヤは主の目にかなう事を行い、先祖ダビデの道に歩んで右にも左にも曲らなかった。

ヨシヤは、南ユダ王国最後の「良い王」に数えられた王であり、彼以降は悪い王が続いて、バビロン捕囚への道をまっしぐらに進んでしまう。
彼は8歳で王になった。彼の父アモンが謀反にあって殺されたからであるが、彼は十六歳の若い時から既に主の目に叶う統治をしようと心がけている有様が、2歴代誌に記されている。

2歴代誌34:3 彼はまだ若かったが、その治世の第八年に父ダビデの神を求めることを始め、その十二年には高き所、アシラ像、刻んだ像、鋳た像などを除いて、ユダとエルサレムを清めることを始め、
34:4 もろもろのバアルの祭壇を、自分の前で打ちこわさせ、その上に立っていた香の祭壇を切り倒し、アシラ像、刻んだ像、鋳た像を打ち砕いて粉々にし、これらの像に犠牲をささげた者どもの墓の上にそれをまき散らし、
34:5 祭司らの骨をそのもろもろの祭壇の上で焼き、こうしてユダとエルサレムを清めた。
34:6 またマナセ、エフライム、シメオンおよびナフタリの荒れた町々にもこのようにし、
34:7 もろもろの祭壇をこわし、アシラ像およびもろもろの刻んだ像を粉々に打ち砕き、イスラエル全国の香の祭壇をことごとく切り倒して、エルサレムに帰った。

彼は若い頃から自ら率先して主に喜ばれる道を歩もう、とした。
そうして、彼の父たちの代で汚されてしまった主の宮をきよめている最中に、彼はあるものを発見する。

22:8 その時大祭司ヒルキヤは書記官シャパンに言った、「わたしは主の宮で律法の書を見つけました」。そしてヒルキヤがその書物をシャパンに渡したので、彼はそれを読んだ。
22:9 書記官シャパンは王のもとへ行き、王に報告して言った、「しもべどもは宮にあった銀を皆出して、それを工事をつかさどる主の宮の監督者の手に渡しました」。
22:10 書記官シャパンはまた王に告げて「祭司ヒルキヤはわたしに一つの書物を渡しました」と言い、それを王の前で読んだ。
22:11 王はその律法の書の言葉を聞くと、その衣を裂いた。

この、神殿の中に古く眠っていた書、それは、モーセの律法の書であった。
そして、その内容を知った時のヨシヤの対応は、衣を裂いて、悔い、へりくだり、泣いた事だった。(19節)
それまでヨシヤやその時代の人々は、久しく、モーセの律法の内容を知らず、ただ、預言者の言葉から主の意図を知り、預言がない時は、なんとなく過ごして来たのである。
主の御言葉を知らず、主の基準を知らずに罪を犯して来るという事は、ある。しかし、主の御言葉を知り、基準を知った後に、どう行動するか。それこそ最も大事である。

モーセの律法には、書いてある。主に聞き従って歩む人がいかに幸いであるか、いかに特別扱いを受けて祝福されるか。
それと同時に、主の御声に聞き従わないなら、どんなに災いに遭うか、その災いはどの程度か、それでも聞き従わないなら最終的にはどうされてしまうのか。

実際、ヨシヤは見た。北イスラエル王国が、主の御声に聞き従わない事を続けた結果、彼らは災いに遭い、律法に書いてある通りに、母親が自分の子の肉を食べるほどの飢饉にも遭い、そしてついにはアッシリヤによって滅ぼされ、捕囚として連れて行かれてしまったのを。
御言葉に書いてある事を知り、そして実際にその通りになっている人を見た時、私達も、ヨシヤのように恐れおののきつつ、御声に聞き従う対応を取るべきである。
それでも主を恐れず、聞き従わない事を続けたらどうなったか、ヨシヤはその父アモンがそうだったのを見た。それで彼は、御言葉に対する恐れがあった。

22:12 そして王は祭司ヒルキヤと、シャパンの子アヒカムと、ミカヤの子アクボルと、書記官シャパンと、王の大臣アサヤとに命じて言った、
22:13 「あなたがたは行って、この見つかった書物の言葉について、わたしのため、民のため、またユダ全国のために主に尋ねなさい。われわれの先祖たちがこの書物の言葉に聞き従わず、すべてわれわれについてしるされている事を行わなかったために、主はわれわれにむかって、大いなる怒りを発しておられるからです」。

ヨシヤは御言葉を知って恐れおののき、早速、主の御心を伺おうとして預言者へと人を遣わした。

22:14 そこで祭司ヒルキヤ、アヒカム、アクボル、シャパンおよびアサヤはシャルムの妻である女預言者ホルダのもとへ行った。シャルムはハルハスの子であるテクワの子で、衣装べやを守る者であった。その時ホルダはエルサレムの下町に住んでいた。彼らがホルダに告げたので、
22:15 ホルダは彼らに言った、「イスラエルの神、主はこう仰せられます、『あなたがたをわたしにつかわした人に言いなさい。
22:16 主はこう言われます、見よ、わたしはユダの王が読んだあの書物のすべての言葉にしたがって、災をこの所と、ここに住んでいる民に下そうとしている。
22:17 彼らがわたしを捨てて他の神々に香をたき、自分たちの手で作ったもろもろの物をもって、わたしを怒らせたからである。それゆえ、わたしはこの所にむかって怒りの火を発する。これは消えることがないであろう』。

ヨシヤがそれまで主に対して示してきた忠実は、確かにあったかもしれない。しかし主が言われた事は、手厳しいものだった。
その内容はヨシヤにではなく、主を怒らせた者達に対して、すなわち、イスラエルに対してのものだった。
イスラエルの歴代の王達や人々は、律法に照らせば災いを受ける他はないことばかりして来たからだ。しかし主は、悔い改める人には憐れみを注がれる。

22:18 ただし主に尋ねるために、あなたがたをつかわしたユダの王にはこう言いなさい、『あなたが聞いた言葉についてイスラエルの神、主はこう仰せられます、
22:19 あなたは、わたしがこの所と、ここに住んでいる民にむかって、これは荒れ地となり、のろいとなるであろうと言うのを聞いた時、心に悔い、主の前にへりくだり、衣を裂いてわたしの前に泣いたゆえ、わたしもまたあなたの言うことを聞いたのであると主は言われる。
22:20 それゆえ、見よ、わたしはあなたを先祖たちのもとに集める。あなたは安らかに墓に集められ、わたしがこの所に下すもろもろの災を目に見ることはないであろう』」。彼らはこの言葉を王に持ち帰った。

主は、悔い改めて御言葉を守り行う本人には、憐れみを注いで下さる。
肝心なのは、御言葉を聞いた後である。
ヒゼキヤは、災いが自分の代に降される事はないと思った時、「その言葉はありがたい」と、他人事のようにして、悔い改める事をしなかった。それで彼の子マナセという非常に悪い王を育ててしまった。
ヨシヤは、悔い改めに相応しい行動をした。
私達は、御言葉が示された時、どう応答するだろうか。
御言葉を聞いて、知ってもなお主の目に悪とみなされてしまう道を改めないなら、通常の人が受けないような災いに遭う事は、ヨシヤが聞いた律法に書いてある。

申命記29:22 後の代の人、すなわちあなたがたののちに起るあなたがたの子孫および遠い国から来る外国人は、この地の災を見、主がこの地にくだされた病気を見て言うであろう。
29:23 ――全地は硫黄となり、塩となり、焼け土となって、種もまかれず、実も結ばず、なんの草も生じなくなって、むかし主が怒りと憤りをもって滅ぼされたソドム、ゴモラ、アデマ、ゼボイムの破滅のようである。――
29:24 すなわち、もろもろの国民は言うであろう、『なぜ、主はこの地にこのようなことをされたのか。この激しい大いなる怒りは何ゆえか』。
29:25 そのとき人々は言うであろう、『彼らはその先祖の神、主がエジプトの国から彼らを導き出して彼らと結ばれた契約をすて、
29:26 行って彼らの知らない、また授からない、ほかの神々に仕えて、それを拝んだからである。
29:27 それゆえ主はこの地にむかって怒りを発し、この書物にしるされたもろもろののろいをこれにくだし、
29:28 そして主は怒りと、はげしい怒りと大いなる憤りとをもって彼らをこの地から抜き取って、ほかの国に投げやられた。今日見るとおりである』。

主の民は、確かに特別扱いを受ける。
御言葉に聞き従う事への幸いは、尋常ならぬ幸いだが、御言葉にあえて反する災いもまた、尋常ならぬ災いである。
私達は、どちらを受けたいだろうか。
そして、次の主の言葉はとても重要である。

29:29 隠れた事はわれわれの神、主に属するものである。しかし表わされたことは長くわれわれとわれわれの子孫に属し、われわれにこの律法のすべての言葉を行わせるのである。

御言葉の中に、隠された内容と、明らかにされた内容がある。
私達は、御言葉を全て知っている者ではない。わからない御言葉も、意味が隠された御言葉も、ある。
しかし、人生の時々に応じて、理解の光が当てられ示される御言葉があり、それは、まさに我々のものである。
まだ明かされていない事については、私達は知らないゆえに、十字架の主の憐れみを受ける事ができる。
しかし、知って、理解したならば、それは「長くわれわれとわれわれの子孫に属し、われわれにこの律法のすべての言葉を行わせる」ものである。

ヨシヤは、人生の前半、御言葉が隠されていた。
しかし、それが見つけ出され、明らかにされ、その内容を理解した以上、これから彼らが御言葉に対してどうするかによって、幸いに入るか、呪いに入るかは、彼ら次第である。
私達も、御言葉はすぐちかくにある。
私達は御言葉を恐れ敬い、守り行い、あらゆる事に主から特別扱いを受け、祝福の王道を踏み外さずに歩んでいくものでありたい。

災いに遭って悔い改めたマナセの後半人生と、一切の悔い改めをしなかったアモン(2列王記21:1-15)
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マナセは数々の罪を主の御前で犯した。
彼は父ヒゼキヤがせっかくイスラエルの中から取り除いた悪習を、再び復活させ、また主の宮に偶像を配置したり、預言者の言葉を退けたりした。
そればかりではない。

2列王記21:16 マナセはまた主の目の前に悪を行って、ユダに罪を犯させたその罪のほかに、罪なき者の血を多く流して、エルサレムのこの果から、かの果にまで満たした。
21:17 マナセのその他の事績と、彼がおこなったすべての事およびその犯した罪は、ユダの王の歴代志の書にしるされているではないか。

マナセは「罪なき者の血を多く流して、エルサレムのこの果から、かの果にまで満たした。」
きっとマナセに耳の痛い忠言をくれる預言者や、彼の気に入らない人を、そこがエルサレムの端であろうと中心であろうと、かまわず次々と殺して行ったのだろう。
それほどの悪を行ったマナセには、主の直接のさばきが降った事が歴代誌には記されている。

2歴代誌33:10 主はマナセおよびその民に告げられたが、彼らは心に留めなかった。
33:11 それゆえ、主はアッスリヤの王の軍勢の諸将をこれに攻めこさせられたので、彼らはマナセをかぎで捕え、青銅のかせにつないで、バビロンに引いて行った。

彼は、アッシリヤによって捕らえられ、青銅のかせに引きずられ、バビロンに連れて行かれたのだ。
まさに主が預言者の口を通して語られた通り、全くもって改めない彼にはアハブ(北イスラエル王国)と同じ秤で量られ、北イスラエル王国がアッシリヤによって滅ぼされ捕囚されてしまったのと、全く同じさばきにかけられたのだ。
もはや全くの絶望の状況に陥ってしまった彼だが、そのどん底の中から、マナセは主の前に悔い改めた。

33:12 彼は悩みにあうに及んで、その神、主に願い求め、その先祖の神の前に大いに身を低くして、
33:13 神に祈ったので、神はその祈を受けいれ、その願いを聞き、彼をエルサレムに連れ帰って、再び国に臨ませられた。これによってマナセは主こそ、まことに神にいますことを知った。

主はなんと憐れみに満ちたお方であろうか。
あれほどの罪を犯して来た彼なのに、主に悔い改めた事で、彼はいのちを長らえたばかりでなく、エルサレムに戻され、元の王の地位へと戻されたのだ。
それはまさに奇跡である。

33:14 この後、彼はダビデの町の外の石がきをギホンの西の方の谷のうちに築き、魚の門の入口にまで及ぼし、またオペルに石がきをめぐらして、非常に高くこれを築き上げ、ユダのすべての堅固な町に軍長を置き、
33:15 また主の宮から、異邦の神々および偶像を取り除き、主の宮の山とエルサレムに自分で築いたすべての祭壇を取り除いて、町の外に投げ捨て、
33:16 主の祭壇を築き直して、酬恩祭および感謝の犠牲を、その上にささげ、ユダに命じてイスラエルの神、主に仕えさせた。

彼は、悔い改めに相応しい実を結んだ。
このように、彼は口先ではなく心底悔いて、そして、改めた心を主はご覧になられたから、彼を元通りの地位に戻し、そして彼が悔い改めに相応しい実を結ぶ事によって、主に心から立ち返るものには全てこのように恵みを施して下さるお方だと知らせるために、そのようにされたのだ。

エゼキエル18:31 あなたがたがわたしに対しておこなったすべてのとがを捨て去り、新しい心と、新しい霊とを得よ。イスラエルの家よ、あなたがたはどうして死んでよかろうか。
18:32 わたしは何人の死をも喜ばないのであると、主なる神は言われる。それゆえ、あなたがたは翻って生きよ」。

主は、誰が滅ぶのも望んでおられず、悔い改めて命を得る事を望んでおられる。
しかし、彼の子アモンはそうではなかった。

2列王記21:19 アモンは王となった時二十二歳であって、エルサレムで二年の間、世を治めた。母はヨテバのハルツの娘で、名をメシュレメテといった。
21:20 アモンはその父マナセのおこなったように、主の目の前に悪を行った。
21:21 すなわち彼はすべてその父の歩んだ道に歩み、父の仕えた偶像に仕えて、これを拝み、
21:22 先祖たちの神、主を捨てて、主の道に歩まなかった。
21:23 アモンの家来たちはついに彼に敵して徒党を結び、王をその家で殺したが、
21:24 国の民は、アモン王に敵して徒党を結んだ者をことごとく撃ち殺した。そして国の民はアモンの子ヨシヤを王としてアモンに代らせた。

彼の統治は、たった2年だった。
北イスラエル王国のアハブもそうだった。彼は最後、悔い改めたが、彼の子アハズヤはそうではなく、主の前に悪を貫いたため、その統治はアモンと同じ、たった2年であった。

2歴代誌33:22 彼はその父マナセのしたように主の前に悪を行った。すなわちアモンはその父マナセが造ったもろもろの刻んだ像に犠牲をささげて、これに仕え、
33:23 その父マナセが身を低くしたように主の前に身を低くしなかった。かえってこのアモンは、いよいよそのとがを増した。
33:24 その家来たちは党を結んで彼にそむき、彼をその家で殺した。

アモンは、主の御前にへりくだらず、悔い改めず、なおもそのとがを増し加えた、と書いてある。
アモンは父王の悪い所も、良い所も見たはずである。父王が悪い事をした結果いかに災いに覆われたか、そして、その悪から立ち返って主に悔い改めたら、いかに奇跡的に幸いを施して下さったかも、見た。
それにもかかわらず、アモンは主に立ち返らなかった。
主は、一切の隠れた所と、人の心の奥底を、ご存知である。その人がその後悔い改める余地があるか無いかも、全て含めて。
彼の心には、主に心翻す余地が一切無かったのだろう。それで主は、彼をわずか2年で王位から取り除き、この世から取り去ったのだ。

ヤコブ4:6 しかし神は、いや増しに恵みを賜う。であるから、「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」とある。
4:7 そういうわけだから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。
4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。罪人どもよ、手をきよめよ。二心の者どもよ、心を清くせよ。
4:9 苦しめ、悲しめ、泣け。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えよ。
4:10 主のみまえにへりくだれ。そうすれば、主は、あなたがたを高くして下さるであろう。

主は、へりくだる者に、近くおられる。
罪の楽しみを楽しんでいる人が、その楽しみを「罪をしない」という苦しみ・悲しみに変えるなら、主は高めてくださる。
ちょうど、悔いてへりくだったマナセを、再び王座へと戻してくださったように。

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