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メッセージ - 定期祈祷会メッセージカテゴリのエントリ

王国や王達の上に立ってとりなし、御言葉を伝え、支配するべき私達(エレミヤ1:4-10)
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エレミヤ1:4 主の言葉がわたしに臨んで言う、
1:5 「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り、あなたがまだ生れないさきに、あなたを聖別し、あなたを立てて万国の預言者とした」。

エペソ1:3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、
1:4 みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。

エレミヤ1:6 その時わたしは言った、「ああ、主なる神よ、わたしはただ若者にすぎず、どのように語ってよいか知りません」。
1:7 しかし主はわたしに言われた、「あなたはただ若者にすぎないと言ってはならない。だれにでも、すべてわたしがつかわす人へ行き、あなたに命じることをみな語らなければならない。
1:8 彼らを恐れてはならない、わたしがあなたと共にいて、あなたを救うからである」と主は仰せられる。
1:9 そして主はみ手を伸べて、わたしの口につけ、主はわたしに言われた、「見よ、わたしの言葉をあなたの口に入れた。
1:10 見よ、わたしはきょう、あなたを万民の上と、万国の上に立て、あなたに、あるいは抜き、あるいはこわし、あるいは滅ぼし、あるいは倒し、あるいは建て、あるいは植えさせる」。

1コリント6:2 それとも、聖徒は世をさばくものであることを、あなたがたは知らないのか。そして、世があなたがたによってさばかれるべきであるのに、きわめて小さい事件でもさばく力がないのか。
6:3 あなたがたは知らないのか、わたしたちは御使をさえさばく者である。ましてこの世の事件などは、いうまでもないではないか。

ヘブル2:6 聖書はある箇所で、こうあかししている、/「人間が何者だから、/これを御心に留められるのだろうか。人の子が何者だから、/これをかえりみられるのだろうか。
2:7 あなたは、しばらくの間、/彼を御使たちよりも低い者となし、/栄光とほまれとを冠として彼に与え、
2:8 万物をその足の下に服従させて下さった」。「万物を彼に服従させて下さった」という以上、服従しないものは、何ひとつ残されていないはずである。しかし、今もなお万物が彼に服従している事実を、わたしたちは見ていない。
2:9 ただ、「しばらくの間、御使たちよりも低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、栄光とほまれとを冠として与えられたのを見る。それは、彼が神の恵みによって、すべての人のために死を味わわれるためであった。
・・・
2:16 確かに、彼は天使たちを助けることはしないで、アブラハムの子孫を助けられた。

ローマ8:19 被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。

ネヘミヤの性質から見る聖霊の性質(ネヘミヤ記)
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私達が結びつけるべき赤い印(ヨシュア記2:17-21)
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ラハブが不従順な者達と一緒に滅びる事を免れた理由は、信仰の故だった。
彼女は、イスラエルの神・主の救いを得る事の素晴らしさを、そのうわさを聞いていた時からあこがれ、いざ、その神の民が二人、彼女の前に現れた時、死を賭すリスクを犯す事さえものともせず二人をかくまい、イスラエルの神こそ天において地において絶対なる神であられる事を告白し、自分と自分の家族を救ってくれるよう、憐れみを求めた。
普通なら、憐れみを乞い求めるべきは、周囲は敵だけのこの二人の斥候の側に見える。
しかし彼女は、真理の面から見て、自分こそが、神に対し、そして神の民に対して憐れみを求めるべき者だ、という認識があったのだ。
それは、信仰によってである。

ヨシュア記2:17 ふたりの人は彼女に言った、「あなたがわれわれに誓わせたこの誓いについて、われわれは罪を犯しません。
2:18 われわれがこの地に討ち入る時、わたしたちをつりおろした窓に、この赤い糸のひもを結びつけ、またあなたの父母、兄弟、およびあなたの父の家族をみなあなたの家に集めなさい。
2:19 ひとりでも家の戸口から外へ出て、血を流されることがあれば、その責めはその人自身のこうべに帰すでしょう。われわれに罪はありません。しかしあなたの家の中にいる人に手をかけて血を流すことがあれば、その責めはわれわれのこうべに帰すでしょう。
2:20 またあなたが、われわれのこのことを他に漏らすならば、あなたがわれわれに誓わせた誓いについては、われわれに罪はありません」。
2:21 ラハブは言った、「あなたがたの仰せのとおりにいたしましょう」。こうして彼らを送り出したので、彼らは去った。そして彼女は赤いひもを窓に結んだ。

彼女は、赤い印を早速結びつけた。
これは古今東西、現代の私達にも、等しく、救いのしるしである。

出エジプト記12:3 あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。
12:4 もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。
12:5 小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。
12:6 そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮にこれをほふり、
12:7 その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。
12:8 そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。
・・・
12:12 その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。わたしは主である。
12:13 その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。
12:14 この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。

赤い印を結ぶのは、裁きの日の前日でも、滅びのラッパが吹き鳴らされる直前でも別にいいのだが、彼女は、彼らから教えられてすぐに結んだ。
「あなたの仰せのとおりに」。これこそ、苦もなく救われる人に特徴的な、主に対してよく発する言葉である。

大いなる裁きの日、赤い印を結んだ状態で、かつ、その中にいる事。それが救いの条件である。
赤い印を結びつけるか、それをしないか。それは昔も今も、救われるか、滅ぼされるかの分かれ道なのだ。

今や、キリストの血が、私達にとって救いのしるしである。

ヘブル9:14 永遠の聖霊によって、ご自身を傷なき者として神にささげられたキリストの血は、なおさら、わたしたちの良心をきよめて死んだわざを取り除き、生ける神に仕える者としないであろうか。

イエス様の血は、私達の邪悪な良心をきよめ、死んだ行いを取り除き、生ける神に仕える者としてくださる。
イスラエルの民は小羊の血潮を扉のかもいと門柱に塗り、ラハブは窓に赤いひもを結びつけたが、私達はどうやったら、この赤い印を結びつける事ができるのか。

ヘブル11:30 信仰によって、エリコの城壁は、七日にわたってまわったために、くずれおちた。
11:31 信仰によって、遊女ラハブは、探りにきた者たちをおだやかに迎えたので、不従順な者どもと一緒に滅びることはなかった。

私達が、イエス様が十字架で流された血潮を、自分に結びつけるコツ、それは、信仰である。
信仰(ビヒド)の元来の意味は、to band(結びつける)、to unite(連合する、ユニットを組む)。

4:2 というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、「信仰によって結びつけ」られなかったからである。
4:3 ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。

あの時イエス様が流された血潮こそ、自分を清め、救いへと導くものだ、という言葉と意味を自分自身へと混ぜ合わせ(結びつけ)、自分はイエス様の血潮とユニットを組んだ者だとみなしつつ、日々歩んでいくのである。
それこそ、ラハブが赤いひもを窓に結んだのと同じ行動である。
ラハブは、すぐにした。同じように私達も、すぐにでも、いつでも、結び続けるべきである。
信じたなら、安息に入るのだ。

ヘブル3:12 兄弟たちよ。気をつけなさい。あなたがたの中には、あるいは、不信仰な悪い心をいだいて、生ける神から離れ去る者があるかも知れない。
3:13 あなたがたの中に、罪の惑わしに陥って、心をかたくなにする者がないように、「きょう」といううちに、日々、互に励まし合いなさい。
3:14 もし最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けるならば、わたしたちはキリストにあずかる者となるのである。
3:15 それについて、こう言われている、/「きょう、み声を聞いたなら、/神にそむいた時のように、/あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」。
3:16 すると、聞いたのにそむいたのは、だれであったのか。モーセに率いられて、エジプトから出て行ったすべての人々ではなかったか。
3:17 また、四十年の間、神がいきどおられたのはだれに対してであったか。罪を犯して、その死かばねを荒野にさらした者たちに対してではなかったか。
3:18 また、神が、わたしの安息に、はいらせることはしない、と誓われたのは、だれに向かってであったか。不従順な者に向かってではなかったか。
3:19 こうして、彼らがはいることのできなかったのは、不信仰のゆえであることがわかる。
ヘブル4:1 それだから、神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意しようではないか。
4:2 というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。
4:3 ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。

一度、十字架の血潮を自分自身へと結びつけたなら、それをほどいてはならない。
救いの条件は、大いなる裁きの日、赤い印を結んだ状態で、かつ、その中にいる事だった。
そこから迷い出る事なく、しっかり毎日結んだ状態をキープし、安息をキープし続ける皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

「キリスト」の役割と、血潮の効力(ヘブル9:11-28)
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金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
御国の働きをするしもべの報い(詩篇2:6-9篇)
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安息日の問題 - エレミヤ書の9つのGolden Key 4/9(エレミヤ17:21)
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この週末の時代を読み解く上で非常に重要なエレミヤ書の9つの鍵。
第4番目は、「安息日」の問題である。

 17:21 主はこう仰せられる。『あなたがた自身、気をつけて、安息日に荷物を運ぶな。また、それをエルサレムの門のうちに持ち込むな。

エレミヤの時代、主が「聖としなさい」と命じられていた安息日は、軽んじられ、人々は平気でその日、世の仕事をしては出歩いていた。
そこで主はエレミヤを通して警告を与えたわけであるのだが、現代、この安息日どのように扱うべきか。
ユダヤにおいては、礼拝するべき安息日は土曜日としているが、我々は礼拝する日をどうすべきだろう。
その問題について、御言葉から見ていきたい。

「安息日」はシャバット、すなわち、終わる、とどまる、休む、という意味である。
天地創造の時、神は第七日目に全ての創造のわざを終え、休まれた。それゆえこの日を覚えて「聖」として区別せよ、と仰せられた。
しかしユダヤ人は、この日を「働いてはならない日」という事を強調するあまり、これは仕事になるのか、そうではないのか、という論点の膨大な議論が発生し、諸々の事細かい規定が定められ、それでユダヤ人は、安息すべき日であるというのに、重荷を負う事になる。これは大丈夫だろうか、やっていいのだろうか、と。

そこでイエス様は言われる。

マタイ11:28 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
11:29 わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

イエス様は、わたしのくびきを負って、わたしに学びなさい、と言われた。
くびきは、二頭の牛が共に負って、共にひとつの働きをする道具である。重荷を捨てなさい、とは言っておられない。つまりイエス様は、あなたが負っている重荷があるなら、わたしが一緒に負う、と言っておられるのだ。
主が重荷を共に負ってくださる。そうすれば、あなた方の心は、休まれる、と。

律法を完成させて下さるイエス様は、律法や諸々の重荷を、一緒に負って下さる、という事を、認知すべきである。

さらに12章で、再び安息日に関する問題が起きている。
マタイ12:1 そのころ、ある安息日に、イエスは麦畑の中を通られた。すると弟子たちは、空腹であったので、穂を摘んで食べはじめた。
12:2 パリサイ人たちがこれを見て、イエスに言った、「ごらんなさい、あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています」。

弟子達はお腹がすいて、ひもじくなって、麦の穂を摘んで食べたのをパリサイ人達は見て、それを糾弾のねたとした。
すなわち、「籾殻を取る」行為は労働であると見做されており、それでパリサイ人達は「安息日にしてはならない事をしている」と、糾弾したのだが、イエス様は弟子達を弁護される。

イエス様は、ご自身を、安息日の主である、と宣言された。イエス様こそ、安息日を定め、安息日のなんたるかを教えて下さる主である、と。
その安息日の主であられるイエス様が、彼に仕える弟子達、安息日に仕えている弟子達を、「罪のない者」と宣言し、また弁護した。

12:7 『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か知っていたなら、あなたがたは罪のない者をとがめなかったであろう。

イエス様が、安息日に籾殻を取って食べた弟子達は「罪がない」とした根拠は、何によるのだろう。

12:3 そこでイエスは彼らに言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが飢えたとき、ダビデが何をしたか読んだことがないのか。
12:4 すなわち、神の家にはいって、祭司たちのほか、自分も供の者たちも食べてはならぬ供えのパンを食べたのである。
すなわち、あなた方が尊敬するダビデがそうしたでしょう、と。
12:5 また、安息日に宮仕えをしている祭司たちは安息日を破っても罪にはならないことを、律法で読んだことがないのか。
12:6 あなたがたに言っておく。宮よりも大いなる者がここにいる。
12:7 『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か知っていたなら、あなたがたは罪のない者をとがめなかったであろう。
12:8 人の子は安息日の主である」。

さらに神は、預言者ホセアを通して言われた。
やがて、安息日などの全ての例祭をやめさせる時が来る、と。

ホセア 2:11 わたしは彼女のすべての楽しみ、すなわち祝、新月、安息日、すべての祭をやめさせる。

神の恵みの時が到来すると、律法が成就し、すべて安息日や例祭は止めさせられる。
その「時」は、イエス様が十字架上で死なれた時、成就した。
次の御言葉の通りである。

コロサイ 2:14 神は、わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた。
2:15 そして、もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとされたのである。
2:16 だから、あなたがたは、食物と飲み物とにつき、あるいは祭や新月や安息日などについて、だれにも批評されてはならない。
2:17 これらは、きたるべきものの影であって、その本体はキリストにある。

すなわち、ありとあらゆる人を「罪あり」と指摘し、不利に陥れる「律法」という債務証書を、無効にしたのだ!十字架の上で。
こういうわけで、食べ物と飲み物について、あるいは、祭りや新月や安息日のことについて、誰にも批評させてはならない、と、16節に書いてある。

1コリント15:56 死のとげは罪である。罪の力は律法である。
15:57 しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。

死のとげは罪であり、そして人を罪ありとする力あるものは、律法である。
イエス様は十字架上で、罪を、死を、また人を罪ありとする律法を、十字架の上で釘付けにし、我々をそれらに対する勝利者とし、開放して下さったのだ!
イエス様は十字架上で、我々に、恵みの年、解放の年を宣言して下さったのだ。
それ故、私達は、安息日や、その他諸々の律法の膨大な規定から、解放されているのである。

十字架、それは実に偉大な転換点である。

それでは、どうして新約では主日に、すなわち、日曜日に礼拝を行うのか。
旧約のように土曜日にではなく。

イエス様の十字架以降、安息日や諸々の祭りは十字架上に釘付けにされた事は、先のホセア書と第一コリントに書いてあった通りである。
それ以降、復活のイエス様は、日曜日に現れるようになった。
復活の三日目すなわち日曜日(聖書では当日もカウントする)、弟子達が集っていた所に復活のイエス様が現れ、弟子達に聖霊の息吹を吹きかけられた。
その時その場にいなかったトマスには、その八日後、すなわち次の日曜日、弟子達が集っていた所に、トマスも居たため、トマスもイエス様と出会い交わりをする事が出来た。(ヨハネ20:19-29)
黙示録においても、ヨハネは「主の日」に御霊に感じ、主と出会い、主から啓示を頂いた。(黙示録1:10)
それ故、教会では、日曜日を主の日(主日)と言い、初代教会の聖徒達は復活の主と出会うために、主日に主の御名に集い、パンを割き、メッセージを聞き、聖徒の交わりを行っていた。(使徒20:7)

キリスト教は復活の宗教と言われており、主日は、主の復活の日である。
だからキリスト者達はそれを記念し、そして主と出会うために、主日に集うようになって行ったのだ。

結局、旧約の安息日は、来るべきキリストの影にすぎない。(コロサイ2:17)
核心は、安息日の主人であられるキリストなのだ。
 

手をたたいて神に喜びと賛美の態度を示そう(詩篇47篇)
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いつでも「神」を主語とし、何をしても祝福されたヨセフ(創世記39:1-10)
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創世記39:1 さてヨセフは連れられてエジプトに下ったが、パロの役人で侍衛長であったエジプトびとポテパルは、彼をそこに連れ下ったイシマエルびとらの手から買い取った。
39:2 主がヨセフと共におられたので、彼は幸運な者となり、その主人エジプトびとの家におった。
39:3 その主人は主が彼とともにおられることと、主が彼の手のすることをすべて栄えさせられるのを見た。
39:4 そこで、ヨセフは彼の前に恵みを得、そのそば近く仕えた。彼はヨセフに家をつかさどらせ、持ち物をみな彼の手にゆだねた。
39:5 彼がヨセフに家とすべての持ち物をつかさどらせた時から、主はヨセフのゆえにそのエジプトびとの家を恵まれたので、主の恵みは彼の家と畑とにあるすべての持ち物に及んだ。
39:6 そこで彼は持ち物をみなヨセフの手にゆだねて、自分が食べる物のほかは、何をも顧みなかった。さてヨセフは姿がよく、顔が美しかった。
39:7 これらの事の後、主人の妻はヨセフに目をつけて言った、「わたしと寝なさい」。
39:8 ヨセフは拒んで、主人の妻に言った、「御主人はわたしがいるので家の中の何をも顧みず、その持ち物をみなわたしの手にゆだねられました。
39:9 この家にはわたしよりも大いなる者はありません。また御主人はあなたを除いては、何をもわたしに禁じられませんでした。あなたが御主人の妻であるからです。どうしてわたしはこの大きな悪をおこなって、神に罪を犯すことができましょう」。
39:10 彼女は毎日ヨセフに言い寄ったけれども、ヨセフは聞きいれず、彼女と寝なかった。また共にいなかった。

1サムエル記2:17 このように、その若者たちの罪は、主の前に非常に大きかった。この人々が主の供え物を軽んじたからである。
2:18 サムエルはまだ幼く、身に亜麻布のエポデを着けて、主の前に仕えていた。

3:13 わたしはエリに、彼が知っている悪事のゆえに、その家を永久に罰することを告げる。その子らが神をけがしているのに、彼がそれをとめなかったからである。

創世記40:8 彼らは言った、「わたしたちは夢を見ましたが、解いてくれる者がいません」。ヨセフは彼らに言った、「解くことは神によるのではありませんか。どうぞ、わたしに話してください」。

創世記41:16 ヨセフはパロに答えて言った、「いいえ、わたしではありません。神がパロに平安をお告げになりましょう」。

41:25 ヨセフはパロに言った、「パロの夢は一つです。神がこれからしようとすることをパロに示されたのです。
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41:28 わたしがパロに申し上げたように、神がこれからしようとすることをパロに示されたのです。

41:32 パロが二度重ねて夢を見られたのは、この事が神によって定められ、神がすみやかにこれをされるからです。

41:38 そこでパロは家来たちに言った、「われわれは神の霊をもつこのような人を、ほかに見いだし得ようか」。
41:39 またパロはヨセフに言った、「神がこれを皆あなたに示された。あなたのようにさとく賢い者はない。
41:40 あなたはわたしの家を治めてください。わたしの民はみなあなたの言葉に従うでしょう。わたしはただ王の位でだけあなたにまさる」。

41:51 ヨセフは長子の名をマナセと名づけて言った、「神がわたしにすべての苦難と父の家のすべての事を忘れさせられた」。
41:52 また次の子の名をエフライムと名づけて言った、「神がわたしを悩みの地で豊かにせられた」。

45:5 しかしわたしをここに売ったのを嘆くことも、悔むこともいりません。神は命を救うために、あなたがたよりさきにわたしをつかわされたのです。
45:6 この二年の間、国中にききんがあったが、なお五年の間は耕すことも刈り入れることもないでしょう。
45:7 神は、あなたがたのすえを地に残すため、また大いなる救をもってあなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたよりさきにつかわされたのです。
45:8 それゆえわたしをここにつかわしたのはあなたがたではなく、神です。神はわたしをパロの父とし、その全家の主とし、またエジプト全国のつかさとされました。
45:9 あなたがたは父のもとに急ぎ上って言いなさい、『あなたの子ヨセフが、こう言いました。神がわたしをエジプト全国の主とされたから、ためらわずにわたしの所へ下ってきなさい。

平安の問題 - エレミヤ書の9つのGolden Key 3/9(エレミヤ14:13)
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この週末の時代を読み解く上で非常に重要なエレミヤ書の9つの鍵の、第3番目は、「平安(シャローム)」の問題である。

現代、ユダヤ人はこのシャロームが挨拶言葉となっているが、元々はそうではなかった。
彼らが国を失って、いつ死ぬかも分からない毎日であった。それで、朝ごとに「あなたは大丈夫(シャローム)ですか?」と言うのが挨拶言葉になった。
元々はルツ記2:4で、ボアズが人々に「主があなたがたとともにおられますように。」と言って、人々は「主があなたを祝福されますように。」と答えたが、それが本来の挨拶だった。
しかし、ユダヤ人はあまりに切迫した状況を生きていたため、シャッレーシャローム、それがさらに短縮し、シャロームだけになった。

エレミヤ14:13 わたしは言った、「ああ、主なる神よ、預言者たちはこの民に向かい、『あなたがたは、つるぎを見ることはない。ききんもこない。わたしはこの所に確かな平安をあなたがたに与える』と言っています」。

エレミヤは主に切実に求めている。他の預言者達は、シャロームを宣言しています、と。
しかし主は、あいにく彼らは偽預言者だ、シャロームでないのに、シャロームだと宣言している、と、断罪する。

カン・シンゴン博士は言う。旧約聖書を一言で表すなら平安(シャローム)、新約聖書を一言で表すなら「恵み」だと。
ユダヤ人は誰もが求め、偽預言者が乱発している「平安」、これはいかにして与えられるのか。
それは、油そそがれた者、メシヤによってである。

イザヤ61:1 主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、
61:2 主の恵みの年と/われわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、
61:3 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために/植えられた者ととなえられる。

これがイエス様の働きである。イエス様が来られる時、主の恵みの年が成就する。
イエス様は自分の故郷、ナザレの会堂で、これを宣言された。

ルカ4:16 それからお育ちになったナザレに行き、安息日にいつものように会堂にはいり、聖書を朗読しようとして立たれた。
4:17 すると預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を出された、
4:18 「主の御霊がわたしに宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別してくださったからである。主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ、
4:19 主のめぐみの年を告げ知らせるのである」。
4:20 イエスは聖書を巻いて係りの者に返し、席に着かれると、会堂にいるみんなの者の目がイエスに注がれた。
4:21 そこでイエスは、「この聖句は、あなたがたが耳にしたこの日に成就した」と説きはじめられた。
4:22 すると、彼らはみなイエスをほめ、またその口から出て来るめぐみの言葉に感嘆して言った、「この人はヨセフの子ではないか」。

ここを、ハイネケンイシューという。ハイネケン(εινεκεν)とは「**のために」という意味で、ビール会社がそのギリシア語を社名に用いた。
しかしこのルカ4章には、イエス様が「何のために(ハイネケン)」来られたのか、その理由が一つ一つ記されている。

1,貧しい者に福音を伝えるために。
2,わたしに油をそそぎ。
3,<新改訳では欠如、原典にはあり>心の虐待された者を癒やすため。
4,捕虜に自由を。
5,目が見えない人に見える事を。
6,抑圧された者を自由に。

これらの働きは、私達キリスト者の働きでもある。
キリスト者もまた聖霊の油注ぎを受け、この地上にイエスキリストの働きをするように召し出されたゆえ、貧しい者に福音を伝え、心の虐待された者を癒やすために、罪とサタンによってがんじがらめにされてしまった人々を自由にするために、また、真理が見えず、イエス様が見えない霊的盲目な人々の目を癒すために、そして、抑圧された人を自由にするために、召し出されている。
これによって、恵みの年が告知されていくのだ。

イエス・キリストの十字架と復活を抜きにして、真の平安は無い。イエス様は復活の日、弟子達に平安を宣言し、聖霊を受けるようにと息を吹きかけられた。
そして私達は、世界へ宣教に出かけることが出来るのだ。
これは全て、恵みによる。

聖書最後の言葉は、次の言葉である。
黙示録22:21 主イエスの恵みが、一同の者と共にあるように。(アーメン)

これが、聖書全体の結論である。
まず、イエス・キリストの恵みがありきで、それによって、父なる神の平安が与えられる土台が整えられる。
イエス様はまことの門であり、この御方を通ってでなければ、誰も父なる神には至らないからである。

イスラエルのシャローム(平安)の問題、それはただ、メシヤであられるイエス・キリストを通してのみ、成就するのだ。

自分の悪を認めて命を得、兄弟の罪を負って栄誉を得るユダ(創世記38:20-26)
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創世記38:20 やがてユダはその女からしるしを取りもどそうと、その友アドラムびとに託してやぎの子を送ったけれども、その女を見いだせなかった。
38:21 そこで彼はその所の人々に尋ねて言った、「エナイムで道のかたわらにいた遊女はどこにいますか」。彼らは言った、「ここには遊女はいません」。
38:22 彼はユダのもとに帰って言った、「わたしは彼女を見いだせませんでした。またその所の人々は、『ここには遊女はいない』と言いました」。
38:23 そこでユダは言った、「女に持たせておこう。わたしたちは恥をかくといけないから。とにかく、わたしはこのやぎの子を送ったが、あなたは彼女を見いだせなかったのだ」。
38:24 ところが三月ほどたって、ひとりの人がユダに言った、「あなたの嫁タマルは姦淫しました。そのうえ、彼女は姦淫によってみごもりました」。ユダは言った、「彼女を引き出して焼いてしまえ」。
38:25 彼女は引き出された時、そのしゅうとに人をつかわして言った、「わたしはこれをもっている人によって、みごもりました」。彼女はまた言った、「どうか、この印と、紐と、つえとはだれのものか、見定めてください」。
38:26 ユダはこれを見定めて言った、「彼女はわたしよりも正しい。わたしが彼女をわが子シラに与えなかったためである」。彼は再び彼女を知らなかった。

ダニエル9:8 主よ、恥はわれわれのもの、われわれの王たち、君たちおよび先祖たちのものです。これはわれわれがあなたにむかって罪を犯したからです。
9:9 あわれみと、ゆるしはわれわれの神、主のものです。これはわれわれが彼にそむいたからです。

1ヨハネ1:8 もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない。
1:9 もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。
1:10 もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって、神の言はわたしたちのうちにない。

創世記44:18 この時ユダは彼に近づいて言った、「ああ、わが主よ、どうぞわが主の耳にひとこと言わせてください。しもべをおこらないでください。あなたはパロのようなかたです。
・・・
44:33 どうか、しもべをこの子供の代りに、わが主の奴隷としてとどまらせ、この子供を兄弟たちと一緒に上り行かせてください、

49:10 つえはユダを離れず、/立法者のつえはその足の間を離れることなく、/シロの来る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う。

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