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メッセージ - 定期祈祷会メッセージカテゴリのエントリ

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
癒やし主なる主(詩篇23:3)
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愛の大牧者であるキリストに従って(ヨハネ21:1-19)
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21:1 そののち、イエスはテベリヤの海べで、ご自身をまた弟子たちにあらわされた。そのあらわされた次第は、こうである。
21:2 シモン・ペテロが、デドモと呼ばれているトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子らや、ほかのふたりの弟子たちと一緒にいた時のことである。
21:3 シモン・ペテロは彼らに「わたしは漁に行く(フパゴー)のだ」と言うと、彼らは「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って舟に乗った。しかし、その夜はなんの獲物もなかった。

主は弟子達に聖霊の息吹を吹きかけられ、「あなた方を遣わします」と言われたにもかかわらず、世の仕事に戻った。
「漁に行く(フパゴー)」このフパゴーは戻る、降りる、退く、の意味である。
ペテロは弟子達を主の仕事に導くのではなく、世の仕事に戻ろうと他の弟子達に率先して言って、弟子達も一緒に漁に行こう、と言ったのだ。
明らかにイエス様から叱責されても仕方ない行動である。しかし主は、叱責によってでなく、愛によって導いて下さる。

この時、弟子達は一切、魚を捕る事ができなかった。それは、主の主権である。
本来なら人を捕る漁師としてテベリヤ湖でなく世に出ていき人々に福音の網を降ろすべき、なのに、主の御旨でないところに網をいくらおろしても、主の主権により、結局何もとれないのだ。そして、何も獲れない事は、愛であられるイエス様の導きである。

21:4 夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。しかし弟子たちはそれがイエスだとは知らなかった。
21:5 イエスは彼らに言われた、「子たちよ、何か食べるものがあるか」。彼らは「ありません」と答えた。

イエス様は「何もないだろう(原意)と聞いた。それはそうである。獲れないように主権をもって導いたのは、イエス様だから。
弟子達は、何もありません、と答える以外に無かった。

21:6 すると、イエスは彼らに言われた、「舟の右の方に網をおろして見なさい。そうすれば、何かとれるだろう」。彼らは網をおろすと、魚が多くとれたので、それを引き上げることができなかった。
21:7 イエスの愛しておられた弟子が、ペテロに「あれは主だ」と言った。

このご性質、イエス様以外の何者でもない。ようやくヨハネは、主であると分かった。
ペテロもはっとした。自分はイエス様を前に、恥ずかしい裸だ、と。
恥ずかしい自分。
イエス様の弟子達に、世の仕事へ戻らせ、世の苦労をさせ、自分の意見に従わせ、彼らを一晩中働かせ、疲れ果てさせて、そして何も取れない状態。
それにひきかえ、イエス様のちょっとした声に聞き従ったなら、自分達が一晩中かかっても獲れなかった魚が、大漁に取れた。

そしていざ、自分見るなら、裸で弟子達を指示して、裸の恥を演じてきた。とてもイエス様の前に立てる自分ではない。
それでペテロは、服をまとって湖に飛び込んでイエス様の元に泳いでいったのだ。
ペテロのここの行動で良かった事は、彼はイエス様から離れて行くのでなく、イエス様に「向かって」泳いでいった事だ。
私たちも、こういった時、イエス様に向かって、泳いでいくべきなのだ。

21:7 シモン・ペテロは主であると聞いて、裸になっていたため、上着をまとって海にとびこんだ。
21:8 しかし、ほかの弟子たちは舟に乗ったまま、魚のはいっている網を引きながら帰って行った。陸からはあまり遠くない五十間ほどの所にいたからである。
21:9 彼らが陸に上って見ると、炭火がおこしてあって、その上に魚がのせてあり、またそこにパンがあった。
21:10 イエスは彼らに言われた、「今とった魚を少し持ってきなさい」。
21:11 シモン・ペテロが行って、網を陸へ引き上げると、百五十三びきの大きな魚でいっぱいになっていた。そんなに多かったが、網はさけないでいた。
21:12 イエスは彼らに言われた、「さあ、朝の食事をしなさい」。弟子たちは、主であることがわかっていたので、だれも「あなたはどなたですか」と進んで尋ねる者がなかった。

これが、イエス様のご性質である。愛、憐れみ、赦しに富み、優雅に、美しく、柔和に、その愛で頑なな人の心を溶かして、強制力でなく群れの模範として行動して下さる。
このご性質が、後のペテロを変えていった。
ペテロは生涯の最後、主の聖徒達が閉じ込められているローマの牢獄へ自ら進み出て、その中に捕らえられている聖徒達を励ましつつ、最後は、十字架刑が言い渡されたものの、自分がイエス様と同じ十字架で死ぬのは余りにも申し訳が無い、だから、逆さ十字架にして欲しい、と願いでた、と伝えられている。
その殉教の直前に書かれたと言われているペテロの手紙で、彼は次のように手紙を書いている。

1ペテロ5:2 あなたがたにゆだねられている神の羊の群れを牧しなさい。しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためではなく、本心から、それをしなさい。
 5:3 また、ゆだねられた者たちの上に権力をふるうことをしないで、むしろ、群れの模範となるべきである。
 5:4 そうすれば、大牧者が現れる時には、しぼむことのない栄光の冠を受けるであろう。

彼はイエス様の愛の指導を得て、群れの模範となるように、また、権力を振るうのではなく、むしろ群れの模範となるよう、長老たちに勧めている。
これは、イエス様の次の指導を得たからだ。

21:15 彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛する(アガパオー)か」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛する(フィレオー)ことは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。
21:16 またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛する(アガパオー)か」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛する(フィレオー)ことは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」。
21:17 イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛する(フィレオー)か」。ペテロは「わたしを愛する(フィレオー)か」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。
21:18 よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。
21:19 これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。

ペテロには、イエス様を愛し尽くす愛は無い、けれどもイエス様を慕っている事を、あなたはご存知です、と、イエス様に訴える以外には出来なかった。
そうである。私達も、イエス様を愛し尽くすような愛(アガペー)は無い。

ただ、イエス様をフィレオーの愛で愛する以外にはできない。不完全な愛でしか。
しかし、その不完全な愛であっても、イエス様を慕う志のある人を、主は「わたしの羊を飼いなさい」と言って下さる。
それでいいのである。
イエス様を慕い、愛し、イエス様から託された羊を養って行く内に、ペテロのように、たとえ最初は幼い霊的状態であったとしても、立派な愛の牧者へと成長して行く事ができるのである。

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
ヨシュアに学ぶ常に勝利する者の秘訣(ヨシュア10:22-27)
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いこいの水のほとりに伴われる主(詩篇23:2)
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羊の門であり良き羊飼いであられるイエス様(ヨハネ10:1-18)
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10:1 よくよくあなたがたに言っておく。羊の囲いにはいるのに、門からでなく、ほかの所からのりこえて来る者は、盗人であり、強盗である。
10:2 門からはいる者は、羊の羊飼である。
10:3 門番は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。そして彼は自分の羊の名をよんで連れ出す。

ユダヤの羊の囲いは石垣でできており、その囲いのてっぺんには、いばらという棘のついた草が置かれて、羊が乗り越えて行かないように、そして、狼など獰猛な動物が入って来れないようにしてある。

主が与えて下さった律法は私達にとって囲いとなり、守りとなっている。(ローマ2:14)

だからある人が律法の良い行いをするなら、その良い行いがその人にとってガードとなり、祝福の元となる。しかし、律法すなわち御言葉を乗り越えて来る者は、キリストからではなく悪魔サタンに由来する者である。悪魔サタンの性質は、創世記のはじめから、御言葉を乗り越える事である。

10:4 自分の羊をみな出してしまうと、彼は羊の先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、彼について行くのである。
10:5 ほかの人には、ついて行かないで逃げ去る。その人の声を知らないからである」。
10:6 イエスは彼らにこの比喩を話されたが、彼らは自分たちにお話しになっているのが何のことだか、わからなかった。

羊達は、自分の主人の声を聞き分け、それについて行くものである。それは羊は普段から主人の声を聞いているからだ。

この声は主から来たものなのか、それとも悪魔から来たものなのかが、分からないという人は、普段から主の声を聞いていないからである。聖書の言葉は、まごうことなき主の御言葉である。私達は本物を見極めるために、普段から御言葉を読み、思い巡らし、それを口ずさみ、暗記して行くべきなのだ。

 

10:7 そこで、イエスはまた言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。わたしは羊の門である。
10:8 わたしよりも前にきた人は、みな盗人であり、強盗である。羊は彼らに聞き従わなかった。
10:9 わたしは門である。わたしをとおってはいる者は救われ、また出入りし、牧草にありつくであろう。

イエス様は、門である。

1:51 また言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。天が開けて、神の御使たちが人の子の上に上り下りするのを、あなたがたは見るであろう」。

イエス様はご自身の上に御使いた上り下りするのを見る、と言われたが、それはイスラエル民族の先祖ヤコブが実家にいられなくなって逃げ出した時、石を枕にして見た夢と一致している。

創世記 28:16 ヤコブは眠りからさめて言った、「まことに主がこの所におられるのに、わたしは知らなかった」。
 28:17 そして彼は恐れて言った、「これはなんという恐るべき所だろう。これは神の家である。これは天の門だ」。 28:18 ヤコブは朝はやく起きて、まくらとしていた石を取り、それを立てて柱とし、その頂に油を注いで
 28:19 その所の名をベテルと名づけた。

イエス様は「ともにおられる主(インマヌエル)」であり、天と地をつなぐ門であり、まことの岩であり、油注がれたお方である。イエス様は、神の家の主人である。ヤコブはイエス様のご性質を見たのだ。そして、いつもともにおられる主に、かれは油を注いだのだ。

今、私達の主人は、イエス様である。彼こそ門であり、インマヌエルなるお方であり、私達の岩であり、油注がれた者(キリスト)である。

10:10 盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしがきたのは、羊に命を得させ、豊かに得させるためである。
10:11 わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。
10:12 羊飼ではなく、羊が自分のものでもない雇人は、おおかみが来るのを見ると、羊をすてて逃げ去る。そして、おおかみは羊を奪い、また追い散らす。
10:13 彼は雇人であって、羊のことを心にかけていないからである。

よい羊飼いは、羊のために「いのち(プシュケー)」を捨てる。プシュケーとは心理学サイコロジーの元となった言葉であり、「心(思い、意志、感情)」の事である。良い牧者は、羊のために自分の思い、意志、感情を捨てるものである。しかし雇い人は、自分がかわいさに羊を放置する。

牧者たる者は、そして私達一人一人は、主にあって良い牧者となる事を目指し、自分の思い、意志、感情を捨てて主から任された羊の面倒を見るべきなのだ。

 

10:14 わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている。
10:15 それはちょうど、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。そして、わたしは羊のために命を捨てるのである。

イエス様は私達を知っておられ、そして私達もイエス様を知っている。イエス様は、私達のために身代わりとなって命を捨てられた。そのイエス様を愛し、ついて行くのだ。この事は、2000年前の弟子たちや聖徒達にのみ語られた事ではない。その証拠にイエス様は次のように言っている。

10:16 わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。
10:17 父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。命を捨てるのは、それを再び得るためである。
10:18 だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。わたしが、自分からそれを捨てるのである。わたしには、それを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである」。

今、2017年を生きる私達も、紀元30年を生きる彼らも、ともに同じ囲いに属し、同じ一人の羊飼いを主としている。この主こそ私達をまことに永遠のいのちへと導く羊飼いであり、天国に唯一通じる門であり、やがて私達は天において彼らとともに永遠の憩いに入るのだ。

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
ジェホバ・ジレ - 全てを備えて下さる主(ヨハネ21:1-13)
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金持ちでも犬以下になっている人とは(ルカ16:19-31)
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暗闇の地に照り渡る光(イザヤ9:1-7)
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私たちが食べる御言葉の性質(出エジプト記16:15-21)
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御言葉を食べて養いを受けなさい(黙示録10:8-11)
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