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メッセージ - 1列王記カテゴリのエントリ

エリヤ - 最も暗い時代に遣わされた、最も偉大な預言者(1列王記17:1-6)
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北イスラエル王国が主の目の前に悪を行い、それによる諸々の災いによって荒れすさんでいく中、主はなおも、北イスラエル王国を愛され、立ち返らせようと、度々預言者を遣わして来られたが、彼らは尽く、立ち返らなかった。
そして、闇が最も深くなった時、主は、偉大な預言者・エリヤをその時代に遣わされる。

エリヤは、預言者の代表格的存在である。
ユダヤ人達は、以下のマラキ書の預言を元に、エリヤが来るのを今でも待ち望んでいる。
『見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を撃つことのないようにするためである」。』(マラキ書4:5-6)

ユダヤ人達は過ぎ越し祭ではエリヤが来た時のための、空の盃を用意し、一連の祭りの最後で皆で盃にあずかる時、外にエリヤが来ていないかどうかを、子供に確認させに行く。
子供が扉を開けて、エリヤが来ていない事を確認すると、祭りの司式者である父親は「来年は必ず来る」と言って、家族皆で、以下の歌を歌うの習わしとしている。
「エリヤが来る。エリヤが来る。来年は必ず エリヤ来る。その後、ダビデの家にメシヤが来る。その後ダビデの家にメシヤが来る。」(キムヒョンジョン博士著 テフィリン P119)この伝統は今日でも続けられている。
それは、エリヤが来て、その後にダビデの子孫であるメシヤが来るとするなら、イスラエルが代々舐めてきた民族的な苦しみから解放される、という、神の約束を信じているからである。
しかし、それらはとんでもない思い違いである。

エリヤも、メシヤも、とうの昔に来たのだ。
『弟子たちはイエスにお尋ねして言った、「いったい、律法学者たちは、なぜ、エリヤが先に来るはずだと言っているのですか」。答えて言われた、「確かに、エリヤがきて、万事を元どおりに改めるであろう。しかし、あなたがたに言っておく。エリヤはすでにきたのだ。しかし人々は彼を認めず、自分かってに彼をあしらった。人の子もまた、そのように彼らから苦しみを受けることになろう」。そのとき、弟子たちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言われたのだと悟った。』(マタイ17:10-13)

バプテスマのヨハネこそ、人々の心をメシヤであられるキリストへと向けさせるエリヤの役割を果たした。(マタイ11:14)
そして、メシヤなるキリストが来られたのに、当時の主だった人々は、バプテスマのヨハネも、イエス・キリストも否定してしまったのだ。
それでユダヤ人達は、今でも頑なにキリストがメシヤであられる事を否定し、エリヤの来るのを頑なに待ち望んでいる。

やがて、イスラエル民族は、自分たちが突き刺したお方であるキリストを受け入れる時が、必ず来る。その事も預言されている。
「わたしはダビデの家およびエルサレムの住民に、恵みと祈の霊とを注ぐ。彼らはその刺した者を見る時、ひとり子のために嘆くように彼のために嘆き、ういごのために悲しむように、彼のためにいたく悲しむ。」(ゼカリヤ12:10)

その偉大な預言者エリヤはどのような働きをしたのか。
それが、第一列王記17章から、第二列王記の2章に至るまで、詳細に記されている。
この章以降、あたかも物語の主人公の座を彼が奪い、彼を中心にイスラエルの王が、そして王国全体が、彼を通して語られる主の言葉に振り回されて行く展開となって行く。

『ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう」。』(1列王記17:1)
この言葉が発せられて以降、3年半の間雨は降らないのだが、この時はイスラエル人々も、またエリヤ自身さえ、いつまで雨が留められているのかを知らなかった。
イスラエルの民は、エリヤの言葉どおりに起きた事の実体験をしたが、アハブは悔い改めず、逆にエリヤこそイスラエルに災いをもたらすものとして、彼を見つけ次第、捕らえるようにと、イスラエル全体におふれを出した。

主に失礼を犯した自分が悔い改めるのではなく、悪いのは御言葉を語った者だとし、神に心を向けず、また、自分の悪にも向けない。そのような人からは、災いがいつもつきまとって離れない。
御言葉によって戒めを受け、そして実際に望ましくない状況へ落ち込んでいったなら、その状況は主がご自身の立ち返らせようとして起こされたのであって、自分が悔い改めるべきである。
それをせず、逆に御言葉を伝えた人や、御言葉どおりの事が起きた状況を「逆恨み」するとするなら、それはアハブの道である。

エリヤは、最初から宣言している。「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。」と。
つまり、イスラエルに雨が降らないのは、、エリヤのしわざではなく、彼が仕える主が為される事なのだ。
そして主は彼がアハブに捕らえられないように守り、その間の養いを与えられる。

『主の言葉がエリヤに臨んだ、「ここを去って東におもむき、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに身を隠しなさい。そしてその川の水を飲みなさい。わたしはからすに命じて、そこであなたを養わせよう」。エリヤは行って、主の言葉のとおりにした。すなわち行って、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに住んだ。すると、からすが朝ごとに彼の所にパンと肉を運び、また夕ごとにパンと肉を運んできた。そして彼はその川の水を飲んだ。』(1列王記17:2-6)
主はエリヤを養うために、まず、ヨルダンの東に行けと指示された。
エリヤは、そこにかくまわれるのだが、この偉大な預言者を養うよう命じられたのは、なんと、カラスである。
カラスは律法では汚れた動物であり、カラスが運んできたものを食べるのは、律法を持たない私達でも嫌だが、それでも主はカラスに命じ、朝夕ごとにパンと肉を運んできた。
こんな時代であるからこそ、主は、その御言葉を忠実に伝える人を「宝」のように守り、カラスを用いられてでも、その人を養われる。
その時、主は、「ちょっとこの人は神様に用いられないだろう」というようなカラスのような人さえ用いられることがあるのだ。

この時代、主の目には、偉大な預言者をかくまい養う為に、不信仰なイスラエルの誰かを用いるよりは、カラスを用いたほうがましだ、と映ったのだろうか。
まさに、当時のイスラエルがどんなに情けない霊的状況であったかを示す、主からの大いなる「皮肉」である。

北イスラエル王国は、この干魃の間も、主に立ち返る事をしない。
しかし、どんな暗黒の時代でも、主は備えておられる。エリヤのような預言者を、そして、バアルに膝をかがめない七千人を。(1列王記19:18)

今のこの暗闇の時代、私達がイエス様を主とし、信仰を保って働くなら、私達こそ、主に備えられた「バアルに膝をかがめない七千人」であり、干魃のような時代であっても、主から養いを頂く保証を頂けるのだ。

 

アハブとイゼベル - イスラエル最悪の王の時代へ(1列王記16:29-34)
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『ユダの王アサの第三十八年にオムリの子アハブがイスラエルの王となった。オムリの子アハブはサマリヤで二十二年イスラエルを治めた。オムリの子アハブは彼よりも先にいたすべての者にまさって、主の目の前に悪を行った。』(1列王記16:29-30)

アハブは、イスラエル最悪の王として有名である。
彼の統治は22年、統治期間としては決して長いとは言えないが、彼の統治中の出来事について、聖書は、詳細に記しており、第一列王記の16章から終わりの22章まで続いている。
それは彼と、彼の妻の悪業にまみれた暗い時代に対し、主が、預言者エリヤを通して為されるめざましいわざを通してイスラエルを立ち返らせようとする重要な出来事があったためだ。

『彼はネバテの子ヤラベアムの罪を行うことを、軽い事とし、シドンびとの王エテバアルの娘イゼベルを妻にめとり、行ってバアルに仕え、これを拝んだ。彼はサマリヤに建てたバアルの宮に、バアルのために祭壇を築いた。』(1列王記16:31-32)
彼が「彼よりも先にいたすべての者にまさって、主の目の前に悪を行った」と称され、彼に比べればヤロブアムはまだ軽いとまで言われた理由は、彼は、シドンの王の娘・イゼベルをめとった点と、バアル礼拝を導入した点である。

ヤロブアムは、金の子牛を造ったものの、それでもイスラエルの神の御名は保っていた。(12:28)
しかしアハブは、イスラエルの神を退け、全く異教の神であるバアル礼拝を導入した。
サムエルの改革以来、イスラエルの中でバアル礼拝は途絶えていたのに、それをわざわざ復活させたのだ。

アハブ王は、イスラエル全体を、バアルにひざをかがめるようにさせてしまったが、アハブ王をそのように仕向けたのが、彼の妻イゼベルである。
新約には、アハブの名は登場しないが、イゼベルの名は、主のしもべや民を惑わし、偶像礼拝や不品行へと導く女として登場する。(黙示録)

女の惑わしによって破滅してしまう出来事は、聖書でも、世界史でも枚挙にいとまがない。
最初の人・アダムがそうだったし、ノアの時代の神の子達も、サムソンも、ソロモン王も、みんな不信仰な妻によって惑わされ、滅びを招いてしまった。
「あなたの力を女についやすな、王をも滅ぼすものに、あなたの道を任せるな。」(箴言31:3)
どんな人と結婚し、また連合するかについては、よくよく注意すべきである。

『アハブはまたアシラ像を造った。アハブは彼よりも先にいたイスラエルのすべての王にまさってイスラエルの神、主を怒らせることを行った。』(1列王記16:33)
主はあらかじめ言われていた。異邦の神々に従うなら、かならず滅びる、と。(申命記8:19)
『あなたが行く国に住んでいる者と、契約を結ばないように、気をつけなければならない。おそらく彼らはあなたのうちにあって、わなとなるであろう。むしろあなたがたは、彼らの祭壇を倒し、石の柱を砕き、アシラ像を切り倒さなければならない。あなたは他の神を拝んではならない。主はその名を『ねたみ』と言って、ねたむ神だからである。』(出エジプト記34:12-14)
アハブはアシラ像を造り、主のねたみを引き起こしてしまった。

アハブは確かに主を怒らせる事を行なったが、主はすぐに彼らを滅ぼすわけではない。
「ねたみ」は、愛しているが故に沸き起こる感情である。
主はイスラエルを愛しているからこそ、立ち返るための機会と、そのための期間とを設けて下さる。

『彼の代にベテルびとヒエルはエリコを建てた。彼はその基をすえる時に長子アビラムを失い、その門を立てる時に末の子セグブを失った。主がヌンの子ヨシュアによって言われた言葉のとおりである。』(1列王記16:34)
ここに唐突にエリコが再建された記事が挿入されているが、アハブが行なった事と関連がある。

ヨシュアの時代、主はエリコの町を聖絶し尽くしなさいと言われ、一度、聖絶された。(ヨシュア記6:26-27)
しかしエリコの聖絶すべき物を惜しんで、それを隠し持っていたアカンは、イスラエル全体に災いを及ぼし、彼は家族もろとも滅ぼされてしまった。
主が「滅ぼし尽くせ」と言われたものを、復活させるのは、アルコール依存症だった人が、一度はアルコールを飲むのを止めたのに、再び飲む習慣を復活させてしまうようなものである。
それをするなら、以前よりももっと悪くなってしまう。
滅ぼし尽くす性質のものは、真剣に滅ぼし尽くし、それをしたなら、もうそれを「再建」してはならないのだ。

アハブは、滅ぼし尽くすべきものを再建させ、主のねたみを買い、災いを起こされてしまう。
主は、そんな彼と彼の時代を立ち直らせるために、素晴らしい預言者を遣わされる。

ジムリとオムリ - 御前に悪を行う王たちの戦乱の時代(1列王記16:15-28)
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北イスラエル王国の荒んだ時代の話が続いているが、その荒れ様は、さらにひどくなって行く。

『ユダの王アサの第二十七年にジムリはテルザで七日の間、世を治めた。民はペリシテびとに属するギベトンにむかって陣取っていたが、その陣取っていた民が「ジムリはむほんを起して王を殺した」と人のいうのを聞いたので、イスラエルは皆その日陣営で、軍の長オムリをイスラエルの王とした。』(1列王記16:15-16)
ジムリは主君バシャに謀反を起こし、王になりはしたものの、その統治はわずか七日、列王記の中で最も短い期間であった。
彼は「主君殺し」の代名詞にもなったようである。(2列王記9:31)
彼は謀反によって王となったが、その次の王・オムリは、人に選ばれて王とされた。

『そこでオムリはイスラエルの人々と共にギベトンから上ってテルザを囲んだ。ジムリはその町の陥るのを見て、王の宮殿の天守にはいり、王の宮殿に火をかけてその中で死んだ。これは彼が犯した罪のためであって、彼が主の目の前に悪を行い、ヤラベアムの道に歩み、ヤラベアムがイスラエルに犯させたその罪を行ったからである。ジムリのその他の事績と、彼が企てた陰謀は、イスラエルの王の歴代志の書にしるされているではないか。』(1列王記16:17-19)
王宮のあったティルツァは、とても美しい所である。(雅歌6:4)
彼は、それまでの王たちが悪の飲み食いをして来た、美しい地・ティルツァの王宮では七日しか楽しめずに包囲され、その最後は、王宮に火を放って自害するものだった。

彼のわずかな統治期間中にした事は、主の目に悪と見られる事であった、と記録されている。
彼の実績を一言で表すなら、以前のものを破壊しつくす事であった。
彼はまず、バシャという罪深い血筋を絶やすために用いられ(1列王記16:10-11)、そして彼が死ぬ時は、長らく罪の飲み食いが為されてきた王宮もろとも、火で焼かれた。

『その時イスラエルの民は二つに分れ、民の半ばはギナテの子テブニに従って、これを王としようとし、半ばはオムリに従った。しかしオムリに従った民はギナテの子テブニに従った民に勝って、テブニは死に、オムリが王となった。』(1列王記16:21-22)
ジムリが自殺した後も、イスラエルは平和ではなく、二つに分裂し、戦国時代のような様相であった。
主をないがしろにするなら、身内同士で敵対し、怒り憎しみあい、実体なき恐れに支配されて、安息が無い。
主を主としない事、強情に傲慢になって自分の道を曲げない事は、ただただ災いしかもたらさない。

『ユダの王アサの第三十一年にオムリはイスラエルの王となって十二年世を治めた。彼はテルザで六年王であった。彼は銀二タラントでセメルからサマリヤの山を買い、その上に町を建て、その建てた町の名をその山の持ち主であったセメルの名に従ってサマリヤと呼んだ。』(1列王記16:23-24)
それまでの行政の中心・ティルツァの王宮は焼かれ、そして首都は、サマリヤに移る。
こうしてヤロブアム以来、ティルツァで行われてきたあらゆる悪に終止符が打たれ、首都も変わって、北イスラエルは新しく出発するはずだったが、残念な事に、その再出発の方向は、良い方向ではなく、もっと悪い方向だった。

『オムリは主の目の前に悪を行い、彼よりも先にいたすべての者にまさって悪い事をした。彼はネバテの子ヤラベアムのすべての道に歩み、ヤラベアムがイスラエルに罪を犯させ、彼らの偶像をもってイスラエルの神、主を怒らせたその罪を行った。オムリが行ったその他の事績と、彼があらわした勲功とは、イスラエルの王の歴代志の書にしるされているではないか。』(1列王記16:25-27)
オムリは、彼以前の誰よりも悪を行い、北イスラエル王国を、さらに災いのスパイラルへと落としていってしまう。

主の道を外れた国は、栄える事も、心休まる事もない。
紛争やききん、地震など、天からの災害が絶えず、政権は短期間で何度も交代し、裏切り・下克上がはびこり、人の心は荒んでいく。
その中で、主の道に帰ったアサが統治する南ユダ王国が祝福されている様を見て、南ユダ王国へと移ってきた人々も大勢いた。(2歴代誌15:9)
頑なな心をもって主を主とせず、神ではないものを神とし続けるなら、自然災害や人災が絶えない。
それにひきかえ、主の道を歩んでいたアサは栄え、名声は高まって行った。

南ユダ王国の王・アサは、北イスラエル王国の初代王・ヤロブアムの統治が終わる2年前に王になった。
アサが正しく統治している間、北王国は、何度も王朝・王権が交代した。
アサの統治の2年目、南王国はナダブが王となり、その二年後、バシャが謀反を起こしてヤロブアムの血筋の者を全員殺して王朝が変わり、バシャの子エラに王が引き継がれると、その二年後にジムリが謀反を起こしてバシャの血筋の者を全員殺して、ジムリが王権を握るも、たった七日で王権は終わってしまった。
暫く分裂時代が続いた後に、アサの統治31年に、オムリが王となった。
このように、南ユダ王国のアサ王が統治した一代の間に、北イスラエル王国は、実に5回も王が変わり、3回も王朝が変わった。

神様は、北王国の有様に心を痛められ、時代時代に預言者を遣わし、主の道に引き戻そうとされる。
闇の時代に入っていけば、行くほど、神様は素晴らしいわざをおこして人々を立ち返らせようとされ、その憐れみの光は、闇の中に一層輝く。

バシャとエラ - 懲りずに主の忌み嫌われる道を歩み、二代で終わってしまった王朝(1列王記15:32-16:14)
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主の道に歩まなかったソロモンへの反対勢力として、主はヤロブアムを反逆者として起こし、もし彼が主の道に歩むなら、ダビデの家のような長く続く家とする事を約束されたが、彼は主の道を捨て、不思議なしるしを通して警告を与えられても、頑なにその道を改めなかったため、ついには警告どおりの滅びが追いついてしまい、謀反者バシャによって、一族郎党、全員殺されてしまった。
こうしてヤロブアム王朝はわずか二代で終わり、王朝は、バシャへと移る。

『ユダの王アサの第三年にアヒヤの子バアシャはテルザでイスラエルの全地の王となって、二十四年世を治めた。彼は主の目の前に悪を行い、ヤラベアムの道に歩み、ヤラベアムがイスラエルに犯させた罪をおこなった。』(1列王記15:33-34)
ヤロブアムの統治は22年続であったのに対し、バシャの統治は、それより2年長い。
しかし彼はヤロブアムと同じ道を歩み、そして、ヤロブアムと同じ運命を辿る事になってしまう。
それは、彼も主の言葉を無視し、偶像礼拝に邁進してしまったからである。
「ヤロブアムの道」に歩む者には、ヤロブアムと同じ運命が待っている。これは列王記では何度も繰り返されるパターンである事は前にも見た通りだ。

『そこで主の言葉がハナニの子エヒウに臨み、バアシャを責めて言った、』(1列王記16:1)
バシャを戒める預言者・エフーの父は、ハナニである。
彼はかつて、南ユダの王・アサに警告の預言をしたが、アサ王は悔い改めるのではなくその預言者に怒り、彼に足かせをかけてしまった結果、アサは足の病気にかかり、それでも悔い改めなったので、その足の病が元で死んでしまった。
そのような実績のあるハナニの子、エフーが、バシャに警告する。
『「わたしはあなたをちりの中からあげて、わたしの民イスラエルの上に君としたが、あなたはヤラベアムの道に歩み、わたしの民イスラエルに罪を犯させ、その罪をもってわたしを怒らせた。それでわたしは、バアシャとその家を全く滅ぼし去り、あなたの家をネバテの子ヤラベアムの家のようにする。バアシャに属する者で、町で死ぬ者は犬が食べ、彼に属する者で、野で死ぬ者は空の鳥が食べるであろう」。』(1列王記16:2-4)

王が道を誤る事の何よりも罪深い点は、「わたしの民イスラエルに罪を犯させ」た事である。
もし臣下の民が、何百万かいるとしたら、その何百万全員を滅びへと向かわせてしまうからだ。
つまづきを与える指導者の罪は、重い。
「わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち多くの者は、教師にならないがよい。わたしたち教師が、他の人たちよりも、もっときびしいさばきを受けることが、よくわかっているからである。」(ヤコブ3:1)

しかし、主の恵み憐れみは、バシャにも注がれていた。
もし、彼が警告に従って悔い改めていたなら、歴史は当然変わっていたであろうが、結局彼は改めなかった。

『バアシャのその他の事績と、彼がした事と、その勲功とは、イスラエルの王の歴代志の書にしるされているではないか。バアシャはその先祖と共に眠って、テルザに葬られ、その子エラが代って王となった。
主の言葉はまたハナニの子預言者エヒウによって臨み、バアシャとその家を責めた。これは彼が主の目の前に、もろもろの悪を行い、その手のわざをもって主を怒らせ、ヤラベアムの家にならったためであり、また彼がヤラベアムの家を滅ぼしたためであった。ユダの王アサの第二十六年にバアシャの子エラはテルザでイスラエルの王となり、二年世を治めた。』(1列王記16:5-8)

バシャの子・エラに王権が移った時、その治世は、わずか二年であった。
ヤロブアムと全く同じパターンである。ヤロブアムの子・ナダブの時もまた、統治はわずか二年であった。
されど二年である。
その二年は、父の罪を見て、そこから離れるための猶予としては、充分であった。
しかしエラは、その二年という”猶予期間”を用いて、何をしたか。
彼はその憐れみ期間、あらゆる悪を行う事によって費やし、そうして悔い改めるべき時間を食いつぶし、ついには、滅びが追いついてしまったのだ。
私達も、憐れみの期間が与えられているのであれば、その尊い時間を食いつぶしてはならない。

いくら注意されても、悪事を止めない人がいる。
主の目に悪とされる事をどんなに行っても大きな罰が下った事は無い、と言って、あたかも主がおられないかのように、平気で罪の飲み食いをする。
信仰の人から「そんな事していたらやがて滅びが追いついてしまう」と、どんなに言われても、「今まで滅びなど来なかった、この道を続けても大丈夫だ」と言って、罪のブランコでブラブラと遊んでいるとするなら、やがて必ず、罪の刈り取りをする事になるのだ。
この事は、列王記のみならず、サムエル記でも、いや、聖書全体を通して、そのパターンを見ることができる。

バシャの滅びは、ある日突然来た。
『彼がテルザにいて、テルザの宮殿のつかさアルザの家で酒を飲んで酔った時、その家来で戦車隊の半ばを指揮していたジムリが、彼にそむいた。そしてユダの王アサの第二十七年にジムリは、はいってきて彼を撃ち殺し、彼に代って王となった。ジムリは王となって、位についた時、バアシャの全家を殺し、その親族または友だちの男子は、ひとりも残さなかった。こうしてジムリはバアシャの全家を滅ぼした。主が預言者エヒウによってバアシャを責めて言われた言葉のとおりである。』(1列王記16:9-12)
結局、バシャの王朝はヤロブアムと全く同じ運命を辿ってしまい、謀反によって成り上がったバシャの家は、同じく、自分の家来の謀反によって滅んでしまった。

『これはバアシャのもろもろの罪と、その子エラの罪のためであって、彼らが罪を犯し、またイスラエルに罪を犯させ、彼らの偶像をもってイスラエルの神、主を怒らせたからである。エラのその他の事績と、彼がしたすべての事は、イスラエルの王の歴代志の書にしるされているではないか。』(1列王記16:13-14)
彼らが滅んだ原因は、ヤロブアムと全く同じだ。
主を怒らせる行いを続け、それを指摘されても改めないという、滅びのパターンを歩んだからだ。
こうしてバシャの王朝も、たった二代で終わってしまった。

いのちの道から右にも左にも逸れる事なく、御言葉から離れず、何をしても栄える祝福のパターンを歩み続ける皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

ナダブ - わずか二代で終わってしまったヤロブアムの家(1列王記15:25-32)
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25節以降は、北イスラエル王国の話に切り替わり、北王国・最初の王朝となったヤロブアムの子、ナダブの話である。

『ユダの王アサの第二年にヤラベアムの子ナダブがイスラエルの王となって、二年イスラエルを治めた。彼は主の目の前に悪を行い、その父の道に歩み、父がイスラエルに犯させた罪をおこなった。』(1列王記15:25-26)
ナダブの父・ヤロブアムは、北イスラエル王国を22年統治したが、彼はたった2年しか統治できなかった。
その理由は、彼が主の目の前に悪を行い、主の道にではなく彼の父の道に歩んだからである。

彼の・父ヤロブアムには、主から何度も預言者が遣わされ、主の道に帰るよう警告を受けていた。それなのに彼も、彼の子も、結局主の道に帰らなかった。
主は侮られる方ではない。
もし、主から御言葉によって警告が与えられているのにそれを無視し、敢えて好き勝手な道を選び歩むなら、遅かれ早かれ必ずペナルティが待っている。

ただ主は、悔い改めの機会を与えずにすぐに滅ぼしてしまわれるお方ではない。
悔い改めて立ち返るための「憐れみの期間」が、必ず与えられる。
その期間は、主が一方的に計り与えて下さるものであり、どのくらいであるのかは人には分からない。
ナダブの場合は、それは2年だった。
もし彼がこの期間、父の悪の道を離れ、主の道に帰っていたなら、当然、歴史は変わっていただろう。
しかし結局、彼は父ヤロブアムの道を改めず、その憐れみの期間を食いつぶしてしまい、滅びの目盛りが満ちてしまった。

『イッサカルの家のアヒヤの子バアシャは彼に対してむほんを企て、ペリシテびとに属するギベトンで彼を撃った。・・・こうしてユダの王アサの第三年にバアシャは彼を殺し、彼に代って王となった。彼は王となるとすぐヤラベアムの全家を撃ち、息のある者をひとりもヤラベアムの家に残さず、ことごとく滅ぼした。
主がそのしもべシロびとアヒヤによって言われた言葉のとおりであって、これはヤラベアムがみずから犯し、またイスラエルに犯させた罪のため、また彼がイスラエルの神、主を怒らせたその怒りによるのであった。』(1列王記15:27-30)
ナダブは、家来の謀反によって殺され、こうしてヤロブアム一族は、郎党もろとも根絶やしにされてしまった。
その事は、あらかじめ前章で預言されていた事だった。

元々、預言者アヒヤを通して主から約束されていた事は、ヤロブアムの家は、ダビデの家にような長く続く家を建てよう、という事だった。
それなのに、たった二代で、滅ぼされ尽くしてしまった。
それは彼らが、祝福を受け続けるための条件を、破り続けたからである。
祝福であれ、呪いであれ、預言には「もし**なら」という条件がつきものである。
『もし、あなたが、わたしの命じるすべての事を聞いて、わたしの道に歩み、わたしの目にかなう事を行い、わたしのしもべダビデがしたように、わたしの定めと戒めとを守るならば、わたしはあなたと共にいて、わたしがダビデのために建てたように、あなたのために堅固な家を建てて、イスラエルをあなたに与えよう。』(1列王記11:38)

主の約束は、一貫してシンプルであり、そして最初から全く変わっていない。
それはすなわち、主の道に歩むなら、必ず祝福される。主を軽んじ主の禁じられた道を行くなら、必ず呪われる、という事である。
しかし主は、コンピュータープログラムのように条件分岐のように、杓子定規に裁かれるお方ではなく、愛、憐れみ、うめきの感情をもって、人を救いたいと願っておられる主である。
『それゆえ、人の子よ、イスラエルの家に言え、あなたがたはこう言った、『われわれのとがと、罪はわれわれの上にある。われわれはその中にあって衰えはてる。どうして生きることができようか』と。
あなたは彼らに言え、主なる神は言われる、わたしは生きている。わたしは悪人の死を喜ばない。むしろ悪人が、その道を離れて生きるのを喜ぶ。あなたがたは心を翻せ、心を翻してその悪しき道を離れよ。イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。』(エゼキエル33:10-11)

主は、悪人の死を喜ばれるのではない。
悪人が打ち叩かれて苦悶の表情をしている様を見て喜ぶようなお方ではない。
むしろ悪人が立ち返って、いのちの道を歩む事をこそ、喜ばれる。

悔い改めには、遅すぎる事は無い。
十字架という極刑が確定し、それが執行されている真っ最中の凶悪犯でさえも、イエス様を受け入れたなら、パラダイスへ行く事が許されたのである。
主はいつでも、人が悔い改める事をこそ、喜ばれる。

それでは死ぬ間際に悔い改めさえすれば、あとは好き勝手に生きても、強盗さえしてもいいのか、と思うのは、お門違いである。
人は、いつ死ぬか分からないものであり、そして人は、日常的に考え信じ行なっているものがとっさに出てしまうものだから。
御言葉であられる主との交わりは、日毎に、今、この時にするべき事である。
悔い改めも、主の目に適う事をするのも、御前で悪である事を止めるのも、きょう、今、この時に開始すべき事であって、それらは明日あるいは「いつか」に引き延ばすものではない。
信仰生活とは、主と共に歩む「今」という時間の積み重ねなのだ。

アサ - 祝福されたゆえに驕り高ぶってしまった後半人生(1列王記15:16-24)
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『アサとイスラエルの王バアシャの間には一生の間、戦争があった。イスラエルの王バアシャはユダに攻め上り、ユダの王アサの所に、だれをも出入りさせないためにラマを築いた。』(1列王記15:16-17)

アサは、主の目に適った良い王として記され、その名声は当時鳴り響いたが、勝利し、成功し、栄えた人生を暫く送った時こそ、特に気をつけなくてはならない事がある。
「傲慢」という、成功者の誰にも訪れる敵がひそかに忍び寄り、いつのまにそれに飲まれてしっているかもしれない。
この「傲慢」という敵に対処しなかった故に、せっかく成功したのに大きく落ちぶれてしまった王たち、牧師たちは、沢山いる。
アサも、その例にもれなかった。
第二歴代誌16章に、その詳細が記されている。

『アサの治世の三十六年にイスラエルの王バアシャはユダに攻め上り、ユダの王アサの所にだれをも出入りさせないためにラマを築いた。』(2歴代誌16:1)
彼の治世は41年だったので、36年目は、彼の治世が終わる5年前である。
その時に、事が起きた。

『イスラエルの王バアシャはユダに攻め上り、ユダの王アサの所に、だれをも出入りさせないためにラマを築いた。』(1列王記15:17)
ラマはベテルからエルサレム、ベツレヘムへ至る街道沿いの要所であり(士師記19:13)、そこに要塞を築かれ封鎖されるなら、南ユダにとってかなり不利な事になる。
アサはどう対処したか。

『そこでアサは主の宮の宝蔵と、王の宮殿の宝蔵に残っている金銀をことごとく取って、これを家来たちの手にわたし、そしてアサ王は彼らをダマスコに住んでいるスリヤの王、ヘジョンの子タブリモンの子であるベネハダデにつかわして言わせた、「わたしの父とあなたの父のとの間に結ばれていたように、わたしとあなたの間に同盟を結びましょう。わたしはあなたに金銀の贈り物をさしあげます。行って、あなたとイスラエルの王バアシャとの同盟を破棄し、彼をわたしの所から撤退させてください」。』(1列王記15:18-19)
アサは、かつてのように主に伺ったり寄り頼んだりする事ではなく、持てる資産や手腕を用いて解決しようとした。
それも、「主のもの」として以前聖別したはずの金銀宝蔵を、主の宮から持ちだして、それをダマスコのシリヤの王、ベン・ハダデに贈って、外交交渉をするのだ。

その交渉は成立し、バシャはシリヤと南ユダからはさみうちされる形となったので要害を築く事をやめ、アサは、その素材を流用して近くにゲバ、ミツパの要害を築いた。(1列王記15:17‐22)
しかし、彼が主に寄り頼まず、聖別された主の宮の宝物を、世的な外交手段へと流用した事について、主から警告を受ける。
『そのころ先見者ハナニがユダの王アサのもとに来て言った、「あなたがスリヤの王に寄り頼んで、あなたの神、主に寄り頼まなかったので、スリヤ王の軍勢はあなたの手からのがれてしまった。かのエチオピヤびとと、リビアびとは大軍で、その戦車と騎兵は、はなはだ多かったではないか。しかしあなたが主に寄り頼んだので、主は彼らをあなたの手に渡された。』(2歴代誌16:7-8)

ダビデは預言者からの警告を受けた時、素直に自分が罪を犯した事を認め、主に赦しを乞うた。その本気度は、詩篇51篇を見れば分かる。
しかしアサは、ダビデとは違った。
『するとアサはその先見者を怒って、獄屋に入れた。この事のために激しく彼を怒ったからである。アサはまたそのころ民のある者をしえたげた。』(2歴代誌16:10)
彼は自分を省みるのでなく、その先見者に対して怒りを燃やして、彼に「足かせ」を課した。
その事で、アサは、「足」に災いが降される。

『アサはその治世の三十九年に足を病み、その病は激しくなったが、その病の時にも、主を求めないで医者を求めた。アサは先祖たちと共に眠り、その治世の四十一年に死んだ。』(2歴代誌16:12-13)
病気になったら医者に頼るのは当然と思われるかもしれないが、この時ばかりは、そうではない。
主の言葉を届けに来た人に怒りを燃やし、「足かせ」をした結果、「足」の病が激しくなった。そうであるなら、これは主からの警告である事は明確であり、主の前に出て、自らの罪を悔い改め、赦しを乞うべきなのに、逆に頑なになって、これは普通に病気になったのだとばかりに、医者に助けを求めたのだ。
しかしそれを続けた結果、二年後に、その病が元で死んでしまう。

『主はこう言われる、「おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる。彼は荒野に育つ小さい木のように、何も良いことの来るのを見ない。荒野の、干上がった所に住み、人の住まない塩地にいる。』(エレミヤ17:5-6)
ここには、心が主から離れている人が、いかにむなしくなってしまうかが、記されている。
医者に頼るとか、自分の腕を頼りとするとかは、問題ではない。問題は「心が主から離れている事」であり、その状態であるなら、主はその人に、ご自身を頼りとさせるために、病や災いなど、あらゆる事を起こされる。

心が主から離れてしまっていて、世的な方法に解決を求める人は、荒野に育つ小さい木のように、何も良いことの来るのを見ない、と書いてある。
その人は、幸せが戸口に近づいて来てノックしていたとしても、無視してしまう。
そのノックの音に応え、扉を開きさえすれば、幸せが入って来るというのに、心が主から離れてしまっている人は、そういう事が分からず、そうしてやがては、幸せは扉を叩くのを止めて、去って行ってしまう。
そして、後で気づくのだ。
ああ、あの時、ノックされていたのだ、主の御声に聞き従っていればよかった、と。
あの時、あの預言者の声に、あの信仰の先輩のアドバイスに、聞き従っていればよかった、と、後になって悔やんでも、既に遅かった、というケースは、聖書から幾らでも見つける事ができる。

私達は、いつも主に向かって心を開き、御声に耳を傾け、その御言葉を頼るべきだ。
『おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。』(エレミヤ17:7-8)
いつでも御声に聞き従い、幸せが扉をノックしている時は、すぐに開けて迎え、いつでも幸せな人生を歩む皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

アサ - 久しぶりに現れた主の目に適った王(1列王記15:9-15)
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9節以降は、アビヤムの子・アサ王のついての記録となる。

『イスラエルの王ヤラベアムの第二十年にアサはユダの王となり、エルサレムで四十一年世を治めた。その母の名はマアカといってアブサロムの娘であった。アサはその父ダビデがしたように主の目にかなう事をし、神殿男娼を国から追い出し、先祖たちの造ったもろもろの偶像を除いた。』(1列王記15:9-12)
アサは、ソロモン以降では初めて「良い王」として記録されている。
良い王の基準は11節にある通り、ダビデのように、主の目にかなう事を行う事だ。

彼は主の忌み嫌うものを取り除いた。
主の祝福が来るには、まず、自分の内から主の忌み嫌われるもの、性質を取り除く所からである。

『彼はまたその母マアカが、アシラのために憎むべき像を造らせたので、彼女を太后の位から退けた。そしてアサはその憎むべき像を切り倒してキデロンの谷で焼き捨てた。』(1列王記15:13)
彼は自分の母といえど、主が忌み嫌う事をするなら位から退けるという徹底を貫いた。
それは、主の大切な働きを為す器として、相応しい性質である。(ルカ14:26、出エジプト記32:29)

彼が為した事と、その結果、主がどのようにして下さったのかについては、第二歴代誌のほうに、3章に渡って、詳しく記されている。

彼は、諸々の偶像の祭壇を除き去り、また人々に命じて主を求めさせ、教えと戒めとを行わせた。
それで彼が王になってから十年の間、穏やかであった。(1-6節)
『彼はユダに言った、「われわれはこれらの町を建て、その周囲に石がきを築き、やぐらを建て、門と貫の木を設けよう。われわれがわれわれの神、主を求めたので、この国はなおわれわれのものであり、われわれが彼を求めたので、四方において、われわれに平安を賜わった」。こうして彼らは滞りなく建て終った。』(2歴代誌14:7)

しかし、主は時に、その人の信仰を試し、より深くするために、試練を送られる。
すなわち、エチオピア人が百万の軍隊と三百の戦車を率いて攻めてきたのだ。

『時にアサはその神、主に向かって呼ばわって言った、「主よ、力のある者を助けることも、力のない者を助けることも、あなたにおいては異なることはありません。われわれの神、主よ、われわれをお助けください。われわれはあなたに寄り頼み、あなたの名によってこの大軍に当ります。主よ、あなたはわれわれの神です。どうぞ人をあなたに勝たせないでください」。そこで主はアサの前とユダの前でエチオピヤびとを撃ち敗られたので、エチオピヤびとは逃げ去った。・・ユダの人々の得たぶんどり物は非常に多かった。』(2歴代誌14:11-13)
私達の人生でも、試される事がある。その試練は、何によってパスするのか。
アサは、主に依り頼む事によって、見事パスした。

私達が救われる方法は、単純である。
主イエスを信じ、救いの拠り所を彼に置くのだ。
そうするなら、自身も、その家族も、救われる。(使徒16:31)
人生のあらゆる苦難や戦いの時、主を呼び求める事が、救われる鍵である。

『彼らはまた、ゲラルの周囲の町々をことごとく撃ち破った。主の恐れが彼らの上に臨んだからである。そして彼らはそのすべての町をかすめ奪った。その内に多くの物があったからである。また家畜をもっている者の天幕を襲い、多くの羊とらくだを奪い取って、エルサレムに帰った。』(2歴代誌14:14-15)
周囲は彼を恐れて、もはや攻めてくる事は無かった。
主を恐れる人は、周囲から一目置かれ、敵からも恐れられるのだ。(創世記35:5、申命記2:25)

主は、信仰に立って勝利した彼に、預言書を遣わして、激励の言葉をかけた。
『時に神の霊がオデデの子アザリヤに臨んだので、彼は出ていってアサを迎え、これに言った、「アサおよびユダとベニヤミンの人々よ、わたしに聞きなさい。あなたがたが主と共におる間は、主もあなたがたと共におられます。あなたがたが、もし彼を求めるならば、彼に会うでしょう。しかし、彼を捨てるならば、彼もあなたがたを捨てられるでしょう。』(2歴代誌15:1-2)

主にとっては、やっと、主を恐れ敬う良い王が現れたのだ。
ソロモン時代以来、長らく主を呼び求める王が無かった所に。
主は、どれほど喜ばれただろう。
主は彼に、信仰に立って物事を行う事を続けよ、と激励される。

『そのころは、出る者にも入る者にも、平安がなく、大いなる騒乱が国々のすべての住民を悩ました。国は国に、町は町に撃ち砕かれた。神がもろもろの悩みをもって彼らを苦しめられたからです。』(2歴代誌15:5-6)
主を恐れ敬わない期間は、根拠不明な恐怖や不安に悩まされ、する事なす事失敗し、敵にかすめ奪われてしまうものである。
そして、根拠不明な怒りや憎しみが沸き起こるゆえに、味方同士・身内同士で必要の無い争いや喧嘩があって、いらないエネルギーロスで消耗し合い、共に砕かれてしまうのだ。
『あなたがたのうちで生き残る者にも、彼らが敵の国にいる間、彼らの心の中におくびょうを送り込む。吹き散らされる木の葉の音にさえ彼らは追い立てられ、剣からのがれる者のように逃げ、追いかける者もいないのに倒れる。追いかける者もいないのに、剣からのがれるように折り重なって、つまずき倒れる。あなたがたは敵の前に立つこともできない。
それまではそういう時代だった。』(レビ記26:36-37)

『しかしあなたがたは勇気を出しなさい。手を弱くしてはならない。あなたがたのわざには報いがあるからです」。』(2歴代誌15:7)
主は預言書を通して言われた。主を恐れ敬う道には、大きな報いが待っている。
主は言われる。それを期待して歩みなさい、と。

彼が祝福されている様を見て、北イスラエル王国の人々も多く集って来た。(2歴代誌15:8-9)
北イスラエル王国は、ずっと悪い王がずっと続いて災い続きだったためだ。

主の道に歩む事こそ祝福の道であり、その道に歩み続けるなら、成功する。
しかし、成功した時こそ、自分の中から「高慢」という敵が沸き起こって来る事をいつも気をつけるべきである。
彼は、初期の頃は主の喜ばれる良い道を歩み、大いに祝福されたものの、人生後半になると高ぶってしまう。

主の喜ばれる道から、右にも左にもそれる事なく、祝福の道を歩む皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

アビヤム - 主の目に悪を行い3年しか続かなかった統治(1列王記15:1-8)
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15章では、南ユダ王国・レハブアム王に続く二人の王についての記録があり、1−8節は、レハブアムの次の王・アビヤムについてである。

『ネバテの子ヤラベアム王の第十八年にアビヤムがユダの王となり、エルサレムで三年世を治めた。その母の名はマアカといって、アブサロムの娘であった。彼はその父が先に行ったもろもろの罪をおこない、その心は父ダビデの心のようにその神、主に対して全く真実ではなかった。』(1列王記15:1-3)
アビヤムもまた、彼の父・レハブアムに続いて「悪い王」であった。
彼の治世はわずか3年で終わってしまっている。
法則として、主に従わない王の代は、栄える事はない。

『それにもかかわらず、その神、主はダビデのために、エルサレムにおいて彼に一つのともしびを与え、その子を彼のあとに立てて、エルサレムを固められた。それはダビデがヘテびとウリヤの事のほか、一生の間、主の目にかなう事を行い、主が命じられたすべての事に、そむかなかったからである。』(1列王記15:4)
南ユダ王国に対し、主が憐れみを注がれた理由は、ひとえに、彼らの父祖・ダビデの故である。
父親がどんなに信仰が立派な、良い人であっても、その子が主に従わないなら、子の代で、速やかに落ちぶれてしまう。
しかし主は、いきなりその子を再起不能な程に懲罰されるという事はない。その子が悔い改めて立ち直るための「憐れみの期間」を設けられる。
それだから、親が子のために祈る事には大きな意味がある。
事実主は、南ユダ王国については、ダビデに免じて、その子の代にも、孫の代にも、憐れみを注がれた。
これは彼らの父・ダビデの「信仰の資産」があったためであるが、主の戒めと懲らしめをあくまで軽んじ続けるなら、やがてはその「資産」が尽きてしまい、災いが下される事になってしまう。

十戒の中で最も重要な「第一戒」は、まことの神である主をさし置いて何者をも神としてはならない、という事であり、その次の「第二戒」は、偶像を作ってはならない、である。
ソロモンも、レハブアムも、早速それらを破ってしまい、そして3代目のアビヤムの統治は、わずか3年で終わってしまった。

『「わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三四代に及ぼし、わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。』(出エジプト記20:2-6)

親が主に対して犯したそむきの罪ゆえに、子々孫々が呪われてしまう。
それは、本当に防がなくてはならない事である。しかしその呪いは宿命的に回避不可能なものではなく、キャンセル可能なものである。
もしその子が、親の犯した主への背きを捨て去り、主を畏れ敬うのであるなら、彼の真実が自分を救い、主は呪いを取り止め、慈しみを与えて下さる。
事実、アビヤムの次の王・アサの代を見れば、それが分かる。
彼はアビヤムと同じ父・母から生まれたにもかかわらず、彼は主の目にかなう事を行なったため、41年もの間、王として栄える事ができたのだ。
私達も同じである。
いかに代々、偶像礼拝の家系であっても、いかなる呪いを先祖の代で受けてしまったとしても、ただ、その人自身のイエス・キリストを信じる信仰によって、血筋的・霊的呪いはキャンセル可能であり、イエス・キリストを信じた人は、血筋によってでなく人間の欲求によってでもなく、ただ神によって生まれた者である。(ヨハネ1:12-13)

一方は、父の罪にならって、そのまま御前に罪を歩み続けた故に、3年しか王になれなかった。
他方は、同じ父母から生まれたのに、父の罪を捨て去り、主を恐れ敬う者として道を歩んだ故に、41年もの間、王となり続けられた。
同じ親から生まれているのに、こんなにも違う。
まさしく、主の道に歩むか歩まないかによって、祝福とのろいは、はっきり別れるのだ。

私達の前にも、祝福と呪いが置かれている。
主に従うなら、確かに祝福されるが、敢えて主の道を歩まないなら、呪いの縄目が徐々にきつくなって行ってしまい、最後には災いの内に滅ぼされてしまう。
そうならない内に、速やかに悔い改め主に立ち返るべきだ。

神である主を自分の主人とし、主の道に歩むなら、恵みといつくしみが追いかけてくる。
恵みといつくしみを自分で追いかける人生でなく、主を主として、恵みといつくしみから追いかけられる皆さんでありますように。
イエス様のお名前によって祝福します!

統治わずか5年目にしてソロモンの財を奪われてしまったレハブアム(1列王記14:21-31)
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前回の北イスラエル王国のヤロブアム王に続き、南ユダ王国の話に移る。

『ソロモンの子レハベアムはユダで世を治めた。レハベアムは王となったとき四十一歳であったが、主がその名を置くために、イスラエルのすべての部族のうちから選ばれた町エルサレムで、十七年世を治めた。その母の名はナアマといってアンモンびとであった。』(1列王記14:21)
レハブアムの母は、アモン人であった事が特記されている。
ソロモンがイスラエルで王であった期間は四十年(11:42)、その子であるレハブアムは四十一歳で王になった、という事は、ソロモンは、王になってまだ早い時期にアモン人の妻をめり、レハブアムが産まれた、という事であろう。

アモン人は主の集会に加わってはならない、と定められている。(ネヘミヤ13:1、申命記23:3)
ダビデの曾祖母は、モアブ人ルツだったが、それとは全く趣きを異にしいる。ルツはイスラエルの神、主を自分の神として、何もかも捨ててイスラエルに来たのだが、ソロモンは、ただ異邦の女を愛した故で、信仰による動機は一切なかった。
どうして、よりによって、アモン人との間に生まれた者を、王として継がせなくてはならなかったったのかは、書いていないので分からない。
しかし彼は、わなのような女は死よりも苦い事を(伝道者の書7:26)、また、自分の財産を後に来る者に継がせなくてはならないのを絶望している事(伝道者の書2:18-21)からすると、彼はもしかしたら、そのモアブの女に何かしらの形で捕らえられ、縛られ、その子供に王権を継がせなくてはならなくなってしまったのかもしれない。

『ユダの人々はその先祖の行ったすべての事にまさって、主の目の前に悪を行い、その犯した罪によって主の怒りを引き起した。』(1列王記14:22)
レハブアムは、イスラエルの神・主に向かうという所が無く、ただ、ソロモンの不信仰な部分、節操の無い偶像礼拝の性質、だけを引き継いでしまったようだ。
その彼が国のリーダーであるなら、その配下の人々も、総じてそれに習う者となってしまう。

『彼らもすべての高い丘の上と、すべての青木の下に、高き所と石の柱とアシラ像とを建てたからである』(1列王記14:23)
高い丘や青木の下、高き所は、カナン人が偶像礼拝する礼拝場所である。
レハブアムに触発された彼らは、ユダの至る所にそれを作ってしまったのだ。

『その国にはまた神殿男娼たちがいた。彼らは主がイスラエルの人々の前から追い払われた国民のすべての憎むべき事をならい行った。』(1列王記14:24)
神殿男娼は、カナンの異教礼拝で行われていた宗教的淫売で、偶像礼拝・同性愛の二重の罪から、主から特に禁じられている。(申命記23:17)

主が禁じられていた事を敢えてし続けるなら、当然、恵みと憐れみは逃げて行き、呪いに追いかけられてしまう。
その結果、国は衰退してしまう。これは神の国の法則である。

『レハベアムの王の第五年にエジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上ってきて、主の宮の宝物と、王の宮殿の宝物を奪い去った。彼はそれをことごとく奪い去り、またソロモンの造った金の盾をみな奪い去った。レハベアムはその代りに青銅の盾を造って、王の宮殿の門を守る侍衛長の手にわたした。王が主の宮にはいるごとに、侍衛はそれを携え、また、それを侍衛のへやへ持ち帰った。』(1列王記14:25-28)
エルサレムは堅固な要害の町で、そうそう外敵に攻め込まれる所ではないはずなのに、どういうわけか、エジプトにいとも簡単に攻め落とされてしまっている。
こうして、ソロモンがせっかく蓄えた多くの金銀財宝は、彼が政権を退いてから、わずか5年で、エジプトに全部奪い去られてしまった。
レハブアムは、ダビデの孫である。
ダビデからわずか3代目で、こんなにも早く、こんなにも落ちぶれてしまうものか、と思うかもしれない。
そうである。
親がいかに、信仰において優れていても、その子が主を敬わず、主の忌み嫌われる事を続けるなら、あっという間にその人の財は奪われ、落ちぶれてしまうのだ。

しかし、金銀財宝は奪われてしまっても、人命や王国が奪われなかったのは、主の憐れみとしか言いようがない。
それは、レハブアムがこれを機にへりくだり、少しでも、主に立ち返ったからである。(2歴代誌12:12)

『レハベアムのその他の事績と、彼がしたすべての事は、ユダの王の歴代志の書にしるされているではないか。レハベアムとヤラベアムの間には絶えず戦争があった。レハベアムはその先祖と共に眠って先祖と共にダビデの町に葬られた。その母の名はナアマといってアンモンびとであった。その子アビヤムが代って王となった。』(1列王記14:29-31)
レハブアムの歴史の最後に、もう一度、彼の母がアンモン人であった事が繰り返されて、この事が強調されている。

男性が、生涯の伴侶とすべき女性を選ぶのは、とても大事な事である。
一時的な情欲に駆られてではなく、将来、自分の子ができる時、その母として適切であるか、よく考えるべきだ。

こっそりいい所取りしようとしてもそうは行かなかったヤロブアム(1列王記14:1-20)
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預言者アヒヤを通して主から王として任命されたヤロブアムは、その与えられた権限を主のために行使せず、かえって身勝手な事をして、多くの人々を偶像礼拝へと導いてしまった。
そんな彼に、他の預言者を通してありえないような不思議・しるしが示され、主に立ち返るよう戒められても、彼は立ち返らなかった。
ソロモン王国を懲らしめる杖として王に任命されたヤロブアムであったが、結局ソロモンと同じ道を進んでしまい、ソロモンと同じ運命を辿ってしまう。

『そのころヤラベアムの子アビヤが病気になったので、ヤラベアムは妻に言った、「立って姿を変え、ヤラベアムの妻であることの知られないようにしてシロへ行きなさい。わたしがこの民の王となることを、わたしに告げた預言者アヒヤがそこにいます。パン十個と菓子数個および、みつ一びんを携えて彼のところへ行きなさい。彼はこの子がどうなるかをあなたに告げるでしょう」。』(1列王記14:1-3)
ヤロブアムは、子が病であるのに、自ら預言者の所には行かず妻に、しかも、妻が王妃だとは分からないよう変装させて行かせた。
それは彼が、この主の預言者と面を向かって会えない「やましさ」があったからである。
そのやましさは、彼自身の、今まで主に対して不忠実に生きて来た事に由来する。

自分が構築した偶像や神々に頼めば良いものを、彼はこの期に及んで、神である主に解決を求めに行くのだが、面と面を向かってではなく、こっそり行こうとした所を見ると、彼はただ解決方法や癒しだけを引き出したいという思いがあったのかもしれない。
しかし、人がどんなに変装し取り繕っても、主はその心の動機からして、全部ご存知である。

『ヤラベアムの妻はそのようにして、立ってシロへ行き、アヒヤの家に着いたが、アヒヤは年老いたため、目がかすんで見ることができなかった。しかし主はアヒヤに言われた、「ヤラベアムの妻が子供の事をあなたに尋ねるために来る。子供は病気だ。あなたは彼女にこうこう言わなければならない」。
彼女は来るとき、他人を装っていた。しかし彼女が戸口にはいってきたとき、アヒヤはその足音を聞いて言った、「ヤラベアムの妻よ、はいりなさい。なぜ、他人を装うのですか。わたしはあなたにきびしい事を告げるよう、命じられています。』(1列王記14:4-6)
預言者は、目が見えなかったのに、彼女が戸口に入る以前から、言うべき事があらかじめ与えられ、彼女である事が分かっていた。
主と、主の預言者と、あるいは、主にある交わりに参加したり関係を築こうとしたりせずに、ただ、都合の良い所だけをこっそりもらって帰ろうとする者には、主からきびしい事を告げられてしまうのだ。

『行ってヤラベアムに言いなさい、『イスラエルの神、主はこう仰せられる、「わたしはあなたを民のうちからあげ、わたしの民イスラエルの上に立てて君とし、国をダビデの家から裂き離して、それをあなたに与えたのに、あなたはわたしのしもべダビデが、わたしの命令を守って一心にわたしに従い、ただわたしの目にかなった事のみを行ったようにではなく、あなたよりも先にいたすべての者にまさって悪をなし、行って自分のために他の神々と鋳た像を造り、わたしを怒らせ、わたしをうしろに捨て去った。』(1列王記14:7-9)
「わたしをうしろに捨て去った」。つまりヤロブアムは、主を自分のうしろに置き、自分を主よりも前に置いたのだ。
私達も、悪い欲を好んで得るために、神である主をうしろへと置いてしまうような事は、していないだろうか。
それは、主が忌み嫌われる「偶像礼拝」に他ならない。(コロサイ3:5)

『それゆえ、見よ、わたしはヤラベアムの家に災を下し、ヤラベアムに属する男は、イスラエルについて、つながれた者も、自由な者もことごとく断ち、人があくたを残りなく焼きつくすように、ヤラベアムの家を全く断ち滅ぼすであろう。ヤラベアムに属する者は、町で死ぬ者を犬が食べ、野で死ぬ者を空の鳥が食べるであろう。主がこれを言われるのである」』。』(1列王記14:10-11)
この預言は、確かに後には実現するのだが、「すぐ」ではない。
なぜ、すぐではないのか。それは、主が、悔い改めて立ち返る猶予を計り与えておられるからだ。
ヨナ書を見ても分かる通り、主は、ひと度、災いの警告を発せられた場合、人がその警告を聞いて悔い改めるなら、災いを思い直されるお方である。
しかしヤロブアムは、この最終的な警告を聞いても、なお改めなかった。
全くソロモンと同様である。

『あなたは立って、家へ帰りなさい。あなたの足が町にはいる時に、子どもは死にます。そしてイスラエルは皆、彼のために悲しんで彼を葬るでしょう。ヤラベアムに属する者は、ただ彼だけ墓に葬られるでしょう。ヤラベアムの家のうちで、彼はイスラエルの神、主にむかって良い思いをいだいていたからです。』(1列王記14:12-13)
主は、全ての人の心をご存知である。
ヤロブアムの子の心が、主に向かって良い思いを抱いていた事を、主はご存知だった。
しかしそんな「良い彼」が、どうして病で死ななくてはならないのか。
人は思う。死ぬ事は災いだ、悪だ、と。
しかし「永遠」も「死後の世界」も、確かに存在する。
人は、死後の世界も永遠も分からず、この世での命が長らえる事をよしと考えるが、永遠の観点で人を導かれる主は、一人一人の「永遠の」最善を完璧にご存知である。
つまり主は、その子が悪しき王の悪しき環境の中で成長してしまう前に、命を取り上げられたのだろう。

『主はイスラエルの上にひとりの王を起されます。彼はその日ヤラベアムの家を断つでしょう。』(1列王記14:14)
この事は、次章で実際に起こってしまう。しかし、すぐにではない。

『その後主はイスラエルを撃って、水に揺らぐ葦のようにし、イスラエルを、その先祖に賜わったこの良い地から抜き去って、ユフラテ川の向こうに散らされるでしょう。彼らがアシラ像を造って主を怒らせたからです。主はヤラベアムの罪のゆえに、すなわち彼がみずから犯し、またイスラエルに犯させたその罪のゆえにイスラエルを捨てられるでしょう」。』(1列王記14:15-16)
イスラエルが、ユーフラテス川の向こう側に追いやられてしまう。
それはさらに数百年の時を経て、アッシリアの時代に起きた。
失われたイスラエル10部族は、今なお、ユーフラテス川の向こうの、どこかにいる。
そして彼らは、やがては戻ってきて、イスラエルは一つにまとめられる。(イザヤ11:12、56:8、エゼキエル38:8)

『ヤラベアムの妻は立って去り、テルザへ行って、家の敷居をまたいだ時、子どもは死んだ。イスラエルは皆彼を葬り、彼のために悲しんだ。主がそのしもべ預言者アヒヤによって言われた言葉のとおりである。ヤラベアムのその他の事績、彼がどのように戦い、どのように世を治めたかは、イスラエルの王の歴代志の書にしるされている。ヤラベアムが世を治めた日は二十二年であった。彼はその先祖と共に眠って、その子ナダブが代って王となった。』(1列王記14:17-20)
こうして北イスラエル最初の王の、一つの世代が終わった。
この列王記で、一貫して貫かれている法則は、主に従う王は栄え、主に従わない王は災いに満ちている、という点だ。

その法則は、現代の私達にも貫かれている。
人はみな、罪があり、間違った方向へ行く事もあるが、そんな自分を悲しみ、悔い改め、主に立ち返るなら、主はその人を憐れみ、赦して下さる。
しかしヤロブアムやソロモンのように、指摘された罪を悔い改めず、むしろ罪の楽しみにふけり、なお改めないなら、災いへと導かれてしまう。

「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。」と言われたイエス様は、立ち返る事を願っておられる。
誰の死をも望んではおられない。
いつでも主の道に歩み、もし罪が指摘され、悔い改めが促されたなら、すぐに立ち返り、祝福の道を外れず歩んでいく皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

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