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メッセージ - 2サムエル記カテゴリのエントリ

礼拝説教メッセージ音声:平和を流血で塗り替えたヨアブ(2サムエル記3:12-27):右クリックで保存

争っていたサウル家とダビデ家であったが、アブネルの側から和平の申し出がなされた。

『アブネルはヘブロンにいるダビデのもとに使者をつかわして言った、「国はだれのものですか。わたしと契約を結びなさい。わたしはあなたに力添えして、イスラエルをことごとくあなたのものにしましょう」。』(2サムエル記3:12)
両家の争いにダビデは一切登場していなかったが、この、平和の申し出にダビデは答えた。

『ダビデは言った、「よろしい。わたしは、あなたと契約を結びましょう。ただし一つの事をあなたに求めます。あなたがきてわたしの顔を見るとき、まずサウルの娘ミカルを連れて来るのでなければ、わたしの顔を見ることはできません」。それからダビデは使者をサウルの子イシボセテにつかわして言った、「ペリシテびとの陽の皮一百をもってめとったわたしの妻ミカルを引き渡しなさい」。』(2サムエル記3:13-14)
ダビデのつけた条件は、正当なものであり、難しいものでもない。
ミカルはダビデを愛していたのに、父サウルがダビデの命を狙うようになって、ダビデは逃げざるを得なくなり、一人になってしまったミカルを、サウルは勝手にパルテエルという男性に嫁がせてしまったのだから、ダビデがミカルを戻すよう求めるのは、理にかなった事だ。

『そこでイシボセテは人をやって彼女をその夫、ライシの子パルテエルから取ったので、その夫は彼女と共に行き、泣きながら彼女のあとについて、バホリムまで行ったが、アブネルが彼に「帰って行け」と言ったので彼は帰った。』(2サムエル記3:15-16)
ミカルの一時的な夫だったパルテエルが、別れの時に泣き悲しんだ様も、サムエル記の筆者はわざわざ記している。
アブネルは、このパルテエルに声をかけて帰らせたばかりでなく、全イスラエルにも声をかけ、ダビデを王としてイスラエルを統一するために、大小あらゆる折衝をした。
彼は実に有能な働きをする人であることがわかる。

『アブネルはイスラエルの長老たちと協議して言った、「あなたがたは以前からダビデをあなたがたの王とすることを求めていましたが、今それをしなさい。主がダビデについて、『わたしのしもべダビデの手によって、わたしの民イスラエルをペリシテびとの手、およびもろもろの敵の手から救い出すであろう』と言われたからです」。アブネルはまたベニヤミンにも語った。そしてアブネルは、イスラエルとベニヤミンの全家が良いと思うことをみな、ヘブロンでダビデに告げようとして出発した。』(2サムエル記3:17-19)
アブネルは言った。イスラエルも、そしてサウルの同族・ベニヤミンも、ダビデが治める事を「以前から(直訳:昨日も一昨日も)」求めて来た、と。
そう、ダビデが王になる事は、主の御心であり、民意でもあったのだ。

『アブネルが二十人を従えてヘブロンにいるダビデのもとに行った時、ダビデはアブネルと彼に従っている従者たちのために酒宴を設けた。アブネルはダビデに言った、「わたしは立って行き、イスラエルをことごとく、わが主、王のもとに集めて、あなたと契約を結ばせ、あなたの望むものをことごとく治められるようにいたしましょう」。こうしてダビデはアブネルを送り帰らせたので彼は安全に去って行った。』(2サムエル記3:20-21)
このように、全てが平和の内に、全イスラエルの王権がダビデへと移ろうとしていた。
人々も皆、全てが平和に事が進んだと喜んだ事だろう。
しかし、この平和の雰囲気は、一人の男によってひっくり返されてしまう。

『ちょうどその時、ダビデの家来たちはヨアブと共に多くのぶんどり物を携えて略奪から帰ってきた。しかしアブネルはヘブロンのダビデのもとにはいなかった。ダビデが彼を帰らせて彼が安全に去ったからである。ヨアブおよび彼と共にいた軍勢がみな帰ってきたとき、人々はヨアブに言った、「ネルの子アブネルが王のもとにきたが、王が彼を帰らせたので彼は安全に去った」。』(2サムエル記3:22-23)
ヨアブは、かの一連の出来事を知らなかった。略奪に行っていたからである。
ダビデは、略奪に出かけている彼の所に急使を送って、アブネルたちがいつ、どんな目的で来る、という事を、伝える事も可能ではあっただろう。
しかしそれをしなかったのは、ヨアブが平和な性格ではないからだと思われる。

『そこでヨアブは王のもとに行って言った、「あなたは何をなさったのですか。アブネルがあなたの所にきたのに、あなたはどうして、彼を返し去らせられたのですか。ネルの子アブネルがあなたを欺くためにきたこと、そしてあなたの出入りを知り、またあなたのなさっていることを、ことごとく知るためにきたことをあなたはごぞんじです」。』(2サムエル記3:24-25)
ヨアブの血気盛んさが、よくわかる。
彼は、平和で物事が解決しようとしている所に、疑いを掻き立てさせ、いらぬ焦燥感を吹き入れた。
そして、ダビデがそれに乗らない、と見て取ると、彼は主君ダビデには黙って行動を起こす。

『ヨアブはダビデの所から出てきて、使者をつかわし、アブネルを追わせたので、彼らはシラの井戸から彼を連れて帰った。しかしダビデはその事を知らなかった。アブネルがヘブロンに帰ってきたとき、ヨアブはひそかに語ろうといって彼を門のうちに連れて行き、その所で彼の腹を刺して死なせ、自分の兄弟アサヘルの血を報いた。』(2サムエル記3:26-27)なんと彼は、全てを平和裏に進めていたアブネルを、卑劣なやり方で殺害してしまった。
その動機は、「自分の兄弟アサヘルの血を報い」るために。
私怨を晴らすために、全イスラエルが平和に動こうとしているのを、彼は覆してしまったのだ。

ずっと後、ソロモンは言っている。『主はまたヨアブが血を流した行為を、彼自身のこうべに報いられるであろう。これは彼が自分よりも正しいすぐれたふたりの人、すなわちイスラエルの軍の長ネルの子アブネルと、ユダの軍の長エテルの子アマサを、つるぎをもって撃ち殺し、わたしの父ダビデのあずかり知らない事をしたからである。』(1列王記2:32)
ヨアブは、彼のキャリアの中で「自分よりも正しく優れた人」を2人も殺した、という事は、彼は自分の地位が脅かされないため、自分よりも出来る人を排除したかった、というのも動機としてあったのかもしれない。

イエス様は言われた。剣を取る者は、剣で滅びる、と。
私達は、ヨアブのような怒りと流血によって滅びる者ではなく、ダビデのように平和をつくる者、柔和な者として地を相続する者でありたい。

礼拝説教メッセージ音声:女に力を費やしてしまう先(2サムエル記3:1-11):右クリックで保存

『サウルの家とダビデの家との間の戦争は久しく続き、ダビデはますます強くなり、サウルの家はますます弱くなった。ヘブロンでダビデに男の子が生れた。彼の長子はエズレルの女アヒノアムの産んだアムノン、その次はカルメルびとナバルの妻であったアビガイルの産んだキレアブ、第三はゲシュルの王タルマイの娘マアカの子アブサロム、第四はハギテの子アドニヤ、第五はアビタルの子シパテヤ、第六はダビデの妻エグラの産んだイテレアム。これらの子がヘブロンでダビデに生れた。』(2サムエル記3:1-4)

ヘブロンに落ち着き、ますます力を増し加えて行ったダビデに、6人の子が生まれた。
しかし皆、それぞれ違う母親から生まれている。
一体いつの間に、こんなに妻を増やしていたのだろう。

おそらく政略結婚的な所もあるだろうが、主はモーセを通して命じている。
『王となる人は・・・妻を多く持って心を、迷わしてはならない。また自分のために金銀を多くたくわえてはならない。』(申命記17:16-17)
また、マサの王レムエルの母も、王である息子に言っている。
『あなたの力を女についやすな、王をも滅ぼすものに、あなたの道を任せるな。』(箴言31:3)
世界歴史を見て、女によって身を滅ぼした王が多いのは周知の事実だが、聖書によるなら、女に力を費やす事は「心迷わされる」道であり、「王たる者を滅ぼす」道だと記されている。

ダビデは王としては実に有能だったが、その後、女にからむ失敗によって、とても苦しむ事になる。
世で言う「王様」とは、何でも、好きな事を自由にできるものだと思われがちだが、神の国における「王」とは、王の王であられる主に仕え、主の御言葉を守り行うべき者だ。
なぜなら、王権も権威も全て主から預けられたものであり、実際、主の道を守らずに自分の思うがままに王権を乱用したサウルは、主から退けられてしてしまった。
だから主は、モーセを通して、王となるべき者について次のように命じている。
『彼が国の王位につくようになったら、レビびとである祭司の保管する書物から、この律法の写しを一つの書物に書きしるさせ、世に生きながらえる日の間、常にそれを自分のもとに置いて読み、こうしてその神、主を恐れることを学び、この律法のすべての言葉と、これらの定めとを守って行わなければならない。そうすれば彼の心が同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく、その子孫と共にイスラエルにおいて、長くその位にとどまることができるであろう。』(申命記17:18-20)

サウル家の将軍アブネルも、女性がらみの事がきっかけとなって、身を滅ぼす事になってしまう。
『サウルの家とダビデの家とが戦いを続けている間に、アブネルはサウルの家で、強くなってきた。さてサウルには、ひとりのそばめがあった。その名をリヅパといい、アヤの娘であったが、イシボセテはアブネルに言った、「あなたはなぜわたしの父のそばめのところにはいったのですか」。』(2サムエル記3:6-7)
このサウルのそばめだったリヅパは、相当聡明で美しかったのだろう。彼女は後に、サウルとの間に生まれた二人の子供達に対し、死を越えた愛を示す。(21章)

『アブネルはイシボセテの言葉を聞き、非常に怒って言った、「わたしはユダの犬のかしらですか。・・・主がダビデに誓われたことを、わたしが彼のためになし遂げないならば、神がアブネルをいくえにも罰しられるように。すなわち王国をサウルの家から移し、ダビデの位をダンからベエルシバに至るまで、イスラエルとユダの上に立たせられるであろう」。イシボセテはアブネルを恐れたので、ひと言も彼に答えることができなかった。』(2サムエル記3:8-11)
王の”めかけ”であった女を、自分のものにする。それは、自分が王よりも力を得、実権を握った事の象徴である。(2サムエル記16:21-22)
いかにサウルの子イシボセテには力が無く、サウル家は衰退し、将軍アブネルに実権があったかを知れるが、ダビデにしても、アブネルにしても、女に力を費やす事で、災いを招く事になってしまう。

男性は元々、複数の女性に力を費やせる程に、甲斐性があるようには創造されていない。
もし力を費やすべき相手がいるとするなら、それはただ一人、「妻」という女性のみだ。
神は人を、男と女とに創造され、「二人は」父母を離れ一体となるものとして、結婚を制定された。(創世記2:18-25)
創造当初の男と女の関係は「一対一」であり、一対複数ではないのだ。

そして、聖書が「夫」に命じている事は、「あなたの妻を愛しなさい」すなわち、アガペーの愛で、命がけで愛しなさい、という事であり、「妻」に対して命じている事は、全ての事について夫に仕え、夫を敬うべき事だ。(エペソ5:22-33)
つまり、男性にとって、命がけで愛せる女性は、ただ一人しかいない筈であり、もし、命がけで愛すべき相手が二人、三人以上いると言う男性がいるなら、文字通り「命が幾つあっても足りない」筈なのだ。
レムエルの母が言うように、「女」という「性」に力を費やすなら、滅ぼされてしまう、と言うのも、うなずける。

男性は、妻たる女性を命がけで守り、女性は夫たる男性を敬い仕え、そうして二人が一つとなって、家庭を築き上げてこそ、子が安定して育つ。
そして子供達に御言葉に基づいた教育をしてこそ、主が創世当初の人に命じられた祝福、「生めよ、増えよ、地に満ちよ」がその家庭に与えられるのだ。

礼拝説教メッセージ音声:ダビデ家の部下達とサウル家の部下達の抗争(2サムエル記2:12-32):右クリックで保存

ダビデはサウル家に誠実を尽くしたヤベシュ・ギルアデの住人に祝意を送り、サウル家に対しては争いを仕掛ける意図は一切無く、平和に過ごしたかったのだが、彼の部下たちやサウルに属する人達は、そうではなかった。


『ネルの子アブネル、およびサウルの子イシボセテの家来たちはマハナイムを出てギベオンへ行った。』(2サムエル記2:12)
ギブオンは元々、ベニヤミンの領地である。
サウルの将軍だったアブネル達がそこに向かったのは、ダビデの家と一戦を交えるためというより、単に、自分達の領地に戻るためだったのかもしれない。
しかし、アブネル達がギブオンに向かったという情報を聞いたダビデの家来達、ゼルヤの子達と呼ばれているヨアブ、アビシャイ、アサヘルの3兄弟は、戦士達を引き連れ、そのギブオンへと向かった。

『ゼルヤの子ヨアブとダビデの家来たちも出ていって、ギベオンの池のそばで彼らと出会い、一方は池のこちら側に、一方は池のあちら側にすわった。アブネルはヨアブに言った、「さあ、若者たちを立たせて、われわれの前で勝負をさせよう」。ヨアブは言った、「彼らを立たせよう」。』(2サムエル記2:13-14)
アブネルから「勝負させよう」という提案が出されたが、この「勝負」と訳されたヘブライ語・「サハク」は、元々、「遊ぶ」「笑う」「楽しむ」などの意味である。
最初は、余興的に勝負をさせよう、というつもりだったのかもしれない。

『こうしてサウルの子イシボセテとベニヤミンびととのために十二人、およびダビデの家来たち十二人を数えて出した。彼らは立って進み、おのおの相手の頭を捕え、つるぎを相手のわき腹に刺し、こうして彼らは共に倒れた。それゆえ、その所はヘルカテ・ハヅリムと呼ばれた。それはギベオンにある。その日、戦いはひじょうに激しく、アブネルとイスラエルの人々はダビデの家来たちの前に敗れた。』(2サムエル記2:15-17)
この試合では、12人が12人とも相打ちとなって勝負がつかず、両陣営は激昂し、ひどい殺し合いへと発展してしまった。
1969年のホンジュラスとエルサルバドルの戦争のきっかけは、ワールドカップの予選試合だったように、戦争とは大体、事前に敵対的な心情が互いにあって、それが増加し、ささいな事が発端となって起こるものである。
『争いの初めは水がもれるのに似ている、それゆえ、けんかの起らないうちにそれをやめよ。 』(箴言17:14)
と記されているとおりである。

『その所にゼルヤの三人の子、ヨアブ、アビシャイ、およびアサヘルがいたが、アサヘルは足の早いこと、野のかもしかのようであった。アサヘルはアブネルのあとを追っていったが、行くのに右にも左にも曲ることなく、アブネルのあとに走った。』(2サムエル記2:18-19)
このゼルヤの子達は皆、有能な将校であったが、気性が激しかった。
アサヘルは、自慢の足をもって執拗にアブネルを追いかけ、手柄を取ろうとしたのだが、それが彼にとって命取りとなってしまう。
アブネルからの2度の警告を受けたのに聞かず、アブネルに追い迫ったため、アブネルは仕方なく彼を殺した。
ヨアブとアビシャイは、末の弟アサヘルが殺されたという事で激昂し、さらにアブネルのあとを追った。

『その時アブネルはヨアブに呼ばわって言った、「いつまでもつるぎをもって滅ぼそうとするのか。あなたはその結果の悲惨なのを知らないのか。いつまで民にその兄弟を追うことをやめよと命じないのか」。ヨアブは言った、「神は生きておられる。もしあなたが言いださなかったならば、民はおのおのその兄弟を追わずに、朝のうちに去っていたであろう」。こうしてヨアブは角笛を吹いたので、民はみな立ちとどまって、もはやイスラエルのあとを追わず、また重ねて戦わなかった。』(2サムエル記2:26-28)
戦いを止めるよう持ちかけて来たのも、アブネルの側からだった。
ヨアブは、アブネルのほうが闘技を提案しなかったら、自分達はこんな殺し合いをしなかっただろう、朝の内に去っていただろ、と言ったが、軍団を連れてベニヤミン領に入って来たのも、また闘技の提案に乗ったのも、そして、アブネルを執拗に追い回したのも、ゼルヤの子達の側ではなかったか。
そしてヨアブ達は、アブネル達に、過剰防衛とも言える程の事をしている。

『ヨアブはアブネルを追うことをやめて帰り、民をみな集めたが、ダビデの家来たち十九人とアサヘルとが見当らなかった。しかし、ダビデの家来たちは、アブネルの従者であるベニヤミンの人々三百六十人を撃ち殺した。』(2サムエル記2:30)
力の差は、歴然である。
闘技以外で殺された人数は、アブネルの側は348人、ヨアブの側は、アサヘルを含めて、わずか8人だった。
アブネルの方が多くを殺され、ヨアブ達のほうが少なかったのに、怒りはヨアブのほうが大きかった。ヨアブはこの後、アブネルを卑怯な方法で殺す事になる。
ヨアブは結局、その血気盛んな激しい気性ゆえに、剣によって身を滅ぼす事になってしまう。(1列王記2章)
『イエスは彼に言われた、「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。』(マタイ26:52)

人の怒りは、神の義を現さない。
私達はつとめて、この「怒り」や「妬み」「殺意」を支配するべきである。それらはカインの道であり、サウルはそれで身を滅ぼした。
そして、力だめし的に挑発する事も、自分の能力を誇示し合う事も、そして、ゆずらない事も、無駄で不毛な血の流し合いとなってしまう。
『怒りをおそくする者は英知を増し、気の短い者は愚かさを増す。穏やかな心は、からだのいのち。激しい思いは骨をむしばむ。』(箴言14:29-30)

礼拝説教メッセージ音声:主にあって動かざること山の如し(2サムエル記2:1-11):右クリックで保存

『この後、ダビデは主に問うて言った、「わたしはユダの一つの町に上るべきでしょうか」。主は彼に言われた、「上りなさい」。ダビデは言った、「どこへ上るべきでしょうか」。主は言われた、「ヘブロンへ」。』(2サムエル記2:1)

ダビデは王としての油を注がれたのだから、そのままイスラエルに行って、王を名乗っても良かったはずなのに、彼は勝手には動かなかった。
「ユダの一つの町に上るべきでしょうか」という、実に小さな所から主の御心を求めた。
まだサウル家が全滅した訳でなく、自分が勝手に王である事を表明するべき時ではないからだ。
サウルは主の御言葉を乗り越え、心の赴くままにさっさと仕出かし、失敗したのに対し、ダビデは、実に小さな事から主に導きを求め、示された導きの通りに行動した。

第二サムエル記に入ってから、ダビデが全イスラエルの王となるまでの間、ダビデの行動パターンは、一言で言えば「受け身」である。
ダビデが自分から積極的に行動したといえば、この、ペリシテの地からヘブロンへと移った事くらいで、それについても主に御心を伺い、主のゴーサインがあってから行動した。
以降、ダビデは特に自分から進んで行動する事はなく、ダビデの計り知れぬ所で周りの状況が自ら動き、その動いた状況に対してダビデは何らかの表明をする、というパターンが続いてゆき、そうして彼は「半自動的に」王になって行く。

たとえば、1章でも、サウルの死の知らせがダビデの所に舞い込んで来た時、ダビデはそれに対し「サウルを殺した」と言った若者を殺し、サウル家のために哀歌をつくり、自分はサウルの死を喜んではいない、むしろ、サウル家に対する尊敬と悲しみを、表明した。
また3章でも、アブネルの申し出には平和裏に応じ、そして部下が勝手にアブネルを殺した時も、自分はそれを認知せず関わっていなかった事を表明し、アブネルの死については、痛みと悲しみを表現して哀歌をつくって断食した。
4章でも、サウルの子・イシュ・ボシェテが殺された時も、その殺した者をダビデは殺し、自分には、サウル家を害するような意図は一切無かった事を表明した。

もし何かのたくらみや流血ごとが起きたなら、それに対して、自分は潔白である事、また、その事に対し自分はいのちと御言葉に即する立場である事を、はっきり表明する必要がある。
その事は、ミニストリーや団体が大きくなればなる程、また、有名になればなる程、そのような「表明」や「対応」は必須となって来る。

もしダビデが「自分は何の関係も無い」「だから何の対応も必要ない」と言って、何の行動も対応もせず、何の見解も述べないなら、人々はダビデを疑っただろう。
サウル家に次々と起こるこの流血ごとは、もしかしたらダビデが裏で糸を引いていたのではないか、優しそうな素振りをして、実は恐ろしい男なのでは、もし彼が王になるなら、どんなに恐ろしい事が待っているだろう、といった噂が立って、人々のダビデに対する心象は悪くなって行った事だろう。
だから私達は、自分がしたのではないけれど、何か事件が起こった時、自分の潔白といのちに立った見解を表明するべきであり、それは有名になればなるほど、また、事業が、ミニストリーが拡大すればする程、その対応が必要になって来る。

『そこでダビデはその所へ上った。彼のふたりの妻、エズレルの女アヒノアムと、カルメルびとナバルの妻であったアビガイルも上った。ダビデはまた自分と共にいた人々を、皆その家族と共に連れて上った。そして彼らはヘブロンの町々に住んだ。時にユダの人々がきて、その所でダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。』(2サムエル記2:2-4a)
ダビデ達は、主から示された地・ヘブロンへと上り、そこに定住して地歩を得、子供達を産み、力を養って行った。
ヘブロン。その名の意味は「連合」「結合すること」であり、アブラハムやカレブなど信仰の先人たちが仮住まいした地である。
ダビデがこれから色々の人と連合し、イスラエル各部族と結合して行き、イスラエルの王とされるまで、その地で一時的に養われる。それに相応しい地と言える。

『人々がダビデに告げて、「サウルを葬ったのはヤベシ・ギレアデの人々である」と言ったので、ダビデは使者をヤベシ・ギレアデの人々につかわして彼らに言った、「あなたがたは、主君サウルにこの忠誠をあらわして彼を葬った。どうぞ主があなたがたを祝福されるように。どうぞ主がいまあなたがたに、いつくしみと真実を示されるように。あなたがたが、この事をしたので、わたしもまたあなたがたに好意を示すであろう。
今あなたがたは手を強くし、雄々しくあれ。あなたがたの主君サウルは死に、ユダの家がわたしに油を注いで、彼らの王としたからである」。』(2サムエル記2:4b-7)

ダビデは、ヤベシ・ギレアデの人々がサウル家にした忠誠の行為が伝えられた時、それに対する見解を「表明」する事を忘れなかった。
人々は、それまで思っていたかもしれない。
ダビデはサウルの生前、サウルに命を狙われていた、だから彼はサウルの死を喜んでいて、サウルに味方していた者達を、これから非道い目にあわせていくのではないか、と。

しかし、この度のダビデの表明を見て、それまでサウルに仕えていた人々は、安心しただろう。
ダビデはサウルのように、力でねじ伏せたり、恐怖政治で統率して行くのではなく、平和に穏健に統治して行く人だ、と。
これもまた、主イエス・キリストのご性質と同じである。

私達も、主の働きを展開して行く上で、このような、御言葉にかなった平和的な表明は、大切である。
お世話になった人に対して、しっかりお礼をし、良き事をした人には祝福し、そして、真実でない事が起きた時には、明確にNOの意思表示をする。
そのような行動は、平和の内に栄えていく人のたしなみである。

『さてサウルの軍の長、ネルの子アブネルは、さきにサウルの子イシボセテを取り、マハナイムに連れて渡り、彼をギレアデ、アシュルびと、エズレル、エフライム、ベニヤミンおよび全イスラエルの王とした。サウルの子イシボセテはイスラエルの王となった時、四十歳であって、二年の間、世を治めたが、ユダの家はダビデに従った。ダビデがヘブロンにいてユダの家の王であった日数は七年と六か月であった。』(2サムエル記2:8-11)
アブネルは、サウルの有能な将軍である。
彼は、かのペリシテの戦いでも生き残っていた。
彼は、サウルの子、イシュ・ボシェテを王として擁立し、以後、アブネルがサウル家の、そしてイスラエルの実質的な支配者となって行く。

それに対しダビデは、ヘブロンでの7年半の間、着実に力をつけて行く。それも、待ちの姿勢によって。
「動かざること山の如し」は、武田信玄の言葉だが、私達もダビデのように、「主にあって動かざること山の如し」を通し、火の粉が降りかかって来た時には、しっかり振り払い、平和と命の見解を表明して行くなら、主にあって着実に養われ、力を得て行く。

『主に信頼して善を行え。そうすればあなたはこの国に住んで、安きを得る。主によって喜びをなせ。主はあなたの心の願いをかなえられる。』(詩篇37:3)

礼拝説教メッセージ音声:ダビデがサウル家に捧げた哀歌(2サムエル記1:13-27):右クリックで保存

『ダビデは自分と話していた若者に言った、「あなたはどこの人ですか」。彼は言った、「アマレクびとで、寄留の他国人の子です」。ダビデはまた彼に言った、「どうしてあなたは手を伸べて主の油を注がれた者を殺すことを恐れなかったのですか」。ダビデはひとりの若者を呼び、「近寄って彼を撃て」と言った。そこで彼を撃ったので死んだ。』(2サムエル記1:13-15)

このアマレクの若者としては、自分は良い知らせをもたらした、と思い込んでいた。(2サムエル記4:10)
きっと、サウル達に追われていたダビデ達に褒美をもらえるだろう、と、浅はかな心をもって「自分がサウル殺した」と言ったのであろうが、彼が刈り取ったのは、死であった。

『ダビデは彼に言った、「あなたの流した血の責めはあなたに帰する。あなたが自分の口から、『わたしは主の油を注がれた者を殺した』と言って、自身にむかって証拠を立てたからである」。』(2サムエル記1:16)
アマレクの若者は、彼の口から出たことばによって、すなわち、『わたしは主の油を注がれた者を殺した』という証言のゆえに、死をもたらされたが、実はこの事は、現代を生きる全ての人々にも、同じく適用される事である。
それはどういう事か。

「主に油注がれた方」は、ヘブル語ではメシヤ、ギリシア語ではキリストである。
現代、多くの人々はキリストを軽んじ、いい気になってキリストをばかにし、敢えて冒涜する言葉や歌を豪語している者が多いが、そのような者達は全て、自分が発した「ことば」について申開きしなくてはならず、それによって裁かれるのである。(ローマ14:12、1ペテロ4:5)
今は恵みの時、憐れみの時である。
悔い改めの機会が与えられている今の内に、救い主キリストに立ち返るべきであり、その「恵みの時」を使い果たしてしまった時、このアマレクの若者のように、死という刈り取りをしなければならなくなる。

『ダビデはこの悲しみの歌をもって、サウルとその子ヨナタンのために哀悼した。これは、ユダの人々に教えるための弓の歌で、ヤシャルの書にしるされている。』(2サムエル記1:17)
ダビデは、サウルやヨナタン達が悪者として歴史に葬られないよう、彼らの良い所、称えられるべき所を追悼の歌にのせ、それを人々に歌わせた。
ダビデのそのような高貴な性質こそ、神の国において尊い事に用いられる器である人の性質である。

『「イスラエルよ、あなたの栄光は、/あなたの高き所で殺された。ああ、勇士たちは、ついに倒れた。ガテにこの事を告げてはいけない。アシケロンのちまたに伝えてはならない。おそらくはペリシテびとの娘たちが喜び、/割礼なき者の娘たちが勝ちほこるであろう。』(2サムエル記1:19)
歌の出だしは、サウル達をイスラエルの「栄光(ツェビー:美しさ、栄光)」とし、彼らを勇士として称える所から始まる。

『ギルボアの山よ、/露はおまえの上におりるな。死の野よ、/雨もおまえの上に降るな。その所に勇士たちの盾は捨てられ、/サウルの盾は油を塗らずに捨てられた。』(2サムエル記1:21)
ギルボア山は、サウル達が倒された所だが、ダビデがこのように”呪って”以来、ギルボア山の片面はぎこちなく禿げ上がってしまい、近年のイスラエル政府による緑化政策でも植物が育たなかった、と言われる。

『殺した者の血を飲まずには、/ヨナタンの弓は退かず、/勇士の脂肪を食べないでは、/サウルのつるぎは、むなしくは帰らなかった。サウルとヨナタンとは、愛され、かつ喜ばれた。彼らは生きるにも、死ぬにも離れず、/わしよりも早く、/ししよりも強かった。イスラエルの娘たちよ、サウルのために泣け。彼は緋色の着物をもって、/はなやかにあなたがたを装い、/あなたがたの着物に金の飾りをつけた。』(2サムエル記1:22-24)
イスラエルの娘たちは、サウルは千を打ちダビデは万を打った、と歌って、サウルが小さく、ダビデを大きくしているが、ダビデ自身は、サウルがイスラエルの娘たちに良くしてくれた事を、思い起こさせている。

『ああ、勇士たちは戦いのさなかに倒れた。ヨナタンは、あなたの高き所で殺された。わが兄弟ヨナタンよ、あなたのためわたしは悲しむ。あなたはわたしにとって、いとも楽しい者であった。あなたがわたしを愛するのは世の常のようでなく、/女の愛にもまさっていた。』(2サムエル記1:25-26)
同性愛者達はよく、この「女の愛にもまさっていた。」を引用して、ダビデも同性愛だったのだ、と言っているが、あいにくダビデは「わが兄弟(韓国語では「兄上」と訳している)ヨナタンよ」と呼びかけており、「主にある信仰の兄弟の優れた「兄弟愛」を称えているのであって、その兄弟愛の強さは、世の恋愛感情に遥かに勝るものであったから、ダビデは「あなたがわたしを愛するのは世の常のようでなく」とうたったのだ。
主を信じる信仰者同士の「兄弟愛」は、家族の愛より、男女の愛よりも強く優れている事を、信仰者の友を持つ聖徒であるなら、誰もが経験している所だろう。
そもそも、聖書は同性愛を至る個所で禁じており(ローマ1:26-28, レビ18:22-30, 1テモテ1:9-10, 1コリント6:9-10, ユダ1:7)、この個所をもって神は同性愛を養護している、と主張するのは、早計もいい所である。

『ああ、勇士たちは倒れた。戦いの器はうせた」。』(2サムエル記1:27)
ダビデはこのように、自分達のいのちを付け狙った相手を悪く言わず、「勇士たち」として追悼した。
世の王は、気に食わない人を抹殺し、死人に口なしとばかりに好き勝手な悪名をその人に着せ、歴史をでっち上げようとする事が多いが、ダビデは、その逆だった。
人のした悪を思わず、良い所を、人々に見出させようとする性質を持ち合わせていた。
それはキリストの性質であり、私達もそのようなたしなみを身につけるべきだ。

礼拝説教メッセージ音声:サウルの死に際とダビデの反応(2サムエル記1:2-12):右クリックで保存

ダビデ達は、アマレクから妻子も家財も全てを奪い返し、家族ともに無事だった事を喜び、お世話になった町々や人々に贈り物を届け、一息ついた所だった。

そんな彼らの所に、一人の若者から、ある知らせが来た。
『三日目となって、ひとりの人が、その着物を裂き、頭に土をかぶって、サウルの陣営からきた。そしてダビデのもとにきて、地に伏して拝した。ダビデは彼に言った、「あなたはどこからきたのか」。彼はダビデに言った、「わたしはイスラエルの陣営から、のがれてきたのです」。』(2サムエル記1:2-3)

着物を裂いて土をかぶるのは、イスラエル流の悲しみの表現である。
イスラエルの陣営から逃れて来た、と言う彼が、着物を裂いて土をかぶっている。
何かよからぬ事がイスラエルの陣営に起きたのだ、と、誰もが思っただろう。
『ダビデは彼に言った、「様子はどうであったか話しなさい」。彼は答えた、「民は戦いから逃げ、民の多くは倒れて死に、サウルとその子ヨナタンもまた死にました」。』(2サムエル記1:4)

あのサウルが、死んだ。
サウルに命を付け狙われ、国外にまで逃げて来た彼らには、衝撃的な知らせだった事に違いはないであろうが、見も知らぬ若者の言葉をそのまま受け入れるのは、早計である。
ダビデは詳細を聞いた。

『彼に話している若者は言った、「わたしは、はからずも、ギルボア山にいましたが、サウルはそのやりによりかかっており、戦車と騎兵とが彼に攻め寄ろうとしていました。その時、彼はうしろを振り向いてわたしを見、わたしを呼びましたので、『ここにいます』とわたしは答えました。彼は『おまえはだれか』と言いましたので、『アマレクびとです』と答えました。』(2サムエル記1:6-8)
普通、戦が真っ最中の戦場には、余程の事情でもない限り、人は近づきたがらないものである。
イスラエル人でもペリシテ人でもない、このアマレクの若者は、なぜ「はからずも」イスラエルとペリシテが戦っている戦場にいたのだろう。

アマレクの性質は、弱いものを襲撃して分捕る事である。
ダビデ達もつい先日、女子供しかいない留守中をアマレクに攻めこまれ、妻子や財産を奪われて、それを取り返したばかりだった。
また、アマレクは出エジプトしたイスラエルの会衆のうち、疲れて弱っている後方の人達を狙い撃ちにして襲った。
このアマレク人もおそらく、戦死者や傷ついて弱っている人から貴重品を掠め奪うために、敢えて、この危険な戦場に居たのではなかろうか。

そのような性質だから、主はアマレクを聖絶するようにモーセに命じ(出エジプト記17:8-16、申命記25:17-19)、サウルの時代、それを実行するようサウルに命じられたのだが(1サムエル記15:1-3)、サウルはそれをしなかった。
それ故サウルは、この事の刈り取りをする事になる。

『彼はまたわたしに言いました、『そばにきて殺してください。わたしは苦しみに耐えない。まだ命があるからです』。そこで、わたしはそのそばにいって彼を殺しました。彼がすでに倒れて、生きることのできないのを知ったからです。そしてわたしは彼の頭にあった冠と、腕につけていた腕輪とを取って、それをわが主のもとに携えてきたのです」。』(2サムエル記1:9-10)
アマレクの若者は、サウルの死んだ時の様をこのように証言し、その証拠として、サウルが身につけていた王冠と腕輪とを取って、ダビデ達に見せた。
ダビデ達は、その物証によって、サウルの死を確実なものとして知った。

サウルが最後にアマレク人に願った言葉は、KJVでは次のように記されている。
『I pray thee, upon me, and slay me: for anguish is come upon me, because my life is yet whole in me. (お願いだ、そばに来て私を殺してくれ、苦痛が来ているのに、私の命は今だに「満ちている(kole:完全な状態)」から。)』
ペリシテの矢を受けても死なず、自分で自分を刺しても、死ねない。
ものすごく痛くて苦しくて、すぐにでも死にたいのに、なぜか死ねずにいた、その所に、たまたまアマレク人が来て、彼に願って殺してもらった。
主の御声に背いてアマレクを生かしておいたサウルに、相応しい最後とも言える。

ところで、アマレク人が証言したこのサウルの最後の様子は、第一サムエル記31章のそれとは違う。
第一サムエル記では、サウルは矢傷を受けて敵が迫っているのに、従者に介錯してもらえず、やむなく、自ら自害した、というものだった。
このアマレク人が褒美欲しさに偽りを言ったのか、それとも本当を言ったのか、断定はできないが、いずれにせよ、サウルの死にアマレク人が関わった事は確かであり、サウルの王冠と腕輪はアマレク人に奪われ、それはダビデへと渡されたのだ。

将来サウルに取って代わって王となる、と言われていたダビデは、アマレクの手から王冠を受け取った時、どのような心境だっただろう。
ダビデ達としては、自分達を長年追っていたサウルが死んだ、という「意味」においては、「良い知らせ」だったかもしれない。
実際、アマレクの若者も、自分では「良い知らせ」を持ってきた、と思っていた。(2サムエル記4:10)
しかし、ダビデの反応はどうだったか。

『そのときダビデは自分の着物をつかんでそれを裂き、彼と共にいた人々も皆同じようにした。彼らはサウルのため、またその子ヨナタンのため、また主の民のため、またイスラエルの家のために悲しみ泣いて、夕暮まで食を断った。それは彼らがつるぎに倒れたからである。』(2サムエル記1:11-12)
ダビデの反応は、これだった。

果たして彼は、実は両手放しで喜びたい所を、ぐっとこらえたのだろうか?
サウルが死んで喜ぶ姿を皆に見せるのは良くない、むしろ悲しむ素振りをした方が、これからの身の振り上、よろしいだろう、そのような事を一瞬で思いついて一瞬で行動に移したのだろうか。
いや、彼は心底、サウルが、ヨナタンが、そして神の民イスラエルが多くが倒れた事に、ショックを受け、心乱され、悲しんだのではなかろうか。

私達も、自分たちに悪いことをし続けたクリスチャンの兄弟姉妹が、一族郎党、悲惨な死に方をした、という知らせ聞いたとするなら、果たして両手放しで喜べるだろうか。
むしろ、主にある兄弟姉妹がそのような死に方をした事を悲しみ、主の峻厳さを恐れるのではなかろうか。

ダビデ達がイスラエルを離れていたばかりに、イスラエルの多くの人達が倒れ、そして主に油注がれたサウルさえ倒れた。
しかも彼らは、あわや、ペリシテ軍の一員として神の民の血を流す側として、サウル達イスラエルに刃を向け、殺めていた所だったのだ。
ダビデは、一歩間違えれば、自分たちこそサウルのようになってしまっていた、と、震えおののいただろう。

ダビデはこの後、色々の失敗も犯すが、彼はその都度、すぐに自分の罪を告白して悔い改める性質を身につけ、主に滅ぼされる事なく、安泰の内にその生涯を全うする。
彼はこの時の経験を戒めとして受け取り、いつも主を恐れ、サウルの二の鉄を踏まないように、気をつけたのだろう。

ダビデは、知っていた。
自分がいかに罪にまみれているかを。
『神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。』(詩篇51:1-4)
それなのに、彼は赦され、むしろ自分には到底相応しくない栄誉と成功が与えられた。
この主の憐れみと赦しを、彼はどれ程、感謝した事だろう。

私達も、自分の犯してきた罪や過ちから勘案するなら、到底相応しからぬ栄誉と祝福を得ている。
その事を、ダビデのように感謝しているだろうか。罪に走らないよう常日頃気をつけているだろうか。
私達もこの第二サムエル記から、ダビデにならい、王としてのたしなみを学び身に着けて行きたい。

礼拝説教メッセージ音声:第二サムエル記概要(2サムエル記1:1):右クリックで保存

『サウルが死んだ後、ダビデはアマレクびとを撃って帰り、ふつかの間チクラグにとどまっていた』(2サムエル記1:1)

第二サムエル記は、サウルの死と、ダビデの勝利で始まる。
第一サムエル記の終盤、サウルも、ダビデも、それぞれ危機的状況にあったが、サウルは乗り越えられず死に、ダビデは信仰によって乗り越えて大逆転した。

サウルは結局、主に求め続けるという事を、最後までしなかった。
彼は人生最大の危機に面した時、久しぶりに主に伺おうとて、夢やウリム、預言者に御心を求めたが主の応えは無く、それでさっさと口寄せへと導きを求めてしまった。
結局、彼の長い”信仰生活”はずっと外見的なままで、彼の心は主から離れていた事が明確にされたのだ。

ダビデも、妻子や財産全てを失い、あわや部下に殺されてしまう、という危機にあったが、彼は信仰を奮い立たせて主に伺い、主の導きに従って追いかけ、全てを取り戻しただけでなく、それ以上を分捕って、このチクラグという所で喜びを噛み締めつつ、お世話になった人達に贈り物を届けた所だった。
第二サムエル記は、このサウル王の悲惨な死とダビデの戦勝の盛りの場面で始まる。

第二サムエル記は、ダビデ王の治世の記録である。
ダビデは第一サムエル記でも登場していたが、そこではあくまでサウル王の下での活躍であった。
この第二サムエル記は、そのサウルの死で初まり、ダビデがますます盛んになり、サウル家がますます没落して行く様が、一章から四章で記されている。
ダビデ自身からは何も仕掛けていないのに、周りの状況があれよあれよと動いて、彼は結局、ほぼ自動的に全イスラエルの王となって行く。

五章以降は、ダビデの王国がさらに確立されて行く様が記されている。
彼はイスラエルの首都をダビデの町・エルサレムと定め、そこに主の契約の箱を運び入れ、そして主から、ダビデの家は永遠に続くという約束をいただく事になる。
事実、彼の王国の永遠は今も続いている。
私達クリスチャンは全て、彼の王国の支配、すなわち、ダビデの子・キリストの王国の支配下にある。

八章は、周辺諸国を平定したダビデ治世の最盛期が記されているが、九章以降、ダビデの失敗も、残らず記録されている。
ダビデは全てがうまく行って最高潮の時、気が緩み、戦争に出ている部下の妻を見初め、身ごもらせ、その夫を戦争の激戦区へ送って殺させる事で、主の御心を損ねてしまった。
この時以降、彼の子供達は次々と血なまぐさい事件を起こして行く。
それが九章以降、二十章までずっと続く。

ダビデといえ、色々の罪や失敗を犯す。
特に、子育ての面で失敗し、気が緩んだ時に間違いを犯す傾向があった。
しかし彼が滅ぼされる事なく、永遠の王権が奪われたなかったのは、彼は事あるごとに主に立ち返り、主に求め、罪を指摘された時は、間髪をいれず悔い改めたからだった。
ダビデとサウルの違いは、日頃主に依り頼むか頼まないか、罪が指摘された時に悔い改めるか悔い改めないか、である。
そのシンプルな違いで、明暗が分かれるのだ。

なお、二十一章から最後の二十四章まではダビデ治世の付録的な記事が記されている。
二十三章にダビデの最後のメッセージが記されているが、二十四章にはダビデのもう一つの失敗・人口調査の過ちが記されていて、必ずしも年代順に記されているわけではない。

第一サムエル記では、神の国における「王」となるための、優良な「帝王学」を学ぶ事が出来た。
この第二サムエル記では、いかに誤りなく「王」としての立ち位置をキープし続けるべきかを学ぶ事が出来る。
私達はキリストにあって、王族の祭司とされた。
主イエスにあって王とされた者として在るべきたしなみを、また、成功と失敗の法則を、そして、万一失敗してしまった場合、いかに信仰者として立ち返るべきかを、この書から学んでいきたい。

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