• カテゴリ 講解説教(旧約) の最新配信
  • RSS
  • RDF
  • ATOM

メッセージ - 講解説教(旧約)カテゴリのエントリ

礼拝説教メッセージ音声:わたしが示す地に行け(創世記12:1-9):右クリックで保存

『主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。・・・アブラムは、主の言葉に従って旅立った。』(創世記12:1-4)

アブラムが後にアブラハムとなり、信仰の父として今も世界に多大な影響を与えているのは、生まれ故郷や父の家より、神である主の御言葉の方を優先させ従ったからである。
『わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。』(マタイ10:37-39)
私達も、生来の能力や血筋に頼るよりも、神に信頼して従順し、自分の生来の好みよりも主イエスキリストを優先させるなら、アブラハムのように祝福の人生を歩む。
しかしテラのように、行くべき所に行かず自分の好きな所に留まるのであれば、それ以上に進む事は出来ないのである。

主の言葉を信じて従う者には、祝福が約束されている。
「あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る。」(12:3)
この御言葉どおり、アブラハムの子孫であるイスラエルをかくまった遊女ラハブは、祝福の家系に入り、アブラハムの子孫達を何百年もの間奴隷として虐待したエジプトには、10の災いが下り、長男は全員死に、軍隊は水に流され、とことんまで呪いを受けた。

「アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。」(12:4)
アブラムと共にハランを出た中に、甥のロトもいるが、彼が一緒に出たのは、神の御言葉に従ったからではなく、アブラムと一緒に行くほうが良いように見えたからである。
彼もアブラムと一緒にいる間は、大いに祝福されたのだが、後になると、彼の行動の動機が明らかになり、最終的には、信仰による行動と信仰によらない行動の違いが、明らかになってくる。

「主はアブラムに現れて、言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。」アブラムは、彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた。」(12:7)
カナン人の地は暴虐と不品行に満ちた地で、そこに移住してきたアブラムはという地、全くの寄留者だった。
私達信仰によって生きる者たちも、この世においては寄留者であり、本籍を置く所ではないが、アブラムに主が現れた場所に祭壇を築いたように、私達もこの世において、主が現れて下さった事を忘れず、主を礼拝する場所をしっかり確保する必要がある。

『信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。』(ヘブル11:8-10)

地上に望みを置くのではなく天に望みを置き、信仰によって生き、祝福の民となる皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:神の導き方(創世記11:10-32):右クリックで保存
韓国語通訳有

イスラエルの歴史は、セムの系図からはじまり、セムから10代目の子孫にイスラエル民族の父・アブラム(後のアブラハム)が生まれた。
アブラムの父・テラは、カルデヤ人のウルに住んでいる時に3人の子、アブラム、ナホル、ハランを生んだ。

カルデヤのウルは、バベルの近くの偶像崇拝や不品行が盛んな町であり、ヨシュア24:2によると、アブハムやナホルとの父テラは元々、そこで他の神々に仕えていた。
神に召される者達は、以前の状態は重要ではなく、真の神と出会った時、その神に服従するか、それとも自分勝手な道をえらぶかが大切である。

「テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはカランまで来て、そこに住みついた。」(創世記11:31)
アブラムの父テラは、カルデヤのウルから出てカナンを目指したものの、彼は、目的地であるカナンに足を踏み入れる事なく、途中のカランまで進むと、そこに留まってしまい、それ以上の事も出来ないまま、そこで死んだ。
そして神は、テラの子・アブラムに現れ、父の家を出て示す所へ行くように、と、指示された。

神様の導き方は、はじめから終わりまで全ての道順を細かに示すのではなく、次に行くべき所だけを示され、人がそれに従順してその所まで来たら、その次の道が示される。
もしアブラムに初めから先々の将来も教えておられたら、どうだっただろう。
彼は将来、100歳になってからやっと子供が与えられ、その子は神に捧げなくてはならず、また、彼が生きている間は、マクペラの畑にある洞穴しか土地が与えられない、と、全行程が最初に示されていたら、彼もまた、カランから出ないままだったかもしれない。

アブラム、後のアブラハムは、神様から次に行くべき所を示され、そこへ行って、また次に行く所を示され、という従順を繰り返し、最終的には大いなる祝福が与えられ、彼は、彼の腰から出た子孫だけでなく、全て信仰によって救われる者達の父となった。

「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」(詩篇119:105)
御言葉は足元しか照らさないので、時に心許なく見えるかもしれないが、それでも神の導きは最善であると信じ、自分の願いではなく、神の願いを選択して進みゆく皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:バベルの塔の呪い(創世記11:1-9):右クリックで保存
韓国語通訳有

全地が一つの話し言葉であった頃、東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。
このシンアルの地は、神の前に(敵対的に)力をつけたニムロデが、バベルの町を建造した所である。(創世記10:8-10)

ノアに祝福されたセムの子孫は、東の高原地帯に住んでいた(10:30)が、その彼らがシヌアルの地に移動して来て、ハムの子孫と共に定住し、『そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」』(4節)

本来彼らが主体にすべき神は、脇に置かれてしまい、「われわれ」主体となってしまっている。
(欽定訳では、4節は「us(われわれ)」という言葉が4回も登場する。)
神のノアに対する祝福は、生んで増えて、地に満ち、あちこちへと増え広がる事であったが、彼らはそれを好まず、人間同士が結託し、力を合わせて高くなろうとした
しかし、人間が高くなろうとして結託する結果、神からもたらされるものは、混乱(バラル)である。

人間が高い建造物を作りたがる背後には、自らが高くなりたいという高慢と、洪水への恐れがある。
かつて不従順のために洪水が起こった、だから神に従順しよう、という発想ではなく、だから高い建造物を造ろう、という発想になるわけである。

この、自らが高められたいという欲求は、サタン由来である。
サタンは、真に高められるべき神を差し置いて、自らが高い所に座をしめようとした結果、地に投げ落とされた。(イザヤ14:12-15)

同じように、バベルの時代の人間も、自分たちが高みに登ろうとしたものの、その野望は、ことばの混乱によって砕かれた。
彼らは言葉が通じなくなったため、全地に散っていく事となった。

せっかくノアを通して、人類が神と共に歩む新しい希望が生まれた、と思ったら、早速人類は、神に敵対し、混乱と離散が起きてしまった。

創世記を11章まで学んできたが、そこまでに人類は既に幾度も神に敵対し、被造物を台無しにし、どうにもならない所まで来る度に、神の介入が入って来た。
さらに旧約聖書を読み進めて行くと、人の神に対する不従順と、罰と、悔い改めのくり返しを、幾度も見る事になる。

今回も、人類は不従順のために神の介入が入ったが、神はそれでもめげずに、人類を救済するご計画を立てられる。
それは、エベルの子孫からアブラハムを立て、このアブラハムの子孫を通して、人類を救済する方法である。
旧約聖書の大部分は、このアブラハムの子孫の歴史である。

私達が今回、この箇所から学ぶべきは、高慢になってはならない事である。
本来、主とすべきお方を差し置いて、自分が高くなろうとすると、それはへし折られ、混乱が起き、散らされるのだ。
自らはへりくだり、主であるキリストを高く上げ、そして聖霊をいただく皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:ノアの子孫たち(創世記10章):右クリックで保存
韓国語通訳有

創世記10章は、ノアの3人の子、セム・ハム・ヤペテの系図と歴史が記されてある。

ヤペテは白色人種の祖父であり、その子孫はヨーロッパに進出して、次のノアの預言が後に成就した。
「神がヤペテの土地を広げ(ヤフェト)/セムの天幕に住まわせ/カナンはその奴隷となれ。」(創世記9:27)
ヤペテの子孫は旧約時代までは異邦人として神の約束から離れた民であったが、新約時代以降は福音が最も普及し、結果、セムからの恩恵を最も受けた民となった。

それに対し、ハムの子孫は、聖書では悪名高い民族が多数生まれ出る。
「クシュにはまた、ニムロドが生まれた。ニムロドは地上で最初の勇士となった。」(8節)
ここに登場するニムロデの名は「反抗」という意味で、9節には「彼は、主の御前に勇敢な狩人であり」とあるが、この「御前に」の原語には敵対的な意味も含まれており、つまり、彼は神に敵対して高慢になった最初の勇士であった。

彼が建造したバベルの塔は、神抜きで人間が高ぶって名声を得ようとして建造したものであり、バベルは後にはユダヤ人を捕囚した、あのバビロンとなる。
また、11節のニネベは、後に北イスラエル王国を滅ぼしたアッシリヤの首都であり、13節のミツライムは、ユダヤ人を奴隷として苦しめたエジプトであり、また14節にも、イスラエルを長きに渡って苦しめたペリシテ人が登場する。

15節以降20節までは、ノアに呪われたカナンの子孫の系図である。
ソドムとゴモラは、性的不品行により神の前に怒りを積み上げ、硫黄の火によって滅ぼされた。
カナン人らは神の御前に罪を積み重ね、ついに、アブラハムの4代目の子孫を通して滅ぼされるにいたった。(創世記15:16-21)

21節以降は、セムの子孫の系図である。
「エベルには二人の息子が生まれた。ひとりの名は、その時代に土地が分けられた(パラグ)ので、ペレグといい、その兄弟はヨクタンといった。」(25節)
エベルはすなわちヘブル人の祖先である。
ペレグの時代に民族部族が分けられて行き、そしてペレグの後の子孫に、アブラハムが出、ダビデから続く王族が出、イエスキリストが出た。

このように、ある民族は神に敵対し、世に悪をはびこらせ、また、ある民族からは神に従順で有用な民族が別れ出たが、我々も含めた全ての民族は、義人ノアから出ている事には代わりはない。
今や、私達はどの民族から出ているかは関係なく、「どなたを主として信じているか」が大切である。

「しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。」(ヨハネ1:12-13)

イエスを信じるなら、国も血筋も関係なく、神の子として、天の国籍を持つ者として、新しく生まれた者である。

礼拝説教メッセージ音声:言い触らす者の呪いと覆う者の祝福(創世記9:18-29):右クリックで保存
韓国語通訳有

ノアは、改まった世界以降、農夫となってぶどう畑を作り始め、出来上がったぶどう酒を飲むと酔って、天幕の中で裸で寝ていた。
酒に酔う事は王たる者のする事ではない、と、箴言にある。なぜなら、さばきを曲げるといけないから(箴言31:4-5)であり、また、そこには放蕩があるから(エペソ5:18)である。
事実、あの義人ノアでさえ、酔った事によってさばきを曲げてしまった。

「カナンの父ハムは、自分の父の裸を見て、外にいた二人の兄弟に告げた。」(22節)
この「見る」のヘブル語(ra^'a^h)は、じっくり見る、楽しみつつ見る、等の意味がある。
ハムは敬うべき父の天幕に入り、そこで見つけた父の裸を、じっくりと見、楽しんで見、そして天幕から出て、兄弟たちに言いふらし、来て見るよう招いた。

敬うべき人の裸を、指さしてあげつらえ、罪を指摘して中傷するのは、サタンの道である。

ノアはその事を知ると、ハムの子カナンを呪った。
「カナンは呪われよ/奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」(25節)
事実、カナンの子たちは、ノアの呪ったの通りの歴史となっている。
エブス人やエモリ人、ソドムやゴモラ等のカナンの子孫たちは、偶像崇拝や不品行、暴虐に満ち溢れ、セムの子孫であるユダヤ人を通して神に滅ぼされる対象となってしまった。
そして、ハムは黒色人種の祖先であると言われているが、世界歴史はノアの呪い通りである事を示している。

我々が学ぶべきは、父、あるいは祝福を授ける立場の者のプライベートへ踏み込み、露わな様をじっくりと見て楽しみ、周りの兄弟たちに言いふらし、一緒に来て見るように招いたりするような者は、確かに呪われ、罪と滅びを招いてしまい、その子孫も呪われる、という事である。

「セムとヤフェトは着物を取って自分たちの肩に掛け、後ろ向きに歩いて行き、父の裸を覆った。二人は顔を背けたままで、父の裸を見なかった。」(23節)
敬うべき人が裸をあらわにしていたら、そこから目をそむけ、覆ってあげる事こそ、祝福される者の道である。

「セムの神、主をたたえよ。カナンはセムの奴隷となれ。」(26節)
事実このとおり、セムの子孫からアブラハムが出て、神の民イスラエルとなり、カナン人を追い出し、さらには、全人類の救い主イエスが出た。
「神がヤフェトの土地を広げ(ヤフェト)/セムの天幕に住まわせ/カナンはその奴隷となれ。」(27節)
ヤフェトはヨーロッパ系の白色人種の祖先であると言われており、以降の歴史では異邦人であったものの、キリスト以降、福音が最も普及した民族であり、「セムの天幕に住まわせ」という預言が実現した。

兄弟姉妹の裸を覆い、裸の恥から目を背ける者は、栄誉を受け、祝福を受けるが、敬うべき人の天幕に入り込み、そこで見た裸をあざ笑い、言いふらすような者は、奴隷となり、呪いを産み、滅びを刈り取るのである。
ハムのようではなく、セムやヤフェトのようになって祝福を受け継ぐ皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:虹のしるし(創世記9:8-17):右クリックで保存
韓国語通訳有

神は、全ての生き物との平和の契約を、目に見える形で定められた。
「わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。」(13節)
虹が雲の間に現れる時、主は、もはや水によって人類を滅ぼし尽くさないという、平和の契約を思い起こされる。(16節)

聖書の他の箇所で、虹は、エゼキエル1:28や黙示録4:3に出てくるが、いずれも、不従順な人や不敬虔な民を罰する直前に「虹」という言葉が現れる。
神は罰する前に、人々に平和の契約を思い起こさせるために、また、滅ぼし尽くさないという憐れみをも示すために、虹を現したのであろう。

神をあざける者は「昨日も今日も何も変わっていない、これからもそうだろう」と思い、欲望のままに歩むかもしれない。
しかしこの不従順に満ちた世界が、現在も保たれているのは、神の恵みと憐れみによる、という事を忘れてはならない。

「当時の世界は、その水によって洪水に押し流されて滅んでしまいました。しかし、現在の天と地とは、火で滅ぼされるために、同じ御言葉によって取っておかれ、不信心な者たちが裁かれて滅ぼされる日まで、そのままにしておかれるのです。」(2ペテロ3:6-7)
人は思うかもしれない。
神はいつまで不条理に満ちた世界を、そのままほうって置かれるのか、いつまで暴虐な者達を好き放題にさせておられるのか、と。
しかし「ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。」(同9節)

今や、救いはイエス様にある。
溺れている人に浮き輪を投げ、その人が浮き輪を掴んだら救われるように、私達がイエスキリストを誰かに伝え、その人がイエス様を信じて受け入れたら救われる。
浮き輪の信ぴょう性を疑って掴まなかったり、あるいは投げ入れた浮き輪ではなくワラなどを掴んだりしたら溺れてしまうように、イエス様以外に救いを求める者も、滅んでしまう。

今は恵の時、救いの時。
救い主イエスを一人でも多くの人に届け、多くのいのちを救い出す皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:血を伴う犠牲の大いなる意味(創世記9:1-7):右クリックで保存
韓国語通訳有

ノアは何事にも従順であったが故に、祝福された。
彼は、箱舟を造れと言われればその通りに実行し、箱舟に入れと言われればその通り実行し、外に出ても大丈夫そうであっても自分勝手に出る事をせず、神様から出なさいと命じられてから、はじめて箱舟から出た。
彼はそのように従順であった故に、後の世に多くのいのちを繋げ、そして祝福の契約をいただいた。
そして、彼が新天新地に降り立った時、真っ先に行ったのは、犠牲を伴った礼拝だった。
神はそのなだめの香りをかぎ、それによって、もはや地を滅ぼすまいと約束された。

『神はノアと彼の息子たちを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちよ。』(創世記9:1)
このいのちの祝福の言葉は、創世記1章でも語られたが、1章28-30節における契約と、9章における契約とは、異なっている所がいくつかある。

まず、1章に存在して9章には存在しない言葉は、「地を従わせよ」「生き物をすべて支配せよ。」である。
罪が入って以降、人は全地を支配するべき者ではなくなってしまった。

また、ノア以降は創造のはじめと違い、全ての生き物達は「あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。」(2節)つまり、動物たちは人間に対して恐怖が芽生え、動物たちは人間の手に委ねられた。

また、1章では人間の食物は種子を持つ木や草であったのに、9章では、「動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい。」と、肉食が始まっている。
創世のはじめは、生き物は全て草食で、どの生き物も、何も恐れたり脅かす事は無かったのに、9章以降では、弱肉強食の世界となり、恐れる関係になってしまった。

そしてまた、9章では新たに、血に関する新しい戒めが定められた。
「肉は命である血を含んだまま食べてはならない。」(4節)
ここで神は、血は、肉なるものの命そのものである、とした。
いのちを買い戻す為には、血のあがないが必要であり、血は、とてつもなく重要な意味を持っている事がわかる。

「どうして人は人を殺してはいけないのか?」という質問の明確な答えが、6節に書いてある。
「人の血を流す者は/人によって自分の血を流される。人は神にかたどって造られたからだ。」(6節)
神にかたどって造られた人は尊いものであり、そのいのちそのものである血を流すことは、その似姿の元なる神に対する大きな冒涜である。

「生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである。」(レビ17:11)

旧約祭儀において祭壇の上で流す血は、人間の命の贖いのためである、とまで書かれてある。
そうであるからには、まことの神の子羊・イエスの血は、どれほど私達を救う力を持っており、イエスのいのちそのものであるイエスの血は、どれほど尊いものであろうか。

イエスの血の尊い意味を理解し、この血の守りにますます拠り頼む皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:なだめの香り(創世記8:15-22):右クリックで保存
韓国語通訳有

ノアは、鳩の知らせによって水が引いたのを知った時も、箱舟の覆いを取り除いて地の面が乾いた事を確認した時も、自分の判断で身勝手に箱舟を出ることはせず、神様から示しが与えられてから、箱舟から出た。(創世記8:16-18)
出エジプトの民の多くは、神の時ではなく自分の望む時を優先させ、滅びへと導かれてしまったが、ノアは神の時が来るのを忍耐して待ち、そうして新しい天地へと導かれた。
神が定めた次のステップへ移る時は、神が計っており、その導きを従順に求めるなら、主は平安と祝福の内に、導いて下さる。

「ノアは主のために祭壇を築いた。そしてすべての清い家畜と清い鳥のうちから取り、焼き尽くす献げ物として祭壇の上にささげた。」(20節)
ノアが新天新地に降り立って、初めて行った事は、礼拝だった。
箱舟の中を生き残った、貴重な生き物達を捧げたのだが、ノアは、神様がよしとする捧げものは何かをよく知っていた。
それは、犠牲である。
主が、カインの捧げものではなくアベルの捧げものに心を留められたのも、犠牲があったからであり、人間の罪・咎を洗い清めるのは、イエスキリストの尊い犠牲による。

『主は宥めの香りをかいで、御心に言われた。「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。わたしは、この度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい。』(21節)

人には相変わらず罪の性質があるが、それでもなお生きながらえているのは、主がこのなだめの香りを受け、その時にそのように約束されたからである。
そして、主を完全に満足させるなだめの香りは、キリストである。
キリストは十字架上で、燃え尽くされるような苦痛を味わって「私は渇く」と言われ、その主の宥めを受け取って、神は完全になだめられた。

「地の続くかぎり、種蒔きも刈り入れも/寒さも暑さも、夏も冬も/昼も夜も、やむことはない。」(22節)

人の営みには、シーズンがある。
蒔くべき時があれば刈り取る時があり、寒い時があれば暑い時もあり、明るい時もあれば暗い時もある。
そして、人は種を蒔けば、それに相応しい刈り取りをする事になる。(ガラテヤ6:7-8)
その法則は、世の終わりまで、永遠に変わることは無い。

自分由来の何かではなく、神様の望まれる捧げもの、すなわち、キリストを信じる信仰による礼拝を捧げる皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:烏と鳩(創世記8:1-14):右クリックで保存
韓国語通訳有

地球全体は死の水で覆われ、その大いなる水の上に浮かぶノアの箱舟は、非常に心もとない、ちっぽけな存在である。
このちっぽけな箱舟の中に、ノア達八人の人間と、全種類の生き物たちが、息をひそめて生息し、箱舟から出る日を待ち望んでいた。

神はその、ちっぽけな箱舟に、心を留めておられた。
「神は、ノアと彼と共に箱舟にいたすべての獣とすべての家畜を御心に留め、地の上に風を吹かせられたので、水が減り始めた。」(創世記8:1)
いかに周りは死の水で溢れていようとも、神はご自身を求める全ての息ある者を心に留め、しっかりと守って下さるのだ。

ノアは40日の終わりに、箱舟の天窓から烏を放った。
烏は賢い鳥ではあるが、身勝手に箱舟と外の間を出入りするだけで、ノアの手元には戻って来ず、箱舟には何の益ももたらさなかった。

そこでノアは、今度は鳩を彼のもとから放ち、地の面から水がひいたかどうかを確かめようとした。
最初に放った時、鳩は力の限り飛んでいったが、見えるものはひたすら死の水、水、水ばかり。
再び箱舟のノアの所に戻ってきたので、ノアは手を伸ばし、鳩を手の内に収めた。

7日待ってから二回目に鳩を放った時、鳩はオリーブの若枝をくわえて来た。
この小さな一本の枝は、箱舟全体にいのちと希望を伝える便りとなり、ノア達は、地から着実に水が引いているのを知った。
さらに七日待って再び放つと、もう戻って来なかった。
全生物中、この新天地に真っ先に住まいを得たのは、鳩であった。

「柔和な人々は、幸いである、/その人たちは地を受け継ぐ。」(マタイ5:5)
主は、鳩のように素直でありなさいと勧められた。
私達も、賢くても身勝手な烏のようでなく、鳩のように素直にいつでも主の手元に戻って行き、聖徒たちに良い知らせをもたらす有用な者となるのであれば、真っ先に、新しい御国を相続できるのである。

素直で、聖徒たちに平和の訪れを告げる者となる皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:裁きの日(創世記7:11-24):右クリックで保存
韓国語通訳有

ノアは義を宣べ伝えて来たが、人々は悔い改める事をせず、ついに裁きの時が来てしまった。
「ノアの生涯の第六百年、第二の月の十七日、この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれた。」(創世記7:11)
天の上の水も、地の下の水の源も、元々は全て生けるものを潤す恵みとして用いられていたが、この日、それらはことごとく死のために用いられた。

天の水門が一気に開かれ、地の底の深淵の源が張り裂け、そこから溢れる水は大波のように、濁流のように全てを洗い流し、人々はそれまでめとったり嫁いだり、売ったり買ったりしつつ、あらゆる営みによって築きあげて来た家も土地も財産も、ことごとく一瞬にして運び去ってしまった。
わずか40日ほどで、何千メートル級の山々さえ水没し、世界で最も高い山さえ、その上15アンマも覆うほど、地球全体は水で覆われたのである。
事実、ヒマラヤ山脈の標高何千メートルの所から、水生生物の化石が発見されている。

「主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。」(16節)
その日その時、救いの扉を閉ざすのは、ノアのような人間ではなく、神みずからである。

「イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。わたしは羊の門である。わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。しかし、羊は彼らの言うことを聞かなかった。わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。」(ヨハネ10:7-10)

主に属する羊たちは、主のその声を聞き分ける。
ノアの時代の動物たちは、主の御声を聞き分けて箱舟に入ってきて、救いを得たが、私達も、いつも主に向かって心を研ぎ澄ませているべきである。
世の思い煩いや、富の誘惑によって霊的感性が鈍っていたら、主の御声は聞き分ける事ができない。

主は天と地の水の門を管理し、人々に恵みを施して来たが、かの裁きの日、それが人への災いとなった。
主は門である。
主を通ってこそ、私達は救われ、救いの領域の内側で守られ、養いを受け、そしてかの日、主の門から不従順な人間に災いが降るのである。

創世の初め以来、世界は一度水によって滅びており、今我々が生きているこの世界も、やがて火で滅ぼされる。(2ペテロ3:3-7)
今は恵みの時である。
この時を有効に用いて、多くの人を救いへと至らせる皆さんでありますように!
イエス様の名前によって祝福します!

メインメニュー
礼拝ライブ中継

礼拝ライブ中継!

礼拝ライブ中継!

過去の礼拝映像も視聴できます

メッセージ
Twitter
このページを紹介!

 
 
 
 
 
礼拝週報
携帯メールで毎日メッセージを購読!無料!

以下コードを読み込み、空メールを送信すれば登録できます。

パソコン/ウィルコム/スマートフォンで受信:以下にメールアドレスを入力下さい。

メルマガ購読・解除
日々のバイブルメッセージ
   
バックナンバー
powered by まぐまぐトップページへ
Podcast

以下画像をitunesへドラッグすれば、更新が自動的にPodcast配信されるようになります。

※2016/1/1より以前に登録された方は、再度、以下Podcast画像をitunesへドラッグする必要があります。

 主日礼拝ポッドキャスト

定期祈祷会ポッドキャスト

その他音声 ポッドキャスト

天声モバイルサイト!

検索
Copyright ©横浜天声キリスト教会
All Rights Reserved.
 〒231-0058 神奈川県横浜市中区弥生町2-17 ストークタワー大通公園-201
TEL/FAX:045-326-6211

ephes_03-tensei@ yahoo.co.jp
© 2010 Powered by XOOPS Cube 2.1
Welcome Guest