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メッセージ - 礼拝メッセージ説教音声配信カテゴリのエントリ

礼拝説教メッセージ音声:外見は美しく、内面は穢れて(マタイ23:25-28)한국어예배 (右クリックで保存)

律法学者とファリサイ人は、穢れたものが盛られている見栄えの良い食器のようだと主は責められた。
主は全てを見透かすお方であり、見栄えを良くしようとして内面を何ともしようとしない者を、主は須くそのように見られているのである。
食器の内にあるものを慈善に施す(ルカ11:41)事を主が勧められたのは、イザヤ58:6,7における主の喜ばれる本当の断食に通じる。(悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどき、虐げられた人を解放し、軛をことごとく折る。更に、飢えた人にパンを裂き与え、さまよう貧しい人を家に招き入れ、裸の人に会えば衣を着せかけ、同胞に助けを惜しまないこと。)
そうすれば全てが清くされ(ルカ11:41)、主の光が曙のように差し出て、罪の傷は速やかに癒される。(イザヤ58:8)
また、律法学者とファリサイ人は白く塗られた墓のようだと主は責められた。
マタイにおいては、白くて美しく見えるが内側は汚れに満ちている墓として表現されているが、ルカにおいては人目につかない墓のようだと言われている。
墓に触れれば7日間汚れるが、彼らは人知れず人を汚してしまう者達だとも責めているのである。
私達はまず内面を清めていただき、内側から湧き上がってくる愛の衝動によって慈善のわざをなし、そうして全てが清く健やかにされる者でありたい。

礼拝説教メッセージ音声: 人類最初の人(創世記1〜3章) (右クリックで保存)

人類最初の人はアダムとエバについて。
アダムは土から創られエバは彼のわき腹の骨から創られた。創造当初、彼らには罪は無かったがサタンの唆しにより堕落してしまった。

続き

礼拝説教メッセージ音声:権威を学ぶ(マタイ8:5-13) (右クリックで保存)

イエスが「これほどの信仰は見たことがない」と褒められたのは、イスラエル人ではなくローマの百人隊長だった。
百人隊長は、律法とは程遠いローマの軍隊生活をしながらにして、神の国の重要な事を学んでいた。
彼は権威というものを日々熟知しており、イエスにこそ一切の権威が与えられている事を認めたので、病さえも「行け」と言えば行くし、「来い」と言えば来ると思ったのである。
信仰は、教会に通ったり御言葉を沢山聞いたりする事によって育つのではなく、日々の生活のあらゆる事に神の国を認め、与えられている事を忠実に為す事によって育つのだ。

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

韓国より鄭先生が昨日来日しました。

8日より10日までの間、朝5時の早天祈祷会と、午後2時の集会、12日主日礼拝にてメッセージ奉仕をされます。

礼拝説教メッセージ音声:決して足し引きしてはならぬもの(マタイ23:13-22)한국어예배 (右クリックで保存)
※ メッセージ中、「災いなるかな」のギリシア語を誤って発音しておりました。
「ουαι(オーアィー)」が正しいです。謹んで訂正します。

律法学者達が災いである事をイエスは嘆息を込めて叫んだに違いない。
彼らは御言葉に身勝手なつけたしをする事によって、真っ向から御言葉に反する事をする。
例えば「神殿にかけて誓えばその誓いは無効である」(マタイ23:16)という例外をわざわざ作る事によって、誓いを果たさなかった時の逃げ道を作る事が出来る。
しかしイエスは決して誓ってはならないと言われたのは、御言葉に照らされるなら、人間は罪があり偽りのある存在である事は否めないからだ。
罪がある事を認めるなら救いへの渇望が芽生え、救い主への道が開かれ、イエスキリストへと導かれる。
御言葉には付け足しも間引きもせず、真実に向き合う皆さんでありますように。

横浜天声キリスト教会 copyright 2010

礼拝説教メッセージ音声:律法学者に気をつけよ(マルコ12:38-40、マタイ23:1-12)한국어예배 (右クリックで保存)

律法学者やパリサイ人はモーセの教座に着いている故、彼らが言う事は守り行うよう主は命じているが、唯一の指導者はキリスト一人だけである。
彼らは言うだけで行わなかったり、人に見せるために行う、という彼らの「行い」は、まねてはならない。
モーセに勝る最高の指導者はキリストである。
律法学者が負わせる重荷はとても担いきれないが、キリストは、重荷を負っている者は私のところに来なさい、と言われた。
変な指導者に重荷を負わされたなら、キリストの所に行って重荷を降ろし、彼とくびきを共にして歩めば安らぎが来る。
横浜天声キリスト教会 copyright 2010

主日第3礼拝メッセージ音声:ザカリヤ(ルカ1:5-25)

イエスの受胎告知は無名の密やかな所で行われたのに対し、バプテスマのヨハネの告知は神殿において公に、有名な出来事として行われた。
律法と預言者はバプテスマのヨハネまでであり、彼以降、神はイエスキリストによって人を通して現れ、人と神との関係は公ではなく、非常に個人的、親密的である。
ザカリヤは口がきけなくなってしまい、一見災いのように見えるこの出来事は非常に多くの人々を驚かせたが、それらの出来事は、産まれてくるバプテスマのヨハネが、人々を主の道へと帰らせ、ひいては救い主イエスに心を向けさせるために、しるしとして現れたのであるが、そのしるしを見てイエスキリストへと導かれた者は残念ながら少ない。
今の終わりの時代もしるしが顕著になってきているが、そのしるしに目を見張る者は多くても、主が戸口まで近づいている事に目を向ける者は少ない。
この時代を生きる者として、主イエスを個人的に宿し、親密に主と交わり、世に対して主イエスをあかししてゆく皆さんであるように。イエスの名によって祝福します!

第1・第2礼拝 「二組の夫婦」(ルカ1:26-38、マタイ1:18-25)礼拝メッセージ音声
横浜天声キリスト教会 copyright 2010

第1礼拝音声(日本語のみ)

第2礼拝音声(日本語、韓国語通訳つき한국어예배)

週報/メッセージ(説教)概要


クリスマスが近づくと世間は華やいで来るが、クリスマスの主人公についてはあまり知られておらず、救い主の誕生の次第も、主が目を留められるのも、クリスマスイメージのようなキラキラと輝いたものではない。
主は聖霊によりて宿り、おとめマリヤより生まれ、、、読めば簡単に流してしまうこの一文には、マリヤとヨセフの言語を絶する記憶と日々が含まれているのだ。
この夫婦を見る前に、彼らと対照的な夫婦であるアダムとエバを見てみたい。

エバは御言葉よりも感覚を優先し、目に良く、肉に良く、賢くしそうな禁断の実を取って食べたばかりでなく、夫にも与えて堕落させた。アダムは御言葉よりも妻の言葉を優先し、堕落へ引きずり込まれ、後には「エバのせいで」と、妻を攻め、突き放つ発言をした。
人類最初の夫婦はこのようにして人類に罪と死を導入してしまったが、救い主を生み出し永遠のいのちを人類に導入した夫婦はどうであったか。

ある日突然マリヤに御使いが現れ、身篭って永遠の王を生むという事を告げ知らされる。(ルカ1:26-38)
彼女は貧しいながらでもささやかな幸せが約束されている身であったはずであったが、結婚前の乙女が身篭る事には当然周りの追及があるだろうし、何より夫ヨセフがどう反応するか、大いに懸念された。
しかし彼女は、御使いとやりとりする僅かな時間の間に、大胆な決心をし、「おことばのとおりになるように」と言って神のことばを受け入れ、世間の目も生活も明らかに苦しくなるであろう道を、あえて選んだ。

「ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。(マタイ1:19)」 
知らぬ間に身篭った婚約者である。公に離縁すれば、周囲は当然同意するであろうし、既に払った花嫁代は返済してもらい、別の女性と結婚をやり直す事もできたろうが、彼が選んだのは、ひそかな離縁だった。
律法に従えば、結婚前に姦淫を犯した女は石打、それを免れたとしても、マリヤは姦淫による子持ちの女として、再婚も叶わない苦しい人生を送っていかなくてはならない。
ヨセフは彼女を愛したが故に苦しんだが、真実であろうとしたが故に、ひそかな離縁を選択したのだ。
そんな思い悩んでいる所へ、御使いが夢に現れ、「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイ1:20,21)と告げられる。
ヨセフは主が仰せられたが故に、言葉どおりに彼女を迎え入れ、ユダヤ社会から「結婚前に身篭った夫婦」と後ろ指をさされる冷ややかな一生をあえて選び、主の約束された救い主を育てる栄誉を勝ち取った。
彼は真実に基づく愛をフル稼働し、忍耐し、情け深く、妬まず、自分の利益を求めず主の約束を望み、耐えたため、主イエスの養父という、古今東西唯一の栄誉を任せられたのである。(1コリント13:4-7)

アダムとエバが守り通せなかった御言葉を守り通し、判断を目・肉・暮らし向きの欲求には置かず、御言葉に委ね、そうしてマリヤは従順によって救い主を宿し、ヨセフは愛と真実によってマリヤと救い主を守った。
マリヤもヨセフも立派であったが、神はなぜよりによって、貧しく目立たないこの二人を選んだのか。
「私達の聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。」(イザヤ53:1)
救い主のおとずれを、王宮や神殿にではなく、異国の占星術師や夜番をしている羊飼いに示し、主が旅先の馬小屋で産まれた、その事が、神は何を選び、大事にされるのか、という価値基準を示している。
人が目に留めないもの、人に尊重されないもの、見過ごしてしまうようなつまらないものにさえ、主は目を留め、養って下さる。

マリヤが喜び歌ったように(ルカ1:46-55)、救い主を宿し、育み、どの時代の人々もしあわせだと思うような皆さんでありますように、主イエスの名によって祝福します!
横浜天声キリスト教会 copyright 2010

礼拝説教メッセージ音声:隠れた所で見ておられる主(マタイ6:1-4) 右クリックで保存


施しをする場合、人に見られたり聞かれたりする為にするならば、既に報いを受け取っているため、神様からの報いは受けられない。
口で言っている事と心で思っている事が違う事を主は忌み嫌われる。
昔、神殿においてラッパ型の献金箱があり、金属製であるのでそこに沢山硬貨を投げると大きな音がしたため、多くを捧げた者がはっきり分かる仕組みとなっていたが、主が喜ばれたのは、わずか2レプタ銅貨を捧げたやもめであった。
主が見ておられるのは、献金の額だけでなく、一人一人の生活も、捧げる時の心も、全部見ておられる。
だから、主の前では取り繕う必要は無いし、人に見られるためではなく心から主の為にそれらの行いを為すべきである。
横浜天声キリスト教会 copyright 2010

礼拝説教メッセージ音声:小さな者のひとりに(マタイ25:31-46)한국어예배 (右クリックで保存)

主の名を持つ最も小さい者の一人にしたのは、主にした事であり、しなかったのは主にしなかった事である。
世においては、力ある者には取り入り力無き者は利用するような要領良く立ち回る者達がのし上がって行くが、天の御国ではそうではない。
主は全てを見ておられる。天地創造以前から用意されている国を受け継ぐ事ができるのは、山羊でもライオンでもなく、羊のように弱くとも羊飼いについてゆく者である。
主から御国を受け継ぐよう言われた者達は、いつ主をもてなしたか知らないし、呪いに定められる者もいつ主を軽んじたか知らない。
御国を受け継ぐには、意識的な行いではなく無意識的な行いが重要であり、無意識に行う言動は、日々生活する上で、どこに心を置きながら生活するかという積み重ねによって培われる。
日々たゆまず祈り,目を覚まし、主に喜ばれる素養を培いたい。
横浜天声キリスト教会 copyright 2010

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