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メッセージ - 礼拝メッセージ説教音声配信カテゴリのエントリ

天地を創造された大きな主が、人間に合わせ、小さくなって降りてこられた(ヨブ記38:1-21)

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そして立派な花嫁を育てる者へ(雅歌書8:8-14)

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雅歌書の講解説教が本日で終わる。元は愛し合う男女の愛のささやきあいから始まり、結婚に至り、その後、二人の関係の成熟へと向かっていった。一時期、危機はあったが、しかしどんどん成熟へと向かっていた。
 
8節と9節
"私たちの妹は若く、乳房もない。私たちの妹に縁談のある日には、彼女のために何をしてあげよう。
もし、彼女が城壁だったら、その上に銀の胸壁を建てよう。彼女が戸であったら、杉の板で囲もう。
 
妹は若く、乳房もない。。。
おそらく、花嫁の兄や親たちの言葉と思われる。
家の人たちにとっては、彼女はまだ乳房がない、幼い、と言う認識があり、この妹に縁談がある日までは、彼女を守ってあげようと言う、親達の愛がうかがわれる。
娘というものは、結婚し嫁いで行くお婿さんのために、貞操を守って行かなくてはならない。一家で「守らなくてはならないもの」である。
 
彼女が城壁のように堅固で、世のいかなる誘惑に対しても、城壁のように堅固であるなら、銀で飾ってあげよう。
もし彼女が戸であるなら、、、戸は城壁よりもろいものであるが、もしそうであったとしても、杉の板で囲って、しっかりガードしてあげよう、と言う、彼女の親やお兄さんたちの心意気がある。
 
 
10節に、彼女自身の応答がある。
私は城壁、私の乳房はやぐら(ミグダール:5:13花壇)のよう。それで、私はあの方の目には平安をもたらす者のようになりました。
 
彼女自身は、自分は嫁いでいく相手の夫にとって平安をもたらすもののようになるために、城壁のように操を守ってきました。そしてわたしの乳房、すなわち、男性に安息を与え(箴言5:18-21)、子供にいのちを養うものを、やぐらのように堅固にして来た。
そういうわけで、私は、あの方の目には平安をもたらすもののようになった。
 
平安はシャローム。安息、安心。この人と一緒にいるなら安息できる、と言う感覚。
結婚前の娘が、家族に守られ、また自分で自分自身をしっかりと守り、貞操を守ってきた女性は、新郎にとっては、安心できる、平安をもたらすものになることができる。
 
彼女は自分の乳房はやぐら(ミグダール:5:13花壇)のよう、胸も成長して、愛する方の前に平安をもたらす者のようになった。
乳房、それは、子供を産んだ時に、子供に命与え、養うものである。
この男性にとっては、彼女は自分にとっては、花壇のよう、そして子供たち、赤ちゃんに、しっかりと命の養いができそうだ、ということが、安心に見えた。
私たちも、主にあって生まれ、主にあって育って行ったが、やがては私たち自身が、主人である主に安息を与え、霊的な子供たちの命の養いをさせてあげなくてはならない立場へとなっていく。
家族の人たちは、妹が乳房がない時から、縁談がある日まで守ってきたように、私たちも、養うべき子たちがおり、また乳房が育っていない、命の養いがまだ出来ないような未熟な信仰者を、しっかりと、かの日のために育てなければならない。
 
 
私たちはキリストの弟子を作るべきであり、その弟子の育て方とは、娘を立派な花嫁へと育てていく親のごとく、やがて嫁いで行くまことの花婿キリストに平安をもたらすようなものと成長させていくものである。
娘をしっかり守りやしない、やがて乳房も成長して、いのちの乳の養いが与えられるまでの、弟子を育てて行くのである。
11節と12節。
 
ソロモンにはバアル・ハモンにぶどう畑があった。彼はぶどう畑を、守る者に任せ、おのおのその収穫によって銀千枚を納めることになっていた。
私が持っているぶどう畑が私の前にある。ソロモンよ。あなたには銀千枚、その実を守る者には銀二百枚。
ソロモンは確かにバアルハモン場所に葡萄畑を持っていたでしょうが、収穫の時に、報酬を収めるようになっていた。
 
夫ソロモンは、彼女の乳房をぶどうの房のようとだと言って、それを求める様が書いてあった(7:7-8)。
彼女は、私自身、というぶどうの実を差し上げます、だから、私を守るもの、守ってきた者たちに、銀200枚を与えてください、要求しているのかもしれない。
私も、まことのぶどうの木である主の、ぶどう達を、しっかり守って育てる者のために、報酬を求めることができる。
 
彼女自身、幼い時は他人のぶどう畑を管理して来た(1章)。
その時彼女は、黒くなったと嘆いたか、しかし夫には、その経験が安心できる性質になった。
 
ぶどう園の主人は王であり、私たち働きびとは、それを管理する責任が任されている。
もし、ぶどう園を任されているのに、ぶどう園を私物化し、王に収めるべきものを王に収めないで、かえってその僕を打ち叩いたりするならば、そのような者は、やがてぶどう園から降ろされてしまい、もっと他の忠実な管理人に任されてしまう。
しかし、しっかりぶどう園を管理して30倍60倍、100倍の実を結ばせる者には、しっかりとした報酬が望める。
 
ソロモンの花嫁は、ソロモンにとって平安をもたらすものとなった。
まだ乳房が育っていない時から、家の者に守られて、やがて成長し、花婿の目に喜びとなり、平安をもたらすものとなった。
 
私達にも、主から任されているぶどう園があるはずである。
それは小さいぶどう園かもしれないが、それをしっかりと守っているならば、王の目に慕わしく、平安が与えられるような者となり、しっかりと報酬を求め、それに預かることができる。
私達自身、主の目に に有用な実を豊かに実らせるぶどうの枝となるべきである。
主の上に豊かな実を結ぶなら、この箇所7章の6節-9節のようになる。
7:6 ああ、慰めに満ちた愛よ。あなたはなんと美しく、快いことよ。
7:7 あなたの背たけはなつめやしの木のよう、あなたの乳房はぶどうのふさのようだ。
7:8 私は言った。「なつめやしの木に登り、その枝をつかみたい。あなたの乳房はぶどうのふさのように、あなたの息はりんごのかおりのようであれ。
7:9 あなたのことばは、良いぶどう酒のようだ。私の愛に対して、なめらかに流れる。眠っている者のくちびるを流れる。」
どうか、愛する花婿の主に対して、慰めとなる皆さんでありますように。
 
この箇所の最後、8:14節は、その花婿への愛の呼びかけで終わってい
 
私の愛する方よ。急いでください。香料の山々の上のかもしかや、若い鹿のようになってください。"
彼女が、私の愛する方、どうか急いでください、家で、奥まったところで2人きりでその愛を喜び楽しみましょう、と。
2章の8節9節のところにも、同じ言葉がある。
2:8 愛する方の声。ご覧、あの方が来られます。山々をとび越え、丘々の上をはねて。
2:9 私の愛する方は、かもしかや若い鹿のようです。ご覧、あの方は私たちの壁のうしろにじっと立ち、窓からのぞき、格子越しにうかがっています。
愛する男性が、元気に、かもしかや若い子鹿のように、岩山の上でも、遠い山でも、飛び跳ねて速やかに私のところに帰ってきてください、速やかに帰ってきて、共に愛の時を過ごしたいです、と言っている。
雅歌書は、この愛の言葉で終わっている。
 
私たちが持つべきもの、備えるべきことを、雅歌書は豊かに教えてくれた。
私達は、後に私が嫁がなくてはならない真の夫、イエス・キリストにとって、喜びとなり、安息を与える者として、立たなくてはならない。
そして、祈るべきである。
どんな事があってもよく対処できる者として、私たちの信仰が育ち、そして育った者として、大きな信仰と言う乳房をもって、主へと嫁いで行くことができるように。
そして後に、御言葉による聖なる乳を持って、霊的子供たちを育てることができまるように。
まだ乳房が育っていない状態なら、しっかり守り、見事、嫁がせて行く事ができるまで、育てられるように。
 
どうか皆さんも、花婿キリストにとって喜びとなり、またそのような娘を育て、また聖徒を育てて、さらに多くの報酬をいただいていく皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します。
 
祈り
 
主の家で周りの兄弟姉妹を通して、良き学びを教えることができますように、忠実に学び、守り行うことによって、後に報酬を得る私たちでありますように。
私たち自身の信仰と希望と愛が、城壁のようにそびえ立って、やぐらのようにそびえ立ち、あらゆる困難、あらゆる事に対処できるまでに、私たちの信仰が大きく育ちますように。
 
この雅歌書を通して、私たちが実際的な夫妻として、結婚生活、夫であり妻である者たちの立ち振る舞いをあなたが学ばせてくださったことを感謝します。
雅歌書は最後、新郎から褒めたたえられて、本当に素晴らしい場面で終わることを見ました。
 
信仰によって褒めたてられて、新郎が安心する私たちでありますように。
悪の夫であっても真なるイエスキリストであっても、安心させることができるまでの進歩になられますように、整え祝福してくださることを感謝します。
私たちの歩みを通して祈りを通して、主の皆がほめたたえることを感謝して、イエス様の名前よって祈ります。
 

締りのない者歩み方をしている人を戒めなさい(2テサロニケ3章)

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3:1 最後に、兄弟たちよ。わたしたちのために祈ってほしい。どうか主の言葉が、あなたがたの所と同じように、ここでも早く広まり、また、あがめられるように。
3:2 また、どうか、わたしたちが不都合な悪人から救われるように。事実、すべての人が信仰を持っているわけではない。
3:3 しかし、主は真実なかたであるから、あなたがたを強め、悪しき者から守って下さるであろう。
3:4 わたしたちが命じる事を、あなたがたは現に実行しており、また、実行するであろうと、わたしたちは、主にあって確信している。
3:5 どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせて下さるように。
3:6 兄弟たちよ。主イエス・キリストの名によってあなたがたに命じる。怠惰な生活をして、わたしたちから受けた言伝えに従わないすべての兄弟たちから、遠ざかりなさい。
3:7 わたしたちに、どうならうべきであるかは、あなたがた自身が知っているはずである。あなたがたの所にいた時には、わたしたちは怠惰な生活をしなかったし、
3:8 人からパンをもらって食べることもしなかった。それどころか、あなたがたのだれにも負担をかけまいと、日夜、労苦し努力して働き続けた。
3:9 それは、わたしたちにその権利がないからではなく、ただわたしたちにあなたがたが見習うように、身をもって模範を示したのである。
3:10 また、あなたがたの所にいた時に、「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と命じておいた。
3:11 ところが、聞くところによると、あなたがたのうちのある者は怠惰な生活を送り、働かないで、ただいたずらに動きまわっているとのことである。
3:12 こうした人々に対しては、静かに働いて自分で得たパンを食べるように、主イエス・キリストによって命じまた勧める。
3:13 兄弟たちよ。あなたがたは、たゆまずに良い働きをしなさい。
3:14 もしこの手紙にしるしたわたしたちの言葉に聞き従わない人があれば、そのような人には注意をして、交際しないがよい。彼が自ら恥じるようになるためである。
3:15 しかし、彼を敵のように思わないで、兄弟として訓戒しなさい。
3:16 どうか、平和の主ご自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和を与えて下さるように。主があなたがた一同と共におられるように。
3:17 ここでパウロ自身が、手ずからあいさつを書く。これは、わたしのどの手紙にも書く印である。わたしは、このように書く。
3:18 どうか、わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがた一同と共にあるように。

落ち着いて御言葉に信頼すれば力を得る、焦って何かしようとすれば災いに追いつかれる(エレミヤ40:1-12)

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エレミヤ40:1 侍衛の長ネブザラダンは、バビロンに移されるエルサレムとユダの人々のうちにエレミヤを鎖につないでおいて、これを捕えて行ったが、ついにラマで彼を釈放した。その後、主の言葉がエレミヤに臨んだ。
40:2 侍衛の長はエレミヤを召して彼に言った、「あなたの神、主はこの所にこの災を下すと告げ示された。
40:3 主はこれを下し、自ら言われたとおりに行われた。あなたがたが主に対して罪を犯し、み声に従わなかったから、この事があなたがたの上に臨んだのだ。
40:4 見よ、わたしはきょう、あなたの手の鎖を解いてあなたを釈放する。もしあなたがわたしと一緒にバビロンへ行くのが良いと思われるなら、おいでなさい。わたしは、じゅうぶんあなたの世話をします。もしあなたがわたしと一緒にバビロンには行きたくないなら、行かなくてもよろしい。見よ、この地はみなあなたの前にあります、あなたが良いと思い、正しいと思う所に行きなさい。
 
ヘブル11:24 信仰によって、モーセは、成人したとき、パロの娘の子と言われることを拒み、
11:25 罪のはかない歓楽にふけるよりは、むしろ神の民と共に虐待されることを選び、
11:26 キリストのゆえに受けるそしりを、エジプトの宝にまさる富と考えた。それは、彼が報いを望み見ていたからである。
 
エレミヤ40:5 あなたがとどまるならば、バビロンの王がユダの町々の総督として立てたシャパンの子アヒカムの子であるゲダリヤの所へ帰り、彼と共に民のうちに住みなさい。あるいはまたあなたが正しいと思う所へ行きなさい」。こうして侍衛の長は彼に糧食と贈り物を与えて去らせた。
40:6 そこでエレミヤはミヅパへ行き、アヒカムの子ゲダリヤの所へ行って、彼と共にその地に残っている民のうちに住んだ。
 
哀歌5:19 しかし主よ、あなたはとこしえに統べ治められる。あなたの、み位は世々絶えることがない。
5:20 なぜ、あなたはわれわれをながく忘れ、われわれを久しく捨ておかれるのですか。
5:21 主よ、あなたに帰らせてください、われわれは帰ります。われわれの日を新たにして、いにしえの日のようにしてください。
5:22 あなたは全くわれわれを捨てられたのですか、はなはだしく怒っていられるのですか。
 
エレミヤ40:7 さて野外にいた軍勢の長たちと、その配下の人々は、バビロンの王がアヒカムの子ゲダリヤを立てて、その地の総督とし、男、女、子供、および国のうちのバビロンに移されない貧しい者を彼に委託した事を聞いたので、
40:8 ネタニヤの子イシマエルと、カレヤの子ヨハナンおよびタンホメテの子セラヤと、ネトパびとであるエパイの子たちと、マアカびとの子ヤザニヤおよびその配下の人々は、ミヅパにいるゲダリヤのもとへ行った。
40:9 シャパンの子であるアヒカムの子ゲダリヤは、彼らとその配下の人々に誓って言った、「カルデヤびとに仕えることを恐れるに及ばない。この地に住んでバビロンの王に仕えるならば、あなたがたは幸福になる。
 
エレミヤ42:10 もしあなたがたがこの地にとどまるならば、わたしはあなたがたを建てて倒すことなく、あなたがたを植えて抜くことはしない。わたしはあなたがたに災を下したことを悔いているからである。
42:11 主は言われる、あなたが恐れているバビロンの王を恐れてはならない。彼を恐れてはならない、わたしが共にいて、あなたがたを救い、彼の手から助け出すからである。
 
エレミヤ40:10 わたしはミヅパにいて、われわれの所に来るカルデヤびとの前に、あなたがたのために立ちましょう。あなたがたは、ぶどう酒や夏のくだもの、油を集めて、それを器にたくわえ、あなたがたの獲た町々に住みなさい」。
40:11 同じように、モアブとアンモンびとのうち、またエドムおよび他の国々にいるユダヤ人は、バビロンの王がユダに人を残したことと、シャパンの子であるアヒカムの子ゲダリヤを立ててその総督としたこととを聞いた。
40:12 そこでそのユダヤ人らはみなその追いやられたもろもろの所から帰ってきて、ユダの地のミヅパにいるゲダリヤのもとにきた。そして多くのぶどう酒と夏のくだものを集めた。
 
イザヤ30:15 主なる神、イスラエルの聖者はこう言われた、「あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る」。しかし、あなたがたはこの事を好まなかった。
30:16 かえって、あなたがたは言った、「否、われわれは馬に乗って、とんで行こう」と。それゆえ、あなたがたはとんで帰る。また言った、「われらは速い馬に乗ろう」と。それゆえ、あなたがたを追う者は速い。
30:17 ひとりの威嚇によって千人は逃げ、五人の威嚇によってあなたがたは逃げて、その残る者はわずかに/山の頂にある旗ざおのように、丘の上にある旗のようになる。

 

御言葉について行く人と人についていく人との雲泥の差(創世記11:31-12:5)

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創世記11:31 テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはカランまで来て、そこに住みついた。
11:32 テラの一生は二百五年であった。テラはカランで死んだ。
創世記12:1 時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。
12:2 わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。
12:3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、/あなたをのろう者をわたしはのろう。地のすべてのやからは、/あなたによって祝福される」。
12:4 アブラムは主が言われたようにいで立った。ロトも彼と共に行った。アブラムはハランを出たとき七十五歳であった。
12:5 アブラムは妻サライと、弟の子ロトと、集めたすべての財産と、ハランで獲た人々とを携えてカナンに行こうとしていで立ち、カナンの地にきた。
 
創世記13:10 ロトが目を上げてヨルダンの低地をあまねく見わたすと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる前であったから、ゾアルまで主の園のように、またエジプトの地のように、すみずみまでよく潤っていた。
13:11 そこでロトはヨルダンの低地をことごとく選びとって東に移った。こうして彼らは互に別れた。
13:12 アブラムはカナンの地に住んだが、ロトは低地の町々に住み、天幕をソドムに移した。
13:13 ソドムの人々はわるく、主に対して、はなはだしい罪びとであった。
13:14 ロトがアブラムに別れた後に、主はアブラムに言われた、「目をあげてあなたのいる所から北、南、東、西を見わたしなさい。
13:15 すべてあなたが見わたす地は、永久にあなたとあなたの子孫に与えます。
13:16 わたしはあなたの子孫を地のちりのように多くします。もし人が地のちりを数えることができるなら、あなたの子孫も数えられることができましょう。
13:17 あなたは立って、その地をたてよこに行き巡りなさい。わたしはそれをあなたに与えます」。
13:18 アブラムは天幕を移してヘブロンにあるマムレのテレビンの木のかたわらに住み、その所で主に祭壇を築いた。
 
ヘブル11:13 これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。
11:14 そう言いあらわすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している。
11:15 もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。
11:16 しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。だから神は、彼らの神と呼ばれても、それを恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである。

イエスを知っているか、知らないか(ヨハネ9:18-41)

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令和の御言葉(イザヤ60:17-22)

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イザヤ60:17 わたしは青銅の代りに黄金を携え、くろがねの代りにしろがねを携え、木の代りに青銅を、石の代りに鉄を携えてきて、あなたのまつりごとを平和にし、あなたのつかさびとを正しくする。
60:18 暴虐は、もはやあなたの地に聞かれず、荒廃と滅亡は、もはやあなたの境のうちに聞かれず、あなたはその城壁を「救」ととなえ、その門を「誉」ととなえる。
60:19 昼は、もはや太陽があなたの光とならず、夜も月が輝いてあなたを照さず、主はとこしえにあなたの光となり、あなたの神はあなたの栄えとなられる。
60:20 あなたの太陽は再び没せず、あなたの月はかけることがない。主がとこしえにあなたの光となり、あなたの悲しみの日が終るからである。
60:21 あなたの民はことごとく正しい者となって、とこしえに地を所有する。彼らはわたしの植えた若枝、わが手のわざ、わが栄光をあらわすものとなる。
60:22 その最も小さい者は氏族となり、その最も弱い者は強い国となる。わたしは主である。その時がくるならば、すみやかにこの事をなす。

決して無駄にならない主にある労苦(2テサロニケ2:13-17)

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2テサロニケ2:13 しかし、主に愛されている兄弟たちよ。わたしたちはいつもあなたがたのことを、神に感謝せずにはおられない。それは、神があなたがたを初めから選んで、御霊によるきよめと、真理に対する信仰とによって、救を得させようとし、
 
エペソ1:4 みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
 
2テサロニケ2:14 そのために、わたしたちの福音によりあなたがたを召して、わたしたちの主イエス・キリストの栄光にあずからせて下さるからである。
2:15 そこで、兄弟たちよ。堅く立って、わたしたちの言葉や手紙で教えられた言伝えを、しっかりと守り続けなさい。
2:16 どうか、わたしたちの主イエス・キリストご自身と、わたしたちを愛し、恵みをもって永遠の慰めと確かな望みとを賜わるわたしたちの父なる神とが、
2:17 あなたがたの心を励まし、あなたがたを強めて、すべての良いわざを行い、正しい言葉を語る者として下さるように。
 
1コリント15:58 だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。

 エルサレム崩壊の日 - 守られた人々と滅んだ人々(エレミヤ39章)

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エレミヤ39章
詩篇91篇
詩篇146篇
 

 主にある夫婦は、同じ御言葉の養いを受ける兄弟姉妹のよう、しかし性的魅力も失わずに(雅歌書8:1-7)

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いよいよ最後の章で、この夫婦はすでに諸々のところを通って、成熟してきている。
危ない時期もあった。花嫁が花婿を締め出して厳しく戒められる場面もあったが、戒められて、自分は本当に花婿を主人とするものであり、自分は、ただあの方のものです、と言うようになった。
そして7章では、「あの方は私のもの」と言う言葉も、もはや抜け去って、ただ100%、「私はあの方のものです」と言う、花嫁としては究極的に進化した形態に至った。
1節について新改訳Son 8:1  ああ、もし、あなたが私の母の乳房を吸った私の兄弟のようであったなら、私が外であなたに出会い、あなたに口づけしても、だれも私をさげすまないでしょうに。口語訳Son 8:1  どうか、あなたは、わが母の乳ぶさを吸ったわが兄弟のようになってください。わたしがそとであなたに会うとき、あなたに口づけしても、だれもわたしをいやしめないでしょう。
新改訳は、仮定法のように訳されているが、ヘブライ語は「ああ」「ください(ナタン)」という言葉で始まるので、口語訳のように、願望として訳すほうが、より真意に近いと言える。
主にあって同じ乳を吸った、兄弟のようになってほしい、と願っている。夫婦は成熟していくと、恋人同士、というよりも、どんどん親密な兄弟、姉妹のようになっていく。
Son 8:2  私はあなたを導き、私を育てた私の母の家にお連れして、香料を混ぜたぶどう酒、ざくろの果汁をあなたに飲ませてあげましょう。
夫を、自分が育った家に連れてきて、そこで、自分が母から仕入れた女性として培ったたしなみを用いて、自分の家の最も良い産物やご馳走、ぶどう酒を飲ませてあげたい、自分の全てを捧げたいと、いう心になっている。
 
口語訳8:3 どうか、彼の左の手がわたしの頭の下にあり、右の手がわたしを抱いてくれるように。
NKJV8:3 His left hand is under my head,And his right hand embraces me.
3節は、2章6節と同じ表現だが、NKJVは、既に男性は、左腕を腕枕にして、右手で覆ってくれている。
つまり、親密さとしては兄妹のように成熟していっても、いつまでもこの、男性の心臓近くで抱かれているという「ホームポジション」を望んでいるのだろう。
4節
8:4 エルサレムの娘たちよ、わたしはあなたがたに誓い、お願いする、愛のおのずから起るときまでは、ことさらに呼び起す(עוּר ウールwake)ことも、さます(עוּר ウールwake)こともしないように。
この文句も、かつて2章7節と、3章5節で出てきたが、この8:4は、過去のそれらとは違うところがある。
日本語の聖書で読むと、違いがわからないが、ヘブライ語は、8:4は疑問形に変わっている。
「なぜあなたは、ゆり起こしたり、愛をかき立てたり、しなければならないのですか?」と。
かつての2回は、普通に揺り動かしたりたりかき立てたりしないでください、と言った、しかしここのでは、ゆり動かしたりかきたてたりしないことが、当たり前の前提となっている。
自分は今まで、愛をかき立てた経験をした事もあった。けれどもそれは、しない方がいい、という事は、もう経験済みだ、だから、エルサレムの若い娘たち、無理矢理、惚れた腫れたを、揺り動かしたりかき立てたりするものではありません、と。愛と言うものは、揺り動かしたりかき立てたりするものでないよ、ほわほわした、夢見心地をかき立てたりするものではないよ、そうしたら、かつての私みたいに失敗するよ、そのような思いは、自然に沸き起こって来るのに任せるものが一番ですよと。
これは主と私達との関係も同じである。
集会などで扇情的に感情を掻き立てたりするよりも、むしろ日常の、自然なふるまいの中で、主との交わりをし、もしそのような感情が自然に出てくるなら、自然に任せるのが、一番なのだ。
掻き立てられた状態が正常な状態、そうでないなら、なまぬるい愛だ、などと吹き込まれてしまうと、平静な時に「果たしてこれでいいのだろうか」「自分は熱くないのでは」などと、焦ったり心配する事になってしまう。世の中の男女は、惚れた腫れたが高じると、相手が自分の願望と何か違うことがあると、ねたんだり、所有物化したり、偶像化してしまったりといった、間違いを起こしてしまう。
しかし、天の御国における男女のカップルとは、1節にあるとおり、兄弟姉妹のような姿が、望ましい。
主にある姉妹姉妹が、同じ御言葉の乳を吸って、2節にある通り、同じ家、同じ教会の庭から、同じ食物、同じぶどう酒をいただき、同じイエス様の血潮に預かっているのが、良い関係である。このような夫婦は「ガラスのような美しくも脆い」というものではなく、絆が強い。
 
さらに5節では、男女がますます親密に、一体になっていく様がある。
Son 8:5a  自分の愛する者によりかかって、荒野から上って来る者はだれですか。
ここは、花婿でも花嫁でもなく、第三者の質問である。
彼女は、自分の愛する者に寄りかかって、荒野から登ってきている。
3章の6節でも、「没薬、乳香など、商人のもろもろの香料をもって、かおりを放ち、煙の柱のように、荒野から上って来るものは何か。」とあった。その3章では、新郎が結婚式の時にお迎えに来るみこしに乗ってきて、その時は互いに1人であったが、8:5では、もはや彼女は一人ではない。自分の愛する方によりかかって、愛する男性といつも行動を共にしている。
Son 8:5b りんごの木の下で、わたしはあなたを呼びさました(עוּר ウールwake)。あなたの母上は、かしこで、あなたのために産みの苦しみをなし、あなたの産んだ者が、かしこで産みの苦しみをした。
ここで、りんごの木の下であなたの目をさまさせたとある。
2章3節では、私は愛する方をりんごの木に見立てて、私はその、りんごの木の下に座りたい、その陰に覆われたい、と切に望んだ。その味は私に甘い、と。
ところが8章では、彼女の念願のりんごの木に覆われ、すなわち、男性にくるまれている状態で、その愛する方の目を覚まさせた、とある。
そこは、「あなたの母が産みの苦しみをしたところ」と言っている。
どういう状況か。
彼女は、りんごの木の下、すなわち、男性に覆われた状況。
「呼び覚ました」のヘブライ語はעוּר ウール、立つ、興奮する、の、ピエル態(Piel):強意(断じて*する)・使役(*させる)。
彼をふるい立たせたそこは、母が、産みの苦しみをする所。そこは、いのちを生み出す場所。
まとめると、女性は男性に男性に覆われている中、彼女は男性を奮い立たせた。女性が、いのちを生み出す場所の中で。
章を追うごとに、雅歌書の夫婦の関係がどんどん成熟していく。世の中では、結婚した日が1番てっぺんで、それからは、坂道を下っていくが如く、のような言い方があるが、神の国においては、その逆である。
男女関係を、何か、夢見心地の、ほわほわしたものとしている限りでは、成熟はない。むしろ、落ち着きがなく、ジェットコースターのように上行繰り返すものである。
夢の世界の王子様のように、わたしが寝ている間に帰ってきて起こしたりはしない、怒ったり厳しい事を言ったりしない、といった幻想を求めていたら、いつまでも成長はしない。
しかし彼女は、ある時、兄弟姉妹のように、戒められ、それを受け入れた時、それがきっかけで、さらに関係が深まった。主にある兄弟姉妹としての関係であるなら、互いが、同じ御言葉の乳を味わい、同じ教会という庭から取れる、同じ霊の食物をいただいて、同じ命を共有する。
世の中の夫婦でも、同じ趣味、同じ価値観を持っている夫婦は絆が強いが、最も強い絆は、同じ御言葉、同じ霊の食物、同じイエスの血潮というぶどう酒、それを共有することこそ、最強の結びの帯となる。
6節と7節。
Son 8:6 わたしをあなたの心に置いて印のようにし、あなたの腕に置いて印のようにしてください。愛は死のように強く、ねたみは墓のように残酷だからです。そのきらめきは火のきらめき、最もはげしい炎です。
Son 8:7 愛は大水も消すことができない、洪水もおぼれさせることができない。もし人がその家の財産をことごとく与えて、愛に換えようとするならば、いたくいやしめられるでしょう。
男女の愛は激しい時、洪水も流すことができないほど強い時は、あるかもしれない。しかし、完全ではない。時間が経って、色々飽きてしまうと、ちょっとしたさざ波が来るだけで、崩れてしまう。
しかし主の愛は何よりも強い。
私を封印のように、愛する方の心臓の上につけてください。それは、全て女性にとっての願いであろう。仕事場でも、どこでも、あなたの心に、いつでも私が刻まれた状態でありますように、と。
世の中の男性は、それが完璧にはできないかもしれない。
しかし、私たちのまことの夫であるイエス・キリストは、それをまさに、して下さった。
イエス様は私たちを、手のひらに刻み付けた。
イザヤ49章14節から16節。
49:14 しかしシオンは言った、「主はわたしを捨て、主はわたしを忘れられた」と。
49:15 「女がその乳のみ子を忘れて、その腹の子を、あわれまないようなことがあろうか。たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはない。
49:16 見よ、わたしは、たなごころにあなたを彫り刻んだ。あなたの石がきは常にわが前にある。
イエス様は、たとえ女が子を忘れようとも、決して忘れない。なぜなら今、イエス様の手のひらには、私達が刻まれているから。そのふところに、脇のところにも、私達が刻みつけられている。
世の女性が、自分の赤ちゃんを忘れようとも、私は決してあなたを忘れない、なぜなら私には、あなたが刻まれているからだ、とイエス様は言っている。
そのイエス様の愛は、洪水も、すなわち、死のさばきの水も、押し流すことができない。
Rom 8:38  わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、Rom 8:39  高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。
人が愛を得ようとして財産をことごとくなげうっても、さげすみしか得られない。愛とは、そういうものである。
魔術師シモンは、手をおけばだれでも聖霊が与えられる力を、ペテロに金を出して買おうとしたが(使徒8:9-24)、しかし神の子としての特権は、お金でやり取りするものではなく、愛の関係に入るかどうかの問題である。
彼のように、力だけがほしい、その力を行使して人々をびっくりさせたい、といった、不純な動機からは、ただのさげすみしか得られないのだ。
世の中の宗教では、お金を払えばより高度のお祓いとか、守りとか、繁盛を買った気になれるが、神の国はお金のやり取りではなく、愛をささげるかどうかである。
確かに天において私たちはキリストと顔と顔と交えて愛の関係に入るようになるが、この地上での歩は、その成熟に至るための訓練である。ある人は、どんどんイエスとの愛の関係が深まっていくが、別の人は、全然イエス様と親密になっていけない、と言う違いは、確かに起こる。
イエス様が好きな性質を、身につける、イエス様が嫌いなことを排除する事は、唯一、この地上でのみできる。この地上は、キリストのために、キリストの好む者となるために、整えるための時間が与えられた、唯一の場所である。
イエス様との関係は、御言葉によって構築していくもので、ドラマのような男女のほわほわした感覚で進めていく関係ではない。自分の気分いかんで、ほわほわとして、今日は気分が乗っているから愛して、今日は愛する気が無くて、と言ったような「気分」による関係ではない。
御言葉から本当に私は戒められた、御言葉がこうだから、こうしなさいというのがわかった、といったように、ホワホワの有る無しにかかわらず、意思決定によって御言葉の基準に歩む道を選び続ける歩み方なのだ。
自分の気分いかんによって愛したり朝なかったり、しなさいと言われることを守り行ったり行ったり、と言うことでは、家様との愛の関係は成り立たない。これは夫婦関係もそうであるし、イエス様との関係もそうだ。
夫との約束、イエス様との約束、すなわち「契約」だから、私はこれを選ぶ、と言う歩みをし続けていくなら、ほんとにこの雅歌書のように成熟した、麗しい関係となっていく。
未熟な男女は、ほわほわした気持ちが湧き起こったら、好きになって、ご馳走作ったり、言うことを聞いたり、でもふわふわした気持ちがなくなったら、気持ちも冷めて、ご馳走も作らない、ということになりがちである。
エロースの愛は、エゴイスティックな愛である。
愛する人を独占するために、なめらかな言葉を話したり、可愛らしい仕草をしたり、好きなものを作ったりして、チャンスを得ようとするが、それは自分の利益のためにしてるのであって、家庭を建て上げて行こうという、責任を伴った愛が、無い。エロースの愛は、そういった「責任」を、面倒くさいという。だから、性関係を持っても、子供ができたら、堕ろそう、という事になる。
イエス様との愛の関係は、たとえ気分が良くても悪くても、主がするなと言う事はしない、しなさいと言う事は、気分が悪くてもする、それによって正しい関係が成り立つ。
そしてイエス様の側の愛は、決して変わらない、完璧な愛。
主にあるまことの夫婦関係は、御言葉の乳に養われ、イエス様の血潮で清められ、御言葉にこうあるから、守り服従していこう、という、決して揺るがされない土台に建てられた関係である。
それをするなら、どんどん親密になり、大水が来ても、決して流されることがなくなっていく。
岩なるキリストの愛にしっかりと根ざし、雅歌の夫婦のように、相手との愛の関係も、キリストとの愛の関係も、さらに熱く、深く、強くなっていく皆さんでありますように、イエス様のお名前によって祝福します!
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