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メッセージ - 礼拝メッセージ説教音声配信カテゴリのエントリ

前代未聞の好待遇を受けた祭司エホヤダと、前代未聞の悪待遇を受けたヨアシュ王(2歴代誌24:15-27)
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24:15 しかしエホヤダは年老い、日が満ちて死んだ。その死んだ時は百三十歳であった。
24:16 人々は彼をダビデの町で王たちの中に葬った。彼はイスラエルにおいて神とその宮とに良い事を行ったからである。

この祭司エホヤダ、主に従わない者達が権威を取り、王家の血筋もあやうく根絶やしにされそうになり、霊的混沌となってしまった王国を立て直し、主の宮を再建し、寿命尽きる時までイスラエルを霊的に指導した、偉大な祭司エホヤダは「日が満ちて死んだ」。
この「日が満ちて死んだ」はヘブライ語でワイスバ・ヤミーム、素晴らしい宴会に敬意をもって招待されるニュアンスがある。
彼はダビデの町で、王達と共に葬られた。未だかつてなかった素晴らしい待遇である。
彼はまさに、そうされるに相応しかった。

こうしてエホヤダが霊的に立て直した健全な状態は、残念ながら、速やかに踏みにじられてしまう。

24:17 エホヤダの死んだ後、ユダのつかさたちが来て、うやうやしく王に敬意を表した。王は彼らに聞き従った。
24:18 彼らはその先祖の神、主の宮を捨てて、アシラ像および偶像に仕えたので、そのとがのために、怒りがユダとエルサレムに臨んだ。

エホヤダ以前の罪深い時代、罪の飲み食いと肉欲の楽しみを覚えていたユダのつかさ達は、エホヤダが死んだと同時に、うやうやしくヨアシュ王に敬意を表し、ヨアシュ王は彼らのいうことに耳を傾け、主から離れ、偶像をイスラエルに持ち込んでしまったのだ。

素晴らしい霊的指導者がいなくなった途端に、それまでずっと抑えてきた罪と肉の欲望を発散させ、せっかく長年霊的な指導を受けて来たにもかかわらず、それら全てを覆すような事をする人はいる。
彼らに対しては、主からの災いによる報いが待っているが、次のような人は要注意である。すなわち、表向きは善良な礼拝者を装ってはいても、普段から霊的指導者をうるさく思い、その指導する人が遠出したり、忙しくしたりしていると、なまけぐせが顔を出して、手抜きをしたり、威張り散らしたり、仲間を打ち叩いたりしてしまう人は。

24:19 主は彼らをご自分に引き返そうとして、預言者たちをつかわし、彼らにむかってあかしをさせられたが、耳を傾けなかった。

24:20 そこで神の霊が祭司エホヤダの子ゼカリヤに臨んだので、彼は民の前に立ち上がって言った、「神はこう仰せられる、『あなたがたが主の戒めを犯して、災を招くのはどういうわけであるか。あなたがたが主を捨てたために、主もあなたがたを捨てられたのである』」。
24:21 しかし人々は彼を害しようと計り、王の命によって、石をもって彼を主の宮の庭で撃ち殺した。

あろうことか、あの大きな恩のあるエホヤダの子、ザカリヤさえも、ヨアシュ王は石で撃ち殺す命令をくだしてしまったのだ。
ヨアシュはおよそ40年もの間、表向き偽りの礼拝生活を送って来ていたという事だ。

ヘブル4:2 というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。
4:3 ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。それは、/「わたしが怒って、/彼らをわたしの安息に、はいらせることはしないと、/誓ったように」/と言われているとおりである。しかも、みわざは世の初めに、でき上がっていた。

ヨアシュ王は結局、40年受けていた指導の御言葉に、ずっと信仰を混ぜあわせる事をせず、口うるさい戒めとして我慢しながら従っていたのだろう。

24:22 このようにヨアシ王はゼカリヤの父エホヤダが自分に施した恵みを思わず、その子を殺した。ゼカリヤは死ぬ時、「どうぞ主がこれをみそなわして罰せられるように」と言った。

主は、全て義人が流してきた血がそのまま虚しく地に落ちるような事はされない。必ず報いをされるお方である。(黙示録6:9-11)
当時の南ユダ王国とヨアシュ王に対するさばきは、速やかに来た。

24:23 年の終りになって、スリヤの軍勢はヨアシにむかって攻め上り、ユダとエルサレムに来て、民のつかさたちをことごとく民のうちから滅ぼし、そのぶんどり物を皆ダマスコの王に送った。
24:24 この時スリヤの軍勢は少数で来たのであるが、主は大軍を彼らの手に渡された。これは彼らがその先祖の神、主を捨てたためである。このように彼らはヨアシを罰した。

わずかな軍勢により、ユダは大損害を受けた。そして、ヨアシュを惑わし、ゼカリヤを殺した民のつかさ達は、速やかにことごとく滅ぼされた。
また、ヨアシュ自身も大怪我を負わされた。

24:25 スリヤ軍はヨアシに大傷を負わせて捨て去ったが、ヨアシの家来たちは祭司エホヤダの子の血のために、党を結んで彼にそむき、彼を床の上に殺して、死なせた。人々は彼をダビデの町に葬ったが、王の墓には葬らなかった。

イスラエルに大きな功労を立てた大祭司エホヤダは王の墓に葬られた。それは前代未聞の待遇である。
しかしヨアシュに対しては謀反が起こり、しかも病の床の上で殺され、王の墓から外された。これもまた、王の死に方としては前代未聞である。
神の国とは、そういうものである。

ヨアシュにはアハブとイゼベルの血も流れているが、やはり血は争えないのだろうか。
確かに人は、親から受け継いだ血も、肉欲も、あるいは人によって意図的に操作されて育ってしまった自分の性格も、自分ではどうしようもない。
しかし、キリストにあっては、大きな希望がある。

ヨハネ1:12 しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
1:13 それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。

あらゆる病、貧困、死、全てサタンに属するものを打ち砕く主(ヨハネ11:20)
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11:20 マルタはイエスがこられたと聞いて、出迎えに行ったが、マリヤは家ですわっていた。
11:21 マルタはイエスに言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう。
11:22 しかし、あなたがどんなことをお願いになっても、神はかなえて下さることを、わたしは今でも存じています」。
11:23 イエスはマルタに言われた、「あなたの兄弟はよみがえるであろう」。
11:24 マルタは言った、「終りの日のよみがえりの時よみがえることは、存じています」。
11:25 イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。
11:26 また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」。
11:27 マルタはイエスに言った、「主よ、信じます。あなたがこの世にきたるべきキリスト、神の御子であると信じております」。

マルタは、イエス様が生ける神の御子、キリストである事を信仰告白した。
信じる者に、主はその栄光を豊かにあらわしてくださる。
それも、死をよみがえらせるしるしである。

11:28 マルタはこう言ってから、帰って姉妹のマリヤを呼び、「先生がおいでになって、あなたを呼んでおられます」と小声で言った。
11:29 これを聞いたマリヤはすぐに立ち上がって、イエスのもとに行った。
11:30 イエスはまだ村に、はいってこられず、マルタがお迎えしたその場所におられた。
11:31 マリヤと一緒に家にいて彼女を慰めていたユダヤ人たちは、マリヤが急いで立ち上がって出て行くのを見て、彼女は墓に泣きに行くのであろうと思い、そのあとからついて行った。
11:32 マリヤは、イエスのおられる所に行ってお目にかかり、その足もとにひれ伏して言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう」。
11:33 イエスは、彼女が泣き、また、彼女と一緒にきたユダヤ人たちも泣いているのをごらんになり、激しく感動し、また心を騒がせ、そして言われた、
11:34 「彼をどこに置いたのか」。彼らはイエスに言った、「主よ、きて、ごらん下さい」。
11:35 イエスは涙を流された。
11:36 するとユダヤ人たちは言った、「ああ、なんと彼を愛しておられたことか」。
11:37 しかし、彼らのある人たちは言った、「あの盲人の目をあけたこの人でも、ラザロを死なせないようには、できなかったのか」。
11:38 イエスはまた激しく感動して、墓にはいられた。それは洞穴であって、そこに石がはめてあった。

イエス様は、涙を流された。それは、ラザロが死んで悲しいからではない。
イエス様はラザロが死んだ、という事を、はっきりとおっしゃった。確かにイエス様が、ラザロが生きている間にラザロの所に会いに来て、病をいやす事はおできになったが、この度は、意図的に、死んだ後に来られたのだ。
なぜ、敢えてそのようにするのか。この病の苦しみ、死ぬほどの苦しみに遭わせないでくだされば良いのに、と人は思う。
しかし、それを敢えてされた理由は、次の言葉に示されている。

11:4 「この病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって栄光を受けるためのものである」。
・・・
11:14 するとイエスは、あからさまに彼らに言われた、「ラザロは死んだのだ。
11:15 そして、わたしがそこにいあわせなかったことを、あなたがたのために喜ぶ。それは、あなたがたが信じるようになるためである。では、彼のところに行こう」。
全ての病、死、それら、サタンに由来するものは、主を信じる時、神の栄光・イエス様の栄光へと変換されるのだ。

イエス様が涙を流されたのは、「彼女が泣き、また、彼女と一緒にきたユダヤ人たちも泣いているのをごらんに」なられたからだ。
人が病に、死に、サタンにいいようにされ、為す術もなく、ただ泣くしかない状況に。
イエス様は人に涙を流させる全てのものに対して憤りを覚え、人の目から涙を拭い去って下さる。

11:39 イエスは言われた、「石を取りのけなさい」。死んだラザロの姉妹マルタが言った、「主よ、もう臭くなっております。四日もたっていますから」。
11:40 イエスは彼女に言われた、「もし信じるなら神の栄光を見るであろうと、あなたに言ったではないか」。

腐っている死体が入った墓の墓石を取り除くのは誰もしたくはない事だが、しかし主はよみがえりであり、いのちである。
私達も、イエス様がよみがえりであり、いのちである事を信じ、取り除きたくない墓石を、取り除くなら、主の栄光を見ることができる。

11:41 人々は石を取りのけた。すると、イエスは目を天にむけて言われた、「父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します。
11:42 あなたがいつでもわたしの願いを聞きいれて下さることを、よく知っています。しかし、こう申しますのは、そばに立っている人々に、あなたがわたしをつかわされたことを、信じさせるためであります」。

イエス様のこの祈りは、プライベートな、神との一対一の祈りではない。
人々が信じるために、あえて祈ったのである。

11:43 こう言いながら、大声で「ラザロよ、出てきなさい」と呼ばわれた。
11:44 すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。イエスは人々に言われた、「彼をほどいてやって、帰らせなさい」。
11:45 マリヤのところにきて、イエスのなさったことを見た多くのユダヤ人たちは、イエスを信じた。

多くの人々が、イエス様を信じた。
全ての奇跡は、イエス様の栄光のためにであり、そして、イエス様こそが、人の死の縄目を砕いてくださるお方であると信じるようになるためである。
そう、イエス様はあらゆる病、貧困、死、全てサタンに属するものを、打ち砕いて、私達の涙を拭い去り、永遠のいのちを与えて下さるお方である。

ことばのとどろきの中でも守られ恩恵を受ける人(ハガイ2:6-9)
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ハガイ2:6 万軍の主はこう言われる、しばらくして、いま一度、わたしは天と、地と、海と、かわいた地とを震う。
2:7 わたしはまた万国民を震う。万国民の財宝は、はいって来て、わたしは栄光をこの家に満たすと、万軍の主は言われる。
2:8 銀はわたしのもの、金もわたしのものであると、万軍の主は言われる。
2:9 主の家の後の栄光は、前の栄光よりも大きいと、万軍の主は言われる。わたしはこの所に繁栄を与えると、万軍の主は言われる』」。

ヘブル12:18 あなたがたが近づいているのは、手で触れることができ、火が燃え、黒雲や暗やみやあらしにつつまれ、
12:19 また、ラッパの響や、聞いた者たちがそれ以上、耳にしたくないと願ったような言葉がひびいてきた山ではない。
12:20 そこでは、彼らは、「けものであっても、山に触れたら、石で打ち殺されてしまえ」という命令の言葉に、耐えることができなかったのである。
12:21 その光景が恐ろしかったのでモーセさえも、「わたしは恐ろしさのあまり、おののいている」と言ったほどである。
12:22 しかしあなたがたが近づいているのは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の天使の祝会、
12:23 天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者なる神、全うされた義人の霊、
12:24 新しい契約の仲保者イエス、ならびに、アベルの血よりも力強く語るそそがれた血である。

出エジプト記12:12 その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。わたしは主である。
12:13 その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。
12:14 この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。

詩篇114:1 イスラエルがエジプトをいで、ヤコブの家が異言の民を離れたとき、
114:2 ユダは主の聖所となり、イスラエルは主の所領となった。
114:3 海はこれを見て逃げ、ヨルダンはうしろに退き、
114:4 山は雄羊のように踊り、小山は小羊のように踊った。
114:5 海よ、おまえはどうして逃げるのか、ヨルダンよ、おまえはどうしてうしろに退くのか。
114:6 山よ、おまえたちはどうして雄羊のように踊るのか、小山よ、おまえたちはどうして小羊のように踊るのか。
114:7 地よ、主のみ前におののけ、ヤコブの神のみ前におののけ。
114:8 主は岩を池に変らせ、石を泉に変らせられた。

ヘブル12:25 あなたがたは、語っておられるかたを拒むことがないように、注意しなさい。もし地上で御旨を告げた者を拒んだ人々が、罰をのがれることができなかったなら、天から告げ示すかたを退けるわたしたちは、なおさらそうなるのではないか。
12:26 あの時には、御声が地を震わせた。しかし今は、約束して言われた、「わたしはもう一度、地ばかりでなく天をも震わそう」。
12:27 この「もう一度」という言葉は、震われないものが残るために、震われるものが、造られたものとして取り除かれることを示している。
12:28 このように、わたしたちは震われない国を受けているのだから、感謝をしようではないか。そして感謝しつつ、恐れかしこみ、神に喜ばれるように、仕えていこう。
12:29 わたしたちの神は、実に、焼きつくす火である。

出エジプト記19:16 三日目の朝となって、かみなりと、いなずまと厚い雲とが、山の上にあり、ラッパの音が、はなはだ高く響いたので、宿営におる民はみな震えた。
19:17 モーセが民を神に会わせるために、宿営から導き出したので、彼らは山のふもとに立った。
19:18 シナイ山は全山煙った。主が火のなかにあって、その上に下られたからである。その煙は、かまどの煙のように立ち上り、全山はげしく震えた。
19:19 ラッパの音が、いよいよ高くなったとき、モーセは語り、神は、かみなりをもって、彼に答えられた。
19:20 主はシナイ山の頂に下られた。そして主がモーセを山の頂に召されたので、モーセは登った。
19:21 主はモーセに言われた、「下って行って民を戒めなさい。民が押し破って、主のところにきて、見ようとし、多くのものが死ぬことのないようにするためである。
19:22 主に近づく祭司たちにもまた、その身をきよめさせなさい。主が彼らを打つことのないようにするためである」。
19:23 モーセは主に言った、「民はシナイ山に登ることはできないでしょう。あなたがわたしたちを戒めて『山のまわりに境を設け、それをきよめよ』と言われたからです」。
19:24 主は彼に言われた、「行け、下れ。そしてあなたはアロンと共に登ってきなさい。ただし、祭司たちと民とが、押し破って主のところに登ることのないようにしなさい。主が彼らを打つことのないようにするためである」。
19:25 モーセは民の所に下って行って彼らに告げた。

出エジプト記のキアズムは、最初は民の叫びが主の耳に届いた所から始まり、その終わりは、礼拝場所すなわち幕屋建設が完了し、栄光の雲が満ち溢れた所で終わる。
その間に、ほふられた子羊の血による贖いがあり、また、シナイ山における主の顕現がある。
黒雲の闇の中、あちらこちらで稲妻と角笛が鳴り響き、山の上に主が火の中に降りて来られた様にイスラエルの民は震えおののいたが、自らを血潮で清める者は、恐れる必要はない。しかし、不遜にも御言葉を破り、きよめも資格も無い者が超えて来るなら、その者は裁きに耐えられない。

結論。
主の御言葉を守り行う人、イエス様の血潮の守りの内にいる人は、ハガイ書の言葉の通り、全世界が揺り動かされる時、揺り動かされる側ではなく、揺り動かしによってもらされる良いものを受ける側である。

ハガイ2:6 万軍の主はこう言われる、しばらくして、いま一度、わたしは天と、地と、海と、かわいた地とを震う。
2:7 わたしはまた万国民を震う。万国民の財宝は、はいって来て、わたしは栄光をこの家に満たすと、万軍の主は言われる。
2:8 銀はわたしのもの、金もわたしのものであると、万軍の主は言われる。
2:9 主の家の後の栄光は、前の栄光よりも大きいと、万軍の主は言われる。わたしはこの所に繁栄を与えると、万軍の主は言われる』」。

しかし、主の御言葉を破る者、イエス様の贖いを軽んじる者は、揺り動かされ、その裁きに耐えられない者である。

第一礼拝 本来あるべき礼拝の回復(ハガイ2:1-9)
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週報/メッセージ(説教)概要

第二礼拝 「言葉の振動が起こす奇跡(詩篇19篇)」 賛美集会〜第二礼拝 Youtube動画

 最近、講解説教や出張先などでハガイ書の御言葉が再び頻繁に示されるようになって来た。ハガイ書は天声教会開拓の根拠となった御言葉である。ハガイ書の主要テーマは「神殿を再建せよ」という命令であるので、与えられた当初は、新しい会堂を建てる事だと思っていたが、御心を求めて行く内に、「本来あるべき礼拝を回復せよ」という事だと分かってきた。本来あるべき礼拝とは、何だろう。今回詳しく学びたい。

キリストの福音はユダヤ人から始まった故に、初代教会は、ヘブライ思考に基づいた礼拝をしていた。
ヘブライ思考は徹底した「御言葉中心」で、礼拝では御言葉をそのまま朗読し御言葉そのままを暗唱した。
それで初代教会は、主日ごとに会合を開いて礼拝をする時、旧約聖書や使徒の書簡を「そのまま」朗読し、説教とした。ユダヤでは今でもそうだが、教会の「説教」に相当するものは、全部「御言葉の朗読」で、人間による解釈は一切混ぜ込まず、また、彼らの祈りも、詩篇など「御言葉そのまま」を祈りの言葉としていた。
「御言葉そのまま」を聞いた会衆一同は、各自が御言葉そのものから働く聖霊に心動かされ、各々に必要な慰めや指導や訓戒など、各々に違った特有の養いを、聖霊から受けていた。これを「聖霊牧会」という。
神が求められる礼拝は、聖霊と御言葉による礼拝である。『まことの礼拝をする者達が、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。』(ヨハネ4:23-24)
これは、あるサマリヤの女に対してイエス様が語られた言葉である。彼女は結婚に5回も失敗し、現在6人目の男性と同棲し、人目を避けて暮らしてたが、それでも真理を求めていた。彼女は自分の先祖はヤコブであると主張し、ヤコブの井戸から先祖代々飲んできた事を誇りにしていた。彼女が話している人が預言者だと感じた時、真っ先に尋ねたのは、礼拝についてだった。どの場所で、どのように礼拝するべきか。
イエス様は言われた。父なる神が求めておられるのは、霊とまこと(真理)によって礼拝する礼拝者だ、と。
すなわち、御言葉そのものから聖霊に導かれる礼拝者である。聖霊牧会こそ、本来あるべき礼拝の姿だ。
彼女は、メシヤが来られる時には全てを教えて下さると言った。彼女は日頃、メシヤを待望していたのだ。
彼女がこのような志を、日頃から持っていたから、主は彼女に会うためにわざわざサマリヤに来て、あの井戸で待っておられたのである。私達も、いかに罪と弱さを持っていたとしても、日頃から彼女のように真理を求める心を持ち、メシヤなるキリストの待望を待ち望んでいるなら、主がわざわざ会いに来て下さるのだ。

ハガイの時代は、バビロン捕囚の後、イスラエルの民がエルサレムへ戻って来た時だ。彼らは自分の家・生活・経済を良くしようと走り回ったが、神殿は廃墟のままだった。結果、働けど働けど、暮らしはなお楽にならなかった。多く蒔いても取入れは少なく、飲んで食べても満たされず、穴のあいた財布にかきこみ入れているように、生活は慌ただしく、実り少なく、貧しいままだった。(ハガイ1:4-11) 礼拝が荒れ果てた状態で生活や外面を立派にしようと頑張っても、虚しく終わる事は、法則である。私達が本来の礼拝を回復し、神の国とその義をまず第一に求めるなら、必要なモノ、事、人のほうが、私達を追いかけて来るのだ。
『あなたがた残りの者のうち、以前の栄光に輝く主の家を見た者はだれか。あなたがたは今、この状態をどう思うか。これはあなたがたの目には、無にひとしいではないか。』(ハガイ2:3)
捕囚前の神殿を知っていた老人達は、新しく建てられた神殿を見た時、無いにも等しく見えて、泣いた。
彼らは、外面的に豪華だった神殿が破壊され、今の神殿にはその外面的な栄光が無い事で泣いたが、神殿の栄光とは、教会の栄光とは何か。神殿や教会は、主を礼拝をする所であって、建物や器物など人・モノ・仕組みの素晴らしさを見物しに来る所ではない。神殿や教会の栄光とは、礼拝されるべきお方・主の栄光であり、その栄光の主を仰ぎ、ひれ伏す所が教会なのだ。初代教会は迫害の時代にあり、家々の中で密かに、小さく礼拝を行っていたが、主の栄光は豊かに現れ、速やかに多くの人々が救われて行った。
主は、礼拝者の心を見られ、その心が主に対して真実でまっすぐであるなら、主はその集い(エクレシア:教会)を「以前の栄光にも勝る」ようにされるのだ。結局、主の栄光は、外面的にきらびやかに飾った所よりも、主に対する愛と純粋さ、主に対する従順や服従を持っている群れにこそ、現れるのだ。
御言葉なるキリストを純粋に求め、聖霊に牧会され、主の栄光に満ち満ちた集いとなりますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

誰々が生きている間だけ主に仕える者でなく「私が生きている間」主に仕えるべき私達(2歴代誌24:1-14)
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2歴代誌24:1 ヨアシは位についた時七歳で、エルサレムで四十年の間、世を治めた。彼の母はベエルシバから出た者で名をヂビアといった。
24:2 ヨアシは祭司エホヤダの世にある日の間は常に主の良しと見られることを行った。
24:3 エホヤダは彼のためにふたりの妻をめとり、彼に男子と女子が生れた。

主は、主の宮で7歳まで育ったヨアシュを通して、堕落しきってしまった南ユダ王国を刷新しようとされた。
しかし、ヨアシュが主の良しと見られることを行ったのは「祭司エホヤダの世にある日の間」だけであった。

24:4 この後ヨアシは主の宮を修繕しようと志して、
24:5 祭司とレビびとを集めて言った、「ユダの町々へ行って、あなたがたの神の宮を年々修繕する資金をすべてのイスラエルびとから集めなさい。その事を急いでしなさい」。ところがレビびとはこれを急いでしなかった。

彼が主に良い事を行った、その内容は、神殿の回復だった。
2歴代誌24:7 かの悪い女アタリヤの子らが神の宮に侵入して主の宮のもろもろの奉納物をとり、バアルのために用いたからである。

レビ人が「急いでしなかった」理由は、列王記に記されている。

2列王記12:4 ヨアシは祭司たちに言った、「すべて主の宮に聖別してささげる銀、すなわちおのおのが課せられて、割当にしたがって人々の出す銀、および人々が心から願って主の宮の持ってくる銀は、
12:5 これを祭司たちがおのおのその知る人から受け取り、どこでも主の宮に破れの見える時は、それをもってその破れを繕わなければならない」。
12:6 ところがヨアシ王の二十三年に至るまで、祭司たちは主の宮の破れを繕わなかった。
12:7 それで、ヨアシ王は祭司エホヤダおよび他の祭司たちを召して言った、「なぜ、あなたがたは主の宮の破れを繕わないのか。あなたがたはもはや知人から銀を受けてはならない。主の宮の破れを繕うためにそれを渡しなさい」。
12:8 祭司たちは重ねて民から銀を受けない事と、主の宮の破れを繕わない事とに同意した。

つまり、祭司は人々から銀を受け取っても、それを主の宮の修繕に用いることをしない事を、王の二十三年に至るまで続けていたのである。
アタルヤやその前の悪い王の時代が続いたので、祭司やレビ人が極貧状態にあったのか、それとも単に横領したのかは分からないが、ともかく受け取った銀を懐に入れてしまう事を、続けたのだ。

そんな事では、いつまでも極貧状態からは抜け出せない。
主の宮が、すなわち、礼拝が破綻したままの状態では、何をしても栄えない。
ハガイ書に書いてある通りである。

ハガイ1:4 「主の家はこのように荒れはてているのに、あなたがたは、みずから板で張った家に住んでいる時であろうか。
1:5 それで今、万軍の主はこう言われる、あなたがたは自分のなすべきことをよく考えるがよい。
1:6 あなたがたは多くまいても、取入れは少なく、食べても、飽きることはない。飲んでも、満たされない。着ても、暖まらない。賃銀を得ても、これを破れた袋に入れているようなものである。
1:7 万軍の主はこう言われる、あなたがたは、自分のなすべきことを考えるがよい。
1:8 山に登り、木を持ってきて主の家を建てよ。そうすればわたしはこれを喜び、かつ栄光のうちに現れると主は言われる。
1:9 あなたがたは多くを望んだが、見よ、それは少なかった。あなたがたが家に持ってきたとき、わたしはそれを吹き払った。これは何ゆえであるかと、万軍の主は言われる。これはわたしの家が荒れはてているのに、あなたがたは、おのおの自分の家の事だけに、忙しくしている。
1:10 それゆえ、あなたがたの上の天は露をさし止め、地はその産物をさし止めた。
1:11 また、わたしは地にも、山にも、穀物にも、新しい酒にも、油にも、地に生じるものにも、人間にも、家畜にも、手で作るすべての作物にも、ひでりを呼び寄せた」。

私たちの中の、主を礼拝する心は破綻していないだろうか。破綻したままで、板張りの家に住もうとしていないだろうか。
それでは、稼いでも稼いでも、穴のあいた財布に入れるかのように出費がかさみ、満足いく衣食住が備えられず、何をしても栄えないのだ。
しかし、主を敬う心をもって礼拝を建てなおすなら、主はその時以来、祝福を命じられる。

ハガイ2:15 今、あなたがたはこの日から、後の事を思うがよい。主の宮で石の上に石が積まれなかった前、あなたがたは、どんなであったか。
2:16 あの時には、二十枡の麦の積まれる所に行ったが、わずかに十枡を得、また五十桶をくもうとして、酒ぶねに行ったが、二十桶を得たのみであった。
2:17 わたしは立ち枯れと、腐り穂と、ひょうをもってあなたがたと、あなたがたのすべての手のわざを撃った。しかし、あなたがたは、わたしに帰らなかったと主は言われる。
2:18 あなたがたはこの日より後、すなわち、九月二十四日よりの事を思うがよい。また主の宮の基をすえた日から後の事を心にとめるがよい。
2:19 種はなお、納屋にあるか。ぶどうの木、いちじくの木、ざくろの木、オリブの木もまだ実を結ばない。しかし、わたしはこの日から、あなたがたに恵みを与える」。

いつまでも主の宮が再建される事が遅れるので、ヨアシュはその事を指摘する。

2歴代誌24:6 それで王はかしらであるエホヤダを召して言った、「あなたはなぜレビびとに求めて、主のしもべモーセがあかしの幕屋のためにイスラエルの会衆に課した税金をユダとエルサレムから取り立てさせないのか」。

主はなぜ、モーセの時代に「税金」を定めたのか。
その重要な理由が出エジプト記に書いてある。

出エジプト記30:12 「あなたがイスラエルの人々の数の総計をとるに当り、おのおのその数えられる時、その命のあがないを主にささげなければならない。これは数えられる時、彼らのうちに災の起らないためである。
30:13 すべて数に入る者は聖所のシケルで、半シケルを払わなければならない。一シケルは二十ゲラであって、おのおの半シケルを主にささげ物としなければならない。
30:14 すべて数に入る二十歳以上の者は、主にささげ物をしなければならない。
30:15 あなたがたの命をあがなうために、主にささげ物をする時、富める者も半シケルより多く出してはならず、貧しい者もそれより少なく出してはならない。
30:16 あなたはイスラエルの人々から、あがないの銀を取って、これを会見の幕屋の用に当てなければならない。これは主の前にイスラエルの人々のため記念となって、あなたがたの命をあがなうであろう」。

ここを見ると、これは単なる「税金」ではなく、「贖い」である事が分かる。
つまり、主の礼拝の用にもちいられるこの半シェケルは、自分自身を買い戻すための命のあがない銀であり、「彼らのうちに災の起らないため」である。
この、贖いの銀を支払ったからこそ、主はその「贖われた人」を災いから守り、祝福を注いで下さるのである。
それまで長らくイスラエルは災い続きだったのは、そのためだったのも理由の一つだろう。

24:8 そこで王は命じて一個の箱を造らせ、これを主の宮の門の外に置き、
24:9 ユダとエルサレムにふれて、神のしもべモーセが荒野でイスラエルに課した税金を主のために持ってこさせた。
24:10 すべてのつかさたちおよびすべての民は皆喜んでその税金を持って来て、その箱に投げ入れたので、ついに箱はいっぱいになった。
24:11 レビびとはその箱に金が多くあるのを見て、王の役人の所へ持って行くと、王の書記と祭司長の下役とが来て、その箱を傾け、これを取ってもとの所に返した。彼らは日々このようにして金をおびただしく集めた。
24:12 王とエホヤダはこれを主の宮の工事をなす者に渡し、石工および木工を雇って、主の宮を修繕させ、また鉄工および青銅工を雇って、主の宮を修復させた。
24:13 工人たちは働いたので、修復の工事は彼らの手によってはかどり、神の宮を、もとの状態に復し、これを堅固にした。
24:14 それをなし終ったとき、余った金を王とエホヤダの前に持って来たので、それをもって主の宮のために器物を造った。すなわち勤めの器、燔祭の器、香の皿、および金銀の器を造った。エホヤダの世にある日の間は、絶えず主の宮で燔祭をささげた。

ここでも「エホヤダの世にある日の間」という限定つきだが、ともかくしばらくの間、主の宮で絶えず全焼のいけにえが捧げられ続けた。
このように、主の宮が修復され、礼拝が回復する事を見る時、私達・主の民は、喜びが湧き起こってくる。
そこには主の祝福が待っているからだ。

私達は、「誰々が生きている間は、主に仕える」のではなく、「わたしは生きている間、主に仕える」者であるべきだ。

あの方は盛んになり、わたしは衰えなくてはならない(ヨハネ3:22-36)
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ヨハネ3:25 ところが、ヨハネの弟子たちとひとりのユダヤ人との間に、きよめのことで争論が起った。
3:26 そこで彼らはヨハネのところにきて言った、「先生、ごらん下さい。ヨルダンの向こうであなたと一緒にいたことがあり、そして、あなたがあかしをしておられたあのかたが、バプテスマを授けており、皆の者が、そのかたのところへ出かけています」。

ヨハネは何のためにバプテスマを授けていたか。それは、あの方すなわちキリストへと人々を導くためである。
キリストよりも自分を栄光化するために、「自分はキリストへと導く偉大な者だ」と大々的にアピールする過ちに陥る人がいるが、それは間違いである。キリストこそ、栄光を受け取るべきであり、私は彼を前にするなら低くならなくてはならない。

2コリント3:5 もちろん、自分自身で事を定める力が自分にある、と言うのではない。わたしたちのこうした力は、神からきている。
3:6 神はわたしたちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされたのである。それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者である。文字は人を殺し、霊は人を生かす。
3:7 もし石に彫りつけた文字による死の務が栄光のうちに行われ、そのためイスラエルの子らは、モーセの顔の消え去るべき栄光のゆえに、その顔を見つめることができなかったとすれば、
3:8 まして霊の務は、はるかに栄光あるものではなかろうか。

ヨハネ3:27 ヨハネは答えて言った、「人は天から与えられなければ、何ものも受けることはできない。
3:28 『わたしはキリストではなく、そのかたよりも先につかわされた者である』と言ったことをあかししてくれるのは、あなたがた自身である。

人がいま持っている能力、地位、性格、経済などは、全て、天から与えられたものである。
自分で努力して稼いだ、と思っていても、その健全な手足や知能、育てられた養育環境、影響を受けた人々、全て配置して下さったのは、神である。
だから何事かをした、と思って誇る事は出来ない。
バプテスマのヨハネは、生まれながら、いや、その父母が産まれるずっと前の、マラキの時代から既にその役割が天から与えられている。(マラキ4:5-6)
そしてヨハネの役割は、人を、キリストへと導く事である。

3:29 花嫁をもつ者は花婿である。花婿の友人は立って彼の声を聞き、その声を聞いて大いに喜ぶ。こうして、この喜びはわたしに満ち足りている。

ヨハネは自分を、花婿の友人の立ち位置になぞらえた。
花婿とはキリストである。
では、花嫁とは誰か?
キリストを信じた者達、すなわち、私達教会である。
だからヨハネは、キリストと、キリスト者達を見て、言った。

ヨハネ3:30 彼は必ず栄え、わたしは衰える。

私達キリスト者は、花嫁としてキリストに愛され、大切にされ、ますます清められている。

エペソ5:26 キリストがそうなさったのは、水で洗うことにより、言葉によって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、
5:27 また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清くて傷のない栄光の姿の教会を、ご自分に迎えるためである。

そして、キリストへと導いたバプテスマのヨハネよりも、偉大な者である。
ルカ7:28 あなたがたに言っておく。女の産んだ者の中で、ヨハネより大きい人物はいない。しかし、神の国で最も小さい者も、彼よりは大きい。

悪を取り除き御言葉を回復した祭司エホヤダ(2歴代誌23章)
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アタルヤというイゼベルの娘が、神の民イスラエルで好き放題の悪を行っている中、祭司エホヤダは、ダビデの血筋を王国に取り戻すために、一つ一つの手はずを御言葉に適った形で着実に進めて行っていた。

23:1 第七年になって、エホヤダは勇気をだしてエロハムの子アザリヤ、ヨハナンの子イシマエル、オベデの子アザリヤ、アダヤの子マアセヤ、ジクリの子エリシャパテなどの百人の長たちを招いて契約を結ばせた。
23:2 そこで彼らはユダを行きめぐって、ユダのすべての町からレビびとを集め、またイスラエルの氏族の長たちを集めて、エルサレムに来た。
23:3 そしてその会衆は皆神の宮で王と契約を結んだ。その時エホヤダは彼らに言った、「主がダビデの子孫のことについて言われたように、王の子が位につくべきです。

エホヤダが人々を集めた時、ダビデの子孫が王位につくべきだという事を真っ先に伝えた。
それがイスラエルの神・主の正統な契約だからだ。(2サムエル記7:12-16)

23:4 あなたがたのなすべき事はこれです。すなわちあなたがた祭司およびレビびとの安息日にはいって来る者の、三分の一は門を守る者となり、
23:5 三分の一は王の家におり、三分の一は礎の門におり、民は皆、主の宮の庭にいなさい。
23:6 祭司と、勤めをするレビびとのほかは、だれも主の宮に、はいってはならない。彼らは聖なる者であるから、はいることができる。民は皆、主の命令を守らなければならない。
23:7 レビびとはめいめい手に武器をとって王のまわりに立たなければならない。宮にはいる者をすべて殺しなさい。あなたがたは王がはいる時にも出る時にも、王と共にいなさい」。

エホヤダはさらに、この、一人残された王家の血を継ぐ子・ヨアシュが、王として立てられた時に為すべき段取りを、集めた人々に指示した。

23:8 そこでレビびとおよびユダの人々は、祭司エホヤダがすべて命じたように行い、めいめいその組の者で、安息日にはいって来るべき者と、安息日に出て行くべき者を率いていた。祭司エホヤダが組の者を去らせなかったからである。
23:9 また祭司エホヤダは、神の宮にあるダビデ王のやりおよび大盾、小盾を百人の長たちに渡し、
23:10 また王を守るために、すべての民にめいめい手に武器をとらせ、宮の南側から北側にわたって、祭壇と宮に沿って立たせた。
23:11 こうして王の子を連れ出して、これに冠をいただかせ、あかしの書を渡して王となし、エホヤダおよびその子たちが彼に油を注いだ。そして「王万歳」と言った。

王が任職を受ける時、あかしの書が渡されるのは、モーセを通して主から命じられている通りである。

申命記17:18 彼が国の王位につくようになったら、レビびとである祭司の保管する書物から、この律法の写しを一つの書物に書きしるさせ、
17:19 世に生きながらえる日の間、常にそれを自分のもとに置いて読み、こうしてその神、主を恐れることを学び、この律法のすべての言葉と、これらの定めとを守って行わなければならない。
17:20 そうすれば彼の心が同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく、その子孫と共にイスラエルにおいて、長くその位にとどまることができるであろう。

こうして、全て律法に適った形で、正統な手段を踏んで、ヨアシュは王とされた。

23:12 アタリヤは民の走りながら王をほめる声を聞いたので、主の宮に入り、民の所へ行って、
23:13 見ると、王は入口で柱のかたわらに立ち、王のかたわらには将軍たちとラッパ手が立っており、また国の民は皆喜んでラッパを吹き、歌をうたう者は楽器をもってさんびしていたので、アタリヤは衣を裂いて「反逆だ、反逆だ」と叫んだ。

アタリヤは「反逆だ」と叫んだが、真理の御言葉に反逆をしていたのは、彼女のほうである。
滅ぼされてしまう人の特徴は、自分を正しいとし、自分を王として、永遠の御言葉を正しくないものとする事だ。

23:14 その時エホヤダは軍勢を統率する百人の長たちを呼び出し、「列の間から彼女を連れ出せ、彼女に従う者をつるぎで殺せ」と言った。祭司が彼女を主の宮で殺してはならないと言ったからである。
23:15 そこで人々は彼女に手をかけ、王の家の馬の門の入口まで連れて行き、その所で彼女を殺した。

まことにダビデが詩篇37篇に書いていた通りである。

ダビデの歌
37:1 悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。不義を行う者のゆえに、ねたみを起すな。
37:2 彼らはやがて草のように衰え、青菜のようにしおれるからである。
・・・
37:32 悪しき者は正しい人をうかがい、これを殺そうとはかる。
37:33 主は正しい人を悪しき者の手にゆだねられない、またさばかれる時、これを罪に定められることはない。
37:34 主を待ち望め、その道を守れ。そうすれば、主はあなたを上げて、国を継がせられる。あなたは悪しき者の/断ち滅ぼされるのを見るであろう。
37:35 わたしは悪しき者が勝ち誇って、レバノンの香柏のようにそびえたつのを見た。
37:36 しかし、わたしが通り過ぎると、見よ、彼はいなかった。わたしは彼を尋ねたけれども見つからなかった。
37:37 全き人に目をそそぎ、直き人を見よ。おだやかな人には子孫がある。
37:38 しかし罪を犯す者どもは共に滅ぼされ、悪しき者の子孫は断たれる。
37:39 正しい人の救は主から出る。主は彼らの悩みの時の避け所である。
37:40 主は彼らを助け、彼らを解き放ち、彼らを悪しき者どもから解き放って救われる。彼らは主に寄り頼むからである。

祭司エホヤダは、ただ悪女アタルヤを排除した事で終えず、しっかりその後のイスラエルをケアする。

23:16 エホヤダは自分とすべての民と王との間に、彼らは皆、主の民となるとの契約を結んだ。
23:17 そこですべての民はバアルの家に行って、それをこわし、その祭壇とその像とを打ち砕き、バアルの祭司マッタンを祭壇の前で殺した。

ゲーム漬けになっていた子に、これから神様の喜ばれる生き方をしていくと決心させた上で、ゲームを破壊するように、エホヤダは、アタルヤを排除した後にした直後、真っ先に人々と「主の民となる」という契約を結ばせ、それまで悪しき事の根源となっていた偶像を破壊した。

23:18 エホヤダはまた主の宮の守衛を、祭司とレビびとの指揮のもとに置いた。このレビびとは昔ダビデがモーセの律法にしるされているように、喜びと歌とをもって主に燔祭をささげるために、主の宮に配置したものであって、今そのダビデの例にならったものである。
23:19 彼はまた主の宮のもろもろの門に門衛を置き、汚れた者は何によって汚れた者でも、はいらせないようにした。

彼はさらに主の宮における祭司とレビ人の仕事のローテーションを回復させ、さらに、律法上汚れた者が宮に入らせないようにした。
律法上汚れた者は、規定に従ってきよめなくてはならない。
私達も、教会をきよく保つため、交わりに汚れを持ち込むような人は戒め、自らをきよくしてから交わりに加わるように、勧める必要がある。

23:20 こうしてエホヤダは百人の長たち、貴族たち、民のつかさたちおよび国のすべての民を率いて、主の宮から王を連れ下り、上の門から王の家に進み、王を国の位につかせた。
23:21 国の民は皆喜んだ。町はアタリヤがつるぎで殺された後、穏やかであった。

まさに書いてある通りである。
箴言11:10 正しい者が、しあわせになれば、その町は喜び、悪しき者が滅びると、喜びの声がおこる。

このように、自分達の集団の中から汚れが取り除かれ、主の御言葉どおり行われるなら、大きな喜びが沸き起こる。
私達もエホヤダのように、自らをきよく保ち、主の御言葉を守り行う者でありたい。

主の宮の栄光とは(ハガイ2:3-9)
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ハガイ2:6 万軍の主はこう言われる、しばらくして、いま一度、わたしは天と、地と、海と、かわいた地とを震う。
2:7 わたしはまた万国民を震う。万国民の財宝は、はいって来て、わたしは栄光をこの家に満たすと、万軍の主は言われる。
2:8 銀はわたしのもの、金もわたしのものであると、万軍の主は言われる。
2:9 主の家の後の栄光は、前の栄光よりも大きいと、万軍の主は言われる。わたしはこの所に繁栄を与えると、万軍の主は言われる』」。

この御言葉は天声教会開拓の根拠となった御言葉である。
「わたしは栄光をこの家に満たす」と、万軍の主は言われたが、教会の栄光とは何だろうか。

ハガイの時代は、バビロン捕囚の後、イスラエルの民がエルサレムに戻って来たが、しかし彼らは神殿が廃墟のままにしておいて、むしろ、自分の家を、生活を、経済を良くしようと走り回っていた。
しかし彼らは、働けど働けど暮らしは決して楽にはならなかった。
その理由は明白である。

ハガイ1:4 「主の家はこのように荒れはてているのに、あなたがたは、みずから板で張った家に住んでいる時であろうか。
1:5 それで今、万軍の主はこう言われる、あなたがたは自分のなすべきことをよく考えるがよい。
1:6 あなたがたは多くまいても、取入れは少なく、食べても、飽きることはない。飲んでも、満たされない。着ても、暖まらない。賃銀を得ても、これを破れた袋に入れているようなものである。
1:7 万軍の主はこう言われる、あなたがたは、自分のなすべきことを考えるがよい。
1:8 山に登り、木を持ってきて主の家を建てよ。そうすればわたしはこれを喜び、かつ栄光のうちに現れると主は言われる。
1:9 あなたがたは多くを望んだが、見よ、それは少なかった。あなたがたが家に持ってきたとき、わたしはそれを吹き払った。これは何ゆえであるかと、万軍の主は言われる。これはわたしの家が荒れはてているのに、あなたがたは、おのおの自分の家の事だけに、忙しくしている。
1:10 それゆえ、あなたがたの上の天は露をさし止め、地はその産物をさし止めた。
1:11 また、わたしは地にも、山にも、穀物にも、新しい酒にも、油にも、地に生じるものにも、人間にも、家畜にも、手で作るすべての作物にも、ひでりを呼び寄せた」。

主を礼拝する事をおろそかにすると、当然のように、生活は慌ただしく実り少なく、貧しくなる。
だから神の国とその義をまず第一に求めるべきだ。そうすれば、生活の必要は追ってついてくる。
ハガイの言葉を恐れ、主の宮の再建にとりかかった人々が建てた神殿は、かつてのソロモン神殿を見て知っている老人たちには、あまりにおそまつに見えたのだろう。
以前を知っている老人たちはそれを見て泣いた。(エズラ3:12)
しかし、ハガイは言う。

2:3 『あなたがた残りの者のうち、以前の栄光に輝く主の家を見た者はだれか。あなたがたは今、この状態をどう思うか。これはあなたがたの目には、無にひとしいではないか。

しかし万軍の主は言われる。「主の家の後の栄光は、前の栄光よりも大きい」と。(ハガイ2:9)

神殿の栄光とは、一体何だろう。
教会の栄光とは、一体何だろう。
豪華さや高価な器物といった面での栄光は去ってしまった事で人々は泣いたが、神殿や教会とはそもそも、主を礼拝をする所であり、建物や器物など人・モノ・仕組みの素晴らしさを見物しに来る所ではない。
神殿や教会の栄光とは、礼拝されるべきお方・主の栄光であって、栄光の主を仰ぎ、ひれ伏す所なのだ。
豪奢な神殿があった列王記・歴代誌の時代と、神殿よりも粗末な幕屋で礼拝していたモーセやヨシュア、ダビデの時代と、どちらが主の栄光に輝いていただろう。きっと誰もが後者だと答えるだろう。
ダビデは神殿を建てたくても建てられなかったが、ソロモンはそれを建て、そればかりでなく諸々の事業を拡張し、邸宅を建て、畑や庭園や男女の奴隷、多くのそばめを得たが、結局、むなしさだけが残った。
結局、主の栄光は、人々の主に対する愛と、心の純粋さと、主への従順や服従の内にこそ現れるのだ。

主が人に求められるのは、霊とまことによる礼拝だ。

ヨハネ4:21 イエスは女に言われた、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。

サマリヤの女は、礼拝についてイエス様に質問した。どこで礼拝をするべきか。
イエス様は、礼拝は、場所ではない事を言われる。

4:23 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。
4:24 神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。

霊とまこと(真理)すなわち、聖霊と御言葉によって礼拝をする礼拝者を、主は求めておられ、いっさいの事を教えて下さるお方は、メシヤなるキリストだ。

4:25 女はイエスに言った、「わたしは、キリストと呼ばれるメシヤがこられることを知っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを知らせて下さるでしょう」。
4:26 イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。

ハガイ2:6 万軍の主はこう言われる、しばらくして、いま一度、わたしは天と、地と、海と、かわいた地とを震う。
2:7 わたしはまた万国民を震う。万国民の財宝は、はいって来て、わたしは栄光をこの家に満たすと、万軍の主は言われる。
2:8 銀はわたしのもの、金もわたしのものであると、万軍の主は言われる。
2:9 主の家の後の栄光は、前の栄光よりも大きいと、万軍の主は言われる。わたしはこの所に繁栄を与えると、万軍の主は言われる』」。

人がひとたび主へと捧げるなら、主は天を、地を震わせ、栄光の富をふるい落として戻してくださる。
そしてその栄光は、以前のものよりもはるかに勝ったものなのだ。

神の国から万全の報酬と保障を得ている主の働き人(2テモテ2:1-8)
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2テモテ2:1 そこで、わたしの子よ。あなたはキリスト・イエスにある恵みによって、強くなりなさい。
2:2 そして、あなたが多くの証人の前でわたしから聞いたことを、さらにほかの者たちにも教えることのできるような忠実な人々に、ゆだねなさい。
2:3 キリスト・イエスの良い兵卒として、わたしと苦しみを共にしてほしい。
2:4 兵役に服している者は、日常生活の事に煩わされてはいない。ただ、兵を募った司令官を喜ばせようと努める。
2:5 また、競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ、栄冠は得られない。
2:6 労苦をする農夫が、だれよりも先に、生産物の分配にあずかるべきである。
2:7 わたしの言うことを、よく考えてみなさい。主は、それを十分に理解する力をあなたに賜わるであろう。
2:8 ダビデの子孫として生れ、死人のうちからよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。これがわたしの福音である。

1コリント9:3 わたしの批判者たちに対する弁明は、これである。
9:4 わたしたちには、飲み食いをする権利がないのか。
9:5 わたしたちには、ほかの使徒たちや主の兄弟たちやケパのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのか。
9:6 それとも、わたしとバルナバとだけには、労働をせずにいる権利がないのか。
9:7 いったい、自分で費用を出して軍隊に加わる者があろうか。ぶどう畑を作っていて、その実を食べない者があろうか。また、羊を飼っていて、その乳を飲まない者があろうか。
9:8 わたしは、人間の考えでこう言うのではない。律法もまた、そのように言っているではないか。
9:9 すなわち、モーセの律法に、「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」と書いてある。神は、牛のことを心にかけておられるのだろうか。
9:10 それとも、もっぱら、わたしたちのために言っておられるのか。もちろん、それはわたしたちのためにしるされたのである。すなわち、耕す者は望みをもって耕し、穀物をこなす者は、その分け前をもらう望みをもってこなすのである。
9:11 もしわたしたちが、あなたがたのために霊のものをまいたのなら、肉のものをあなたがたから刈りとるのは、行き過ぎだろうか。
9:12 もしほかの人々が、あなたがたに対するこの権利にあずかっているとすれば、わたしたちはなおさらのことではないか。しかしわたしたちは、この権利を利用せず、かえってキリストの福音の妨げにならないようにと、すべてのことを忍んでいる。
9:13 あなたがたは、宮仕えをしている人たちは宮から下がる物を食べ、祭壇に奉仕している人たちは祭壇の供え物の分け前にあずかることを、知らないのか。
9:14 それと同様に、主は、福音を宣べ伝えている者たちが福音によって生活すべきことを、定められたのである。


2コリント5:17 だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。
5:18 しかし、すべてこれらの事は、神から出ている。神はキリストによって、わたしたちをご自分に和解させ、かつ和解の務をわたしたちに授けて下さった。
5:19 すなわち、神はキリストにおいて世をご自分に和解させ、その罪過の責任をこれに負わせることをしないで、わたしたちに和解の福音をゆだねられたのである。
5:20 神がわたしたちをとおして勧めをなさるのであるから、わたしたちはキリストの使者なのである。そこで、キリストに代って願う、神の和解を受けなさい。
5:21 神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。

2列王記4:1 預言者のともがらの、ひとりの妻がエリシャに呼ばわって言った、「あなたのしもべであるわたしの夫が死にました。ごぞんじのように、あなたのしもべは主を恐れる者でありましたが、今、債主がきて、わたしのふたりの子供を取って奴隷にしようとしているのです」。
4:2 エリシャは彼女に言った、「あなたのために何をしましょうか。あなたの家にどんな物があるか、言いなさい」。彼女は言った、「一びんの油のほかは、はしための家に何もありません」。
4:3 彼は言った、「ほかへ行って、隣の人々から器を借りなさい。あいた器を借りなさい。少しばかりではいけません。
4:4 そして内にはいって、あなたの子供たちと一緒に戸の内に閉じこもり、そのすべての器に油をついで、いっぱいになったとき、一つずつそれを取りのけておきなさい」。
4:5 彼女は彼を離れて去り、子供たちと一緒に戸の内に閉じこもり、子供たちの持って来る器に油をついだ。
4:6 油が満ちたとき、彼女は子供に「もっと器を持ってきなさい」と言ったが、子供が「器はもうありません」と言ったので、油はとまった。
4:7 そこで彼女は神の人のところにきて告げたので、彼は言った、「行って、その油を売って負債を払いなさい。あなたと、あなたの子供たちはその残りで暮すことができます」。

マタイ6:31 だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。
6:32 これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。
6:33 まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
6:34 だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

心の覆いを取り除いていただくために(エペソ1:17-23)
第一礼拝 Youtube動画 / 音声
賛美集会〜第二礼拝 Youtube動画
賛美集会音声
第二礼拝音声
週報/メッセージ(説教)概要

 もし心に「覆い」がかかっているなら、御言葉を理解できないばかりか人の話も理解できず、真理を外した、あさってな事をしてしまう。一体どうすればこの心の覆いを取り除くことができるのか。今日学びたい。
覆いがかかって真理が見えなくなってしまっている状態と、その覆いを取り除く方法は、2コリント3:12-18に記されている。心の覆いを取り除くお方はキリストであり、働かれるお方は御霊だ。そして私達の責任は、心を主に向ける事である。心の覆いが取りのけられる時、雲は去って晴れやかとなり、主の栄光を反射させ、人々に主の栄光を届ける事ができるようになる。だから私達は心を主に向け、祈り求める必要がある。
パウロは祈っている。神の認識をもたらす知恵と啓示の御霊が与えられ、心の目がはっきり見えるようになり 、神の絶大な力を知るようになりますように、と(エペソ1:17-19)。知恵と啓示の霊が与えられると、仕事も人間関係もうまく進む。ただ、真っ先に求めるべきは、「神に対する認識がはっきり見えるようになる事」だ。
人を癒すためには、まず、自分が改善される必要がある。『まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。』(マタイ7:3-5)
「梁」とは家を支える頑丈な横木で、とても目の中に入るような代物ではないが、つまり、それまで神様を抜きに自分を支えるために鍛え上げ、頑丈になってしまった「罪的なものの見方、生き方」とも言えるだろう。
自分を支えて来た「梁」が入ったままだと、頭ごなしに叱ったり、根拠無い言葉で塗りつぶしたりして、人のちりを取る所か、逆に深い傷を与えてしてしまう。だからまず自分の目から梁を取り除く必要があるのだ。
それはキリストによって取り除かれるものである、とコリントに書いてあった。だからこそエペソ1章の祈りが必要である。知恵と啓示の霊が与えられるなら、イエス様がどれほど素晴らしいお方か、自分がキリストにあってどれほど素晴らしい立ち位置にいるかを知り、感動し、健全になって行き、自分自身も癒やされる。

私達の内におられるキリストは、すべての支配、権威、権力、権勢の上におられ、この世ばかりでなく、来るべき世においても、あらゆる名の上に置かれたお方である(21節)。総理大臣が印を押した文書は、どんな省庁でも通るが、私達はなんと、その遥か上に置かれた権威のハンコを、代理で用いるような事ができる。イエス様の御名によって祈る事によって! ただ私達はこの権威をみだりに乱用できない。
私達は「御国の公務員」「キリストの使節」として、天国の公務に則った動機により、イエス様の御名によって宣言するならば、その宣言は天において受理され、地において莫大な「神の力」が働くのだ。
信仰の先人達は、この「神の認識」を持っていたため、それぞれ与えられた賜物と立場を駆使し、キリストの体の建て上げをして行った。ある人は、神の認識に沿って、お金持ちになって教会の経済を助け、ある人は偉大な政治家となって奴隷解放をした。それぞれが同じ神の認識に沿って行動する時、それぞれがキリストの事業、すなわちこの世を神の国へと変えていく事業に参加するのだ。結局、知恵と啓示の霊は、神の認識を持つために必要であり、それをもって動くなら、全てのものを、全てのものの内に満たしている方が全ての事を満たして下さるのだ!その特権は、教会(エクレシア)である私達に与えられているのだ!

人は、まだ罪を犯す前、エデン(喜びの園)を維持管理するという事業が与えられ、一切のものを一切のものによって満たす方の満ちておられる方の中で健全に生きていた。しかし、人が善悪を知る知識を取り込んでしまって以来、御国の事業から脱退し、神から独立した「小さな神」のようになっておのおの身勝手な事をし初めた。それで被造物はめちゃくちゃになってしまったのだ。
だから私達は、再び本来の立ち位置に戻るために、自分の善悪判断によって生きる「小さな神」を自分の中から捨て去り、まことの神にあって教会へ参加し、おのおの与えられた賜物に従って神の国の仕事をする時、一切のものを、一切のものによって満たす方の満ちておられるパワーを行使できるのである。
まだ罪を犯していない人類に対して与えられた祝福は「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」(創世記1:28)であった。この「従わせよ」「治めよ」には、「足の下で踏む」という意味もある。もしサタン(ヘビ)が、ニョロニョロと来たなら、足の下で踏まなければならない。それをせず、サタンの汚れた言葉に聞き入るなら、喜びの園がめちゃくちゃにされ、追い出されてしまう。キリストは今も、踏み続けておられる(エペソ1:22)。もし踏まないなら、キリストの認識に無い事になってしまう。私達は神に逆らう者を踏み続け、キリストの体で有り続けるべきなのだ。

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