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メッセージ - 偶像崇拝(1コリント10:7-13)

偶像崇拝(1コリント10:7-13)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(新約) » 1コリント人への手紙
執筆 : 
pastor 2011-12-20 16:15

礼拝説教メッセージ音声:偶像崇拝(1コリント10:7-13):右クリックで保存
韓国語通訳有

出エジプトの記述は、今の私達への戒めです。
私達が気を付けるべきことが4つあります。偶像崇拝、姦淫、主を試みる事、呟く事です。
私達への試みに対しては、しっかりと脱出の道も備えられております。
いずれも大切な戒めですので、今日は偶像崇拝について、詳しくお話しします。
偶像崇拝については、出エジプト記の32章1節から6節に記されています。

1節で民が言っている言葉に注目してください。
まず、民達はエジプトから自分達を連れ出したのは、モーセだと言っており、神が連れ出したとは言っていないことに注目してください。

偶像崇拝の定義をご存じでしょうか、いわゆる仏像全般を拝むことだけが偶像崇拝ではありません。
偶像崇拝とは、真の神以外を第一とすることです。
神様よりも、自分、お金、あるいは旦那さん、会社などを優先して、信仰の対象としているなら、それは立派な偶像崇拝です。

民は、あのモーセがどうなったかは分からない、だから、神を作ってくれと言いました。
つまり、神は我々が作るもの、という認識があったようです。

おそらく、民衆がアロンのもとに押し寄せ、暴動が起こりそうだったので、アロンは民衆に従ったのでしょう。
アロンは、人々から耳輪を集め、のみで型を作り、若い雄牛の鋳像を造りました。
鋳像というのは簡単に作ることができます。
アロンは急ごしらえの鋳像の子牛を、みんなの前にお披露目したとき、民衆は「イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上ったあなたの神々だ」と言いました。
この鋳像はかなりお粗末なものであったと思われますが、それでも民衆は満足したのです。

要は、目に見える信仰の対象さえあれば、なんでも神になるのです。
ここまで来たら民衆をコントロールすることは不可能でした。
アロンは「明日、主の祭りを行う」と、さらに民衆を満足させる方向へと、言葉を進めてしまいます。

一見彼らは、神の名を口にして、祭りを行っているようですが、それは、座って飲み食いし、立っては戯れる行為にすぎないのです。
大声を出していればいいというものではありません。
ヨシュアは遠くからそれを聞いて戦の声だと勘違いしたのですが、モーセは、それは、勝利の声でも敗北の声でもなく、歌を歌う声だと聞き分けます。
このように、人を恐れると罠にかかります。

人間というのは目に見えるものに、信仰の対象を置きやすいものです。
偶像崇拝をする者に定められているのは、滅びです。
この時、民は滅ぼされなかったのですが、それは、モーセのとりなしのおかげです。
モーセは神様の御言葉を盾にとって、執り成しました。

しかし、イスラエルの民は結局、この自分でまいた偶像崇拝の種を刈り取ることになります。
モーセは、偶像を焼いた灰を川に投げたため、民はその水を飲まなくてはなりませんでした。
民がほしいままに振る舞っていくのを留めもせず、秩序が乱れたまま放っておくと、敵の物笑いになってしまい、後には、兄弟が兄弟を、肉親が肉親を殺さなくてはならなくなってしまいます。
それは人の目には厳しく見えるかもしれないのですが、自分の中で悪が芽をだして、それが根をおろして、実を結んでしまうと、それを刈るのは非常に困難になってしまうのです。
そして、自分の感情よりも御言葉を優先させた人達が、後の祭司となりました。

この偶像崇拝からの脱出の道は、どうしたら良いでしょうか。

コロサイ書3章5節に、貪りがそのまま偶像崇拝であると書いてあり、貪りの元の意味は、より多くの物を持とうとする所有欲です。
偶像崇拝とは、神以外のものを信仰の対象とする行為でした。

つまり、真の神を第一とせず、お金や持ち物などのほうを信頼しているから、偶像崇拝なのです。
私達が、この貪りから解放される方法は、死です。

ローマの6章6節、7節に。「 わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。
死んだ者は、罪から解放されています。」とあります。
死んだ、つまり過去形です。
イエス様を信じたものは、死んでしまったのです。
私達は、一見古い人に対して生きているようですが、キリストを信じた時点で、神の視点においては、死んでしまったのです。

では、全く生まれ変わっていないかのような自分があるのは、なぜかといいますと、それは信仰によって切り分けをしていないからなのです。
11節に、「このように、あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。」と、あります。
ここで、考えなさい、とありますが、より忠実に訳しますと、仕訳をしなさい、ということです。
つまり、罪に対しては死に、神に対して生きているのだと、信仰によって仕訳がなされるべきです。

借金を返したからには、借金地獄の嫌な気持ちからは解放されて然るべきですが、古い借金地獄だった頃の、行動パターンや思いの恐れが焼きついてるために、借金を返した後も、借金地獄だった頃の夢を見るようなものなのです。
もはや全て借金を返した、罪に対しては死んだと、皆さんの中で仕訳をしてください。

12節に、「あなたがたの死ぬべき体を罪に支配させて、体の欲望に従うようなことがあってはなりません。」とあります。
ここで、罪の支配に委ねるか、真の神に従うかの決定権は、誰にあるのでしょうか。
明らかに皆さんの側にあります。

どうか、皆さんの意志をもって罪の体に支配を委ねず、御霊に委ねる皆さんでありますように。
そして偶像礼拝ではなく、真の神を礼拝する皆さんでありますように。
イエス様の御名前によって祝福いたします。
アーメン。

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