メッセージ - 主の御声(詩篇29篇)

主の御声(詩篇29篇)

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執筆 : 
pastor 2018-11-30 14:11

主の御声(詩篇29篇)
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この詩篇の表題は「ダビデの歌」(ミズモール レ ダヴィド)、ミズモールは音楽あるいは詩(psalm)である。
この詩篇では「主のみ声」というキーワードが七回、登場すし、、ダビデは、主の御声を通して成される神の創造と支配の偉大さを褒め称えている。

詩篇29:1 神の子らよ、主に帰せよ、栄光と力とを主に帰せよ。
29:2 み名の栄光を主に帰せよ、聖なる装いをもって主を拝め。

まず彼は「神の子らよ、主に帰せよ」という呼びかけと命令で始めている。
神の子。それは御使いのような天的な存在を指す事もあろうが、イエス・キリストを信じて救われた人はみな、神の子である。
神の子には、栄光と力が与えられるが、それらは、本人自身の好き勝手に用いるために与えられるのではなく、栄光と力を、主に帰するため、である。
御使い達も、神の子キリストに、栄光と力を捧げた。

ルカ2:10 御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。
2:11 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
2:12 あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。
2:13 するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、
2:14 「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

神の御子キリストは、確かに偉大な力を持っており、天地万物はこの御方のために創られ、この御方にあって成り立っている。
それなのに、その偉大なキリストが、なんと人間の赤ちゃんとなられ、しかもなんと、不衛生な飼い葉おけの中に寝かされているのだ。
そこまで低く、低くへりくだられた、全被造物の主なる主。
主はここまで低くへりくだられたからこそ、どんな貧しく卑しい人でも、この救い主イエス様に届くお方となってくださったのだ。
だから御使いは、ほめたたえざるを得なかったのだ。

主イエス様は、低くへりくだられて地上に降りてこられたが、それに対しダビデは、主の偉大さをほめたたえている。

詩篇29:3 主のみ声は水の上にあり、栄光の神は雷をとどろかせ、主は大水の上におられる。
29:4 主のみ声は力があり、主のみ声は威厳がある。

創世記1章2節において、混沌と闇の大海原の上に、主の霊が舞いかけているが、そこで主は
「光よ、あれ」
と仰せられ、そうして光が出来、混沌だった天地を、6日かけて秩序を整えて行かれた。

詩篇29:5 主のみ声は香柏を折り砕き、主はレバノンの香柏を折り砕かれる。
29:6 主はレバノンを子牛のように踊らせ、シリオンを若い野牛のように踊らされる。

シリオンはシドン人による「ヘルモン」の呼び名である。
レバノンの香木も、ヘルモンも、威風堂々とした有様であるが、主は、神を除外した者達の威風堂々を砕かれ、それらを子牛のように、野牛のように踊らされる。
威風堂々とした人間も、自然も、主を前にしてはなんの力も無いのだ。

29:7 主のみ声は炎をひらめかす。
29:8 主のみ声は荒野を震わせ、主はカデシの荒野を震わされる。
29:9 主のみ声はかしの木を巻きあげ、また林を裸にする。その宮で、すべてのものは呼ばわって言う、「栄光」と。

主が御声を発せられると、稲妻が走り、炎をひらめかる。
また、地震によって大地を震わせ、つむじ風を起こし、全被造物は、この御方の栄光をほめたたえざるを得ない。

29:10 主は洪水の上に座し、主はみくらに座して、とこしえに王であらせられる。

洪水と言えばノアの時代の洪水であるが、天地創造から洪水までのおよそ1000年の間、人間は罪に罪を重ねて来たが、憐れみ深い主はずっと忍耐しておられた。
しかしついにノアの家族8人以外は皆、悪に染まり、すでにノアの家族にもその悪が侵食して来ようとしていたため、神はついに大洪水を起こし、そうして主は、愛と憐れみ、忍耐の主であるのみならず、義なる主、審判される主であると、威光を示されたのだ。
しかし主は、やはり憐れみの主である。

29:11 主はその民に力を与え、平安をもってその民を祝福されるであろう。

ノアを通して人類を滅ぼし尽くさず、主と共に歩む民を、平安をもって祝福されるのだ。

主の御声は、このように力があり、偉大なわざを為す。
その御業は、自然界の諸々の現象を通して、誰の目にも明らかなものであるが、主が語りかけてくるその御声の「内容」や「意味」を理解する人は、少ない。

エリヤは、神に仕える者が、自分以外には誰もいなくなってしまったと感じ、神と問答したが(1列王記19:9-18)、神が通り過ぎられた時、山を裂き、岩を砕くという、圧倒的な現象が起きたが、その中には、主はおられなかった。
風の後に地震があったが、地震の中にもおられず、地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。
そして、火の後に静かな細い声が聞えた。
エリヤはそれを聞いて、顔を外套に包んだ。

神は確かに、圧倒的な自然現象を起こされるが、その現象だけを見ても、神の意図は分からない。
神の意図を教える御声は、とても静かで、聞こうとする者にしかその意図は理解できないものである。
だから私達は、神のかすかな声を聞く耳が与えられるように、理解する心が与えられるよう、意図して耳を傾け、祈り求めるべきだ。

神の御声は、神を求める心ある人のみが、理解する。
迫害者であったサウロ、後の使徒パウロが、そうだった。

使徒9:3 ところが、道を急いでダマスコの近くにきたとき、突然、天から光がさして、彼をめぐり照した。
9:4 彼は地に倒れたが、その時「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。
9:5 そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。すると答があった、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
9:6 さあ立って、町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」。

サウロは、主イエス様の圧倒的な光に照らされた時、「主よ、あなたは、どなたですか」と問うた。
パウロは「主よ」と呼び求めているからには、この、圧倒的な光の主人が「主」であると瞬時に悟ったからだ。

しかし、同じ場面に立ち会い、同じ言葉を聞いておきならが、それを悟らない人達もいる。

使徒9:7 サウロの同行者たちは物も言えずに立っていて、声(フォーネー)だけは聞えたが、だれも見えなかった。

同行者達は、その場に立ち会って、しかも声(フォーネー)も聞こえたのに、彼らは、サウロのような衝撃的な主との出会いをしていないし、この出来事の直後も、ショックを受けているサウロを、普通に介添えしている。
どういう事だろう。

この「フォーネー」というギリシア語には、声の意味の他に、ノイズという意味もある。
つまり、この場面では、サウロはこのフォーネーを聞いて、それが、主からのものであると瞬時に理解し、そしてその内容は、サウロという自分の名前を繰り返して呼び、しかも「わたしを迫害するのか」と、はっきり理解したので、彼はいまだかつて無かったショックを受けたのだ。
それなのに、このフォーネーを聞いても、何も感じない者達もいる。
主の御言葉とは、そういうものなのだ。

主を求め、主に聞こうとしている人にとっては、御言葉は、人生を揺るがし変えてしまう程のショックをもたらすが、かたや、同じ御言葉に触れても、なんのショックも変化も無い人も、いるものなのだ。

私達は生活の場面で、諸々の現象の中で、主の語られる静かな御声を聞き分け、その内容を理解し、主のみわざを為していく者達であるべきだ。
 

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