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メッセージ - 流れる川のごとく潤し続ける聖霊(ヨハネ7:37-39)

流れる川のごとく潤し続ける聖霊(ヨハネ7:37-39)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2018-7-29 18:50

流れる川のごとく潤し続ける聖霊(ヨハネ7:37-39)
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週報/メッセージ(説教)概要

 本日は御霊のご性質の一面を、すなわち、その流れる川のごとく人を潤す性質について学びたい。
『祭の終りの大事な日に、イエスは立って、叫んで言われた、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。』(ヨハネ7:37) 時は、祭りの終わりの最も盛大な日。一番盛り上がる日のはずが、イエス様は裏腹にも「渇くなら」と言われる。祭りの「盛り上がり」についていけない人もいるであろうが、結局、人同士の祭り・盛り上がりの行き着く先は必ず「渇き」であり、真に渇きを癒やす事が出来るのは、イエス様だけだ。
5章にも「祭り」の日、イエス様は38年間も病だった人の所に行って癒やして下さった記事がある。彼は38年も病で祭りに参加できず、癒やされる事も、誰かが助けてくれる事も、とうの昔にあきらめ尽くしていた。
そんな「祭り」の最中、イエス様は彼を訪ねて来られ、「よくなりたいか」と言われた。しかし彼は治る事は既にあきらめ切って、ただ自分には「誰もいない」事をイエス様に答えるだけだった。
イエス様は彼に向かい、「起きて、床を取り上げて歩きなさい」と言われた。イエス様のそのたった一言を実行した結果、38年も頑固にまとわりついていた病が一瞬で癒やされたのだ。彼は癒やされた後、神殿の中でイエス様に見出された。つまり彼は、無意識的に、よくなったら神に感謝し、礼拝する志があったのだ。
彼は38年、ベテスダから一歩も出ておらず、その間「なにも出来なかった」事で、対人能力が萎え、衰え、自己卑下やマイナス思考などの負の遺産が積りに積もって地層を為していたかもしれないが、そのような人であっても、イエス様は癒す事が可能である。イエス様のお言葉どおり行い、神を敬う志があるのなら。

イエス様は祭りの終わりに、カラカラに渇いていた人々を見るに見かね、大声で言われた。「誰でも渇く者は、わたしのところにきて飲むがよい」と。イエス様は「飲ませてくださるお方だ」と認知すべきである。
どうやって飲むのか?「信じる事によって」である。『わたしを信じる者は、聖書に書いてある通り、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう』(38節) ここの「腹」と訳されたギリシア語はコイリア、他に「子宮」や「知・情・意の座」を意味する。イエス様のお言葉を飲む、すなわち「信じる」なら、何かがすとんと自分の中に入り、その奥底から生ける水が川となって出て来て、自分を潤し、他人を潤す。これは一体何か。
『これは、イエスを信じる人々が受けようとしている御霊をさして言われたのである。すなわち、イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊(プネウマ・ハギオン=聖なる霊)がまだ下っていなかった(be動詞)のである。』(39節) イエス様がまだ栄光を受けていなかった時、すなわち、十字架と復活を経る前は、人々にはまだ聖霊が与えられなかった。しかし、イエス様が御父のところに行った事により、助け主・聖霊が与えられるようになる。『しかし助け主、すなわち、父がわたしの名によって遣わされる聖霊は、あなた方に全ての事を教え、またわたしが話しておいた事をことごとく思い起させるであろう。』(14:26)
だから聖霊を受けると受けないとでは、莫大な違いが出てくる。

聖霊を受けない人は、御言葉を聞いても、知的に表面上の事しか理解できない。「手をうち、喜びの声をあげ、神にむかって叫べ」(詩篇47:1)と書いてあるのを見ても、神学的解釈に走ったり、賛美中に(楽しくないのに)がんばって手を叩くのが関の山だが、聖霊を受けた人が読むなら、腹の奥底から、主を讃えたい気持ちに同調する。主を喜ぶ実感があるからだ。聖霊が来てくださるなら、御言葉を読む都度、神との関係や、神の栄光について教えてくださり、のみならず、人との関わり方も教えてくださる。
聖霊が来る前は、人と会っても挨拶程度で終わっていたのが、聖霊が来ると、その人が今どのような状況で、自分はどう関わらなければならないのか、どう会話を切り出しどう返事をすべきか、細かく教えて下さる。
聖霊は水のように、川のように、流れるもので、渇きを癒やし、人を潤す。それは一時的にではなく、流れ続ける川のごとく、ずっと流れ込んできて、潤し続け、きよめ続けるものである。
御霊の人はその流れに乗り、押し出され、自動的に進んでいく。それは何の無理も無く、楽しい道であり、行けば行くほど潤い、若々しくなり、愛、喜び、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制の実を結んでいく。
対して肉の人は、苦心してがんばり続けなければ進んで行かず、良い行いをしようとしても、すぐ疲れ、無理が出て、自動的に不品行や汚れ、怒りなど、肉の実を結んで行ってしまう。『わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば決して肉の欲を満たす事はない。』(ガラテヤ5:16) 常に御霊に歩み続け、豊かに御霊の実を結んで行く皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

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