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メッセージ - 書かれている御言葉を超えない(第一コリント4:6)

書かれている御言葉を超えない(第一コリント4:6)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2018-6-24 23:10

書かれている御言葉を超えない(第一コリント4:6)
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週報/メッセージ(説教)概要

 前回の父の日礼拝では、多くの教会・多くの兄弟姉妹の霊的な父となったパウロをコリント書から見た。
今回コーエンで研究した聖書箇所もコリント書で、奇しくも前回メッセージした所がそのまま取り上げれた。
今、特に主が示しておられるコリント書から、本日も学びたい。

『兄弟たちよ。これらのことをわたし自身とアポロとに当てはめて言って聞かせたが、それはあなたがたが、わたしたちを例にとって、「しるされている定めを越えない」ことを学び、ひとりの人をあがめ、ほかの人を見さげて高ぶることのないためである。』(1コリント4:6) すなわちパウロは、「書かれている事を越えない」という事を学ばせるため、また、一方にくみし他方に反対して高慢にさせないために、コリント書を書いたのだ。
「しるされている定め」とはすなわち「御言葉」である。言葉には、境界線を引く作用があるが、御言葉の境界の内側、すなわち、御言葉の防護壁の内側は、いのちの領域であり、外側は、死の領域である。
世では色々な戦いが繰り広げられているが、キリスト者の「霊的戦い」は、複雑怪奇なものではなくシンプルである。すなわち霊的戦いとは、自分がいかに御言葉の領域内に入るか、いかに人を御言葉の領域へ引き込むか、あるいは私達の家庭や仕事の「領域」を、いかに御言葉の中に入れて行くか、という点にある。
御言葉の領域内に入っているなら、シンプルに「勝ち」であり、御言葉の境界線を超えた「あちら側」にいるなら、シンプルに「負け」である。私達は人生の決定において、現在の生活や、仕事において、御言葉のこちら側にいるだろうか。あちら側にいるだろうか。その視点で見るなら、将来の勝ち負けが見えてくる。

本日箇所の、記されている定めを「越える」という語は、ヘブライ語ではפָּסַח(発音は”パサァハ(カ)”、日本語で”ペサハ”と表記される事が多い)である。これは特に、出エジプトにおける「過ぎ越し」で用いられる語であるが、原意は「跳ねる」で、スキップする、踊る、また”どっちつかず”の意味もある。過越祭が制定された出エジプト記12章に3回登場する語だが、面白い事に、1列王記18章にも2回出てくる。
『「あなたがたはいつまで二つのものの間に「迷っている(ペサハ)」のですか。主が神ならばそれに従いなさい。しかしバアルが神ならば、それに従いなさい」。民はひと言も彼に答えなかった。』(1列王記18:21)
これは預言者エリヤが、850人の偽りの神々の預言者と対決する時に放った言葉である。当時、エリヤは唯一、主の忠実なしもべとして立っていたが、全イスラエルがバアルという偽りの神につくか、それともまことの神につくかを迷って(ペサハ)いた。それはちょうど、御言葉という境界線を跨いで、ある時は御言葉を引用し、しかし結局は、世の価値観に媚びて動くような、「どっちつかず」の状態だ。
そのような人はいるだろうか。その人は、かの時代のような経験をする事になってしまう。すなわち、ずっと雨が降らず潤いが無いまま、アハブのような悪い指導者や、イゼベルのような悪い女の尻に敷かれ、その食卓からこぼれるパンくずをもらうために、へつらい、預言者を自称し、都合の良い言葉だけを言うような。
出エジプトのペサハ(過ぎ越し)の時、小羊の血が塗られた戸の内側にいた人達には、災いは及ばず守られた。しかし、外側にいた人達は、死の恐怖に脅かされた。同様に、御言葉の境界内にいるならいつも安全であるが、そこから外れれば、外れる程、いのちの保証から外れ、死の恐怖にいつも脅かされる。

イゼベルの食卓からこぼれるパンくずにあずかっていたバアルの預言者達は、バアルを呼んでも何も答えられなかったので、「ペサハした(踊った:26節)」。それでも何の答えもなく、エリヤにあざけられたので、今度は互いに刀で傷つけ合ってペサハした。850人が血を流して踊り狂う。中々の壮観だが、結局何も起きない。最後には、彼らの仕えてきた神が偽物で、主こそ神である事が明らかになり、彼らは殺されてしまう。
これが、主の過越(ペサハ)の血から勝手に出て、勝手なペサハをしている者の末路だ。彼らは互いに血を流し合って踊り狂うような虚しいペサハを演じても、何も起きず、最後には、偽物として滅ぼされてしまう。
「記録された御言葉」なるお方がおられる。彼は最高権威をもち、いのちの法則がある。しかし、記録された御言葉の枠組みから外れる者には、いのちの保証が無い。イエス・キリストの過越(ペサハ)の血から、のこのこ出て、世でパンくずを得るために、不当な者に媚びて、ペサハ(踊り狂う)するのは、遠回りの、疲れる道であり、行き着く先は死である。主イエス様のペサハ(過越)の血にしっかり留まり、いのちと祝福の保証を得ながら生きる皆さんでありますように、イエス様のお名前によって祝福します!

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