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メッセージ - エリファズによる三回目の弁論とヨブの回答 - 真理をつぎはぎして人を滅ぼす言葉を仕立てる者(ヨブ記25-26章)

エリファズによる三回目の弁論とヨブの回答 - 真理をつぎはぎして人を滅ぼす言葉を仕立てる者(ヨブ記25-26章)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » ヨブ記
執筆 : 
pastor 2018-6-8 10:48

エリファズによる三回目の弁論とヨブの回答 - 真理をつぎはぎして人を滅ぼす言葉を仕立てる者(ヨブ記25-26章)
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25章は、ヨブの3人の友人たち最後の弁論であり、そしてヨブ記中、最も短い章である。。

25:1 そこでシュヒびとビルダデは答えて言った、
25:2 「大権と恐れとは神と共にある。彼は高き所で平和を施される。
25:3 その軍勢は数えることができるか。何物かその光に浴さないものがあるか。
25:4 それで人はどうして神の前に正しくありえようか。女から生れた者がどうして清くありえようか。
25:5 見よ、月さえも輝かず、/星も彼の目には清くない。
25:6 うじのような人、/虫のような人の子はなおさらである」。

今までのヨブの友人たちの弁論と比べるなら、不自然にも思える程短いが、今までの友人たちの言葉を、端的にまとめている。
すなわち、神は崇高なるお方、絶対的なお方であり、それに比べ人間は汚れた、虫けらのような存在だ、と。
しかしそれはひどい災難に遭って悩んでいる人に、すなわち、一日にして子供達全部と財産を失い、今も、絶え間ないかゆみに苦しんでいるヨブに対しては、何の足しにもならない。

ビルダデの言う事は、一定の真実である。しかしサタンさえ人を滅ぼすために、御言葉を引用する。
ようするに、時と場合をわきまえない心なしの真実の乱用は、人を滅ぼす事もある、という事である。
昔の誘拐犯人は、自分の筆跡を隠すために、新聞の文字を切り貼りして脅迫文を作り上げたが、同じようにサタンは、真理の御言葉を巧妙につぎはぎして自分の筆跡を隠し、人を滅ぼす事に御言葉を用いるのだ。

3人の友人たちの弁論の、最後に放った言葉は、「うじのような人、/虫のような人の子はなおさらである」であった。
人はうじのよう、虫けらのよう・・・そうかもしれない。
しかし、神の似姿である人間の生は、重いものである。
人同士が互いに大切にしあい、愛し合い、結婚し、子供を産んで、育み育て、時に喜び、時に悩みつつ叱り、楽しみ、悲しみ、そうして一生が織りなされて行く。
それら全てを、一瞬にして奪われてしまった事について、「うじのような、虫のような人の子」という一言で片付け納得させようとした友人たちに、ついにヨブは怒りを爆発させる。
この章を機に、今まではある一定の規律の元になされていた「やりとり」の秩序は崩壊し、ナアマ人ツォファルが第三回目の弁論をする余地もなく、ヨブの弁論の独壇場となる。

26:1 そこでヨブは答えて言った、
26:2 「あなたは力のない者をどれほど助けたかしれない。気力のない腕をどれほど救ったかしれない。
26:3 知恵のない者をどれほど教えたかしれない。悟りをどれほど多く示したかしれない。
26:4 あなたはだれの助けによって言葉をだしたのか。あなたから出たのはだれの霊なのか。

ヨブは早速糾弾する。
一体あなたは、どれほど、弱い立場の人を救って来たのか。
どれほど、知恵のない人や弱い人を忍耐深く接し、教え、諭し、立ち直らせてきたのか。
結局友人たちの言葉の根拠は、人間の知恵であって、神の霊由来ではなかった。
ヤコブは言っている。

ヤコブ1:26 もし人が信心深い者だと自任しながら、舌を制することをせず、自分の心を欺いているならば、その人の信心はむなしいものである。
1:27 父なる神のみまえに清く汚れのない信心とは、困っている孤児や、やもめを見舞い、自らは世の汚れに染まずに、身を清く保つことにほかならない。

御前に清く汚れのない信心は、困っている孤児や、やもめを見舞うものであり、ヨブのような困っている人に対し、信心深そうでありながら愛の欠けた言葉で封じ込めようとする事ではない。
そんな事をしたら、ヨブのように怒って、信心深そうな言論にかみつき、全能なる神にかみつくように、けしかけるようなものである。

ヤコブ1:22 そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。
1:23 おおよそ御言を聞くだけで行わない人は、ちょうど、自分の生れつきの顔を鏡に映して見る人のようである。
1:24 彼は自分を映して見てそこから立ち去ると、そのとたんに、自分の姿がどんなであったかを忘れてしまう。
1:25 これに反して、完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、聞いて忘れてしまう人ではなくて、実際に行う人である。こういう人は、その行いによって祝福される。

ヨブの友人たちは、確かに格調高い宗教的・哲学的な言葉を並べ立てる事は長けていても、しかし、困っている孤児ややもめに一体どれほどの事をしてきたのか。
少なくともヨブは、助けを叫び求める貧しい者を助け出し、身寄りのないみなしごを助け出しやもめの心を喜ばせて来た。(ヨブ記29:12-13)
結局、聞いた知恵知識をそのままひけらかすだけで、行いが無いとするなら、それはむなしいものである。
ヨブは、彼らの茶坊主的な知識の受け売りに対し、彼らより、もっと深く深淵な「知識のひけらかし」を、口から怒涛のように溢れさせていく。

26:5 亡霊は水およびその中に住むものの下に震う。
26:6 神の前では陰府も裸である。滅びの穴もおおい隠すものはない。
26:7 彼は北の天を空間に張り、/地を何もない所に掛けられる。
26:8 彼は水を濃い雲の中に包まれるが、/その下の雲は裂けない。
26:9 彼は月のおもてをおおい隠して、/雲をその上にのべ、
26:10 水のおもてに円を描いて、/光とやみとの境とされた。
26:11 彼が戒めると、天の柱は震い、かつ驚く。
26:12 彼はその力をもって海を静め、/その知恵をもってラハブを打ち砕き、
26:13 その息をもって天を晴れわたらせ、/その手をもって逃げるへびを突き通される。
26:14 見よ、これらはただ彼の道の端にすぎない。われわれが彼について聞く所は/いかにかすかなささやきであろう。しかし、その力のとどろきに至っては、/だれが悟ることができるか」。

神は、生けるものの世界も、死んだ者の世界をも、全てごらんになられ、統治しておられる神であり(5−6節)、地を、天を、全宇宙を支配し管理しておられるお方であり(7-11)、神に逆らって高ぶるサタンを打ち砕くお方である。
この後、ヨブは、友人たちに弁論する機会を与えず、今まで友人たちがしてきた事に対し一気に反論に転じ、そしてまた神に対しても鬱積した思いを怒涛のように吐き出して行く。
それは「自分を正しい」という思い込みが元であるが、今までのヨブと友人たちとのやり取りから私達が得るべき戒めは、どんなに深い奥義に通じていたとしても、またどんなに素晴らしい知識をひけらかしたとしても、愛が無いなら、それは何の役にも立たない、という事である。

13:1 たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。
1コリント13:2 たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。
13:3 たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。

第一コリント13:4-7の内容を、逆にすると、次の真理が浮かび上がって来る。
すなわち、愛が無い人は、不寛容であり、不親切であり、よく妬む。
高慢であり、自慢し、礼儀に反する事をし、自分の利益を求め、怒りに任せ、人のした悪を勘定し、不正を喜び真理を喜ばない。
愛が無い人は、すぐに投げ出す。自分の子や伴侶・友人を、信用せず、期待せず、忍耐できない。
いかに預言の言葉を語っても、あらゆる奥義や、あらゆる知識とに通じていたとしても、山を動かす程の信仰であっても、身を焦がすために身を渡しても、そうした「すごさ」は、むしろうるさい鐘であり、すぐにでも止めて欲しい騒音だ。

すごい知恵や、すごい不思議、すごい献身を見て、それに心惹かれてついて行くような人は、そんなにいない。
すごい奇跡が起きたね、それが何?
あなたはすごい信仰だね、だから何?
で、終わってしまう。

私達キリスト者は、何故にイエス様に心惹かれ、イエス様について行くようになったか。
それは、イエス様が私達を、愛してくださったから、ではなかったか。
それも十字架の上で、自分のいのちを投げ出す程の愛で。
キリスト者は、愛をこそ振りまいていくべきであって、「すごいアピール」を振りまいていく者ではない。
イエス様は言われた。

ヨハネ13:34 わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。
13:35 互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」。

ヨブ記の最後で、神は、3人の友人たちを怒った。わたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったからだ、と。(42:7)
だから、神を伝える時、神のご性質である愛、憐れみを伝えないとしたら、それはまことに片手落ち、むしろ神の栄光を貶めることになってしまうのである。

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