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メッセージ - 悪人が裁かれもせず、いつまでも弱者を虐げている現実。これいかに?(ヨブ記24章)

悪人が裁かれもせず、いつまでも弱者を虐げている現実。これいかに?(ヨブ記24章)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » ヨブ記
執筆 : 
pastor 2018-6-7 20:13

悪人が裁かれもせず、いつまでも弱者を虐げている現実。これいかに?(ヨブ記24章)
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メッセージ音声

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前章では、ヨブはエリファズへまともな回答はせず、ただ神に心を向け、神と論じ合いたいと切に求めたが、この章では、ヨブは友人たちの議論に真っ向から向かい、彼らが口を酸っぱくして主張している「因果応報」に対して、現実は必ずしもそんなにも単純には行かない事を指摘する。

24:1 なにゆえ、全能者はさばきの時を/定めておかれないのか。なにゆえ、彼を知る者がその日を見ないのか。

ヨブの友人たちは口を酸っぱくして「悪人はさばきにあう、善人は報われる」というような事を言って来た。
ヨブもそんな事は百も承知である。
それなのに、なぜ主は正当なさばきをしないまま、神の民は、日の目を見ることがないのか、と指摘する。

24:2 世には地境を移す者、/群れを奪ってそれを飼う者、
24:3 みなしごのろばを追いやる者、/やもめの牛を質に取る者、
24:4 貧しい者を道から押しのける者がある。世の弱い者は皆彼らをさけて身をかくす。
24:5 見よ、彼らは荒野におる野ろばのように出て働き、/野で獲物を求めて、その子らの食物とする。
24:6 彼らは畑でそのまぐさを刈り、/また悪人のぶどう畑で拾い集める。
24:7 彼らは着る物がなく、裸で夜を過ごし、/寒さに身をおおうべき物もない。
24:8 彼らは山の雨にぬれ、しのぎ場もなく岩にすがる。
24:9 (みなしごをその母のふところから奪い、/貧しい者の幼な子を質にとる者がある。)
24:10 彼らは着る物がなく、裸で歩き、/飢えつつ麦束を運び、
24:11 悪人のオリブ並み木の中で油をしぼり、/酒ぶねを踏んでも、かわきを覚える。
24:12 町の中から死のうめきが起り、/傷ついた者の魂が助けを呼び求める。しかし神は彼らの祈を顧みられない。

力あるものが弱い者を搾取し虐げている現実を、ヨブは細かく指摘する。
時代のひと時を輪切りにし、その「時」を瞬間風速的に見るなら、確かにそう見える事がある。
しかし神は、そんな有様を見ておられ、彼らの辛さを知っておられる事が、聖書には書いてある。

出エジプト記3:7 主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。
3:8 わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。
3:9 いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。
3:10 さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。

神は見ていないのではない。聞いていないのではない。知らないのではない。
主を敬う民の叫びを聞き、幸いな地へと導いて下さるお方である。
ただ、人の時間と、主の時間は、違うのである。

ヨブ記24:13 光にそむく者たちがある。彼らは光の道を知らず、光の道にとどまらない。
24:14 人を殺す者は暗いうちに起き出て/弱い者と貧しい者を殺し、/夜は盗びととなる。
24:15 姦淫する者の目はたそがれを待って、/『だれもわたしを見ていないだろう』と言い、/顔におおう物を当てる。
24:16 彼らは暗やみで家をうがち、/昼は閉じこもって光を知らない。
24:17 彼らには暗黒は朝である。彼らは暗黒の恐れを友とするからだ。

ヨブはひるがえって強い者が弱い者を虐げている事と、その悪行が裁かれもせず成功している様を指摘している。

24:18 あなたがたは言う、/『彼らは水のおもてにすみやかに流れ去り、/その受ける分は地でのろわれ、/酒ぶねを踏む者はだれも/彼らのぶどう畑の道に行かない。
24:19 ひでりと熱さは雪水を奪い去る、/陰府が罪を犯した者に対するも、これと同様だ。
24:20 町の広場は彼らを忘れ、/彼らの名は覚えられることなく、/不義は木の折られるように折られる』と。

口語訳では、18節は「あなたかたは言う」とあり、そしてカギカッコの言葉を友人たちの言葉としているが、原文はそうではなく、18節から20節の「あなたがたは言う」を除いた言葉を、ヨブが言った言葉としている。
ヨブが、悪人が栄えている様を言って友人たちに反論しているのに、その悪人が裁かれる事をヨブのこの論議の中で言うのはおかしい、と訳者が判断して加えたものと思われる。
ヨブは、悪人が栄えている現実を指摘し、同時に、悪人が裁かれる事もまた忘れずに加えているのだ。

24:21 彼らは子を産まぬうまずめをくらい、/やもめをあわれむことをしない。
24:22 しかし神はその力をもって、/強い人々を生きながらえさせられる。彼らは生きる望みのない時にも起きあがる。
24:23 神が彼らに安全を与えられるので、/彼らは安らかである。神の目は彼らの道の上にある。
24:24 彼らはしばし高められて、いなくなり、/ぜにあおいのように枯れて消えうせ、/麦の穂先のように切り取られる。

悪人の最終的に行く所がどこであろうが、ともかく、この地上において、悪人が裁かれないままはびこっている現実がある。
ヨブはしかも、神が彼らを安全にし、やすらかにし、その悪人の道を守っておられるかのように言っている。
しかし同時に、彼らは結局、消えてなくなる、ということも忘れずに加えている。

24:25 もし、そうでないなら、/だれがわたしにその偽りを証明し、/わが言葉のむなしいことを示しうるだろうか」。

以上のように、ヨブは、神は悪人さえ守り、安全に支えているではないか、という指摘をした。
一体これはどういう事だろう。多くの人も疑問に思う所である。
友人たちの回答を見る前に、聖書の他の箇所を見てみたい。
この疑問への答えは、第二ペテロ3章にある。

2ペテロ3:8 愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。
3:9 ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。

すなわち神は、悪人であれ善人であれ、誰一人として滅びる事を望んでおられず、わざとさばきを遅くしておられるのである。
ある人には、おそい、と思える。
ヨブは、あたかも神は悪人のサポートさえしている、と思ったが、しかし、神のご性質は「あわれみ」であり、そのあわれみの故に、さばきを遅くしているのである。

人は、永遠の視点には立てない。
しかし、永遠の視点に立たれる全能者が、正当なさばきをされる。

ルカ16:19 ある金持がいた。彼は紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮していた。
16:20 ところが、ラザロという貧しい人が全身でき物でおおわれて、この金持の玄関の前にすわり、
16:21 その食卓から落ちるもので飢えをしのごうと望んでいた。その上、犬がきて彼のでき物をなめていた。
16:22 この貧しい人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。
16:23 そして黄泉にいて苦しみながら、目をあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。
16:24 そこで声をあげて言った、『父、アブラハムよ、わたしをあわれんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先を水でぬらし、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの火炎の中で苦しみもだえています』。
16:25 アブラハムが言った、『子よ、思い出すがよい。あなたは生前よいものを受け、ラザロの方は悪いものを受けた。しかし今ここでは、彼は慰められ、あなたは苦しみもだえている。
16:26 そればかりか、わたしたちとあなたがたとの間には大きな淵がおいてあって、こちらからあなたがたの方へ渡ろうと思ってもできないし、そちらからわたしたちの方へ越えて来ることもできない』。

死後の世界が、あるのだ。
ラザロは生前、悪いものを受けたが、その後彼は慰められ続け、ラザロにあわれみを施さなかった金持ちは、死後、苦しみを受け続けている。

人は、死後の世界も、永遠の観点も、持っていない。
しかし永遠なる神は、人が生きている100年そこらの年数のみならず、その後につづく永遠をもひっくるめて、正しいさばきをなさるのである。

ここで勘違いしてはならない事は、生前は金持ちだったら自動的にハデスに落とされるという訳ではないし、生前貧乏なら自動的にパラダイスに行くわけでもない。
実際アブラハムは、生前、金持ちだった。
では、パラダイスに行くか、ハデスに落とされるかの分かれ道は、一体何だろう。

16:27 そこで金持が言った、『父よ、ではお願いします。わたしの父の家へラザロをつかわしてください。
16:28 わたしに五人の兄弟がいますので、こんな苦しい所へ来ることがないように、彼らに警告していただきたいのです』。
16:29 アブラハムは言った、『彼らにはモーセと預言者とがある。それに聞くがよかろう』。
16:30 金持が言った、『いえいえ、父アブラハムよ、もし死人の中からだれかが兄弟たちのところへ行ってくれましたら、彼らは悔い改めるでしょう』。
16:31 アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう』」。

パラダイスに行くか、ハデスに落とされるかの分かれ道、それは「モーセと預言者」である。
すなわち、神の言葉だ。
神の言葉を信じ、それに耳を傾け、それを行う人は、誰でも、信仰の父・アブラハムの元に行き、神の言葉を軽んじ、それを行わないなら、金持ちが行ったところへと行くのである。

金持ちは、たくさんの言葉でアブラハムを説得しようとしたが、人間の議論は、死んだ後に来てしまった場所を変える事はできないし、自分の救いに対して、何の足しにもならない。
ヨブと友人たちの議論、すなわち、主の御名の無い膨大な「人間言葉」の応酬が、神の御前で何の足しにもならなかったのと、同じである。

結局、価値があるのは、神の言葉のみだ。

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