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メッセージ - ツォファルによる最初の弁論 - 数多の言葉から言葉尻を捕らえて議論する事の無意味さ(ヨブ記11章)

ツォファルによる最初の弁論 - 数多の言葉から言葉尻を捕らえて議論する事の無意味さ(ヨブ記11章)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » ヨブ記
執筆 : 
pastor 2018-5-9 7:23

ツォファルによる最初の弁論 - 数多の言葉から言葉尻を捕らえて議論する事の無意味さ(ヨブ記11章)
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メッセージ音声

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11章は、ナアマ人ツォファルによるヨブへの最初の答弁である。

11:1 そこでナアマびとゾパルは答えて言った、
11:2 「言葉が多ければ、答なしにすまされるだろうか。口の達者な人は義とされるだろうか。
11:3 あなたのむなしい言葉は人を沈黙させるだろうか。あなたがあざけるとき、/人はあなたを恥じさせないだろうか。

ツォファルが最初の答弁をする頃になると大分議論が白熱化しヨブが多くの言葉をすでに発したが、それ故にツォファルはヨブを口達者なおしゃべりで、それもそのおしゃべりの内容は、「むなしい(バド:うそ)」、「あざけり」だと決めつけてかかっている。

11:4 あなたは言う、『わたしの教は正しい、/わたしは神の目に潔い』と。

確かにヨブの怒涛のような分量の言葉の中には、そのように言った言葉もあった。(10:7)
しかし怒涛のような言葉を言わなければならない情状があったわけであり、決して彼は理由なく怒涛のような言葉で「うそ」や「あざけり」を言ったつもりは無い。
そこで、この言葉ゆえにますますヨブを苛立たせ、さらにあさってな議論のぶつけあいが白熱化してしまう。

11:5 どうぞ神が言葉を出し、/あなたにむかってくちびるを開き、
11:6 知恵の秘密をあなたに示されるように。神はさまざまの知識をもたれるからである。それであなたは知るがよい、神はあなたの罪よりも/軽くあなたを罰せられることを。
11:7 あなたは神の深い事を窮めることができるか。全能者の限界を窮めることができるか。
11:8 それは天よりも高い、あなたは何をなしうるか。それは陰府よりも深い、あなたは何を知りうるか。
11:9 その量は地よりも長く、海よりも広い。

ツォファルがヨブを、うそとあざけりを口達者にべらべらしゃべっているという思い込みから話している限り、いかに神の素晴らしさを並べようとも、それは苛立たしい羽音に過ぎない。
相手をよく見ない・聞かない伝道は、まさにそのようなものでしかない。

11:12 しかし野ろばの子が人として生れるとき、/愚かな者も悟りを得るであろう。

聖書注解を見ると、彼がこの「ことわざ」を持ちだした理由も、その意味も難解とされているが、いずれにせよヨブが御し難い野ろば、愚か者、と揶揄している事は確かだろう。
相手がどうしてそんなに饒舌になるのか。どうしてそんなに、傍からみれば愚か者のような有様になってしまっているのか。それをまず見て、聞き出す必要がある。
よく聞いてこそ、突かれた人を癒やす舌が与えられるからだ。
イザヤ50:4 主なる神は教をうけた者の舌をわたしに与えて、疲れた者を言葉をもって助けることを知らせ、また朝ごとにさまし、わたしの耳をさまして、教をうけた者のように聞かせられる。

いずれにせよ、ヨブ自身が言葉数を多くしてしまい、その言葉の中に、愚か者と見做されて仕方ないような言葉もあった事は確かである。

箴言10:19 言葉が多ければ、とがを免れない、自分のくちびるを制する者は知恵がある。
伝道者の書5:1 神の宮に行く時には、その足を慎むがよい。近よって聞くのは愚かな者の犠牲をささげるのにまさる。彼らは悪を行っていることを知らないからである。
5:2 神の前で軽々しく口をひらき、また言葉を出そうと、心にあせってはならない。神は天にいまし、あなたは地におるからである。それゆえ、あなたは言葉を少なくせよ。
5:3 夢は仕事の多いことによってきたり、愚かなる者の声は言葉の多いことによって知られる。

ヨブは言葉数を多くして、愚かな声となってしまった。
口から怒涛のように文句を述べたい時は、どうすれば良いか。

ハンナは、ペニンナから礼拝のたびに子供がないという点を突かれてハンナを苛立たせた。
ハンナはペニンナに対し、あるいは夫に対し、怒涛のように愚痴をこぼしても仕方がなさそうな状況であったにもかかわらず、その言葉は一切、言葉の振動として空中に発さず、ただ神にのみ、言葉にならない祈りを捧げた。
彼女は全部、神に持って行った。それゆえ、神は彼女の祈りに答えられ、神に捧げられた子、サムエルという、偉大な預言者を生むに至った。

私達のこのくちびるは汚れており、また、汚れたくちびるの民の間に住んでいる故、私達はそのままでは神の御前に出る事は出来ない。(イザヤ6章)
だからこそ、ただ、神に持っていくべきである。憂い、悲しみ、叫びを。
ヨブは苦難を受けた後、確かにくちびるで罪を犯さなかったが、しかし募る憂いを神に向かって吐き出す事がないままに、友人たちへの言葉のぶちまけに入り、そうして、この段々と白熱化して行く無味な議論へと突入して行ってしまった。

私達はただ、人にではなく、まず神に向かうべきである。

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