メッセージ - 邪悪で汚れた事に「いいね」をする者達の中で(ローマ1:21-32)

邪悪で汚れた事に「いいね」をする者達の中で(ローマ1:21-32)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2017-10-1 20:30

邪悪で汚れた事に「いいね」をする者達の中で(ローマ1:21-32)
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週報/メッセージ(説教)概要

 神を神としてあがめず感謝もしない者達は、ますます邪悪で汚れた性質を帯びて行くが、そのような者達から被害を受けつつ、本当は清く生きたいのに、汚れた習慣・価値観で育ってしまった故、それが分からず、邪悪な汚れた自分を苦しんでいる人達の叫びを、神は聞いておられる。神はそんな彼らに、使者を遣わし、神に立ち返る人々は、栄光の御国へ引き入れて下さる事を、前回、遊女ラハブから学んだ。
彼女以外のその町の者達は、あくまで真の神に敵対し、城門を閉ざし、徹底抗戦の構えを見せたが、今回、そのように頑固に神を受け入れない者達に対し神はどうするか、そして彼らはどうなるのかを学びたい。

エリコの住人のように、唯一なる神を神とせず感謝しない者、神の栄光を、滅ぶべき被造物へと取り替えるような者達へ、神が定められたのは、三つの「パラディドミー:引き渡す、放置する」(24,26,28節)だった。
パラディドミー。それは福音書の中で、特にイエス様が十字架へ「引き渡」される場面において頻繁に登場する。パリサイ人やピラト、そしてイスカリオテのユダは、イエス様を十字架へと「引き渡した」が、彼らのように、不朽の神の御子・キリストを、十字架へとパラディドミーする者に、神は、三つのパラディドミーをする。
24節で、神はそのような者達を、その心の欲望のまま汚れへと「引き渡され」、そのため彼らは互いにその体をはずかしめるようになった事が記されている。神を神と認めない、キリストを救い主として受け入れない、それならどうぞ心の情欲の通りに生きなさい、と、獣以下の汚れへところげ回り落ちるよう放置したのだ。
26節で、神は彼らを恥ずべき情欲に「引き渡され」、女は女同士・男は男同士で恥ずべき欲望に従って生きるようにし、それを恥ずかしいと思わないようになった。「そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである。」(27節) 当然の報い。それは古来から常にあり、ノアの時代には洪水が、ソドムとゴモラには火の刑罰が、それ以降も、諸々の性病の恐ろしい症状という形で、神は明白な「当然の報い」を報復された。
28節では、彼らが神を知ろうとしたがらないため、良くない思いへと「引き渡され」、してはならない事をするようになった、と記されてある。その結果、彼らは22項目の「死に値する」罪を犯すようになる。(多くの訳では21項目だが、原典は31節に「アスポンドス:執念深く和解不能な者」を含めた22項目である)
『彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者、そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり、無知、不誠実、無情、「執念深く和解不能な者(多くの訳で省略)」、無慈悲な者となっている。こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを「行う(パラッソゥシン)」者どもを「是認(スンニュドクシン)」さえしている。』(29-32節)
この「パラッソゥシン」は現在形能動態複数形、すなわち、そのような事を積極的に行っている人が、複数で声を大に「いいね」と互いに持ち上げ合い、組織化・勢力化し、社会現象化する状態である。
「スニュドクシン」とは、「スン(一緒に) + ユードケオ(いいね、魅力的だね、素晴らしいね)」が合わさった言葉で、あの22項目の邪悪で不潔な価値観に対し、「すごくいいね」「素晴らしいね」「ロマンスだね」などと組織的に言い合って、勢力化し、社会現象化させている状態だ。
まさに現在、暴力的で、不潔で、非自然な事が「いいね」ともてはやされる時代で、その汚れた価値観が勢いを持ち、時の権力者がその価値観で世を上塗りさせようとする勢いだが、それはギリシア・ローマ時代や、ノア以前の時代にも蔓延っていたのであり、古来から、神はそのような者達に明確な裁きを降して来た。

何がきっかけで、そうなってしまうのか。それは、頑なに神の御言葉を拒否し続ける事によって、である。
かつてエジプトは、イスラエル民族からの恩を、仇で返し続ける事を何百年も続けた故、神はパロの心を頑なにし、エジプトに災いが降される事によって、神の栄光を現す道具として用いられたのである。
神は、好きこのんで人を頑なにしたり、滅びの器に定めたりするお方ではない(エゼ18:23)。むしろ神は、人を救おうとする故に、一人子を世に与え、その大切な一人子を身代わりの十字架につける程の愛をもって憐れまれたのだ。その尊い愛さえ退け、あくまで欲望のままに歩む事によって、キリストを再び十字架につけようとする者は、神は、そのままその人を汚れへと「引き渡し」、滅びへと導かれるのだ。
今、邪悪な事・汚れた事が「いいね」と持ち上げられる時代の中、きよい者・聖なる者として燦然と輝き、ラハブのように、この時代の中で苦しんでいる人を、一人でも多く救い出す皆さんでありますように!

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