メッセージ - 怠け者は周りがごちそうを食べているのを見ても、自分は食べられない(2列王記7:9-20)

怠け者は周りがごちそうを食べているのを見ても、自分は食べられない(2列王記7:9-20)

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pastor 2017-2-6 6:35

怠け者は周りがごちそうを食べているのを見ても、自分は食べられない(2列王記7:9-20)
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7:9 そして彼らは互に言った、「われわれのしている事はよくない。きょうは良いおとずれのある日であるのに、黙っていて、夜明けまで待つならば、われわれは罰をこうむるであろう。さあ、われわれは行って王の家族に告げよう」。7:10 そこで彼らは来て、町の門を守る者を呼んで言った、「わたしたちがスリヤびとの陣営に行って見ると、そこにはだれの姿も見えず、また人声もなく、ただ、馬とろばがつないであり、天幕はそのままでした」。7:11 そこで門を守る者は呼ばわって、それを王の家族のうちに知らせた。

良い知らせを福音という。福音の良い知らせを、夜の開けるまで、義の太陽が登る時まで、黙っているならば、災いである。

パウロは、自分は伝えなければ災いだ、と言った。自分は全ての人に負債を負っている、だから、伝えずにはいられないのだ、と。

福音とはそういうものである。自分だけが見つけて、いい思いをして、そのまま宝を自分のものとし、自分だけが食べて満ち足りる。主は何故に食べて満ち足らせて下さるか。それは、私達のみならず、全ての人が主の栄光を見、主の素晴らしさを味わうためである。

今回の災いは、イスラエルが主を敬わない、期待しない事ゆえであるが、主はただ簡単に滅ぼし尽くす事をせず、このように何度も何度も立ち返らせるきっかけをつくり、彼らが主に帰るようにさせているのだ。

彼らはアラムという滅ぼすものが主によって消え失せさせられた事によって救われるよき知らせを携えて行ったが、私達はサタンという滅ぼす者から救われ、サタンの抱えていた宝を存分に手に入れ、満ち足りている。それを携えて行かず、黙っているならば、災いなのだ。

 

7:12 王は夜のうちに起きて、家来たちに言った、「スリヤびとがわれわれに対して図っている事をあなたがたに告げよう。彼らは、われわれの飢えているのを知って、陣営を出て野に隠れ、『イスラエルびとが町を出たら、いけどりにして、町に押し入ろう』と考えているのだ」。

王にこの喜びの知らせが告げられると、王はそれを信じたかもしれないが悪い方に取った。あらかじめエリシャから翌日には食べ物が安値で取引される事を告げられていたにもかかわらず。

彼は主エホバの恵みをことごとく悪い方に取って行った。モアブの時には勝手に戦争を起こそうとして、戦いがまだ起こる前から命の危険にさらされた時も、勝手に主を悪いように言い、それでも恵みが注がれてもなお立ち返らず、エリシャを通してシリヤの軍隊をいつでも殺せる状態になった時にはエリシャを「父」と呼んでいたのに、いざ、危機に陥るとエリシャを(伺いに行くのではなく)殺しに行った。

まことに、主に信頼しない、霊的な「怠け者」である。

Pro 26:13  なまけ者は、「道にししがいる、ちまたにししがいる」という。
Pro 26:14  戸がちょうつがいによって回るように、なまけ者はその寝床で寝返りをする。
Pro 26:15  なまけ者は手を皿に入れても、それを口に持ってゆくことをいとう。
Pro 26:16  なまけ者は自分の目に、良く答えることのできる七人の者よりも、自らを知恵ありとする。

まさにこの箴言の通り、彼は「ちまたには獅子がいる」と言って自分の不信仰な「なまけ場所」でごろごろし、ごちそうが目の前に置かれたと言われてもそれを口に持って行こうとせず、自分を知恵ある者と思い込んで、良い知らせを告げに来た人に、余計な見解を混ぜ込んだ。

このように、霊的なまけ者は、福音を聞いても、自分がおいしい思いをせず、周りをもおいしい思いをさせないようにするものだ。

 

7:13 家来のひとりが答えて言った、「人々に、ここに残っている馬のうち五頭を連れてこさせてください。ここに残っているこれらの人々は、すでに滅びうせたイスラエルの全群衆と同じ運命にあうのですから。わたしたちは人をやってうかがわせましょう」。7:14 そこで彼らはふたりの騎兵を選んだ。王はそれをつかわし、「行って見よ」と言って、スリヤびとの軍勢のあとをつけさせたので、7:15 彼らはそのあとを追ってヨルダンまで行ったが、道にはすべて、スリヤびとがあわてて逃げる時に捨てていった衣服と武器が散らばっていた。その使者は帰ってきて、これを王に告げた。

この家来は、徹底的マイナス思考の王を動かすために、どのみち死ぬのだから、だめもとで行ってみましょう、と進言せざるを得なかった。そこで王は、「何もしない」という座から立ち、とりあえず「行って見よ」と命令を下すようになった。そして、行ってみたら、本当にその通りだった。

こうして公に、本当にシリヤはいなくなったのだ、と分かり、そうして人々に知らされた。


7:16 そこで民が出ていって、スリヤびとの陣営をかすめたので、麦粉一セアは一シケルで売られ、大麦二セアは一シケルで売られ、主の言葉のとおりになった。
7:17 王は自分がその人の手によりかかっていた、あの副官を立てて門を管理させたが、民は門で彼を踏みつけたので、彼は死んだ。すなわち、王が神の人のところに下ってきた時、神の人が言ったとおりであった。
7:18 これは神の人が王にむかって、「あすの今ごろ、サマリヤの門で大麦二セアを一シケルで売り、麦粉一セアを一シケルで売るようになるであろう」と言ったときに、
7:19 その副官が神の人に答えて、「たとい主が天に窓を開かれても、そんな事がありえようか」と言ったからである。そのとき神の人は「あなたは自分の目をもってそれを見るであろう。しかしそれを食べることはなかろう」と言ったが、
7:20 これはそのとおり彼に臨んだ。すなわち民が門で彼を踏みつけたので彼は死んだ。

同じ事が繰り返されているが、主が繰り返されている事は大事な事である。

不信仰なこの副官が死んだという事、これと似た事は聖書で繰り返されている。

出エジプトの民のうち、不信仰な者はモーセに斥候を送らせて探らせた。

ヨシュアとカレブは希望の良い報告をもたらしたが、人々は悪いと見て、「行ったら殺される」とマイナス思考し、主を期待せず、エジプトに帰ろう、と言い出した。

彼らは、ごちそうは目の前の置かれてもそれを食べる事ができなかったあの副官のように、自分の子供たちは良い地で良い食べものを食べられても、不信仰で主に対しマイナス思考の者達は、荒野で死んでいってしまった。

これは戒めである。私達は、主に期待し、大いにごちそうにあずかり、悪魔サタンに勝利した主の勝利にあずかるものでありたい。

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