メッセージ - 決して奪われない喜びを創造して下さる主(創世記18:9-15)

決して奪われない喜びを創造して下さる主(創世記18:9-15)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2017-1-8 17:13

決して奪われない喜びを創造して下さる主(創世記18:9-15)
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週報/メッセージ(説教)概要

 年明けの瞬間から始まった天声の礼拝において、イザヤ65章から示された事は、主が新しく創造して下さる「新創造」を、いついつまでも喜び楽しめ、という事だった。主の御手が働かれる所には、喜び、楽しみ、笑いがある。主の御心は、私達がいつも主にあって喜ぶ事だ。(ヨハネ15:11, 17:13, 1テサロニケ5:16)
主は、人を創られると早速、創られた人をエデン(意味:喜び)の園に置かれた。人は本来、主の創造の源である御言葉の中に留まるべきだが、御言葉に背くなら、喜びの園から追放されてしまう。しかし御言葉に留まるなら、主の御言葉による新創造が働き、喜びが帰って来る。今回の箇所は、主が3人の人の姿をとってアブラハムに現れ、喜びを失ってしまった妻・サラに働き、彼女に喜びを返して下さる場面である。

アブラムが99歳の時、主は彼に現れ、アブラムにはアブラハム、妻サライにはサラという新しい名前を与え、またサラには男の子が生まれる事を約束し、その名を「イサク(意味:彼は笑う)」としなさい、と言われた。
その事があってから、まだそんなに日が経っていない時、主は3人の旅人の姿で彼らに現れる。
『そのひとりが言った、「来年の春、わたしはかならずあなたの所に帰ってきましょう。その時、あなたの妻サラには男の子が生れているでしょう」。サラはうしろの方の天幕の入口で聞いていた。』(創世記18:10)
彼らは明らかに只者ではないが、サラはこの不思議な出来事を見ても、まだ心が塞がれていた。
『それでサラは心の中で笑って(ツァハァク:嘲笑、苦笑)言っ た、「わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみ(エデン)などありえようか」。』(12節) 彼女の心を塞いでいたものは、自分には子が生まれないという、何十年もずっと積み立てて来てしまった現実だった。子が生まれる事を、何十年も望みながらも、ずっと叶えられずに過ごし、年老いて、ついに女の道も途絶えてしまった現実。
その現実をなんとか受け止め、強がって、世間で流行っていた方法に従い、女奴隷にアブラハムの子を生ませてみても、かえってもっと惨めで悔しい思いをするだけだった。だから今更、こんな不思議な人達に「子が生まれる」と言われても、わたしに何の楽しみ(エデン)があろうか、と、心でつぶやくしかなかった。
ところが心にその言葉が浮かんだとたん、彼女は心に巡らしていた「現実」から「真実」に引きずり出される。
『主はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑った(ツァハァク)のか。主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。サラは恐れたので、これを打ち消して言った、「わたしは笑いません」。主は言われた、「いや、あなたは笑いました」。』(13-15節)
サラはとてつもなく驚いただろう。恐れただろう。しかしそれは幸いである。絶望と倦怠感に淀み切っていた心に、主が御手を触れ、「真実」によってそれを粉々に砕き、新しい創造を与えられるのだから。
そして実際に来年、100歳のアブラハム、90歳のサラの間に、息子イサクが生まれたのだ。

主はなぜ「笑い」にこだわられたのか。ヘブライ語で見ると、主の意図が浮かび上がってくる。
「ツァハァク」(צְ (ツァディ)+חָ (ヘット)+ק (クフ))の意味は「笑い(嘲笑、冷笑など)」だが、その最初に「יִ (ユッド)」が加わるとイツァハァク、すなわちイサクとなる。文字ユッドの意味は「手、働き」であった。
サラは最初、心なしの笑いをした。ため息混じりの苦笑しか出て来なかったが、そこに主の手が加わった。
人の笑いや嘲笑に、主の御手が加わると、主の新しい創造が生まれ、死んだも同様のアブラハムとサラの間にイサクが、すなわち、決して失われない真の笑いが生まれ、そしてその子孫は、星の数のようになる。
なお、ゲマトリア(ヘブライ語の数字変換)から見ると、ツァディは90、ヘットは8、クフは100であるが、100と90は、イサクが生まれた時のアブラハムとサラの歳だ。そして8は、割礼の日の数字である。主は、アブラハムに割礼の契約を与え、サラも、硬い肉的な思い込みに切り込みを入れられ、そうしてイサクが生まれた。
「サラは言った、「神はわたしを笑わせてくださった。聞く者は皆わたしのことで笑うでしょう」。」(21:6)
私達も、どんなに無気力な笑いや冷笑しか出てこなくても、そこに主の御手が働く時、人のわざでは到底有り得ない「いのち」が創造される。そして主が働く時、私達は決して奪われない喜びと笑いに満ち溢れる。
今、日本のインターネット上は、冷笑、苦笑、望みを失った笑いに満ちている。この国を真の喜びで満たす事が出来るお方は、ただ、主イエス様だけである。主によって決して奪われない喜びと笑いに満たされ、そうしてこの国に真の喜びを届けて行く皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

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