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メッセージ - 秘められたサインを解き明かして下さる主(黙示録1:17-20)

秘められたサインを解き明かして下さる主(黙示録1:17-20)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(新約) » 黙示録(2回目)
執筆 : 
pastor 2016-3-30 22:43

秘められたサインを解き明かして下さる主(黙示録1:17-20)
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メッセージ音声

ヨハネは、主の日(主日:日曜日)に、霊にあって主の御声を聞き、主が開示して下さった幻を見せられた。
その中に現れた主の有様は、圧倒的「聖」であり、圧倒的に清くあられた。
『わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。すると、彼は右手をわたしの上において言った、「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、また、生きている者である。』(黙示録1:17-18a)

自分の内に、罪ややましい所がある人は、権威のある人、正しく聖なる人と相対する時、恐れおののくものである。
主は圧倒的に聖であられ、何の過ちも無いお方であり、その聖なる御顔を向けられるなら、その人は、はなはだ恐れ、倒れ伏すしか無い。
あの屈強なローマ兵もそうであったし(マタイ28:4)、使徒ヨハネも、預言者イザヤも、エゼキエルやダニエルも、皆、そうであった。

しかし主は、主のしもべヨハネに右の手を置き、「恐れるな」と言って下さった。
ヨハネは、自分のことを「あなたがたの兄弟であり、共にイエスの苦難と御国と忍耐とにあずかっている、わたしヨハネ」と言った。(1:9)
私達も、ヨハネと同じような、主にある兄弟姉妹であり、イエスの苦難と御国と忍耐とに共にあずかっている者であるなら、恐れる事は無い。主が右の手を置いて、恐れるな、と語りかけて下さるから。
それは、何と幸いな事だろう。

「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、また、生きている者である。』(黙示録1:17-18a)
主は、この世が始まる以前から、この世の終わりの後さえ、永遠に生きておられる方だ。
そのような永遠なるお方が、私達の主であり、王であり、そして「恐れるな」と言葉をかけて下さる。これこそ、私達がどんな事にも恐れる必要が無い根拠である。

『わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。』(黙示録1:18b)
原文テキスト(Textus Receptus)には、この直後に「アーメン」が挿入されている。
イエス様は確かに、一度、死んだ。しかし、よみがえって、永遠に生きておられる。イエス様はこの事を「アーメン」と言って、「これは確かな事である」という印を押されたのだ。

『そして、死と黄泉とのかぎを持っている。』(黙示録1:18c)
イエス様は、死をも、支配しておられる。
主は、私達のこの肉体のいのちが終わる日も、雀の一羽が地に落ちる日時さえ、支配しておられる。
そして主は、やがて、最後の敵である死をも滅ぼされる。(1コリント15:26)
だから、キリスト者は、死を恐れる必要が無いのだ。

今、この地上で、私達はまだしばし「死」と付き合わなくてはならない。
それは、死とは一切関わりが無いはずのイエス様さえ、人として降りて来られ、人間の死にわざわざ”付き合って”くださったからだ。
この世には、まだまだ救われるべき多くの命たち、死に束縛されながら、そこから解放されたいと切望している人達がまだ多くおり、彼らを救い出すべき務め、すなわち、死に勝利されたイエス・キリストの福音を伝える務めが、まだ残されているからだ。
それを私達が、完遂した後、終わりの日が来る。

『そこで、あなたの「見たこと(エイドー)」、「現在のこと(エイスィ)」、今後起ろうとすることを、書きとめなさい。』(1:19)
「エイドー」には、「見た」の他に、知った、分かった、という意味があり、また「エイスィ」はBE動詞で、すなわち「在る」という意味だ。
主はヨハネに、あなたは幻で見せられた事、すなわち、今真理として在る事、そして、将来必定的に起こるべき事を、見たままを記せ、と命じられた。
だから、この啓示録、すなわち、ヨハネが主から示され、見た事をそのまま書き留めたこの書は、完成された預言の言葉であり、これに付け加えたり、減らしたりしてはならないのだ。(22:19)

黙示録は、誰かに解釈してもらわなければ理解できないサインが多くある。
そしてそれは、人には解釈できないし、解釈する事は、許されてもいない。

『ダニエルは王に答えて言った。「王が求められる秘密は、知者、呪文師、呪法師、星占いも王に示すことはできません。しかし、天に秘密をあらわすひとりの神がおられ、この方が終わりの日に起こることをネブカデネザル王に示されたのです。』(ダニエル2:27-28)
ダニエルが仕えたバビロンの王・ネブカデネザル王に、主が見せられた秘密は、どんな呪法者も、知恵者も解き明かせなかったばかりか、王自身さえ、その夢の内容を自分で言えなかった。
同じように、神である主が見せられた謎を解き明かせるのは、ただ、ほふられた小羊、神の御子、キリストのみである。
黙示録においては、主はサインを与えられられる。しかし、そのサインの秘密を明かす「啓示」も、主はセットで与えて下さるのだ。
そして、その主が与えて下さった解釈こそ正しいものであり、それに対して付け加えたり減らしたりしてはならない。
主はこの啓示録の最初に、サインと、その解釈を、ペアで示された。

主はまず、ヨハネに、7つの金の燭台を見せられそしてその燭台の真ん中を歩まれるお方は、7つの星を右手に握っておられた。
この事は、いったいどういう事か。
それを、主ご自身が、20節で明確に解き明かして下さっている。
『あなたがわたしの右手に見た七つの星と、七つの金の燭台との奥義は、こうである。すなわち、七つの星は七つの教会の御使であり、七つの燭台は七つの教会である。』(黙示録1:20)

ここで、主の右手に「握りしめられた」(2:1)星は、7つの教会の御使である、と、主は明かしている。
「御使い」の原語アンゲロス(エンジェルの元)には、確かに、あの翼がはえた、神々しい天的な使いを意味する事もあるにはあるが、元々は、メッセージを運ぶ者としてのメッセンジャー、頼りを届ける者の意味だ。
つまり、牧師や宣教師、その他、主の意図を取り次いで人に伝える人も、立派にアンゲロスなのだ。

2章以降では、アジヤの7つの教会に、「**にある教会の御使いに書き送れ」と記されているが、ここのアンゲロスは、あの天的な存在の天使ではなく、各教会に遣わされる僕者や説教者、メッセンジャーの事である。
なぜなら、この手紙は、アジアの各教会に、人間の説教者、指導者がもたらし、それぞれの教会で朗読したのであって、天使が各教会に現れてメッセージを伝えたのではないからだ。

黙示録の最初には、この預言の言葉を朗読する者(単数)と、それを聞く人々、守り行う人々は幸いだ、と、記されている。(3節)
つまり、牧師や指導者など、この言葉を朗読する「アンゲロス」を、主は、星として、右の手の中にクラット(しっかり掴んで)して下さるのだ。
私達が御言葉を伝えるアンゲロスとなる時、主が握りしめておられ、離さない。
それは何と心強い事であろうか。
だから私達は、御言葉を伝える時、忠実である事が求められるのだ。

今のこの終わりの時代、私達はこの書を閉じるべきでなく、むしろ朗読し、またそれを聞き、心に留めるべきだ。
これを伝え、主からクラットされる幸いの内に、働いて行く皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

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