メッセージ - 罪のない人が死ぬ代わりに、罪人が生かされる(2サムエル記12:15-23)

罪のない人が死ぬ代わりに、罪人が生かされる(2サムエル記12:15-23)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 2サムエル記
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pastor 2015-8-28 23:40

罪のない人が死ぬ代わりに、罪人が生かされる(2サムエル記12:15-23)
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ダビデは自分の罪を主に認めたゆえ、主は彼の罪を見過ごしにして下さったため、彼は主に打たれて死ぬ事や聖霊が取り上げられたりする事からは免れたが、彼の犯した罪の報いは、彼自身が刈り取る事になる。
『さて主は、ウリヤの妻がダビデに産んだ子を撃たれたので、病気になった。ダビデはその子のために神に嘆願した。すなわちダビデは断食して、へやにはいり終夜地に伏した。ダビデの家の長老たちは、彼のかたわらに立って彼を地から起そうとしたが、彼は起きようとはせず、また彼らと一緒に食事をしなかった。』(2サムエル記12:15-17)

主がダビデに言われた通り、その子に、死の兆候が現れる。
生まれたばかりの自分の子が、死の苦しみに遭っている様を見るのはとても辛い事であるが、ダビデはそれ以上に辛い事情がある。
本来、死の苦しみを受けるべきは、罪を犯した「自分」のはずなのに、その自分はぴんぴんしていて、その代わりに何もしていない自分の子が死の苦しみを味わっているのだ。
ダビデの辛さは、どれ程だっただろう。
彼は、自分が犯した罪の大きさを思い知り、苦しんだだろう。
それで彼は、必死に主のあわれみにすがり求めたのだが、結局祈りは聞かれず、その子は七日後、死んでしまった。

『罪の支払う報酬は死である。』(ローマ6:23前半)
姦淫の罪の報いは死であり(申命記22:24)、また、目には目、歯には歯、という事は、ダビデが無実の人を剣で殺したからには、剣によって撃たれるのが正当だ。
主の敵・サタンが大いにあなどり、ダビデを訴えるとするなら、残念ながら、サタンの訴えは理にかなってしまっている。
かと言って、主がこのダビデの罪をそのまま過ごしにするなら、主の「義」が立たなくなってしまう。
一体どうして、ダビデは生かされるのだろうか。
それは、罪なき命の、身代わりの死によって、である。

私達もそうだ。
本来、私達が犯した罪の刑罰を受け、死ななくてはならない罪人のはずである。
しかし、その私達が罪赦され生かされるとするなら、それは、神の一方的な贈り物の故だ。
その「贈り物」とは、すなわち、罪なきお方・生ける神の御子イエス・キリストである。
彼の身代わりの死によって、私達は生かされた。
そういう訳で、以下のように書かれてある。
『罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。』(ローマ6:23)

『七日目にその子は死んだ。ダビデの家来たちはその子が死んだことをダビデに告げるのを恐れた。それは彼らが、「見よ、子のなお生きている間に、われわれが彼に語ったのに彼はその言葉を聞きいれなかった。どうして彼にその子の死んだことを告げることができようか。彼は自らを害するかも知れない」と思ったからである。しかしダビデは、家来たちが互にささやき合うのを見て、その子の死んだのを悟り、家来たちに言った、「子は死んだのか」。彼らは言った、「死なれました」。』(2サムエル記12:18-19)
家来たちは、思っただろう。
7日も断食して祈り続ける程、熱情的に懇願していたのに、それが叶わずに、子が死んでしまった。彼はその熱情を一体どこに持っていくだろう?
悲しみのあまり後を追っおうとするだろうか。それとも「神様ひどい」とばかりに自暴自棄になるだろうか。色々思い巡らしたかもしれない。
しかしダビデは、彼らの想像を超えた行動を取った。

『そこで、ダビデは地から起き上がり、身を洗い、油をぬり、その着物を替えて、主の家にはいって拝した。そののち自分の家に行き、求めて自分のために食物を備えさせて食べた。』(2サムエル記12:20)
彼は、それまでの熱情的な祈りと断食を一切止めた。
そして真っ先にした事は、身をきれいにし、主の家に入って、礼拝した事だった。

もし、子が死んだと悟ったとたん、何日ぶりかで身体を洗えるとか、何日ぶりかで食べられるといった事に、真っ先に飛びついたとしたら、彼は本当は冷酷で、子を愛していたのではなく、ただのパフォーマンスで断食や祈りをしていたに過ぎない。
また、もしダビデが「こんな事をした主はひどい」と言って主を恨んでいたなら、彼は身を清めて礼拝するなど、しなかっただろう。
しかしそうではない。
彼は真っ先に、主の前に出て、礼拝したのだ。

彼は、自分のした悪と、それに対して主がなさった事を100%受け入れ、同意したからこそ、主の御前に身を清め、礼拝を捧げ、もはや自分の願いや執着は捨て去ったのだ。
これこそ、神の民が取るべき主への従順である。

イエス様も、ゲツセマネの園で、「この杯(十字架)を過ぎ去らせて下さい」と血の汗を流す程、必死に祈った。
しかし、御父の御旨はイエス様が十字架に架かられる事だと示された時、イエス様はそれを100%受け入れ、堂々と十字架へと歩んで行った。
私達もダビデやイエス様にならい、主の御心が示されたなら、それがどんな道であれ、従順して歩むべきなのだ。

イエス様は私達の身代わりになって死んで下さった。そして、よみがえって下さった。
それ故、私達もダビデのように、主のなさる事に同意し、全て自分の願いや執着を主の前に捨て、身を清めて礼拝し、正しく食事をとり、イエス様に生かされた命を感謝しつつ、正当に生て行くべきなのだ。

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