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メッセージ - 間違った誓願(士師記11:29-40)

間違った誓願(士師記11:29-40)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 士師記
執筆 : 
pastor 2014-10-31 20:27

礼拝説教メッセージ音声:間違った誓願(士師記11:29-40):右クリックで保存

『エフタは主に誓願を立てて言った、「もしあなたがアンモンの人々をわたしの手にわたされるならば、わたしがアンモンの人々に勝って帰るときに、わたしの家の戸口から出てきて、わたしを迎えるものはだれでも主のものとし、その者を燔祭としてささげましょう」。』(士師記11:30-31)

エフタは、余計な誓願を立ててしまった。
前回の箇所で、エフタは信仰を混ぜた真理のことばの宣言によって、真理の面では勝利は既に確定している。
だから、あとは審判者であられる主に任せておけば、そのまま難なく主が勝利を与えて下さるはずだ。
ちょうどダビデが、ゴリアテとの対決の前に、信仰を混ぜた真理のことばによって主の戦いと宣言し、そのまま実際に難なく勝利したように。

彼は恐らく、自分の覚悟の表明のために「わたしを迎えるものはだれでも主のものとし、その者を燔祭としてささげましょう」と、誓願を立てたのであろうが、人間を燔祭(全焼のいけにえ)としてささげるような事は、律法のどこにも書いていない。
むしろ、『あなたがたのうちに、自分のむすこ、娘を火に焼いてささげる者があってはならない。』(申命記18:10) と書いてある。
もしかしたら、イスラエルが18年の間色々な神々に仕えている内に、人間を捧げる事が、何か困難かつ高尚な捧げものであるかのような価値観が、彼の信仰に混じってしまったのかもしれない。

『エフタはアンモンの人々のところに進んで行って、彼らと戦ったが、主は彼らをエフタの手にわたされたので、アロエルからミンニテの附近まで、二十の町を撃ち敗り、アベル・ケラミムに至るまで、非常に多くの人を殺した。こうしてアンモンの人々はイスラエルの人々の前に攻め伏せられた。』(士師記11:32-33)
アモン人との戦いの勝利は、わずか2節で、実にあっけなく完結している。この」勝負は、エフタの真理の御言葉の宣言によって、既についていたからだ。
聖書はむしろ、エフタのその後の行動や心理描写のほうに、紙面を割いている。
エフタは、アンモン人という”外敵”に苦しめられる事は無かったが、自分の口から出たことば、自分の誓った内容によって、苦しめられる。
目に見える外敵よりも、むしろ、自分達の内にある思い込みや不信仰という”内なる敵”こそ、やっかいなのだ。

『やがてエフタはミヅパに帰り、自分の家に来ると、彼の娘が鼓をもち、舞い踊って彼を出迎えた。彼女はエフタのひとり子で、ほかに男子も女子もなかった。エフタは彼女を見ると、衣を裂いて言った、「ああ、娘よ、あなたは全くわたしを打ちのめした。わたしを悩ますものとなった。わたしが主に誓ったのだから改めることはできないのだ」。娘は言った、「父よ、あなたは主に誓われたのですから、主があなたのために、あなたの敵アンモンの人々に報復された今、あなたが言われたとおりにわたしにしてください」。』(士師記11:34-36)
よりによって彼を出迎えたのは、最愛の、ひとり娘だった。
彼が主に誓った言葉によると、最愛の娘を全焼のいけにえとして捧げなくてはならなくなってしまった。
最愛の娘を全焼のいけにえとして捧げれば、主は喜ぶのだろうか?
否、子供を全焼のいけにえとして捧げるなど、主が命じることではなく、定めたことでもなく、主が思いもしなかったことである。(エレミヤ19:5)

主は全能なるお方だから、最愛の娘でない人物を迎えに出した事ができたであろうし、エフタも躊躇なくその者を捧げたであろう。
しかしもしそうであったなら、人間を主に全焼のいけにえとして捧げればエフタのように大活躍が出来、何でも願い事が叶う、といった、誤った価値観が広まってしまっただろう。

誰か他の人間を捧げる事よりも、もっと大事な事がある。まずは自分自身がへりくだり、砕かれたたましいとなって、主の前に霊とまことの礼拝を捧げる事である。
『あなたはいけにえを好まれません。たといわたしが燔祭をささげても/あなたは喜ばれないでしょう。神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心を/かろしめられません。』(詩篇51:16-17)
『「わたしは何をもって主のみ前に行き、高き神を拝すべきか。燔祭および当歳の子牛をもって/そのみ前に行くべきか。主は数千の雄羊、万流の油を喜ばれるだろうか。わがとがのためにわが長子をささぐべきか。わが魂の罪のためにわが身の子をささぐべきか」。人よ、彼はさきによい事のなんであるかを/あなたに告げられた。主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。』 (ミカ6:6-8)

イエス様も言っている。
『『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。』(マタイ9:13)
イエス様は、どんな金持ちの多額の献金よりも、わずか2レプタを捧げたやもめにこそ目を留められた。
私達は、何をいくら捧げるかという事より、まずは自分を下ろし、へりくだった心をもって、霊とまことによる礼拝をこそ主に捧げるべきだ。

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