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メッセージ - 必ず成就する主の約束(ヨシュア記21:43-45)

必ず成就する主の約束(ヨシュア記21:43-45)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » ヨシュア記
執筆 : 
pastor 2014-8-14 19:50

礼拝説教メッセージ音声:必ず成就する主の約束(ヨシュア記21:43-45):右クリックで保存

『このように、主が、イスラエルに与えると、その先祖たちに誓われた地を、ことごとく与えられたので、彼らはそれを獲て、そこに住んだ。主は彼らの先祖たちに誓われたように、四方に安息を賜わったので、すべての敵のうち、ひとりも彼らに手向かう者はなかった。主が敵をことごとく彼らの手に渡されたからである。主がイスラエルの家に約束されたすべての良いことは、一つとしてたがわず、みな実現した。』(ヨシュア記21:43-45)
今回の箇所をもって、500年ほど前より主が約束しておられた事、彼らの先祖・アブラハム、イサク、ヤコブに対して「この地を与える」と約束されていた事が、成就した。

主は、個人や家族、その子孫に、あるいは、国や人類全体に与える約束があるが、聖書は、人類全体に与えられた”契約”であり、それも「旧契約聖書」と「新契約聖書」から成る。
そして、この聖書に記されている内容から、逃れる人は、誰もいない。
アブラハムやヨシュアのように、与えられた契約を信じて、そのとおり実行するなら、約束されている「良いこと」は必ずその人や家族、子孫、国に、必ず実現するが、主の約束を信じず、その言葉を軽んじるなら、聖書に記されている「呪い」が、その人や家族、子孫、国に、必ず実現する。
『天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。天から雨が降り、雪が落ちてまた帰らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、種まく者に種を与え、食べる者にかてを与える。このように、わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果す。』(イザヤ55:9-11)

『主は彼らの先祖たちに誓われたように、四方に安息を賜わったので、すべての敵のうち、ひとりも彼らに手向かう者はなかった。主が敵をことごとく彼らの手に渡されたからである。』(ヨシュア記21:44)
主は、土地を与えて下さったばかりでなく安息を、そして、敵を、彼らの手に渡して下さったと記されている。
しかし、イスラエル十二部族は、必ずしも、この領地内の全ての敵を打ち滅ぼした訳ではなかった。例えば、ヨセフ族は谷間に住むカナン人が鉄の戦車を持っている事を理由に攻め入っていないし、またベニヤミン族も、難攻不落に見えるエルサレムの要害を、手つかずのままにしてしまっている。

主は、鉄の戦車の装備を持つ敵も、難攻不落の要害も、全て彼らの手に渡している事には変わりはない。
つまり、真理の上では、主は既にそこの敵を彼らの手に渡しており、それを信じて攻め入るなら、信じた事が実体化して、彼らの手に実際に渡るのである。
ヨシュアも「カナンびとは鉄の戦車があって、強くはあるが、あなたはそれを追い払うことができます」と言っている(ヨシュア記17:18)。
しかし彼らは、主の約束を信じるよりも、鉄の戦車の強そうな様や、要害の堅固そうな様のほうを信じてしまい、主に言われた事を実行しないまま、放置してしまっているのだ。
それが後になって、彼らの罠となってしまう。

『それだから、神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意しようではないか。というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。』(ヘブル4:1-3)
安息に入れる者と、入れない者とが、厳然として”いる”事が記されている。
御言葉の約束が与えられていて、それを信じて進み行くなら、その信仰の実体を手に入れて安息するが、しかし、せっかく御言葉が与えられているのに、恐れて進み行かないなら、手に入れる事は出来ないまま滅んでしまう。

『そこで、その安息にはいる機会が、人々になお残されているのであり、しかも、初めに福音を伝えられた人々は、不従順のゆえに、はいることをしなかったのであるから、神は、あらためて、ある日を「きょう」として定め、長く時がたってから、先に引用したとおり、/「きょう、み声を聞いたなら、/あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」/とダビデをとおして言われたのである。もしヨシュアが彼らを休ませていたとすれば、神はあとになって、ほかの日のことについて語られたはずはない。』(ヘブル4:6-8)
ヨシュアは、確かにイスラエルの民を約束の地・カナンに導き入れたが、そこは真の安息の地ではない。
私達にも用意されている真の安息があり、そこは、御言葉を自らの信仰へと混ぜ込み、自分のわざをやめる人のみが入れる領域である。

『こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。なぜなら、神の安息にはいった者は、神がみわざをやめて休まれたように、自分もわざを休んだからである。したがって、わたしたちは、この安息にはいるように努力しようではないか。そうでないと、同じような不従順の悪例にならって、落ちて行く者が出るかもしれない。』(ヘブル4:9-11)

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