メッセージ - 苦もなく安息に入る人の特徴(ヨシュア記2:15-24)

苦もなく安息に入る人の特徴(ヨシュア記2:15-24)

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執筆 : 
pastor 2014-5-28 23:29

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『そこでラハブは綱をもって彼らを窓からつりおろした。その家が町の城壁の上に建っていて、彼女はその城壁の上に住んでいたからである。』(ヨシュア記2:15)

ラハブは、城壁の中に建て込まれていた”マンション”の一室に住んでいたため、彼らを安全に送り出すために、その窓から吊り降ろした。
このようにして助けだされた二人は、約束どおり、ラハブとその家族の救いの方法を示した。
『ふたりの人は彼女に言った、「あなたがわれわれに誓わせたこの誓いについて、われわれは罪を犯しません。われわれがこの地に討ち入る時、わたしたちをつりおろした窓に、この赤い糸のひもを結びつけ、またあなたの父母、兄弟、およびあなたの父の家族をみなあなたの家に集めなさい。ひとりでも家の戸口から外へ出て、血を流されることがあれば、その責めはその人自身のこうべに帰すでしょう。われわれに罪はありません。しかしあなたの家の中にいる人に手をかけて血を流すことがあれば、その責めはわれわれのこうべに帰すでしょう。』(ヨシュア記2:17-19)

主から指示された救いの印を付けて、その中でじっとしている。そうするなら、さばきの日に守られる。
これは、聖書の色々な箇所において共通する、救いの方法である。(出エジプト記12:7、ヨシュア2:18-21、エゼキエル9章、黙示録7:3,9:4)

二人の斥候は、ラハブに、救われるために「赤い印」を家に付すよう指示したが、それは、主がイスラエルをエジプトから救い出された時を彷彿させる。
『主が行き巡ってエジプトびとを撃たれるとき、かもいと入口の二つの柱にある血を見て、主はその入口を過ぎ越し、滅ぼす者が、あなたがたの家にはいって、撃つのを許されないであろう。』(出エジプト記12:21-23)

かつてイスラエルは、エジプトがさばかれる日、血潮の赤いしるしを付与し、滅びを免れた。
その日、血潮の赤いしるし境に、いのちと死がはっきり分かれた。
ほふられた小羊の血のしるしの内では、ごちそうと安全と感謝があり、しるしの外側では、死と叫びと滅びがあったのだ。

この”赤いしるし”の内側に助けを求めて来る人が救われる事は、今の私達も全く同じである。
すなわち、世の罪を取り除くまことの小羊イエス・キリストの血によって、人の罪は洗い清められ、その血潮の内側に救いを求めて来る人は、誰でも、罪が赦され、罪の刑罰をまぬがれ、さばきの日には滅びは届かず、改まった世において永遠に生きる幸いが与えられるのだ。
『イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」』(ヨハネ11:25)
そして、ほふられた小羊キリストに贖われた人達は、救いを成就して下さった彼を、永久にほめたたえるのである。
『ほふられた小羊こそは、力と、富と、知恵と、勢いと、ほまれと、栄光と、さんびとを受けるにふさわしい。』(黙示録5:12)

『ラハブは言った、「あなたがたの仰せのとおりにいたしましょう」。こうして彼らを送り出したので、彼らは去った。そして彼女は赤いひもを窓に結んだ。』(ヨシュア記2:21)
「あなたの仰せのとおりに」。
これこそ、苦もなく救われる人が、よく口にする言葉である。
赤い印を結ぶのは、裁きの日の前日でも、滅びのラッパが吹き鳴らされる直前でも別に良かったのだが、彼女は、言われた時にすぐに実行した。

大いなる裁きの日、赤い印を結んだ状態で、かつ、その中にいる事。
それが、救いの条件であるが、御言葉に対し「でも」や「だって」が多い人は、信仰の歩みには苦労が多い。
そういう人は、御言葉を身勝手に解釈して、ややこしい事をしたり、人々に「あれせよ、これせよ」と言っておきながら、かんじんのその日、見事に赤いしるしを結び忘れていたり、あるいは、しるしの外に飛び出して、滅びてしまったりするのである。

私達も、自分自身に結びつけるべきものがある。
それは「御言葉」であり、信仰によって結びつけるものである。
『それだから、神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意しようではないか。というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、「信仰によって結びつけ」られなかったからである。ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。』(ヘブル4:1-3)

信仰によって結びつける、それは、自我のうごめく自分自身の心をとりこにし、御言葉に服従させ、御言葉を交ぜ合わせ、その御言葉と一体化する事である。
聞いた御言葉に、信仰を交ぜないなら、聞いた御言葉は何の益にもならないし、決して安息に入れない。
「彼等は聞きし言葉に信仰を交ぜざりしかば、その聞ける言葉も彼等を益せざりき。」(永井訳 ヘブル4:2)

苦もなく安息へと入る人は、聞いた御言葉を、信仰によって、自身に結びつける人である。
聞いた御言葉に、信仰を混ぜ込んで、御言葉と一体化するなら、御言葉の守りが、きよめが、私達へと一体化され、そうして私達は、滅びを免れるのである。

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