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メッセージ - 親が子の肉を食う程の食糧難(申命記28:49-57)

親が子の肉を食う程の食糧難(申命記28:49-57)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 申命記
執筆 : 
pastor 2014-4-10 22:53

礼拝説教メッセージ音声:親が子の肉を食う程の食糧難(申命記28:49-57):右クリックで保存

それでも主の御声に聞き従わず、頑なに自分のやりたい事、自分の行きたい道を貫こうとする者には、さらに激しいのろいが示されている。
『主は、遠く地の果てから、わしが飛びかかるように、一つの国民にあなたを襲わせる。その話すことばがあなたにはわからない国民である。その国民は横柄で、老人を顧みず、幼い者をあわれまず、あなたの家畜の産むものや、地の産物を食い尽くし、ついには、あなたを根絶やしにする。彼らは、穀物も、新しいぶどう酒も、油も、群れのうちの子牛も、群れのうちの雌羊も、あなたには少しも残さず、ついに、あなたを滅ぼしてしまう。』(申命記28:49-51)
この事は、イスラエルの歴史で実際に起こった。
ずっと後の時代、北イスラエル王国はアッシリアに、南ユダ王国はバビロン王国に攻め落とされ、散らされ、鉄の枷に繋がれて、連れて行かれた。

『その民は全国ですべての町を攻め囲み、ついにあなたが頼みとする、堅固な高い石がきをことごとく撃ちくずし、あなたの神、主が賜わった国のうちのすべての町々を攻め囲むであろう。あなたは敵に囲まれ、激しく攻めなやまされて、ついにあなたの神、主が賜わったあなたの身から生れた者、むすこ、娘の肉を食べるに至るであろう。』(申命記28:52-53)
これ程の深刻な食糧難は、預言者エリシャの時代のサマリヤに、バビロン捕囚前後のイスラエルに、そして、イエス様を十字架につけた直後のイスラエルにおいて実際に起こった。
その時の人々の霊的状況や、主に対する態度はどのようであったのか、2列王記6−7章から知ることが出来る。

『この後スリヤの王ベネハダデはその全軍を集め、上ってきてサマリヤを攻め囲んだので、サマリヤに激しいききんが起った。すなわち彼らがこれを攻め囲んだので、ついに、ろばの頭一つが銀八十シケルで売られ、はとのふん一カブの四分の一が銀五シケルで売られるようになった。』(2列王記6:24-25)
銀一シケルは、日当の3〜4倍相当であるから、食料価格のとてつもない暴騰である。

そのような時、ある女が王に訴えをした。
『「この女はわたしにむかって『あなたの子をください。わたしたちは、きょうそれを食べ、あす、わたしの子を食べましょう』と言いました。それでわたしたちは、まずわたしの子を煮て食べましたが、次の日わたしが彼女にむかって『あなたの子をください。わたしたちはそれを食べましょう』と言いますと、彼女はその子を隠しました」。』(同28-29節)
まさに、次の御言葉の、文字通りの成就である。
『あなたがたのうちのやさしい、柔和な女、すなわち柔和で、やさしく、足の裏を土に付けようともしない者でも、自分のふところの夫や、むすこ、娘にもかくして、自分の足の間からでる後産や、自分の産む子をひそかに食べるであろう。敵があなたの町々を囲み、激しく攻めなやまして、すべての物が欠乏するからである。』(申命記28:56-57)

この女の王への訴えとしては、約束した通り行使しなかったのだから、当初の約束の通りに、相手の女の子供を食わせて欲しい、という事であろうが、内容が内容である。
このような常軌を逸した内容を、それも、恥も外聞も無しに、大勢の前で、城壁を歩いている王に向かって大声で訴えている。
もはや、人間性のかけらもない状態である。

『王はその女の言葉を聞いて、衣を裂き、――王は城壁の上をとおっていたが、民が見ると、その身に荒布を着けていた―― そして王は言った「きょう、シャパテの子エリシャの首がその肩の上にすわっているならば、神がどんなにでもわたしを罰してくださるように」。』(同30-31節)
彼は荒布を着けていて、外見上は、あたかも悔い改めて身を慎んでいるかのように見えるが、この王の言葉は、注目に値する。
その言っている事は外面の装いとは真逆で、神の遣わされた預言者エリシャは殺すべし、と言っているのだ。
御言葉に照らすなら、自分の衣を裂くより、むしろ、自分達が神の御言葉に背いた事を悔い、臣下にこのような不幸を招いてしまった事を、心を裂いて悔い改めるべきなのに、それをせず、むしろ、災いを預言した預言者が悪い、あんな預言をするから、この国にこんな悲惨が起きただ、だから殺してやる、という考えなのだ。

また、王の使者もエリシャに言っている。
「この災は主から出たのです。わたしはどうしてこの上、主を待たなければならないでしょうか。」(同33節)
自分達は主に幸いを期待していたのに、でも来たのは、こんなにも非道い災いだ、一体主に、何を期待できようか、という考えなのだ。

思い出して欲しい。祝福が与えられるためには条件があり、順序があった事を。
主から幸いが与えられるためには、順序として、まず人の側がしなければならない事がある。すなわち、主の御声によく聞き従い、主の全ての命令を守り行なう、という”条件”を、人の側が満たしたなら、主はその人に幸いを与えられる。(申命記28:1)
しかし、主の御声に聞き従わず、主の全ての命令とおきてを守り行う事をいつまでも保留し、行なわないのであれば、申命記28章15節以降に記されている全ての呪いが臨む、と、モーセは既に何百年も前から条件開示している。(同15節)

『エリシャは言った、「主の言葉を聞きなさい。主はこう仰せられる、『あすの今ごろサマリヤの門で、麦粉一セアを一シケルで売り、大麦二セアを一シケルで売るようになるであろう』」。時にひとりの副官すなわち王がその人の手によりかかっていた者が神の人に答えて言った、「たとい主が天に窓を開かれても、そんな事がありえましょうか」。エリシャは言った、「あなたは自分の目をもってそれを見るであろう。しかしそれを食べることはなかろう」。』(2列王記7:1-2)
王の副官もまた、「主はそんな事はなさらない」と”不信仰告白”をしている。
そのような主に期待しない心の持ち主は、主が顧みて下さり恵んで下さる”わざ”は目にしても、それを享受する事は出来ないのである。

この時代のサマリヤは、預言者に示された主の御声に聞き従わず、かえって預言者を殺そうとするような霊的状態だったからこそ、親が子の肉を食べるまでの食糧難に陥ってしまった。
バビロン捕囚直前のイスラエルも、預言者エレミヤに示された主の御声に聞き従わず、その手紙を破って火にくべ、預言者を迫害したからこそ、そこまでの食糧難に陥った。
そしてイエス様の時代、神が御子キリストを直接使わして、御国の福音を語ったにもかかわらず、人々は悔い改めるどころか、逆に御子を退け、外に追い出し、十字架につけて殺してしまった。
だからこそローマ帝国に攻められ、イスラエルは、城壁も神殿も石が一つも積み上がっていない程にまで崩され、マサダの要塞に立て籠もったユダヤ人達は、深刻な食糧難の末に、壮絶な最後を遂げた。

いずれの時も、御言葉への不従順を繰り返し、主から遣わされた預言者の言葉を拒否し、迫害したり、殺したりしたからこそ、このような悲惨な事態に陥ったのだ。
私達もそうならないためには、主への不従順は速やかに捨て、頑なさを捨て去るべきである!
御言葉によって悔い改めが促されたら、すぐにでも自分を下ろし、悔い改め、御言葉に従順し、速やかに幸いを得る皆さんでありますように!
イエス様の名前によって祝福します!

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