メッセージ - 罪祭(罪のためのいけにえ)に関する祭司のつとめ(レビ記6:24-30)

罪祭(罪のためのいけにえ)に関する祭司のつとめ(レビ記6:24-30)

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執筆 : 
pastor 2013-4-25 22:14

礼拝説教メッセージ音声:罪祭(罪のためのいけにえ)に関する祭司のつとめ(レビ記6:24-30):右クリックで保存

『「アロンとその子たちに言いなさい、『罪祭のおきては次のとおりである。罪祭は燔祭をほふる場所で、主の前にほふらなければならない。これはいと聖なる物である。罪のためにこれをささげる祭司が、これを食べなければならない。すなわち会見の幕屋の庭の聖なる所で、これを食べなければならない。』(レビ記6:25-26)
ここでは、罪祭として捧げられた肉は、祭司が食べて良い、と言われているが、中には食べてはならないものもある。
すなわち、その血を会見の幕屋に携えて行き、聖所で贖いに用いた罪祭は、食べてはならない。(30節)

聖所へ血を携えて行って、贖いをするいけにえといえば、祭司や、イスラエルの会衆全体の罪のために捧げられた、雄牛である。(4:3-21)
それは、食べることが出来ないが、一般人や民の長のための罪祭は、聖所へ血が持ち込まれないため、食べることが出来る。
いや、むしろ、食べなくてはならない、と言われている。
『モーセは罪祭のやぎを、ていねいに捜したが、見よ、それがすでに焼かれていたので、彼は残っているアロンの子エレアザルとイタマルとにむかい、怒って言った、「あなたがたは、なぜ罪祭のものを聖なる所で食べなかったのか。これはいと聖なる物であって、あなたがたが会衆の罪を負って、彼らのために主の前にあがないをするため、あなたがたに賜わった物である。見よ、その血は聖所の中に携え入れなかった。その肉はわたしが命じたように、あなたがたは必ずそれを聖なる所で食べるべきであった」。』(レビ記10:16-18)

それにしても、人々の罪を負って「罪」とされた動物を、食べていいものなのだろうか。
食べる事によって、罪をその身に負う事にならないのだろうか。
それにまた、罪祭の肉は「最も聖なるもの」と言われているが、一体なぜ、罪とされた動物の肉が、最も聖なるものなのだろう。
それは、私達の主、イエスキリストを見る時、合点がいく。

『神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。』(2コリント5:21)
罪祭の犠牲とされる動物は、元々、罪がないのに、罪を犯した人間が手を置くことによって、罪として一体化される。
同じようにキリストも、元々、罪を知らないお方であったのに、私達の身代わりとなるため、「罪」そのものとされた。
私達は、その罪とされたキリストの肉を食べ、血を飲む事によって、罪を処罰されたキリストと一体化とされ、罪なき者、聖なる者とされるのだ。

『すべてその肉に触れる者は聖となるであろう。』(レビ記6:27)
普通なら、汚れた者の衣に触れる時、そのものは汚れ、また、聖なる肉を運んでいる人の衣が何かに触れても、それは聖なるものとはならない。(ハガイ2:12)
しかし、私達の罪を除くために、罪祭とならって下さったイエス様は、例外である。
12年間長血を患った女は、律法上は汚れていたが、彼女が信仰を持ちつつイエス様の衣に触れた結果、彼女はきよくせられた。
私達の主、イエス様に、信仰をもって触れるのであれば、私達も清くせられるのである。

『すべてその肉に触れる者は聖となるであろう。もしその血が衣服にかかったならば、そのかかったものは聖なる所で洗わなければならない。またそれを煮た土の器は砕かなければならない。もし青銅の器で煮たのであれば、それはみがいて、水で洗わなければならない。』(レビ記6:27-28)
罪の事や聖なる事に用いられた器は、そのまま、他の事に用いられてはならず、土の器は砕かれ、青銅の器はよく洗われなくてはならない。
また、罪祭のいけにえには、食べて良い「期間」があり、罪祭で流される血も、罪を贖う「有効期間」があるのだ。

過越の子羊は、祭りの日の、日の入りから日の出までの間に食さねばならず、朝になった時、それは火で焼かれなくてはならない。(出エジプト記12:10)
過越の子羊は、それ以外の期間に食べてはならないものであり、過越の日没から日の出までの間に、子羊の血が塗られた扉の外にいた者は、それにあずかってはならない。
なぜなら、過越の「夜」という期間はエジプトに対しては災いが下っており、イスラエルは守られており、その間に過越の子羊は食さねばならぬものであるからだ。
その期間が終わって朝になった時には、もう、イスラエルの民は約束の地へと出立し、エジプト人は、死の悲しみの中、エジプトに留まる他に無いのだ。
同じように、裁きの日が来た時、あらかじめ与えられている恵みの期間に、血潮のしるしの内側に入らなかった者は、死と滅びの中に留まり続け、恵みの期間にイエスの血潮によって清められ、滅びを免れた者達は、天の御国へと入れられるのである。

恵の時、救いの時には「期間」がある。
『私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。』(2コリント6:1-2)
その恵みの期間に、主イエスを信じる者は、救いへと入れられるのである。

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