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メッセージ - より優れた故郷を目指して(創世記50:22-26)

より優れた故郷を目指して(創世記50:22-26)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 創世記
執筆 : 
pastor 2012-10-23 23:51

礼拝説教メッセージ音声:より優れた故郷を目指して(創世記50:22-26):右クリックで保存

神はヨセフに多くの権威と力を任せたが、それは、彼は諸々の試練を通して神の民としての品性を豊かに持つ者となったからである。
ヘブル11章には、信仰の偉人達の列伝が記されているが、ヨセフが人生の中で信仰を最も顕著にあらわした時は、臨終の時だったとヘブル書の記者は記している。
「信仰によって、ヨセフはその臨終に、イスラエルの子らの出て行くことを思い、自分の骨のことについてさしずした。」(ヘブル11:22)

ヨセフの生涯を学んて来た私達は、ヨセフが信仰を現した所は他にもっとあるだろう、と思うかもしれない。
なぜヘブル書の記者は、ヨセフの臨終の時を、最も顕著に信仰が現している、と判断したのか。
それは彼は、エジプトで為した偉業や人々からの栄光などは全く眼中に無く、それより神の民に加えられる栄光の方が、遥かに優れたものだと、行動を持って示したからである。

『ヨセフは兄弟たちに言った、「わたしはやがて死にます。神は必ずあなたがたを顧みて、この国から連れ出し、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に導き上られるでしょう」。さらにヨセフは、「神は必ずあなたがたを顧みられる。その時、あなたがたはわたしの骨をここから携え上りなさい」と言ってイスラエルの子らに誓わせた。』(創世記50:24-25)

ヨセフはここで「顧みて」という言葉を二度使っている。
普通聖書で「顧みる」という言葉を使う時は、良くない惨めな状態を神様が「顧みて」、そこから救い出して下さる、というニュアンスで良く用いられる。

ヨセフが死のうとしている時のイスラエル民族は、エジプト・ゴシェンの肥沃な地に定住し、破竹の勢いで増え広がっている真っ最中で、欠ける所も顧みられる必要も、何も無かったはずである。
藤原道長が『「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」(「この世は 自分(道長)のためにあるようなものだ 望月(満月)のように 何も足りないものはない」という意味)』(wikipedia)と詠んだ時のような状態であったはずだ。

しかしヨセフが「顧みて」と言ったのは、イスラエルの民が神の約束された地におらず、エジプトという異国の異教の地にいる事自体、救われる必要のある状態だったと知っており、いかに世の富に溢れ、自民族が強くなり、安泰であっても、神に顧みられてエジプトを脱出する必要があり、そして神は必ずそうして下さると確信していたのだ。
ヨセフはイスラエル民族繁栄の最大功労者であり、エジプトで偉大な功績を残したのに、そのようなエジプトの偉人として偉大な墓に葬られるなど、一切、眼中に無く、ただ彼の望みは、神の用意された約束の地にあったのである。
「しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。だから神は、彼らの神と呼ばれても、それを恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである。」(ヘブル11:16)
私達も真のふるさと、神の支配される天の王国に戻る事こそ、私達が何にも勝って求めるべきものである。

ヨセフに与えられた奉仕は”たまたま”エジプトの総理大臣だったが、便所掃除の奉仕も、ちり一つ拾うような事さえも、イエスキリストの故に為すなら、尊い奉仕である事には変わりない。
ただ、尊い事に用いられる器、卑しい事に用いられる器は、確かにある。
『神の不動の礎は堅く置かれていて、それに次のような銘が刻まれています。「主はご自分に属する者を知っておられる。」また、「主の御名を呼ぶ者は、だれでも不義を離れよ。」大きな家には、金や銀の器だけでなく、木や土の器もあります。また、ある物は尊いことに、ある物は卑しいことに用います。
ですから、だれでも自分自身をきよめて、これらのことを離れるなら、その人は尊いことに使われる器となります。すなわち、聖められたもの、主人にとって有益なもの、あらゆる良いわざに間に合うものとなるのです。』(2テモテ2:19-21)
もし神の御前に尊い事に用いられたいのであれば、不義を離れ、自分自身をきよめる事である。


いよいよ今回で、創世記の学びは最後である。
創世記の3章から黙示録までは、実に、神と人とが永遠に共に住めるまでに整えるための贖いの歴史であり、それは黙示録21章で完成する。
人が神の言葉に逆らって、罪と死の呪いを全被造物に招いてしまった所から、いかに人を贖い、救うか。それが聖書の概要であり、その最重要キーパーソンは、イエスキリストである。

イエスキリストの預言は、人が堕落した直後、創世記3章15節にて早くから為されている。
「お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に/わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き/お前は彼のかかとを砕く。」(創世記3:15)
この「女の子孫」を世に送り出すために、一人の人すなわちアブラハムを神は選び、アブラハムから神に贖われた一つの民族を興し、その民族が、エジプトのゴシェンの地で大いに増え広がりを見せようとする所で、創世記は終わる。

人の道は、エデンの園以来、二つに一つである。
すなわち、神の言葉に従順して神主体で生きるか、それとも、神の言葉を退け、自分主体で生きるか。
神の民は、自分を退け、神の御言葉を優先させて生きる民であり、アブラハム、イサク、ヤコブ、そしてヨセフは、その性質へと整えられ、その品性に生きた。
私達も彼らのように、地上の事は思わず、天の故郷を目指しつつ、神と共にこの地上を生きるのである。

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