メッセージ - レア - 嫌われ女が得た後の栄光(創世記29:31-35)

レア - 嫌われ女が得た後の栄光(創世記29:31-35)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 創世記
執筆 : 
pastor 2012-8-8 22:19

礼拝説教メッセージ音声:レア - 嫌われ女が得た後の栄光(創世記29:1-14):右クリックで保存

レアの名は「疲れた」「飽きた」という意味で、ラケルの名には「雌羊」という意味がある。
ひどい話だが、彼女は生まれながら「疲れた」「飽きた」という意味で、呼ばれていたのだ。
レアはラケルに名前で負け、美貌でも負け、夫に愛される度合いにおいても負け、しかも「きらわれていた」(創世記29:31,33)。
主は、レアがきらわれているのをご覧になって、彼女の胎を開かれた。
しかしラケルは、不妊の女であった。

「喜び歌え、不妊の女、子を産まなかった女よ。歓声をあげ、喜び歌え/産みの苦しみをしたことのない女よ。
夫に捨てられた女の子供らは/夫ある女の子供らよりも数多くなると/主は言われる。」(イザヤ54:1)

この御言葉は、前半はラケルに当てはまり、後半はレアに当てはまると言える。
どちらの立場であろうとも、大切なのは、決して見放さず、決して見捨てる事のないお方・主イエスを、夫としているかどうか、である。

「あなたの造り主があなたの夫となられる。その御名は万軍の主。あなたを贖う方、イスラエルの聖なる神/全地の神と呼ばれる方。
捨てられて、苦悩する妻を呼ぶように/主はあなたを呼ばれる。若いときの妻を見放せようかと/あなたの神は言われる。」(同54:5-6)

世の中の夫、あるいは妻は、捨てる事もあるかもしれない。
しかし、主は決してあなたをみはなさず、見捨てない。
この主を、あなたの主とする事。
それこそ、どのような境遇にも勝る、幸いの秘訣である。
しかし、世の中の何者か −例えば、夫や妻、お金や権威など− を、主と取って代わらせてしまうと、真の慰め、真の満足は、決して得られない。

『レアは身ごもって男の子を産み、ルベンと名付けた。それは、彼女が、「主はわたしの苦しみを顧みて(ラア)くださった。これからは夫もわたしを愛してくれるにちがいない」と言ったからである。』(創世記29:32)
このヤコブに生まれた最初の子、レアが名付けた「ルベン」の名前の意味は「息子を見よ」である。
レアは、夫やラケルに声高に叫びたかったに違いない。あなたの息子を見て!男の子よ!と。
しかしレアは、長男を産んでも、きらわれている事に変化は無かった。

『レアはまた身ごもって男の子を産み、「主はわたしが疎んじられていることを耳にされ(シャマ)、またこの子をも授けてくださった」と言って、シメオンと名付けた。』(創世記29:33)
二人目の子が生まれた時、主が私の叫び声を耳にして下さった、と、声高に主張したかったのだろう。
しかしそれでも、夫の心は彼女に結びつかなかった。

主は明らかにヤコブにサインを示しておられた。一方の妻を尊んで、他方を軽んじてはならない、と。
それが、主の御心である。(出エジプト21:10、申命記21:15-17)
しかしヤコブは、それをしなかった。

『レアはまた身ごもって男の子を産み、「これからはきっと、夫はわたしに結び付いて(ラベ)くれるだろう。夫のために三人も男の子を産んだのだから」と言った。そこで、その子をレビと名付けた。』(創世記29:34)
ここまで来ると、彼女の痛々しい程の願いがにじみ出ているのに、それはむなしく虚空に響いているのが、見て取れる。

彼女は、頑張っても何をしても、決して幸いにはなれない無限ループに陥っていた。
なぜなら彼女は、夫の心が自分に結び付けられる事を願っているのに、夫の心は別の女性に結び付けられているからだ。

「あの人がこうなってくれれば私は幸せになれる」「環境がこうなれば自分は幸せになれる」といった、他人や環境に左右される願望は、叶えられる確率は低い。
なぜなら、世界はあなたの思惑通りになるとは限らないし、あなたは何年も連れ添っている親しい人ひとりの心さえ支配出来ないのだし、たとい、自分の望み通りにその人が動いてくれたとしても、あなたはすぐに別方面で渇きが出て来てしまうからである。

このように、周りの人がこうなれば、状況がこうなれば幸せになれる、といった、自分の支配の届かない事に願望を置いてしまうと、その願望を固く握り締めている限りでは、決して幸せにはなれない。

イエス様は、ヤコブが掘った井戸へ、水を汲みに来た女に、言われた。
「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」(ヨハネ4:13-14)

この女は、夫を替えても替えても心の渇きは決して癒される事が無く、5度も結婚と離婚を繰り返していた。
彼女は、喉だけでなく、心もカラカラに渇いていており、どの男に潤いを求めても、世の何者に潤いを求めても、すぐにまた渇いてしまい、どうしようもなかった。

世の与える水(慰め)は、やがて渇く。
しかし、主イエス様といういのちの水は、飲めば決して渇くことのない、いのちの水の泉であり、永遠の命に至る水が湧き出るのだ。

『レアはまた身ごもって男の子を産み、「今度こそ主をほめたたえ(ヤダ)よう」と言った。そこで、その子をユダと名付けた。しばらく、彼女は子を産まなくなった。』(創世記29:35)
ついにレアは、夫に満足を求める事を止め、全能なる主に満足を見出し、主をほめたたえる喜びに至った。

夫から愛される事、夫に嫌われたりせず、慰めを受ける事、それは、当然受けるべき権利である。
その、レアが受けて当然であるはずの夫の義務を夫が行使してくれない、という、不条理な現状の中で、彼女は、自分の受けるべき権利を手放し、主に目を向けたのである。

横にいる人間関係のしがらみから目を離し、天におられるお方を見上げて賛美する時、決して変わることの無い、すばらしい栄光の主を知り、喜び、褒め称えるのだ。
アサフも、堂々巡りの思い煩いに囚われ、思い悩みの無限ループに陥っていたが、主の聖所に至った時、その悩みのループから開放された。(詩篇73篇)

私達も、近くにいる人間関係のしがらみから目を離し、決して変わらぬ愛で愛して下さる主に目を向け、ほめたたえる時、その喜びは、決して何者かに奪われるものではなくなり、決して渇くことのない、いのちの水の源となるのである。

さて、レアは最終的にどうなっただろうか。

ヤコブが息を引き取る時、彼はラケルと共に葬って欲しい、とは言わず、レアと一緒に葬って欲しい、と言った。(創世記49:29-32)
レアは目が弱々しく(欽定訳:tender eyed:優しい目)、あまり魅力的な外見でなかったかもしれないが、最終的にヤコブが選んだのは、彼女の方だった。

そして、レアが賛美と共に生んだユダの子孫に、後にはダビデが生まれ、後には、イエスキリストが生まれたのだ。
レアの骨は今でも、ヤコブの骨と一緒にいる。世が改まるまで、ずっと。

生まれながらにどんな名がつけられ、どんな境遇で育てられたとしても、どんな醜い外見であっても、どんなに鈍臭く人々からきらわれても、どんなに、頑張ったことが認められなかったとしても、主を見上げ、主を喜ぶ者には、決して朽ちることのない祝福と栄誉が与えられるのだ。

「苦しめられ、もてあそばれて、慰められなかった女よ。見よ。わたしはあなたの石をアンチモニーでおおい、サファイヤであなたの基を定め、あなたの塔をルビーにし、あなたの門を紅玉にし、あなたの境をすべて宝石にする。あなたの子どもたちはみな、主の教えを受け、あなたの子どもたちには、豊かな平安がある。」(イザヤ54:11-13)

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